好きと言って(4/4)
2014.09.01.Mon.
<前話はこちら>
薬が切れてから、さりげなく沖田を避けてきたが、いまは土屋が沖田を追い掛け回していた。
話しかけようと近づくと沖田はすっと離れ、友人たちの輪に加わった。話しかける隙を与えなかった。
移動教室も別々になった。お昼も誘われなくなった。沖田がいないと教室に居場所がない。それどころか、沖田の庇護から土屋が外れたと見るや否や、すぐまた便所飯くんと呼ばれ、悪意のあるからかいの的になった。
前は鋭い目つきで監視していた沖田は何も言わない。見てもいない。顔を背けて土屋と目も合わせてくれない。
勇気を出してお昼を一緒に食べようと声をかけてみた。
「便所飯、調子乗んなよ。俺らとお前は身分が違うの。お前は身をわきまえて便所でメシ食ってろよ」
以前、土屋の弁当から卵焼きを取ろうとして沖田に手を叩かれた男だ。その時のことを根に持っているのか、ことさらねちっこく土屋に絡んでくる。
「お前は黙ってろ」
沖田の一言でそいつはピタリと口を閉じた。不満そうに土屋を睨む。
「おい、土屋、顔貸せ」
「あ、うん」
沖田のあとについて教室を出た。
何も言わない沖田の背中を不思議な思いで見つめながら歩いた。前はあんなに怖くて苦手で目も合わせたくない相手だったのに、いまはこの至近距離でも平気だ。振り向いて話しかけてくれないかとさえ思う。
沖田は渡り廊下の手前にある自販機の前で立ち止まった。そこで缶ジュースを一本買う。ピーチソーダだった。沖田に飲むかと勧められて一口もらった。思えばこれがすべての始まりだった。沖田にハラハラしっぱなしで、いつしか新田が好きだったことなど忘れていた。
「もう俺に関わるな」
ポツリと沖田が言った。
「俺のこと好きなんじゃないの?嫌いになった?」
目を伏せたまま沖田はフッと笑った。
「すげえよ、お前。精神的にボコボコだよ俺」
「なんで?」
視線をあげた沖田が静かに睨んでくる。怒っている。
「お互い嫌な思いすんのヤだろ。だからもう話しかけてくんな」
「俺は別に嫌な思いなんかしてないけど」
クワッと一瞬、沖田の目が吊り上がった。また怒らせたようだが、土屋にはなにがいけないのかかまるでわからなかった。
「…いい加減、人の気持ち弄ぶのはやめろよ。俺がやなんだよ。もうお前のツラ見たくねえんだよ。お前を振り回したのは謝る。だからもう俺の視界から消えろ、消えてくれ、頼むから」
沖田は疲れた顔で億劫そうに言葉を吐き出した。
どうして終わらせようとするのだろう。こっちの気持ちはお構いなしで理不尽だ、と土屋は思った。
「俺のこと好きになってくれたんじゃないの?」
「だから…!そういう思わせぶりなのやめろって言ってんだよ!」
「そんなつもりじゃ…俺はただ、沖田くんが俺のこと好きなのか確かめたくて…」
「もう好きじゃねえよ、嫌いだよ、自惚れんなクソ野郎が」
そんなことを言いながら沖田は泣きそうな顔だった。なぜ怒っているのかはわからないが、自分が沖田を悲しませていることはわかった。
「ごめん、沖田くん」
沖田の腕を掴んだ。びくっと大きく震える。ピーチソーダが零れて沖田の手を濡らした。土屋はその手を舐めた。
「…っ!な、に、すんだよ…!!」
「俺も好きだって言ったら、また俺のこと、好きになってくれる?」
「なっ…なに言って…お前、やっぱおかしいよ、異常だ、病院行けよ」
言葉は辛辣でも沖田の動揺が掴んだ手から伝わってくる。
鼓動が大きくなる。二人の息遣いが交わる。
「俺も、沖田くんのこと、好きになったんだけど…」
沖田の顔が歪む。
「沖田くんは?俺のこと、好き?」
「……っかじゃねえの…お前…」
「ほんとの気持ち、教えてよ。好き?嫌い?」
土屋にとって大事な質問だった。勘違いや嘘であっては困るのだ。だから真剣に問いかけた。
好きと言って。好きだと言って。願う気持ちで沖田を見つめた。
真摯な眼差しに、沖田は居心地悪そうに眼を泳がせた。そして長く長く躊躇ったあと、コクリと頷いた。
「すき……」
二人きりになれる場所を探したらまた体育倉庫に来ていた。薄暗く黴臭い場所で抱き合う。自分が薬など使わなくても沖田相手に興奮し勃たせることができるのは今までの行為で証明済みだが、いわば素面状態の沖田が本当に自分と同じ反応を示すか不安だった。
キスしながら股間をまさぐった。硬く熱いものが手に当たる。
「すごい…本当に勃起してる…」
「ばっ…か、てめぇだってそうだろ」
顔を真っ赤にさせながら沖田も股間に手を伸ばしてくる。性急な動作でズボンをずりおろすと、飛び出したペニスを握った。
お互いのものを扱きあった。沖田に頭髪を掴まれて乱暴なキスを受ける。吐息が熱い。唾液が零れる。土屋も夢中で吸いながら沖田の胸に手を這わした。
小さな乳首を指で弾いたり、強弱をつけて摘まむと、沖田の体がピクンと跳ねる。
「俺に触られて嫌じゃない?」
「や、なわけ、ねえだろ…!」
掠れた声で沖田が答える。体もピンクに色づいて色っぽい。
沖田の服を脱がせて胸に吸い付いた。
「はぁっ…あっ…んっ…んん…」
「気持ちいい?」
「…そんなの、いちいち聞くな…」
土屋の舌と手の動きに、沖田が反応を見せる。喘ぎ声を漏らす。惚れ薬を使わずに。
「ほんとに俺のこと、好きなんだね」
ただ確かめたいだけなのに、これを言うと沖田は一瞬怯えた表情を見せた。そして困惑気味に目を逸らす。
「お前ってなに考えてっかわかんねえ」
「沖田くんのことだよ」
「……もういいから、早く入れろよ」
顔を真っ赤にしながら土屋のペニスを引っ張る。
ひくつくアナルに自分の勃起をあてがった。欲情しきった目が土屋を見上げている。沖田がこんな顔を見せるなんて。手で支えるペニスがグンと膨らんだ。
媚薬でおかしくなっている沖田とは何度もセックスしたが今日は違う。本心から土屋のペニスを欲しがり股を開いている。
その中へズブズブと身を埋めていった。きついが中は熟んで熱い。沖田の勃起も衰えない。フルフルと震えながら先走りを溢れさせている。
「沖田くんて、意外といやらしいんだね」
沖田の体が強張り、ギュッと締め付けられた。見ると沖田が鬼の形相で睨んでいた。
「ごめん!だって、すごく気持ちよさそうだし…」
「うるせえ!黙って腰振ってろ!」
言われた通り腰を動かした。「いやらしい」と言われたことがよほど恥ずかしかったのか沖田は唇を噛みしめて声を殺していた。しかし土屋が少し角度をかえて突きあげると、堪え切れずに声をあげた。
「あぁっ!…ん!あっ…はぁ…あっ、ああっ…!」
薬なんかなくてもこんなに淫らな声をあげ、表情を見せてくれる。土屋にはそのすべてが驚きと感動の対象だった。
ペニスを握った。2、3擦ると沖田が泣きそうな顔を持ち上げた。
「やっ、やめ…出る…」
「先にいっていいよ」
口許に腕を当ててぎゅっと固く目を瞑る。ハァハァと荒い息遣い。胸が大きく上下している。
「ふっ…んっ…あ、あぁ…あっ、出る、イク、土屋…あ、イク…っ!!」
びゅるっと大量の精液が飛び出して沖田の腹に着地した。
「いっぱい出たね」
「や、もう…擦んな…」
「沖田くんはいつも1回じゃ終わらないでしょ」
腰を打ち付ける。摩擦でさらにペニスが硬く研がれる。夢中になって出し入れした。
「はぁっ、あっ、あんっ…あ、土屋、あっ、あ…」
「大好きだよ、沖田くん」
熱い塊を沖田の中へ吐き出した。
チャイムの音が聞こえた。5限目が終わったようだ。
「そろそろ教室に戻ろっか」
「真面目か。もう6限もふけちまえよ」
「駄目だよ」
制服を手繰り寄せる。沖田のズボンに硬い手触りがあった。持ち上げた拍子にポケットからそれが滑り落ちる。床に転がった小瓶を見て、土屋はサァッと血の気が引いた。
見覚えのある小さな瓶。占い師の婆。
「これ…」
拾い上げる。家に置いてあるから自分のじゃない。それに中身が入っている。
「あぁ、それ。占い師みたいな胡散臭い婆にもらった」
もしかして使ったのか?いま自分が抱いている沖田への感情もさっきまで欲情にかられるまま執拗に沖田の体を愛撫したのも、もしかしてこの薬のせいだったのか?
そういえばここへ来るまえ、自販機の前でジュースを一口もらった。まさかあの中に…!
「沖田くん、これ…!!」
「惚れ薬なんだとよ、ふざけてんよな。誰がそんなもん信じるかっての。馬鹿は信じて買っちゃうんだろうけどな。あ、飲むなよ、なに入ってるかわかんねえから」
改めて瓶を見る。よく見るとシールの封が切られていなかった。沖田は使っていない。自分の感情も、衝動も、全部本物。まがい物なんかじゃない…!
「沖田くんて、かっこいいね」
「はあ?なんだよ急に」
「すごく、すごく、かっこいいね!」
「うるせえわ、男に突っ込まれてアンアン言ってる俺のどこが」
「そこはすごくやらしくて可愛いと思う!」
「殺すぞ」
照れ隠しの制服が顔に投げつけられた。痛くない。少し面映い。
6限もふけろと言った沖田が制服を身に着けている。その腰に、土屋は抱き付いた。
薬が切れてから、さりげなく沖田を避けてきたが、いまは土屋が沖田を追い掛け回していた。
話しかけようと近づくと沖田はすっと離れ、友人たちの輪に加わった。話しかける隙を与えなかった。
移動教室も別々になった。お昼も誘われなくなった。沖田がいないと教室に居場所がない。それどころか、沖田の庇護から土屋が外れたと見るや否や、すぐまた便所飯くんと呼ばれ、悪意のあるからかいの的になった。
前は鋭い目つきで監視していた沖田は何も言わない。見てもいない。顔を背けて土屋と目も合わせてくれない。
勇気を出してお昼を一緒に食べようと声をかけてみた。
「便所飯、調子乗んなよ。俺らとお前は身分が違うの。お前は身をわきまえて便所でメシ食ってろよ」
以前、土屋の弁当から卵焼きを取ろうとして沖田に手を叩かれた男だ。その時のことを根に持っているのか、ことさらねちっこく土屋に絡んでくる。
「お前は黙ってろ」
沖田の一言でそいつはピタリと口を閉じた。不満そうに土屋を睨む。
「おい、土屋、顔貸せ」
「あ、うん」
沖田のあとについて教室を出た。
何も言わない沖田の背中を不思議な思いで見つめながら歩いた。前はあんなに怖くて苦手で目も合わせたくない相手だったのに、いまはこの至近距離でも平気だ。振り向いて話しかけてくれないかとさえ思う。
沖田は渡り廊下の手前にある自販機の前で立ち止まった。そこで缶ジュースを一本買う。ピーチソーダだった。沖田に飲むかと勧められて一口もらった。思えばこれがすべての始まりだった。沖田にハラハラしっぱなしで、いつしか新田が好きだったことなど忘れていた。
「もう俺に関わるな」
ポツリと沖田が言った。
「俺のこと好きなんじゃないの?嫌いになった?」
目を伏せたまま沖田はフッと笑った。
「すげえよ、お前。精神的にボコボコだよ俺」
「なんで?」
視線をあげた沖田が静かに睨んでくる。怒っている。
「お互い嫌な思いすんのヤだろ。だからもう話しかけてくんな」
「俺は別に嫌な思いなんかしてないけど」
クワッと一瞬、沖田の目が吊り上がった。また怒らせたようだが、土屋にはなにがいけないのかかまるでわからなかった。
「…いい加減、人の気持ち弄ぶのはやめろよ。俺がやなんだよ。もうお前のツラ見たくねえんだよ。お前を振り回したのは謝る。だからもう俺の視界から消えろ、消えてくれ、頼むから」
沖田は疲れた顔で億劫そうに言葉を吐き出した。
どうして終わらせようとするのだろう。こっちの気持ちはお構いなしで理不尽だ、と土屋は思った。
「俺のこと好きになってくれたんじゃないの?」
「だから…!そういう思わせぶりなのやめろって言ってんだよ!」
「そんなつもりじゃ…俺はただ、沖田くんが俺のこと好きなのか確かめたくて…」
「もう好きじゃねえよ、嫌いだよ、自惚れんなクソ野郎が」
そんなことを言いながら沖田は泣きそうな顔だった。なぜ怒っているのかはわからないが、自分が沖田を悲しませていることはわかった。
「ごめん、沖田くん」
沖田の腕を掴んだ。びくっと大きく震える。ピーチソーダが零れて沖田の手を濡らした。土屋はその手を舐めた。
「…っ!な、に、すんだよ…!!」
「俺も好きだって言ったら、また俺のこと、好きになってくれる?」
「なっ…なに言って…お前、やっぱおかしいよ、異常だ、病院行けよ」
言葉は辛辣でも沖田の動揺が掴んだ手から伝わってくる。
鼓動が大きくなる。二人の息遣いが交わる。
「俺も、沖田くんのこと、好きになったんだけど…」
沖田の顔が歪む。
「沖田くんは?俺のこと、好き?」
「……っかじゃねえの…お前…」
「ほんとの気持ち、教えてよ。好き?嫌い?」
土屋にとって大事な質問だった。勘違いや嘘であっては困るのだ。だから真剣に問いかけた。
好きと言って。好きだと言って。願う気持ちで沖田を見つめた。
真摯な眼差しに、沖田は居心地悪そうに眼を泳がせた。そして長く長く躊躇ったあと、コクリと頷いた。
「すき……」
二人きりになれる場所を探したらまた体育倉庫に来ていた。薄暗く黴臭い場所で抱き合う。自分が薬など使わなくても沖田相手に興奮し勃たせることができるのは今までの行為で証明済みだが、いわば素面状態の沖田が本当に自分と同じ反応を示すか不安だった。
キスしながら股間をまさぐった。硬く熱いものが手に当たる。
「すごい…本当に勃起してる…」
「ばっ…か、てめぇだってそうだろ」
顔を真っ赤にさせながら沖田も股間に手を伸ばしてくる。性急な動作でズボンをずりおろすと、飛び出したペニスを握った。
お互いのものを扱きあった。沖田に頭髪を掴まれて乱暴なキスを受ける。吐息が熱い。唾液が零れる。土屋も夢中で吸いながら沖田の胸に手を這わした。
小さな乳首を指で弾いたり、強弱をつけて摘まむと、沖田の体がピクンと跳ねる。
「俺に触られて嫌じゃない?」
「や、なわけ、ねえだろ…!」
掠れた声で沖田が答える。体もピンクに色づいて色っぽい。
沖田の服を脱がせて胸に吸い付いた。
「はぁっ…あっ…んっ…んん…」
「気持ちいい?」
「…そんなの、いちいち聞くな…」
土屋の舌と手の動きに、沖田が反応を見せる。喘ぎ声を漏らす。惚れ薬を使わずに。
「ほんとに俺のこと、好きなんだね」
ただ確かめたいだけなのに、これを言うと沖田は一瞬怯えた表情を見せた。そして困惑気味に目を逸らす。
「お前ってなに考えてっかわかんねえ」
「沖田くんのことだよ」
「……もういいから、早く入れろよ」
顔を真っ赤にしながら土屋のペニスを引っ張る。
ひくつくアナルに自分の勃起をあてがった。欲情しきった目が土屋を見上げている。沖田がこんな顔を見せるなんて。手で支えるペニスがグンと膨らんだ。
媚薬でおかしくなっている沖田とは何度もセックスしたが今日は違う。本心から土屋のペニスを欲しがり股を開いている。
その中へズブズブと身を埋めていった。きついが中は熟んで熱い。沖田の勃起も衰えない。フルフルと震えながら先走りを溢れさせている。
「沖田くんて、意外といやらしいんだね」
沖田の体が強張り、ギュッと締め付けられた。見ると沖田が鬼の形相で睨んでいた。
「ごめん!だって、すごく気持ちよさそうだし…」
「うるせえ!黙って腰振ってろ!」
言われた通り腰を動かした。「いやらしい」と言われたことがよほど恥ずかしかったのか沖田は唇を噛みしめて声を殺していた。しかし土屋が少し角度をかえて突きあげると、堪え切れずに声をあげた。
「あぁっ!…ん!あっ…はぁ…あっ、ああっ…!」
薬なんかなくてもこんなに淫らな声をあげ、表情を見せてくれる。土屋にはそのすべてが驚きと感動の対象だった。
ペニスを握った。2、3擦ると沖田が泣きそうな顔を持ち上げた。
「やっ、やめ…出る…」
「先にいっていいよ」
口許に腕を当ててぎゅっと固く目を瞑る。ハァハァと荒い息遣い。胸が大きく上下している。
「ふっ…んっ…あ、あぁ…あっ、出る、イク、土屋…あ、イク…っ!!」
びゅるっと大量の精液が飛び出して沖田の腹に着地した。
「いっぱい出たね」
「や、もう…擦んな…」
「沖田くんはいつも1回じゃ終わらないでしょ」
腰を打ち付ける。摩擦でさらにペニスが硬く研がれる。夢中になって出し入れした。
「はぁっ、あっ、あんっ…あ、土屋、あっ、あ…」
「大好きだよ、沖田くん」
熱い塊を沖田の中へ吐き出した。
チャイムの音が聞こえた。5限目が終わったようだ。
「そろそろ教室に戻ろっか」
「真面目か。もう6限もふけちまえよ」
「駄目だよ」
制服を手繰り寄せる。沖田のズボンに硬い手触りがあった。持ち上げた拍子にポケットからそれが滑り落ちる。床に転がった小瓶を見て、土屋はサァッと血の気が引いた。
見覚えのある小さな瓶。占い師の婆。
「これ…」
拾い上げる。家に置いてあるから自分のじゃない。それに中身が入っている。
「あぁ、それ。占い師みたいな胡散臭い婆にもらった」
もしかして使ったのか?いま自分が抱いている沖田への感情もさっきまで欲情にかられるまま執拗に沖田の体を愛撫したのも、もしかしてこの薬のせいだったのか?
そういえばここへ来るまえ、自販機の前でジュースを一口もらった。まさかあの中に…!
「沖田くん、これ…!!」
「惚れ薬なんだとよ、ふざけてんよな。誰がそんなもん信じるかっての。馬鹿は信じて買っちゃうんだろうけどな。あ、飲むなよ、なに入ってるかわかんねえから」
改めて瓶を見る。よく見るとシールの封が切られていなかった。沖田は使っていない。自分の感情も、衝動も、全部本物。まがい物なんかじゃない…!
「沖田くんて、かっこいいね」
「はあ?なんだよ急に」
「すごく、すごく、かっこいいね!」
「うるせえわ、男に突っ込まれてアンアン言ってる俺のどこが」
「そこはすごくやらしくて可愛いと思う!」
「殺すぞ」
照れ隠しの制服が顔に投げつけられた。痛くない。少し面映い。
6限もふけろと言った沖田が制服を身に着けている。その腰に、土屋は抱き付いた。

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好きと言って(3/4)
2014.08.31.Sun.
<前話はこちら>
「ついてくんじゃねえ!!」
沖田の剣幕に土屋は足を止めた。
少し時間を置いてからトイレを出て辺りを見渡す。沖田の姿はない。教室にもいなかった。
授業が始まっても沖田は戻ってこない。またサボリか、と周りは気にしない。土屋だけが居心地の悪い思いをしていた。
もしかして。いや、きっとそうなんだ。それしか考えられない。
土屋はポケットの中の小さな瓶を握りしめた。この中には惚れ薬が入っていたが今はもう空だ。
間違ってこれをクラスメートの沖田に飲ませてしまった。沖田は豹変した。自分に迫り、キスしてきた。そして流れでセックスしてしまった。惚れ薬が効いているだけなのに、土屋ことを好きになったと思い込んでいた。
もしそれが勘違いだったと気付いたら、急激な体の変化にさすがの沖田も薬を盛られたと気付くだろう。そうなったらただではすまない。
それ以来、学校にいる間は効き目の切れないよう、あの手この手で沖田に薬を服用させた。
一滴でだいたい2時間の効果だということがわかった。じゃあ三滴垂らせば6時間かというと違った。効きは強くなっても200分程度で効果は薄れた。三滴が沖田の理性を保てる限界で、薬が切れそうな頃を見計らって沖田に薬を盛った。
思い通りに薬を飲んでくれない日もあってヒヤヒヤしたが、沖田が好きだと思い込んでくれていたのでなんとか命拾いした。
薬が半分減ったくらいから、土屋は占い師を探し始めた。最初に会った高架下は曜日や時間をずらしたりしてもう何度も探した。通行人に聞き込みまでしたが、誰も占い師なんか知らないという。土屋自身、あの一度きりでそれ以降占い師の姿を見たことはなかった。
小さな瓶だからもともと量は微々たるもの。どんどん薬は減っていく。焦る土屋を嘲笑うかのように占い師は忽然と行方をくらましたままだった。
底がついたのがつい先日のこと。最後は水道水を入れて瓶に付着した薬の残滓でなんとか乗り切った。予想外に薬が効いて、発情した沖田に体育倉庫に連れ込まれた。
沖田と何度セックスしただろう。きっとこれが最後のセックスになる。いやもしかしたら今日が人生最後の日になるかもしれない…。
効き目の切れたあとの沖田が怖くて、土屋は倉庫から逃げ出した。
放課後は必死になって占い師を探し回った。足が棒になりくたくたになって家に帰ると、土屋はとりあえず遺書でも書こうか、とペンを持って机に向かった。文面を考えていたら疲労からいつの間にか眠りこけ、朝になってしまった。
何もしらない母親に家から追い出され、行く当てもなく結局学校に行くしかなかった。
できるだけ沖田の目につかないよう小さくなって過ごした。
休み時間や授業中、沖田から視線を感じた。ガンを飛ばされているのかと戦々恐々となった。
いつも通り一人でお昼ご飯を食べていたら沖田がトイレまで押しかけて来た。ついにこの時が来た…!殴られる覚悟をしたのに、沖田はなぜかキスしてきた。まだ勘違いをしているのか?もしかしてまだ好きだと思い込んでいるのか?
確認せずにいられなかった。
「お、沖田くん、まだ俺のこと、好きなの?」
沖田はビクッと肩を揺らした。
違うとも、そうだとも言わない。はっきりした答えを得られないまま教室に連れ戻された。便所飯がなんでここにいるんだという視線を痛いほど感じながら沖田に食事を強要された。
新手の嫌がらせにしか思えなかったが、それ以来、クラスで露骨にハブられることはなくなった。誰かが土屋をからかっていると必ず沖田が止めに入った。だから誰もからかってこなくなった。話をしているだけだと何も言ってこない。そのかわり睨むような目で監視された。学校にいるあいだ中、そばにいさせられた。
沖田が何を考えているのかわからない。何をしたいのかわからない。
薬はとっくに切れている。体育倉庫でしたのを最後にセックスもしていない。もうとっくに心身ともに正気に戻っているはずだ。これ以上俺を混乱させないでくれ。あんたは男より女の方が好きだろう。早くそのことを思い出してくれ。
そう思って新田の話をしたのに
「てめぇ、俺の気持ちわかってて、そんなこと言ってんのかよ」
「お、沖田くんは俺なんか好きじゃないと思うよ、たぶん、きっとそれ、勘違いだと思う…」
そりゃあ今まで何回もセックスはしてきたけど、それは薬のせいであって、好きとか恋愛感情があったからじゃない。
「お前が勘違いにしてほしいだけだろうが!そんなに迷惑かよ!」
迷惑なんかじゃなかった。何度も肌を合わせた。たくさんの時間を共有した。ポツリポツリと会話もあった。知れば知るほど沖田のことを苦手に思わなくなった。
薬を飲ませることに心が痛むようになった。好きでもない相手に強制的に発情させられ、プライドもかなぐり捨てて抱いてくれと男に懇願するのはさぞ屈辱的だっただろう。
保身のために安全性も確認できないものを飲ませ続けた。沖田に申し訳ないと思っていた。
俺が悪かったから、だからもう、元に戻ってくれ。
「もういい。もうなにも言うな。今まで嫌々相手させて悪かったな。もうお前には関わんねえから安心しろ。こんなに誰かを好きになったのは初めてだったが、相手が悪かったと思って諦めるからお前も忘れろ」
沖田に押しのけられた。違いざま見た沖田の顔は辛そうに歪んで今にも泣きだしそうだった。それを見た瞬間、鋭い針で心臓を突かれたような気がした。
薬はとっくに切れている。勘違いや思い違いの期間もとっくに終わっているはずだ。
愕然となった。
「ほんとに俺のこと好きだったの?本気で?」
振り返った沖田は自虐的に笑った。
「は…そーだよ、そうだったんだよ。でも今日までだ。じゃあな」
とトイレから出て行ってしまった。
怒鳴られ追いかけることを躊躇った。学校が終わったら沖田に会いに行こう。鞄も届けてあげよう。そこでもう一度気持ちを確かめて…確かめてどうしよう。
土屋はまだ自分の気持ちがはっきりわかっていなかった。まだ少し怖いが苦手意識はだいぶ減った。沖田が自分のことを好きだというなら付き合ってもいい。
そう考えて放課後になると沖田のマンションへ向かった。インターフォンを鳴らしたが誰も出てこない。沖田の両親は仕事だ。仕方なく待つことにした。
夕方になって沖田は帰って来た。土屋を見るなり顔を顰める。
「何しに来たんだよ」
「鞄、持ってきた」
チッと舌打ちしながら鞄を受け取る。その時、沖田が上靴のままなのに気付いた。
「くつ…」
「うるせえ。とっとと帰れ」
「あの、話が」
「話なんかねえよ、帰れ」
「1つだけ!沖田くん、ほんとに俺のこと、好き?」
キッと睨まれた。ぎこちなく引き攣った顔がみるみる赤くなっていく。
「そんなことを言うためにわざわざ来たのか?どこまで人をおちょくりゃ気が済むんだよ。いい加減にしねえとマジでぶっ飛ばすぞ」
「違うの?でも今日、こんなに誰かを好きになったのは初めてだって…」
「もういいだろ、黙れよ!!」
大声を出されて土屋は口を閉ざした。下を向いて沖田は肩で息をしている。握りしめる拳が小さく震えていた。
「…何が、楽しいんだよ…」
辛そうに声を絞り出すと、沖田は鍵をあけ、家の中に姿を消した。
しばらく扉を眺めていた土屋は「また明日、学校でね」と声をかけてからその場を立ち去った。
「ついてくんじゃねえ!!」
沖田の剣幕に土屋は足を止めた。
少し時間を置いてからトイレを出て辺りを見渡す。沖田の姿はない。教室にもいなかった。
授業が始まっても沖田は戻ってこない。またサボリか、と周りは気にしない。土屋だけが居心地の悪い思いをしていた。
もしかして。いや、きっとそうなんだ。それしか考えられない。
土屋はポケットの中の小さな瓶を握りしめた。この中には惚れ薬が入っていたが今はもう空だ。
間違ってこれをクラスメートの沖田に飲ませてしまった。沖田は豹変した。自分に迫り、キスしてきた。そして流れでセックスしてしまった。惚れ薬が効いているだけなのに、土屋ことを好きになったと思い込んでいた。
もしそれが勘違いだったと気付いたら、急激な体の変化にさすがの沖田も薬を盛られたと気付くだろう。そうなったらただではすまない。
それ以来、学校にいる間は効き目の切れないよう、あの手この手で沖田に薬を服用させた。
一滴でだいたい2時間の効果だということがわかった。じゃあ三滴垂らせば6時間かというと違った。効きは強くなっても200分程度で効果は薄れた。三滴が沖田の理性を保てる限界で、薬が切れそうな頃を見計らって沖田に薬を盛った。
思い通りに薬を飲んでくれない日もあってヒヤヒヤしたが、沖田が好きだと思い込んでくれていたのでなんとか命拾いした。
薬が半分減ったくらいから、土屋は占い師を探し始めた。最初に会った高架下は曜日や時間をずらしたりしてもう何度も探した。通行人に聞き込みまでしたが、誰も占い師なんか知らないという。土屋自身、あの一度きりでそれ以降占い師の姿を見たことはなかった。
小さな瓶だからもともと量は微々たるもの。どんどん薬は減っていく。焦る土屋を嘲笑うかのように占い師は忽然と行方をくらましたままだった。
底がついたのがつい先日のこと。最後は水道水を入れて瓶に付着した薬の残滓でなんとか乗り切った。予想外に薬が効いて、発情した沖田に体育倉庫に連れ込まれた。
沖田と何度セックスしただろう。きっとこれが最後のセックスになる。いやもしかしたら今日が人生最後の日になるかもしれない…。
効き目の切れたあとの沖田が怖くて、土屋は倉庫から逃げ出した。
放課後は必死になって占い師を探し回った。足が棒になりくたくたになって家に帰ると、土屋はとりあえず遺書でも書こうか、とペンを持って机に向かった。文面を考えていたら疲労からいつの間にか眠りこけ、朝になってしまった。
何もしらない母親に家から追い出され、行く当てもなく結局学校に行くしかなかった。
できるだけ沖田の目につかないよう小さくなって過ごした。
休み時間や授業中、沖田から視線を感じた。ガンを飛ばされているのかと戦々恐々となった。
いつも通り一人でお昼ご飯を食べていたら沖田がトイレまで押しかけて来た。ついにこの時が来た…!殴られる覚悟をしたのに、沖田はなぜかキスしてきた。まだ勘違いをしているのか?もしかしてまだ好きだと思い込んでいるのか?
確認せずにいられなかった。
「お、沖田くん、まだ俺のこと、好きなの?」
沖田はビクッと肩を揺らした。
違うとも、そうだとも言わない。はっきりした答えを得られないまま教室に連れ戻された。便所飯がなんでここにいるんだという視線を痛いほど感じながら沖田に食事を強要された。
新手の嫌がらせにしか思えなかったが、それ以来、クラスで露骨にハブられることはなくなった。誰かが土屋をからかっていると必ず沖田が止めに入った。だから誰もからかってこなくなった。話をしているだけだと何も言ってこない。そのかわり睨むような目で監視された。学校にいるあいだ中、そばにいさせられた。
沖田が何を考えているのかわからない。何をしたいのかわからない。
薬はとっくに切れている。体育倉庫でしたのを最後にセックスもしていない。もうとっくに心身ともに正気に戻っているはずだ。これ以上俺を混乱させないでくれ。あんたは男より女の方が好きだろう。早くそのことを思い出してくれ。
そう思って新田の話をしたのに
「てめぇ、俺の気持ちわかってて、そんなこと言ってんのかよ」
「お、沖田くんは俺なんか好きじゃないと思うよ、たぶん、きっとそれ、勘違いだと思う…」
そりゃあ今まで何回もセックスはしてきたけど、それは薬のせいであって、好きとか恋愛感情があったからじゃない。
「お前が勘違いにしてほしいだけだろうが!そんなに迷惑かよ!」
迷惑なんかじゃなかった。何度も肌を合わせた。たくさんの時間を共有した。ポツリポツリと会話もあった。知れば知るほど沖田のことを苦手に思わなくなった。
薬を飲ませることに心が痛むようになった。好きでもない相手に強制的に発情させられ、プライドもかなぐり捨てて抱いてくれと男に懇願するのはさぞ屈辱的だっただろう。
保身のために安全性も確認できないものを飲ませ続けた。沖田に申し訳ないと思っていた。
俺が悪かったから、だからもう、元に戻ってくれ。
「もういい。もうなにも言うな。今まで嫌々相手させて悪かったな。もうお前には関わんねえから安心しろ。こんなに誰かを好きになったのは初めてだったが、相手が悪かったと思って諦めるからお前も忘れろ」
沖田に押しのけられた。違いざま見た沖田の顔は辛そうに歪んで今にも泣きだしそうだった。それを見た瞬間、鋭い針で心臓を突かれたような気がした。
薬はとっくに切れている。勘違いや思い違いの期間もとっくに終わっているはずだ。
愕然となった。
「ほんとに俺のこと好きだったの?本気で?」
振り返った沖田は自虐的に笑った。
「は…そーだよ、そうだったんだよ。でも今日までだ。じゃあな」
とトイレから出て行ってしまった。
怒鳴られ追いかけることを躊躇った。学校が終わったら沖田に会いに行こう。鞄も届けてあげよう。そこでもう一度気持ちを確かめて…確かめてどうしよう。
土屋はまだ自分の気持ちがはっきりわかっていなかった。まだ少し怖いが苦手意識はだいぶ減った。沖田が自分のことを好きだというなら付き合ってもいい。
そう考えて放課後になると沖田のマンションへ向かった。インターフォンを鳴らしたが誰も出てこない。沖田の両親は仕事だ。仕方なく待つことにした。
夕方になって沖田は帰って来た。土屋を見るなり顔を顰める。
「何しに来たんだよ」
「鞄、持ってきた」
チッと舌打ちしながら鞄を受け取る。その時、沖田が上靴のままなのに気付いた。
「くつ…」
「うるせえ。とっとと帰れ」
「あの、話が」
「話なんかねえよ、帰れ」
「1つだけ!沖田くん、ほんとに俺のこと、好き?」
キッと睨まれた。ぎこちなく引き攣った顔がみるみる赤くなっていく。
「そんなことを言うためにわざわざ来たのか?どこまで人をおちょくりゃ気が済むんだよ。いい加減にしねえとマジでぶっ飛ばすぞ」
「違うの?でも今日、こんなに誰かを好きになったのは初めてだって…」
「もういいだろ、黙れよ!!」
大声を出されて土屋は口を閉ざした。下を向いて沖田は肩で息をしている。握りしめる拳が小さく震えていた。
「…何が、楽しいんだよ…」
辛そうに声を絞り出すと、沖田は鍵をあけ、家の中に姿を消した。
しばらく扉を眺めていた土屋は「また明日、学校でね」と声をかけてからその場を立ち去った。
好きと言って(2/4)
2014.08.30.Sat.
<前話はこちら>
教室に戻ってきた沖田にクラスメートが話しかけてきた。それに適当に返事をしながら土屋の座る椅子を確保すると「ここ座れ」と教室の入り口で突っ立っている土屋へ声をかけた。
「あれぇ、便所飯くんじゃん。その弁当、もしかして便所飯くんの?どれどれ、あ、うまそう、この卵焼き」
土屋の弁当をつまみ食いしようとするクラスメートの手を沖田は叩き落した。
「いってぇ、なにすんだよ」
「土屋の弁当だろうが、勝手に食ってんじゃねえよてめぇ」
「…なんで沖田がマジになって怒ってんだよ」
「誰だって友達のこと馬鹿にされたら頭くんだろうが」
「友達って…土屋が…?」
「そうだよ、文句あんのかよ、ああ?」
「べ、別に…」
沖田はただ口が悪く態度がでかいだけじゃない。誰にでも喧嘩を売るし誰からも買うが、よほど卑怯な条件でない限り負けたことはない腕っ節の強さ。それは学年中の誰もが知っている。いつの間にか教室中がシンと静まり返っていた。
「土屋、ここに座れって言ってんだろ」
本人にそのつもりはなくても、周りには沖田が命令し、土屋を服従させているようにしか見えなかった。土屋の真っ青な顔が、友情なんてものはないと物語っていた。
みんなに注目されながら、ギシギシと音が聞こえそうなほどぎこちない足取りで土屋は指定された場所に腰を下ろした。
満足げに沖田がニッと笑う。
「食えよ」
「こ、こういうの、困るよ…」
「うるせえ、食えって言ってんだよ」
衆人環視のなか、土屋は食事を強要されていた。
※ ※ ※
最初はなにか裏があると思われていた沖田の友達宣言も、事件や問題が起こらないまま数日が過ぎるとみんなに認知されるようになってきた。
といっても土屋は沖田の金魚のフン、コバンザメという位置づけだったが、その雑魚振りが見事に自然なものだったので、二人が一緒にいる姿に誰も違和感を抱かなくなっていた。
移動教室の時も二人は一緒に行動した。昼休みも一緒に食事をした。下校も途中まで一緒に帰った。時折沖田が声を荒げることはあっても、決して土屋には手を出さない。その様子を見ていたクラスメートも、次第に土屋を自分たちの輪に入れるようになった。
あからさまな無視や蔑みはなくなり、ほとんどイジられるような関わり方で土屋はクラスのマスコット的な存在になった。
便所飯くん、と見下していた女子たちも土屋に声をかけるようになった。
今日、土屋に声をかけていたのは新田だった。
気にしないでいようと思っても、沖田の神経は勝手に二人に集中した。
頭にピーチソーダが浮かんだ。土屋と新田の顔を交互に見た。土屋の表情が、自分に向けられるのとはまるで違うことに気付いた。緊張しているのは同じでも、どこか上擦った顔つきで、耳が赤い気がする。
女に慣れていないのか。やはり新田に惚れているのか。後者の可能性が高かった。沖田は目を伏せた。
二人が言葉を交わす。饒舌な新田に対し、土屋は言葉少なく返している。そこに救いを見出す自分に腹が立った。
新田が土屋の肩にポンと手を置いた。少し離れた場所からでも、土屋が顔を赤く染めているのがわかって沖田の胸はキツと痛んだ。
土屋がトイレで一人きりの便所飯をしているのをどうにかしてやりたかった。クラスの中に居場所を作ってやりたかった。友達はいない、と言い切った土屋に友達を作ってやりたかった。
本当の友達が出来たかどうかは疑問だが、沖田が目を光らせているので少なくとも虐められたり、無視されたり、馬鹿にされたりすることはなくなったはずだ。それどころか女子にまで優しくされるようになった。
望み通りになったはずなのに、土屋が誰かのそばで少しでも笑みを見せていたりすると嫉妬した。相手が新田だと、それは烈火のごとく燃え上がった。
自分がこんなに器の小さい男だとは思わなかった。
これ以上醜い自分になりたくなくて沖田は席を立ち、教室を出た。とりあえずトイレに向かって歩いていたら、小さな足音が近づいてきた。
「沖田、くん!」
声で土屋だとわかる。浮かれている土屋の顔を見る気分になれず、無視してトイレに入った。土屋もあとをついてくる。
「沖田くん」
「…なんだよ」
「あの…、新田さん、まだ沖田くんのこと、好きなんじゃないかな」
「はぁ?だから?俺にどうしろっていうんだよ」
「また付き合ってあげたらどうかなって…」
土屋の言葉にはらわたがねじ切れそうなほど激しい怒りがわいた。思わず手が出て、土屋の真横の壁を殴っていた。ビクッと土屋が身をすくませる。
「そんなに俺と新田のよりを戻させたいのかよ、ええ?」
「だって…新田さん、ずっと沖田くんの話ばっかりするから…」
「てめぇ、俺の気持ち知ってて、そんなこと言ってんのかよ」
「お、沖田くんは俺なんか好きじゃないと思うよ、たぶん、きっとそれ、勘違いだと思う…」
ビクビクしながらもはっきり沖田を拒絶する言葉をグサグサと投げかけて来る。おとなしい見た目とは裏腹に、残酷な奴だ、と沖田は手を握りしめた。
「お前が勘違いにしてほしいだけだろうが!そんなに迷惑かよ!」
「迷惑っていうか…俺と沖田くんじゃぜんぜん合わないと思うっていうか…沖田くんは、新田さんとか、そういう人を好きになったほうがいいっていうか…」
怒りよりそこまで嫌がられていたのかとショックのほうが大きくて沖田は言葉も出なかった。そんなことなら最初から相手になんかして欲しくなかった。少しでも期待させるようなことをしてほしくなかった。
土屋の胸倉をつかんでどうしてキスするんだと問いただしたかった。どうして好きでもないやつとセックスするんだ、と。
「お前って、思ってたよりイヤな奴だな」
「えっ?」
「そんなに俺が嫌いならはっきり言えよ」
「えっ、別に嫌いじゃないよ、沖田くんて意外といいとこあるし…」
膝から崩れ落ちそうなほど脱力した。土屋はどこかおかしいのかもしれない。でなければ、こうも残酷に人の心を弄べるものだろうか。人の気持ちをなんだと思っているのか。こいつは誰かを好きになったことがないのだろうか。
怒りを通り越して沖田は疲労を感じた。大きく息を吐き出す。こんな奴を好きになった自分が情けなかった。
「もういい。もうなにも言うな。今まで嫌々相手させて悪かったな。もうお前には関わんねえから安心しろ。こんなに誰かを好きになったのは初めてだったけど、相手が悪かったと思って諦めるからお前も忘れろ」
土屋を押しのけトイレを出ようとしたら、
「ほんとに俺のこと好きだったの?本気で?」
ぎょっとして振り返ると、土屋が呆気にとられたような顔でポカンと口を開けていた。
どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのだろう。無神経な土屋に傷つけられて心はもうズタズタだ。それなのにまだ追い打ちをかけるつもりなのか。
ここまでされると逆に笑えてくる。
「は…そーだよ、そうだったんだよ。でも今日までだ。じゃあな」
「あ、待って、沖田くん!」
「ついてくんじゃねえ!!」
沖田が怒鳴ると足音はピタととまった。大声を出したら泣きそうになった。なぜこんな奴を好きになってしまったのだろう。
そのまま校舎を出た沖田は当てもなく街のなかを歩いた。カバンも靴も学校に置いたままだが戻る気にならなかった。土屋の顔を見たくない。こんな情けない顔を見られたくない。
適当に角を曲がっていたら細い路地に迷いこみ、行き止まりになった。来た道を戻ろうとしたら「ちょっとそこの」と声をかけられた。
さっきは気付かなかったが、電信柱の影に隠れるようにして小さな机と、黒づくめの人物がいた。占い師のようだ。
「俺?」
「そうそう、思いつめた顔してるねぇ。恋の悩みかい」
「ほっとけよ」
「相手を振り向かせたくはないかい?夢中にさせたくはないかい?」
「はっ、だからほっとけって」
「ここに効き目抜群の惚れ薬があるんだけどねぇ。これでどんな相手もイチコロさね」
「ヤバイ薬を高校生に売りつけんなよ」
「おや。見た目と違って良識のある子だねぇ。そんな子は嫌いだよ。だから特別にこれをタダであげるよ」
占い師は小さな瓶を放り投げた。沖田は咄嗟にそれを受け取ってしまった。
「だからいらねえって」
「媚薬入りで一滴垂らせば効果覿面。使うか使わないかは、あんた次第だよ。ほら、お行き。商売の邪魔だよ」
シッシッと手を振り払われた。どこに客が、と思えばいつの間にか女子高生が沖田の背後で俯いていた。
舌打ちしつつ、沖田は瓶をポケットにしまってその場を離れた。
教室に戻ってきた沖田にクラスメートが話しかけてきた。それに適当に返事をしながら土屋の座る椅子を確保すると「ここ座れ」と教室の入り口で突っ立っている土屋へ声をかけた。
「あれぇ、便所飯くんじゃん。その弁当、もしかして便所飯くんの?どれどれ、あ、うまそう、この卵焼き」
土屋の弁当をつまみ食いしようとするクラスメートの手を沖田は叩き落した。
「いってぇ、なにすんだよ」
「土屋の弁当だろうが、勝手に食ってんじゃねえよてめぇ」
「…なんで沖田がマジになって怒ってんだよ」
「誰だって友達のこと馬鹿にされたら頭くんだろうが」
「友達って…土屋が…?」
「そうだよ、文句あんのかよ、ああ?」
「べ、別に…」
沖田はただ口が悪く態度がでかいだけじゃない。誰にでも喧嘩を売るし誰からも買うが、よほど卑怯な条件でない限り負けたことはない腕っ節の強さ。それは学年中の誰もが知っている。いつの間にか教室中がシンと静まり返っていた。
「土屋、ここに座れって言ってんだろ」
本人にそのつもりはなくても、周りには沖田が命令し、土屋を服従させているようにしか見えなかった。土屋の真っ青な顔が、友情なんてものはないと物語っていた。
みんなに注目されながら、ギシギシと音が聞こえそうなほどぎこちない足取りで土屋は指定された場所に腰を下ろした。
満足げに沖田がニッと笑う。
「食えよ」
「こ、こういうの、困るよ…」
「うるせえ、食えって言ってんだよ」
衆人環視のなか、土屋は食事を強要されていた。
※ ※ ※
最初はなにか裏があると思われていた沖田の友達宣言も、事件や問題が起こらないまま数日が過ぎるとみんなに認知されるようになってきた。
といっても土屋は沖田の金魚のフン、コバンザメという位置づけだったが、その雑魚振りが見事に自然なものだったので、二人が一緒にいる姿に誰も違和感を抱かなくなっていた。
移動教室の時も二人は一緒に行動した。昼休みも一緒に食事をした。下校も途中まで一緒に帰った。時折沖田が声を荒げることはあっても、決して土屋には手を出さない。その様子を見ていたクラスメートも、次第に土屋を自分たちの輪に入れるようになった。
あからさまな無視や蔑みはなくなり、ほとんどイジられるような関わり方で土屋はクラスのマスコット的な存在になった。
便所飯くん、と見下していた女子たちも土屋に声をかけるようになった。
今日、土屋に声をかけていたのは新田だった。
気にしないでいようと思っても、沖田の神経は勝手に二人に集中した。
頭にピーチソーダが浮かんだ。土屋と新田の顔を交互に見た。土屋の表情が、自分に向けられるのとはまるで違うことに気付いた。緊張しているのは同じでも、どこか上擦った顔つきで、耳が赤い気がする。
女に慣れていないのか。やはり新田に惚れているのか。後者の可能性が高かった。沖田は目を伏せた。
二人が言葉を交わす。饒舌な新田に対し、土屋は言葉少なく返している。そこに救いを見出す自分に腹が立った。
新田が土屋の肩にポンと手を置いた。少し離れた場所からでも、土屋が顔を赤く染めているのがわかって沖田の胸はキツと痛んだ。
土屋がトイレで一人きりの便所飯をしているのをどうにかしてやりたかった。クラスの中に居場所を作ってやりたかった。友達はいない、と言い切った土屋に友達を作ってやりたかった。
本当の友達が出来たかどうかは疑問だが、沖田が目を光らせているので少なくとも虐められたり、無視されたり、馬鹿にされたりすることはなくなったはずだ。それどころか女子にまで優しくされるようになった。
望み通りになったはずなのに、土屋が誰かのそばで少しでも笑みを見せていたりすると嫉妬した。相手が新田だと、それは烈火のごとく燃え上がった。
自分がこんなに器の小さい男だとは思わなかった。
これ以上醜い自分になりたくなくて沖田は席を立ち、教室を出た。とりあえずトイレに向かって歩いていたら、小さな足音が近づいてきた。
「沖田、くん!」
声で土屋だとわかる。浮かれている土屋の顔を見る気分になれず、無視してトイレに入った。土屋もあとをついてくる。
「沖田くん」
「…なんだよ」
「あの…、新田さん、まだ沖田くんのこと、好きなんじゃないかな」
「はぁ?だから?俺にどうしろっていうんだよ」
「また付き合ってあげたらどうかなって…」
土屋の言葉にはらわたがねじ切れそうなほど激しい怒りがわいた。思わず手が出て、土屋の真横の壁を殴っていた。ビクッと土屋が身をすくませる。
「そんなに俺と新田のよりを戻させたいのかよ、ええ?」
「だって…新田さん、ずっと沖田くんの話ばっかりするから…」
「てめぇ、俺の気持ち知ってて、そんなこと言ってんのかよ」
「お、沖田くんは俺なんか好きじゃないと思うよ、たぶん、きっとそれ、勘違いだと思う…」
ビクビクしながらもはっきり沖田を拒絶する言葉をグサグサと投げかけて来る。おとなしい見た目とは裏腹に、残酷な奴だ、と沖田は手を握りしめた。
「お前が勘違いにしてほしいだけだろうが!そんなに迷惑かよ!」
「迷惑っていうか…俺と沖田くんじゃぜんぜん合わないと思うっていうか…沖田くんは、新田さんとか、そういう人を好きになったほうがいいっていうか…」
怒りよりそこまで嫌がられていたのかとショックのほうが大きくて沖田は言葉も出なかった。そんなことなら最初から相手になんかして欲しくなかった。少しでも期待させるようなことをしてほしくなかった。
土屋の胸倉をつかんでどうしてキスするんだと問いただしたかった。どうして好きでもないやつとセックスするんだ、と。
「お前って、思ってたよりイヤな奴だな」
「えっ?」
「そんなに俺が嫌いならはっきり言えよ」
「えっ、別に嫌いじゃないよ、沖田くんて意外といいとこあるし…」
膝から崩れ落ちそうなほど脱力した。土屋はどこかおかしいのかもしれない。でなければ、こうも残酷に人の心を弄べるものだろうか。人の気持ちをなんだと思っているのか。こいつは誰かを好きになったことがないのだろうか。
怒りを通り越して沖田は疲労を感じた。大きく息を吐き出す。こんな奴を好きになった自分が情けなかった。
「もういい。もうなにも言うな。今まで嫌々相手させて悪かったな。もうお前には関わんねえから安心しろ。こんなに誰かを好きになったのは初めてだったけど、相手が悪かったと思って諦めるからお前も忘れろ」
土屋を押しのけトイレを出ようとしたら、
「ほんとに俺のこと好きだったの?本気で?」
ぎょっとして振り返ると、土屋が呆気にとられたような顔でポカンと口を開けていた。
どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのだろう。無神経な土屋に傷つけられて心はもうズタズタだ。それなのにまだ追い打ちをかけるつもりなのか。
ここまでされると逆に笑えてくる。
「は…そーだよ、そうだったんだよ。でも今日までだ。じゃあな」
「あ、待って、沖田くん!」
「ついてくんじゃねえ!!」
沖田が怒鳴ると足音はピタととまった。大声を出したら泣きそうになった。なぜこんな奴を好きになってしまったのだろう。
そのまま校舎を出た沖田は当てもなく街のなかを歩いた。カバンも靴も学校に置いたままだが戻る気にならなかった。土屋の顔を見たくない。こんな情けない顔を見られたくない。
適当に角を曲がっていたら細い路地に迷いこみ、行き止まりになった。来た道を戻ろうとしたら「ちょっとそこの」と声をかけられた。
さっきは気付かなかったが、電信柱の影に隠れるようにして小さな机と、黒づくめの人物がいた。占い師のようだ。
「俺?」
「そうそう、思いつめた顔してるねぇ。恋の悩みかい」
「ほっとけよ」
「相手を振り向かせたくはないかい?夢中にさせたくはないかい?」
「はっ、だからほっとけって」
「ここに効き目抜群の惚れ薬があるんだけどねぇ。これでどんな相手もイチコロさね」
「ヤバイ薬を高校生に売りつけんなよ」
「おや。見た目と違って良識のある子だねぇ。そんな子は嫌いだよ。だから特別にこれをタダであげるよ」
占い師は小さな瓶を放り投げた。沖田は咄嗟にそれを受け取ってしまった。
「だからいらねえって」
「媚薬入りで一滴垂らせば効果覿面。使うか使わないかは、あんた次第だよ。ほら、お行き。商売の邪魔だよ」
シッシッと手を振り払われた。どこに客が、と思えばいつの間にか女子高生が沖田の背後で俯いていた。
舌打ちしつつ、沖田は瓶をポケットにしまってその場を離れた。
好きと言って(1/4)
2014.08.29.Fri.
<前話「惚れ薬」はこちら>
「んんっ、あ、あっ…土屋っ…!早くしろ…!」
「ごめん、もう少しだから…っ」
土屋がラストスパートをかけて腰を激しく振る。その摩擦に、さっきイッたばかりだというのに、沖田はまた射精感がこみあげてくるのを感じた。
「はぁっ…あぁ…早く、いけッ…イッてくれ…っ!」
土屋の腕を掴んで指を食い込ませる。
自分が女のように嬌声をあげ、突っ込まれることに悦びを感じるなんて、一ヶ月前は思いもしなかった。しかも相手は存在感ゼロ、友達皆無の便所飯野郎だ。そんな奴に恋焦がれている。体が疼く。授業が…と躊躇する土屋を体育倉庫に連れ込んでセックスしている。
「あ、出る…出そう、沖田くん…!」
「はっ、やく…あっ、はやく…出せよ、中に…」
「でも、さっき中に出すなって」
「もう、いいからっ!」
トイレに籠り、自分の尻を弄って中から土屋の精液を掻きだす作業は情けなくて泣きたくなってくる。それが嫌で中には出すなと言っておいたのだが、いざことが始まるとどうでもよくなって、むしろ中に欲しいと思ってしまう自分がいる。
「じゃあ、出すね…ごめん」
謝んな馬鹿、とイライラする。でもそういう性格に最近トキめいてしまう。病気だ。
こんなキョドってみっともない男のどこに惹かれているのか自分でもわからなかったが、土屋を思うと胸が苦しくなり、土屋のそばにいると理性が薄れて体が熱くなった。
こうなるきっかけは急だった。ある日突然、なんの前触れもなく訪れた。まさか自分がホモになるなんて思いもしなかったが、土屋への性欲が爆発し、我慢できずにキスしたのは自分からだった。
土屋に触られるだけで体に電流が走り、ペニスは肥大し、何度も精を放ったのは紛れもない事実だ。
あの日のことは思い出すだけで顔が火照ってくる。あんなにイキまくったのは生まれて初めてのことだ。気がおかしくなりそうだった。
それからしばらくは初めて経験する恋愛狂いの期間があった。
学校のなかでは息も苦しくなるくらい土屋に恋焦がれた。しかし家に帰ると落ち着いてなぜ自分はあんなダサい男に夢中になっているのかとわけがわからなくなった。きっと明日は土屋になんか目もいかなくなって、女のほうが良くなるに違いない、と登校すれば、また土屋のことしか考えられなくなっていたりする。かと思えば、気恥ずかしいだけで劣情を催さずに済む日もあったりした。
今日は比較的落ち着いているほうだが、オドオドしている土屋を見ていたらヤリたくなった。
体に出される体液を感じながら、沖田も自分でペニスを扱いて射精した。
「土屋、こっち…っ」
「えっ、え、なに」
「キス、しろ」
「えっ、あぁ…うん…ほんとに?」
「さっさとしろ!」
「ごめん!」
顔が近づいてくる。沖田も頭を持ち上げた。合わさる唇。積極的でない口に吸い付く。舌を絡める。唾液の糸を引きながら、土屋がはなれていく。
「あ…煙草の味がしない…」
「お前が嫌だっつったんだろうが」
「言ってないよ!」
確かに嫌だとは言っていない。前にキスしたときに煙草吸ってるの?と聞かれただけだ。付き合ってる相手に配慮したことなどなかったが、土屋に言われると妙に気になってそれ以来煙草を吸っていない。
「もしかして、俺のためにやめたの…?」
「っせえんだよ、自惚れんな。終わったならさっさと抜け、いつまで突っ込んでんだよ」
「あ、ごめん…」
ズルリと土屋が抜け出る。ぞわ、と体の奥が震える。
服装を整え、トイレに行くために土屋へ声をかけた。
「なんか飲み物買ってくるけど、お前はなんかいるか?」
「俺はいい…俺はいらない…」
体育座りで自分の膝を抱える土屋は、なぜか顔を白くして表情を強張らせていた。
授業をサボッたからビビッてんのか、程度にしか思わず、沖田は体育倉庫を出た。
トイレへ向かい、土屋の出したものを掻き出し、自分がこんな惨めな思いをしているのは土屋のせいだと責任転嫁して苛々しながら自販機で炭酸ジュースを2本買って体育倉庫へ戻った。
「ほら、てめえの分も買っ…」
沖田は言葉を止めた。中はもぬけの殻だった。
「なんか言ってけっつうんだよ!」
缶ジュースを床に叩きつけた。
※※※
今日も昼休みになると土屋は姿を消した。放っておけばいい。と思った直後、やっぱり放っておけないと沖田は席を立った。
使用中の個室は一番奥の一つだけだった。沖田はその前に立つと、思いっきりドアを蹴り上げた。中から「エッ」と驚きと怯えの入り混じった小さな声がする。
「おいこら出てこい、土屋!」
「…沖田、くん…?」
やっぱりこの中か。沖田はガンガン扉を蹴り続けた。中からガチャガチャと音がして、そっと戸が開いた。ただただ、戸惑っている土屋が顔をのぞかせる。
「な、なに?そんなに蹴ったらトイレが壊れるよ」
「こんなとこで何してんだよ、てめえ」
「なにって…」
土屋の手には箸が握られていた。視線を後ろへずらせば、蓋を下した便座の上に弁当箱が置いてある。沖田は盛大に舌打ちした。
「んな場所でメシ食ってんじゃねえよ、おら、とっとと出てこい」
「えっ、いや、でも…」
引きずり出そうと腕を掴んだが、土屋は抵抗して逆に腕を引いた。
「そんなに便所でメシ食いてえのかよ」
「そういうわけじゃないけど…」
と俯いて言葉を濁す。羞恥、屈辱、恐れなどが混在する土屋の顔を見ていたら、苛立つと同時に胸が締め付けられて動悸も早まった。沖田はまた舌を鳴らしながら個室に押し入った。
「ちょ、沖田…狭いよ…」
動揺して目を泳がせる土屋を壁に追い詰める。
「この前はよくも俺になんも言わねえで倉庫からいなくなりやがったな」
「あ、あの時は、ごめん。あの、急にトイレ行きたくなって」
疑わしい。どうせ面倒を避けようと吐いたつまらない嘘だろう。
その面倒が自分のことだと気付くと、それ以上追及する気が失せた。
正直、土屋のどこが好きなのかわからない。自分が一番、あぁはなりたくない、と軽蔑するタイプの人間だ。
自分から選んで日陰を歩くような、自分の意見を持たず楽して流されているくせに陰で文句を言うような、カースト底辺のくせに自分以外の人間を全員馬鹿にして見下していそうな、そんなタイプの人間だ。
今までは興味すら持たなかったのに、いまは土屋を見ていると、その弱さや虚勢に苛立ちどうにかしてやりたいと思うようになっていた。
これも恋の力なのだとしたら、人格までかえてしまうなんて凄い力だ。
「昼休み、終わるよ」
逃げ道を探す目。絶対沖田を見ようとしない。
土屋の頭を抱えてキスした。土屋が硬直する。瞬きせずに目を見開いている。
「目ぇ、閉じろよ、馬鹿が」
「お、沖田くん、なんでこんなことするの?」
「あ?そんなのてめぇ……好きだからに決まってんだろ」
「まだ俺のこと好きなの?」
思いがけない質問に言葉を失う。沖田はギリッと歯噛みした。この男はどうしてこうも無神経なのだろう。沖田に怯えているくせに、好かれて迷惑だという態度は隠しもしない。
「っせえよ。とにかく教室でメシ食えよ」
「別にここでいいよ、俺…友達いないし…」
「俺と食えばいいだろ」
「えっ…」
露骨に嫌そうな顔をする。
突然土屋を好きになったあの日、視聴覚室で自分が土屋にどういう感情を抱いているか、どんな風に体が反応するかを、不本意ながらもすべてさらけ出してしまった。
あの日以降、何度もそんな状態に陥った沖田を、土屋は戸惑いながらも受け止めて相手をしてくれていた。もしかして土屋も…なんて期待した自分が馬鹿みたいだ。土屋はただ、自分を怒らせるのが怖いから仕方なく言うことをきいていただけなのだ。
その証拠に最近、避けられているし、この態度だ。
「俺が沖田くんと一緒にお昼食べてたら変だよ。みんなになんて言われるか」
「誰になんて言われてもいいだろうが。そんなに俺と食うのが嫌なのかよ」
「…………」
否定しない。舌打ちをこらえながら、沖田は弁当を手に持つと、土屋を連れて教室へ戻った。
「んんっ、あ、あっ…土屋っ…!早くしろ…!」
「ごめん、もう少しだから…っ」
土屋がラストスパートをかけて腰を激しく振る。その摩擦に、さっきイッたばかりだというのに、沖田はまた射精感がこみあげてくるのを感じた。
「はぁっ…あぁ…早く、いけッ…イッてくれ…っ!」
土屋の腕を掴んで指を食い込ませる。
自分が女のように嬌声をあげ、突っ込まれることに悦びを感じるなんて、一ヶ月前は思いもしなかった。しかも相手は存在感ゼロ、友達皆無の便所飯野郎だ。そんな奴に恋焦がれている。体が疼く。授業が…と躊躇する土屋を体育倉庫に連れ込んでセックスしている。
「あ、出る…出そう、沖田くん…!」
「はっ、やく…あっ、はやく…出せよ、中に…」
「でも、さっき中に出すなって」
「もう、いいからっ!」
トイレに籠り、自分の尻を弄って中から土屋の精液を掻きだす作業は情けなくて泣きたくなってくる。それが嫌で中には出すなと言っておいたのだが、いざことが始まるとどうでもよくなって、むしろ中に欲しいと思ってしまう自分がいる。
「じゃあ、出すね…ごめん」
謝んな馬鹿、とイライラする。でもそういう性格に最近トキめいてしまう。病気だ。
こんなキョドってみっともない男のどこに惹かれているのか自分でもわからなかったが、土屋を思うと胸が苦しくなり、土屋のそばにいると理性が薄れて体が熱くなった。
こうなるきっかけは急だった。ある日突然、なんの前触れもなく訪れた。まさか自分がホモになるなんて思いもしなかったが、土屋への性欲が爆発し、我慢できずにキスしたのは自分からだった。
土屋に触られるだけで体に電流が走り、ペニスは肥大し、何度も精を放ったのは紛れもない事実だ。
あの日のことは思い出すだけで顔が火照ってくる。あんなにイキまくったのは生まれて初めてのことだ。気がおかしくなりそうだった。
それからしばらくは初めて経験する恋愛狂いの期間があった。
学校のなかでは息も苦しくなるくらい土屋に恋焦がれた。しかし家に帰ると落ち着いてなぜ自分はあんなダサい男に夢中になっているのかとわけがわからなくなった。きっと明日は土屋になんか目もいかなくなって、女のほうが良くなるに違いない、と登校すれば、また土屋のことしか考えられなくなっていたりする。かと思えば、気恥ずかしいだけで劣情を催さずに済む日もあったりした。
今日は比較的落ち着いているほうだが、オドオドしている土屋を見ていたらヤリたくなった。
体に出される体液を感じながら、沖田も自分でペニスを扱いて射精した。
「土屋、こっち…っ」
「えっ、え、なに」
「キス、しろ」
「えっ、あぁ…うん…ほんとに?」
「さっさとしろ!」
「ごめん!」
顔が近づいてくる。沖田も頭を持ち上げた。合わさる唇。積極的でない口に吸い付く。舌を絡める。唾液の糸を引きながら、土屋がはなれていく。
「あ…煙草の味がしない…」
「お前が嫌だっつったんだろうが」
「言ってないよ!」
確かに嫌だとは言っていない。前にキスしたときに煙草吸ってるの?と聞かれただけだ。付き合ってる相手に配慮したことなどなかったが、土屋に言われると妙に気になってそれ以来煙草を吸っていない。
「もしかして、俺のためにやめたの…?」
「っせえんだよ、自惚れんな。終わったならさっさと抜け、いつまで突っ込んでんだよ」
「あ、ごめん…」
ズルリと土屋が抜け出る。ぞわ、と体の奥が震える。
服装を整え、トイレに行くために土屋へ声をかけた。
「なんか飲み物買ってくるけど、お前はなんかいるか?」
「俺はいい…俺はいらない…」
体育座りで自分の膝を抱える土屋は、なぜか顔を白くして表情を強張らせていた。
授業をサボッたからビビッてんのか、程度にしか思わず、沖田は体育倉庫を出た。
トイレへ向かい、土屋の出したものを掻き出し、自分がこんな惨めな思いをしているのは土屋のせいだと責任転嫁して苛々しながら自販機で炭酸ジュースを2本買って体育倉庫へ戻った。
「ほら、てめえの分も買っ…」
沖田は言葉を止めた。中はもぬけの殻だった。
「なんか言ってけっつうんだよ!」
缶ジュースを床に叩きつけた。
※※※
今日も昼休みになると土屋は姿を消した。放っておけばいい。と思った直後、やっぱり放っておけないと沖田は席を立った。
使用中の個室は一番奥の一つだけだった。沖田はその前に立つと、思いっきりドアを蹴り上げた。中から「エッ」と驚きと怯えの入り混じった小さな声がする。
「おいこら出てこい、土屋!」
「…沖田、くん…?」
やっぱりこの中か。沖田はガンガン扉を蹴り続けた。中からガチャガチャと音がして、そっと戸が開いた。ただただ、戸惑っている土屋が顔をのぞかせる。
「な、なに?そんなに蹴ったらトイレが壊れるよ」
「こんなとこで何してんだよ、てめえ」
「なにって…」
土屋の手には箸が握られていた。視線を後ろへずらせば、蓋を下した便座の上に弁当箱が置いてある。沖田は盛大に舌打ちした。
「んな場所でメシ食ってんじゃねえよ、おら、とっとと出てこい」
「えっ、いや、でも…」
引きずり出そうと腕を掴んだが、土屋は抵抗して逆に腕を引いた。
「そんなに便所でメシ食いてえのかよ」
「そういうわけじゃないけど…」
と俯いて言葉を濁す。羞恥、屈辱、恐れなどが混在する土屋の顔を見ていたら、苛立つと同時に胸が締め付けられて動悸も早まった。沖田はまた舌を鳴らしながら個室に押し入った。
「ちょ、沖田…狭いよ…」
動揺して目を泳がせる土屋を壁に追い詰める。
「この前はよくも俺になんも言わねえで倉庫からいなくなりやがったな」
「あ、あの時は、ごめん。あの、急にトイレ行きたくなって」
疑わしい。どうせ面倒を避けようと吐いたつまらない嘘だろう。
その面倒が自分のことだと気付くと、それ以上追及する気が失せた。
正直、土屋のどこが好きなのかわからない。自分が一番、あぁはなりたくない、と軽蔑するタイプの人間だ。
自分から選んで日陰を歩くような、自分の意見を持たず楽して流されているくせに陰で文句を言うような、カースト底辺のくせに自分以外の人間を全員馬鹿にして見下していそうな、そんなタイプの人間だ。
今までは興味すら持たなかったのに、いまは土屋を見ていると、その弱さや虚勢に苛立ちどうにかしてやりたいと思うようになっていた。
これも恋の力なのだとしたら、人格までかえてしまうなんて凄い力だ。
「昼休み、終わるよ」
逃げ道を探す目。絶対沖田を見ようとしない。
土屋の頭を抱えてキスした。土屋が硬直する。瞬きせずに目を見開いている。
「目ぇ、閉じろよ、馬鹿が」
「お、沖田くん、なんでこんなことするの?」
「あ?そんなのてめぇ……好きだからに決まってんだろ」
「まだ俺のこと好きなの?」
思いがけない質問に言葉を失う。沖田はギリッと歯噛みした。この男はどうしてこうも無神経なのだろう。沖田に怯えているくせに、好かれて迷惑だという態度は隠しもしない。
「っせえよ。とにかく教室でメシ食えよ」
「別にここでいいよ、俺…友達いないし…」
「俺と食えばいいだろ」
「えっ…」
露骨に嫌そうな顔をする。
突然土屋を好きになったあの日、視聴覚室で自分が土屋にどういう感情を抱いているか、どんな風に体が反応するかを、不本意ながらもすべてさらけ出してしまった。
あの日以降、何度もそんな状態に陥った沖田を、土屋は戸惑いながらも受け止めて相手をしてくれていた。もしかして土屋も…なんて期待した自分が馬鹿みたいだ。土屋はただ、自分を怒らせるのが怖いから仕方なく言うことをきいていただけなのだ。
その証拠に最近、避けられているし、この態度だ。
「俺が沖田くんと一緒にお昼食べてたら変だよ。みんなになんて言われるか」
「誰になんて言われてもいいだろうが。そんなに俺と食うのが嫌なのかよ」
「…………」
否定しない。舌打ちをこらえながら、沖田は弁当を手に持つと、土屋を連れて教室へ戻った。