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覗き(1/2)

2016.10.26.Wed.
先生1先生2


 昼休みが終わって、隣の席の天野先生が職員室へ戻って来た。なんだかいつもと顔つきが違って引きつっているように見えた。

「先生、具合悪いんですか?」

 声をかけたら天野先生はびくっと肩を震わせて「大丈夫です」と笑ったが、どう見てもやせ我慢をしているようにしか見えなかった。

「無理しないほうがいいですよ」
「はい、ご心配ありがとうございます」 

 礼儀正しい天野先生は若くて整った顔をしているから女子生徒に人気がある。生徒だけじゃなく、他の教師からの受けもいい。顔がいいと、性格は普通でも評価が甘くなるから羨ましい。

 先生の机の上のスマホが音を立てた。画面にもなにやらメッセージの一部が表示されている。天野先生はひったくるようにそれを手に取ると、「失礼します」と俺に会釈しつつ、職員室を出て行った。

 音につられてちょっと見てしまっただけなのに、なにもわざわざ職員室から出て行かなくたっていいじゃないか。覗きこんでまで盗み見しようとは思わないよ。

 誰からのメッセージだったんだろう。彼女だろうか。モテそうだから、俺とは縁のない良い女と付き合ってるに違いない。

 しかし、ただの彼女からのメールを、あそこまで隠そうとするだろうか。慌てた様子だったし、わざわざ職員室を出て行くということは、詮索されたくない相手なのかもしれない。

 たとえば、生徒に手を出してしまったとか──。

 あり得ない話じゃない。慕ってくる女子生徒は多いだろう。その中で好みの子を口説いて落とすくらい、天野先生ならわけない話だ。

 生徒に手を出すようには見えないが、爽やかそうに見えて実は裏の顔があるのかもしれない。

 意地の悪い好奇心から、俺は天野先生の後を追いかけた。

 天野先生は廊下の先にある職員用トイレに入って行くところだった。もう返信は終わったのだろうか。もしかして個室に篭って返事を書くつもりか? それともメールじゃなくて、電話をするつもりなのかもしれない。

 盗み聞きのチャンスだ。足音を忍ばせて、俺も男子トイレに入った。

 先生の姿はもうなかった。奥の個室が一つ使用中になっている。そっと近づいて耳をそばだてた。

「そんなこと、できるわけないじゃないか」

 押し殺した声で、天野先生は誰かと会話していた。やはり電話だ。俺の読み通り。

「ここをどこだと……、でも、それはッ……それだけは勘弁してくれ、頼む……!」

 普段聞かないような声で切実に何かを訴えかけている。女相手というより、弱みを握られた相手への懇願のように聞こえた。

「……ああ、ちゃんと……入れたままだ」

 俺は隣の個室へそっと移動した。天野先生は会話に夢中なのか、俺の気配に気付く様子はない。

「そんなことは出来ない……放課後なら……い、嫌だ、それだけは絶対に──!」

 天野先生は言葉を詰まらせるとしばらく無言でいたが、しばらくして「本当か?」と探るような囁き声で言った。

「本当に約束してくれるのか? 絶対に? 信じていいんだな?」

 切羽詰まった様子で確認したあと、天野先生は「わかった。約束だぞ」と返事をして、深い溜息をついた。

 俺は隣で固唾を飲んだ。電話の相手も状況もさっぱりわからないが、天野先生がなにか困難なことを学校でやれと言われたのだろうことは想像できた。

 そして先生の考えを変える条件が出され、先生がやる気になったことも。

 壁に耳を当てていたら、中からゴソゴソと布ずれの音と、カチャカチャとベルトを外す音が聞こえた。ついでに用も足すつもりらしい。俺は耳を離し、便座の蓋の上に座った。

 しばらくして場違いな電子音が隣から聞こえて来た。おそらく、スマホの音。カメラかムービーの撮影音に似ている。

 何かの写真を撮ったのだろうか。盗撮? 慌てて個室の上部と下部の隙間を確認した。撮影しているスマホやその他の機器類は見当たらない。

 ではなにを撮ったんだ?

 訝しむ俺の耳に、乱れた息遣いがかすかに届いた。

「はっ……ぁ……っ……ぁ……」

 大便をきばるものとも思えない、押し殺した吐息。俺は再び壁に耳を当てた。

 荒い息遣いの他に、クチュクチュと濡れた音も聞こえる。なんの音だ? 天野先生はなにをしているんだ? 俺は眉を顰めた。

 ある可能性が1つ、頭に浮かんではいたが、天野先生がそんなことをするはずがないと信じられなかった。

 学校の職員用トイレで、誰かに命令されるままに、自慰をするなんてこと──。

 しかしその時のものとしか思えない音が隣からは聞こえて来る。

「……あ……ぁ……はぁっ……ッ……んっ……」

 男のくせに色っぽい声を出しやがる。それに、耳をすませば摩擦する音も聞こえる。これはもう完全にオナッている音だ。それしかない。

「あっ……はっ、あぁ……ぁ……ん、んん──ッ」

 天野先生の喘ぎ声が止んだ。しごく音も聞こえない。数秒後に、トイレットペーパーを巻きとる音がした。終わったんだ。あのお綺麗な顔をした天野先生が。学校のトイレでオナニーをしてイッたんだ。

 しかも驚くべきことに、事が終わったあと、またあの電子音が聞こえて来た。また写真か? と思ったが閃いた。ムービーで撮影していたのだ。自分がオナる姿を。おそらく、電話の相手に強制されて。

 興奮で身震いしながら拳を握りしめた。これは面白くなってきた。女子生徒の憧れの先生が、教師の信頼と好意を簡単に手にしている先生が、実はワケありの変態野郎だったとは。

 音を立てないよう、俺はトイレの個室をそっと出た。抜き足差し足でトイレを出る頃、水を流す音が聞こえた。

 職員室へは戻らず、天野先生が出て来るのを隠れて待った。しばらくして項垂れた天野先生が出て来た。さっきより具合が悪そうで、足元もふらついている。

 職員室に入る前に顔をあげ、背筋を伸ばした。大きく深呼吸してから職員室の戸を開ける。ああやって平気な顔をして今まで過ごしていたのか。いつから、あんなことをしていたのか。すっかり見た目に騙されていた。



 放課後になると天野先生は静かに職員室を抜け出た。その時、キーボックスからどこかの鍵を素早く取ったのを俺は見逃さなかった。

 電話で「放課後なら」と言っていた。外部の人間の可能性もあったがこれでその線は潰れた。先生は学校の中で、電話の相手と密会するつもりだ。

 先を急ぐ天野先生のあとを見つからないように追いかけた。

 4階まで階段をあがると、さらに校舎の端へと向かう。突然声が聞こえたので俺は足を止めた。角からこっそり先を窺うと生徒が二人いた。

「先生、遅かったじゃん」
「逃げたのかと思っただろ」
「逃げたりしない。……逃げられるわけないだろう」

 それもそうか、と二人は笑い声をあげた。2人は悪目立ちするタイプの生徒で、体の大きいほうが確か大木、長身のほうが伊達という名前だったはずだ。

 まさか電話の相手はこの二人?

 天野先生は持ちだした鍵で視聴覚室を開けた。三人が中に入って行く。俺も素早く移動して戸に張り付いた。

「じゃあ、先生、動画見せてもらおうかな」

 これは伊達の声だ。動画とはトイレで撮影したオナニー動画のことだろう。やはり電話の相手はこの二人。

「その前にっ……、アレを抜いてくれ」
「あれってなあに?」

 声を聞く限り、伊達はわざとわからないふりをしてとぼけているようだ。天野先生が苛立った口調で「昼にお前たちが俺のなかに入れたあれだっ」と言っていることからも確かだ。

「あー、あれね。先生のお尻に入れた、ローターのこと?」

 ローター?! ローターって、あのローターか?! そんなものを天野先生は昼休みからずっと尻に入れられていたのか。いつもと様子が違って見えたのはこれのせいだったわけか。

「どうだった? 俺たちが弄ってやんなくても、ずっと気持ちよくいられたでしょ?」
「気持ちいいわけないだろう……!」
「でも便所でオナッたんだろ?」

 これは大木の声だ。

「それは、おまえたちが脅すから仕方なく……! あ、そうだ、画像! 消してくれる約束だろう?!」
「いいよ~、古い奴は消してあげる。そのかわり今日は新作の撮影しようね、先生」
「なっ! 約束が違うじゃないか!」
「違わないよ、ちゃんと古いやつは消してあげるって言ってるじゃん」

 天野先生は嘘つきだの卑怯だの喚いていたが、あいつらの言葉を簡単に信じる先生のほうが甘いと俺は思った。おそらくあいつらは先生の弱みになる画像を持っているのだろう。それをネタに先生を脅して好きに扱っているのだ。

 教師として、一人の大人として、ここはそんな悪事を見過ごしちゃいけない場面なんだろうが、あのイケメン先生がガキ二人の言いなりになってオナッたりローター仕込んでいるのかと思うと、30目前でいまだ童貞の俺としては胸が空く思いがするのも否定しようのない事実だった。

 止めに入るなら、もう少し様子を見てからでも遅くはあるまい。俺は無意識に唇を舐めていた。




双極

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