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Phantom (4/15)

2016.08.31.Wed.
1話2話3話

 年が明けてから、ハローワークの紹介で、数社面接に行ったがどこも駄目だった。焦りはあるのに、どこか必死になりきれないところがあって、それを見透かされているような気がした。

 引っ越しの話はいよいよ本格的になってきて、父親の勤め先に近いマンションが今第一候補としてあがっている。両親はすでに内見にも行っていた。

 芳明は申し訳ない気がして、引っ越しについては何も口出ししていない。

 樫木が会いに来た日、家まで車で送ってもらったところを近所の人が見ていたらしい。数日後、近所の住民と母親が口論しているのを聞いて知った。

 その住人は下世話なことに、あの車の男は息子さんの恋人か、と言ってきた。

 それに母親がキレて、なんて非常識で恥知らずなんだと相手を怒鳴りつけた。怒鳴られたほうも逆切れして、男にホイホイついて行くように育てたからあんな事件に巻き込まれるのだと言い返した。

 近所中に聞こえるような大声だったから、家の中にいた芳明の耳にも嫌でも届いた。慌てて外に出て母親を家の中に連れ戻した。

 この出来事が引っ越しの決定打となったようだ。

 自分の軽率な行動のせいで、と自分を責めずにおられなかった。何もかも自分が悪いのだ、と。

 親は「あなたは悪くない。あんな人は女の子と出かけてたって文句言うような人なんだから。本当に下品! 頭の中それしかないのかしら!」と怒って言ってくれたが、世間がそういう目で見る以上、行動は慎むべきだった。

 自分より、親が侮辱されるのは何より堪えがたかった。

 外に出ず、家にこもる日が増えた。

 今日も昼近くに起きて、母親の作った焼きうどんを食べたあと、夕方までずっと居間でゴロゴロしていた。母親が夕飯の準備を始める時間になって、芳明の携帯電話が鳴った。

 ソファのクッションの下に潜り込んでいた携帯を見つけ出し、知らない番号に首を傾げる。

 樫木かもしれない。電話に出ると、『もしもし? 久世くん?』と女の声だった。久世くん、という言い方に覚えがあった。

「留美?」
『うん。よくわかったね』
「まあ……わかるだろ」

 留美は以前勤めていた会社の同僚であり、一時期恋人でもあった女だ。友達に頼まれて行ったコンパで、運命を感じる男と出会ったと振られるまでは。

『電話しても迷惑かなって思って、ずっとできなかったんだけど。でも、ずっと心配だったから。声が元気そうで良かった』

 明るくして良いのか、暗く神妙なほうがいいのかわからず、その中間のような調子で留美は喋った。

「そっちも元気そう」
『私は元気だよ。明石くんも久世くんのこと気にしてて、ずっと心配してたよ』

 明石は芳明が教育係を務めた新人だ。不器用な男だったが体育会系で明るく元気な姿は気持ちがよかった。

「あいつ、ちゃんとやれてる?」
『うん。可愛がられてるよ。最近彼女が出来たらしくて、そのことでよくからかわれてる』
「留美はどうなの。彼氏とうまくいってるの」
『いつの話よ。もうとっくに別れました』
「あ、そうなの。俺がいなくなってた間に?」
『……もっと、前に』

 留美の声が緊張して強張った。

「そうなんだ、知らなかった」
『向こうはまったくその気がなかったなんて、恥ずかしくて言えないじゃない』
「そっか。残念だったね」
『仕方ないわ』
「事件のことは知ってるよね」
『……うん』
「事件の話、聞きたい?」
『聞きたくないよ、そんなの。久世くんが元気ならそれでいい。無事に帰ってきてくれて本当に良かった。それだけ伝えたかったの。世の中にはおかしなことを言う人もいるけど、ほとんどの人はわかってるから』

 おかしなこととはどんなことだろう。あとで調べてみようと芳明は思った。

「言いたい奴には言わせておくよ。留美も俺を庇う必要ないからな。もう俺は会社の人間じゃないんだし」
『わかった。……ねえ、もし、私が久世くんと別れなかったら、こんなことにはならなかったのかな?』

 後半、留美の声は涙声になっていた。芳明が行方不明になってから、留美も自分を責めていたのかもしれない。

「馬鹿言うなよ。別れてずいぶん経ってるのに。そんなの関係あるわけないだろ。イカれた野郎の犯行なんだから」
『うん……ごめんね』

 最後の「ごめんね」には罪悪感が込められていた。

 振ってごめんね。別れてごめんね。一人にしてごめんね。

 電話を切ったあと、パソコンを開いた。発見された土地の名前と、監禁というワードで検索すると事件の記事がずらりと並んだ。

 監禁されていたマンションの外観の写真もあった。普通の小洒落たワンルームマンションだ。ここの一室で、異常な毎日を三ヶ月も送っていた。

 思い出の蓋が開きかけて、意識を目の前の文字に集中させた。迷った末、匿名掲示板のリンクを開いた。予想していた言葉のオンパレードだ。

 ホモが男を攫って。毎日種付けセックス。全裸で拘束。ゲイビみたいな事件。三ヶ月もヤラれまくってたら被害者の男も慣れただろう。ホモは男を喜ばすツボを心得てるから、被害者も喜んでたはず。もしかしてこれ、ただのホモカップルの痴話喧嘩だったりして。犯人とされてる男はただ恋人を捨てただけ。捨てられたホモが、これは拉致監禁レ/イプ事件と騒いでるだけなのでは。成人した男が三ヶ月も逃げられないなんておかしい。本来の借主の周辺が怪しい。ホモのヤリ部屋として提供していた。拘束はただのプレイ。捨てられただけなのに被害者面。捜査が進展しないのは、警察もそれに気付いているから。税金の無駄遣い。

 そういう方向に話が進んでいた。留美の言っていたのはこれだったのかもしれない。

 怒りよりも、脱力感のほうが大きかった。好き勝手に書きこむ奴らに、なにを言ったって無駄だろう。事細かに説明してまで訂正したいわけじゃない。

 それに男とのセックスが苦痛でなくなったのは事実だ。これを言えば、ほらやっぱり、と言われるのがオチだ。自分自身に、そう催眠をかけなければ耐えられなかっただけなのに。

 生きて帰れるかどうかわからない状況で、犯人に媚びるしか手立てのない状況だった。カメラで監視されていたから目隠しを取ることさえ恐ろしくて出来なかった。一体自分に何ができただろう。

 カウンセリングの先生は、芳明の行動をすべて肯定してくれた。何も悪くない、それが最善だったと。

 命を賭しても、逃げる努力をすべきだったのだろうか。

 夕飯が出来たと母親に呼ばれ、芳明はパソコンを閉じた。




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