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ひとでなし(2/2)

2017.09.08.Fri.
<前話はこちら>

 他の同僚たちにもさりげなくリストラの噂や人事部に知りあいはいないか、探りを入れてみた。みんな噂があることだけは知っていたが、人事部に伝手のある者はいなかった。

 営業から戻って来た伊能と目が合った。ニヤリと意味深に笑ってくる。舌打ちしながら目を逸らした。あいつのものを舐めるだって? 冗談じゃない。俺にだってプライドはある!

(その程度なんだ?)

 頭で伊能の声が俺を冷やかす。

(大事な妻子を守るためになんだってするって言ってたくせに、今更男のプライドにこだわるんだ?)

 うるさい、うるさい!

 家族は大事だが、それと同じくらいに大事なものもある! それを捨てるほどまだ俺は落ちぶれちゃいない!

 気を取られる事が多すぎて仕事効率が下がる。タイプミスも増えていつもより余計に時間がかかった。

 みんなが昼休憩に出る頃になってもまだ書類仕事に追われていた。

 机に置いていたスマホが振動した。嫁からだ。この忙しいときに! と咄嗟にイラついたが、それは間違いだと思い直してスマホを取った。

「はい」
『あっ、いま電話して大丈夫?』
「大丈夫。昼休憩だから。どうかした?」
『さっきお義母さんから電話があってね、お義父さん、入院してるらしいの』
「えっ、入院?!」
『一昨日、出かけた時に段差で転んで、その時に足首を骨折したんですって。もう手術も終わってるし、心配はないけど、一応報告しとくって。私だけでも先にお見舞いに行こうかと思ってるんだけど。孫の顔見たら喜んでくれるかもしれないし』
「それはありがたいけど……いいの?」

 近い方とは言え、電車を乗り継いで一時間はかかる距離だ。まだ幼い娘と一緒に行くのは大変だ。

『私は大丈夫。お見舞いに何か買って行くわ。お義父さん、果物好きだった?』
「好きだけど。あっ、メロンは嫌い」
『わかった。それは避けて選ぶ』
「俺も今度の休みに行くって言っといて」

 嫁の電話を切ったあと、母親の携帯電話へかけてみた。嫁から聞いたのと変わらない話を聞いたあと、

『転んだくらいで骨折するなんて、お父さんも年よねぇ』

 と母がしみじみ言った。

『年寄りの骨折って怖いらしいわ。動けなくなって家を出なくなるからボケの第一歩なんですって』
「まだそんな年じゃないだろ」
『あら、私もお父さんも、もうそんな年よ』

 このあと嫁が見舞いに行く予定だということと、俺も次の休みに顔を見せることを伝えて電話を切った。

 確かに二人とももう若くはないのだ。ボケの第一歩、という母親の言葉が頭から離れない。まだ現役で働いているが、今回の骨折で仕事はしばらく休むそうだ。年だから治りも遅いだろう。完全に痛みがなくなるまでの完治も難しいかもしれない。

 いま父や母に倒れられたら……。想像するだに恐ろしい。

 やはり今俺がリストラされるわけにはいかないのだ。なんとしてでも阻止せねばならない。

 俺がたった一度の屈辱を耐えれば今の生活は守れるかもしれない。男のプライドなんてものにこだわっている猶予はないのだ。

 責任感が俺を突き動かした。パソコンを閉じて席を立った。

 まるでそれを待っていたようなタイミングで、休憩に出かけたはずの伊能が戻って来た。顔を見たら足がすくんだ。

「コンビニで弁当買って来てやったぞ」

 今朝のことなんかなかったみたいな顔で悠然とこちらへ歩み寄ってくる。俺が残業していたらよくこうして差し入れしてくれた。そんな男があんなことを言いだすなんて、信じがたいしショックだった。

「今朝のことだけど」
「……ああ。気がかわった?」

 伊能は隣の机に腰を下ろし、コンビニの袋を俺の机へ置いた。

「冗談じゃないのか? 本気で俺に……させたいのか?」
「お前がしたいかどうかだよ。俺は別にどっちだっていい」
「したくなんかない! でもそれしか方法がないなら、やる」
「やる?」
「ああ。やる」

 俺の顔をじっと見つめたあと、伊能は歯を見せずにニヤリと笑った。

「こんなことさっさと終わらせたい。トイレでいいか?」
「いま?」
「いま」

 伊能は無言で腰をあげた。そのまま男子トイレへと向かった。俺もそのあとに続いた。



 昼休憩とあって、男子トイレには誰もいなかった。ちょうどいい。しかしいつ誰が来るかわからないので二人で奥の個室へ入った。

 鍵をかけ、伊能と向き合う。

「本気か、斉藤」
「早く出せよ」

 伊能の足を蹴ってやった。伊能は小さく息を吐いてから今朝と同じようにベルトを外し、ズボンのチャックを下げた。

「家族のためにここまでするか。一家の大黒柱ってのは大変なんだな」
「黙れ。ブツブツうるさいぞ」
「噛むなよ。上手に頼むぜ」

 言いながら伊能はものを外へ出した。さすがに緊張しているのか縮こまっている。これを俺は今から舐めるわけだ。

 深く考えたら出来なくなる。頭を空っぽにして、淡々とこなしたほうがいい。

「俺の靴の上に膝を乗せるといい」

 しゃがむ俺に伊能が言う。その通りにしたら、目の前に伊能の股間があった。直視出来ず、目を逸らしてしまう。

「やめるなら今だぞ」
「島さんを紹介してくれるのか?」
「お前の年ならまた再就職できる」
「地獄に落ちろ」

 覚悟を決めて伊能のものを掴んだ。当たり前だが温かい。そしてまだ柔らかい。嫌悪感から心がくじけそうになる。伊能の言う通り、ここまでしてこの会社にこだわる必要があるだろうか。再就職して給料が上がる可能性だってある。自分に合った仕事が見つかる可能性だって。

 逃げる口実が次々浮かぶ。全部低い可能性だ。社会はそんなに甘くない。

 逆にこれを乗り切ればもう怖いものはない。なんだって出来る気がする。別人になってバリバリ働いて営業成績を伸ばし、こいつを抜かして鼻を明かしてやることだって……!!

 怒りをやる気にかえて口を開いた。唇に伊能のちんこが触れる。ぷにっとしていて、つるんとした肌触りだ。ゆっくりそれを口の奥へと招き入れた。

 初めてくわえた男根。それ自体は無味無臭と言っていいが、午前中外回りに出ていた伊能からは汗と体臭の混ざりあった匂いがする。目の前の陰毛も不快だ。

 先端を軽く舐めてみた。ピクリとカサが動いた。広げた舌で亀頭全体を舐めた。口の中の伊能がじわじわと体積を増やしていく。掴んでいる陰茎も硬く太くなっていく。はっきり脈動を感じるほどの血管も浮きだした。

「ヘタクソ」

 全神経を口に集中させていたので、突如降ってわいた声に驚いて目をあげた。首を前に傾けた伊能と目が合う。

「飴玉じゃないんだ。しっかりしゃぶってくれよ」

 跪いて男のペニスをしゃぶっている俺と、それを見下ろしている伊能。力関係のはっきりした構図に、全身火がついたような羞恥を自覚した。

 やっぱりやめておけばよかったと後悔してももう遅い。嫁がフェラの最中よく休んでいたが、その理由を理解できるほどの大口をあけて、俺は伊能のペニスを頬張っている。ここまでやったことを無駄にするなら、リストラ回避のため恥を捨てるほうがマシだ。

 心を殺して伊能のちんこに舌を這わせた。口腔内の粘膜全てで包みこんで顔を前後にゆすった。

「お上手」

 愉しげな伊能の声。からかうような指先がこめかみの髪を持て遊んでいる。

 鼻呼吸だけでは辛くなり、一旦口から離した。

「お前……男遊びもしてるのか?」

 口元の唾液を拭いながら伊能に訊いた。

「俺が節操無しなのはお前も知ってるだろ。結構前からお前を狙ってたんだ。いつかこういうチャンスが巡ってこないかってな」
「お前は人間の屑だな」
「屑だから、こういう楽しみ方しか知らないんだよ」

 ギリリと睨みつけると伊能は腕時計を指で叩いた。

「あと10分で休憩が終わるぞ。それまでに俺をイカせてくれなきゃこの話はナシ」

 10分?! 無駄話なんてしている暇はない。再び伊能のちんこを咥えた。一度目の抵抗感が薄れている。人間危機に陥ると日頃の感覚が麻痺するのだろう。頭の中は伊能を早くイカせることだけになる。

 単調に前後に揺すっていたのに角度をつけてみたり、急かすように先端を吸ったり、鈴口に舌先を突っ込んだりした。ビキビキに勃起した陰茎も当然扱いた。手の平がじっとり湿るほど熱くなっている。なのになかなか伊能はイカない。

 まさか最初から時間切れを狙っているのかと思った頃、

「出すぞ」

 と頭を押さえられた。逃げる間もなく口腔内に発射された。ドロリと生温かいものが口の奥へ吐きだされる。反射的に吐きだそうとした。舌の先で味わってしまい、あまりのまずさに嘔吐いた。

 それを察知した伊能が咄嗟に腰を引いた。まだ射精途中だった伊能のペニスから白い液体が俺の顔めがけて飛んでくる。よける暇はなく、便座の蓋を開けて顔を突っ込んだ。

 ウゲエッと呻きながら伊能の精液を吐きだす。終わった途端殺していた嫌悪感が蘇り、胃が震えた。出る、と思った時にはもう胃の中のものも吐きだしていた。朝食も昼食も抜いたから消化済みの液体が便器に溜まる。

 手探りで水を流すレバーを探していたら、それに気付いた伊能が水を流した。

「ほら」

 と目の前にトイレットペーパーが差しだされる。それを受け取り口元と、顔についた伊能の精液を拭った。今はどんな皮肉も慰めも聞きたくない。伊能が黙って個室を出て行ってくれたことは唯一の救いだ。

 感じたことのない疲労感があった。喪失感もあった。心とプライドをズタズタにされた。自分が決めたこととは言え、喪ったものは大きかった。

 一度深呼吸してから俺も個室を出た。伊能は鏡を見ながら前髪を整えていた。隣に立って水道で手を洗い、口をゆすいだ。伊能の精液の味がのどにこびりついている。一日二日では消えそうにない。

「約束は守る」

 顔を洗っていたら伊能の声が聞こえた。当たり前だ。ここまでやって約束を反故にされたらたまらない。

「今夜、島さんに会わせる」

 俺の肩をポンと叩くと伊能はトイレを出て行った。

 曲げていた腰を伸ばした。ポタポタと顔から滴が落ちる。ワイシャツが濡れて行く。

 俺はなんてことをしてしまったんだろう。






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