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元旦那さん(2/2)

2014.06.04.Wed.
<前話はこちら>

 寝坊をして時間がないから、と朝食を抜いた妻が僕に当り散らしながら慌ただしく出勤していった。テーブルにある手つかずの朝食を見て僕は大きくため息をついた。

 昨夜は珍しく夜の営みに誘われた。疲れを理由に断ろうとしたら「主夫のくせに疲れてるわけないでしょ」と一蹴され、反抗する気力も失せた。
 とにかく起たせようとする妻の口淫になかなか反応を見せず、最終的に妻を怒らせてしまった。昨夜はそのあと一時間以上妻から責められてしまった。あれでは妻に不能扱いされても仕方がない。
 妻が僕のことを淡白だと言っていたという、立橋くんの言葉を思い出した。違う。本当の僕はそんなのじゃない。これは僕だけのせいじゃないはずだ。その証拠に僕はあの夜、彼と…

 はっと我に返って赤面した。妻以外の、しかも男とした不貞行為の思い出に浸るなんて。
 軽く頭を振って気持ちを切り替えた。

 インターフォンが部屋に鳴り響いた。下までいった妻が忘れ物に気付いたのだろうか。モニターを見ると、私服姿の立橋くんがいた。
 驚いて息を吸い込んだ。まさか。本当に来た。しかもこんな朝早くに。たった今、妻が出て行ったばかりなのに。
 モニターを見たまま、僕は固まった。
 嫌なら居留守を使えと彼は言った。そんな失礼なことしたくない。しかしインターフォンに出て彼と話をすればきっと入れる入れないの押し問答をすることになる。最終的に彼を追い返さなければならない。遠ざかっていく彼の後ろ姿は見たくない。

 躊躇していることがすでに妻を裏切っているとも気付かずに、僕はしばらくモニター越しに彼の姿を見つめていた。
 僕からの応答を待って落ち着かない様子の彼だったが、小さくため息をつくと、軽く会釈して背中を向けた。

「あっ、立橋くん!」

 思わず呼び止めていた。彼がぴたりと立ち止まる。

「い、いま…開けます」

 震える指でオートロックの解除キーを押した。



 彼は入ってくるなり僕を抱きしめた。

「いけない、立橋くん…!」
「入れてくれたってことは、そういうことでいいんでしょう?」
「違う、僕は、そんなつもりは…!」
「俺はそのつもりで来ました。あの日からずっとあなたのことばかり考えてたんです。昼も夜も、夢の中でさえも」

 若くてまっすぐな彼の言葉に胸が痛くなる。妻と恋愛しているときも、こんな言葉を言ってもらったことはないし、自分も言ったことがなかった。大人になるとは、なんてつまらないことなのだろう。

「俺はあなたがいてくれたらほかに何もいりません。あなたが夕飯を作りながら俺の帰りを待ってくれるだけで、それだけでいいんです。部長よりあなたを大切にして、必ず幸せにします。だから体一つで俺のもとへ来てください」

 ほとんど訴えかけるような悲痛な声で言いながら、彼は僕を強く抱きしめた。祈りのような彼の言葉に胸が締め付けられる。目頭が熱くなって視界がぼやけた。妻との結婚生活でここまで求められたことはない。必要だと言われたことはない。

「こ、こんな無職のおじさんを引き取ってもお荷物でしかないよ」
「俺には宝物だ」

 胸がつまる。咽喉が締まる。顎が震えて勝手に涙が溢れてくる。
 おずおずと、彼の背中に腕を回した。まだ幼いとさえ思える背中が、どうしようもなく愛おしかった。

「僕をさらって行ってくれ」



 ふとんの上で僕たちは獣のように交わった。
 ゴムを使おうと気遣ってくれるのを断り、僕は生身の彼を受け入れた。その場所を使うのは人生で二度目。苦痛がないとは言えないが、彼に体を貫かれる喜びには代えがたく、また彼を受け止めることで今までのことが塗り替えられていくようでそれも快感だった。

 昨日までの僕とは別人になる。

「…ん、はあっ、はぁっ、あっ、あぁっ、んっ、そこ、いい、あぁっ……いい、立橋くんっ…!」
「ここ、ですね…すっごい……トロトロ…」

 彼が腰を動かすたび、さきほど彼の出したものが撹拌されて卑猥な音を立てている。僕は聴覚からも快感を得ていた。
 彼の腕に腕を絡め、腰に足を巻き付けて、僕は自ら彼を貪ろうと締め付けた。

「あっ…旦那さん、そんなにしちゃ駄目ですよ…またイッちまうから」
「いい、何度だって…僕はきみのものなんだから」

 今朝、彼に言われた通り、僕は体一つで彼の部屋へやってきた。用意周到な彼が用意していた離婚届に署名捺印をして。
 携帯電話も置いてきたから彼女が僕の所在を知る手段はない。捨てられたと知ったとき彼女は怒り狂うだろうが、それはプライドを傷つけられたからで、決して愛情からくる怒りではない。
 だから離婚届の横に、妻が手をつけなかった朝食をそのまま残して出てくることが出来た。ささやかな復讐心からきた仕返しだった。

 彼に奥を突かれて僕はまた射精をしていた。体も布団も、彼と僕の体液でベトベトになってしまっている。
 後ろ向きにされ、四つん這いで犯された。片膝を立てて彼がズンズン僕を征服してくる。

「ふぅっ、んっ、あっ、あぁっ、そんな奥までっ…立橋くん、待って、あぁっ…!」
「やっぱりあなたの体は男に抱かれて感じるんだ」
「いっ、あっ、違う…僕は、立橋くん、きみだけ…きみだけに…こんな…っ」
「俺だけに感じてくれるって言うんですか?」

 腰の動きが一層激しさを増す。
 精神を壊されてしまいそうな快楽が僕を襲う。もはや理性など彼の手によって剥がされてしまった。本当はもっと早くから、こうなることを僕は望んでいたのかもしれない。妻と腕を組んでやってきた彼の姿を見た瞬間から僕の日常は終わっていた。運命的ななにかを予感していた。

「あっ、んっ、立橋くん、きて…!あぁっ、きて、中に、僕の、中に…っ!!」
「あとで俺の精子出すの、手伝いますね」

 言うや彼はまた僕の中へ熱い精液を吐き出した。



 彼にせがまれ二人でシャワーを浴びた。着替えがなくて彼のものを借りたがサイズが一回り大きい。それを彼がまじまじ見ている。

「どうしたの?」
「俺の服を着てる旦那さんもいいけど、あとで服を買いに行きましょうか。布団もシングルじゃあ小さいから、ダブルサイズのやつを」
「一緒に?」
「当たり前じゃないですか」

 むしろ驚いたように彼が言い返す。
 自然と頬が持ち上がりにやけてしまう。

「僕はもう旦那さんじゃないよ」

 彼も笑顔になって、僕の名前を呼んでくれた。

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元旦那さん(1/2)

2014.06.03.Tue.
 仕事が終わる時間を見計らい、僕は妻の会社近くの待ち合わせ場所へ向かった。今日は外食しようと妻に呼び出されたのだ。

 妻に養ってもらっている負い目がないと言えば嘘になる。だから待ち合わせ場所が会社でなかったことに安堵しつつも、近くのレストランを指定されたときは嫌な予感がして場所をかえたいと申し出てみたが、すでに予約を入れてあると却下された。
 彼女が僕の言うことを素直に聞いてくれたことなど一度もないのだ。

 僕だって仕事を続けていたかった。やり甲斐だってもっていた。
 だけど僕より稼ぐ妻から「あなたが外で働く意味ある?それなら家にいて家事やってもらったほうがよっぽど効率いいと思わない?あなたってこういう細々した仕事向いてるし、私が外であなたの倍稼げば文句ないでしょ?」と男の矜持を傷つける言葉をずばり言われ、押し切られる形で僕は主夫になった。

 実際、彼女より僕の方が家事を上手にこなせるし、妻の性格は外で働くのに適しているし、また能力もあって稼ぎもいい。そんな妻を支えるのも一つの愛情と割り切って尽くしてきたが、子供も持てず、男として不能のように扱われ続けていると僕はただの家政婦なのかと悲しくなってくる。

 これをはたして夫婦と呼んでいいのか。僕と妻の間に愛はあるのか……。

「遅くなってごめんなさい」

 声に我に返った。
 ビシッとスーツを着こなした妻が僕の前に腰をおろす。
 夫の三歩後ろを歩けとは思わないが、毎回遅れてくる彼女に、たまには待ち合わせの時間より早く来て待っていてほしいものだと思わずにおられない。
 やってきたウェイターに彼女がてきぱきと僕のぶんまで注文する。

「これでいい?」

 最後に僕に尋ねる。僕は「それで」と頷く。

 仕事の愚痴を聞いているうちに料理が運ばれてくる。妻はそれを口に運びながら家のインテリアのことを話題にした。いま使っているカーテンとソファに飽きたから新しいものにかえたいと言う。だけどどうせ選ぶのは僕。彼女は買い物には付き合ってくれない。お金を渡して「あなた、よろしく」で終わりだ。

「わかった。今度見に行ってみるよ」
「そうして」

 爪をチョコレート色に塗った指がワイングラスを傾ける。

 ――僕はもう、妻を愛していない。

 唐突に、まるで天からの啓示のように、僕はその事実を認識した。

 急に妻が女の顔になって片手をあげた。

「立橋じゃない」

 その名前を聞いてギクリと身がすくむ。背後から「部長もこちらで食事ですか」と若い男の声が近づいてくる。
 振り返るのが怖くて、僕は皿の料理を見つめた。

「あら、こちら立橋の彼女?ご一緒にどう?」
「いいんですか、ご主人は」

 椅子から浮かしていた背中に手が添えられる。彼の手だ。嫌が応でもあの夜のことを思い出してしまう。忘れようと記憶のそこへ閉じ込めて、しかしふとした折に漏れ出て僕の思考を奪ってしまう淫らな行為の記憶。

「せっかく恋人といっしょなのに、邪魔しちゃ悪いよ」

 僕は妻を窺い見た。妻の挑むような目は彼の隣へ注がれている。好奇心が働いて僕もその視線をたどった。若く美しい娘が笑みを湛えて彼に寄り添っていた。

 ――俺は本気です。本気であなたを部長から奪うつもりです。

 あんなことを言っておきながら、ちゃんと恋人がいるんじゃないか。
 つい、睨みつけるように彼を見てしまう。ずっと僕を見ていた彼と目が合う。なぜか怒っているように見える真摯な眼差しにぶつかり、僕は動揺した。

「ご迷惑でなければぜひご一緒させて下さい。いいよね?」

 立橋くんは同意を求めて隣の女性を振り返った。

「あっ、うん、私はいいけど」
「じゃあ決まり」

 言うと彼は空いている席へ腰を下ろし、呼び止めたウェイターにここへ料理を運んでくれるように言っていた。
 恋人と一緒なのに、なぜ僕たちと同席しようとするのか彼の考えていることがわからない。

「いつもさっさと帰ると思ったら、彼女がいたからだったのね」

 笑みさえ浮かべていたが、剣呑な目つきで妻が彼に食って掛かる。

「違いますよ。彼女は大学の後輩なんです。うちの会社に就職したいらしくて、それで話を聞きたいって呼び出されたんです。それだけです」

 それだけです、というときだけ、彼は僕のほうを見た。だから誤解しないで安心してください、とでも言いたげな表情だ。僕は気にしてなんかいない。彼から視線を逸らした。

「こちらは俺の上司。会社の話なら、部長から聞いた方がためになると思うよ」

 自分があてにされていたことを妻に丸投げすると、彼はテーブルの上で指を組みつつ体を僕のほうへ向けた。

「ここの店、美味しいらしいですね。旦那さんの手料理以来、まともなもの食ってこなかったから楽しみだな」

 と呆気にとられている女性二人をよそに話しかけてくる。可哀そうに、後輩の彼女は妻の気迫に気圧され俯いてしまっている。
 僕が間を繋ごうと口を開けば、それを邪魔するように彼が言葉を投げかけてくる。ピリピリした空気が静電気のように肌に纏わりついた。

「私、立橋のそういう鈍いところ、なおしたほうがいいってずっと思っているのよ。だから指導してあげるって何度も言っているでしょう?もう少し上司に媚びるってことを覚えた方が出世できると思うけど?」

 ついに苛立ちがピークに達したのか、妻がフォークで皿を叩いた。

「それって業務命令ですか?でも就業時間は終わってますよね」

 挑発的な彼の口調に場の空気が凍り付く。妻の顔が怒りで真っ赤に染まっていく。このままでは彼の評価が…!

「そうだよ、仕事中じゃあるまいし、立橋くんにそんな言い方は…」

 なんとかとりなそうとしたのが裏目に出たらしかった。妻は目を吊り上げて僕を睨み付けると、「帰るわ」と立ち上がってテーブルにナフキンを叩きつけた。そのままツカツカ出口へ向かって歩いていく。

「悪かったね、彼女、少し飲み過ぎたみたいだ」

 僕も立ち上がった。
 硬い表情の立橋くんが僕を見上げる。さっきの強気な態度とは真逆の、自分がしでかしたことを悔いる弱気な目が僕に許しを乞うていた。僕は小さく頷いて妻を追いかけた。
 立橋くんたちの分も支払ったあと店を出ると、徐行するタクシーに駆け寄る妻を見つけた。僕のことは一切振り返らずに車に乗り込む。妻を乗せたタクシーが夜の街へ流れて遠ざかっていく。
 全身から力が抜けて、僕はため息をついた。

「さっきは! すみませんでした」

 立橋くんが慌てた様子で店から出てきた。眉尻の下がった情けない顔で僕と対峙し首を垂れる。

「妻の方こそ、いくら会社の部下だからって失礼なことを」
「普段なら聞き流せる程度です。あなたが部長と二人でいる姿を見て、気がたっていました。あんな人でもあなたと一緒にいると夫婦に見える。それが悔しくて嫉妬したんです」

 立橋くんの言葉に僕たちのまわりの空気が密度をあげる。

「それにあなたの見ている前で、連れのいる俺を誘う無神経さにも腹が立っていました。あなたを困らせるつもりはなかったんですが止まらなかった。せっかくの食事を台無しにしてすみませんでした」
「僕のことはいいですから…後輩の女の子を待たせちゃ悪いよ」
「彼女とは本当に何でもないんです、さっき言った理由で呼び出されて、他にもう一人いるって聞いていたのにいざ来てみたら彼女一人で…相談事そっちのけで恋人はいるのかとか、関係ないことを…俺が好きなのはあなただけですから」
「わかったから、そんな大きな声で言わないで下さい」

 往来でする会話じゃない。僕は顔を俯けた。火照った顔を彼に見られたくない。

「有休の申請を出しました。今度、お宅に伺います」
「それは困ると…」
「嫌なら居留守を使って下さい」

 頼りなく笑うと彼は店に戻って行った。
 しばらく僕は動けなかった。
 頭には先に帰った妻のことではなく、若い女の子のもとへ戻っていった彼のことでいっぱいだった。


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ダウンロード販売

2014.06.03.Tue.
(※この記事はしばらく上に置かせてもらいます。)

購入してくださった皆さん、ありがとうございました!!
一つも売れないかもしれないとビクビクしていたのでとても嬉しかったです!
自分の書いたものに誰かがお金を払ってくれるというのは、とても貴重な体験となりました。感謝です!


この度初めてダウンロード販売をしてみることにしました。
自分の書いたものに値段をつけるのも初めてでおっかなびっくり300円にしてみました。これに消費税が加わります。

DiGiket.comさん : 薔薇色の日々

Gyuttoさん : 薔薇色の日々

「裏の顔」の改訂・完全版という位置づけです。
説明だけで省いたところをちゃんと書いてみました。結末が「裏の顔」と微妙に異なります。書いてる途中でちんぽがゲシュタルト崩壊したスペルマ小説です。拙いですが頑張って書きました。よければ読んでやってください。

↓【続きを読む】でサンプルが表示されます。 【続きを読む】
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