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嘘 (6/7)

2016.08.03.Wed.
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 今井から電話がかかってきたのは一週間も経たない数日後。予想外の早さだった。直接俺の携帯へかけてきた。

『今日、お願いしてもいいかな』
「もちろん。時間と場所は?」
『えっと、19時に××駅。迎えに行く』
「オッケー」

 さっそく風呂に入って体を念入りに綺麗にした。間に合うように、時間に余裕をもって家を出た。指定された駅で待っていたら、時間ちょうどに今井は現れた。

 雑踏をかきわけ、俺の方へ向かってくる途中、歩きスマホをしている若い女とぶつかって睨まれていた。条件反射のようにすいませんと頭をさげつつ、理不尽さにむかついて女の後ろ姿を無言で睨む様子が最高で勃起しそうだった。

「早いね」

 今井は腕時計を見て、自分が遅れたわけじゃないとアピールする。

「時間厳守。五分前行動がモットーだから」
「じゃあ、行こうか」

 今井は柔らかく微笑んだ。見慣れない笑顔だ。一度寝たら、さっそく恋人気取りか?

 駅の裏側に今井は向かった。そこにラブホテルがいくつかあることは俺も知っている。案の定、「ここでいい?」と今井は一軒のホテルに入った。

 二人でシャワーを浴びた。今井の体を洗ってやる。筋肉なんかほとんどついてないインドアな肉体だ。腹周りなんかプニプニとつまめそうだ。シャワーで泡を洗い流し、男としての魅力は皆無の体に舌を這わせた。乳首を舐め、軽く噛む。濡れた陰毛を絡めないよう、今井のペニスを握った。

「また口でしてやろうか?」
「今日はもう、入れたい」
「俺のケツにハマッてんじゃねえかよ」
「祐樹のお尻ってユルユルだけど、ウリやってるホモはみんなそうなの?」

 思いがけない辛辣な言葉に息を飲む。

「な……、俺のどこがユルユルだって言うんだよ。そう感じるのはお前が小せえからだろ」
「小さい俺でもそう感じるってかなりやばいんじゃない?」

 陰鬱な笑みを浮かべながら、今井が俺の尻穴に指を入れて来た。

「ちょっ、おい、爪が痛えだろ!」
「あ、ごめん。じゃあまた前みたいに、自分でやってくれる?」

 前戯の真似事でもしようとしたのだろうか。嘘っぽい優しい声色が気持ち悪い。浴室を出てベッドへ移動する。ローションで穴を潤わせる。

「お尻弄るのってそんなに気持ちいい?」
「……なんだよ、今日はつっかかるじゃん」
「祐樹の初体験っていつなの?」
「俺に興味あんの?」
「うん、ある」

 即答されて手が止まる。

「なんで」
「これから抱く男のこと、知りたいと思うのって、変かな」
「いや、まぁ……お前みたいに根掘り葉掘り聞いて来る客は珍しくねえけど」
「門田って、どんな奴だったの?」
「えっ、門田?」
「高校の時好きだったんだろ?」
「ああ、門田……、別に普通」

 前回ついた嘘を危うく忘れるところだった。

「普通じゃわかんない。何年の時? 同じクラス?」
「質問責めかよ。一年の時。同じクラスだった。ちょっと伊藤ちゃんに似てるかも」

 似てるどころか、本人なんだけど。

「そうなんだ」

 へえ、と言って今井は遠い目をした。

「伊藤ちゃんは? いま好きな子いんのかよ」
「いない」
「前は?」
「高1の時にいたけど、嫌われたから」
「なんで?」
「同じクラスの奴にからかわれて」

 俺のことだ。間違いない。もしかして俺のことに気付いたのだろうか。恐る恐る今井の表情を窺い見る。今井はまだ、考え事でもしているように、遠い目で空を見つめていた。

「本当に、そいつ、嫌な奴だったんだ」

 表情はそのままに、今井がぽつりと呟いた。

「人の嫌がることを言って喜ぶ幼稚な奴で、クラス中から嫌われてた。俺も大嫌いだった。からかわれる前から、こんな奴、死ねばいいのにって思うくらい、鬱陶しくてどうしようもない奴だった。中学が同じだったって奴に聞いたけど、やっぱり中学でも鼻つまみ者で、友達一人もいなかったらしい。いまどうしてんのか知らないけど、ろくでもない人生送ってると思うよ。それくらい、他人から嫌われるような奴だったから」
「へー、そいつ、最悪じゃん」

 いつもの調子で相槌を打つ。むりやり持ち上げた頬の筋肉が痙攣した。嫌われてることは知っていた。自分のせいだと自覚もしてた。でも、面と向かって言われるのは堪えた。しかも好きだった奴から、死ねばいいのに、とまで言われるほど嫌われていたなんて、さすがの俺も平然と笑うことは困難だった。

「嫌なこと思い出しちゃったな。忘れたい。もう、いい?」

 と作ったような笑みで、今井は俺の腰に指をかけた。頷いたら、また一気に奥まで入れて来た。もちろん、コンドームなし。

「ううっ、待っ……」
「祐樹の中は温かくて嫌なこと忘れられるよ」

 単純に喜べない。さっきの言葉のショックからまだ立ち直れない。いまいち乗りきれない。今井の下手さが今日は辛くて苦しいだけだ。

「今日は前からして欲しいんだけど」

 バックより多少は楽になるはずだ。なのに、

「嫌だ。祐樹の顔、好みじゃないから、見たくない」

 酷い理由で断ってきやがった。今井ってこんなこと言う奴だったっけ?! イメージと違う。

「俺だってお前の顔なんか好きじゃねえよ! でも、今日は、前で。頼むからっ」
「お金払うんだから、客の言う通りにしなきゃだろ」

 と、ただ機械的に腰を打ち付けて来る。しばらくすれば慣れる。その時が来るのを待って俺は歯を食いしばって苦痛に耐えた。

「やっぱり前でしてあげる」

 急に気分を変えた今井はいきなり抜くと、俺の体をひっくり返した。そして、解放で安堵している穴へまたねじこんできた。

「あうっ」
「気持ちいい? すっごい締め付けて来る」

 ただ痛くて収縮してしまっているだけだ。今井のお目出たさは救いになるが、体への負担から目尻には涙が溜まった。

「前立腺ってどこ? ここ?」

 角度をかえてめちゃくちゃに突いて来る。そこだと答える前に、場所が変わってしまう。

「ちが……もっと、手前……ッ」
「あれ、縮んじゃってる。前みたいに、自分で触んなよ。俺はそんなの、汚くて触りたくないから」

 指でペニスの先を弾かれた。あまりの仕打ちに今井を睨みつける。今井はにこりと笑った。

「凄いよね。貪欲っていうか。恥知らずっていうか。誰でも、なんでも、いいんだね」
「んなわけ、ねえだろ」

 今井らしくなくて混乱する。俺の愛する愚かさがない。可愛げがない。

「マンションのデブと、俺と、どっちがいい?」
「どっちもヘタクソ」
「どうせそれも冗談なんだろ? 俺の方があのデブより祐樹のこと好きだし、愛してるのに」
「はあっ?!」

 とんでもない台詞に目を見開く。

「はは! 顔が赤くなった。本気にした?」
「嘘かよ、びっくりさせんなよ」

 一瞬とは言え、真に受けて喜びかけた俺がいた。

 今井ならありえなくもない話だと思えたからだ。「あいつ、今井のこと好きなんだってよ」と耳打ちされただけで、興味もなかった「あいつ」のことを意識して好きになれるのが今井だ。

 一度寝た俺のことも、もしかしたら本当に好きになってくれたんじゃないかと、一瞬、夢見た。

 落胆が思いの外凄まじい。笑い飛ばすことも、怒ったふりも難しくて妙な間が開く。自分で思っていた以上に、俺は今井に好かれたかったらしい。

「そんな風に慌てるの、可愛いね」
「うるさい……っ!!」

 心をくすぐる甘い言葉に惑わされる。これもどうせ嘘。冗談。セックスを盛りあげるための偽りの言葉なのに、感情を揺さぶられる。ぬか喜びしたくないのに、今度こそ、本気で言ってくれているのかもと、期待してしまう。

「嘘じゃないよ。祐樹、可愛い」
「俺の顔、好みじゃないって言ったくせに」
「言った? 言ったね。ごめん、嘘」

 どっちが? 今井に翻弄されすぎて、わけがわからない。もう、泣きそうになる。

「祐樹はいま、好きな奴いないの?」
「いねえよ、そんなの」

 強がった声が掠れた。

「俺じゃないの? 残念」
「どっから湧いてくんだよ、その自信。鏡見ろ」
「そうだったら良かったのにって、希望だよ」
「好みじゃないだの、汚いだの、さんざん言ってたのはお前のほうだろ」
「言ってなかったら、好きになってた?」
「もう意味わかんねえよ、なにがしたいんだよ、勘弁してくれ!」

 これ以上、やり取りを続けたら本当に泣いてしまいそうだ。

 今井の言葉は残酷な猫の爪だ。俺はいたぶられる小動物だ。今井はただ思い付きの言葉で俺の反応を見て面白がっているんだろうけど、俺にとっては1つ1つが致命的だ。

「ごめんごめん。続きをしよう」

 俺の中で今井がゆっくり動く。



こっちむいて、愛

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