元上司(2/2)
2014.10.15.Wed.
<前話はこちら>
言われるまま、桜庭さんを部屋の前まで連れて行った。カードキーで開錠し、中のベッドまで運ぶ。
「すまないな、小泉」
「いえ。今日は僕のためにありがとうございました」
「帰るのか?」
「もう、遅いですし」
「まだ八時にもなってないじゃないか」
今ならまだ急いで帰れば基樹くんの帰宅時間に間に合う。夕飯は無理でも、帰りは出迎えてあげたい。
「小泉」
ベッドの上で桜庭さんが手招きする。
「なんでしょう」
近寄ると腰に両手が回された。ぐるりと引き寄せられ、僕がベッドの上に寝転がされていた。
「さ、桜庭さん?」
「ずっと好きだったんだ、小泉」
「えっ…」
桜庭さんの顔がおりてきて、僕の口を塞いだ。ぴたりと唇同士がひっついている。突然のことで頭が真っ白になった。我に返って、桜庭さんを押し戻した。
「お前が結婚すると知って一度は諦めたんだ。離婚したと連絡をしてきたのはお前のほうだぞ。部屋にまでついてきたのもお前だ。責任取ってくれよ」
「ちょっ、さ、桜庭さん…!」
再び顔が近づいてきた。顔を背けると首筋に唇が押し付けられた。熱い息を吹きかけられながら、ぬめる舌が舐めあげる。
「や、やめ……!」
「好きだ、小泉、俺のものになってくれ」
股間を鷲掴まれて全身総毛だった。
「い、やっ…やめて、下さい…っ!」
「もう、我慢の限界なんだ」
痩せたとは言え、桜庭さんの体は僕より大きく、力も強かった。押さえつけられた腕の下で必死にもがいて抵抗した。無言の桜庭さんにワイシャツを引きちぎられた。遠くではじけ飛んだボタンが落下した小さな音が聞こえた。
「すまん、小泉」
そう言いながら桜庭さんは手を止めない。ベルトを外し、スラックスの中に手を入れて来る。
「あっ、そっ…、桜庭さん、お願いです、やめて下さい!」
「後生だ、一度でいいから」
膝の裏に腕が通され、まとめて掬われた。そろった足の上に桜庭さんがのしかかって僕の動きを封じる。僕の体がベッドに深く沈む。飲めない酒を飲んだあと、頭も振って抵抗したため気持ちが悪くなって目が回りだした。
「お前だって仕事が欲しいんだろう?」
下着をずらされた。
「やめて下さいっ、桜庭さん!」
僕の声はほとんど悲鳴だった。
「仕事が欲しくないのか?」
「こんなことをしなくちゃいけないなら結構です」
「ずっと女に食わせてもらってきた男をどこの企業が雇うと思う? このチャンスを逃したらあとがないぞ。高校生と一緒にコンビニでバイトでもするか?」
「それで、構いません」
「意地をはるな、小泉。お前は昔からそうだ。いざとなると意固地になる頑固者だ」
桜庭さんの指が、僕の後ろを探り当てた。軽く爪をひっかけながら中に入れて来る。
「い…いや…嫌だっ…やめて、抜いて下さいっ…桜庭さん、お願いですから…!」
「ここまできて、やめるわけないだろう」
桜庭さんは指を深く埋めてきた。僕はこの感覚を知っている。この異物感を和らげる方法も知っている。でもそれは相手が基樹くんだから自然とできることだ。基樹くんだから僕の体も彼を求めて開かれるのだ。
桜庭さんだと、ただ怖くて気持ち悪くて仕方がない。
「嫌です、桜庭さ、ん…っ、もう、やめて下さい…っ、仕事も結構ですから…っ。なかったことにして、忘れますから…!」
「忘れさせてたまるか」
中でグリと指を回されて、ある場所が刺激された。僕の体が勝手に反応を見せる。
「んっ、きつくなったな。ここがいいのか?」
桜庭さんは同じ場所をグリグリ押してきた。そこは基樹くんが意地悪をして僕を責めたてる場所だ。僕から理性を奪って淫らにさせ、最後は泣きながら基樹くんを求める場所。
「いっ、やぁっ…、やめて…あっ、やめて下さい、嫌だ…っ、やっ、桜庭さ…んっ!」
「おい、どうした? 急に声がかわったぞ」
桜庭さんがにやついて言う。その間もずっと指を動かし続ける。桜庭さんに押さえつけられたまま、僕の体はビクビク震えた。
「も、う…そこは、やめて下さ、いっ! んっ、いや…あっ…いや、やめて…!」
「嫌だやめろと言うわりに、中は喜んでいるみたいだぞ、小泉。もしかしてお前、ここを使うのは初めてじゃないな?」
「はぁっ…ん…やめて…っ、もう動かさない、で…っ」
急に呼吸が楽になった。桜庭さんが僕の上から退いて、足からズボンと下着を抜き取ると膝を左右に割った。
「あっ…!」
慌てて前を隠したが、すぐ桜庭さんの強引な手によって晒された。そこを見た桜庭さんはごくりを咽喉を鳴らした。
「後ろだけで感じるとはずいぶん慣れてるじゃないか」
「ち、ちが…んっ」
僕の足の間で体を倒して桜庭さんがキスをしてくる。不意をつかれて舌を入れられた。分厚い舌が口腔内を舐めまわす間、桜庭さんは僕の胸を撫でさすり、乳首を抓った。
「んんっ!」
「こっちもか」
と舌なめずりすると、桜庭さんは胸に吸い付いた。強く吸われると細い針で刺されたように痛んだ。歯で挟まれて小刻みに噛まれると涙が滲んだ。
「い、や…あぁ…やめ…」
「もう観念しろ、小泉」
指を抜くと桜庭さんは自分の前をくつろげて、中から取り出したものを僕の後ろへ宛がった。
「桜庭さん…っ! そ、それだけは、駄目です、いけません…!」
「誰に操を立ててそんなこと言っているんだ? 離婚理由はお前の浮気が原因か?」
「やめて…やめて下さい、桜庭さん…あ、あっ…あぁっ…!」
熱い塊が僕の奥をこじ開けた。目尻から涙が零れ落ちる。
「あぁ…くそ…、他の誰かに先を越されちまうなんて…こんなことなら、もっと早くにお前を抱いておけば良かった」
「なんて…なんてことを…桜庭さん、あなたを軽蔑します…っ」
「なんとでも言ってくれ。だがその前に、自分の姿をよく見た方がいいんじゃないのか?」
ペニスを掴まれた。僕はまだ勃起させていた。それをしごかれた。
「あっ、や…やめて、桜庭さんっ…、これ以上はもう…!」
「男同士だ、一回出さなきゃ収まらないこともわかってるだろう? お互いに」
桜庭さんは腰を振った。中で桜庭さんのペニスが擦られる。基樹くんにしか許していない場所が、別の男によって犯されている。申し訳なくてまた涙が溢れてきた。
「泣くほど俺が嫌か」
「あっ、んっ…や…いや、です…っ!」
「本当に嫌なら立たせないと思うんだがな」
「いや…違うっ…言わな…でっ…んっ、あ、あぁっ」
腰つきが激しくなった。卑猥な音を立てながら、桜庭さんが僕の奥に叩きこんでくる。
基樹くんと出逢い、僕は別人に生まれ変わった。基樹くんに毎日のように求められた。それが嬉しくて年甲斐にもなく頑張った結果、僕の体まで変わってしまった。
はしたない言い方をすれば、「仕込まれて」しまったのだ。体のあちこちで感じるように。
「はぁっ、あっ、あんっ…あぁっ…やめて…桜庭さ…あっ、いや、いやだぁ…ん!」
「体と心は別物みたいだな。肌が赤く染まって…すごく色っぽいぞ、小泉。俺のものになれ」
「やっ…いや、あっ、僕は…僕の体は…っ」
「お前の体は?」
「も、基樹くんの、もの、なんです…っ」
「もとき? それがお前の恋人か?」
「そ、う…んっ、はぁっ…はっ、あっ…僕が、好きなのは、基樹くん、だけ…!」
「だから俺のものにはならないって? 関係ないね」
僕の腕をつかむと、桜庭さんは一層激しく腰を振った。
「ひっ、いっ…あっ、やめ、桜庭さんっ! やめて…っ、あっ、あぁんっ!」
「必ずお前を奪い取ってやる」
「だ、だめっ…あっ、あん! やっ…いやぁっ…基樹くん、、基樹くん…っ!」
助けを呼ぶように基樹くんの名を口走りながら僕は果てた。
※ ※ ※
部屋を出てすぐ携帯を見た。着信が一件。メールが一件届いていた。どちらも基樹くんからだった。
『いま仕事終わったとこ。悠さんはまだ会社の人と会ってるの?悠さんのご飯も何か買って帰ろうか?』
メールを見ていたらまた涙が溢れてきた。僕は基樹くんを裏切った。基樹くん以外の男に体を許してしまった。それがたとえ合意でないものだったとしても、裏切った事実はかわらない。桜庭さんの言う通り、連絡を取ったのは僕からだし、ホテルの部屋までついて行ったのも僕だ。
何より。
無理矢理だったというのに、後ろを弄られ反応した自分の浅ましさが嫌だった。奥を突かれながら射精した自分に愕然となった。
基樹くんと知り合う前までは男同士でなんて考えたこともなかったのに、これでは基樹くんでなくとも、誰でもいいということになってしまう。
僕を思いやる文面を見ていたら、申し訳ないという気持ちで胸が痛くなった。
こんな僕は基樹くんに相応しくない。
基樹くんにはもっと若くてしっかりした子が相応しい。誰にでも体を開いてしまう僕のような汚れたおじさんじゃなく。
そうだ。僕は基樹くんのそばにいてはいけないんだ。
基樹くんはまだ若い。将来性のある若者だ。ご両親は早くの結婚を望んでいる。孫の顔を見たいのだろう。僕が相手ではそれは未来永劫叶わない。
あぁ、僕はなんて愚かになってしまったんだろう。
若い子に口説かれてすぐ本気になって。のぼせあがって彼の将来の邪魔をするなんて年長者のすることじゃない。
今すぐ彼の前から消えなくては。
財布を開いてカードを確認する。貯金は二百万ほどあったはずだ。これで部屋を借りて、早く仕事を見つけなければ。
桜庭さんには頼れない。最後は殴って部屋を出てきたし、何よりもう顔も見たくない。
全部、自分一人でなんとかしないといけない。
基樹くんと別れて一人になる自分を想像すると泣きそうになった。基樹くんが別の誰かと一緒になるのを想像すると胸が張り裂けそうになった。
それでも僕は行かなきゃいけない。
メールを受信して携帯が鳴った。見ると基樹くんからで『家についた。悠さんはいまどこ?もう少しかかりそう?』という内容だった。マンションの部屋に基樹くんがいる。基樹くんが待っている。
震える指で消去ボタンを押した。アドレスからも基樹くんの連絡先を消した。
ホテルを出るとすっかり夜で辺りは真っ暗になっていた。僕は基樹くんの待つマンションとは反対方向へ歩き出した。
言われるまま、桜庭さんを部屋の前まで連れて行った。カードキーで開錠し、中のベッドまで運ぶ。
「すまないな、小泉」
「いえ。今日は僕のためにありがとうございました」
「帰るのか?」
「もう、遅いですし」
「まだ八時にもなってないじゃないか」
今ならまだ急いで帰れば基樹くんの帰宅時間に間に合う。夕飯は無理でも、帰りは出迎えてあげたい。
「小泉」
ベッドの上で桜庭さんが手招きする。
「なんでしょう」
近寄ると腰に両手が回された。ぐるりと引き寄せられ、僕がベッドの上に寝転がされていた。
「さ、桜庭さん?」
「ずっと好きだったんだ、小泉」
「えっ…」
桜庭さんの顔がおりてきて、僕の口を塞いだ。ぴたりと唇同士がひっついている。突然のことで頭が真っ白になった。我に返って、桜庭さんを押し戻した。
「お前が結婚すると知って一度は諦めたんだ。離婚したと連絡をしてきたのはお前のほうだぞ。部屋にまでついてきたのもお前だ。責任取ってくれよ」
「ちょっ、さ、桜庭さん…!」
再び顔が近づいてきた。顔を背けると首筋に唇が押し付けられた。熱い息を吹きかけられながら、ぬめる舌が舐めあげる。
「や、やめ……!」
「好きだ、小泉、俺のものになってくれ」
股間を鷲掴まれて全身総毛だった。
「い、やっ…やめて、下さい…っ!」
「もう、我慢の限界なんだ」
痩せたとは言え、桜庭さんの体は僕より大きく、力も強かった。押さえつけられた腕の下で必死にもがいて抵抗した。無言の桜庭さんにワイシャツを引きちぎられた。遠くではじけ飛んだボタンが落下した小さな音が聞こえた。
「すまん、小泉」
そう言いながら桜庭さんは手を止めない。ベルトを外し、スラックスの中に手を入れて来る。
「あっ、そっ…、桜庭さん、お願いです、やめて下さい!」
「後生だ、一度でいいから」
膝の裏に腕が通され、まとめて掬われた。そろった足の上に桜庭さんがのしかかって僕の動きを封じる。僕の体がベッドに深く沈む。飲めない酒を飲んだあと、頭も振って抵抗したため気持ちが悪くなって目が回りだした。
「お前だって仕事が欲しいんだろう?」
下着をずらされた。
「やめて下さいっ、桜庭さん!」
僕の声はほとんど悲鳴だった。
「仕事が欲しくないのか?」
「こんなことをしなくちゃいけないなら結構です」
「ずっと女に食わせてもらってきた男をどこの企業が雇うと思う? このチャンスを逃したらあとがないぞ。高校生と一緒にコンビニでバイトでもするか?」
「それで、構いません」
「意地をはるな、小泉。お前は昔からそうだ。いざとなると意固地になる頑固者だ」
桜庭さんの指が、僕の後ろを探り当てた。軽く爪をひっかけながら中に入れて来る。
「い…いや…嫌だっ…やめて、抜いて下さいっ…桜庭さん、お願いですから…!」
「ここまできて、やめるわけないだろう」
桜庭さんは指を深く埋めてきた。僕はこの感覚を知っている。この異物感を和らげる方法も知っている。でもそれは相手が基樹くんだから自然とできることだ。基樹くんだから僕の体も彼を求めて開かれるのだ。
桜庭さんだと、ただ怖くて気持ち悪くて仕方がない。
「嫌です、桜庭さ、ん…っ、もう、やめて下さい…っ、仕事も結構ですから…っ。なかったことにして、忘れますから…!」
「忘れさせてたまるか」
中でグリと指を回されて、ある場所が刺激された。僕の体が勝手に反応を見せる。
「んっ、きつくなったな。ここがいいのか?」
桜庭さんは同じ場所をグリグリ押してきた。そこは基樹くんが意地悪をして僕を責めたてる場所だ。僕から理性を奪って淫らにさせ、最後は泣きながら基樹くんを求める場所。
「いっ、やぁっ…、やめて…あっ、やめて下さい、嫌だ…っ、やっ、桜庭さ…んっ!」
「おい、どうした? 急に声がかわったぞ」
桜庭さんがにやついて言う。その間もずっと指を動かし続ける。桜庭さんに押さえつけられたまま、僕の体はビクビク震えた。
「も、う…そこは、やめて下さ、いっ! んっ、いや…あっ…いや、やめて…!」
「嫌だやめろと言うわりに、中は喜んでいるみたいだぞ、小泉。もしかしてお前、ここを使うのは初めてじゃないな?」
「はぁっ…ん…やめて…っ、もう動かさない、で…っ」
急に呼吸が楽になった。桜庭さんが僕の上から退いて、足からズボンと下着を抜き取ると膝を左右に割った。
「あっ…!」
慌てて前を隠したが、すぐ桜庭さんの強引な手によって晒された。そこを見た桜庭さんはごくりを咽喉を鳴らした。
「後ろだけで感じるとはずいぶん慣れてるじゃないか」
「ち、ちが…んっ」
僕の足の間で体を倒して桜庭さんがキスをしてくる。不意をつかれて舌を入れられた。分厚い舌が口腔内を舐めまわす間、桜庭さんは僕の胸を撫でさすり、乳首を抓った。
「んんっ!」
「こっちもか」
と舌なめずりすると、桜庭さんは胸に吸い付いた。強く吸われると細い針で刺されたように痛んだ。歯で挟まれて小刻みに噛まれると涙が滲んだ。
「い、や…あぁ…やめ…」
「もう観念しろ、小泉」
指を抜くと桜庭さんは自分の前をくつろげて、中から取り出したものを僕の後ろへ宛がった。
「桜庭さん…っ! そ、それだけは、駄目です、いけません…!」
「誰に操を立ててそんなこと言っているんだ? 離婚理由はお前の浮気が原因か?」
「やめて…やめて下さい、桜庭さん…あ、あっ…あぁっ…!」
熱い塊が僕の奥をこじ開けた。目尻から涙が零れ落ちる。
「あぁ…くそ…、他の誰かに先を越されちまうなんて…こんなことなら、もっと早くにお前を抱いておけば良かった」
「なんて…なんてことを…桜庭さん、あなたを軽蔑します…っ」
「なんとでも言ってくれ。だがその前に、自分の姿をよく見た方がいいんじゃないのか?」
ペニスを掴まれた。僕はまだ勃起させていた。それをしごかれた。
「あっ、や…やめて、桜庭さんっ…、これ以上はもう…!」
「男同士だ、一回出さなきゃ収まらないこともわかってるだろう? お互いに」
桜庭さんは腰を振った。中で桜庭さんのペニスが擦られる。基樹くんにしか許していない場所が、別の男によって犯されている。申し訳なくてまた涙が溢れてきた。
「泣くほど俺が嫌か」
「あっ、んっ…や…いや、です…っ!」
「本当に嫌なら立たせないと思うんだがな」
「いや…違うっ…言わな…でっ…んっ、あ、あぁっ」
腰つきが激しくなった。卑猥な音を立てながら、桜庭さんが僕の奥に叩きこんでくる。
基樹くんと出逢い、僕は別人に生まれ変わった。基樹くんに毎日のように求められた。それが嬉しくて年甲斐にもなく頑張った結果、僕の体まで変わってしまった。
はしたない言い方をすれば、「仕込まれて」しまったのだ。体のあちこちで感じるように。
「はぁっ、あっ、あんっ…あぁっ…やめて…桜庭さ…あっ、いや、いやだぁ…ん!」
「体と心は別物みたいだな。肌が赤く染まって…すごく色っぽいぞ、小泉。俺のものになれ」
「やっ…いや、あっ、僕は…僕の体は…っ」
「お前の体は?」
「も、基樹くんの、もの、なんです…っ」
「もとき? それがお前の恋人か?」
「そ、う…んっ、はぁっ…はっ、あっ…僕が、好きなのは、基樹くん、だけ…!」
「だから俺のものにはならないって? 関係ないね」
僕の腕をつかむと、桜庭さんは一層激しく腰を振った。
「ひっ、いっ…あっ、やめ、桜庭さんっ! やめて…っ、あっ、あぁんっ!」
「必ずお前を奪い取ってやる」
「だ、だめっ…あっ、あん! やっ…いやぁっ…基樹くん、、基樹くん…っ!」
助けを呼ぶように基樹くんの名を口走りながら僕は果てた。
※ ※ ※
部屋を出てすぐ携帯を見た。着信が一件。メールが一件届いていた。どちらも基樹くんからだった。
『いま仕事終わったとこ。悠さんはまだ会社の人と会ってるの?悠さんのご飯も何か買って帰ろうか?』
メールを見ていたらまた涙が溢れてきた。僕は基樹くんを裏切った。基樹くん以外の男に体を許してしまった。それがたとえ合意でないものだったとしても、裏切った事実はかわらない。桜庭さんの言う通り、連絡を取ったのは僕からだし、ホテルの部屋までついて行ったのも僕だ。
何より。
無理矢理だったというのに、後ろを弄られ反応した自分の浅ましさが嫌だった。奥を突かれながら射精した自分に愕然となった。
基樹くんと知り合う前までは男同士でなんて考えたこともなかったのに、これでは基樹くんでなくとも、誰でもいいということになってしまう。
僕を思いやる文面を見ていたら、申し訳ないという気持ちで胸が痛くなった。
こんな僕は基樹くんに相応しくない。
基樹くんにはもっと若くてしっかりした子が相応しい。誰にでも体を開いてしまう僕のような汚れたおじさんじゃなく。
そうだ。僕は基樹くんのそばにいてはいけないんだ。
基樹くんはまだ若い。将来性のある若者だ。ご両親は早くの結婚を望んでいる。孫の顔を見たいのだろう。僕が相手ではそれは未来永劫叶わない。
あぁ、僕はなんて愚かになってしまったんだろう。
若い子に口説かれてすぐ本気になって。のぼせあがって彼の将来の邪魔をするなんて年長者のすることじゃない。
今すぐ彼の前から消えなくては。
財布を開いてカードを確認する。貯金は二百万ほどあったはずだ。これで部屋を借りて、早く仕事を見つけなければ。
桜庭さんには頼れない。最後は殴って部屋を出てきたし、何よりもう顔も見たくない。
全部、自分一人でなんとかしないといけない。
基樹くんと別れて一人になる自分を想像すると泣きそうになった。基樹くんが別の誰かと一緒になるのを想像すると胸が張り裂けそうになった。
それでも僕は行かなきゃいけない。
メールを受信して携帯が鳴った。見ると基樹くんからで『家についた。悠さんはいまどこ?もう少しかかりそう?』という内容だった。マンションの部屋に基樹くんがいる。基樹くんが待っている。
震える指で消去ボタンを押した。アドレスからも基樹くんの連絡先を消した。
ホテルを出るとすっかり夜で辺りは真っ暗になっていた。僕は基樹くんの待つマンションとは反対方向へ歩き出した。

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元上司(1/2)
2014.10.14.Tue.
※NTR耐性のない方にはお勧めできない内容です
<前前話「旦那さん」はこちら>
<前話「元旦那さん」はこちら>
キスしている時に電話が鳴った。彼は無視して続行しようとする。
「立橋くん…」
「基樹って呼んで」
「基樹くん、電話…」
「悠さんを食べるのが先」
その言葉に顔が熱くなる。
彼に出会うまでの僕は、マンションの一室でただ家事をこなし、妻の帰りを待っているだけの、淡々とした毎日を送っていた。
稼ぎ頭の妻からは家政婦のように扱われ、男として不能扱いされてきた。夫として男として、自信もプライドも失っていた僕を彼が攫って行ってくれた。
基樹くんと一緒に暮らすようになってから、僕は人に必要とされることの大切さを知った。求められることのありがたさを知った。
いつ帰って来るともわからない妻と違い、基樹くんは帰る前に連絡をくれる。急いで帰って来てくれる。出迎える僕を見ると嬉しそうに笑ってくれる。「ただいま」と僕を抱きしめてキスしてくれる。体だけじゃなく、胸の奥がじんわりと熱くなる。
二十近く年下の彼に、僕はすっかりのぼせあがっている。
廊下の壁に押し付けられた。彼の膝が僕の足を割る。
「んっ…だめだよ、電話…」
手探りで彼の背広のポケットから携帯電話を見つけ出した。顔の近くへ持って行くと、基樹くんは唇を尖らせた。
「今日、一緒にお風呂ね」
いつもは食事の支度があるので先に一人で入ってもらっている。一緒に入るのは休日限定だ。
拗ねたように言う彼が可愛くて、僕は頬を緩ませながら頷いた。
僕に抱き付いたまま彼が電話に出た。
「はい、なに? どうした?」
ぞんざいな口の利き方をする。
「またそれかよ。もういいって。俺は見合いなんかする気ないって。…兄ちゃんの事情なんか知らないよ。適当に断ればいいだろ。とにかく、俺は見合いしない。もう俺のことは放っておいて。んじゃね、いま忙しいから切るよ」
耳から離したとき、かすかに女性の声が聞こえた。おそらく基樹くんの母親。
「お母さん?」
問うと彼は頷いた。
「お見合い、勧められてるの?」
「兄貴の上司から話がまわってきただけだよ」
「お兄さんは結婚してるのかい?」
「大学出てすぐ。だからって俺に押し付けるなって」
彼の手が僕の服の中に入ってくる。脇腹を撫でられてゾクリとなった。
「断ったらお兄さんの立場が悪くなるんじゃないかな」
「俺に見合いして欲しいの?」
細められた目で睨まれた。
「僕はただ、お兄さんの…」
「そうやって兄貴のこと思いやれるなら、俺がいまどんな気持ちか考えてよ」
叱るように言われて僕は口を閉ざした。確かに僕は無神経だった。
「ごめん」
「俺もごめん。悠さんは大人だから。俺ってガキだね」
ぎゅっと抱きしめられた。僕も彼の背中に手をまわし、肩に頭を乗せた。
僕は大人だから。
彼との年齢差は永遠に縮まることはない。彼が僕と同じ四十代になったとき、僕は六十代になっている。初老の僕を彼はかわらず好きと言ってくれるだろうか。
いやその前に僕に飽きてしまうかもしれない。枯れかかった僕よりも若くて元気な男の子に恋するかもしれない。
この温もりが僕から離れ、知らない人のものになるなんて。
想像しただけで切なくなってくる。いつの間にこんなに彼を好きになってしまったのだろう。僕はもう一人じゃ生きていられないほど、彼のことを愛してしまっている。
※ ※ ※
洗濯ものを取り込んでいると携帯電話が鳴った。この番号を知っているのは基樹くんと僕の親と、以前勤めていた会社の上司だけ。
着信は上司の桜庭さんからだった。
「はい、小泉です」
『やあ、その後どうだ』
「えぇ、探しているんですがなかなか」
一緒に暮らし始めてすぐ、基樹くんに働きたいと言ってみた。一瞬は何か言いたげに口を動かしたが、彼は快く承諾してくれた。それ以来、時間を見つけては仕事探しをしている。しかし年齢的な問題と、十年ほど主夫で無職だった経歴がネックとなり、どこも門前払いだ。
そこで、主夫になるために仕事を辞めると言ったとき、僕を引き留めてくれたかつての上司に連絡を取った。恥を忍んで、妻と離婚し、仕事を探していると打ち明けた。
大変だったなと慰められ、仕事がないか探してみると言ってもらえた。
期待を押し込め、耳を澄ます。
『正社員としては難しいが、契約でならいけるかもしれない』
「それでも構いません。いえ、今の僕にはありがたい話です」
『詳しい話は会ってしよう。今晩、飲みながらでもどうだ?』
頭に基樹くんの顔が浮かぶ。夜は一緒にいたい。
「夜は少し…」
すらりと断れる自分に驚いた。働いていた頃には考えられないことだ。
『じゃあ…今から外回りがあるから、その前に少し会おうか』
「すみません、我が儘を言って」
『お前は今でも俺の部下だ。部下に甘えられるのが上司ってもんだ』
桜庭さんに礼を言って電話を切った。待ち合わせ場所は会社から少し離れたホテルのラウンジ。たまに仕事で使っていた場所で懐かしくなる。
スーツに着替え、部屋を出た。
※ ※ ※
ホテルに現れた桜庭さんは、以前より少し痩せて、頭にも白いものが目立つようになっていた。
「久し振りだな」
笑いながら僕の肩を叩く。その力強さはかわっていない。
「離婚してしょげてるのかと思ったら、案外元気そうじゃないか。むしろ一人になって悠悠自適って感じか?」
「そうですね、強がりじゃなく、離婚して良かったと思っています。それより今日はわざわざありがとうございます」
「堅苦しいのはあとだ。一杯やろう」
「このあと外回りがあるって…」
「少しくらい大丈夫だ」
桜庭さんに背中を押され、ホテルの上にあるバーへと移動した。まだ開店したばかりで客は僕たちだけだった。
「じゃあお前もまた一人ってわけか」
グラスを一杯空にして桜庭さんが言った。厳密には僕は一人じゃない。曖昧に笑ってごまかした。
「桜庭さん、ご結婚は…」
「してないよ。相変わらず一人」
「独身貴族ですね」
「五十過ぎると惨めったらしいだけだぞ。ただの行き遅れだ」
お前も飲めよ、と酒を勧めてくる。仕事をしている時から酒は苦手だった。これも仕事のうちと割り切って少しは慣れたつもりだったが、久し振りにスーツで飲む酒は強くて頭がくらくらした。
「小泉が戻ってきてくれると俺も嬉しいよ」
「そう言って頂けると救われます」
もちろん真に受けるほど馬鹿じゃない。しかし嘘でもそう言ってくれる人が一人いるのといないのとじゃ違う。感謝してもしきれない。
グラスをあけた。桜庭さんはおかわりを注文した。
このあとの仕事のことが気になりつつ、桜庭さんに付き合って酒を飲んだ。そろそろ夕飯の支度をしないといけない時間だったが、帰るとは言いづらい。
桜庭さんがトイレに行ったすきに、基樹くんにメールをしておいた。
『前の上司と会っているので帰るのが遅くなるかもしれません。悪いけど、今日は外で食べてきて下さい。』
戻って来た桜庭さんはフラフラと覚束ない足取りだった。支えるために立ち上がった僕も、綿を踏んでいるような感覚がしてふらついた。
「悪い、小泉。少し飲み過ぎたみたいだ。部屋まで連れて行ってくれないか」
「部屋?」
「ここに部屋を取ってあるんだ」
「このあと仕事があるんじゃ…」
「馬鹿、こんなに酔ってて仕事ができるか。頭まで主夫になっちまったのか?」
「そうですよね…」
確かにその通りだが、外回りの前に会うと言っていたのは桜庭さんのほうだ。というか最初から酔いつぶれるつもりで部屋をおさえておいたのか? もやもやしたが、それ以上に、頭まで主夫になっちまったのかという言葉のほうが気になった。
男が主夫をしているというと好奇の目で見られることが多かった。中にはあからさまに見下してくるものもいた。桜庭さんにこんな態度を取られるのはショックだった。
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<前前話「旦那さん」はこちら>
<前話「元旦那さん」はこちら>
キスしている時に電話が鳴った。彼は無視して続行しようとする。
「立橋くん…」
「基樹って呼んで」
「基樹くん、電話…」
「悠さんを食べるのが先」
その言葉に顔が熱くなる。
彼に出会うまでの僕は、マンションの一室でただ家事をこなし、妻の帰りを待っているだけの、淡々とした毎日を送っていた。
稼ぎ頭の妻からは家政婦のように扱われ、男として不能扱いされてきた。夫として男として、自信もプライドも失っていた僕を彼が攫って行ってくれた。
基樹くんと一緒に暮らすようになってから、僕は人に必要とされることの大切さを知った。求められることのありがたさを知った。
いつ帰って来るともわからない妻と違い、基樹くんは帰る前に連絡をくれる。急いで帰って来てくれる。出迎える僕を見ると嬉しそうに笑ってくれる。「ただいま」と僕を抱きしめてキスしてくれる。体だけじゃなく、胸の奥がじんわりと熱くなる。
二十近く年下の彼に、僕はすっかりのぼせあがっている。
廊下の壁に押し付けられた。彼の膝が僕の足を割る。
「んっ…だめだよ、電話…」
手探りで彼の背広のポケットから携帯電話を見つけ出した。顔の近くへ持って行くと、基樹くんは唇を尖らせた。
「今日、一緒にお風呂ね」
いつもは食事の支度があるので先に一人で入ってもらっている。一緒に入るのは休日限定だ。
拗ねたように言う彼が可愛くて、僕は頬を緩ませながら頷いた。
僕に抱き付いたまま彼が電話に出た。
「はい、なに? どうした?」
ぞんざいな口の利き方をする。
「またそれかよ。もういいって。俺は見合いなんかする気ないって。…兄ちゃんの事情なんか知らないよ。適当に断ればいいだろ。とにかく、俺は見合いしない。もう俺のことは放っておいて。んじゃね、いま忙しいから切るよ」
耳から離したとき、かすかに女性の声が聞こえた。おそらく基樹くんの母親。
「お母さん?」
問うと彼は頷いた。
「お見合い、勧められてるの?」
「兄貴の上司から話がまわってきただけだよ」
「お兄さんは結婚してるのかい?」
「大学出てすぐ。だからって俺に押し付けるなって」
彼の手が僕の服の中に入ってくる。脇腹を撫でられてゾクリとなった。
「断ったらお兄さんの立場が悪くなるんじゃないかな」
「俺に見合いして欲しいの?」
細められた目で睨まれた。
「僕はただ、お兄さんの…」
「そうやって兄貴のこと思いやれるなら、俺がいまどんな気持ちか考えてよ」
叱るように言われて僕は口を閉ざした。確かに僕は無神経だった。
「ごめん」
「俺もごめん。悠さんは大人だから。俺ってガキだね」
ぎゅっと抱きしめられた。僕も彼の背中に手をまわし、肩に頭を乗せた。
僕は大人だから。
彼との年齢差は永遠に縮まることはない。彼が僕と同じ四十代になったとき、僕は六十代になっている。初老の僕を彼はかわらず好きと言ってくれるだろうか。
いやその前に僕に飽きてしまうかもしれない。枯れかかった僕よりも若くて元気な男の子に恋するかもしれない。
この温もりが僕から離れ、知らない人のものになるなんて。
想像しただけで切なくなってくる。いつの間にこんなに彼を好きになってしまったのだろう。僕はもう一人じゃ生きていられないほど、彼のことを愛してしまっている。
※ ※ ※
洗濯ものを取り込んでいると携帯電話が鳴った。この番号を知っているのは基樹くんと僕の親と、以前勤めていた会社の上司だけ。
着信は上司の桜庭さんからだった。
「はい、小泉です」
『やあ、その後どうだ』
「えぇ、探しているんですがなかなか」
一緒に暮らし始めてすぐ、基樹くんに働きたいと言ってみた。一瞬は何か言いたげに口を動かしたが、彼は快く承諾してくれた。それ以来、時間を見つけては仕事探しをしている。しかし年齢的な問題と、十年ほど主夫で無職だった経歴がネックとなり、どこも門前払いだ。
そこで、主夫になるために仕事を辞めると言ったとき、僕を引き留めてくれたかつての上司に連絡を取った。恥を忍んで、妻と離婚し、仕事を探していると打ち明けた。
大変だったなと慰められ、仕事がないか探してみると言ってもらえた。
期待を押し込め、耳を澄ます。
『正社員としては難しいが、契約でならいけるかもしれない』
「それでも構いません。いえ、今の僕にはありがたい話です」
『詳しい話は会ってしよう。今晩、飲みながらでもどうだ?』
頭に基樹くんの顔が浮かぶ。夜は一緒にいたい。
「夜は少し…」
すらりと断れる自分に驚いた。働いていた頃には考えられないことだ。
『じゃあ…今から外回りがあるから、その前に少し会おうか』
「すみません、我が儘を言って」
『お前は今でも俺の部下だ。部下に甘えられるのが上司ってもんだ』
桜庭さんに礼を言って電話を切った。待ち合わせ場所は会社から少し離れたホテルのラウンジ。たまに仕事で使っていた場所で懐かしくなる。
スーツに着替え、部屋を出た。
※ ※ ※
ホテルに現れた桜庭さんは、以前より少し痩せて、頭にも白いものが目立つようになっていた。
「久し振りだな」
笑いながら僕の肩を叩く。その力強さはかわっていない。
「離婚してしょげてるのかと思ったら、案外元気そうじゃないか。むしろ一人になって悠悠自適って感じか?」
「そうですね、強がりじゃなく、離婚して良かったと思っています。それより今日はわざわざありがとうございます」
「堅苦しいのはあとだ。一杯やろう」
「このあと外回りがあるって…」
「少しくらい大丈夫だ」
桜庭さんに背中を押され、ホテルの上にあるバーへと移動した。まだ開店したばかりで客は僕たちだけだった。
「じゃあお前もまた一人ってわけか」
グラスを一杯空にして桜庭さんが言った。厳密には僕は一人じゃない。曖昧に笑ってごまかした。
「桜庭さん、ご結婚は…」
「してないよ。相変わらず一人」
「独身貴族ですね」
「五十過ぎると惨めったらしいだけだぞ。ただの行き遅れだ」
お前も飲めよ、と酒を勧めてくる。仕事をしている時から酒は苦手だった。これも仕事のうちと割り切って少しは慣れたつもりだったが、久し振りにスーツで飲む酒は強くて頭がくらくらした。
「小泉が戻ってきてくれると俺も嬉しいよ」
「そう言って頂けると救われます」
もちろん真に受けるほど馬鹿じゃない。しかし嘘でもそう言ってくれる人が一人いるのといないのとじゃ違う。感謝してもしきれない。
グラスをあけた。桜庭さんはおかわりを注文した。
このあとの仕事のことが気になりつつ、桜庭さんに付き合って酒を飲んだ。そろそろ夕飯の支度をしないといけない時間だったが、帰るとは言いづらい。
桜庭さんがトイレに行ったすきに、基樹くんにメールをしておいた。
『前の上司と会っているので帰るのが遅くなるかもしれません。悪いけど、今日は外で食べてきて下さい。』
戻って来た桜庭さんはフラフラと覚束ない足取りだった。支えるために立ち上がった僕も、綿を踏んでいるような感覚がしてふらついた。
「悪い、小泉。少し飲み過ぎたみたいだ。部屋まで連れて行ってくれないか」
「部屋?」
「ここに部屋を取ってあるんだ」
「このあと仕事があるんじゃ…」
「馬鹿、こんなに酔ってて仕事ができるか。頭まで主夫になっちまったのか?」
「そうですよね…」
確かにその通りだが、外回りの前に会うと言っていたのは桜庭さんのほうだ。というか最初から酔いつぶれるつもりで部屋をおさえておいたのか? もやもやしたが、それ以上に、頭まで主夫になっちまったのかという言葉のほうが気になった。
男が主夫をしているというと好奇の目で見られることが多かった。中にはあからさまに見下してくるものもいた。桜庭さんにこんな態度を取られるのはショックだった。
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