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ひとでなし(1/2)

2017.09.07.Thu.
※嘔吐注意。挿入なし。相思相愛じゃない。

 昨夜、同僚の伊能と一緒に飲んだ。その時、俺がリストラの対象になっているという噂があると教えてもらった。人事部に伊能の大学時代の先輩がいて、その人から仕入れた情報らしい。

 冗談じゃない。今年家を買ったばかりだ。まだ35年もローンが残っている。一昨年子供を産んだばかりの嫁はまだ育休中。小学校に入るまでは専業希望で、俺もそれに賛成した。リストラされたから働いてくれなんて情けなくて言えない。

 おかげで昨夜は一睡もできなかった。嫁からエッチのお誘いがあったがそんな気分になれなくて、明日朝が早いからと断った。

 眠れないまま朝を迎え、いつもより一時間早く家を出た。新築の家。小さいながらも庭がある。嫁は子供が大きくなったら犬を飼いたいと言っていた。自分で作った犬小屋を庭の隅に置きたいのだそうだ。

 微笑ましく思って聞いていた。事と次第によってはこの家を手放さなくてはならなくなる。

 嫌だ。やっと手に入れたマイホーム。料理上手で優しい嫁。嫁に似て可愛い娘。もしかしたら全て俺の手から離れてしまうかもしれないのだ。嫌だ。絶対嫌だ。どうしてリストラされるのが俺なんだ。

 家を出てすぐ伊能に電話をした。

『もしもし?』
「俺、斉藤」
『どした? こんな朝早く。なんかあった?』
「話があるんだけど」
『ああ……昨日のこと? 気にするなよ。まだ決定じゃなくて、候補の段階らしいから』
「俺の営業成績お前も知ってるだろう」
『お前ならやれる。大丈夫だよ』
「俺は誰かさんみたいに社長賞もらうほど優秀じゃないんだよ。気休めはよせ」
『それもそうか。話って、今日?』
「今からは無理か?」
『起きたばっかだぞ』
「そっちに行くから」

 電話の向こうで伊能はため息をついた。

『わかった。俺の家は知ってるな?』

 何度か伊能の家で飲んだことがあるので知っていた。電話を切ったあと、電車に乗って伊能の家へ向かった。



 インターフォンを鳴らすとすでにワイシャツにネクタイを締めた伊能が扉を開けた。

「ひでえ顔」
「一睡もできなかった」
「だよな」

 ワンルームの部屋はいつ来ても整理整頓されててきれいだ。今朝も急な訪問だったのにベッドの布団さえ乱れていない。

「コーヒー飲む?」

 伊能は料理が得意だ。俺はコーヒーだって淹れたことがないのに。

「時間がないから本題に入るけど。人事部の先輩って人を俺に紹介して欲しい」
「島さんに?」
「家を買って、子供も生まれたばかりなんだ。いまリストラされるのは困る。嫁と子供に苦労をかけるわけにはいかない。だからどうしてもリストラだけは勘弁してもらいたいんだ」
「直談判する気か?」
「他に方法が思いつかない」
「逆効果になんねえか?」
「じゃあどうしろっていうんだよ?!」

 思わず声を荒げた俺に伊能はコーヒーを差し出した。いい匂いがするが、今は悠長にこんなものを飲んでる場合じゃない。

「ま、落ち着けよ。まだ決定じゃないんだし」
「お前は優秀だからいいよ。必要とされてる人材だからそんな余裕ぶっこいてられるんだ。俺の身にもなってみろ。家族もいるから必死だよ。独身者のお前にはわかんないだろうけど」
「確かに俺にはわからんよ」

 ベッドに腰をおろし、伊能は足を組んだ。長い足が俺の目の前で交差される。

 受付の女の子が伊能には可愛い声色で挨拶してるの知っている。他の女子社員だって、伊能には色目使ってるの、男性社員はみんな知ってるんだからな。キャビンアテンダントの彼女が仕事で海外飛びまわってるのをいいことに、とっかえひっかえ女の子を食っちゃってることも、みんなが知ってるんだからな! お前なんかパイロットに彼女寝取られちまえばいいんだ。いやとっくに寝取られてるに違いない。そうであってくれ。でなきゃ不公平だ。

「今の会社にこだわる意味もわからんし」
「俺には守るべきものがあるんだよ! だからなんだってやる! 島って人に土下座だってするし、舐めろと言われれば足の裏だって舐めるさ!」
「へえ、そこまでやる?」

 伊能は眉を持ち上げた。持ってたコーヒーカップをテーブルに置いて、床を指さした。

「じゃ、島さんを紹介してくださいって、俺にも土下座しろよ」
「なっ?!」

 伊能の言葉に絶句する。土下座しろだって?!

「愛する妻子を守るためなら、なんでもすんだろ? 嘘だったのかよ」
「嘘じゃないけど……! あれは、言葉のあやって言うか……それに、お前は島さんじゃないだろ!」
「お前の本気を確かめたかったんだ。やっぱその程度じゃん」

 せせら笑う伊能に頭の血管が切れそうになった。こいつのことは友人だと思っていた。営業成績に雲泥の差があっても、お互い切磋琢磨しあえるいい関係だと。まさか溺れそうな犬を足蹴にするような奴だったとは思いもしなかった。

 会社から切られる俺は、こいつにとってはもう仲良くする必要のない、まったく利用価値のなくなったゴミのような存在なんだろう。だからこんな非道な真似ができるんだ。

「……そんな奴だったなんて、知らなかった」
「性格のいい奴が営業トップなんて取れるわけないじゃん。で、どうする? 土下座する? 可愛い嫁と娘ちゃんのためならなんでもできるんじゃなかったっけ?」

 こんな奴に頭なんか下げたくない。でも島さんと繋がりのある知り合いはこいつしか知らない。

「本当に紹介してくれるって約束するか?」
「約束は守るよ。信用のない営業マンは営業失格だからな」

 新人の頃、伊能とペアを組んで営業周りをしたことがあった。なんとか新規の客を掴もうと必死にかけずりまわった。飛び込んだとある会社。先方から無茶な条件を出された。断るための条件だった。引きさがろうとした俺に対し、何か考えこんだ伊能は別の条件を出した。先方にとって悪くない条件。こちらにとって少し損は出るが長期的に見ると利益を出す条件。咄嗟に思いついた伊能は流石だった。でもその条件を通すには上司の確認と承認が必要だった。

 その条件なら契約するという言質を取ると、伊能はすぐ社に戻って上司にかけあった。一旦は断られたが、トイレまで追いかけ回して説得し、契約書類に上司の判子をもらった。

「必ずこの条件で通すと約束しましたからね」

 伊能は先方の担当に笑って言った。新人と思えない自信たっぷりな笑顔だった。それを見た相手から「ずっと君が担当で頼むよ」と言われるほどだった。その間俺は横で相槌を打っていただけだった。

 伊能は約束は守る男だ。それは俺が約束出来る。

 唇を噛みしめた。膝を折り、床に正座した。伊能を見据えながらゆっくり頭をさげた。伊能は愉快そうにそんな俺を見下ろしている。こいつはもう友人でもライバルでもない。まったくの赤の他人だ。リストラ問題が片付いたら空気みたいに無視してやる。

「これでいいか?」
「ほんとにやりやがった。そんなに嫁と子供が大事か?」
「当たり前だろ! 彼女がいながら遊びまくってるお前にはわからないだろうけどな!」
「……まあね」
「じゃあ、島さんを紹介してくれるんだな?」
「マイホームと大事な家族、土下座ひとつじゃ安すぎないか?」
「何度土下座すればいいんだよ!?」
「土下座よりして欲しいことがあるんだけどな」
「なんだ?」
「これ、舐めてよ」

 立ちあがった伊能がベルトを外し、ズボンのチャックを下ろした。俺は思考停止した頭で茫然とそれを見つめていた。

 ぼろんと零れ出たのは俺の股間にぶら下がっているものと同じもの。ペニス。ちんこ。陰茎。ちんちん。マラ。息子。呼び名は色々あるが、排泄機能のある生殖器官だ。それを伊能は俺の眼前に晒して、あまつさえブンブンと上下に振っているのだ。

「舐め……なっ……なにを……お前、なにを言って……え、え……」

 混乱状態で言葉が出て来ない。状況が理解できない。俺も伊能も当然男だ。俺も伊能もホモじゃない。ノンケの男がちんこをしゃぶらされるなんて屈辱以外のなにものでもない。いくら伊能の正体が冷酷非道なひとでなしだったとしても、こんなことを俺にさせるほどだったとは想像もしていなかった。第一伊能にとっても得にならないはずだ。

「ほん、本気か?!」
「もちろん本気。ほら、舐めろよ」
「そんなことできるわけないだろ!!」

 引っぱたいてやろうと腕を振ったが、当たる前に伊能はものをひっこめた。

「じゃ島さんには紹介してやんないぞ」
「それで構わない! そこまでしてお前に頼る気はない! 見損なったぞ、伊能!!」
「見損なわれるほど、俺ってお前の中でいい奴だった?」
「ああ、頼りがいのあるいい友達だと思ってたよ。今朝までな!」
「あはは、見る目なさすぎ。お前、営業向いてないよ」
「うるさい! くたばれ!!」

 どかどか足を踏み鳴らして玄関へと向かう。靴を履く俺の耳に「気がかわったらいつでも声かけろよ。ちんこ洗って待ってっから」と伊能の声が聞こえた。

 何か言い返す気にもなれず、乱暴に扉を閉めて部屋を出た。






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