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長男としての責務(1/2)

2014.04.30.Wed.
※アンケート1位小説「兄弟(弟×兄)」

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!ほら見て!僕逆上がりできたよ!」

 夢の中、素直で可愛らしかった小学生のころの守が出てきた。日が落ちて暗くなるまで逆上がりの練習に付き合ってやった。逆上がりが出来ると守は頬を上気させて嬉しそうに笑った。あんなに可愛かったのに…
 中学二年で反抗期が始まった。そして厨二病をこじらせた中学三年、第一志望の高校に落ちた。滑り止めで受かった高校一年目で不登校になり、二年目で留年、あと少し学校へ行けば三年にあがれるという二度目の二年生終わりごろに退学。母さんを泣かせた。
 二十歳になった今じゃ立派なヒキニート。俺は大学進学とともに家を出て、そのまま就職したからもう六年はまともに守の顔を見ていない。
 たまに帰ってきても守は自室に引きこもっているし、お兄ちゃんなんとか説得してと親に頼まれて声をかけてみても、顔を出すどころか返事さえしやがらない。
 鬱陶しいけど、俺には直接関係ないしと放置してきたが、そうも言っていられなくなった。付き合っている彼女が、俺の親に会いたいと言いだしたのだ。結婚するならこいつかな、と思っていたから親に会わせるのは全然問題ないが、身内に成人したヒキニートがいることを知られたら彼女に引かれる。高校中退ヒキニートが弟なんて知られたら振られるかもしれない。こいつは生きながらにして我が家の不良債権に他ならないのだから!
 だから俺はこの正月、じっくり弟と向き合う決意をして帰省した。俺の決意を話すと感謝した母さんがアルバムを持ち出してあの頃はよかったと思い出話を始めた。だから、昔の可愛いころの守の夢を見たのだろう。あいつは一体どこで何を間違ってしまったんだ…。

 寝ぐせのついた頭をボリボリ掻きながら下へおりると誰もいない。テーブルに「父さんと初詣行ってきまーす。おせちは冷蔵庫にあり〼」と書置きがあった。おせちはいらねえ。引き出しからカップラーメンを探し出し、湯を入れた。
 あいつも食うかな。一応声をかけてみよう。
 守の部屋の前へ行き、ノックしてみる。予想通り反応なし。

「守、カップラーメン作るけど、お前も食うか?」

 返事なし。かすかに物音がするから起きてはいるらしい。といってももう昼前なのだが。

「母さんたち初詣行ってていねえから、誰もメシ運んできてくれねえぞ。腹減ってんなら、下までおりてこいよ」

 どうせ返事はしないから、それだけ言うと下へおりて、一人カップラーメンを啜った。食べ終わり、正月番組をザッピングしていたらギシ、ギシと階段を下りてくる音。ガン見したい欲求を押さえ込み、俺はなんとかテレビ画面を見たまま言った。

「カップラーメンかおせちしかねえぞ」
「……おせち」

 ボソッと守が返事をした。クララが立った!クララが立った!口元がにやけそうになる。それを必死に押しとどめ、守のために冷蔵庫からおせちを持ってきてやった。
 三段のおせちを広げ、小皿と箸をテーブルに並べてやる。上に行かせてなるものか。
 守はリビングの出入り口付近でボーっと突っ立っている。グレイのスウェット上下。ところどころ食べこぼしの染みが出来て、毛玉だらけで薄汚い。髪の毛はボサボサ伸ばし放題で目が見えない。後ろも肩についていて実に不潔。小学生のころは真っ赤なほっぺの美少年だったのに…。この変わりように兄として複雑な気分になった。彼女のこととは関係なく、こいつをどうにかしなければ、と本気で思った。

「一緒に食おうぜ」

 自分の分の小皿と箸も用意して椅子に座った。しばらく俯いたまま微動だにしなかった守が観念したようにテーブルについた。
 パクパクと栗きんとんばかりを食べる。

「おい、ほかのも食えよ」

 俺が注意すると今度はかまぼこばかりを食べる。

「おい、ばっかり食べすんな」

 長い前髪の隙間から俺をジロと睨む。部屋にこもっているから顔色が青白い。不健康そのもの。

「たまには外に行ったらどうだ?」
「……行きたくない」
「散髪するとか、服買いに行くとか」
「……店員と話したくない」
「俺とは話せてるだろ」
「……一応兄弟だし」

 一応ってなんだよ。れっきとした兄弟だよ。

「彼女とか欲しいと思わないの?」
「女なんかいらない」

 それまでボソボソとしたしゃべり方だったのに、この時だけははっきり拒絶した。強い意思表示には何か意味があるのだろうか。もしかしたら引きこもりになった原因があるのかもしれない。例えばこっぴどく振られてしまったとか。

「なんで?女の子好きじゃないのか?」
「好きじゃない。あいつら、うるせえ。キモい」

 お前の方がキモがられてると思うけど。

「学校ン時、女の子になんかされたか?」
「別に」

 とまた栗きんとんばかりを口にする。

「今度さ、俺の彼女をうちに連れてこようかと思ってんだ」
「……結婚するの?」
「んー、まだどうかわかんねえけど、そうかも」
「プッ……結婚するとか人生終わってる」

 ニタニタと笑いやがる。人生終わってるのはお前のほうじゃボケェと罵倒したいのをぐっと我慢する。
栗きんとんとかまぼこを全部平らげると守はまた部屋にこもった。


 夕方に母さんたちが帰って来た。初詣のあと買い物に行ったらしく、買い物袋を両手に抱えて戻ってきた。初売りで安かったから、と俺にも買ってきてくれるのはありがたいことなのだが如何せん趣味が合わない。部屋着にしよう。

「守もここで食べたの?」

 テーブルに出しっぱなしだった皿と箸を見て母さんが驚く。

「食った。かまぼこと栗ばっかだけど」
「あの子、それしか食べないから」

 甘やかしすぎ。

「これ、渡してきてあげて」

 大きな紙袋を1つ渡される。守の服らしい。

「自分で行けよ」
「あの子、私が何回言っても下に来て食べたことなかったのよ。やっぱり兄弟よね。お兄ちゃんが帰って来たのが嬉しいのよ。もしかしたら部屋にも入れてくれるかもしれないし。ほら、早く」

 過度な期待を背負わされてリビングを追い出された。仕方なく守の部屋へ行き、扉をノックする。

「おい、母さんから土産」

 返答なし。その態度に軽くイラッとくる。ドアノブをつかんでまわした。

「開けんなよ!!」

 少し開いたところで中から怒号。大きい声出せるんじゃねえか。先に生まれたお兄ちゃんの強権発動!扉を開けて中に身を滑り込ませた。

「っけんなよ!出てけ!!」

 鬼の形相で迫って来る守の背後…というか部屋一面の景色に俺は絶句した。ピンク。肌色。いかがわしいポスター。なんじゃこりゃあぁぁあああっ!!!

「守、お前、これ…」

 口をパクパク。壁一面、ほとんど裸の幼い子供のポスターがびっしり。唯一の救いと言っていいのかわからないが、実写じゃなくて絵だってことだ。しかもそれだけじゃない、棚やタンス、机の上に、これまたやっぱり裸同然の子供のフィギュアがずらりと並んでいた。

「おま、これ、おま…おま…これ…」

 彼女の顔が頭に浮かぶ。思いっきり軽蔑し、見下し、別れを切り出す彼女の顔が。

「ざっけんな!なに勝手に人の部屋入ってんだよ!!出てけよ!!」

 ガッと俺の肩を掴んで扉に打ち付ける。目の前の光景に、俺は痛みを感じるどころじゃなかった。犯罪者、そんな言葉が目の前の守と重なりゾワッと寒気が走った。

「守、お前、これは駄目だろ…こんな…ロリコンは、駄目だろ…」
「ロリコンじゃねえ!!」

 いやどう見ても子供じゃねえか!胸ぺったんこじゃねえか!

「この子たちを汚ねえ女と一緒にすんな!みんな男の子なんだぞ?!」

 はっ?!はぁ?!なんで鬼気迫る顔でそんな訂正できるわけ?!ロリコンじゃなくてショタコンだってほうが二重苦三重苦だろうがよぉ!

「おまえっ…守、おまえ、ホモでショタなのか…?!」
「誰にも迷惑かけてねえだろ!!」

 顔を真っ赤にして口から唾を飛ばす守を見てたら、全身から力が抜けた。
 誰にも迷惑かけてない。こいつはそれを唯一の免罪符にして、長年こんな生活を続けていたんだろう。誰にも迷惑かけていない。そう思い込むことで自分の性癖を正当化して、ヒキニートの言い訳に使ってきたんだ。学生でもない成人した健康男児が親の脛かじってる時点で迷惑なんだってことから目を背けて。

「小さな…男の子じゃないと駄目なのか…?」
「女は汚らわしい。あいつら月一で血を垂れ流すんだぜ。存在が汚物」

 なに知ったかぶってんだ。俺の目にはお前の方が汚物だよ。

「女はまったく、駄目なのか…?」
「視界にも入れたくないね」

 と壁のポスターに目をやる。つられて俺も見てみると、確かに少女だと思った子供はみな髪の毛が短くて、ショートパンツを履いていたり、男物の下着を身に着けていた。その股間に、男を示す膨らみ。なかには中身が出ちゃってるものもある。こいつはこんなものに囲まれて毎晩こんなものを見ながらシコッているのか…。
 これが実の弟だとは信じたくなかった。不登校になったあたりで気付いていれば。いや、厨二病を発症したあたりで気付いていればここまでの進行は防げていたかもしれないのに…!
 今更過去を悔やんでも仕方ないのはわかっていても、悔やまずにいられなかった。俺には関係ないと放置してきた罪悪感もあった。
 なんとかしないといけない。彼女とはまったく別問題で、こいつをなんとかしないといけない。これは長男の責任だ。

「お前、まさか実際に男の子に変なことしてないだろうな…?」
「やったら犯罪だし。それに俺、外でないし」

 確かにそうだ。とりあえず未成年に手を出したら犯罪だと認識してくれているのは助かる。

「男の子見たらムラムラッとくるのか?」
「…まぁ…」
「いつから…?」
「…中学の頃から」

 やっぱあの頃からこいつの人生狂いだしたんだな。こいつがこうなってしまった根元を知らねばならない。こいつの暗部を俺も知らねば解決しない。

「俺に教えてくれ。ショタのなにがいい」
「えっ…兄ちゃんもショタ…」
「俺は違う。断じて違う。だが兄貴として、弟のことを理解してやりたいと思う」

 前髪の隙間から守が俺をジーッと見つめる。何か言いたげに口をモゴモゴさせたあと、ふいと背を向けてテレビの前に座り込んだ。ビデオデッキになにかDVDを入れる。テレビ画面が切り替わり、アニメ絵の少年が出てきた。

「これ。俺が最初にハマッたショタアニメ」
「どんな内容?」
「魔法使いの少年が悪を倒す話」

 なんだ割と普通の内容なんじゃないか。ホッと緊張を解いて守の隣に座った。アニメが始まった。ランドセルを背負った少年が元気よく家から出てくる。悪役らしい男が少年に襲い掛かる。少年はステッキを取り出すと、呪文を唱えて変身した。なぜかセーラー服っぽいデザイン。超ミニのスカートの下に、敵の触手が潜り込み、幼いペニスを絡め取る。
目を背けたくなる。だが隣の守は凝視している。前かがみでソワソワ落ち着きがないのは、もしかして勃起しそうだからか。
 テレビの中で少年が触手に犯されている。少女のような悲鳴をあげながら精液を吐き出し、敵に向かってもっとぉとねだっている。これが本当に少女ならギリギリ1ミクロンのところで男の性だと理解できそうだが、股間のチンコがそれを台無しにする。おぞましい。隣の守がハァハァ荒い息遣いなのが実におぞましい。

「こういうのじゃないと、興奮しないのか?」
「未発達な体がいいんだ」
「女の体もいいもんだぞ。想像したことないのか?」
「女の体なんかキモくて触りたくもない」

 向こうもキモオタショタヒキニートなんかに触られたくないと思うぞ。
 テレビを直視できなくて視線を彷徨わせる。ベッドの下に雑誌が隠してあるのを見つけ、引っ張り出して後悔した。それは部屋のなかのアニメポスターをフェイクに使う、こいつの姑息さを凝縮したものだった。幼い男の子のグラビア。太陽の光の下、木にもたれかかる半裸の少年の実写写真。またしても犯罪の二文字が頭のなかを占拠する。

「お前…これ…」

 俺が出した雑誌を見て、守はサッと顔色をかえた。

「やっぱアニメだけで満足できてねえじゃん…」
「仕方ねえだろ、俺だって男なんだから!!兄ちゃんだって汚ねえ女のアソコに突っ込んでんだろ!同罪だろうが!」

 同罪か。同罪なのか。違うだろ。俺の相手はちゃんと成人しているぞ。

「頼むからその辺の子に手を出すなよ。これ以上親泣かせんな。この通りだから」

 膝に手をついて頭をさげた。情けないッたらない。小児性愛は一生治らない。こいつもきっと一生治らない。身内から犯罪者が出るかもしれないのだ。しかもショタでホモだなんて…。ホモはともかくショタだなんて…。俺一生結婚できないかもしれない。いやまともな人生すら送れないかもしれない。

「なに頭下げてんだよ。いままで俺に興味なかったくせに、自分が結婚しそうな相手が出来たからって、いまさら兄貴面すんなよ」

 守の言葉が突き刺さる。こいつの言う通りだ。俺は今まで守にまったく興味がなかった。ヒキニートの身内を恥じるだけで、何もしてこなかった。存在さえ、自分の人生から抹消しようとしていた。

「俺がこんなだから兄ちゃんは恥ずかしいだけなんだろ。俺が不登校になった時も、こんな弟が恥ずかしいから無視してたんだろ。結婚するかもってなったから、慌てて俺のこと、どうにかしようと思って来たんだろ。今までほったらかしにしてたくせに、自分の都合だけで帰って来て俺に説教すんなよ!俺だって好きでホモになったわけじゃない!小さい子にしか目がいかないのも、俺の意思じゃどうしようもないんだよ!」

 叫ぶと、守は雑誌を掴んで壁に投げつけた。叩きつけられた雑誌が床に落ちる。パラリと開いたページには、小さい下着を横にズラして、大股を開く少年の写真があった。こんなものでしか守は興奮できない。それは確かに悲劇だろう。手を出せば犯罪。普通の恋愛など望めないのだから。頭がクラクラする。

「兄ちゃんにしてやれることはないか…?」
「あるわけないじゃん」

 守はグズッと鼻をすすりあげ、スェットの裾で涙を拭った。アニメポスターとフィギュアに囲まれた八帖の部屋が守の世界、守の人生。それじゃあまりに惨めじゃないか。

「なにも…ないか?」
「俺の相手してくれんの?」

 挑発するような歪んだ笑みを浮かべて守が吐き捨てる。守の相手なんかしてやれるわけがない。無理難題を押し付けることで、守は俺を部屋から追い出し、自分の世界からも締め出したいのだ。
 無力な自分に失望した。俺がしてやれることは何もない。膝に手をついてゆっくり立ち上がった。守に背を向け、ドアノブに手をかける。刺さるように冷たい感触が俺を糾弾しているようだ。
 振り返って口を開く。

「男同士は…どうすればいいんだ?」

 充血した守の目が大きく見開かれた。


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