FC2ブログ

Answer (11/11)

2020.09.16.Wed.
10

 他人に対してこんなに優しい気持ちになれたことは初めてかもしれない。一ノ瀬を傷つけたくない、これ以上ないほどに優しくしてやりたい。

  ベルトに手をかけた。ゆっくり外してチャックをおろす。喘ぐように息をする一ノ瀬は抵抗しない。

 上から一ノ瀬を見下ろした。顔も体もほんのり赤くなっている。 俺だけが知っている一ノ瀬のこの顔、この体。下着の中に手を入れ、そっと握った。

「一ノ瀬が今好きなのは誰?」

 手の中で反応する。嬉しくてたまらない。そこにもキスしたいけど、今の一ノ瀬にはまだ早すぎるだろうな。もうすこし馴らしてからにしよう。

 大きく上下する一ノ瀬の胸に吸い付いた。一ノ瀬が俺の腕を掴む。

「誰が好きなのか教えて」
「……好き、なのは……っ」

 一ノ瀬の目元が赤い。恥ずかしいのを必死に我慢している。俺のために、そう思うと愛しさがこみあげてきた。

「うん、好きなのは?」
「き、木村が、好き、だ」
「やっと言ってくれたな」

 キスしたら、イヤイヤをするように首を振って避けられた。手で口を強く押さえている。

「声、出してもいいんだよ」

 首を振る。どこまでも意地っ張りな奴だ。

「いきそう? いっていいよ」

  また首を振った。ソファの上で逃げるようにずりあがる。

 ああ、口で咥えてやってやりたい。したら怒るかな、怒るだろうな、きっと。我慢して手を動かした。

「もう、いい、手、放せ」
「最後まで責任とるよ」
「いらないっ、嫌だ、ストップ、そこまでっ」
「うーん、ごめん、却下」
「嫌だったらすぐやめるって言ったじゃないかっ」
「一ノ瀬が本気で嫌がったらやめるけど、今は本気で嫌がってないでしょ」

 追い上げるように手を動かした。小さく声をあげ、一ノ瀬が身を捩る。もう少しだ。イクときの顔が見たくて、口を塞ぐ手を剥がした。苦しそうに眉を寄せて目を瞑っている。俺はこれをオカズに三ヶ月はイケる。

 手の中で大きく脈打った。飛沫が一ノ瀬の腹を汚す。全部出し切ったのを見届け、ティッシュで腹を拭いてやった。一ノ瀬は放心状態だ。

「大丈夫?」
「嘘つき」

 赤い顔で言う。

「俺は嫌だって言った」
「うん、ごめんね」

 額にキスした。

「好きだよ、一ノ瀬、世界で一番好き」
「俺も、その、したら、いいのか?」

 体を起こした一ノ瀬が言う。するって何を……あ。

「出来るの?」
「ん……出来ると、思う」

 座りなおし、真剣な表情で俺の股間を見ている。そんなに見られたらいけるもんもいけないよ。

「やっぱ今日はいいや、今度してもらう」
「いいのか、遠慮するな」
「次はちゃんとやってもらうよ」
「わかった」

 あっさり引き下がり、一ノ瀬はTシャツを着た。服装を整えソファから立ち上がる。さっきまでの一ノ瀬はいなくなり、普段の真面目な一ノ瀬が戻ってきた。

「お前も服を着ろ」

 髪の乱れをなおしながら言う。もうちょっと余韻を楽しめないかね、この男は。

「もう19時半だ。北野さん、遅いな」
「あんな奴帰ってこなくてもいいよ」

 思い出したくな男の名前。顔を歪めて吐き捨てながらソファに寝転がった。

「俺は先に帰る」
「はぁ? 何言ってんの、せっかく仲直りできたのにもう帰るのか」
「うちは門限が20時なんだ。悪いが先に帰る。お前は北野さんが帰ってくるまでここで待て。じゃあまた」

 止める俺を無視して一ノ瀬はさっさと帰って行った。一人取り残された俺はソファの上で茫然自失。

 あいつ、俺の顔を見なかった。俺とこんなことになって気まずくて恥ずかしくてまともに顔を合わせられないに違いない。

 でもだからと言って帰るか? 普通もっといちゃいちゃするだろ。今時門限20時って見え透いた嘘までついて。中/学生でももっと遅いっつうの。

 こんなことなら一ノ瀬にやってもらえばよかった。今更後悔しても遅い。

 しかも北野の奴、いったいいつ帰ってくるかわからないんだぞ。気を利かして出て行ったんだ、今日は帰ってこないかもしれない。 俺はあいつが帰ってくるまでここで一人、ずっと北野を待っていなくちゃならないのか。

 北野に電話して呼び戻すか。携帯を取り出そうとして、さっきここに来る時タクシーの中で壊したことを思い出した。使えねえ。

 溜息が出た。諦めて冷蔵庫から酒を出した。こうなりゃ自棄酒だ。そう腹を決めたが、ビール一本あける前に北野は帰ってきた。思っていたより早い。

「あれ、一ノ瀬はもう帰ったのか?」

 部屋に俺一人しかいないのを見て拍子抜けしたように言う。わざと早く帰ってきたな。実は気をきかしてなんかいなくて、最初から邪魔するつもりだったんだ。

「なんだ、結局何もしてないのか。どこまで奥手なんだお前らは」

 呆れた顔で買い物袋をテーブルに置く。

「俺はてめえを許しちゃいねえからな」
「許すって何か悪いことしたかな」

 すっとぼけやがって。

「まず、なんで一ノ瀬を勘違いさせるようなくだらない嘘をついた」
「いつまでもお子様ぶってるおまえら二人に苛々したんだよ。別れちまえって思ってた」

 ソファに座った北野は買い物袋から雑誌とアイスを取り出した。

「おかげで別れる寸前までいったよ」
「惜しかったな」

 包み紙をはがし、アイスを口にいれて北野が笑う。ふざけやがって。本当に別れてたらどうしてくれるんだ。

「でも仲直りは出来たんだろ?」

 アイスを俺の口元へもってくる。北野を睨みながらそれを舐めた。ミルクが濃厚なバニラ味。

「どうして俺とあんたのことあいつに話さなかった」
「……最初あの子を見た時、お前にはつり合わないと思ったよ。あの子のどこがいいのか理解できなかった。でも、この前の話はどういうことなのか教えて欲しいと、俺の所に一人でやって来たあの子を見て印象がかわった。何かを決意した顔で俺を睨んでくるんだ。ネタばらししたらほっとして体から力が抜けて、その時に見せたあの子の表情、たまらないね。あの子は不思議な子だ、苛めて泣かせてやりたいって欲求と、何からも守ってやりたいという欲求、両方を抱かせる。君が苛々しながらあの子に手を出せなかったわけがわかったよ」

 こいつも一ノ瀬のあの顔にやられたのか。やっぱり俺とこいつは似てるのかもしれない。

「あれは俺のだ、手を出すなよ」
「はは、それはご心配なく、俺が気に入ってるのはお前だから。だから俺とお前のことをあの子に話さなかった。俺の大事な切り札だ。そう簡単に使わないよ」

 舌を出し、アイスを下から上へ舐めあげる。卑猥な誘い方。前の俺ならホイホイ乗っていただろう。

「悪いけど俺はもうあんたの遊びには付き合わない。ここにも来ない」
「そんなこと言うなら、今までのことあの子にバラそうかな」
「バラしたきゃバラせばいいよ。土下座でも何でもして許してもらうから」
「つまんない男」
「つまんない男に用はないだろ、じゃあな」

 ソファから腰をあげ出口へ向かう。

「お前がその程度で満足できるのかな」

 扉が閉まる間際、背後から笑いを含んだ北野の声が聞こえた。

 勝手に言ってろ。一ノ瀬と仲直りをして、あのときの顔を見れたいま、俺は最高に幸せなんだ。こんな幸福な気持ちにさせてくれる一ノ瀬をもう二度と裏切ったりしない。神様にだって誓う。


(初出2008年)
【続きを読む】
スポンサーサイト
[PR]

Answer (10/11)

2020.09.15.Tue.


 20分後、北野のマンションについた。エレベーターに乗り込み11階へ。扉が開くのも待ちきれず隙間をすりぬけエレベーターからおりた。走って一番端、北野の部屋のインターフォンを押しながらドアノブをまわした。予想に反して手ごたえなくドアが開いた。

「一ノ瀬!」

 怒鳴って中に入る。カット台に座る一ノ瀬が俺を見て目を見開いた。

「木村、どうしてここに」
「な……、何してんだ、お前」
「見ての通り、散髪さ」

 一ノ瀬の後ろに立つ北野がハサミを手にニヤニヤ笑う。

「はあ?」
「今終わったところだよ。ちょうどいいタイミングだったね。どうだい、さっぱりしただろ」

 一ノ瀬の肩に手を置いて顔をのぞきこむ。一ノ瀬ははにかんで頷いた。

「ええ、ありがとうございました」
「どういうことか説明しろ」

 北野の手をねじりあげた。簡単にねじり返された。

「シャワーは嘘。本当はただトイレに行っていただけ。その間に電話がなったから俺がかわりに出た。どうして彼がここにいるかは、本人に聞くといい」

 道具を片付け北野は部屋から出て行った。扉が閉まる瞬間、

「買い物に行ってくる。留守番頼んだよ」

 という北野の声が聞こえた。

 なんだよ、いったいどういうことだよ。

「一ノ瀬、なんで北野の部屋にいんの」

 わけがわからず一ノ瀬に聞いた。髪が短くさっぱりしている。なにこんな時にこんなところで散髪なんかしてるんだ。俺がどれだけ心配したと思ってるんだ。心臓止まるかと思ったんだぞ。しかもなんだよそれ、ちょっと切りすぎじゃないか。額が出て幼く見えるぞ。

 短くなった前髪を触りながら一ノ瀬が俯く。自分でも短いと思ってるんだな。

「あれから色々考えたんだ、。お前があんなに怒るんだから、本当のことを言っているんじゃないかと思って」
「あ、頭、大丈夫だった?」

 咄嗟に手を伸ばして頭に触れた。俺が怒り狂ってトイレの扉に打ちつけた。一ノ瀬はこくりと頷く。

「あれで正気に戻れたよ。俺は瀬川さんにずっと嫉妬してた。お前があの店で働き出してからずっと気になっていた。見たくなんかないのに店に見に行ったりして、そんな日に北野さんからあんなことを言われて冷静でいられなくなった。お前を信じられなくて悪かった」
「いや、全面的に俺が悪いよ。色々ごめん。ほんとにごめん」

 やっとつかまえた。抱きしめてカットしたばかりの頭にキスした。

「どっちの言うことが正しいのか確かめるために、もらった名刺を見てここに来た。あの人は全部見抜いていたよ。俺とお前のこと。俺が瀬川さんに嫉妬していることも、それを木村が知っていることも、全部。だからあんなことを言って俺に揺さぶりをかけたんだって教えてくれた」

 北野の野郎、余計な真似すんなっていうんだ。おかげでどれだけ俺たちが傷ついて苦しんだか。もう俺たちは駄目なのかと思った。もう二度と一ノ瀬にこうやって触れることが出来ないかもしれないと覚悟しかけた。

 あ、やばい。まじで、泣けてきそう。

「北野さんの言ったことを鵜呑みにしてお前を信じられなくてごめん、今までお前を避けてごめん」
「もう謝んないで。 俺が悪いから。だから謝んないでくれ」

 そんなふうにしおらしくされると俺ほんとに泣いちゃいそうだよ。

 一ノ瀬を強く抱きしめた。一ノ瀬の手が俺の背中にまわる。胸に顔を埋めて、ふっと笑った。

「走って来たのか? 心臓がすごく早い」
「当たり前だろ、心配だったんだ。お前の携帯に電話したら北野が出て、お前はシャワー浴びてるなんて言うから、あいつに犯されるんじゃないかと思って俺どれだけ焦ったか」
「なんでもすぐそっちに結びつけるのをやめろ。北野さんはいい人だ。そんなことするわけないだろ」

 一ノ瀬、それ本気で言ってるのか。俺は思わず一ノ瀬の顔をまじまじ見た。一ノ瀬はいたって真剣な表情。 あいつ、うまく一ノ瀬を騙したな。俺にとってもそっちのほうが色々助かるからまぁいいか。

「その髪型、似合ってる」

 ちょっと子供っぽくなった一ノ瀬にキスした。

「北野さんが、これぐらいがいいって」
「俺、今日免許取ったよ」
「おめでとう」
「車買ったら、ドライブ行こうな」
「楽しみにしてる」
「うん、俺も楽しみだ」

 またキスした。自信を持って言える、今世界で一番幸せだ。

 幸せを噛み締めつつ、一ノ瀬のTシャツの中に手を入れた。一ノ瀬がはっと息を飲む。

「ちょ、木村、北野さんが帰ってくる」
「ばぁか、気をきかせて出てってくれたんだよ、しばらく帰ってこない」
「そんなことわからないだろ」
「帰ってきたっていい。見せつけてやる」

 一ノ瀬の手を引いてソファに座らせた。その向かい、床の上に膝で立って一ノ瀬と向きあった。一ノ瀬の手のひらにキスする。

「こないだ乱暴してごめん。ちゃんと謝りたかった」
「木村の話を聞いていればあんなことにならなかった。気にするな」
「俺ね、初恋は鉄雄さん。男は一ノ瀬入れて3人、付き合った女は……ごめん、忘れた。両親と中3の妹が一人いる。いま俺が好きなのは一ノ瀬、一人だけ、この先もずっと」

 また手のひらにキスした。俺のことを知らないならこれからゆっくり教えてやる。

 一ノ瀬が赤い顔で俺の頭をなでた。一ノ瀬が俺にこんなことをするなんて初めてで嬉しくなる。

 ソファに手をつき、今度は口にキスした。一ノ瀬も拙くそれに応えてくれる。ゆっくり押し倒した。服の中に手を入れた途端体に力が入ったが抵抗はなし。

「一ノ瀬のこと教えてよ」

 両手で脇腹を触りながら、平らな胸に余すところなくキスした。一ノ瀬の体がびくっと震える。

「お、俺は、兄が二人いる……、二人共成人して今は働いてる。両親は俺が小さい時に事故で死んだ。祖父にひき取られて…っ、今もそこで暮らして……るっ」

 時々一ノ瀬の声が裏返った。だんだん一ノ瀬の体が熱くなってくる。じっとり汗がにじむ体に俺は飽きることなく何度もキスして吸い付いた。 赤い印がそこかしこに出来る。

「暑いでしょ、脱いだら」
「でも」
「ほら、手あげて」

 Tシャツをひっぱりあげて脱がした。恥ずかしそうに一ノ瀬が俯く。俺も上を脱いだ。冷房が効いてるのに、体が熱い。

 俺を見上げる一ノ瀬の顔に不安の色。

「大丈夫、もう絶対ひどいことしないよ。一ノ瀬が嫌がることはしない。嫌になったら言って、そこですぐやめるから」

 上に覆いかぶさり、唇にキスした。



Answer (9/11)

2020.09.14.Mon.


 俺はいま、千葉県の自動車教習所にいる。予約していた合宿に参加中だ。

 一ノ瀬とは終業式のあの日から一言も口をきいていない。会ってもいない。電話しても繋がらない。一ノ瀬を怒らせた。完全に嫌われた。自分の愚かさに溜息しか出ない。

 ツインで同室になった高校生の荻窪という男が、合宿で一緒になった女の話をしているのを上の空できいていた。

「なぁ、木村、お前も今晩ボーリング行くだろ。お前が来るなら彼女たちも行くか考えるって言うんだよ、頼むから来てくれよ」
「そうだな」
「聞いてるか、人の話」
「そうだな」
「聞いちゃいねえよ」

 まだここにきて10日しか経っていない。あと一週間近くここにいなくちゃならない。一ノ瀬に会いたい。会ってちゃんと謝りたい。あんなことしたくなかったのに、頭にきて焦って理性を失って、一番してはいけないことを一ノ瀬にした。あいつ、頭打ったの、大丈夫だったんだろうか。

 心配すればするほど、悪いと思えば思うほど、どんどん胸が苦しくなる。苦しい。痛い。辛い。なんでこんなに苦しいんだ。どうして一ノ瀬だけは簡単に割り切ることができないんだ。

 会いたい。一ノ瀬の姿を一目でいいから見たい。声が聞きたい。 もうそれすら俺には許してもらえないんだろうか。

 携帯を出し、一ノ瀬に電話した。留守電に繋がる。

「この前はごめん、また電話する」

 何度目かわからないメッセージを吹き込み、電話を切ってベッドに寝転がった。

「ここ来てから何回目だよ、その電話。まだ彼女に許してもらえないのか?」

 向かいのベッドから荻窪が言う。

「もう諦めたら? ここ来てる子で可愛い子たくさんいるぞ。だから今晩のボーリング行こうぜ」
「俺、パス。もう寝るわ、おやすみ」

 荻窪に背中を向けた。早く帰りたい。どうしてこんな時に俺、合宿来てるんだろう。

~ ~ ~

 最短の日程で合宿を卒業した。帰る途中一ノ瀬に電話をしたがやっぱり繋がらない。そういえば俺は一ノ瀬の家を知らない。会いに行こうにも、どこへ行けばいいのかわからない。

 いつか、一ノ瀬が俺のことを良く知らないと言ったが、それは俺も同じだった。 俺も一ノ瀬のことを何も知らない。今更気付いて愕然となる。俺はこの一年、いったい何をしていたんだろう。

 試験場で適性検査と学科試験をパスし、免許証を手に入れた。今は何の意味もない免許証。嬉しくもなんともない。

 その足で鉄雄さんの店に向かった。俺が免許を取ったというと、お祝いだと酒を出してくれた。

「あとは車だな」

 そう言う鉄雄さんに無言で頷いた。

「元気がないな、嬉しくないのか」
「うん? まぁ、嬉しいよ」
「まだ一ノ瀬と仲直り出来てないのか」
「うん、って、気付いてたの?」
「そりゃあれだけ派手に北野さんとやりあったんだ、俺だって気付くよ」

 鉄雄さんに一ノ瀬のことは話していない。聞かれなかったし、わざわざ言うことでもない。確かに、北野のわざとらしい挑発に乗った俺を見たら、大概のことは想像がつくだろう。

「菱沼さんの言う通り、相変わらずなんだよ俺は」
「よくわからんが、早いとこ仲直りしちまえよ。あの子のために免許取ったんだろ」
「仲直りしたいのは山々だけど、その糸口がなぁ」

 なかなか見つからないのだ。俺は頭をかきむしった。

「電話しろよ」
「何回もしたよ」
「出るまでかけ続けろ」
「ストーカーじゃん俺」

 いや、もうすでにストーカー認定されるくらい何度もかけたか。 ポケットから携帯を出し、一ノ瀬に電話した。きっと出ない。また留守電だ。そう思っていたが、唐突に呼び出し音が途切れた。

『やぁ、ロン、久し振り』

 耳に飛びこんできた声は一ノ瀬とは別人のものだった。誰だこいつ。この声、この話し方、聞き覚えがある。

「てめぇ、北野か」
『声でわかってくれて嬉しいよ』
「なんでお前が一ノ瀬の携帯に出るんだよ、一ノ瀬はどうした」
『彼が俺の部屋に訪ねて来てね』
「だから、一ノ瀬はどうしたんだって聞いてんだよ、お前一ノ瀬に何しやがった!」
『あの子は今シャワー浴びてるよ。あぁ、もう出てくるみたいだ。邪魔するなよ、じゃあな』

 電話が切れた。もう一度かけた。電源が切られていて繋がらない。北野、あいつ、一ノ瀬に何する気だ。血が逆流する。体中が熱い。

「北野さんがどうしたんだ」

 鉄雄さんに答える時間も惜しく店を飛び出した。広い通りでタクシーを拾って北野の部屋の住所を告げる。怒りで体が震えてくる。畜生あの野郎、一ノ瀬に何かしやがったらただじゃおかない。

  もう一度一ノ瀬の携帯へ電話をした。やはり繋がらない。握り締める手の中で携帯が変な音を立て、壊れた。

「どうしたんですか」

 運転手が話しかけてきた。バックミラー越しに不安そうな目と合う。鼻息荒く体を震わせながら携帯電話を握り潰していたら不審がられても仕方がない。

「緊急事態なんです、急いでもらえませんか」

 運転席の横にある料金トレイに一万円を置いた。

「抜け道知ってるんで、そっち行きましょう」

 スピードがあがった。



Answer (8/11)

2020.09.13.Sun.


 朝一で一ノ瀬がいるクラスに出向いた。まだ人数の少ない教室、一ノ瀬は窓際の席に座って外の景色を見ていた。

 中に入って一ノ瀬の前の席に座る。一ノ瀬は俺に気付いているはずなのに、横を向いたままこちらを見ない。

「昨日、北野が言ったことなんだけど。あれ、全部デタラメだから。俺、ほんとに鉄雄さんのことはもうなんとも」

 話の途中で一ノ瀬が立ち上がった。俺の顔を見ずに教室から出て行く。俺の存在は完全無視だ。一晩経ったら少しは怒りも収まって話くらいは聞いてくれるんじゃないかと思っていたがどうやら甘い考えだったらしい。

 一ノ瀬を追いかけて教室を出たら松村と出くわした。

「お、木村、ここで何してんの」
「ちょっと一ノ瀬を──」
「一ノ瀬ならさっき廊下走ってどっか行ったぞ」
「まじか」

 松村の言う通り、廊下に一ノ瀬の姿は姿はなかった。何も走って逃げることないじゃないか。

 休み時間の度に一ノ瀬のいる二組に出向いたが、それより早く一ノ瀬は教室を出て姿をくらましていた。クラスの奴らから「一ノ瀬を探してるのか、ラブラブだなぁ、お前ら」とからかわれたが、これのどこがラブラブに見えるのか教えてもらいたい。

 放課後になっても一ノ瀬を捕まえることは出来なかった。あいつが消えるまえに教室に辿りついたとしても、反対側の出入り口から脱兎のごとく駆け出し姿を消す。さすが元陸上部。

 そんなことが数日続いた。さすがに異変に気付いたらしく、今日も教室に現れた俺を見て二組の奴らは「お前、ほんとに一ノ瀬に嫌われてるなぁ。もう諦めれば?」と勝手なことをほざきやがった。

 苛々がだんだん焦りにかわる。今週から夏休みに入る。その前にあいつを捕まえてきちんと話をしなくては。

 なのになかなか捕まえることが出来ず、とうとう終業式当日を迎えてしまった。

 体育館でおこなわれた終業式。その帰りが狙い目。教室に戻る一ノ瀬を捕まえて、何がなんでも話を聞かせる。今日こそくだらない誤解を解く。

 終業式が終わり、三年生から先に体育館を出て行く。人混みをかきわけ、一ノ瀬のクラスへ追いついた。一ノ瀬の後姿を見つけ、その腕を掴む。

「こっち来て」

 耳打ちして、渡り廊下から一ノ瀬を引っ張り出した。保健室横の男子トイレに連れこむ。一ノ瀬が「はなせ」とわめくのを無視して個室の扉に押し付けた。

「もう俺に関わるな!」
「俺の話聞いて」
「聞きたくない!」
「俺が好きなのはお前だけだ、鉄雄さんじゃない。北野が言ったのは嘘だ、お前を騙すために言っただけだ」
「俺を騙していたのはお前だ」
「違う、俺を信じろ」
「信じられるか!」

 かっと頭に血がのぼった。初めて会った北野の言うことは簡単に信じたくせに、長く一緒にいる俺の言葉は信じられないというのか。俺がどれだけお前を思って、どれだけお前を大事にしてきたか、その全部を信じられないと言うのか。

『だったら犯しちゃえばいいだろ』

 頭に北野の言葉が甦った。理性で押し隠してきた俺の願望。手っ取り早く一ノ瀬をものにできる方法。俺の理性の箍が外れた。

 後頭部を掴んでぶつかるようにキスした。 一ノ瀬が抵抗して暴れる。強い力で胸を押してくる。それがむしょうに俺を苛立たせた。

 制服をたくし上げ、裸の胸に吸い付く。肩を押された。腹が立って一ノ瀬を後ろ向きにひっくり返し、扉に押さえつけた。手を前にまわし、ベルトを外す。下着の上から一ノ瀬のものを握った。

「木村っ、馬鹿な真似はよせ!」
「馬鹿はどっちだ、俺より北野を信じたくせに!」
「俺を瀬川さんのかわりにするなっ!」

 一ノ瀬の言葉にブチ切れた。自分では制御不能な激しい怒り。暴れる一ノ瀬を、それこそ力任せに扉に打ちつけた。一ノ瀬が小さく叫ぶ。その体がグラリと傾ぐ。膝から崩れ落ちる一ノ瀬を咄嗟に抱きとめた。

「一ノ瀬っ」
「……馬鹿ッ……何するんだ……」

 頭をおさえて一ノ瀬が顔を顰める。サッと血の気が引いた。

「ごめんっ、ごめん、一ノ瀬! 大丈夫? どこ? ぶつけたのどこ?」

 慌てて一ノ瀬の頭をまさぐる。俺はなんてことを一ノ瀬にしたんだ。

「ごめん、一ノ瀬、ごめん」
「うるさい、もう俺に構うな。誰かのかわりなんてごめんだ」

 頭をおさえたままふらつく足取りで一ノ瀬はトイレから出て行った。追いかけたかったが足が動かない。理性を失い、怒りに任せて一ノ瀬にひどいことをした。そんな自分が信じられなかった。



深潭回廊(1)

Answer (7/11)

2020.09.12.Sat.


 俺は今、非常に気まずく、居心地が悪い。後ろめたいことがあると、人間てやつはこうも落ち着きをなくしてしまうものなのか。

  北野が鉄雄さんの知り合いだと名乗ってくれたのがせめてもの救いだ。だが安心は出来ない。北野は信用ならない。

「なに飲む?」

 鉄雄さんが一ノ瀬に問う。一ノ瀬はコーラを頼み、北野の隣に腰をおろした。

「ちょっと髪が長いんじゃない?」

 北野が一ノ瀬の髪を指ですくって言う。

「俺、美容師なんだ。良かったら店においで」

 ポケットの財布から名刺を取り出し一ノ瀬に渡した。一ノ瀬は黙ってそれを受け取った。 そんなもの受け取るな、行かなくていい。

 カウンターを拭きながら『余計なことをするな』と北野に念を送る。北野は目が合うと可笑しそうに目を細める。俺の反応を楽しんでやがる。

「木村はちゃんと仕事をしてますか」

 一ノ瀬が鉄雄さんに声をかけた。俺は真面目に働いてる。それもこれも車の助手席にお前を乗せるためだ。

「よくやってるよ、物覚えがよくて酒のレシピもあっという間に覚えたし、簡単な料理なら出来るし、俺がいなくても店を任せられるくらいだ」
「そうですか」

 一ノ瀬がちらと笑った。どこか暗い笑み。一ノ瀬は鉄雄さんには嫉妬する。そのせいかもしれない。

「わざわざ様子を見に来るなんて仲がいいんだね」

 北野が口を挟んだ。

「そんなには。俺は木村の事をよく知りませんから」

 なんでそんな寂しい事言うかな。俺は全てを一ノ瀬に捧げる覚悟があるのに、それを受け取らないのは一ノ瀬じゃないか。

「ああ、そうなの。じゃ、ロンが今恋わずらいをしてるってのも知らないのかな?」
「おい、北野、お前余計なこと言うなよ」

  俺の口調を咎めるような鉄雄さんの視線が飛んできたが、それを無視して北野の肩を掴んだ。一ノ瀬が驚いた顔で俺と北野の顔を交互に見る。

「友達なら知られても構わないだろ」

 北野は薄く笑いながら俺の手首を掴んだ。強い力。ミシリと嫌な音がした。

「好きな奴がいるらしいんだけど、手を出せなくて悩んでるんだそうだ。好きで好きでたまらないのに、そいつは相手にしてくれない、だから欲求不満で仕方ないって」
「やめろ、北野!」
「だから今は同じ学校の奴を相手にして気を紛らわせてるんだってさ。不毛だろ」
「なん……何の話をしてんだ、お前」

 血の気が引いた。サディストの笑みで北野が俺を見る。一ノ瀬の顔からは表情が消えていく。

「一ノ瀬、こいつの言うことは嘘だから」
「俺には関係ない話だ。仕事中に突然来て悪かった、もう帰るよ」
「一ノ瀬」
「俺が送ってあげるよ」

 北野が一ノ瀬の肩を抱く。

「てめえ、ふざけんな」
「北野さん、酒飲んでるから運転は無理ですよ」

 鉄雄さんの言葉に、北野は「そうだった」と両手を広げた。

「歩いて帰りますから。ご馳走様でした」

 震える手で財布から金を出し、それをテーブルに置くと一ノ瀬は足早に店を出て行った。

 ひどく怒っている。北野のあの言い方、あれじゃまるで俺がまだ鉄雄さんを好きで、一ノ瀬はそのかわりみたいに聞こえるじゃないか。北野は全て見透かしてあんな事を言ったんだ。あんな大嘘を。

 一ノ瀬を追いかけ店を出た。少し先を歩く一ノ瀬の腕を掴む。

「待って、一ノ瀬」
「言い訳は聞きたくない」

 怒りを押し殺した声。冷たい目で俺を見る。いつか俺が試験で手を抜いた時より怒っている。その比じゃない。

「待って、待って、頼むから話聞いて」
「お前は口だけの男だ。何も聞きたくない。俺は瀬川さんのかわりじゃないんだ、話ならあの人にするといい」

 俺の腕を振り払ってまた歩き出す。追い縋って肩を掴んで振り向かせた。一ノ瀬が俺を睨む。その目が泣きそうに赤い。それを見て言葉が詰まった。

「今まで俺はお前が何を考えているのかよくわからなかった。 でも最後にお前の本心を知ることが出来てよかったよ」
「最後ってなんだよ! 人の話聞け!」
「女じゃないんだ、責任取れなんて言わない。だからもう気にするな」
「責任って……取らせるようなことなんか何もなかっただろうが!」

 ついかっとして怒鳴った。一ノ瀬が口を閉ざして俺を睨む。俺も一ノ瀬を睨んだ。怒りで頭が真っ白になる。一ノ瀬を失う焦りで思考が空回りする。頼むから、もう少し時間をくれ。

 一ノ瀬が目を閉じ、息を吐き出した。

「はなしてくれないか、肩が痛い」

 思い切り強く掴んでいた。「ごめん」と手を離す。

「俺にも感情があるんだ。今の自分が惨めでたまらない。だから今後一切俺に話しかけてくるな。俺もお前には二度と関わらないから」

 静かな口調で言うとくるりと背を向け歩き出す。完全な拒絶。いま話しかけても無視される。手を伸ばして捕まえても振り払われる。そこまで一ノ瀬を怒らせ傷つけた。

 今は何を言っても無理だ。 俺の言うことなんか信じない。一ノ瀬は鉄雄さんには嫉妬する。北野の話で勘違いしたのはそのせいだ。

 そうだ、北野。あいつのせいだ。あいつのせいでこんなことになった。

 途端に怒りがわきあがる。店に引き返し、勢い良く扉を開けた。椅子に腰掛ける北野が俺を見てニヤリと笑う。その顔を殴りつけた。

「ロン、何をするんだ!」

 鉄雄さんが叫ぶ。

「こいつぶっ殺してやる!」

 胸倉を掴んで引き上げた。余裕綽々とした北野の笑み。それが最後の記憶。

~ ~ ~

 目が覚めた。目を動かし、ここが鉄雄さんの店の二階だと気付く。どうしてここで寝てるんだっけ。

 窓の外は真っ暗だった。顎が酷く痛む。冷たい湿布が張ってあった。触って思い出した。北野。 俺はあいつに殴りかかった。そのあとの記憶がない。

 北野への怒り、一ノ瀬への焦り、もどかしさ、罪悪感。いろんな感情がごちゃまぜになってうまく整理できない。苛立ち、ベッドから出て下におりた。

 店はまだ営業中で客が三人いた。北野はもういない。鉄雄さんが俺に気付いた。

「大丈夫か」
「俺、どうした?」
「北野さんに殴られて気失ったんだよ。あの人ボクシングしてるから、一発くらってダウンだ。馬鹿だな、あの人に殴り合いで勝てるわけないだろ」

 格闘技をしているとは聞いていたがボクシングとは聞いていない。殴られたことにも気付かないで俺は気絶したのか。あの細身の体のどこにそんな威力があるのか。

「ごめん、今から店出るよ」
「無理しなくていいぞ」
「ん、大丈夫」

 その夜はずっと頭がぼんやりした。北野に殴られたせいだろうか。一ノ瀬を怒らせたショックだろうか。

 あんな北野の嘘、きちんと話せば誤解がとける、俺はそう思っていた。だから、今すぐにでも一ノ瀬に会いに行きたいのを我慢する事が出来た。少し楽観視しすぎていたと気付いたのはその翌日だ。


カラオケ行こ!

狂児さん…(*´Д`)