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行きつく先は(2/5)

2016.07.10.Sun.
<前話はこちら>

 こちらから連絡しないでいたら、花井さんが病院まで会いに来た。しかも患者としてやってきたから追い返すこともできず、看護師たちのいる前で「先日はごちそうさまでした」なんて言われてしまい、何時間で噂が広まるのだろうと思うと頭が痛くなった。

「ここ最近、食欲がなくて、あまり充分な睡眠も取れてないんです。気が付くとボーッとしていたりして。なにかの病気でしょうか?」

 顎に人差し指を当て、花井さんは小首を傾けた。確かに可愛い女の部類には入るが、二十代後半の女がやる仕草じゃない。

「もしかすると、恋煩いかもしれないですね」

 ベテラン看護師が俺を指さしながら茶化すように言う。花井さんは口の前で手を広げて「やだぁ! でも、言われてみるとそうかもしれない」とアイメイクでさらに大きくなった目を俺に向けた。

「お疲れなんじゃないですか。とりあえず血液検査と心電図取りましょう」
「そんな、大げさです、彰博さん」

 彰博さん?! なぜ急に下の名前で呼ぶんだこの人は。

「ビタミン剤飲めばそのうち治ると思いますから。ほんと、彰博さんって心配性なんだから」

 ウフフ、と花井さんは笑う。まるで俺たちが恋人同士で、しかも俺が過剰に心配をするほど彼女に惚れこんでいるかのような口ぶりだ。こうやって周りから固めていく気かこの女。

「花井さん、もうすぐ午前の診療が終わるので、申し訳ありませんが会計が終わったあと、待ち合いで待っていてもらえませんか。お話があります」
「ちょうど良かった。私も彰博さんにお話があるんです」

 花井さんは赤い唇を左右に釣りあげた。



 昼休みに会計窓口のほうへ行ってみると、花井さんは椅子に座って待っていた。会計も終わっているというので病院を出て、中庭のほうへ連れて行った。ひと気のない隅のベンチに彼女を座らせた。

「仕事場に来られるのは困ります」
「白衣は脱いでしまったんですね。白衣姿の彰博さん、格好よかったのに」

 とニコニコしていてまるで話が通じない。世間知らずのお嬢さんと言ったって幼過ぎる。

「この際だからはっきり申し上げると、今回の見合いは断るつもりでした。僕はまだ結婚する気はないので」
「いつになったら結婚する気になるって言うんですか?」
「結婚したいと思う時期に結婚したいと思える相手に出会えた時でしょうね」
「その方と彰博さんは結婚できるんでしょうか?」

 なんだか含みのある言い方だった。にこりと微笑んだ花井さんは、鞄をゴソゴソやると、中からスマートフォンを取り出した。幼い印象の彼女らしい、キャラクターのデコレーションがされたスマホだ。それを操作して、俺のほうへ掲げた。

 画面に映し出されたのは、ブレブレの映像。なんだかわからず眉を顰める。一瞬手ぶれの止まった映像に、見覚えのある風景が映っていて凍り付いた。

 菱川くんのハイツ。少し離れた場所から撮影したものらしい。階段を上っていく人影は俺だ。菱川くんの部屋の前で立ち止まり、ドアが開くと同時に彼に抱きつき、キスしている姿が、遠くから、しかりばっちり映されていた。

 全身から血の気が引いた。膝から崩れ落ちそうになった。これは世界の終わりを意味していた。俺の人生の終焉。

 映像が一旦途切れ、次に映し出されたのは菱川くんの部屋の薄茶色のドア。音を拾おうと近づけているのがわかる。ガサゴソという音しか聞こえないが、花井さんは中でなにが行われていたか知っているのだろう。

「彰博さんがお急ぎの様子だったから、ちょっと気になってあとをつけてみたんです」

 スマホを鞄に戻して花井さんは顔をあげた。俺と目が合うといつものように首を傾げてにこりと笑う。二度目に会った夜、彼女をタクシーに乗せて送りだした直後、俺もタクシーを止めて菱川くんの家へ向かった。そのあとを着けてきたのだろう。まったく気付かなかった。

「日本の法律がかわらない限り、結婚するのはちょっと難しいんじゃないでしょうか」
「……どういう、つもりですか」

 動揺が声に出て震えた。

「お見合いなさるぐらいだから、きっと誰にも秘密なんですよね? お父様にも、病院のみなさんにも、誰にも言わないでいてさしあげます」

 そのかわり、と花井さんは幼い印象の笑顔を一変させ、邪悪な笑みで言った。

「またデートに誘ってくださいね? 今度はちゃんと彰博さんが私に電話してきてくれなきゃ駄目ですよ。今までみたいな態度も改めてもらわなくちゃ。女性に対して失礼でしょ?」

 俺がゲイだとわかった上でまたデートに誘えだと?! なにを考えてるんだこの女は。全く理解できない。

 俺が言葉を失って立ち尽くしていると、花井さんは余裕の表情でベンチから腰をあげた。

「それでは、ご連絡お待ちしております。照れ屋の彰博さんのために、一週間以内と期限を決めておきますね。それを過ぎてしまったら、またこちらにお伺いして、みなさんの前でお話させて頂きましょう」

 言い終わると持っていた日傘を広げた。

「あ、しばらく菱川さんとは会わないでくださいね。コンビニに会いに行くのも禁止です」

 名前とバイト先まで知っているのか! 愕然とする俺ににこりと笑いかけ、花井さんは背を向けて去って行った。

 その姿が見えなくなってから、俺は力が抜けたようにベンチに腰を落とした。背中に張り付くワイシャツで、びっしょりと汗をかいていたことに気付いた。

 なんなんだあの女。底の知れない恐ろしさを感じる。俺の性癖に気付いた上でまだ執着する意図は何だ? なぜ菱川くんのバイト先まで調べ上げる必要がある? そんな話をするために仕事場にまでやってきて、行動すべてが尋常じゃない。

 俺を脅すつもりか? いくらかの金で解決するなら払ってやる。だがあの女は金に不自由はしていないだろう。では一体何が目的だ。見会い相手がゲイで、しかも振られたからその腹いせに嫌がらせがしたいのか? だったら頭の一つでも下げれば気が済むのか?

 色々考えていたら気分が悪くなってきた。食事をしても吐いてしまいそうだ。

 あ、そうだ、菱川くん。彼にも花井さんのことを話しておくべきだろうか。見合い相手に俺たちの関係がバレて、また今度デートする羽目になったと?

 カミングアウトしていないからだとまた口論になったり、心配されるのも厄介だ。それに嫉妬した菱川くんが俺には会わないと言い出すかもしれない。それは避けたい。

 しばらく菱川くんに会うなと花井さんは言った。言う通りにしなければゲイであることをバラすと言外にほのめかす言い方だ。あの女がなにを考えてるのか、その目的がわかるまでは菱川くんに会うのは控えた方が無難だ。それだと、嘘をつく必要もなく、黙っていられる。




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