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結成秘話(4/4)

2020.12.03.Thu.


 今日は東西対抗戦。前半戦の場所は大阪。

 選抜された数組が貸し切りバスで大阪へ出発する。席は自由だが直前でネタをいじった場所があるので三宅を呼んで隣に座った。出発してすぐ、仕切り屋の瀬戸がマイクを握って「大喜利大会するぞ!」と勝手に始めたが、こっちはそれどころじゃないので当然無視。

 外野がうるさいので自然と顔を寄せ合ってネタ合わせ。三宅は警戒心なく体を擦り寄せてくる。すぐに抱きしめて、キスもできる距離だ。匂いも体温も届く。もっと近くに来ればいいのに。

 大喜利やゲームに参加しないでいると「イチャイチャしてないでお前らもやれ」と絡まれたり「仲良すぎて気持ち悪い」と言われたりしたが、勝つネタを作るために聞き流した。

 修正したところがあれば持ち時間をオーバーしないように時間を測りながら微調整をかけた。俺がネタを書き直しているのを待つ間、三宅は律儀にゲームに参加したり、面白いボケには笑っていた。そういうところがみんなから好かれるんだろう。

 休憩を挟んでやっと会場に到着。養成所の大阪メンバーはすでに会場入りしていた。簡単に挨拶したあと各々ネタ合わせ。そしてすぐ本番。

 俺たちの出番は後半。それまで壁に向かってひたすらネタ合わせ。出番を終えた同期たちの結果を聞いてどんどんプレッシャーがのしかかってくる。

 最後にトイレに行って戻ってくると、舞台袖で三宅がぼんやり立っていた。

「どうした?」
「武井と組んだままだったら俺、ここに来てなかったなーって思って」

 と俺の顔を見る。

「俺も豊田と組んでたらここにいない」
「これからもよろしく、夜明」

 三宅が手を差し出す。その手を握り返した。相方は三宅以外考えられない。この先何があっても、ずっとコンビを続けるだろう。

 俺たちの番がきた。2人で舞台に出た。

 w w w

 打ち上げのあと、ホテルに向かうバスの車中、みんな行きのテンションを忘れたみたいにおとなしかった。東西戦の結果は大阪の勝ち。結果に不満を漏らす奴もいたが、俺からしたら妥当な結果に思えた。

 俺と三宅は、3対0でコンビとしては大阪組に勝てたのでまだ気分は楽だ。

「ホテル泊まるの久しぶり。楽しみ」

 と三宅は遠足気分。

 ホテルの部屋も組み合わせ自由だったが、何も言わなくても三宅は俺についてきて同じ部屋に荷物をおろした。大浴場に誘われ一瞬腰を浮かしかけたが、三宅の裸を想像したらやばかったので断った。今夜は同じ部屋で寝るのだ。迂闊な行動は避けるべきだ。

 部屋の風呂に入り、念のため一発抜いておいた。しばらくして三宅が戻ってきた。浴衣姿の三宅に理性がぐらつく。一回抜いたくらいでは駄目かもしれない。

「ここってデリヘル呼んでいいのかな」
「大阪まで来て何言ってんだよ」

 ベッドに腰かけた三宅の浴衣がはだけて生足が晒される。そんなはしたない格好をするんじゃない。

「瀬戸の部屋で飲み会するって言ってたけど、夜明はどうする?」
「疲れたから寝る」
「わかった。俺はちょっと顔出してくる」

 立ちあがった三宅の腕を咄嗟に掴んだ。無意識の行動だ。

「どした? やっぱ行く?」

 行くな。言いかけた言葉を飲みこむ。そんな無防備な格好で他の男の部屋に行くな。酒を飲んだらみんなの気が緩む。狼の群れに羊が迷いこむようなものだ。酒の勢い、一夜の過ちがないとは限らないんだぞ。

「──飲み過ぎんなよ、お前弱いんだから」
「わかってるって。ちょっと顔出したらすぐ戻ってくる。俺も今日は疲れたし。夜明は先寝てていいよ」

 俺の心配なんか知らずに三宅は部屋を出て行った。あんなかわいい奴が浴衣姿で酒に酔ったらぜったい間違い起きるだろ。

 先に寝てろと言われたが心配で眠るどころじゃない。スマホをいじりながらベッドに寝転がって帰りを待つ。案外早く20分ほどで帰ってきた。

 歯磨きをしてトイレに行くと、三宅は横のベッドに飛び乗った。

「明日帰るの昼だったよな。それまでどうする? 大阪観光する?」

 うつ伏せで俺のほうへ目線を寄越す。誘ってるのか。

「どこか行きたいところがあるのか?」
「本場のお好み焼き食べたい。あと劇場見に行ってみたい。水族館も行きたいな。ジンベエザメ見たい。串カツも食べたいし、USJも行きたい」

 ずいぶん欲張りな要求に苦笑する。

「一度に全部は無理だろ。今度連れてってやる」

 うっかり口をすべらせてしまったが、三宅は「約束だぞ」とゆっくり瞬きした。瞼が重たそうだ。

「布団入ってもう寝ろ」
「うん」
「こら、そのまま寝るな。布団に入れって」

 寝てしまいそうな三宅の体を転がして掛布団を引き抜き、上からかけてやった。もう開けてるのも辛そうな目で「ありがと」と言うと落ちるように眠りについた。

 衝動的に三宅にキスしていた。我に返ってすぐ飛びのいた。心臓が壊れそうなほどバクバク高鳴っている。三宅は無邪気な寝顔を晒して眠っている。頼む、どうか俺がキスしたことは気付かないでいてくれ。

 これは単なる性欲なのか? 三宅をかわいいと思ったり、触りたくなったり、言動に一喜一憂して心配したり喜んだり、あれを食べたいあそこに行きたいと言えば全部叶えてやりたくなったり、寝顔にキスしたくなったり。

 どうして俺の指先は震えているんだ? どうしてこんなに胸が高鳴って顔が熱くなるんだ?

 ここにきてやっと俺は1つの可能性に気が付いた。

 目から鱗が落ちたような心境。今までの自分のおかしな行動も納得の理由。

 もしかして俺は、三宅のことが好きなのか?

 ただ俺の性の対象に三宅が入りこんだわけじゃなく、好きになったからその対象になったのではないか。

「まじかよ」

 口を押さえて呟く。同じ性別の野郎を好きになったことなんか今まで一度もない。かわいい奴だなとちらっと思うことはあっても、性欲はわかないし恋愛対象にもならない。女の子とは比べようもなかった。これは本当に恋愛感情なのか?

 頭のなかで俺を誘惑するムチムチボディのエロいお姉ちゃんを三宅の横に並べてみる。性欲を突き動かされるが、触りたいと思うのは馬鹿面晒して寝ている三宅のほうだ。これもう重症だろ。

 体から力が抜けていく。自分のベッドにどさっと腰を落とし、最大の溜息をついた。

 三宅は完全に女の子が好きだ。俺みたいに興味や機会があればアブノーマルプレイも積極的に試そうとしたり、相手が男だったとしてもヤリたいと思ったら本能に従うままだという冒険心はない。少女漫画のような恋愛を夢見てる三宅が、男から好意を寄せられて受け入れる確率は限りなくゼロだ。最悪、見た目が中性的な美少年だったなら可能性はわずかにあったかもしれないが、ゴリゴリ男の見た目をしてる俺では無理だ。

 俺が三宅を好きになっても、同じ気持ちが返ってくることはない。好きだと知られたら、三宅のことだから罪悪感とか未知への恐怖で絶対態度がぎこちなくなる。コンビ解消だってあるかもしれない。

 それは困る。嫌だ。

 別に好きになってもらえなくてもいい。コンビでそばにいてくれるだけでいい。俺だって三宅に会うまでは男なんか恋愛対象外だったんだ、諦めることくらい簡単だ。エロいお姉ちゃんと付き合ってこんな感情とっとと忘れてしまえばいい。

 それがいつになるかわからないが、それまで絶対、バレないようにしないといけない。

 実ることのない片思いがこんなに切ないとは。

 ため息をつきながら三宅の寝顔を眺める。やっぱりかわいいし、ちんこがムズムズしてくる。やばいな。

 もう一度抜くか?と考えていたら誰かが部屋をノックした。三宅に起きる気配はない。そっと移動し扉を開けたら瀬戸が立っていた。酒臭い。

「夜明も飲みに来いよ」

 浴衣がはだけで乳首まで見えているがぜんぜんムラムラしない。

「俺はもう寝る。三宅も寝ちゃったしな」
「お前らほんと仲良いよな。うち喧嘩ばっかだから羨ましいわ。さっきも対抗戦の話になったんだけど、三宅はずっと、勝てたのは夜明のネタのおかげだってお前のこと褒めてたもん」

 俺のいないところでもそんなことを言ってくれているのか。いますぐキスしてやりたい。

「ま、気が向いたら来いや」

 おお、と返事をし、扉を閉めた。部屋へ引き返し、寝ている三宅を見下ろす。暑いのか額に汗が滲んでいる。前髪をかきあげ、首までかぶった布団を少しずらしてやった。隙だらけの首筋にしばし目を奪われる。むりやり目線を引きはがし、自分のベッドに寝転がった。

 好きだと自覚した途端、三宅をかわいいと思う度さらに好きになってる気がする。

 三宅を諦められる日なんて、本当にくるんだろうか?



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結成秘話(3/4)

2020.12.02.Wed.


 月がかわり、クラスの移動があった。俺たちはAクラスへ昇格し、選抜クラスにも呼ばれた。三宅は「これもう売れるやつじゃん!」と大興奮だ。俺はネタへのプレッシャーが半端ないんだが。

 かつては自分もネタを書いていたから俺の苦労をわかっている三宅は、差し入れを持って部屋にやってくることが増えた。邪魔しないよう差し入れを渡すとすぐに帰ろうとするのを引き止め、書き上がったネタから読んでもらう。

 三宅はなんでも笑ってくれる。でもネタ見せの授業でたくさんダメ出しをくらって成長したのか、最近は控えめに意見を言うようになった。的を射ている場合もあって意外と役に立つ。しかし基本は「夜明のネタなら大丈夫。だって面白いもん」と無責任にもありがたい信頼を寄せてくれている。

 三宅のお笑いセンスにはそれほど期待はしていないが、お笑いへの姿勢は評価している。以前選抜クラスの講師と雑談する機会があり、なぜ俺たちを選んでくれたのか訊くことができた。

「君たち、入学して最初のネタ見せから毎回エントリーしてたでしょ。夜明は一回解散して1人になったけど、その時もちゃんと出てたしね。2人とも前のコンビのときはうまく噛み合ってない感じだったけど、君たち2人になってからしっくりきてる。夜明のちょっと尖ったネタを三宅がいい緩衝材になって受け止めてる。いいコンビだと思うよ。なにより2人とも真面目。だから選抜に呼んだ」

 言われてみれば、武井と組んでめちゃくちゃな漫才やコントをしていた頃から、三宅はネタ見せは欠かさず出ていた。

「だってせっかく授業料払ってるのに、他のやつらのネタ見てるだけって勿体ないじゃん」

 三宅のこの言葉を聞いて少し見る目がかわった。入学のきっかけはノリだったかもしれないが、いまは真剣に芸人になって売れようとしている。その努力をしている。恥より度胸とやる気がある。いまや姿も見せなくなった豊田と大違いだ。三宅を選んで正解だった。

 今日も養成所の授業が終わると俺にくっついて三宅がやってきた。俺がネタを書いているあいだ、いつもならベッドに寝そべってゲームをしているか大学の課題をやっているのに、今日は横に座ってじっと俺を見ている。しかもにやにや笑って。気が散って仕方ない。

「なんだ、気持ち悪い」
「今日、堀口に言われたんだけど」

 と同じ選抜クラスの奴の名前をあげる。

「お前は得してるよなって。夜明は面白いネタ書くし、顔もカッコいいし、お前は何もしてないのに売れる要素しかないって。いい相方掴まえたなって言われて、確かに夜明ってカッコいいなーって思って見てた」

 こいつはまた。こっちが反応に困ることを平然と言ってのけるんだ。

「なに言ってんだ、おまえだって──」
「おまえだって?」

 三宅が首を傾げる。俺はいま何を言いかけた。おまえだってかわいいじゃないか。そう言おうとしてなかったか。危ない危ない。

「いつも差し入れくれるし、ネタ見せのエントリー用紙に名前書きに行ってくれてるだろ」
「パシリじゃねえか」

 三宅が笑う。咄嗟にごまかしたが、笑う三宅を見て「かわいい顔で笑うな」とむかついてしまう。

 最近俺はおかしい。男なんかまったく興味がないのに、たまに三宅を変な目で見てしまう時がある。俺のネタを見て笑う顔がかわいいとか、失敗した姿がかわいいとか、クラスの連中と馬鹿話で盛り上がってるときに俺の姿を探して笑いかけてくるのがかわいいとか、講師から駄目だしされたのを自分のせいだと感じて謝ってくるのがかわいいとか、ぼけっとテレビ見てるだけでかわいいとか、スマホを操作するときたまに唇尖らせてるのがかわいいとか。

 俺の目が悪いのか? 同じコンビだから贔屓目で見てしまっているのか?

 まあ、三宅は男にしたらかわいい方かな?と思わないでもない。女らしいかわいさではなく、人として? 生き物としてかわいい。庇護欲をそそられるというか。目の届くところに置いておきたいというか。他の誰かのところへ行っても最後は必ず俺のところに戻ってきて欲しいと言うか。

 この感情をどう説明すればいいのかわからない。相方への独占欲なのか、それとは種類の違うものなのか。三宅で抜ける時点でもう答えが出てる気がしないでもないが、俺の好きなタイプはムチムチのエロいお姉ちゃんのまま変わりがない。三宅にその要素はゼロだ。

 なのになんで、触りたくなるんだろうな。

 欲望の塊から目を逸らし、「集中できないから、お前はゲームでもしてろ」と三宅を追い払った。なにも疑わない三宅はベッドへ移動し、ミュートにしてゲームを始めた。俺も煩悩を振り払い、ネタ作りに集中した。

 20分ほどして振り返ると、胸の上にスマホを乗せたまま三宅は眠っていた。子供みたいな寝顔にまた腹が立つ。まったく危機感がなく無防備だ。俺みたいに下心のある奴だったら今頃襲われてるぞ。

 待て待て──「俺みたいに」?

 俺は三宅に下心があるのか? 襲いたいと思ってるのか?

 まじまじと三宅を眺める。見慣れた善良な顔。胸はぺたんこ。股間には俺と同じかわいげのないちんこがついている。それでも俺はこいつをかわいいと思っている。

 胸の奥が重苦しい。心臓をきゅっと掴まれたよう。

「ミヤ」

 呼びかけても返事はない。スウスウと穏やかな寝息だけ。静かに身を乗り出し顔を近づけた。頬にかかる息遣い。鼻の先をこすりあわせてみる。まだ起きない。そっと唇を重ねた。男同士でキスしているのに気持ち悪いとかネガディブな感情は一切浮かんでこなかった。むしろ逆、もっと深くて濃いやつがしたい。三宅のちんこだったら舐められるかも。いや舐めてみたい。

 三宅はセックスのときどんな顔をするだろう。どんな声を出すんだろう。

 痛いくらい勃起した。もう限界だ。トイレに行って三宅をオカズにして抜いた。

 w w w

 三宅へのありえない下心を自覚した俺は、今後の接し方について一時真剣に悩んでみたが、案外平気でいままでと変わりなく接することができた。気の迷いだったのかと思うくらい、三宅のそばにいても意識することがない。

 だがふとした瞬間、三宅をかわいいと思う謎の現象はおさまっていない。この前も右手にパン、左手にお茶を持った三宅が、よほど急いでいたのかなんなのか、同時に口に入れようとしてまごついている現場を見てしまい、「くそかわいいな」と胸が震えた。しかも最悪なことにそれを見た時、俺の顔はだらしなく緩んでいた。こんなキモい顔、誰にも見せられない。

 相方を性の対象として見てしまうのは、俺に彼女がいないせいかもしれない。風俗では埋められない心の隙間を埋めるために合コンに参加して彼女を作った。俺のタイプど真ん中のムチムチした体つきのエロい子だ。

 すぐに体の関係を持った。セックスしてる間は目の前の彼女に夢中になれるが、終わったあと、体をまさぐりながら「あいつにこんな胸はねえな」とか「横にいるのがあいつだったらな」とかぼんやり考えてしまう。

 どうしても俺は三宅とヤリたいらしい。それを認めたからと言ってできるわけじゃない。それにヤリたいだけなら三宅でなくてもいい。大学の友達を誘ってゲイバーへ行ってみた。マッチョな友達はゲイバーではモテモテだった。気をよくして帰り道には「男もありかも」なんて言っていたが、俺はその逆で「やっぱ男は無理」だった。どうしてあえて、自分と同じ性別の体を抱かなくてはならないのか。俺が抱かれる側であったとしても無理だ。女の体のほうがムラムラする。

 じゃあ俺が三宅に抱く性欲はなんだ。やはり気の迷いだったのだろうか。2人きりの密な時間を過ごしてきたせいで、頭が誤作動を起こしたのかもしれない。

 一度リセットするために、ちょっと集中したいから、と三宅の訪問を断った。会うのは養成所の授業がある日とネタ合わせのときだけ。部屋で2人きりにはならず、外で会い、かわいいと思わなくていいように三宅の顔をあまり見ないようにした。

「夜明、なんか俺のこと避けてない?」

 意図的に距離を取って数日後、あまり視界に入れないように公園のベンチで横並びに座ってネタの打ち合わせをしていたら不意に三宅が言った。思わずはっと顔を見てしまった。久し振りに間近で見た三宅は不安そうな顔で、かわいいと思うと同時に罪悪感が湧きあがった。

「避けてねえよ」
「でもなんか……最近距離感じる」

 と言って目を伏せる。うざったい。なんだこのやり取り。完全に恋人がやるやつじゃないか。むかつくからキスしてやろうか。

「そろそろ東西対抗戦だろ、それ用のネタに集中してただけだ。悪い」
「ならいいけど」

 まだ納得しきれてない顔で呟く。やっぱりかわいいな。うっかりすると言葉に出してしまいそうになる。三宅のどこがかわいいんだ。こんな平凡な顔、大学にもゴロゴロいる。言動のかわいさなら正真正銘女の子のほうがかわいい。男受けを狙ったあざとい子も俺は好きだ。もしかして三宅ってあざといのか? たまに天然ぽいボケをするのも実は養殖?

「……なに? さっきから人の顔じっと見て」

 三宅に言われて凝視していたことに気付いた。

「俺に避けられてると思って寂しかったのか?」

 ごまかすためにからかった。否定してくると思っていたのに「ちょっとだけ」と三宅はほんのり顔を赤くして頷いた。肋骨破って心臓が飛び出そうになった。外じゃなければ押し倒してた。なんでこいつ、こんなにかわいいんだ。天然でも養殖でも、このあざとさは周りに迷惑だ。三宅はいつもこんな風に誰彼構わず人をたらしこんでいるのか? とんだ尻軽だ。

「コンビだからって四六時中一緒にいるわけじゃないんだ。ガキみたいなこと言うな」

 クシャクシャと三宅の髪の毛を搔き乱す。柔らかい毛してんじゃねえよ。

「よく下積み時代に貧乏だからコンビで一緒に暮らしてる芸人いるじゃん。俺、ちょっとああいうの憧れる」
「俺と一緒に住みたいってことか?」
「うん、楽しそう」

 人の気も知らないで屈託なく笑う。鼻の奥でかすかに血の匂い。鼻血なんか出したらカッコ悪すぎる。

「俺はやだよ。ミヤと一緒に暮らしたら部屋が汚れる」
「お前が神経質すぎんだよ」

 って笑いながら俺にもたれかかってくるな。三宅と一緒に生活したら、あんな姿やこんな姿を目の当たりにして俺の理性がもたない。俺を犯罪者にしたいのかこいつは。

「いまのは? もしほんとに俺たちが同居したらってコント。俺のだらしなさに夜明がキレんの」
「だらしないって認めてんじゃねえか。まあ一応考えてみる」
「やったね。ネタ作りって難しいけど楽しいよな。いつもありがとな、夜明」
「今度飯奢ってくれりゃいいよ」

 三宅がえへへ、と気持ち悪く笑う。

「なんだ」
「こうやって夜明と喋るの、なんか久し振りな気がして」

 またそうやってくそかわいいことを、くそかわいい顔で言うんだこいつは。俺はこみあげてくるものを飲みこむことに必死だっていうのに。もし、飲みこめなくなった日がきたら、俺は三宅に何を言ってしまうんだろうか。



結成秘話(2/4)

2020.12.01.Tue.
<1>

 後期のクラス替えで俺と三宅はBクラスになった。成績の良い奴からAクラス、Bクラス、Cクラスと割り振られていくので、正直Bクラスになったことに不満があった。

「ウケて絶対Aクラス行こうぜ」

 前向きな三宅の言葉に気持ちを切り替えてネタを作る毎日。三宅も武井と組んでいたときの名残りでネタを作ってくれるがどれもつまらない。なのでもう作らなくていいと止めた。俺は慎重に言葉を選んで勇気を出して伝えたのだが、三宅は「ほんとに作んなくていいの?」と俺一人に書かせることに罪悪感があるようで、自分のネタを否定されたことはまったく気にしていないようだった。むしろ肩の荷が下りたような顔をしていた。

 俺が作ったネタを見ながら三宅はよく笑った。否定から入る豊田とは大違いだ。相方が自分のネタを受け入れてくれることが、こんなに心強いことだとは知らなかった。

 ネタ合わせも三宅は積極的に時間を作った。俺の言うことを素直に聞き入れた。俺の意図を読み取ることも早かった。サボり癖があり、構成を変えようとする豊田だとこうはいかない。

 三宅とは馬が合った。話しだすと何時間でも喋っていられたし、お互いどちらかがそんな気分でないときは数時間黙って同じ空間にいてもぜんぜん苦にならなかった。空気と同等に扱いながら、そこにある存在に妙に安心した。コンビを組み出して三ヶ月ほどだが、昔からの知り合いのような気安さがある。

 それは三宅も同じ感覚でいてくれていると思いたい。三宅の図々しい一歩手前の遠慮のなさとか人懐っこい性格のせいで誰に対しても同じに見えるが、俺にだけは違うと自惚れでもなく思う。俺と対するときは身内に向けるのと同じ気楽さで気負いがないように感じる。俺もそうだからだ。

 今日もネタ合わせのために俺の部屋に来た三宅は、手洗いうがいをしたあとコンビニで買ってきた商品を断りなく冷蔵庫にしまい、勝手にテレビをつけて床に寝転がった。自宅のように寛いでいる。

「ミヤ、これ」

 プリントアウトした漫才台本を三宅に渡した。寝転がったまま目を通し、時折声を出して笑う。三宅の笑い声が好きだ。いつも自信をもらえる。

「やっぱ夜明のネタって面白いな」

 と起き上がってテレビを消した。俺の書いたネタはテレビに勝てたらしい。三宅は無意識のうちに褒めて伸ばすを実践する奴だ。こんなにいい奴なのに、俺の口車に乗ってピン芸人になると解散した武井は本当に馬鹿だと思う。

「夜明と解散して、豊田ってほんともったいないことしたよな」

 悪戯っぽく三宅が笑った。俺と似たようなことを考えていたらしい。

「俺にとってはありがたいけど。売れる未来しか見えねえもん」
「んなわけねえだろ。ほらネタ合わせするぞ」

 台本を見ながらネタ合わせ。この三ヶ月で修正してきたのもあるが、三宅は俺が指示しなくても俺の欲しい間でツッコミを入れる。豊田みたいに自分が目立とうともせず、「ツッコミ」の役割に徹したツッコミだ。力まずに、自然体で驚いてみせたり怒ってみせることがうまい。武井と組んでいるときの三宅の評価はぶっちゃけ悪かったはずだが、俺と組みだしてから「三宅、おまえうまいじゃないか」と講師も同期たちも驚いて見る目を変えた。

 武井は俺の言葉を信じたままピンで頑張っている。ネタにもなっていないめちゃくちゃなネタが一周まわってウケ始めてきたから、三宅を横取りしたと恨まれることもない。すべて順調に進んでいると思っていた。

 ネタ合わせも終わり、腹が減ったので食事のため外へ出た。昼間はまだ暑いときもあるが、夜になると急に冷え込んで寒い季節。ポケットに手を入れて夜の道を歩く。

「あのさ」

 ぽつりと三宅が言った。

「ん?」
「芽衣子ってどう思う?」

 芽衣子は養成所で同じクラスの女の子。大阪から友達と上京してきた子で関西弁のテンポのいい漫才をやるコンビのボケ担当。

「面白いと思うけど」
「じゃなくて、女として」
「は?」

 内心うんざりした。養成所は圧倒的に男が多い。男女比は9対1ほど。芸人根性で女を捨ててる奴もいれば、男漁りに来てるのかと思いたくなるような奴もいる。見た目のいい芽衣子は割りととっかえひっかえ男を変える印象の女だ。

 くっついたり離れたり好きにしてくれて構わないが、同期とは言えライバル関係になる奴らと恋愛しようなんて俺は思わない。

 まさか三宅の口からその手の話を聞かされるとは思わなかった。三宅も顔は悪いほうじゃない。童顔で性格も優しいから女の子たちからいじられることもある。警戒心を抱かせない。恋愛対象として見られていない。

「まさか芽衣子が好きなのか?」
「わかんない」
「なんだそれ」
「日曜に遊びに行こうって誘われた」

 瞬間的にイラッとした。何にイラついたのか。恋愛にうつつを抜かす三宅に? 三宅をそそのかす芽衣子に? 他人のことなんかほっときゃいい。俺がイラついたって仕方ない。

「良かったな。彼女欲しいって言ってたもんな」
「そういえば夜明、最近彼女とどうなんだよ」
「別れたよ、とっくの昔に」

 大学の子と少し前まで付き合っていた。養成所の授業や三宅とのネタ合わせを優先していたら振られた。前からあまり長続きしないほうだったが、養成所に通い出してから二ヶ月以上続いたことがない。マメに連絡できないし、喧嘩して泣かれても面倒だし、いまは風俗で事足りている。

「養成所のなかで同期と付き合うのってどう思う? 別れたときとか、気まずいよな」
「告白もされてねえのに、もう付き合う気かよ」
「いや、もし、万が一のときの話」

 顔を赤くする三宅を横目に見る。三宅が芽衣子と付き合うのは嫌だな、と思う。学校のなかで芽衣子とイチャついて俺との時間が疎かになるのは困るし、ネタ合わせしたくても芽衣子とのデートを優先されたらめちゃくちゃ腹が立ちそうだ。

「芽衣子とコンビ組みたいなら、いつでも解散するぞ」
「えっ、なんでそういう話になるんだよ」

 不安な顔をする三宅に溜飲をさげる。

「冗談だよ」
「冗談に聞こえねえよ」

 ほっとして前に向き直った三宅を盗み見る。今のは完全に八つ当たりだったな。

 ラーメンを食べて部屋に戻った。1人でやってても集中できないから、という理由で三宅は家に帰らず俺の部屋で大学の課題を始めた。俺は漫才台本の見直し。テレビもついていないから静かだ。

 三宅はさっきから何度もあくびをしている。満腹で眠たいのだろう。

「そろそろ帰れよ」
「うん」

 頷きはするが腰をあげない。

「ちょっと寝ていい?」

 言うと俺の返事を待たずにベッドに潜り込んだ。外出着のまま布団に入られたくなかったが、さっさと掛布団に包まって目を閉じたので言うタイミングを逃した。

「起きたらちゃんと帰れよ」

 呻き声のような返事がかえってくる。三分も待たずに、三宅は寝息を立て始めた。起こさないようそっと立ちあがりコーヒーを入れた。ネタ帳を見返しながら台本に修正を入れていく。

 一時間ほど作業して三宅を振り返った。顔をこちらに向けて熟睡中だ。終電のことを考えたらそろそろ起こしてやったほうがいいだろう。

「ミヤ、起きろ」

 肩を揺さぶる。「んん」と呻くだけで起きる気配がない。

「電車なくなるぞ」
「うん……」

 顔を顰めて目をこする。うっすら目を開けたと思ったら「今日泊まっていい?」と寝起きの声で言う。一瞬言葉に詰まった。

「布団がねえよ」
「一緒に寝ようぜ」

 寝惚けているのか、三宅はふにゃりと柔らかく笑うと掛け布団を持ち上げた。端に寄って、空いたスペースをポンポンと叩く。

 こんな狭いベッドで男二人で寝るなんて、普段の俺なら絶対断ってる。しかも風呂にも入らず寝るだなんて、横でいるのがかわいい女の子だとしてもありえないことだ。だが今日はなぜか、体が動いた。三宅の横に体を滑り込ませながら、疲れたから仮眠を取るだけだ、少し寝てから風呂に入って歯を磨けばいい、と誰に対してだか言い訳をしている。

「おやすみ」

 またふにゃっと笑って三宅は目を閉じた。無防備だ、と咄嗟に思った。三宅が無防備なのは今に始まったことじゃないし、相方の俺に無防備であってもなんら問題ない。なのに妙に危機感を持った。なんだかソワソワする。手の置き場に困る。息のかかる距離に三宅の顔がある。見慣れた三宅の顔。寝顔なんて何度も見てきたのになぜかまじまじ見てしまう。

 寝返りを打って三宅が腕と足を乗せてきた。さらに体が密着する。三宅の匂いがすぐそこにある。体温があがる感覚。

 横を向いて三宅の体を抱きかかえた。意外にも腕のなかにすっぽり収まった。甘えるように三宅が抱きついてくる。俺の胸に顔を擦りつけてスウスウと寝息を立てている。ぎゅっと抱きしめてみた。子供みたいに温かい体が心地よくて、いつしか俺も眠っていた。

w w w

 朝になってアラームの音で目が覚めた。三宅は俺にくっついたまま眠っている。その頬を指でつつく。鼻をなぞり、柔らかな唇に触れた。この口でいままでなにをしてきた? 何人の女とキスしてそれ以上のことをしてきたんだ?

 そっと布団を抜け出して風呂に入った。そこで一回抜いた。風呂から出ても三宅はまだのんきに寝ている。その寝顔を見ながら「こいつで余裕で抜けるな」と思った。相当溜まっている。そろそろ風俗に行って発散しないと、三宅相手に変な気を起こしてしまいそうだ。

「おい、ミヤ、いい加減起きろ」
「うえ?」

 寝惚け眼が俺を見上げる。「おっはー」と気の抜けた顔で笑う。三宅がかわいく見えるだと? 頭でも打ったか俺。怒りに似た熱いものがこみあげてきたがむりやり腹の底へ仕舞う。

 俺に叩き起こされた三宅は朝の支度を済ませると、昨日冷蔵庫に入れていたサンドイッチを食べて「またな」と帰って行った。なにあいつ。最初から泊まる気だったのか? これ案外イケるのか? おい待て。イケるってなんだ。

 今夜すぐにでも風俗へ行ったほうがよさそうだ。

 w w w

 週末に芽衣子と遊びに行った三宅から帰宅した夜に愚痴の電話がかかってきた。2人きりだと思っていたのに他に男女数人がいて、男たちは単なる財布要員だったらしい。

『楽しかったからいいけど!』

 と強がって言う。俺はその結果に安堵した。養成所に通えるのも残り数か月、時間を無駄にしたくない。

「風俗行って慰めてもらえ」
『やだよ! おまえと一緒にすんな。俺風俗ってなんか無理なんだよな。いきなり知らない人とそういうことできるもんなの?』
「知らない人だから即しゃぶってもらえるんだろ」
『見ず知らずの女の子にちんこ出せねえわ』

 三宅がそんなことを言うからうっかり想像してしまった。腹の奥がズクンと重くなる。「じゃあ俺にだったらちんこ出せるのか?」危うく訊いてしまいそうだった。絶対妙な空気になるやつだ。

 適当に心にもない慰めの言葉をかけて電話を切った。



結成秘話(1/4)

2020.11.30.Mon.
<「コンビ愛」→「相方自慢」>

※エロなし、養成所時代

 お笑い養成所の授業でもっとも重要なのが、ネタ見せの授業だ。

 俺たちの直前にネタ見せをしたコンビが可哀そうなくらいダダ滑りした。いや、滑ってもいないかもしれない。ボケとツッコミが明瞭じゃなくてただ世間話を聞かされているだけのような漫才。ツッコミの奴の声がいいから聞いてられるだけで、はっきり言って時間の無駄。

 講師にそれを指摘されたあと2人は捌けて行った。ボケのほうはなぜか自信満々の足取りで、ツッコミの方は肩を落として足取りも重い。ちゃんと状況が理解できているのはツッコミの奴だけらしい。名前は確か、三宅。

 授業が終わり、教室を出る。さっきのネタ見せの反省会のために相方の豊田を喫茶店に誘った。豊田は同じクラスの連中とこのあと遊びにいく話をしていたが、渋々やってきて「ウケたからいいじゃん」と不満そうに口を尖らせた。

 確かにウケはしたけど、それは俺たちの前にやった奴らが酷すぎてマシに見えてただけだ。先生からも形にはなってるがインパクトもないと言われたじゃないか。

「あ、そーだ、夜明、俺ボケ辞めたいかも」
「は?」

 豊田のいきなりの発言に面食らう。

「お前がボケやりたいって言ったんだろ」
「なんかさ、笑わせてるって感じじゃなくて笑われてるって感じがしてやなんだよ。ツッコミのほうがカッコよく見える。ていうか、わざとそういうネタ書いてない? もっと俺のキャラ際立たせて欲しいんだよなあ。自分でネタ書いてるからって自分ばっかおいしいとこ取りするのってずるくない?」

 馬鹿な主張に言い返す気力も湧かない。養成所に入って早々に「俺とコンビ組もう」と誘ってきたのは豊田のほうだ。豊田は学校では笑いを取れた人気者だったかもしれないが、話を聞いてみれば他人をイジるお笑い芸人の真似で笑いを取っていただけで、自分ではボケられずネタも書けない。

 自分が笑われることが許せない無駄に高いプライドは、この仕事には邪魔でしかない。ハズレの奴に掴まったとすぐ後悔した。とりあえず自分のプレゼンのためにコンビを続けてきたがそろそろ限界かもしれない。これ以上時間を無駄にはできない。

「じゃあお前がツッコミでネタ書けよ。それが出来ないなら解散な」
「俺書けないの知ってるじゃんかよ。お前のそういうとこほんとずりーわ」
「書けねえくせに文句言うほうがよっぽどずりーだろ」

 豊田の顔つきが変わった。「じゃあもう解散でいいよ!」と近くに置いてあった備品を足蹴にして去って行った。合流した先のクラスの奴らに愚痴っているのが聞こえてくる。「ケチ」だの「ズルイ」だの、ガキみたいな単語を聞き流してため息をついた。

 養成所を出て一人で近くの喫茶店に入った。そこにさっきダダ滑りした可哀そうな2人を見つけた。

「たけちゃんも一緒に考えてくれよ。俺一人じゃネタ書くの厳しいよ」

 と頭を抱えているのが三宅。

「だってさ、あらかじめ作られた笑いってやってる俺たちがつまんなくない? ああいうのって即興のべしゃりで笑わせるのがプロって感じするっしょ」

 楽観的を通りこして馬鹿なのが武井。2人は養成所に入ってきたときにはすでにコンビを組んでいた。自己紹介の時に高校が一緒の友達だと言っていた気がする。仲が良くて気が合うから一緒に芸人になろうとしたはずなのに、この2人もうまくいっていないようだ。

「俺たちはまだプロじゃないってば」

 三宅は疲れたように項垂れた。

「そもそも漫才が合わないな、俺には。コントしよう! 即興コント! リズムネタとかも入れたいな。子供ウケ良さそうだし」

 三宅は律儀に武井の思いつきをノートにメモしている。何でも言いなりで甘やかすから、この馬鹿はなにも学ばないんだ。

「あ、俺バイトの時間だから行くな! 大まかなコントの設定考えといてくれよ。あと時間あったらリズムネタも何個か」
「たけちゃんも考えろよ」
「考えとくって!」

 結局全部を三宅に押しつけて武井は店を出て行った。その直後に、三宅は特大の溜息をついた。こいつも相方で苦労しているらしい。席を立ち、さっきまで武井がいた席に座った。三宅が顔をあげ、俺だとわかると「なんだ、夜明か」と気の抜けた顔で言った。

「武井の馬鹿、あれ絶対何もネタ考えてこねえぞ」
「うーん、だろうな」

 と苦笑する。

「お前も相方に苦労してるな。なんであいつと組んだんだ?」
「高校が一緒で、2人ともお笑い好きだったから。なんかノリで行っちゃう?みたいになって。まさか俺が全部ネタ書かされるとは思わなかった。夜明のとこもうまくいってないの? さっきのネタ見せ、めっちゃウケてたのに」
「さっき解散した」
「えっ! なんで!」

 とびっくりした顔をする。演技でもなくこいつは素で表情が豊かだ。さっきからいろんな表情を見せている。

「自分はネタ書かねえくせにああしろこうしろってうるさいからな。ボケがいいっていうからやらせたら、ツッコミのほうがかっこいいからツッコミやりたいとか言い出すし」
「ぶはっ、ツッコミがかっこよく見えるのは夜明だからだろ。豊田がやってもかっこよくなんないって」

 唖然とする俺の前で三宅は平然と言い放った。俺は自分の顔がそこそこ良い自覚があった。こんなことで謙遜したって仕方がない。学生時代はモテたし、大学でも養成所でも女の子から誘われることは多い。男からは顔がいいと得だと嫌味混じりに言われることはあっても、三宅みたいに少しの悪意も嫉妬もなく褒めてくれることは珍しい。

「俺のことかっこいいって思ってくれんの」
「うん、みんな思ってるだろ。夜明はオーラ違うもん。すでに芸人って感じする。ネタも夜明が書いてんだろ。ちゃんと形になってる。俺のネタとは大違い。目の付け所も他と違うし、ワードチョイスもセンスあるし、本当に面白い奴って夜明みたいな奴のことなんだろうなって実感したもん。かっこいいよ」
「べた褒め。ありがとう。照れるわ」

 頬杖をついて顔の火照りを隠した。見た目のことを言われていると思っていた自惚れも恥ずかしかったが、芸人としてお笑いを褒められたことがなにより嬉しかったし、こんなに混じりけなしにまっ正面から褒められて単純に照れ臭かった。三宅はプラスの感情を言葉にして相手に伝えることに躊躇がない。

 きっと性格がいいんだろう。だから三宅は同期の連中によくいじられている。構わずにいられないタイプだ。素直で人の言うことも全部飲みこむ。俺とは正反対。相方にはうってつけかもしれない。

「なあ、三宅」
「うん?」
「武井と解散して俺とコンビ組まない?」
「ええっ!!」

 店中に聞こえる大声。俺は苦笑しながら自分の口に人差し指を立てた。三宅が口を塞ぐ。テーブルに身を乗り出したら、三宅も同じように体を前に傾けた。きっと無意識のミラーリング。心配になるほど他人にたいして心を開きすぎだ。

「俺がボケ、お前がツッコミ。ネタは俺が書く。俺とコンビ組もう」

 囁くように言うと、口を塞いだまま三宅は首を横に振った。予想はしていたが、振られたショックは少なからずある。

「だって俺……武井がいるし……養成所に誘ったの俺だし……解散とか無理だよ」
「武井と組んでても一生売れないぞ」

 三宅は目を伏せた。薄々自分でも感じていたのだろう。

「今すぐじゃなくていい。武井とは無理だって三宅が思ったら、その時は俺に声かけてくれ」
「そんなのいつになるかわかんないのに」
「俺もまた相方探すから、お互いのタイミングが合えばってことで」

 何度か目を瞬かせたあと、三宅はコクンと頷いた。タイミングの合う日は案外早く来る気がする。

 w w w

 俺と豊田がコンビ解消したことはクラス全員が知っているようだった。ピンでやってた奴からコンビを組もうと言ってきたが断った。トリオでやろうと誘ってきたコンビもいたが同じく断った。やりたいネタの方向性が違うし、コント一本でやっていくつもりもない。それにもう少し三宅を待ちたかった。

 一週間ぶりにネタ見せの授業で三宅たちの姿を見た。三宅はあのあと即興コントの設定を考え、リズムネタも作ってきたらしいが、ただふざけているだけにしか見えないなんとも見苦しいものだった。当然講師の顔つきも悪く、お前らにはまだそんな技術はないのだからまずは基本からと厳し目に言われて三宅は肩を落としていた。

 三宅の声も動きも表情も悪くはない。ネタ次第では見られるものになる。はずだ。

 授業が終わってすぐ、三宅はちゃんとネタ合わせしようと武井に食い下がっていたが、「このあとバイトだから!」と振り切られていた。こいつは何をしに養成所へ来たんだと不思議で仕方ない。解散したあと同期の奴らと遊びまわっている俺の元相方の豊田も最近は授業をサボり気味だ。

 エレベーターを待ちながらスマホをいじっている武井の横に並んだ。

「武井はさ」
「えっ」

 いきなり話しかけられて驚いたように俺を見る。

「武井はコンビより、ピン芸人のほうが向いてるんじゃないか。そっちのほうがお前の個性が活きると思う」
「そ、そうかな? でも俺ネタ書けないんだよ」
「今日のコントよかった。1人で自由にやるほうが伸び伸びやれていいんじゃないか。三宅は良くも悪くも型に囚われてて、お前みたいな破天荒さとか自由さがないだろ。絶対お前はピン芸人向きだって」
「まじでそう思う? 夜明に言われたらめっちゃその気になっちゃうんだけど」

 戸惑いながらも武井の頬が緩み始めるのを見た。単純な男で助かる。

「お前は唯一無二の芸人になれると思う」
「ちょっと考えてみるわ」

 エレベーターに乗りこむ武井を見送った。一週間後。

「夜明ってまだ相方決まってない?」

 三宅から声をかけてきた。



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