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凹の懊悩(2/2)

2016.10.16.Sun.
<前話はこちら>

 今日もホテルに行くのだと思っていたが、連れて行かれたのは先輩が一人暮らしをしているマンションだった。

「適当に座って」

 と言われたので二人掛けの薄いグリーンのソファに腰をおろした。意外に片付いた部屋を見渡していると、目の前のテーブルに発泡酒が置かれた。先輩が無言で「飲め」って顎をしゃくる。

 ちびちび飲んでいる間、先輩は一度玄関のほうへ姿を消し、戻って来ると今度はベランダに出て洗濯ものを取り入れ始めた。毎日こうして家のこともきちんとしているんだろう。意外な一面だった。

「先にシャワー浴びる?」

 取り込んだ洗濯ものを畳んでタンスに仕舞いながら先輩が言った。間が持たず頷いた。

 実家の風呂より若干コンパクトな風呂場でシャワーを浴びた。エネマグラやアナルバイブを捨てられてから尻を弄っていないから、そこは入念に洗った。もう勃起した。

 前回、先輩に自分のアナルを使ってくれと言ったのは、本物のちんこを突っ込まれたらどんなだろうという、純粋な好奇心からだ。

 好奇心はもう満たされている。どんなものか経験したから二度もする必要はない。必要ないのに、なぜ俺は先輩の家でシャワ浣しているんだろう。期待して勃起させているんだろう。アナニーでも充分気持ちいいのに。

 滾る陰茎を握ってしごいた。すぐ射精した。精液を洗い流してから風呂場を出た。

 用意されていたタオルで体を拭く。「俺も」と今度は先輩がシャワーを浴びた。部屋に戻り、ぬるくなった発泡酒に口をつけた。部屋の奥にはベッドがある。黒いベッドカバーだ。なんだかエロい。

 シャワーの音はまだ止まらない。ソファから腰をあげ、ベッドに移った。先輩はここで何人の女を抱いたのだろうか。俺は何人目だろう。男では俺が初めてだろうけど。

 腰に巻いていたタオルを取って布団の中にもぐりこんだ。先輩の匂いがする。待っている間、尻穴に指を入れて解しておいた。また勃起した。

 シャワーの音が止んで先輩が部屋に戻って来た。股間のちんこをブラブラさせながら、濡れた頭をガシガシと拭いている。
 先輩はソファではなく、ベッドに腰をおろした。

「準備できてる?」

 と聞かれたので「はい」と答えた。

「じゃ、やるか」

 先輩が布団をめくる。元気な俺の股間を見て薄く笑った。

「また一回出した?」
「……はい」
「このアナニー中毒」

 からかうように言って先輩は俺の乳首を舐めた。

「ひっ?!」

 予想もしていなかったことをされて間抜けな声が出た。先輩が咽喉の奥でクックと笑う。

「な、なにやってんですか」
「お前の乳首舐めてる」
「それはわかってますけど!」
「乳首舐めながら、お前のちんこ、触ってる」

 言うや、先輩はその言葉通りにした。俺の乳首を口に含んで舌先でレロレロと舐めながら、勃起ちんこを握ってコスコスと扱きだした。

「あっ、なんで、そんな……っ!」
「こっちのほうが気持ちいいと思って」
「そんなのいいですから、早く入れて下さいよ!」
「色気もクソもねえ奴」

 呆れた口調で言うくせに、先輩は楽しそうな表情のままだ。そういう手順を踏まれたらどんな顔をすればいいかわからないじゃないか。凸凹への利益が一致しただけマスのかきあいなのに、俺が彼女へするみたいにやられたら、変な気分になる。

 理恵子の顔が頭をよぎった。これは浮気か? 前回は完全に好奇心だった。オナニーの延長。風俗の代わり。二回目のこれはなんだ? 好奇心じゃない。自慰でも風俗でもない。

 だって、こんなに後ろめたい。

「いいって言ってるじゃないですか!」

 いつまでも俺の乳首を舐め続ける先輩の肩を叩くように押した。先輩が遠慮がちな笑みを見せたので、先輩を傷つけたような申し訳ない気持ちになる。

「……だって! 先輩、ただ穴に突っ込みたいだけでしょ? アナルセックスしたいだけなんだからとっとと突っ込んで終わらせてくださいよ!」
「わかったって」

 やれやれって感じで先輩は体を起こした。前回は気付かなかったが、先輩って胸、広かったんだ。意外に着痩せするタイプだって新発見に、心臓がキュッとなった。

 俺は先輩を男として意識してしまっている。性的な目で見ている。以前はこんなことなかった。優しくて、意外と頼りになって、見かけによらず優秀ではあったけど、女関係にだらしなくて、下ネタ大好きで、面倒見のいい先輩風吹かすところがウザくて、一定の距離を保っていたい相手だったのに。

 そうだ。自分からその線を踏み越えるきっかけを作ってしまったんだ。

 先輩は俺の膝頭に手を置いて左右に開いた。そして中心に、勃起したものをあてがう。

「まっ、待って下さい。後ろ、向きますから」
「いいよ、このままで」
「俺の顔見て、できるんですか?」
「この前もできただろ」
「あの時は酔った勢いで」
「お前のこと、案外可愛いと思ってるよ、俺は」
「なっ」

 なに馬鹿なこと言ってるんですか、気持ち悪い。って普段なら言えるのに今日はなぜか言葉を詰まらせ顔を火照らせている。

「……先輩、すっかりハマッてるじゃないですか。どうするんですか。アナルセックスさせてくれる彼女、なかなか見つからないのに」
「だよなー。お前のせいだぞ。未経験なら憧れのまま夢見ていられたのに、一度味わったら病みつきになっちまったじゃねえか」

 俺で良かったら相手しますよ。のど元まで出かかったけど、出せなかった。さすがにそれは言っちゃいけない気がする。一線どころか、深みに嵌る。先輩にも引かれてしまう。

「このまま入れるぞ」
「あ、はい」

 入れやすいように、自分の膝に腕を通し持ち上げた。先輩の亀頭がぴたりとくっつく。

「忘れてた」

 一度離れていって、また戻って来る。先輩は手にローションボトルを持っていた。そんなものを常備しているとはさすが先輩だ。先輩はローションを陰茎に垂らすとしごいて馴染ませた。

「いくぞ」

 って普段より低めの声で言って、体を前に倒す。亀頭が中に入ってきた。

「あ……はああ……っ!」

 力を抜いて先輩を受け入れる。アナニーしていなかったせいかきつい。先輩が大きいのかもしれない。

 ゆっくりと先輩が中に入ってくる。熱くて、硬くて、男らしい。

「ああっ……先輩……!!」
「うん? きつい?」
「違い、ます……っ……気持ちいいです……!」
「俺も。お前の中、すげえ気持ちいい」

 優しく細められた目にまた心臓がキュッと縮まる。さっきからなんだこれは。まさか先輩にトキめいてるっていうのか? 一度肌を合わせたら、先輩相手でもこんなに意識してしまうのか。軽々しくアナルセックスしようと誘うんじゃなかった。

 リズム良く先輩が腰を動かす。前回みたいにガツガツ突っ込んでくるんじゃなく、俺の様子を窺うような動かし方だ。余裕が感じられる。

 前立腺の場所も覚えているんだろう。さっきからしっかり擦っていく。

「ふぅっ、んっ、あ、ああぁっ」
「ここだろ、お前のいいとこ」
「あはぁっ、はいっ、あっ、あぁんっ」
「ちんこ咥えてる時は、素直だよな、お前って」
「うっ……さい、ですよ……あっ、あっ」

 ガクガクと揺さぶられて、アンアンと声をあげて、頭の中が蕩けて行く。実際、理恵子より喘いでいる。体の中にスイッチがあって、先輩のちんこがそれを押しているんじゃないだろうか。自分じゃないみたいだ。気持ちがいい。玩具をつかったアナニーでは味わえない満足感。

 声を抑えられない。気持ちが走る。どうでもよくなる。殻を破り捨てて、先輩に全部晒したくなる。先輩なら、笑って全部受け止めてくれるような気がする。

「あはぁっ、あっ、そこっ、先輩、そこですっ」
「わかってる。ここだろ」
「ああっ、あんっ、い、いいっ、気持ちい、です、先輩……ッ!!」

 昇りつめる感覚。玩具なら自分で調整できるのに、先輩はお構いなしに容赦なく責めたてる。自分のペースで出来ないから怖い。

「はぁっ、んっ、ああぁあっ、や、ああぁ……先輩、先輩っ……」
「どうした?」

 優しい声で訊ねられて胸の底がくすぐったい。腕を伸ばしたら先輩も顔を近づけて来た。首に腕をまわして引きよせた。先輩に体を押しつぶされるような体勢だが、この苦しさも心地良い。

「先輩……、ゴムつけるの、忘れてますけど」
「あ、そうだったな」
「嘘つき」

 と笑ったら、先輩に口を塞がれていた。乾いた唇を濡らしながら、ぬるりと舌が入ってくる。先にキスしてきたのは先輩だったが完全に俺から誘っていた。

 舌同士が触れ合う。俺からも積極的に絡めた。先輩とのキスは煙草の味がする。副流煙を目の敵にする嫌煙家なのに、先輩の味だと思ったら腰にクル。もうイキそうだった。

 キスしながら先輩が中で蠢く。馬鹿になりそうなほど気持ちいい。

「先輩……っ」

 唾液の糸を引きながら唇が離れる。

「イキそうだろ、お前。すげえ締め付けて来るぞ」
「わかってるなら、動いて下さいよ」
「俺もそろそろだから、一緒にいこう」

 顔の横に腕をついて、先輩が腰を叩きこむ。ベッドも大きく軋む。俺の声と先輩の荒い息遣い。セックスの音だ。背徳のエクスタシーだ。

「だめっ、先輩、俺もう、イキますっ、ああっ、ああぁ、イクッ、出るっ……!!」

 ぎゅっと強く固く抱きしめられた。俺も先輩にしがみついた。ほとんど同時に俺たちは達した。



 シャワーを浴びたが、部屋に戻るのが少し怖いなと思った。また先輩が「やっちゃった。やべえ。どうしよう」って顔をしていたら、前みたいに平然とできる自信がない。なにを言っても虚勢になってしまいそうだ。

 頭にタオルを被って戻った。煙草の匂いがした。先輩はベッドに仰向けになって煙草をふかしていた。前みたいに青い顔をして項垂れちゃいない。

 俺に気付いた先輩が「悪い」と煙草を揉み消した。俺が嫌煙家なのを知っている先輩は、無言で見ていた視線を誤解したようだ。ここは先輩の家なんだから、煙草くらい自由に吸ってくれて構わないのに。

「今日はこのまま泊まっていくか?」
「えっ」

 思いがけない提案に驚く。断るという選択肢は頭になかった。泊まること前提で、その後の不都合や期待や意味を考えていた。

 一線どころか、完全に深みに嵌っている。戻れる気がしない。

 いいんですか、と口を開きかけた時、

「彼女に悪いか」

 と先輩は苦笑いの顔で言った。

 バケツで水をぶっかけられたようだった。もしくは、パラシュートなしで飛行機から突き落とされたような。穴に落ちた上に土をかけられたような。とにかく、目を覚ました先が悪夢だったような気分だ。

「別に。こんなの浮気でもなんでもないですし」
「ははっ、風俗以下だっけ。そんなに割り切れるって、今時の奴は怖いよなぁ」
「割り切ってるのは先輩だって同じじゃないですか。和気さんを口説きながら、俺とヤルこと考えてるんですから」
「口説いてねーって。世間話してただけだし」
「和気さんはケツでやらせてくれるといいですね」

 床に落ちてた服をかき集め、身につける。

「お前なんか怒ってる?」
「怒ってますよ。中出しされて。本当、面倒臭いんですから」
「だからごめんって」
「もう二度としませんから」

 ワイシャツのボタンを適当に留めて、ジャケットは腕にかけた。鞄を拾い上げ、玄関へと向かう。床を踏む足音が乱暴だ。確かに俺は怒っている。最初に誘ったのは俺だ。でも二度目は先輩だ。恋人にするようなセックスをしたくせに、土壇場で理恵子を思い出させるなんて卑怯だ。

 だったら最初から誘うな。キスなんかするな。俺の心を搔き乱すな。

「帰んの?」

 先輩の言葉に呆れて振り返る。帰るよう仄めかしたのはどこのどいつだよ?!

「……お疲れさまでした」

 咽喉から絞り出したような声が出た。部屋を出て、通路を歩く。知らないマンション。知らない場所。通路から見下ろす町並みも見慣れない。この道を、何人の女が往復したんだろう。何人の女が、俺と同じような憤りを感じながら帰ったのだろう。そんな一人になりたくなかった。

 肌寒い初秋の夜。少し冷静になって、やっと理恵子への罪悪感を思い出した。

 これは浮気じゃない。最後の好奇心。先輩の欲求を満たしただけ、俺はアナルセックスをもう一度体験したかっただけ。だから浮気じゃない。風俗以下の、射精行為。

 これで最後。この次はない。今ならまだ、引き返せるはずだ。

 エレベーターに乗り込むと同時にスマホを取り出し、エネマグラと前立腺バイブを注文した。




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