FC2ブログ

健やかなるときも病めるときも(1/1)

2014.04.03.Thu.
※アンケート1位小説「兄弟」

 兄の尚樹は昔はデキが良かった。頭も容姿も人よりぬきんでていたので女にもモテまくっていたが、高校に入っても一向に彼女を作る気配がなく、しかも徐々に成績も落ちてきたので心配した親が尚樹と話し合ってみた結果…尚樹はゲイだということが判明した。
 男しか好きになれず、そのことで悩み勉強が手につかないのだと。
 尚樹の性癖がわかったことで我が家は大混乱。期待していた母さんは寝込んでしまい、自慢の息子がゲイだとわかった途端、父さんは家にいるのが嫌なのか帰りが遅くなった。浮気していたらしかった。尿意で目覚めた深夜、両親が言い争う声で知った。
 階段の一番上で、醜い言葉の応酬を聞いていると、トンと肩を叩かれた。

「寒くないのか?」

 兄の尚樹はどこかへ出かけるかのような服装をしていた。

「どっか行くの?」
「うん」

 ため息交じりに前髪をかきあげる。

「家、出ようと思ってるんだ。今日は無理そうだけど」

 下に目をやって苦笑する。

「家出すんの?」
「うん。迷惑かけてごめんな、貴之」
「ずるいよ。俺が一人になるじゃん」
「…ごめん、貴之」
「俺も連れてってよ!」
「ばか言うなよ。お前はちゃんと学校行け」
「尚樹のせいでこうなったんじゃん!なのに一人で逃げるなんてずるいよ!もとに戻してから行けよ!それが出来ないなら俺を置いていくなよ!」

 泣きながら尚樹に縋り付いた。昔から親の期待は兄の尚樹が背負っていた。一時はそれが妬ましく、この家で疎外感を感じていたが、好き勝手にできる自由に気付いてからは、塾だなんだと我慢を強いられる尚樹よりはましだと思えるようになった。この家は尚樹を中心になりたっていた。その尚樹がゲイだとわかっただけで両親は仲違いするくらいなのだから、いなくなったらもう家族としては成立しないだろう。完全な家庭崩壊だ。
 俺が一晩中泣いて怒って引き留めるので、尚樹は自分が高校を卒業するまでは家にいると約束した。そして高校を卒業後、本当に家を出ていった。尚樹の行動を監視していたから、父さんたちが300万渡して尚樹を家から追い出したことは知っていた。

「落ち着いたら連絡する」

 俺の部屋の机に、尚樹の短い置手紙があった。


 あれから高校を卒業し、俺は大学へと進んだ。両親はあいかわらず仮面夫婦を続けていた。尚樹がいなくなってやっと俺の存在を思い出したようにすり寄ってきたが適当にあしらい、就職が決まり、大学を卒業すると同時に俺も家を出た。
 尚樹が家を出てから6年。一度も連絡を寄こさない薄情な尚樹にはじめは怒りを感じていたが、自分が大人に近づくにつれ、時間がたつにつれ、それもだんだんおさまった。それとは逆に、どこで何をしているのかと心配と不安だけが募っていった。

 家を出てから3年がたったある日、職場の同僚と飲みに行った帰りの駅で、尚樹を見つけた。一目ではわからなかった。どこかで見たことがあるような…そんな気がしてチラチラ何度も盗み見して、やっと尚樹だと気付いた。俺のよく知る尚樹とは違って大人びて見えた。年月を考えれば当然だが、他人のように思えてならなかった。
 尚樹は俺に気付かず改札へ向かって歩いていく。俺もその後をつけ、来た道を戻った。改札を抜けた尚樹はずんずん歩いて何度か角を曲がるとマンションのエントランスに足を踏み入れた。郵便受けで郵便物を取り出すと、エレベーターに乗り込む。俺も慌てて階段を駆け上がった。
 俺が到着する少し前にエレベーターは5階についていた。廊下を歩く尚樹の後ろ姿を見つけあとを追いかける。足音に尚樹が振り返った。顔を前に戻し、また振り返る。

「…貴之?」

 びっくりした顔で立ち止まり、目の前まで追いついた俺と正面から向き合う。

「ほんとに貴之か?」
「薄情もの!」

 つい口をついて出たのはそんな言葉だった。元気で良かった、ホッとした、そう安堵したあとは、俺の知らない場所で知らない時間を過ごしてきた尚樹を目の当たりにして、子供に戻ったような気持ちで尚樹を責めていた。

「ごめん」

 尚樹は昔みたいに俺に謝った。

「連絡するって言ったくせに」
「ごめん」
「俺、ずっと待ってたのに」
「…ごめん」
「俺のこと、どうでもよかったんじゃん」
「そうじゃないよ」
「一回も連絡よこさなかったくせに」
「しようと思ったけど、できなかった」
「嘘だ!」
「嘘じゃない。貴之も俺と関わらないほうがいいと思って」
「そう言ったのは父さんたちだろ!結局尚樹はいつまでも親の言いなりじゃん!だったらホモやめておとなしく家にいればよかったじゃん!なんでホモなんて言っちゃったんだよ!尚樹のせいで家族めちゃくちゃになったんだろ!なんで俺を置いていったんだよ!なんで連絡してこなかったんだよ!尚樹の嘘つき!薄情もの!」

 尚樹はただ項垂れて聞いているだけだった。興奮している俺も後ろから近づいてくる足音に気付かなかった。

「お取込み中悪いけど、近所迷惑だと思うぞ」

 二人そろって声のしたほうを見ると、スーツ姿の男の人が立っていた。

「和臣…」

 尚樹が親しみのこもった声で呼びかける。それだけで、二人がただならぬ関係だとわかってしまい、俺は思わず男を睨み付けた。

「話はなかでしたらどうだ?」
「あっ、そうだね。和臣…ごめん…」
「俺は帰るよ。じゃあまた連絡する」

 手をあげて男は踵を返した。どうも尚樹と約束をしていたようだ。

「貴之、中、入って」

 尚樹は部屋のドアを開けた。


「なにか飲む?」

 ジャケットを脱いだ尚樹がキッチンで腕まくりをする。

「さっきの、誰」
「あぁ、柳瀬さんって人」
「恋人?」

 尚樹はふっと鼻で笑った。

「ただの知り合い」
「親しそうだったじゃん。俺がいなかったら何するつもりだったんだよ」
「貴之には関係ないだろ」

 なにもないな、と呟いて尚樹は缶ビールを二本持って戻って来た。その一本を受け取り一気に半分をあける。

「絶対エッチする気だったくせに」
「違うってば。あの人、俺に恋愛感情ゼロだから」

 手許の缶ビールに目を落としうっすら笑う尚樹はなんだか寂しそうで、尚樹が男に抱く感情に気付かされるには充分だった。

「ふぅん。俺のことほったらかして、自分は男と楽しくやってたんだ!俺のことなんか忘れて!めちゃくちゃにした家族のことなんか忘れて!いいね!そういう無責任な生き方、俺もやってみたい」
「貴之には本当に申し訳なく思ってるよ…」
「謝ってなんか欲しくない!許すつもりないから!」

 ダンと缶ビールをテーブルに叩きつけて立ち上がる。そのまま玄関へ向かうと尚樹が追いかけてきた。

「もう帰るのか?」
「俺がいたらあの柳瀬って人とエッチできないだろ」
「だから、それは…」
「何も聞きたくない!」

 部屋を飛び出し、階段を駆け下り、駅まで走った。


 同僚の誘いを断ったのに、俺は一人で酒を飲みに行き、酔った勢いで風俗へ行き、これでぐっすり眠れるんじゃないかと思って駅のホームに立ったが、気付くと尚樹の部屋の前にいた。
 インターフォンを押す指がためらって宙で止まる。柳瀬が中にいたらどうしよう。真っ最中だったらどうしよう。柳瀬に組み敷かれる尚樹を想像したらカッと頭に血が上り、インターフォンを連打していた。

「ちょっ、うるさいよ」

 尚樹が慌てて出てくる。視線を落として靴チェック。それっぽい靴はなくて安心する。

「ちょっといい」
「…いいよ」

 仕方ないって感じで尚樹はドアを広げた。
 数日前に初めて訪れた尚樹の部屋。ワンルームの部屋はどこも似たり寄ったりで、俺の部屋とベッドやテレビの配置が同じなのがおかしかった。今日は二人掛けのソファに腰をおろした。尚樹は絨毯のないフローリングに胡坐を組んだ。酒を飲んでいたのか、テーブルには酒のビンや缶が何本か並んでいる。

「いつもこんなに飲むの?」
「今日はなんの用?」

 迷惑そうな言い方に傷ついたが、尚樹の目が真っ赤に充血していることに気付いてそれどころじゃなくなった。

「どうした、尚樹?泣いてたのか?!」
「貴之には関係ない」

 と、そっぽを向く。ソファをおりて尚樹の横に膝をついた。

「関係なくない。なにがあった?!」
「別に…振られただけ…」
「柳瀬に?」
「そう。恋人が出来たからもうセックスしないって」
「やっぱあいつとセックスしてたんじゃん」
「俺が誰と寝ようと関係ないだろ!」

 顔をこちらへ向けて尚樹は珍しく声を荒げた。今にも泣きそうな顔をしている。尚樹を組み伏せる柳瀬を想像したら腹が立ったのに、尚樹を振りやがったのかと思うとその倍、むかついた。

「あいつが好きなのか?」
「少し…いいなって…俺が恋人になれたらなって…少し、思ってただけ」

 伏せた目に涙が溢れる。その頬を両手で挟み、上を向かせながら自分も顔を寄せた。唇が触れ合うと、尚樹は驚いて目を見開いた。

「たか…なに…」
「俺じゃ駄目なの?」
「何言ってるんだ…兄弟で…」
「俺は尚樹のこと兄弟だって思ってない。ずっと、好きだったから」
「…っ!」

 酷く驚いた様子で尚樹は絶句する。頭が良くても尚樹はぜんぜん俺の気持ちに気付きやしなかった。俺の肉欲にまみれた視線にも、欲望を模倣した接触にも、なにも。
 好きだと自覚したのは小学生のとき。熱を出して寝込む俺を親身になって看病してくれたのは尚樹だった。冷たい指先に欲情し、その夜、幼いペニスを押さえつける自慰で初めて抜いた。熱のせいかとも思ったが、熱が下がって元気になっても尚樹を思うと勃起した。それ以来、尚樹を兄としてでなく性の対象として見るようになった。
 俺がキスしようとすると、尚樹は顔をそむけた。

「だめ…だ、兄弟で…そんな…父さんたちは知ってるのか?」
「知らない。家出てから連絡もしてない。尚樹を追い出した奴ら、どうだっていい」
「貴之…っ!そんなこと、言っちゃだめだ」
「俺には尚樹だけでいい」

 ぎゅっと抱きしめる。尚樹は逃れようと抵抗していたが、俺が離れないとわかると、諦めて力を抜いた。
 俺は尚樹を押し倒した。


 一生触れられないと思っていた。手に入らないと思っていた。その尚樹がいま、一糸まとわぬ姿で俺の目の前にいる。俺の指や舌に感じて反応している。

「んっ、んっ、アッ…あぁ…っ」

 切なげな表情で甘い声をあげる尚樹を柳瀬やほかの男も見てきたのかと思うと、腹の底がどす黒くなる。体に刻まれたほかの男の痕跡を記憶ごと上書きしてやる。執拗な愛撫に尚樹は体をよじり、嬌声を上げ続けた。
 乳首を吸って甘噛みする。

「いやっ、アッ」

 尚樹は俺の頭をかき抱き、腰を浮かして背をしならせる。感じやすい体。ずいぶんと慣らされた体に嫉妬の念が燃え盛る。
 指で解した場所へ自分の屹立を押し込む。全部がおさまると尚樹は少し泣いた。俺が腰を動かすと涙声で喘いだ。

「んっ…んんっ…あっ…んふっ…うっ、アッ、アンッ…」
「好きだよ、尚樹。尚樹も俺のこと、好きになってよ」
「はっ、んっ、アッ…あっ、アンッ…だめっ…貴之ッ…やっ、アッ…あぁッ…」
「なにが駄目なの。俺のぐっぽり咥えこんじゃってんじゃん。一突きごとに感じまくって喘ぎまくってんじゃん」
「やっ、あっ、言うな…んっ、やっ、アッ…あぁ、んっ」
「あの男のこと、俺が忘れさせてやるから。だから俺のこと好きになれよ」

 腰を寄せる動作とともに穿ちこむ。息をつめて尚樹は顎を反らせた。何度も何度も、強く深く打ち付ける。摩擦に結合部が泡立ち、粘着質な音を立てる。

「うっん、やっ…あっ、アンッ…だめっ、たか…ゆきっ…あんっ、やっ、アッ、だめっ、やだっ…あっ、あうっ…も…だめっ…出ちゃうっ…!」
「まだイッちゃ駄目」
「ど…して…っ」

 赤く濡れた目が俺を見る。ぞくぞくする表情は股間に新たな活力を生む。

「だってまだ尚樹のその顔見てたい。その声、もっと聞いていたい」
「貴之…っ」

 かあっと顔を赤く染める尚樹も可愛い。
 身体を倒してキスした。乗り気じゃなかった尚樹も、俺がペニスを少し扱いてやると震える舌を絡めてきた。俺の唾液を飲み下した。
 尚樹を見下ろしながら突き上げる。

「はぁっ…んっ、あっ、いいっ…あっ、あぁ…気持ち、いいっ…」
「もっと気持ちよくしてあげるよ」
「あんっ、んっ、もっと…気持ちよく…してっ…貴之…もっと、奥まで、きて…っ!」

 何かを吹っ切ったのか尚樹は積極的に俺を求めた。俺もそれに答えた。今はまだ尚樹の頭のなかに柳瀬がいたとしてもいい。時間をかけて、尚樹の中を全部、俺だけにかえてやる。

「やっ、あっ、あんっ、やだっ、も…貴之ッ…やだっ、イクッ…もう…イッちゃうっ…!!」
「尚樹は俺のものだよ」
「やうっ…やっ、アッ、ああぁぁんっ!!」

 盛大に精液を噴き出す尚樹を見ながら、俺も尚樹の中へ射精した。


 ベッドのなかでカチリとライターで煙草に火をつける俺を見て、「貴之も大人になったなぁ」と尚樹はしみじみ呟いた。

「何年ほったらかしにしてたと思ってんだよ」
「ごめんってば」

 責めるつもりじゃなかったとキスすれば、尚樹も目を閉じて唇を合わせる。

「一緒のお墓に入ろうよ」

 鼻をこすり合わせたまま言うと、尚樹はぷっと噴き出した。

「すごいこと言うな」
「俺、本気なんだけど」

 俺の顔を見て、尚樹も笑みを決して真剣な顔になった。

「兄弟だってわかってる?」
「生まれたときからわかってる」
「男同士だってことも?」
「尚樹のチンコにすごく興奮する」
「馬鹿」
「俺のオナネタは最初からずっと尚樹だぞ。こんな一途な男、ほかにいるか?」
「…いないね」

 言葉と裏腹に、尚樹は少し寂しそうに笑った。俺の言葉を信じきれないのかもしれない。時間をかけて信頼してもらうしかない。

「今すぐ好きになってくんなくていい。いまは弟としてでいいから、俺のこと、好きになって」

 すると尚樹は意外そうな顔で、「なに言ってんだよ、好きに決まってるだろ」と言ってくれたので、まぁ及第点。25年待てたんだから、あと何年だって待てる自信あるし。

エンドゲーム(1)

スポンサーサイト
[PR]