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好きと言って(2/4)

2014.08.30.Sat.
<前話はこちら>

 教室に戻ってきた沖田にクラスメートが話しかけてきた。それに適当に返事をしながら土屋の座る椅子を確保すると「ここ座れ」と教室の入り口で突っ立っている土屋へ声をかけた。

「あれぇ、便所飯くんじゃん。その弁当、もしかして便所飯くんの?どれどれ、あ、うまそう、この卵焼き」

 土屋の弁当をつまみ食いしようとするクラスメートの手を沖田は叩き落した。

「いってぇ、なにすんだよ」
「土屋の弁当だろうが、勝手に食ってんじゃねえよてめぇ」
「…なんで沖田がマジになって怒ってんだよ」
「誰だって友達のこと馬鹿にされたら頭くんだろうが」
「友達って…土屋が…?」
「そうだよ、文句あんのかよ、ああ?」
「べ、別に…」

 沖田はただ口が悪く態度がでかいだけじゃない。誰にでも喧嘩を売るし誰からも買うが、よほど卑怯な条件でない限り負けたことはない腕っ節の強さ。それは学年中の誰もが知っている。いつの間にか教室中がシンと静まり返っていた。

「土屋、ここに座れって言ってんだろ」

 本人にそのつもりはなくても、周りには沖田が命令し、土屋を服従させているようにしか見えなかった。土屋の真っ青な顔が、友情なんてものはないと物語っていた。
 みんなに注目されながら、ギシギシと音が聞こえそうなほどぎこちない足取りで土屋は指定された場所に腰を下ろした。
 満足げに沖田がニッと笑う。

「食えよ」
「こ、こういうの、困るよ…」
「うるせえ、食えって言ってんだよ」

 衆人環視のなか、土屋は食事を強要されていた。

※ ※ ※

 最初はなにか裏があると思われていた沖田の友達宣言も、事件や問題が起こらないまま数日が過ぎるとみんなに認知されるようになってきた。
 といっても土屋は沖田の金魚のフン、コバンザメという位置づけだったが、その雑魚振りが見事に自然なものだったので、二人が一緒にいる姿に誰も違和感を抱かなくなっていた。
 移動教室の時も二人は一緒に行動した。昼休みも一緒に食事をした。下校も途中まで一緒に帰った。時折沖田が声を荒げることはあっても、決して土屋には手を出さない。その様子を見ていたクラスメートも、次第に土屋を自分たちの輪に入れるようになった。

 あからさまな無視や蔑みはなくなり、ほとんどイジられるような関わり方で土屋はクラスのマスコット的な存在になった。
 便所飯くん、と見下していた女子たちも土屋に声をかけるようになった。
 今日、土屋に声をかけていたのは新田だった。
 気にしないでいようと思っても、沖田の神経は勝手に二人に集中した。

 頭にピーチソーダが浮かんだ。土屋と新田の顔を交互に見た。土屋の表情が、自分に向けられるのとはまるで違うことに気付いた。緊張しているのは同じでも、どこか上擦った顔つきで、耳が赤い気がする。
 女に慣れていないのか。やはり新田に惚れているのか。後者の可能性が高かった。沖田は目を伏せた。
 二人が言葉を交わす。饒舌な新田に対し、土屋は言葉少なく返している。そこに救いを見出す自分に腹が立った。
 新田が土屋の肩にポンと手を置いた。少し離れた場所からでも、土屋が顔を赤く染めているのがわかって沖田の胸はキツと痛んだ。

 土屋がトイレで一人きりの便所飯をしているのをどうにかしてやりたかった。クラスの中に居場所を作ってやりたかった。友達はいない、と言い切った土屋に友達を作ってやりたかった。
 本当の友達が出来たかどうかは疑問だが、沖田が目を光らせているので少なくとも虐められたり、無視されたり、馬鹿にされたりすることはなくなったはずだ。それどころか女子にまで優しくされるようになった。
 望み通りになったはずなのに、土屋が誰かのそばで少しでも笑みを見せていたりすると嫉妬した。相手が新田だと、それは烈火のごとく燃え上がった。
 自分がこんなに器の小さい男だとは思わなかった。
 これ以上醜い自分になりたくなくて沖田は席を立ち、教室を出た。とりあえずトイレに向かって歩いていたら、小さな足音が近づいてきた。

「沖田、くん!」

 声で土屋だとわかる。浮かれている土屋の顔を見る気分になれず、無視してトイレに入った。土屋もあとをついてくる。

「沖田くん」
「…なんだよ」
「あの…、新田さん、まだ沖田くんのこと、好きなんじゃないかな」
「はぁ?だから?俺にどうしろっていうんだよ」
「また付き合ってあげたらどうかなって…」

 土屋の言葉にはらわたがねじ切れそうなほど激しい怒りがわいた。思わず手が出て、土屋の真横の壁を殴っていた。ビクッと土屋が身をすくませる。

「そんなに俺と新田のよりを戻させたいのかよ、ええ?」
「だって…新田さん、ずっと沖田くんの話ばっかりするから…」
「てめぇ、俺の気持ち知ってて、そんなこと言ってんのかよ」
「お、沖田くんは俺なんか好きじゃないと思うよ、たぶん、きっとそれ、勘違いだと思う…」

 ビクビクしながらもはっきり沖田を拒絶する言葉をグサグサと投げかけて来る。おとなしい見た目とは裏腹に、残酷な奴だ、と沖田は手を握りしめた。

「お前が勘違いにしてほしいだけだろうが!そんなに迷惑かよ!」
「迷惑っていうか…俺と沖田くんじゃぜんぜん合わないと思うっていうか…沖田くんは、新田さんとか、そういう人を好きになったほうがいいっていうか…」

 怒りよりそこまで嫌がられていたのかとショックのほうが大きくて沖田は言葉も出なかった。そんなことなら最初から相手になんかして欲しくなかった。少しでも期待させるようなことをしてほしくなかった。
 土屋の胸倉をつかんでどうしてキスするんだと問いただしたかった。どうして好きでもないやつとセックスするんだ、と。

「お前って、思ってたよりイヤな奴だな」
「えっ?」
「そんなに俺が嫌いならはっきり言えよ」
「えっ、別に嫌いじゃないよ、沖田くんて意外といいとこあるし…」

 膝から崩れ落ちそうなほど脱力した。土屋はどこかおかしいのかもしれない。でなければ、こうも残酷に人の心を弄べるものだろうか。人の気持ちをなんだと思っているのか。こいつは誰かを好きになったことがないのだろうか。
 怒りを通り越して沖田は疲労を感じた。大きく息を吐き出す。こんな奴を好きになった自分が情けなかった。

「もういい。もうなにも言うな。今まで嫌々相手させて悪かったな。もうお前には関わんねえから安心しろ。こんなに誰かを好きになったのは初めてだったけど、相手が悪かったと思って諦めるからお前も忘れろ」

 土屋を押しのけトイレを出ようとしたら、

「ほんとに俺のこと好きだったの?本気で?」

 ぎょっとして振り返ると、土屋が呆気にとられたような顔でポカンと口を開けていた。
 どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのだろう。無神経な土屋に傷つけられて心はもうズタズタだ。それなのにまだ追い打ちをかけるつもりなのか。
 ここまでされると逆に笑えてくる。

「は…そーだよ、そうだったんだよ。でも今日までだ。じゃあな」
「あ、待って、沖田くん!」
「ついてくんじゃねえ!!」

 沖田が怒鳴ると足音はピタととまった。大声を出したら泣きそうになった。なぜこんな奴を好きになってしまったのだろう。


 そのまま校舎を出た沖田は当てもなく街のなかを歩いた。カバンも靴も学校に置いたままだが戻る気にならなかった。土屋の顔を見たくない。こんな情けない顔を見られたくない。
 適当に角を曲がっていたら細い路地に迷いこみ、行き止まりになった。来た道を戻ろうとしたら「ちょっとそこの」と声をかけられた。
 さっきは気付かなかったが、電信柱の影に隠れるようにして小さな机と、黒づくめの人物がいた。占い師のようだ。

「俺?」
「そうそう、思いつめた顔してるねぇ。恋の悩みかい」
「ほっとけよ」
「相手を振り向かせたくはないかい?夢中にさせたくはないかい?」
「はっ、だからほっとけって」
「ここに効き目抜群の惚れ薬があるんだけどねぇ。これでどんな相手もイチコロさね」
「ヤバイ薬を高校生に売りつけんなよ」
「おや。見た目と違って良識のある子だねぇ。そんな子は嫌いだよ。だから特別にこれをタダであげるよ」

 占い師は小さな瓶を放り投げた。沖田は咄嗟にそれを受け取ってしまった。

「だからいらねえって」
「媚薬入りで一滴垂らせば効果覿面。使うか使わないかは、あんた次第だよ。ほら、お行き。商売の邪魔だよ」

 シッシッと手を振り払われた。どこに客が、と思えばいつの間にか女子高生が沖田の背後で俯いていた。
 舌打ちしつつ、沖田は瓶をポケットにしまってその場を離れた。

 
K先生の野蛮な恋愛

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