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元旦那さん(1/2)

2014.06.03.Tue.
 仕事が終わる時間を見計らい、僕は妻の会社近くの待ち合わせ場所へ向かった。今日は外食しようと妻に呼び出されたのだ。

 妻に養ってもらっている負い目がないと言えば嘘になる。だから待ち合わせ場所が会社でなかったことに安堵しつつも、近くのレストランを指定されたときは嫌な予感がして場所をかえたいと申し出てみたが、すでに予約を入れてあると却下された。
 彼女が僕の言うことを素直に聞いてくれたことなど一度もないのだ。

 僕だって仕事を続けていたかった。やり甲斐だってもっていた。
 だけど僕より稼ぐ妻から「あなたが外で働く意味ある?それなら家にいて家事やってもらったほうがよっぽど効率いいと思わない?あなたってこういう細々した仕事向いてるし、私が外であなたの倍稼げば文句ないでしょ?」と男の矜持を傷つける言葉をずばり言われ、押し切られる形で僕は主夫になった。

 実際、彼女より僕の方が家事を上手にこなせるし、妻の性格は外で働くのに適しているし、また能力もあって稼ぎもいい。そんな妻を支えるのも一つの愛情と割り切って尽くしてきたが、子供も持てず、男として不能のように扱われ続けていると僕はただの家政婦なのかと悲しくなってくる。

 これをはたして夫婦と呼んでいいのか。僕と妻の間に愛はあるのか……。

「遅くなってごめんなさい」

 声に我に返った。
 ビシッとスーツを着こなした妻が僕の前に腰をおろす。
 夫の三歩後ろを歩けとは思わないが、毎回遅れてくる彼女に、たまには待ち合わせの時間より早く来て待っていてほしいものだと思わずにおられない。
 やってきたウェイターに彼女がてきぱきと僕のぶんまで注文する。

「これでいい?」

 最後に僕に尋ねる。僕は「それで」と頷く。

 仕事の愚痴を聞いているうちに料理が運ばれてくる。妻はそれを口に運びながら家のインテリアのことを話題にした。いま使っているカーテンとソファに飽きたから新しいものにかえたいと言う。だけどどうせ選ぶのは僕。彼女は買い物には付き合ってくれない。お金を渡して「あなた、よろしく」で終わりだ。

「わかった。今度見に行ってみるよ」
「そうして」

 爪をチョコレート色に塗った指がワイングラスを傾ける。

 ――僕はもう、妻を愛していない。

 唐突に、まるで天からの啓示のように、僕はその事実を認識した。

 急に妻が女の顔になって片手をあげた。

「立橋じゃない」

 その名前を聞いてギクリと身がすくむ。背後から「部長もこちらで食事ですか」と若い男の声が近づいてくる。
 振り返るのが怖くて、僕は皿の料理を見つめた。

「あら、こちら立橋の彼女?ご一緒にどう?」
「いいんですか、ご主人は」

 椅子から浮かしていた背中に手が添えられる。彼の手だ。嫌が応でもあの夜のことを思い出してしまう。忘れようと記憶のそこへ閉じ込めて、しかしふとした折に漏れ出て僕の思考を奪ってしまう淫らな行為の記憶。

「せっかく恋人といっしょなのに、邪魔しちゃ悪いよ」

 僕は妻を窺い見た。妻の挑むような目は彼の隣へ注がれている。好奇心が働いて僕もその視線をたどった。若く美しい娘が笑みを湛えて彼に寄り添っていた。

 ――俺は本気です。本気であなたを部長から奪うつもりです。

 あんなことを言っておきながら、ちゃんと恋人がいるんじゃないか。
 つい、睨みつけるように彼を見てしまう。ずっと僕を見ていた彼と目が合う。なぜか怒っているように見える真摯な眼差しにぶつかり、僕は動揺した。

「ご迷惑でなければぜひご一緒させて下さい。いいよね?」

 立橋くんは同意を求めて隣の女性を振り返った。

「あっ、うん、私はいいけど」
「じゃあ決まり」

 言うと彼は空いている席へ腰を下ろし、呼び止めたウェイターにここへ料理を運んでくれるように言っていた。
 恋人と一緒なのに、なぜ僕たちと同席しようとするのか彼の考えていることがわからない。

「いつもさっさと帰ると思ったら、彼女がいたからだったのね」

 笑みさえ浮かべていたが、剣呑な目つきで妻が彼に食って掛かる。

「違いますよ。彼女は大学の後輩なんです。うちの会社に就職したいらしくて、それで話を聞きたいって呼び出されたんです。それだけです」

 それだけです、というときだけ、彼は僕のほうを見た。だから誤解しないで安心してください、とでも言いたげな表情だ。僕は気にしてなんかいない。彼から視線を逸らした。

「こちらは俺の上司。会社の話なら、部長から聞いた方がためになると思うよ」

 自分があてにされていたことを妻に丸投げすると、彼はテーブルの上で指を組みつつ体を僕のほうへ向けた。

「ここの店、美味しいらしいですね。旦那さんの手料理以来、まともなもの食ってこなかったから楽しみだな」

 と呆気にとられている女性二人をよそに話しかけてくる。可哀そうに、後輩の彼女は妻の気迫に気圧され俯いてしまっている。
 僕が間を繋ごうと口を開けば、それを邪魔するように彼が言葉を投げかけてくる。ピリピリした空気が静電気のように肌に纏わりついた。

「私、立橋のそういう鈍いところ、なおしたほうがいいってずっと思っているのよ。だから指導してあげるって何度も言っているでしょう?もう少し上司に媚びるってことを覚えた方が出世できると思うけど?」

 ついに苛立ちがピークに達したのか、妻がフォークで皿を叩いた。

「それって業務命令ですか?でも就業時間は終わってますよね」

 挑発的な彼の口調に場の空気が凍り付く。妻の顔が怒りで真っ赤に染まっていく。このままでは彼の評価が…!

「そうだよ、仕事中じゃあるまいし、立橋くんにそんな言い方は…」

 なんとかとりなそうとしたのが裏目に出たらしかった。妻は目を吊り上げて僕を睨み付けると、「帰るわ」と立ち上がってテーブルにナフキンを叩きつけた。そのままツカツカ出口へ向かって歩いていく。

「悪かったね、彼女、少し飲み過ぎたみたいだ」

 僕も立ち上がった。
 硬い表情の立橋くんが僕を見上げる。さっきの強気な態度とは真逆の、自分がしでかしたことを悔いる弱気な目が僕に許しを乞うていた。僕は小さく頷いて妻を追いかけた。
 立橋くんたちの分も支払ったあと店を出ると、徐行するタクシーに駆け寄る妻を見つけた。僕のことは一切振り返らずに車に乗り込む。妻を乗せたタクシーが夜の街へ流れて遠ざかっていく。
 全身から力が抜けて、僕はため息をついた。

「さっきは! すみませんでした」

 立橋くんが慌てた様子で店から出てきた。眉尻の下がった情けない顔で僕と対峙し首を垂れる。

「妻の方こそ、いくら会社の部下だからって失礼なことを」
「普段なら聞き流せる程度です。あなたが部長と二人でいる姿を見て、気がたっていました。あんな人でもあなたと一緒にいると夫婦に見える。それが悔しくて嫉妬したんです」

 立橋くんの言葉に僕たちのまわりの空気が密度をあげる。

「それにあなたの見ている前で、連れのいる俺を誘う無神経さにも腹が立っていました。あなたを困らせるつもりはなかったんですが止まらなかった。せっかくの食事を台無しにしてすみませんでした」
「僕のことはいいですから…後輩の女の子を待たせちゃ悪いよ」
「彼女とは本当に何でもないんです、さっき言った理由で呼び出されて、他にもう一人いるって聞いていたのにいざ来てみたら彼女一人で…相談事そっちのけで恋人はいるのかとか、関係ないことを…俺が好きなのはあなただけですから」
「わかったから、そんな大きな声で言わないで下さい」

 往来でする会話じゃない。僕は顔を俯けた。火照った顔を彼に見られたくない。

「有休の申請を出しました。今度、お宅に伺います」
「それは困ると…」
「嫌なら居留守を使って下さい」

 頼りなく笑うと彼は店に戻って行った。
 しばらく僕は動けなかった。
 頭には先に帰った妻のことではなく、若い女の子のもとへ戻っていった彼のことでいっぱいだった。


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ダウンロード販売

2014.06.03.Tue.
(※この記事はしばらく上に置かせてもらいます。)

購入してくださった皆さん、ありがとうございました!!
一つも売れないかもしれないとビクビクしていたのでとても嬉しかったです!
自分の書いたものに誰かがお金を払ってくれるというのは、とても貴重な体験となりました。感謝です!


この度初めてダウンロード販売をしてみることにしました。
自分の書いたものに値段をつけるのも初めてでおっかなびっくり300円にしてみました。これに消費税が加わります。

DiGiket.comさん : 薔薇色の日々

Gyuttoさん : 薔薇色の日々

「裏の顔」の改訂・完全版という位置づけです。
説明だけで省いたところをちゃんと書いてみました。結末が「裏の顔」と微妙に異なります。書いてる途中でちんぽがゲシュタルト崩壊したスペルマ小説です。拙いですが頑張って書きました。よければ読んでやってください。

↓【続きを読む】でサンプルが表示されます。 【続きを読む】
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