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2020.12.05.Sat.
<1>

 部屋に戻り、ソファに座って一息ついた。今日はいったいなんて日だろう。立て続けに初めて会った男から言い寄られるなんて僕の行動にも問題があるのだろうか。

 そういえば基樹くんのときもそうだった。一目惚れだと言って、妻が寝室で寝ているにもかかわらず僕を抱いた。今日の2人と違うことと言えば、僕は基樹くんのときは、本気で抵抗できなかった。

 妻と結婚後しばらくして、夫としてはおろか男としても見られず家政婦のように扱われていた。彼女が浮気をしていることも知っていた。それを追及する勇気はなかった。

 基樹くんが妻に連れられうちへやってきた時、怒りや悲しみはなくただ諦めの感情しかなかった。僕の心は死んでいたも同然だった。

 そんな時に基樹くんから熱烈に口説かれ求められて、僕の心と体に熱が灯ったのを感じた。妻への愛情はとっくの昔に失っていたことに、この時やっと気付いた。

 誰でも良かったわけじゃない。屍同然だった僕を慰め、労わり、受け入れてくれた基樹くんだったからこそ、僕も彼を好きになったのだ。

 だからもうこれ以上、基樹くんを悲しませることはできない。自分は男だからと気を抜いたりしない。自意識過剰だと笑われてもいい。僕の操は自分で守らなくては。

 気を取り直して部屋の片づけを再開した。それが終わると買い物へ出かけた。八百屋のおじさんから「配達してやろうか?」と善意の申し出も悪いが断った。スーパーの男性スタッフがなぜか連絡先を寄越してきたが突き返した。帰る道すがら派手に転んだ男子高校生に出くわし助け起こしてやると、お礼をしたいからと連絡先を求められたが、必要はないと帰ってきた。

 ここまで警戒しなければいけないのかと、自分の自惚れが死ぬほど恥ずかしくなってソファに顔を埋めて悶絶した。なんの取り得もないバツイチのおじさんが、引く手あまたの若く美しい娘ほどに警戒しているなんて、基樹くんが知ったらきっとお腹を抱えて笑うだろう。

 基樹くんの笑顔を思い出したら、今すぐにでも会いたくなった。たった数時間離れているだけでもう彼が恋しい。

 ソファから顔をあげた。そろそろ夕飯の準備にかかろう。今日届いた新しいテーブルで夕食だ。

 ~ ~ ~

 夜になって基樹くんが帰ってきた。

「ただいま」
「おかえり」
「今日、何も変わったことなかった?」
「何もなかったよ」

 宅配業者や上の階の住人の顔が浮かんだが、わざわざ基樹くんに言うこともない。

 鞄を預かり、ジャケットを脱ぐのを手伝う。大きい背中を見ていたら我慢できなくなって後ろから抱きついた。

「寂しかった?」
「うん、ずっと君のことが恋しくて、帰ってくるのが待ち遠しかった」
「そんなこと言われたらご飯どころじゃなくなるよ」

 基樹くんが振り返り僕を抱きしめてキスをする。手はもう服の中に潜り込んで背中を撫でまわす。それだけで腰が砕けそうになる。基樹くんに引きずられるようにベッドへ移動し倒れ込んだ。

「テーブル見たよ。組み立ててくれたんだね。ありがとう」
「僕こそ、一緒に選んでくれてありがとう」
「そんなことでお礼言ってくれるの、悠さんくらいだよ」

 と基樹くんは笑うけれど、そんなことが僕にはとても嬉しいことだったのだ。体を起こし、基樹くんのベルトを外した。ズボンとパンツをずらして、股間に顔を寄せる。

「シャワー浴びてないからいいよ」
「僕がしたいんだ」

 一日中働いた基樹くんの匂いがする。優しく食んで先端を口に含む。口蓋と舌で挟むように扱くとそれはすぐ体積を増して口いっぱいになった。口から出して陰茎にも舌を這わせる。それ越しに基樹くんと目があった。優しく切なげに僕を見ている。

 顎をくすぐるように手招きされて体を伸びあがらせた。彼に跨る格好でキスをする。僕のお尻を基樹くんが揉みしだいた。布越しに奥の窄まりを指で押されて腰が跳ねあがる。

「汚すといけないから脱いで」

 言われた通り素直に服を脱ぎすてた。基樹くんに、一糸まとわぬ姿を見られている。その視線に晒されるだけで心臓が壊れそうだ。

「恥ずかしい?」

 頷くと基樹くんはクスリと笑った。

「もう何回も何十回も悠さんを抱いてるのに俺もまだ見慣れないよ。いつも悠さんの綺麗な体に見惚れる。どこを責めてどうやって泣かせてやろうかって、初めてのときみたいに緊張するし興奮する。誰にもやらない。悠さんは俺だけのものだ」

 いきなり濡れた手で奥を触られた。優しくゆっくり指が入ってくる。基樹くんと出会うまではそんなところを他人に預けるなんて夢にも思わなかった。まして体を熱くして感じてしまうなんて、それまでの僕には考えられないことだ。

 僕の体を知り尽くした基樹くんは中を解しながら僕の弱い場所も器用に責める。僕は基樹くんにしがみついて、時に声をあげ、時に体をひくつかせながら、早く早くと次の工程を待ち望んでいる。しかし基樹くんはなかなか次に進んでくれない。

「基樹くん、お願い……もうそれはいいからっ……入れて……っ」
「待てない? もう欲しいの?」
「……欲しい……ッ」

 自分がいまひどく淫らな顔をしている自覚がある。僕を見て基樹くんは目許を引きつらせた。基樹くんもスイッチが入ったようだ。理性を一枚剥ぎ捨てた基樹くんの顔が僕はとても好きだ。

 体を入れ替えて基樹くんが上になった。僕の膝を割り開き、先端で奥の場所をノックする。

「やっ……ああっ……意地悪、しないで……早くっ」
「いま入れてあげる。大好きだよ、悠さん」
「僕も──、あ、ああ、ア──……ッ!!」

 ぐぬり、と刺し貫かれた瞬間、目の前が真っ白になった。お腹に生温い感触。まただ。彼に入れられた瞬間に達したことは今日が初めてじゃない。おもらしのように射精してしまう自分がたまらなく恥ずかしい。これは年のせいなんだろうか。

「出ちゃったね。入れただけなのに。そんなに嬉しかった?」
「と、年を取ると、緩くなるのかな?」

 目を瞬かせたあと、基樹くんは「アハハ」と声をあげて笑った。

「違うよ、年は関係無いよ。トコロテンって聞いたことない? 挿入されただけで気持ち良くて射精しちゃうんだ。それだけ悠さんがえっちな体になったって証拠」

 いくら受け側のセックスばかりしていたからって、なんて体になってしまったんだ。

「基樹くんのせいだ」
「そう、俺のせいだよ。だから一生かけて償わせて」

 基樹くんは嬉しそうだ。ならば悪いことではないのだろう。

 僕のなかで基樹くんが動く。射精したばかりのペニスの根本がジンジンと痛いほどに熱い。またすぐ勃起した。それを基樹くんに扱かれた。

「だめっ……手を離して……また出てしまうから……っ」
「何度でもイッていいよ。今朝言ったよね、覚悟してって。一晩中かわいがってあげるからって」

 悪戯っぽい口調。でも基樹くんの目は本気だ。それを見て僕の体は期待に震えた。基樹くんの言う通り、僕の体はえっちになってしまったようだ。

「基樹くん、今日は君の好きにして……君のためになんでもしてあげたい」
「後悔しても知らないよ」

 彼の律動が早く激しくなる。敏感な部分を擦りあげられて僕は嬌声をあげた。性別も年齢も、基樹くんに触れられるとどうでもよくなってしまう。僕はただ、彼を受け入れるだけのものになる。

「出すよ、悠さん」
「きて、中に……基樹くん、僕の中に出して……!」

 彼のものを一滴だって取りこぼしたくなかった。熱い迸りを受けて僕もまた果てた。小休止のような愛撫のあとにまた挿入。今度はおしゃべりしながら長い時間、基樹くんは僕の中に留まっていた。彼と繋がった場所が熱く蕩ける。2人で1つになったような気さえする。本当にそうなれればどんなに幸せだろう。

 基樹くんの頬に手を添え僕から何度もついばむようなキスをする。彼の大きな手があやすように僕の頭を撫でる。優しい目が嬉しそうに細められる。その目を見る度に、僕は基樹くんのことが誰よりも世界で一番好きだと実感する。

 僕のなかで基樹くんが立派に力を取り戻し、硬度を増していく。ゆったりした腰の動き。心地よい波に揺られているようだ。

 それがだんだん激しくなっていく。気持ち良すぎて彼にしがみついた。身震いすると同時に絶頂に上り詰めた。それでもまだ彼の動きは止まらない。連続して押し寄せる快感の波に蹂躙され、僕は何度も強制的にいかされた。涙を流しながら彼を求め、はしたない声をあげた。終わってもまた次が始まる。基樹くんは宣言通り、僕の体を一晩中放さなかった。

 ~ ~ ~

「悠さんおはよう」

 声に目を開けると基樹くんの顔が迫ってきて額にキスを受けた。

「おはよう、基樹くん」

 起き上がろうとしたら「まだ寝てていいよ」と軽く肩を押された。今度は口にキスをしてくる。だんだん意識が覚醒してきて、朝ご飯のいい匂いに気付いた。

「ご飯作ってくれたの?」
「ゆうべは無理させたからね。体つらいでしょ」

 目覚ましがなくても時間がくれば目が覚めるのに、今朝は基樹くんに起こしてもらわなければ昼まで寝ていたかもしれない。それもこれも、明け方近くまで基樹くんとセックスしていたせいだ。

「無理なんかじゃないよ。僕もしたかったんだから」
「そんなこと言われるとまた朝からしたくなる」
「そ、それはちょっと困るかも」

 慌てる僕を見て基樹くんが笑う。

「ご飯食べる? 先にお風呂入る? 俺も悠さんも体がベトベト」
「一緒にお風呂にしよう」

 起き上がろうとしたら体が悲鳴をあげた。全身筋肉痛のように強張っている。それを察したのか基樹くんが僕を抱き起こした。その顔が少し申し訳なさそうだ。

「基樹くん」
「ん?」
「今日は一日中ずっと一緒にいてくれる?」
「もちろんそのつもりだよ」
「基樹くん」
「ん?」
「愛してるよ」

 驚く基樹くんにキスした。彼さえいれば、他にはもう何もいらない。



受けが可愛すぎる…!
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訪問者(1/2)

2020.12.04.Fri.
<「旦那さん」→「元旦那さん」→「元上司」→「隣人」→「支配人」→「伴侶」>

 朝食の後片付けをしていたら基樹くんに後ろから抱きしめられた。首筋に音を立ててキスをされる。くすぐったくて首をすくめた。

「ふざけてないで。遅刻するよ」
「悠さんの後ろ姿見てたら急に不安になった。もうどこにも行かないで」

 基樹くんの言葉に胸が締め付けられる。彼には本当に悪いことしてしまった。

 妻と別れ、基樹くんと一緒に生きていく覚悟をした矢先、彼を裏切る行為をしてしまい、僕は彼の前から姿を消した。離れ離れでいた期間、基樹くんを忘れることなんかできなくて、ただ愛しい気持ちだけが募っていった。

 基樹くんが僕のアパートを探し当て、「あなたを奪いに来ました」とまた言ってくれた時、彼を諦めることなんて到底不可能なことだったと思い知った。自分の犯した罪を忘れたわけじゃない。最期は地獄に落ちてもいいから、彼のそばで罪を償わせて欲しいと願ってしまったのだ。

「ずっとここにいる。もうどこにも行かない。だからほら、支度して」

 臀部にごりっと固いものが擦りつけられた。たった数時間前、それで泣かされたばかり。ぞくり、と体の奥底が妖しく疼く。

「基樹くん……駄目だ……、本当に遅刻してしまうよ」
「触って」

 僕の髪の毛のなかで基樹くんが囁く。その吐息にすら感じてしまう。甘えた声に抗えない。僕は基樹くんのどんな我儘もきいてしまうだろう。

 腕の中で基樹くんと向かい合い、手をそっと下へ伸ばした。スラックス越しにそれが隆起しているのがはっきりわかる。ベルトを外し、下着の中からそれを外へ解放した。もう火傷しそうなほどに熱い。手で擦っていたらじわりと先端が濡れてきた。

「悠さん」

 名前を呼ばれて顔をあげると目の前に基樹くんの顔があって唇が重なった。上唇をめくって入ってきた舌が僕の舌を絡め取り奥へと誘い出す。彼の口のなかでもつれあい、甘噛みされるだけで腰が砕けそうになる。

 これ以上続けていたら、僕まで彼が欲しくなってしまう。手元へ意識を集中した。しばらくして手の平に熱い迸り。基樹くんは深く息を吐き出すと「帰って来たら覚悟して。明日は休みだから一晩中、悠さんをかわいがってあげる」と僕を赤面させるようなことを言って離れた。

 ジャケットを羽織る広い背中を見つめながらこっそり息を吐き出した。僕だって本当は基樹くんとずっと抱き合っていたいし、キスの続きだってしたい。出奔から戻って一カ月、ほとんど毎日のように基樹くんと愛しあい、体もそれに慣れてしまった。中途半端に火をつけられた僕の基樹くんを見る目はきっと色欲にまみれた浅ましい目をしていることだろう。

「帰る前に電話するから」
「うん、待ってるよ」

 玄関に立つ基樹くんが僕にキスをする。

「行ってきます」
「行ってらっしゃい」

 彼を見送り、彼の帰りを待つ。こんな幸せな日常に戻れた幸運を心の底から感謝している。僕からそれを壊すような真似は二度としない。もう二度と彼を裏切らない。

 ~ ~ ~

 朝食の片づけを終え、洗濯を待つ間に部屋の掃除。僕はこの部屋が大好きだ。基樹くんの元へ戻るとき、2人で新しく部屋を探した。元妻と暮らしていた家に比べて手狭にはなった。家具や調度品も高価なブランドものはない。それでもここは基樹くんとの思い出が詰まっている。一緒に選んだカーテン、基樹くんが好きな青色のソファ、毎晩泣かされてしまう寝室のベッド、基樹くんが手触りを気に入ったカーペット、お揃いのスリッパ。すべてに彼との思い出がある。それを思い出すだけで僕は幸せな気分になれる。

 掃除が終わった頃にインターフォンが鳴った。モニターに出ると「宅急便です」と宅配業者の姿があった。先日購入したテーブルと椅子が届いたようだ。

「ご苦労様です」

 と玄関の戸を開けた。

「立橋さんのお宅ですか」
「そうです」

 伝票にサインをし、背後の荷物に目をやる。台車に乗った大きな段ボール。あれを運ぶのは大変そうだと思っていたら「中に運ぶの、手伝いましょうか?」と宅配業者の男性が言ってくれたので甘えることにした。

 2人で大きな段ボールを抱え部屋の奥へ進む。リビングに置いて、次は椅子を二脚運んだ。

「おっと」

 段ボールに足を取られて男性がバランスを崩した。ちょうど前にいた僕に覆いかぶさるように倒れ込んでくる。僕より一回り以上大きな体を支えきれず、一緒にソファに倒れ込んだ。

「すいません」
「いえ、大丈夫ですか」

 先に立ちあがった男性が僕へ手を伸ばす。断るのも悪いと思ってその手を取った。ぐいと強い力が僕を引っ張りおこす。

「旦那さん、なにか香水とかつけてます?」
「特には」
「なんかすごい良い匂いがしたから」
「洗剤とか、柔軟剤の匂いかもしれないですね」
「ちょっといいですか」

 肩を掴んで男性が僕の首筋に鼻を突っ込んできた。さすがにこれはおかしいと思い、胸を押し返したがびくともしない。

「あの、もういいですか」
「さっき抱きしめたときに思ったんですけど、ずいぶん痩せてらっしゃいますよね。それに良い匂いがするし、同じ男同士なのにソワソワしてしまいますよ。妙に色気があるというか。言われたことありません?」

 間近に僕の目を覗きこんでくる。目力のある強い眼差しに戸惑う。

「そんなことを言われたことはありません。あの、もう離れてください。あなたもお仕事が残っているでしょう。荷物を運んで頂いて、ありがとうございました」

 身を捩って強引に男性の腕から逃れた。何を考えているのかわからない目でしばらく見つめられたが、男性は営業スマイルに戻ると「失礼いたしました」と軽く頭を下げ、部屋を出て行った。

 急いで鍵を閉めた。基樹くん以外の男性に触れられた過去の記憶が嫌でも蘇る。僕が望んだものもあれば、無理矢理だったものもある。僕の自意識過剰でなければ、あんな目で見られることも久しぶりで、恐怖と嫌悪からくる震えがしばらく止まらなかった。

 気持ちを切り替えて荷解きを開始した。基樹くんが帰ってくる前に組み立てておいて驚かせたい。

 段ボールから部品を出し、テーブルの脚をねじ回しで固定して、あらかじめ決めておいたリビングの壁際に置いた。椅子のビニールも取り去って並べてみる。小さいテーブルに椅子が二脚だけ。充分身の丈にあっている。

 段ボールの後片付けをしていたらまたチャイムが鳴った。もう荷物が届く予定もないし、誰だろうとモニターを見ると知らない男性が映っている。

「はい」
『こんにちは、上の階に越してきました竹田と申します。ご挨拶に伺いました』
「それはご丁寧に。少々お待ちください」

 急いで玄関の戸を開けた。

「竹田といいます。上の階に越してきました。もしうるさかったりしたら遠慮なく言ってください。妻と二人暮らしなんですが、今日は仕事なので、僕1人でご挨拶に伺いました」

 竹田さんからのしのついた箱を受け取った。

「小泉といいます。もう一人、立橋という同居人がいます。こちらは男の二人暮らしです。僕たちのほうこそ何かとうるさくしてしまうかもしれません。その時は言ってください」
「良かったあ、ご近所さんが良い人そうで」

 と竹田さんは顔を綻ばせた。とても人の良さそうな笑顔で、僕もつられて笑顔になった。

「実は俺、在宅ワークなんで一日中家にいるんですよ。もしかして小泉さんもそうですか?」

 あんまり個人情報を漏らすのはどうかと思ったが、竹田さんが話してくれた以上、こちらも教えるのが筋だろう。

「僕もたいてい家にいます。ただ、僕の場合は無職なので……」

 このあとの反応に身構える。いい反応が返ってきたことはない。

「ご病気ですか?」
「いえ、求職中です」
「求人自体が減ってるって言いますもんね。大変ですね」
「ええ」

 男の二人暮らしで主夫をしているとは言いにくい。それに求職中というのは本当だ。基樹くんは僕が働くことを本音ではよく思っていないようだが、経済面でも彼におんぶに抱っこで甘えてしまうのは気が引ける。僕の稼いだお金で基樹くんにプレゼントを買いたいという思いもある。

「あ、じゃあもしかして小泉さんがご飯とか作ってたりします?」
「ええ、僕が作ります」
「俺もご飯当番なんですよ。いいスーパーとか知ってたら教えてもらえません? この辺の土地勘がぜんぜんなくて」
「僕たちも越してきたばかりなんですけど、駅前の商店街のほうへ行ったらたいていのものは揃いますよ。値段も良心的なお店が多いし」
「駅前かあ。行ったことないなあ。良かったら地図を書いてもらえませんか?」
「いいですよ、ちょっと待ってください」

 メモを取りに部屋へ戻った。届いたばかりのテーブルの上で地図を書く。

「お邪魔してもいいですか?」
「えっ」

 僕の返事を待たずに竹田さんがやってきた。部屋を見渡し、まとめてある段ボールを一瞥したあと、僕に視線を移した。

「綺麗に片付いてますね。男の二人暮らしなのに」
「越してきたばかりで荷物が少ないせいかも」

 心臓が重たい鼓動を打つ。さっきの恐怖が蘇る。どうして竹田さんは部屋に入ってきたのだろう。もしかして地図はその口実? なぜ?

「もしかしてなんですけど、小泉さんってゲイカップルってやつですか?」

 ハッと竹田さんの顔を見る。もう否定もごまかしもきかない。僕の様子から自分の勘が当たっていたことを確信して竹田さんは得意そうに笑った。

「やっぱりそうなんだ。男の二人暮らしって聞いたときにピンときたんですよね。小泉さんって、ちょっと男をその気にさせる何かがありますもん。初対面ですけど、小泉さんなら俺、イケるかも」

 言うと竹田さんは僕を抱きしめた。

「なにをっ……やめてください、離して……!」
「無職っていうか、主夫なんでしょ? 男の帰りを待ってるあいだ1人で暇なんじゃないですか? 俺も在宅で時間は自由になるし、どうです? 割り切った関係で俺と付き合いませんか?」
「冗談はやめてください、誰があなたなんか……!」
「そう言わず、まずは一回、試してくださいよ。あなたを満足させられると思いますよ?」

 手を掴まれたと思ったら股間に押し当てられた。すでに硬く熱いものに手が当たる。カッと顔が熱くなった。

「やめてください! 何考えてるんですか!」
「怒ってる顔もそそりますね。男なのに色っぽい」

 今度は竹田さんが僕の股間を鷲掴んできた。クニクニとそこを揉まれて鳥肌が立った。ただ嫌悪しか感じない。

「やめ……っ、いやだっ、いやっ……! 離せ!!」

 竹田さんの頬を引っぱたき、力の弱まった隙に腕から逃れた。「待てっ」と叫ぶ声に血を凍らせながらもつれそうになる足を動かして部屋を飛び出した。エレベーターを待っている暇はないと判断して階段を駆け下りる。背後から同じような足音が追いかけてくる。叫び出しそうな恐怖。心の中で基樹くんに助けを求めた。

「待てって……! 往生際が悪いな!」

 追い付いた竹田さんが僕を掴まえ羽交い絞めにする。もう恥も外聞も関係無い、大声で助けを呼ばなくては──。

「なにしてんの、あんた」

 突如聞こえた女性の声。2人してそっちを見る。

「美加……」

 竹田さんが呟くと僕を突きはなした。

「美加、お、おかえり。あれ、どうして? 仕事は?」

 上ずった声。挙動が見るからにおかしい。

「今日ちょっと熱があるから早退したんだけど……、そんなことより何してるの? その人は?」

 美加と呼ばれた女性が鋭い眼差しを僕に向けてくる。ビジネススーツを着こなした、いかにも仕事ができそうな女性。元妻と姿がだぶる。竹田さんの奥さんかもしれない。

「この人は別になんでもない。下の、俺らの下の階に住んでる人で、いまちょうど引っ越しの挨拶してたとこ。ね、小泉さん!」

 どの面下げてそんな白々しい口裏合わせを僕に求めてくるのか。無言で睨み返してやると竹田さんは目を泳がせた。

「どうして二人とも靴を履いてないの? さっきこの人に抱きついてなかった? なにあんた。また悪い病気出ちゃったの? 今度は男? どこまで見境がないの?」

 美加さんの眦が吊りあがって行く。竹田さんは何か言い訳しながら後ずさりを始めた。

「合意ならまだしも無理矢理? しかもこんな往来で? 馬鹿じゃないの! この前ので懲りたんじゃないの? この恥知らず!!」

 美加さんは叫ぶと持っていた鞄を振り回し、それで竹田さんを殴りつけた。手で顔と頭を庇いながら竹田さんが逃げ回る。通行人が好奇の目で二人と、茫然と立ち尽くす僕を見て通りすぎていく。

 体から力が抜けてへたりこんでしまいそうだった。まだ膝が震えている。

 鈍い音がして二人を見れば、鞄が顔に当たったらしく竹田さんが鼻血を流していた。それでもまだ美加さんの怒りは収まらないようで、今度は髪の毛をひっつかんで竹田さんを振り回していた。

 止める気力もない。ふらつく足でその場を立ち去った。