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君がいるから僕がいる

2020.12.21.Mon.
<「君と僕」→「初めての温度」→「嫌がる本当のワケ」→「知らない世界」→「初めての右手」→「デジカメを探せ」→「夏祭り 前」→「夏祭り 後」→「受験勉強」→「 St. Valentine's Day」→「チクン」→「祭りの夜」→「お愉しみの夜」→「発熱発情発汗発射」→「Last Smile」>

 大学の帰り、電話が鳴った。おかんからだった。なんとなく気が向かなくて無視していたら着信音は止まった。コンビニに寄って弁当を買う。店を出た瞬間、またおかんから電話がかかってきた。仕方なく出る。

『貴志? 寝てたん?』
「寝てないよ、なに、どうしたん?」

 欠伸を噛み殺しながら言う。

『和也君とこの結婚式、あんたどうすんの? 出るん? 帰って来るん?』

 和也が結婚?

 一気に眠気がぶっ飛んだ。去年の正月、村に帰った時に俺は和也に振られた。和也は俺が二股をかけていることに気付いていた。そのことで悩み、苦しんだ、だからもう解放して欲しいと俺の前から去っていった。

 自分の優柔不断が招いた結果なのに、納得できない俺は、和也に電話したりメールを送ったりした。和也はその全てを無視した。もうやり直すことは出来ないんだと、諦めるまでに半年かかった。

 和也と別れてから一年以上が経っていたが、寝耳に水の結婚話は、再び俺の心に不穏なさざなみを立てた。

「そんな話、俺、聞いてへんど」

 おかんには関係ないのに、つい、怒気を孕んだ低い声になっていた。

『あんたそっちに出ていったから気使うたんかもしれんね。うちには招待状きてるし、あんたも行くならお母さんから和也君のお母さんに言うとくよ?』
「いらん! 俺は……忙しいから行かれん」

 動揺してとっさに断った。

『行かへんの? あんた、仲良うしとったやんか』
「やから! 俺は忙しいから行ってる暇なんかない言うてるやろ!」
『そやったら、あんたの名前でお祝いだけ包んで渡しとこうか?』
「好きにせえや!」

 おかんに八つ当たりして通話を切った。ひどく惨めな気分だった。

 和也は俺に「友達に戻ろう」と言った。結婚して子供が出来ても、仕事の愚痴とか言い合えるような関係になろうと言った。

 和也の言う友達とは、結婚する時になっても連絡一つ寄越さない薄情な間柄のことを言っていたのか。本当のところは一切の付き合いを絶つための体のいい口実だったのか。

 別れた直後、俺からの連絡をすべて無視していたのは、俺の気持ちが落ち着くのを待っているのだと思っていた。和也だって嫌いになって別れたんじゃない、友達に戻るために必要な時間と距離だと思っていた。

 なんて目出度い。和也はとっくの昔に俺のことを切り捨てていたんだ。俺を忘れて新しい女を作り、さらにはその女と結婚までしようとしている──俺と別れて一年ちょっとで!

 別れる原因は俺の浮気だ。自業自得だとわかっているが、それでこの怒りがおさめられるほど俺は人間が出来ていない。考えれば考えるほど、俺より和也のほうが悪く思えてくる。興奮が、冷静さを奪う。

 むしょうに腹が立っていた。

 和也に振られることで目がさめた俺は帰ってすぐゆかりと別れた。突然のことに驚いて泣き出すゆかりを捨てて和也とやり直そうとした。俺の犠牲を無視しておきながら、和也はちゃっかり女を作って楽しくやっていた。

 自分のことは棚にあげ、とにかく一言文句を言ってやりたくて、俺は和也の実家に電話をかけた。アドレス登録されていないが、頭に刻み込まれた番号を指が迷いなく押す。小さい頃に覚えた番号というのは、なかなか忘れないらしい。

 和也のことを諦め、俺からは二度と連絡しないと決意した日、和也の携帯番号を消去した。自宅の番号はいつまでも覚えているのに、携帯電話の番号は不思議と記憶に残らなかった。携帯電話という機械に頼っていたせいだろう。

 数コール目に、呼び出し音が途切れた。

『はい』

 柔らかで少し高めの、耳にくすぐったい、いつもの和也の声が聞こえた。さっきまで俺の心を燃やしていた怒りの炎は、和也の一言を聞いただけで、嘘みたいに消し去った。

 かわりに、懐かしさと切なさとが込み上げて、胸が詰まる。別れた正月以来、声も聞いていなかったのだから仕方ない。

『もしもし?』

 俺が何も言わないので、不審に思ったらしい和也が声をかけてくる。

「俺やけど……」

 緊張で咽喉が絞めつけられる。声がぎこちなく角張っていてみっともない。

『えっと……え? あの、どちらさんですか?』

 なんて聞き返してくる。とぼけて電話を切るつもりか。そんなに俺とは話をしたくないのか。

「やから、俺」
『俺じゃわからないんですけど……』
「俺やって言うてるやろ」
『あの、もしかしたら間違えてかけてはるんちゃいますか……?』

 相手を気遣って語尾が小さく弱くなっていく。和也は本気で俺だと気付いていなかった。以前なら、名乗らなくても俺の声を聞いただけですぐわかってくれたのに!

『あ、兄ちゃんの友達の人ですか? 僕は弟なんですけど』

 思いついたような、明るい和也の声が胸に刺さる。

「違う! 俺やて言うてるやろ!」

 怒鳴ると、電話の向こうで息を飲む気配がした。

『……貴志、か……?』

 今頃気付いたのか。怒りを通り越して泣きたくなった。

『ご、ごめん、家の電話に貴志からかかってくる思わへんかったから……なんで俺の携帯にかけてこんの?』

 気まずさから、取り繕うような和也の口調に神経がささくれ立つ。どうしてすぐ俺だとわかってくれなかったんだと、子供みたいに責めたくなる。それをしないのは俺にもプライドがあるからだ。

 俺を振った和也は結婚目前で幸せ一杯。俺はいつまでも和也のことが忘れられないのに、和也は俺のことをきれいさっぱり忘れている。昔の男のことなんて思い出しもしないんだ。

「おまえの携帯にかけても、どうせ無視されるからな」

 突き放すように言う俺の声は、心と同様に鋭く尖っていた。文句を言うつもりだったのに傷つけられて返り討ちにあったような気分だ。

『ごめん……』

意気消沈した和也の声。

『無視しとったんは謝る。でもそうせな、俺も貴志も前に進まれへん思うたからなんよ、やからしばらく声も聞かんとこうと思うて』

 おまえは俺がびっくりするほど前進したようだけどな。

「安心せえや、もう二度とおまえには連絡せん、会いにも行かん」
『え、貴志……』
「結婚式にも行かん、おまえも俺の顔なんか見たないやろ、昔の男がおったら気まずいだけやろ。やから俺んとこに招待状寄越さんと、黙って式挙げるつもりやったんやろ!」
『違うよ! 貴志は村出て勉強も忙しいやろうから──』
「それ嫌味か? 根性悪なったの、おまえ。もう勝手にさらせや!」

 おかんの時と同じように、怒りを爆発させた俺は通話を切っていた。

 声を聞けばすぐ俺だとわかってくれると、信じて疑わなかった。電話が繋がった瞬間、もしかしたらまたよりを戻せるかもしれないと、淡い期待をしてしまった。いつまでも未練たらしい自分が嫌だった。和也に気付かれないことが屈辱的で悲しかった。

 電話する前より気分が悪くなっていた。道を引き返してコンビニに戻り、酒を買い込んだ。飲まなきゃやってられない。

 ※ ※ ※

 大学で知り合った先輩のアパートに俺はいた。先輩はパチスロにはまっていて、たとえ単位を落としても、朝からパチンコ屋の前に並ぶような人だ。総額ではプラスで勝っているらしいが、たまに大負けをして一文無しになる。懐が暖かい時、羽振りよくみんなに奢ったりしているので、無一文になった時は他の誰かが先輩に救いの手を差し伸べていた。

 俺もおこぼれを頂戴している一人で、昨夜、大勝した先輩から、飲みに行くぞと電話で呼び出された。

 酒の席と聞くとなんでも参加していた俺はすぐさま部屋を飛び出して合流した。

 和也と別れた直後より、俺は荒れていた。和也が結婚すること、それを知らされなかったこと、電話したら気付かれずに惨めな思いをしたこと、それらを忘れるために毎晩のように遊びに出かけ、酒を飲んだ。

 先輩は飲み仲間の一人、俺のパトロンの一人で、この3ヶ月、頻繁にいっしょに飲んでいる。呼べばすぐ来る俺を、先輩も気にいってくれていた。

 営業時間の過ぎた居酒屋を追い出され、飲み足りないからとコンビニでビールや酎ハイを買って先輩のアパートにあがりこんだ。

 先輩が住んでいるアパートはかなりの年代物で、二階にあがる階段は錆びて歩くたびに不安な音がするし、壁はあちこちヒビがいっていて、びっしり生い茂った蔦がそれを覆い隠していた。風呂はなくトイレは共用。そんな環境だから女の人は住んでいないし、そもそも半分以上が空き部屋だった。

 隣も下も空きだから、先輩の部屋で多少うるさく騒いでも、誰も苦情を言ってこない。俺たちにはうってつけの溜まり場だ。

 先輩は不思議な人で、パチスロで儲けた金はあぶく銭という感覚で、手に入れるとパッと使いきる思い切りの良さがあった。それも自分のために使うのじゃなく、誰かと共有したがった。誰かのために金を出し、誰かのために金を使う。そういう人だから、金欠になった時は誰かに助けてもらえていた。みんなから好かれていた。

 今夜の飲み代も、すべて先輩のおごりだ。

 明け方になっても、大量に買い込んだ酒がまだ数本、残っていた。ほかのみんなは、授業があるから、と始発で帰っていく。残ったのは俺と先輩だけ。

「おまえは帰らんでいいんか?」

 胡坐から立て膝にかえて先輩が言う。身なりにも金を使わない人で、肩まで伸びた髪を無造作に後ろで纏めて括っている。すっかり色落ちしたパーカーの袖をまくり、白い腕を見せていた。季節は春から夏へと移る頃、長袖では少し暑い。

「今日はとことん付き合いますよ」
「どっちが。俺がおまえに付き合わされてんやろ」

 先輩が苦笑する。

「なに言うてんですか、昨日の夜、来いって呼び出したんは先輩じゃないですか」
「最近のおまえ、飲み方めちゃくちゃやぞ。なんかあったんか?」

 優しい口調と眼差しが意外だった。パチスロのことしか頭になさそうなのに、他人のことにまで気がまわるような人だとは思わなかった。

「アハハ……実は、ちょっと落ち込むことがあって」
「なんやっけ、ゆかりちゃん、やっけ? 付き合うとった子と別れたらしいな」
「あぁ……それとはちょっと違うんですけど」
「ほな、なんよ?」

 悩んでちょっと黙りこむ。二股していたと告白するのは少し勇気がいる。誰だって自分を良く見せたい、良く思われたいはずだ。自分が犯した最低な行為を、誰が好き好んで暴露したがるだろう。俺は先輩が好きだった。だから軽蔑されたくなくて、嫌われたくなくて、今までのように可愛がられたくて、言葉を詰まらせた。

 それほど俺は、罪深いことを和也とゆかりにしてきたということだ。改めてすまない気持ちになり、胸が痛んだ。そうしたら不覚にも涙腺が緩んで目に涙が滲んだ。

「おい、貴志」

 涙ぐむ俺を見て先輩が驚く。泣き顔を見られるのが恥ずかしくて、手で顔を覆い隠した。

「ちゃいます、すんません……」
「ごめん、俺がゆかりちゃんのこと言うたからか」
「ちゃうんです」

 俺は首を振った。情けない姿を見られたついでに、先輩には白状してしまおうという気になった。誰かに話すことで楽になりたかった。それほど精神的に参っていたのだと、今になってやっと自覚する。

「俺、最低な男なんです……二股してたんです……振られてからやっと、誰が一番大事がわかったんです」

 我慢することをやめた途端、涙は次から次に溢れてきた。拭いても間に合わず、滴がポタポタと落ちていく。俺は子供みたいに肩をふるわせ、しゃくりあげていた。

「アホやな」

 目の前にティッシュが差し出された。数枚掴んで涙と鼻水を拭く。

「でも、誰が大事かわかっただけ、賢いんちゃうか。泣くほど後悔してるんなら、土下座してでも許してもらえ、ほんでもう一回、付き合えばええやんか」
「無理なんです……あいつ、結婚するんです」
「あー……結婚か……」

 攫ってこいとは言えんしな、と先輩は頭を掻いた。

「年下の子か?」
「違います、同い年で……俺と同じ村の奴で……男なんです」

 俺は全てを打ち明けた。相手が男だと言った瞬間は、まさに清水の舞台から飛び降りるほどの勇気と思いきりが必要だった。酔っていなければ絶対言わなかった。こんなに弱っている心理状態でなければしっかりブレーキを踏んでいた。先輩じゃなければ、とてもじゃないが言えなかった。

 先輩はずっと黙っている。俺は勢いでバラしてしまったことを後悔し始めた。先輩の顔を見るのが怖い。

「男同士かぁ……」

 先輩がポツリと呟く。

「よけい難しいな……相手がどんなつもりでおまえと別れたんか、俺にはわからんしな。将来のこと考えて別れたんかもしれんし。女の時と事情が違うから、諦めて忘れたほうがいいかもしれんな」

 軽蔑されなかった安堵よりも、反発のほうが強かった。泣いたことで箍が外れ、取り繕うことも放棄して俺は言っていた。

「嫌や、俺には和也しかおらん……」

 また涙が溢れてくる。

「小さい時からずっといっしょにおったんや、振られても諦めきれんかったのに、どうやったら忘れられるねん、そんなん無理や……」

 嗚咽を漏らして俺は泣いた。もう止まらなかった。立ち上がった先輩が、泣きじゃくる俺のそばに屈んで背中を撫でる。

「そんなに好きなんか」

 頷いた。そうだ、俺は和也が好きなんだ。振られても、結婚するとわかっても、俺の中で和也が好きだということは不磨の大典──生涯変わることのないたった一つの真実なのだ。

 どうして俺は浮気なんかしてしまったのだろう。どうして大学生活に浮かれて和也をないがしろにしてしまったのだろう。どうして俺はここまで追いつめられなければ気付かないほど馬鹿なんだろう。気付いたところでもう遅い。和也は結婚する。もう二度と和也に触れることは出来ない。

「────ッウ」
「大丈夫か、貴志」
「先輩……気持ち悪い……っ」

 先輩が慌てて俺を抱えて立ち上がる。俺は台所の流しに顔を突っ込んで、一晩の間に飲み食いしたものを吐き出した。

「まぁ、ゆっくり寝とき。覚えてたら昼に戻ってくるから」

 俺が落ち着くまでそばにいてくれた先輩は、そう言って部屋を出て行った。パチンコ屋に行ったのだ。俺はというと、胃の内容物だけじゃなく、今まで誰にも言わなかった秘密まで吐き出して、身も心もすっきりしていた。

 俺が男と付き合っていたと知っても態度をかえない先輩をますます好きになった。あの人だから言うことが出来た。自分の人を見る目に満足してもいた。

 布団から先輩の匂いがする。弱った今の状態なら、恋愛の意味合いで先輩を好きになってしまいそうだ。いやいっそ、ほかの誰かを好きになったほうがいいかもしれない。

 俺と別れる決意をした和也も、そんな気持ちから彼女を作ったのかもしれない。別れた相手を忘れるには、新しい恋を見つけるのが一番手っ取り早い。

「……って、そんな簡単ちゃうわな」

 一人呟いてみる。そんなことで和也を忘れられるなら、ゆかりと別れたりしなかったはずだ。

 天井を見つめる目からまた涙が一筋零れ落ちた。涙腺まで馬鹿になったか。

「和也ぁ……俺は当分、おまえにおめでとうなんて言えそうにないで……」

 そんな日がくるのか疑問に思いながら俺は眠りについた。

 ※ ※ ※

 先輩は律儀にも、昼になると帰ってきてくれた。まだ温かい牛丼を俺に渡すと「今日は熱いねん」とスロットをするためすぐさま部屋を出ていった。朝までいっしょに飲んでいたのに、先輩のタフさ──と言うより、パチスロへの執念には感心させられる。今まで寝ていた俺より元気だ。

「いただきます」

 先輩に感謝しながら手を合わせる。泣いて吐いて寝てすっきりしたからか、心が軽くなったような気がする。そして腹も減っている。立ち直れないようなことがあっても、寝て食べてを繰りかえすうちに、いつしか傷も癒えて再び歩き出せるようになるのだろう。それが生きるということなのかもしれない。

 だとしたら俺もいつか、和也への気持ちに決着をつけ、整理できる日がくるということか。待ち遠しいような、寂しいような、複雑な気分だ。

 割り箸を割ったとき、俺の携帯が鳴った。知らない番号。誰だ。いぶかしみながら通話ボタンを押す。

「はい?」
『貴志……いま、電話していける?』
「和也」

 わかるのと同時に切っていた。不意打ちに動揺して、心臓がどくんどくんと大きく脈打っていた。わけのわからない震えが全身に走る。

 なんなんだ、いきなり。こっちはやっと前向きになれるかと、希望の光が小さく見えて来た頃だったのに、どうしてそんな時に電話をかけてくるんだ、声を聞かせるんだ。

 俺はしばらく携帯電話を睨むように見ていた。五分経っても、十分経っても、ウンともスンとも言わない。

 和也はいまさら何のつもりで俺に電話してきたんだ? もしかして、俺にも結婚式に出席しろなんて言うつもりか? それとも、絶対来るなと釘をさすために電話してきたのか? いったいなんなんだ。なんの用事だったんだ。気になるじゃないか。

 震える指先で着信履歴を呼び出し、発信ボタンを押す。メモリを消したから、和也からかかってきても名前が表示されなかったんだ。すっかり気を抜いていたから心臓が止まるかと思った。

 呼び出し音は、一回目で切れた。

「おまえ、なんやねんな」

 和也がなにか言うより先に言った。

「おまえ、なんやねん、なんで今頃かけてくんねん、どういうつもりや、おまえ……おまえ、俺のなんやねん!」

 ひどく混乱していた。自分でも何を言いたいのか、何を言っているのかわからなかった。とにかく何かをしゃべっていないと、緩みっぱなしの涙腺からまた余計なものが出てきそうだった。

「結婚の話か? 来るなって念押しするためにかけてきたんか? 心配せんでも行かんわ、前にもそう言うたやろ。そんなもん、俺が行きたい思うか? おまえが知らん女と結婚する姿なんか、俺が見たいと思うか? 見たいわけないやろ! 俺はまだ……、まだおまえのこと好きなんやぞ、気おかしくなるくらい、好きでたまらんのやぞ、おまえの結婚式なんか、出席できるわけないやろ……!」

 こらえきれずに泣いていた。嗚咽は和也にも聞こえているはずだった。それでも構わない。これで最後なら、俺のみっともない姿を見せてもいい。金輪際、関わることがないなら、今の俺の正直な気持ちを言っても恥じゃない。

「好きや、和也、結婚せんでくれ、頼む……俺にはおまえしかおらん、おまえに捨てられてそれがよくわかった。女とも別れた。あれからずっと、おまえのことしか頭にないんや。頼むから、結婚なんかせんでくれ、ずっと俺のそばにおってくれ……!」

 咽びながら、途切れ途切れに、俺は本心を吐き出した。和也にこんな弱い姿を見せたことは今まで一度もない。もう体裁なんて取り繕っている余裕はなかった。わずかな可能性を見つけ出そうと必死だった。

 電話の向こうから和也の溜息が聞こえた。

『そんなに俺に結婚してほしないの?』
「嫌や、してほしない、誰ともすんな、俺んとこ帰ってきてくれ、何でもするから」
『ほんまに何でもしてくれるんか?』
「する! なんでもする!」
『ほんなら、もう二度と浮気せんで』
「せん! 絶対にせん! 俺には一生おまえ一人だけや! やから結婚は……!」
『せえへんよ』

 和也はあっさり言った。俺が拍子抜けするほどに。

「ほん、ほんまに? ほんまにか? もう招待状も送ってもうてんねやろ……」
『アホやなぁ、貴志は』

 苦笑まじりの穏やかな声。

『どう聞いたんか知らんけど、結婚すんのは俺の兄貴のほうで』
「──え…………」

 結婚するのは……和也の兄貴の永一兄ちゃん……?

「ほんま?」
『ほんまや』

 和也は笑った。

 どうしてこんな思い違いをしたのか記憶を辿る。思い出すのはおかんの言葉。『和也君とこの結婚式』なんて言い方をするから、俺はてっきり和也が結婚するんだと思ってしまった。自分の勘違いが恥ずかしくなって顔がゆだった。俺、俺、なんちゅう勘違を……!

 苦しみ悩み、のたうちまわってきた俺の三ヶ月はいったいなんだったんだ!

『俺が結婚する思うて、そんなに慌ててくれたん?』

 和也が嬉しそうに訊いてくる。自分の勘違いは死ぬほど恥ずかしかったが、俺は素直に「そうや」と答えた。

「文句言うたろ思うて電話したら、おまえは俺やて気付かんかったし、完璧俺は忘れられたと思うた」
『あれはほんまごめん、久し振りやったし、家の電話にかかってくる思わへんかったし、声がいつもより硬くて別人みたいやってんもん』

 まぁ確かにあのとき俺はめちゃくちゃ緊張していて、自分でも他人の声のように聞こえたけども。けども……

「気付かれんで、めっちゃショックやったんで」

 正直に言った。

『ごめんな、あのあと俺も落ち込んだ』
「俺は落ち込むどころやなかった」

 すねるような口調になっていた。「ごめん」と和也が優しく言う。俺の心が温まっていく。

「和也、好きや」

 今度は取り乱さずにちゃんと告白した。

「おまえのおらん人生なんて考えられん、俺にはおまえが必要なんや、もう一回付き合うてくれ」

 一拍、間を置いて『いいよ』和也が言った。

『ほんまは俺も貴志のこと諦めきれんかった。毎日、貴志のこと思い出しとったよ』

 言葉にならない雄叫びをあげた。

 ※ ※ ※

 永一兄ちゃんの結婚式に、俺は上機嫌で出席した。おかんからは「あんたなんかしらんけど、えらい怒っとったやんか」と不審がられたが、適当な嘘を言ってごまかした。

「ええ結婚式やったな」

 親族控え室に俺は和也と二人でいた。ほかの連中は外で挨拶やら世間話やらで忙しい。

「貴志も式、挙げたなった?」

 和也がいたずらっぽい目で俺を見る。それがささやかな嫌味だと気付かないふりをして、和也にキスした。

「二人で式、挙げよか?」

 なに言うてんねん、と和也は顔を赤らめる。婚姻届という証明書は俺たちになんの意味もないが、神の前で永遠の愛を誓うのは意義のある行為なんじゃないだろうか。

「男同士で式挙げれるとこ、今度調べてくる」
「本気か?」
「本気や」

 俺はその場に膝をつき、右手を和也に向かって差し出した。

「僕と結婚してください」

 俺の行動に和也が驚いて絶句する。しばらく呆然としていたが、ゆっくり微笑んで俺の手を取った。

「俺でよければ、喜んで」

 和也がいるから、俺がいる。



オンユアマーク

続編出ないかな…

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