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続続続・嫁に来ないか(5/5)

2020.11.29.Sun.


 一時間半に及ぶ謝罪、引退会見。記者全員の眼は刃のように鋭く、投げかけられる問いはどれも俺を疑ってかかり、口調も言葉選びも攻撃的だった。

 神戸アリサとの熱愛がまずデタラメであることから説明し、小東の件は本当にただの偶然で、ネットで騒がれてる大麻使用の噂は事実無根だと何度も否定した。峰岸が小東に頼まれたことは、峰岸のために伏せるように事務所から言われている。だからそんな偶然があるのかと問われても「ありました」としか答えられない。

 1つの質問、1つの言葉によって身体が貫かれるような思いを味わった。ここにいる全員が敵にしか見えなかった。俺の揚げ足をとることに熱心で、俺がボロを出すのを虎視眈々と待っている。どうでもいい言葉尻をとらえて何度もネチネチ質問攻め。精神が疲弊していく。終わる頃にはズタボロの精神状態だった。

 乗り切れたのは、皮肉にも謝罪会見が初めてではなかったこと。この世界で15年近くやってきたおかげだった。全部無意味だと思っていたが、最後の最後で役に立った。

 控え室に戻り、マネージャーにも最後の挨拶をした。契約終了の手続きはすでに済ませてある。細々した諸々の処理はまだ残っているがそれは後日だ。

 しかめっ面の番場さんと、今日一日ずっと失望顔だった社長にも、再度謝罪と感謝を伝え頭を下げた。ホテルの裏手からタクシーに乗った。見送りはマネージャー1人。あっさりしたものだ。

 タクシーのなかでネクタイを緩めほっと息を吐き出す。今日から正真正銘俺一人。事務所の後ろ盾も俺を支えてくれるマネージャーももういない。

 不安はもちろんあるが、思っていたほど怖くない。意外と心は軽かった。緊張と緩和で麻痺しているだけかもしれない。

 芸能界のしがらみと極度の緊張状態から解放された俺は大胆になっていた。スマホを出して中田さんの居場所を確認した。自宅から動かないアイコン。このままタクシーを飛ばして会いに行ってやろうか。驚くだろうか。それとも俺を追い返すだろうか。どっちだっていいや。中田さんに電話をかけた。数コールで呼び出し音が途切れた。

『はい』

 久しぶりに聞いた優しい声。軽口のひとつでも言ってやろうと思っていたのに、急に胸がつかえて言葉が出て来ない。

『大澤さん? どうしました?』
「──別に。ていうか見た? テレビ」
『テレビは見てないです』

 大きくなっていた気持ちが萎む。

「あんたの好きな謝罪会見したのに」
『謝罪会見が好きなわけじゃないですよ。僕が好きなのは大澤さんです』

 まだ俺を好きだと言ってくれるのか。萎みかけた気持ちが少し復活する。

『大澤さん、大丈夫ですか? 声がいつもと違います。泣いてるんですか?』
「泣いてないよ」
『でも声が震えてる』

 ぐ、を息を飲みこんだ。よくわからない震えがずっと続いている。

『心配です。いまどこにいるんですか? ちゃんと会って顔が見たい』

 俺がどこへ行こうが誰と会おうが、自宅から動かず仕事優先してきたくせによく言うよ。

「今からそっち行ってもいいけど」
『その必要はないです。近くまで来てますから』
「えっ?」

 思わず窓の外に姿を探した。

「どこ?」
『ホテルの近くのコーヒーショップです』

 まさに今コーヒーショップの前をタクシーが通過した。

「そっちに行くから店の前で待ってて」

 車を止めてもらい、少し先の横断歩道を渡って道を戻った。店の前では中田さんらしき人物が佇んでいる。俺がホテルのほうから来ると思っているらしく、ホテルのほうに顔を向けている。背後からそっと近づいて呼びかけた。中田さんが驚いたように振り返る。久し振りに見た中田さんの顔。労わるような優しい笑みが浮かぶ。それを見たら胸から何かがこみあげてきた。

「あんたってほんと、神出鬼没だよな。さっきアプリ見たけど家で仕事してただろ」
「好きな人のためなら魔法が使えるんですよ」

 俺はいま相当弱ってるらしい。いつもなら鼻で笑い飛ばすような言葉に涙腺を刺激されて目の表面が熱くなった。

「知ってるかもしれないけど、俺無職になったんだよね」
「残念でしたね」

 ついうっかり気を許してしまう優しい声色。会わなくなったあいだ、俺を甘やかすこの声に飢えていたことに気付く。

「別にもう未練はないよ。明日からどうしようかなってのはあるけど。そうだ、あんたのとこで雇ってもらおうかな。農家の手伝いなら仕事で何回かやってるし」
「僕なんかと2人きりになりたくないんじゃないですか?」
「根に持つなあ。まだ拗ねてんの」

 手放しで喜んで受け入れてくれると思っていたのに予想とは違う反応に少し怖気づく。

「また僕が勝手にやったことだなんて言われたら困りますからね」
「あんたほんとい意地が悪いな」
「僕も反省してるんです。永遠に手の届かない場所にいる人だと思っていたのに、目の前で動いて喋っている姿を見たら自制がきかなくなりました。どうしても手に入れたくて最悪な手段を取りました。それは本当に申し訳なく思ってます」

 中田さんの目元に暗い影が落ちる。

 最初はもちろん怖かったし殺してやりたいくらい憎かった。でもそれを上回る快感があった。回数重ねて俺も慣れた。ムカつく相手だけど、溢れるほど無償に愛を注がれ続け、甲斐甲斐しく世話をされていたら情が湧いた。憎からず思っている。俺から離れて欲しくないと思うほどには。

「だから動画も画像も消しました。大澤さんを縛りつけるものはもうありません。僕にはもう何もないんですよ。大澤さんがどういうつもりでそんなことを言うのか、ちゃんと教えて欲しいんです」

 何を? 好きだと言って欲しいのか? 口をむずむず動かしてみるが、そんな言葉は恥ずかしくて言えそうにない。それを察したように中田さんはふっと微笑んだ。

「言葉にするのが難しいなら、そうですね……じゃあここで僕にキスしてください」
「はっ?! 本気かよ?」

 中田さんの周りの景色が蘇る。人の往来は少ないが店の前、そんなことをしたら嫌でも人の目を引く。

「これ以上ない証明でしょ」

 やっぱこの人むかつく。俺ができないことをわざとやらせて、俺の本気度を確かめたいんだ。謝罪会見のあと公衆の面前で男とキスなんかしてみろ。明日からしばらくこのネタでワイドショーも世間も俺を叩きまくるにきまってる。仕事どころか家から一歩も外に出られないじゃないか。

 はたと、明日からの仕事の心配をしている自分に気付いて唖然とした。ついさっき引退を発表したのに仕事に影響もなにもない。俺はもう芸能人じゃない。今日この瞬間から過去の人なのに。

 長年の足枷はまだ俺を無意識に縛りつけていたらしい。それに囚われなくていいと気付いたら、キスくらいなんでもないことに思えてきた。ただの開き直りだ。やけっぱちとも言うかもしれない。怖いものなんか何もない。

 大股で中田さんに近づいて目の前に立つ。俺より少し上背のある顔を見上げた。待つだけの中田さんは憎たらしいくらい余裕の笑み。出会いは最悪でも、今の俺にはこの人しかいない。

 踵をあげて、中田さんにキスした。

 ◇ ◇ ◇

「大澤さん、ご飯出来ましたよ」

 中田さんに呼ばれ、カメラを掴んで居間へ移動した。食卓にはザ・朝食というメニューが並んでいる。それを写真に撮ってネットにあげてから「いただきます」をした。

 中田さんの家に同居させてもらって早三ヶ月。前に住んでた部屋は無職になった俺には家賃が高すぎて解約した。じゃあ一緒に暮らしましょうと中田さんに誘われてここに転がりこんだ。

 芸能界を引退した俺はいま中田さんのもとで農家修行中。それと並行してYouTubenデビューし、初心者目線で農家の毎日の作業や収穫された野菜の紹介、それを使った料理、新鮮な野菜の見分け方なんかを色々紹介している。登録者数はありがちことに100万人を突破した。それもこれもマスコミと、少なからずついてくれていた俺のファンの人たちのおかげだ。

 謝罪会見のあと、コーヒーショップの前で中田さんとキスしたところを通行人に撮られていたらしい。それが会見直後ネットで出回り、翌日にはテレビでも取り上げられるようになった。謝罪会見の内容より、そのあとの行動のほうが注目され、面白おかしく報道された。

 ネットではすぐさま俺のキスの相手が「アイドルの手も借りたい!」に依頼してきた素人の農家だと判明し、それ以来の付き合いじゃないかと推理されていた。しかも俺のファンを名乗る人たちが、俺のロケの隠し撮りを見返したら野次馬のなかに中田さんらしき人物を見つけ、もしやと思って他も探すと数枚見つかりその画像をネットにアップした。

 それを見た他の人たちも、自分が撮影したなかに中田さんらしき男を見つけ、次々画像がネットにあげられて「中田さんを探せ!」とちょっとした祭り状態になった。

 出るわ出るわ、中田さんのストーカーの証拠。自然と俺と神戸アリサの噂も否定される結果となった。

 祭り騒ぎの噂を知って俺も見てみたが、中田さんに監視されているような疑心暗鬼に囚われていた初期の頃のものから、神戸アリサが原因で喧嘩別れしていた最近のものまであってそのマメさには呆れるやら笑えるやら。

 喧嘩しているあいだ、俺が見ていた限りでは中田さんの居場所はずっと自宅周辺だった。謝罪会見当日も畑にいたはずなのにいつの間にかホテルのそばにいた。それを不思議に思って尋ねたら機種変更して、アプリの入っているスマホも持ち続けていたと、簡単なからくりだった。

「わざわざなんで?」
「喧嘩してるのに心配で様子を見に行ってるなんてバレたらかっこ悪いじゃないですか」

 というわけらしい。そうやって自分の居場所を誤魔化して俺を不安にさせていたなんて、この人は本当にずるい。

 朝食のあと片づけをし、少し休憩したあとまた作業へ戻る。

「カメラ回していい?」
「いいですよ」

 俺も中田さんも顔出しで動画を撮る。作業が終わった夜にその編集作業をする。見てくれるのは俺のファンだった人や、農業に興味のある人、元芸能人がホモになって農家になった姿を見てみたい野次馬、単純に物珍しいものを見たい人、いろんな目的で見てくれる。

 コメント欄には俺たちのことを応援してくれる好意的なものが多いが、とうぜんながら悪意しか感じられないものもある。それは無視するし気にしないようにしている。どうせ俺に関わりのない、俺のことを知らない奴が好き勝手に書いたものだ。気にするだけ無駄だ。

 作業小屋での仕事が終わると、収穫した野菜を卸業者へ持って行き、個別契約の店には出荷手続きを済ませ、今日の作業はあらかた終わった。

 日が暮れ家に戻って夕飯の準備。今日はリクエストが多かった中田さんの料理風景の動画を撮る。俺は料理のことはさっぱりわからないので、中田さんが簡単そうに進めて行く料理工程ひとつひとつに質問を挟む。それが動画を見てくれる人にとってわかりやすくていいらしい。いま作っているのは俺がリクエストしたきんぴら。

「ひとくち」

 あ、と口をあけたら中田さんがそこにきんぴらを入れてくれる。うまい。

「いま思ったら、最初から中田さんに胃袋掴まれてた気がする」
「あの夜も出しましたね、そういえば」
「あ、だめだめ、その話題NG」
「自分が言い出したくせに」

 中田さんが笑う。

 必要のない会話はカットしたり音声を消してアップしていたのだが、視聴者から「2人の会話も聞きたい」と熱望され、こんなくだらない会話も動画の邪魔にならない程度に残して編集している。

 見てくれる人にとったらほのぼのとして癒されるらしい。いまの会話の実体を知ったらそんなこと言ってられなくなるだろうけど。

「今もまだ信じられないですよ、こうして大澤さんと一緒にいるなんて」
「俺だって信じられないよ」
「もっと長期戦を覚悟してましたから」
「執念深いよね。怖いわ」
「怖いですよ僕は。だから絶対浮気なんてしないほうがいいですよ」
「してないじゃん」

 料理の手を止め、中田さんが嬉しそうに俺の顔を見つめた。

「なに」
「僕と付き合ってることはもう否定しないでいてくれるんですね」

 あ、と一瞬言葉に詰まる。もしかしてまだ根に持っているのだろうか。確かにちゃんと言ったことはないけど。一緒に暮らしてやることやってるのに、まだそこに拘るのかこの人は。

 しかしいざ言葉にしようとするとものすごく恥ずかしくなってきた。

「まあね、なんだかんだ付き合い長いし。中田さん、絶対諦めない人でしょ。それに……俺だって、中田さんが好きでここにいるんだし」

 顔が熱い。ただ好きと言うことがこんなにしんどいことだったとは。今まで付き合った女の子たちにはあんなに簡単に言えていたのに。

 菜箸を置いて中田さんが俺の頬に手を添える。いつもの優しい顔が近づいてきて俺にキスした。

「いまの、カットしないでくださいね。大澤さんは僕のだってみんなに見せつけたい」
「消すに決まってるだろ」

 またキスされた。中田さんの手が俺の腰にまわり、服のなかに入ってきた。腰から脇腹を撫でられ体がゾクゾク震える。その手が前にやってきて乳首を探り当てた。

「んっ」

 服をたくし上げ、中田さんが胸に吸い付く。口の中で小さい乳首が弄ばれる。そこでもしっかり感じる体になってしまった。俺の体を作り変えた張本人の頭を掻き抱いた。ズボンとパンツがまとめておろされ、床に膝をついた中田さんに半立ちのものを咥えられる。

「はあっ、あ……中田さ……飯っ……」

 双丘を割って指が奥へ忍び寄る。周辺を撫でられただけで膝に力が入らなくなる。様子を窺うようにそっと指が差し込まれたらもう駄目だった。昨夜もさんざんそこを責められて、まだその余韻の灯が残っている。だから簡単に再燃した。

 下から掬い上げるように中田さんが玉を口に含んだ。竿越しに俺を見ながら口の中で玉を転がす。顎をあげて歯を食いしばった。もう立っているのもつらい。

「ん、ぅ……もう無理……っ、あ、あっ……」

 崩れ落ちそうになった体を中田さんが抱きとめた。俺の目を覗きこみながらコンロの火を消す。鍋の様子を気にかけられるほど余裕が残ってたってわけ。俺はもうこんなザマなのに。

 胸倉を掴んで引きよせた。驚く顔をする中田さんにキスする。中田さんを押し倒し、その上に馬乗りになって服を脱ぎすてた。他に何も目に入らないくらい、俺だけを見てろよ。

 朝っぱらから台所で盛ったあと、カメラの録画を止めていなかったことに気付いた。どういうつもりか、データが欲しいと中田さんがずいぶんごねたが、いつでも本物を見られるだろ、と言うとやっと納得して諦めた。当然ながら、今朝の料理風景の動画はとても公開できないのでお蔵入りとなった。



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続続続・嫁に来ないか(4/5)

2020.11.27.Fri.


 特にこれといった事件事故もなく、芸能人の離婚も結婚も熱愛もない平穏な日に、俺の記事が載った週刊誌が発売されてしまった。

 朝の芸能ニュースではどのチャンネルでも俺の記事が取りあげられた。「熱愛に次いで大麻疑惑再び?!」と誤解しか招かない酷い見出しと共に。

 雑誌では俺が小東から白く小さいものを受け取る写真が掲載されているらしい。小東からもらったものと言えば名刺しかないが、そう書かれるとヤバイものをやり取りしているように読める。

 そして俺がビールを一杯しか注文していないのに、一万五千円を払ったことまで書いてあるらしい。番組司会者がその部分を読み上げ「そんなに高級なビールなんですかね?」とわざとらしく首を傾げた。

 これで世間が俺に抱く印象はグレーに逆戻りだ。

 スマホが鳴った。城野さんからで電話に出ると『大澤くん、ほんまにやばいぞ』と切羽詰まった声。

「今日出た週刊誌のことですよね。あれは後輩に連れられて行った店がたまたま小東の店だったんですよ。ほんとに俺知らなくて」
『違う違う。それもあるけど、ほんまにやばいのはアリサちゃんのほうやって。読んでないんか?』
「自宅謹慎中で……雑誌は見てないです」
『アリサちゃん、東京連合と繋がりあるらしいで』
「えっ」

 今日発売の雑誌には俺と小東の記事だけでなく、神戸アリサが東京連合幹部の元カノだったという記事も掲載されているらしい。

 有名な半グレ集団。それと関わりのある神戸アリサ。彼女と熱愛記事を出された直後に、大麻使用の過去がある小東とのツーショットを撮られた俺も、東京連合と付き合いがあると世間は思うだろう。俺の大麻使用を疑わないだろう。俺はグレーどころか真っ黒だ。

 体から血の気が引いて行く。城野さんの声も遠のいていく。どんな弁解も弁明も無駄だ。誰も俺のことなんか信じやしない。

『とにかく事務所の人とちゃんと相談しいや!』

 城野さんの大声に我に返る。礼を言って通話を切った。冷たくなった指先を握りしめる。ショックで何も考えられない。なにをするべきなのかもわからない。とりあえずマネージャーに連絡だ。

 履歴の一覧に、ぜんぜん電話してこない中田さんの名前を見つけた。埋もれかけている名前を見ていたら目許が熱くなってきた。あんな薄情な奴、知るもんか。

 マネージャーに電話をしたら向こうもなんだか慌ただしい気配が伝わってきた。改めて神戸アリサとは付き合っていないのかと訊かれ否定した。東京連合の奴らと関わりがあるのかとマネは慎重な口調で確認した。普段ならあるわけないと笑い飛ばせる内容が今は冗談にもならなくて、俺も神妙に誓って関わりないと答えた。大麻のことを訊かれないのは俺への配慮なのか、どうせ本当のことを言わないと言う諦めなのかはわからなかった。

 事務所も神戸アリサの記事が載ることまでは把握しておらず、関係各所への事情説明に追われている状況らしい。ともかく話し合いが必要だと言うことで事務所に行くことになった。
 
 ◇ ◇ ◇

 事務所にはマネージャーと専務の番場さんが待っていた。番場さんは前回にも増して苦々しい顔つきで俺を出迎えた。

 テーブルには件の雑誌が広げて置いてある。ページの見出しには東京連合と神戸アリサの名前。交際時の写真と思われる画像の横に小さく先日の俺とのツーショットも掲載されている。これじゃ俺も東京連合の身内と思われても仕方ない。

 電話と同じ確認をここでもまた繰り返しされた。神戸アリサとは付き合っていない、東京連合の知り合いなんていない、一切関わりがない。そう訴えても番場さんの顔を見れば俺の言葉を信じていないことがわかった。

 訂正と、謝罪会見を開くこと。それは俺が来る前からの決定事項らしく、とにかくやれ、と頭ごなしに命令された。

 訂正はいい。でも俺は何を謝罪すればいいんだ。世間を騒がせたことに対して? 勝手に騒いだのはそっちだ。俺はただ、プロデューサーに誘われて飯を食っただけ、後輩に誘われて店に行っただけ。デタラメな記事を書かれ、騙し討ちで小東に引き合わされた俺こそ被害者だ。神戸アリサの元カレなんか知ったことか。俺まで疑惑の目で見られるなら、神戸アリサのマネージャーも事務所の人間も家族も全員、真っ黒ってことじゃないか。どうして俺だけが罰せられなきゃいけないんだ? 小東の大麻所持のときだって俺は何も知らなかった。あいつが一人で悪い連中とつるんで馬鹿をやっただけなのに、いまだに連帯責任を取らされている。俺がなにをしたって言うんだ。

「まったくお前はどうしてこう次から次に問題を起こすんだ。しかも後輩を巻きこんで」

 額に手を当て番場さんが吐き捨てる。全部俺が悪いという口ぶり。徹頭徹尾、俺に対する信用はゼロ。マネージャーも擁護のひとつもしてくれない。冷たく白けた空気が流れているだけ。

 ふつ、と糸が切れた。

 ここで頑張ることに、もう意味を見い出せない。

「俺、事務所辞めます。芸能界も引退します」

 ◇ ◇ ◇

 あと30分で謝罪会見が始まる。控え室で俺は一人きり。さっきから大人たちが何度も出たり入ったりと慌ただしかったが、誰も俺に声をかけてこなかった。空気のように、腫物のように。関わると呪いでもかかると思ってるんだろうか。

 この状況が小東の時とまったく同じだったせいで、思い出さなくてもいいことを思い出してしまった。デビュー1年足らずでいきなりの謝罪会見。まだ子供だった俺は緊張でガチガチになって震えが止まらなかった。

 そんな時に誰かの声が聞こえた。

「どうしてよりによって小東なんだ。どうせなら……ったく」

 当時の俺にはその言葉の意味を深く考える余裕がなかった。でもなんとなく忘れがたい言葉だった。数年後にふと思い出して、行間という奴を読んでみた。養成所時代からその整った顔で一際目立っていた小東。よりによってとは、商品価値のある小東を失う痛手のこと。どうせなら、とは商品価値のない俺だったらよかったのに、ということ。

 数年ぶりにその言葉の意味を解読し、まだ前向きに頑張ろうと思っていた当時は見返してやるという一心で奮い立ったものだ。まったく無駄な努力だったが。

 それももう今日で終わりだ。前日に、恩義ある事務所の先輩や芸能界の知り合いには引退すること、これまでの感謝の言葉を伝えておいた。数が少ないからすぐに終わった。

 今はアドレスの名前を1人ずつ消去しているところだ。「今度連絡しますね」「ご飯行きましょうね」なんてアドレス交換したけど、一度も連絡してない連絡先が腐るほどある。

 連絡しあう人ももちろんいた。でも俺が引退したらそれもきっとなくなる。大麻使用の疑いがあって、東京連合とも付き合いがあると噂される俺だ、誰も関わりなんか持ちたくないに決まっている。なにより相手に迷惑になる。

 親しい人たちのアドレスを消す時はちょっと泣きそうになった。芸能生活、悪いことばかりじゃなかったなんて、いまだに甘いことを考えている。

 中田さんのところで指が止まった。会わなくなってもう二ヶ月近く。あの人のせいで俺の部屋はゴミが溜まり放題、旨い料理も食べれてないし、野菜も不足している。あの人が勝手にうちに来て甲斐甲斐しく世話なんかしていくから、前まで普通にできていたことができなくなって、気付かなかったことに気付くようになってしまった。

 久しぶりに浮気アプリを起動してみた。中田さんは今日も元気に仕事のようだ。俺に一目惚れしたっていう、あの人が大好きな謝罪会見をこれからするっていうのに。案外テレビにかぶり付いて待ってたりして? こんな離れた場所で俺を世界に一人きりにして。

 スマホの画面が滲む。乱暴に目許を拭って電源を落とした。

 部屋に戻ってきたマネージャーと最後の確認をした。それも終わると会見まであと五分。マネージャーにこれまでの礼を言ったら「大澤さんを最後まで守れずすみませんでした」と真っ赤になった目で手を握られて、もらい泣きしそうになった。

「時間です」

 声がかかり、芸能活動最後の戦場へ赴いた。



続続続・嫁に来ないか(3/5)

2020.11.26.Thu.


 中田さんから連絡がないまま1ヶ月半が経った。俺ばっかり気にしてるみたいでむかつくから浮気アプリで居場所を確かめることも最近はしないようにしている。

 今日は事務所に言われてボランティア活動。うちの事務所が先の大震災から定期的にこの活動を続けていて「禊と思ってしっかりやれ」と今回は俺にも声がかかった。今日は先日の台風被害が酷かった地域へ慰問活動。少し名と顔の売れたグループと、これから売り出したい若手グループ、それに混じって問題児の俺。

 事前に借りておいた中学校の体育館で炊き出し、そのあと自分たちの持ち歌や先輩たちの楽曲を歌って踊る。俺にはデビュー曲しかない。しかも相棒は引退していない。誰も知らない歌より知ってる歌のほうが盛りあがるから、と俺の唯一の持ち歌は封印されて先輩方の代表曲メドレーを他の後輩たちと歌った。

 後片付けをして都内へ戻り、打ち上げの食事会。後輩たちとスタッフが盛り上がっているのを見ていると、小東が問題を起こした直後を思い出した。あの頃は誰も彼もが俺を空気のように扱った。まるでそこに居ないみたいに。

 最近気が滅入っているのか、悪いことばかり考えてしまう。事務所のなかでの俺の存在とか、芸能界での俺の立ち位置とか、親身になってくれる知り合いの数だとか、唯一何があっても味方してくれると思ってた中田さんの音信不通とか。

 腐るより自分から道化を演じるほうがいい。輪のなかに入って自虐ネタで笑いを取る。誰かが「大澤さん、完全にバラエティの人ですよね」って言うのが聞こえた。それのなにが悪い。いまの時代、俳優やアーティストでもないタレントがテレビでやっていくならバラエティに強くなくちゃ生き残れないじゃないか。

 打ち上げも終わり解散。疲れたからまっすぐ帰るつもりだったが、後輩の峰岸に「ちょっと飲みに行きませんか」と誘われた。

「大澤さんに相談したいことがあるんです」

 こう言われたら断りにくい。

「ちょっとだけなら」

 峰岸お勧めだという店にタクシーで移動した。峰岸は今時の青年だ。手足がすらっと長く、顔も整っている。もう成人はしているがまだデビューはしていない。大方そのことの相談だろうが、俺にしても何も解決しないんだが。

 ビルの前でタクシーが止まった。「こっちです」と先に歩く峰岸に続いて階段を下りる。地下一階の店、重厚な扉を開けると大音響が耳をつんざく。こんなうるさい店で相談なんてできないだろうと峰岸を見たが、奴は正面のカウンターへまっすぐ進んだ。気おくれしている俺に気付くと手招きする。仕方なく峰岸の隣に座った。

「なに飲みます?」

 真横にいるのに大声で峰岸が話しかけてくる。一刻も早く帰りたくて咄嗟に首を横に振った。峰岸が苦笑する。

「じゃあ、とりあえずビール二つ!」

 峰岸が勝手に注文した。その一杯を飲んだら帰ろう。

「おまえふざけてるだろ」
「なんでです?」

 体を傾けて峰岸が耳を寄せてくる。

「こんなうるさい店で相談なんて」
「相談があるのは俺じゃないんですよ」

 ビールが俺たちの前に置かれた。峰岸はそのひとつを俺に渡すと「あそこで待ってます」と奥のテーブルを指さした。その先に、男女の客。男のほうがじっと俺を見ていた。大きな目。白い歯が見えた。男が俺に笑いかけてくる。

「誰?」
「行けばわかりますって」

 とにかくあのテーブルの男に会わなきゃ帰れないらしい。ため息をついて覚悟を決めた。椅子から立ちあがりテーブル席へ向かう。男が女になにか耳打ちした。頷いた女が立ちあがり、俺のほうへ近づいて来る。すれ違う瞬間、俺に微笑みかけてきた。若く、綺麗な女だ。

「よう、久し振り!」

 女の方へ気を取られていたら男のほうから声をかけられた。少し高めの掠れ気味な声。意識を前の男へ戻す。肩までの茶髪、全身真っ黒の服に身を包んだ小柄な男。見覚えのある姿形。記憶と目の前の姿が重なった。

「……小東……?」
「当たり。元気してたか?」

 満面の笑顔で手招きする。養成所時代から一際目立つ美少年だったのに、いまその面影は大きな目と小さい顔だけ。似ている別人のような違和感。いや、本人に違いないのにぜんぜん似ていないのだ。

「なんでここに」

 はっと思い出して振り返った。峰岸はスマホを弄りながら酒を飲んでいる。

「ここ俺の店なんだ」
「小東の?」

 視線を戻した。小東は頷いた。だんだん見慣れてきた。確かにこの表情は小東だ。

「あ、そうだ。名刺」

 小東はポケットの名刺入れから一枚抜いて俺に差し出した。受け取った名刺には社名らしき横文字と、小東の名前。肩書きだけは立派で代表取締役だ。

「つっても俺だけのじゃなくて、カウンターに立ってるのが共同経営者。たまたま事務所の後輩が店に来たから懐かしくってお前の話したら、今度連れてきますよって」

 小東の目が後ろの峰岸に逸れた。なんて余計なことを。こいつが何をして事務所を辞めたか知らないわけじゃないだろうに。

「そんな迷惑そうな顔すんなって。傷つくじゃん」
「……お前のせいで俺がどれだけ迷惑したか」
「それは悪かったけどさ」
「今頃俺になんの用だよ」
「冷たいな。同じ釜の飯を食った仲間だろ。もうちょっと喜べよ」
「こんな騙し討ちみたいな真似されて喜べるか」
「だってお前、電話しても出なかっただろ。他にどうしろっての」
「電話? いつ?」
「1カ月……くらい前?」

 記憶を辿る。そういれば「アイドルの手も借りたい!」のロケで梨農家の手伝いに行った日、知らない番号から着信があった。もしかするとあれがそうかもしれない。

「登録してない番号に出るわけないだろ。俺の番号は誰に訊いた?」
「峰岸。峰岸は他の誰かに訊いたって言ってた」

 いくら同じ事務所だったからって、芸能人のケー番をペラペラ教えるなよ。峰岸、あいつはあとで締めておこう。

「で、そこまでして俺に何の用?」
「座れって」

 と自分の隣の椅子を叩く。

「用件が先」
「変わんないな、お前。まあいいや。実はもう一軒店出そうかなって思ってて。ちょっと資金のほうが足んないのよ。でいま出資者募ってて」
「絶対いやだ」
「共同経営って形で。お前は店のほうノータッチでいいから。売り上げ折半。どう?」
「断る。他当たれ」

 一瞬だが小東の目が険呑に光った。すぐさまそれを笑みで隠した。

「お前さ、ぶっちゃけいつまでその仕事やってけると思ってんの? 見たよ、週刊誌。あれ出てからお前、NAUGHTYの番組呼ばれてねえだろ。お前が一番危機感持ってんじゃないの? 四十五十になっても仕事あると思ってる? 今のうちに保険かけとかないと真剣に将来やばいだろ。副業するにしても何もノウハウ知らないお前が下手に手出したらカモられるだけだぞ。俺に任せておけって。かつての仲間の俺にさ」
「お前が一番信用できないよ」

 小東は顔から笑みを消した。

「そんな突拍子もないことを言い出すなんて、今もまだ大麻やってるのか?」
「やってるわけないだろ」

 と言いつつ小東は俺から目を逸らした。もうここには居られない。一刻も早くここを出ないと。

「どっちでもいいよ。俺には関係ないから。もう二度と連絡してくるな。あと事務所の後輩を巻きこむな」

 小東に背を向ける。財布から五千円出してカウンターに置いた。

「帰るぞ」

 峰岸の腕を掴んで立たせる。

「あの、お金足りませんけど」

 カウンターの男がニヤついた顔で言った。一万を叩きつけて店を出た。いいことをしたと思っているまったく理解していない峰岸には帰りのタクシーの中で説教をし、二度と小東の店に行かないこと、連絡がきても無視することを約束させた。誰も俺の二の舞にならなくていい。

 ◇ ◇ ◇

 小東と再会した翌週、事務所から呼び出された。嫌な予感は的中して、通された会議室にはマネージャーの他に専務取締役の番場さんがいた。俺の顔を見るなり挨拶もそこそこに「先週、小東に会ったのか?」ときた。腹の底がずんと重くなる。

 峰岸に相談したいことがあると誘われたことや、店に行くまでそこが小東の店だと知らなかったこと、峰岸は偶然小東の店を知ったことなど、事実だけを話した。一緒に店を出そうと誘われたが、断ったこともきちんと説明した。

 注文したビールには口もつけていないし、小東の隣にも座っていない。ずっと立ったままだったし、滞在時間は五分程度だった。俺にはなんの落ち度もないことを丁寧に説明したが、マネージャーは俺と目を合わさないし番場さんは不機嫌そうな顔でため息をついた。

「また撮られたぞ、お前」

 今週末発売の週刊誌に、俺が小東の店に行った記事が出るらしい。神戸アリサの一件で、どこかの記者が俺をマークしていたのかもしれない。

「疑われるようなことは何もないですよ」
「そういうことじゃない。どうしてもっと自分の行動に気を付けられないんだ」

 ぐ、と言葉に詰まる。一体どう気を付ければいいのか教えて欲しい。神戸アリサちゃんのときだって古賀さんに誘われただけだし他にも人はいたし記事はまったくのデタラメ。今回も俺は何も知らずに峰岸に誘われてついて行っただけだ。誰かに誘われても断ればいいのか? それが大事な仕事の相手でも?

「小東とつるんでると思われたらお前もまだ大麻をやってると思われるんだぞ」

 お前もまだ? 俺は一度だってやったことはない。そうか、ここの連中は俺も大麻をやったとずっと思い続けてきたわけだ。

 小東の大麻所持が発覚した時、俺の親も呼び出された。大勢の大人に囲まれて、涙ながらに俺はやっていないと訴えた。尿検査も受けたし、所持品検査も受けた。当然なにも出て来ず無罪放免になったが、本当は誰も俺が白だとは信じていなかったんだ。

 怒りよりも、虚しさが勝った。俺の努力も頑張りも誰も見てくれない。事実よりも印象でしか評価してくれない。俺の芸能生活はいったい何だったのか。意識が泥のなかに沈んでいくような感覚に陥る。もうなんの弁解もしたくない。誰も信じてくれないなら、無意味だ。

 当面仕事は自粛することになった。世間の反応次第では、雑誌の発売後、謝罪会見を開くことが決まった。



続続続・嫁に来ないか(2/5)

2020.11.25.Wed.
<1>

 今日は「アイドルの手も借りたい!」のロケ。奥さんが三人目を妊娠中で人手が足りないので梨の収穫を手伝ってほしい、というもの。収穫作業はもちろん、獲れたての梨の食レポや、小さい兄妹との交流もバッチリ。

 収録の合間、スマホで中田さんの居場所をチェックしてみた。中田さんちからここは車で20分ほどの距離。あの人がこのチャンスを逃すはずがない。と思って浮気アプリを起動したのに、中田さんを示すアイコンは中田さんちから動いていない。

「まだヘソ曲げてんのかよ」

 雑誌を見た中田さんに拉致られ、責められ、喧嘩別れした夜から連絡が一切ない。あの人のことだからそうは言っても三日とあけず連絡してくると思っていた。時間があれば会いに来ると思っていたのにかれこれ二週間音沙汰なしだ。

 俺はぜったい悪くない。写真を撮られたのは迂闊だったかもしれないが、あんな事実を切り取った週刊誌を真に受けるほうがどうかしている。拉致しておいて言い負かされそうになったら追い出すほうがどう考えても悪い。だから俺からはぜったい謝らない。

 俺もちょっと言いすぎたかもしれないが、ぜんぶ本当のことだ。

 それに別に仲直りがしたいわけじゃない。強/姦された相手から脅されて今までずるずる続いた関係だ、このまま終わってくれるほうが俺にはありがたい。

 そうだ。もう俺を脅す動画も画像もない。もう中田さんの言いなりにならなくていい。連絡してきても会いに来ても強気に無視して追い返せばいい。しつこくしたら即通報だ。

 ブルッと手の中でスマホが震えた。知らない番号から着信。出るか悩んでいるうちに鳴りやんだ。咄嗟に頭に浮かんだのは中田さんの顔。忘れたいのに、気になっている。

「むかつく」

 スマホをポケットに戻した。

 今回も依頼人のお宅に宿を借りた。夕飯の準備のあいだ幼い兄妹たちと触れ合い、夜は依頼人旦那と晩酌、翌朝は「帰らないで」と泣く兄妹たちに見送られながらロケ終了。

 帰りの車のなかでも今日の出来を褒めてもらって大満足。ほくほく気分でスマホチェック。メールなし、着信なし。中田さんは相変わらず自分の畑にいる模様。せっかくのいい気分が台無しだ。

 せっかく近くに来ているのに。謝ってくるなら許してやらんこともないのに。

 いや俺は別に仲直りしたいわけじゃなくて、一方的に責められて追い出されたら俺が悪いみたいな感じで終わったのが気持ち悪いだけで、あんな始まり方をしたから俺からこっぴどく振ってやらなきゃ腹の虫が収まらないって、ただそれだけの理由で何度もチェックしているに過ぎない。なにも期待なんかしていない。

 車は高速を飛ばしてどんどん中田さんちから離れて行く。もう知らね。

 ◇ ◇ ◇

「見たで、自分。あの記事ほんまなん?」

 乾杯もそこそこに城野さんが俺をいじりだした。今日は久しぶりに城野さんと飲み。中田さんに監視されている不気味さから人付き合いが減っていたが、ほったらかしにされている今そんなこと気にする必要もない。

「嘘に決まってるじゃないですか。最初古賀さんと奏斗ってうちの後輩とご飯食べてたんですよ。そしたらそこに神戸アリサちゃんがマネージャーと一緒に来て。なぜか一緒に食事することになって。その帰りです。たまたま僕と2人でいるところを撮られただけです」
「やっぱなー。そういうことやと思ったわ。大澤くんて実は警戒心めっちゃ強いほうやん。あんな人目につくとこでおかしい思っててん」

 これがまともな人の反応だ。丸っと信じて人を車で拉致した挙句ネチネチ責め立てるほうが異常なんだ。そこで俺ははたと気付いてしまった。前に中田さんが仕事相手の女性と食事しているのを見て、2人は付き合っている、と勘違いしてしまったことを。切り取った一場面だけを見て、真偽を確かめもせず決めつけたのは俺も中田さんと同じだ。

 いやでも、中田さんの場合は二人っきりだったし、顔つき合わせて酒なんか飲んでたし、俺からの電話も無視したし。……中田さんにしたら、同じか。あの写真見ただけじゃ、俺とアリサちゃん2人きりで食事したと思っただろうし、あの日中田さんの誘いを断ったのは事実だし。

 俺もちょっとは悪かったのかも、しれない。

「もしかしたらアレやったんかもしれへんな。売名的な」

 少し声を低くして城野さんが言う。

「俺なんかと撮られても話題にならないですよ。狙うなら奏斗でしょ」
「それもそうか」
「そう言いきられるのもちょっと」

 あはは、と笑い合う。

「でも大丈夫やったん? あんな記事出て。彼女とか。誤解して大変やったんちゃうん?」
「彼女なんかいませんよ」

 ギクリとしつつ普通に否定する。実際彼女はいないし中田さんは彼女でも彼氏でもないし。

「最近ご飯誘っても断るやん。彼女できたからちゃうん?」
「違いますって。仕事とか、たまたまタイミングが合わなくて。だから今日来たでしょ」

 飲もう飲もう、とお喋りしながら酒を飲みご飯を食べた。いつものように城野さんの後輩芸人が合流して楽しい食事のままお開きになった。

 店を出たところで「写真撮られるで!」とまたからかわれたあと解散。タクシーに乗ってスマホを見る。頑なに中田さんからの連絡はなし。GPSをチェックするも自宅から微動だにせず。俺が城野さんと飲んでたってのに知らん顔かよ。

 会わなくなってそろそろ一カ月になるがあの人はなにを考えてるんだろうか。

 まだ怒ってる? 俺に呆れた? 諦めた? もうどうでもよくなった? 他に好きな奴ができたとか?

 それならそれでどうぞご勝手にって感じなんだが俺が振られたっぽくなるのが嫌だ。「僕が悪かった。あなたに会えなくて寂しかった」と言ってくるのを俺が振ってやりたいのに。

 今頃なにしてんだろうな。もう日付変わってるから寝てるよな。どうでもいいや、あんな人のことなんか。

 窓の外に視線を流す。飲みのあいだ頭の隅にずっとあって気になっていた城野さんの言葉。アリサちゃんのあれが本当に売名行為だったとしたら。城野さんに自虐気味に言ったが俺なんかと撮られてもたいして話題にならない。小東の一件もあるから売名どころかイメージダウンになる可能性だってある。でもなんか引っかかる。

 本当は奏斗を狙ってきたんじゃないだろうか。登場からしておかしかった。偶然を装ってはいたけど、「古賀さんの声が聞こえたから」と俺たちの個室にわざわざ顔を出して、古賀さんも「せっかくだし一緒に」だなんて、招き入れるだろうか。

 アリサちゃんサイドと古賀さんの間で話がついていたとしたら。アリサちゃん側は奏斗をご所望し、古賀さんは自分の番組の看板アイドルを守るために直前になって話をかえて俺を差し出したのだとしたら?

 今になって思えば疑わしい言動はあった。食事が終わって店を出ようとしたとき、古賀さんは奏斗をそばに置きたがった。少しでも奏斗が離れると呼び付けて適当なことを言い訳していた。トイレに行くから先に出てて、と古賀さんに言われ俺たちは外で待っていたが、奏斗は古賀さんの荷物を持たされて店内にいた。

 疑えばきりがない。意味のない行動にも意味を見い出してしまう。本当にただ偶然俺とアリサちゃんが撮られただけだったのか、奏斗を守るために古賀さんが俺を売ったのか、真相はわからない。考えるだけ無駄。

 だけど、普段あまり食事に誘われない俺が珍しく誘われた日に写真を撮られたのは、偶然にしては出来過ぎてる気がする。

 俺なんていくらでも替わりが利く。人気番組の軌道に乗った「That’s NAUGHTY!」のアシスタント役ももう必要がない。古賀さんは俺を切り捨てるつもりなのかもしれない。

 腹の底がズンと重くなった。ため息をついてシートに深く身を沈める。

 中田さんの誘いを断って参加したのに結果がこれか。手の中のスマホが無言のまま俺を責めている。

 ◇ ◇ ◇

 テレビを見て「やっぱりか」と思った。予想はしてたけどやっぱりショックだった。所詮俺はこの程度だよなって、自分自身への落胆が酷い。

 先週の「That’s NAUGHTY!」は二時間スペシャルでNAUGHTYのメンバーだけで絆を深めるために温泉旅行だったから俺がいなくても納得はしていたが、その後もさっぱり収録に呼ばれないと思っていたら、今日の放送では俺のポジションに中堅芸人さんが収まって番組が始まった。

 違和感を薄めるためかセットが変わり、演者の立ち位置も微妙に違う。新コーナーも始まって2、3カ月もすれば誰も俺のことなんか思い出しもしないだろう。

 体中から力が抜けてソファで茫然とした。時間が経って少し立ち直り、マネージャーに電話で確認したら「スタジオ収録の予定はありませんが、ロケではまた参加して欲しいとお話がありました」遠回しなクビ宣告だ。

「雑誌の記事のことを気にされてるみたいで」

 とマネは言う。俺が悪いってことね。でもこれで俺は古賀さんに売られたんだって確信した。どうだっていい。仕事がひとつ減ったくらいなんだ。俺はもっとどん底を知ってる。

 とは言え、この仕事1つ減ったことが影響するのがこの業界だ。デタラメな雑誌記事、それを受けての事実上の番組降板、真偽は二の次で印象が重要視される芸能界で、いま勢いのある番組を降ろされたのはとても痛い。他に影響しないといいけど。



消えた初恋 4


続続続・嫁に来ないか(1/5)

2020.11.24.Tue.
<「嫁に来ないか」→「続・嫁に来ないか」→「続続・嫁に来ないか」>

※地味暗い、微エロ

「なんですかこれは」

 中田さんが俺の前に投げ出したのは週刊誌。見開きで白黒の写真。そこに写るのは、ちょうど店から出てきた俺とグラビアアイドルの神戸アリサちゃん。大きい見出しには深夜の密会デート!!という文字。

 これが発売されたのは今日。俺が中田さんに拉致されたのはその夜、というか数時間前。中田さんの行動力には毎回驚かされる。

「僕というものがありながら」

 ソファで足を組んで中田さんが俺を見下ろす。俺はといえば、中田さんの家に連れこまれてすぐ床に正座させられた。仮にも長年好きだった相手を床に正座させるか?

「っていうかあんた、俺のなんでもないだろ」
「恋人ですよ」
「ちげーわ」

 否定はしたが、実際俺たちの最近の付き合い方は恋人のそれと変わりがない。中田さんは毎日マメにメールを送ってくるし、俺も毎回無視し続けるのは悪い気がするから三日に一度くらい返信している。週一で中田さんは俺に会いにくるし、会えば必ずセックスする。

 自分の畑で収穫した季節の野菜を持参して手料理を振る舞ってくれるし、気付けば部屋のあちこちを掃除してくれているし、翌日のスケジュールを聞きだしてアラームセットしてくれたり、ゴミ出ししてくれたり。帰るときは名残惜しそうな顔で「また来ます」と俺にキスしてから帰る。恋人気取りというより嫁気取り?

 尽くされるのは快適だし、ぶっちゃけセックスも気持ちいいし、ご飯は旨いが、拒否したらどんな暴走をするかわからないから好きにさせてきただけで、恋人になったつもりはない。

 浮気アプリで常に監視されていると思うとうかうか遊びに出かけられないから、トラブルやスキャンダルを避けたい今の俺にとってはちょうどいい足枷にもなっていた。

 最近は俺を支持してくれるファンの平均年齢があがってきているらしい。つまり世間の認知度、好感度があがっているということだ。

 アイドルデュオとしてデビュー後、たった一年でメンバーの小東が大麻所持で解雇、デュオは強制解散して長らく崖っぷちだった俺にしては上出来だ。このままいけば、帯番組の司会も夢の話じゃなくなるかもしれない。そんな野望を抱いていた俺にとって力を持ってる業界の人間とのコネは何より優先されるものだ。

 この写真を撮られたのは、プロデューサーの古賀さんに食事に誘われた日だった。準レギュラーで使ってもらっている番組のプロデューサーだ。断るわけがない。そこには後輩アイドルの奏斗もいた。三人で楽しい食事。そこに突然現れたのがアリサちゃんと男性マネだった。

 だからこの見出しは大嘘だ。俺とアリサちゃんの他に古賀さんと奏斗、アリサちゃんのマネもいた。一部分だけを切り取ってわざと事実を歪曲したゴシップ記事。でもそれを間に受ける人は大勢いる。せっかく上向いてきた俺の運気と好感度。帯番組の司会という俺の野望がこんな記事のせいでまた遠のいた。一番頭にきてるのはほかならぬ俺だ。

「こんなもの信じるなんて、あんた意外に詐欺に引っかかりやすそうだな。事実なわけないだろ。他にあと3人いたよ。それは写さないように写真撮ってんの。で適当な見出しつけりゃ信じる奴がいるだろ、あんたみたいに」
「2人きりじゃなかったって、証明できないですよね」
「他に誰もいなかった証明、あんたにできんの?」

 できるわけがない。中田さんはむっと眉を寄せた。

「日付を見てください。この日は僕の誘いを断った日ですよね。大事な打ち合わせがあるからと」

 指摘に内心ぎくりとなる。

「打ち合わせだって誘われたのはほんとだよ。結果的にただ食事しただけだったけど、これも大事な仕事にはかわりない。農家のあんたには理解できないだろうけど、うちの業界じゃコネとかツテがものすごく大事だし重要なんだよ。それもわからないあんたに、仕事のことまで口出しされたくない。だいたい俺が誰と会おうがあんたに関係ないし、報告の義務もないよね」

 どうして仕事帰りにいきなり拉致されて、こんな取り調べをうけなきゃいけないんだ。しかも記事は事実無根。恋人でもない中田さんにとやかく言われるいわれはないし、俺も弁解する必要なんかない。まったく馬鹿馬鹿しいし、時間の無駄だ。

 どうせ今日もやることやるんだ。だったらさっさと終わらせて眠りたい。

「もういいだろ、面倒臭い。風呂借りていい? 俺明日朝から仕事だから終わったら家まで送ってよ。ここまで連れて来たのあんたなんだし」

 話は終わりだ。立ちあがろうとしたら足が痺れてもたついた。膝に手をついてヨロヨロ歩きだす。

「帰ってください」
「は?」

 中田さんを見たらプイと顔を背けられた。

「関係ないとか、よくそんなひどいことが言えますね。これを見て僕がどんな気持ちになったか少しは考えてくださいよ。どうして突き放す言い方しかできないんですか。僕はいつも大澤さんのことを第一に考えているのに」
「そんなこと頼んでないし、だいたい俺、あんたの過干渉にはだいぶ目を瞑ってるつもりだけど」

 ムキになって言い返すと、中田さんは目を見開いて俺を見た。

「僕がしてること全部、迷惑だってことですか」
「当たり前だろ。部屋の掃除も飯作るのもあんたが勝手にしてることだ。第一、あんた俺にしたこと忘れた? 弱み握られてるから仕方なく合わせてるだけで、俺が望んだことなんかひとつもない。あんたが一方的に俺に付き纏ってるだけだろ。勝手に浮気アプリ入れて待ち伏せしたり、動画で人のこと脅したり。いつも恋人にそんなことしてんの? 今までまともに人と付き合ったことってある? 毎回強/姦して弱み握ってむりやり付き合わせてんじゃないの?」

 中田さんが傷ついた顔をする。それを見て俺は溜飲を下げる。

 これまでの鬱憤が堰を切ったように口から溢れた。アイドルデビューしてすぐ業界から干されかけ、数年経ってやっと仕事をもらえるようになったが、それもいつ絶えるかわからない細々としたものばかり。歌も出せない、ドラマにも滅多に呼ばれない。バラエティのワンコーナーがせいぜい。ロケばかりでやっと番組収録に呼ばれても後輩のバーターやサブばかり。

 アリサと写真を撮られて一番悔しいをしているのは俺だ。もっと警戒すべきだった。慎重になるべきだった。一番悔やんでいるのに、事務所の人間から一方的に責められて、どうして中田さんにまで責められないといけないんだ。

 この写真を撮られた俺は事務所に呼び出され、そこで説教された。大麻使用で引退した小東のことまで持ちだされ「懲りないのか」とさも俺が悪いような言い草だった。奏斗のイメージに疵がついたらどうしてくれるんだとも言われた。誰も俺を庇ってくれない。守ってくれない。事務所内での俺の立場は、小東の一件から何もかわっていないと身に沁みてわかった。

 中田さんが俺を責めるのは嫉妬だとわかっていても、いつもみたいに聞き流せなかった。中田さんくらい、俺の味方をしてほしかった。だからこれは完全なる八つ当たりだ。

「黙ってないでなんとか言えよ、それとも図星だった?」
「僕のことそんな風に思ってたんですか。あんまりです」
「よく被害者ヅラできるな。自分のしたこと忘れたのかよ。あんたに怯えるのも、振り回されるのも、なにもかもうんざりだ。頼むから俺の前から消えてくれよ」
「本気で言っているんですか?」
「ずっと本気だけど」
「……わかりました。もう僕からは会いに行きません。大澤さんが会いに来てくれるまで待ちます」
「そんな日、永遠にこないよ」

 意地の悪い心境でせせら笑う。中田さんはソファから立ちあがると尻ポケットからスマホを出した。

「見ててください」

 と言うとスマホを操作し、フォルダから例の動画と画像を呼び出した。またこれで俺を脅して言いなりにさせる気かと思ったが違った。中田さんは1つ1つを俺の目の前で消去していった。他に残っていないことを確かめさせると俺と目を合わせた。

「全部消しました。大澤さんを脅す材料はもうありません。だから安心してお帰りください」

 と玄関の方へ手を伸ばす。

「ほんとに帰っていいの?」
「もちろんです」
「一人で?」
「僕なんかと狭い車に2人きりなんて嫌でしょうから」

 東京からここまで車で二時間弱。時間はすでに22時を過ぎている。田んぼと畑と民家に囲まれたこの場所で簡単にタクシーがつかまるわけない。駅までどのくらい距離があるか見当もつかない。そんな状況をわかっていながら中田さんは俺を放りだそうとしている。

「あんたほんと性格悪いな」

 鞄を拾いあげ玄関へ向かう。あとをついて来るくせに中田さんは俺を引き止めない、何も言わない。靴を履いて玄関の戸を開けても、中田さんは冷ややかな顔のまま一言も喋らない。それどころか戸が閉まった直後、ガチャッと鍵までかけた。俺も感情に任せて言いすぎたかもしれないが、ここまで連れてきたくせに追い出すか? この仕打ちに体がブルブル震えた。もちろん、怒りでだ。

 今後一切、中田さんからの連絡は無視してやる。会いに来たって相手してやるもんか。

 スマホで地図を見ながら駅へ向かい、なんとかタクシーをつかまえ帰宅した。