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言えない言葉(11/11)

2020.08.25.Tue.
10

 木村と別れたあと、猛勉強のおかげでなんとか無事、志望校に合格した。そこでも俺はバスケ部に入った。ここのバスケ部は全国大会出場の常連校で、中学の時とは比べ物にならない練習のきつさだった。それでもなんとか食らい付き、実力を伸ばして行った。練習と試合に明け暮れ、あっという間に三年生になっていた。

 今日はうちと毎年全国大会をかけて争う住永大学付属高校との練習試合。俺はそこで信じられない顔を見つけた。ロンがベンチに座っていたのだ。あいつ、本当にここを受験して合格していたのか。

 久し振りに見るロンは、中学の時より背が伸びて、男らしい体つきになっていた。185cm以上はありそうだ。前より髪の色が明るくなっている。思わず目を奪われるいい男になっていた。

 俺は、男はロン以外知らないし興味もない。ロンと別れてから女にしか興味がわかなかったのに、ロンを一目見て一気に昔の感情がわきあがってきそうになり慌てた。

 練習試合が始まった。ロンはずっとベンチだった。ロンは出ないのだろうか。

 試合も終盤、諦めかかったラスト五分、ようやくロンが出てきた。俺はみんなに注意するよう呼びかけた。あいつの実力は俺が知っている。

 コートの中で目が合った。ロンがニッと笑う。俺を覚えているようだ。そんな些細なことが嬉しい。

 ロンにパスがいった。表情を消したロンがうちの選手を一人抜かし、二人抜かし俺の目の前へ。シュートの構え、目はバスケットを睨んでいる。打たせるか。ロンと一緒に飛び上がった。ロンの体がリングから離れる。フェイダウェイ・ジャンプショット! ボールがリングを通過した。

「うちが勝つぜ」

 戻っていく時ロンが俺に言った。 ロンの目つき、本気だ。ゾクリと寒気がした。ロンがこんなふうに闘志を露わにしたのを初めて見る。見ない間、いったい何があったんだ? その変貌振りに戸惑った。

 そして試合はロンの言葉通り、住大の勝ちで終わった。

 体調でも悪いのか、試合が終わった途端ロンが床に倒れこんだのが見えた。かなりスタミナ不足のようだ。練習をさぼっているのか? ロンを取り囲む部員の輪に俺も加わった。

「ロン、なんだそのざまは」

 声をかけた俺を、まわりの奴が驚いた顔で見る。

「久し振り、長野さん」
「バスケはやめるんじゃなかったのか」
「やめたよ、今日はたまたま。もうやんねえ」

 とロンが笑った。こういうところは前とかわらない。

 今日はたまたまということは、やっぱりバスケを続けていたわけではなかったのか。残念に思いつつ、試合に出たわけを尋ねると、

「かわいい恋人に頼まれちゃってね」

 と制服姿の男子生徒を指差した。真っ赤な顔で否定する男を思わず睨むように見てしまった。なんの変哲もなく、前の谷口のように中性的な顔をしているわけでもない。普通の、面白味もない真面目そうな男。こいつのどこに惹かれたのか。

 このまま別れるのも惜しくて食事に誘った。ロンはその男に行ってもいいかと聞いた。

「どうして俺に聞く」

 男が言う。俺もそう思う。どうしてわざわざこいつの了承が必要なんだ。

「俺はおまえのもんだし」
「俺のものにしてやったつもりはない。おまえとは何の関係もないんだ、好きなときに好きなところへ行け。行って二度と戻ってくるな、この変態!」
「な、いい感じだろ」

 俺を見て自慢するように言う。俺は引きつって笑いながらこの男に嫉妬した。俺の時とは違ってロンがこの男に夢中になっているように見えたからだ。

 学校を出て駅前のファーストフード店にロンと二人で入った。向き合って座りながら、目の前でポテトを口に放り込むロンを見つめた。

 中/学生の時はまだ幼さが残っていたが、高校生になったロンはその幼さが抜け、男らしさが増していた。男の俺でも見とれてしまう整った面構え。

「驚いたよ、まさか本当に住大に入っていたなんてな」
「がんばったからね、俺」

 がんばったくらいで入れる成績じゃなかったはずだ。どんな手品を使ったんだ。

「本当にバスケはしてないのか」
「してないよ、今日は一ノ瀬に言われて参加しただけだって」
「一ノ瀬って、あの制服の」

 そう、とロンが頷く。

「あいつ、お前の新しい男?」
「そうしたいんだけど、なかなか手強そうなんだよ」
「今度は諦めないのか?」
「諦める? なんで?」

 谷口の時はあっさり引き下がったじゃないか。谷口の前にも一度男に振られてる、そう言ったじゃないか。来る者は拒まず、去る者は追わず。お前はそういう性格だったじゃないか。

「あいつを諦めるなんて考えた事ないなぁ」

  ロンは食べ終わったハンバーガーの包み紙を手で丸めた。俺はその指先を見つめた。

 ロンと別れたのは過去の話だ。いや、付き合っていたと言っていいかもわからない関係だった。密な関係だったのは二ヶ月弱と短い期間。

 俺が女の子から告白され、付き合うつもりだと言った時、ロンは俺を引きとめもせず、怒りもせず、まったく感情を揺らすことなく「いいんじゃない」とだけ言った。それが全て。

 ロンが誰かに固執するなんて初めてのことだ。あの一ノ瀬という男のために中学までと言っていたバスケの試合に出た。そこでそいつのためだけにロンは本気を出した。

 もう終わった関係なのに、俺は一ノ瀬に嫉妬した。もう終わってるのに、ロンを前にすると心がざわついた。もしかして俺はまだロンを引きずっているのだろうか。忘れられない男であるのは確かだ。なんせ俺の初めての相手だ。

「長野さんは? 彼女と続いてんの?」
「彼女って、中三の時の? まさか、いつの話だよ」

 中学三年の時にロンと別れて付き合った子とは一年足らずで別れた。そのあと二人と付き合ったが、どれもあまり長続きしない。

「俺を振ったくせに、案外あっけないんだな」

 俺がロンを振った? その逆だろ。お前は最初から俺を好きじゃなかった。俺が他の女の話をしても、眉一つ動かさなかったじゃないか。あの時お前が俺を引きとめてくれたら、俺だって他の女と付き合ったりなんかしなかった。実質的に、あの時振られたのは俺のほうだ。

「あの一ノ瀬っての、そんなに好きなのか?」

 俺の問いに、頬杖をついたロンがニンマリ笑う。

「うん、好きだね、欲しい」

 そんな言葉、俺は一度も言われたことがない。あいかわらずあっけらかんと言う男だ。

「じゃあ──、」

 俺のことは好きだったか?

 今なら聞けるような気がした。が、開いた口をまた閉じた。

「ま、頑張れよ」

 別の言葉が出た。聞くのが怖い。ロンは「おう」と応える。

 やっぱり今もまだ、傷つきたくはない。


(初出2008年)
好きすぎて泣く(´;ω;`)
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言えない言葉(10/11)

2020.08.24.Mon.


 九月の学力テストの結果がきた。順位が前と同じくらいに戻りとりあえず一安心した。二年のテストの結果をロンに聞くと、

「まぁ、そこそこ」

 との返事。また赤点か、赤点すれすれの点数を取ったのだろう。

 九月の末、俺はクラスの女子に告白された。いつもよくしゃべっていた子で、気が合う友達のような存在だった。文化祭が終わった放課後に呼び出され、前から好きだったと告白された。咄嗟にロンの顔が思い浮かんだ。返事は保留にしてもらった。

 悪い気はしない。可愛い感じの子だし、話をしていても楽しいし、彼女にするには申し分ない。

 保留にしたのはロンの反応を見てみたかったからだ。なんとなく想像は出来るが、それでも怖いものみたさ半分、期待半分、そんな感じだった。

 今日は久し振りに部に顔を出した。一際張り切って声を張り上げる真田が目に付いた。ロンは一年に付きっ切りで何やら指導している。

 大雑把な指示は真田がし、個人への指示はロンの役目。そんな役割分担が出来ているようだった。

 俺は静かに体育館の中に入って見学した。

 ロンと谷口の会話が聞こえてきた。怯えていた谷口も今では普通にロンと話が出来るようになっている。

「僕の身長ではやっぱりバスケ、無理なんでしょうか」

 自信なさげに谷口が言う。

「んなことねえよ」
「でもディフェンスでは圧倒的に不利です」
「お前は背が低いから、背の高い奴にはドライブが有効なんだよ。あとスリーポイント、これを確実に決められるようにするんだ。出来たら次はスリーポイントラインの1メートル外からでもシュートできるようになれば、お前より背の高い奴がマークについても外に引っ張り出すことが出来るだろ」

 先輩らしいロンの姿につい頬が緩む。

 ロンが俺に気付いた。谷口の肩を叩き、ロンがこちらへやってくる。

「どうしたの、珍しい」
「ちょっと話があって。終わるまで部室で待ってるよ」
「OK」

 ロンが練習に戻った。途端に一年から質問攻めにされている。いつの間にこんなに慕われていたのか。

 しばらく見学してから部室に向かった。懐かしい匂いがする。ずっと置きっぱなしになってる雑誌を拾い上げベンチでそれを読んだ。読みながら、ここでロンにいかされたことを思い出し、苦笑した。

 練習が終わり、二年生がやって来た。俺を見つけてみんなが驚いた顔をする。適当に話をして、着替えを済ませたロンと部室を出た。

「で、話って?」

 門を出たところでロンが先に切り出した。

「クラスの子に告白されたんだ」
「へぇ」

 ロンは驚いた顔をした。だが、実際驚いていないことはわかっている。

「かわいいの?」
「まぁ、そうかな」
「で?」
「付き合おうかと思ってる」
「いいんじゃない」

 気にするふうもなく、前髪をかきあげロンが言い放つ。やっぱりこういう反応だったか。予想はしていたが、内心落胆した。

「今までむりやり俺に付き合わせて悪かったね、 長野さん」

 謝られる筋合いはない。俺が好きだと言ったことは忘れたんだろうか。なんだか少しやるせない。

「俺、ほんとにお前が好きだよ、ロン」
「わかってるって」

 ロンが笑う。

 お前は俺が好きだったか? 聞いてみたい言葉を飲み込む。傷つきたくはない。

「俺も次は女の子にしようかな」

 眠そうな目つきでロンが言った。



言えない言葉(9/11)

2020.08.23.Sun.


 夏休み頭に行われた関東大会。結果はベスト8。途中まで調子が良かったのだが、相手チームのファウルでロンが転倒。捻挫してメンバーから外れたのが一番痛かった。

 ロンと公式戦で一緒にプレイするのはこれが最後になるのかと思うと寂しさが込み上げてくる。

 バスケは全中大会まで。そう決めていた。それに出られない以上、俺は受験勉強に専念するつもりだった。

 バスケをしない夏休み。勉強机に向かっても、時計を見ては今頃みんな練習しているのだろうなと溜息が出た。

 新しい主将は真田になった。監督と副キャプテンの栗原と俺の三人で話し合った結果だ。最初はロンをキャプテンに、という話だったが、ロンが嫌がるだろうと思い至り真田になった。そのかわりロンは副キャプテンになって、真田の手綱を握ってコントロールしてもらう、というわけで満場一致。

 ロンの反応は一瞬の間こそあいたが、嫌がらず引き受けてくれた。キャプテンになった真田は異様にはりきっていた。空回りして息があがらなければいいが。

 今日は練習が終わった頃ロンと落ちあう約束になっている。その時間が待ち遠しい。

 ロンに好きだと言った。好きにならなくていいと言われた。その言葉通りの意味なのだろう。最初から『試したい』だけの関係だったのだから。不毛な関係だ。それでも、俺はあいつに対する特別な感情を捨てることが出来ない。

 もうすぐ時間だった。少し早いが俺は家を出た。いつも別れる三叉路、そこでロンを待つ。十分ほどしてロンがやってきた。俺を見つけ、のんびり手をあげる。

「いつから待ってたの、汗だくじゃんか」
「ちょっと前だ」
「ふぅん。行こっか」
「ああ」

 行こっか。ああ。このなにげないやり取りが嬉しいなんて、隣のこいつは知りもしないんだろう。

「練習どうだった?」
「サージがはりきってうるさい」

 俺は笑った。真田がはりきる姿は容易に想像できた。

「俺もまた練習したいなぁ」
「すればいいだろ」
「受験が終わったらな。高校入ったらまたやるよ。お前もバスケ、続けるだろ?」

 学校が違ってもバスケをしていたら、いつかロンと試合ができる日がくるかもしれない。そんな期待をしていたのだが、

「俺はやんない」

 ロンはきっぱり言った。

「なんで」
「バスケは中学だけで充分。高校行ったら遊ぶ」
「遊ぶって……なんでっ」

 ロンくらいの才能があるなら高校でも続けるべきだ。中学まででやめてしまうのはもったいない。

「今遊ばなきゃいつ遊ぶの」
「いつだって遊べるだろ」
「バスケもいつだって出来るよ」

 続けろよ、言いかけて口を閉ざした。ロンは人からやれと言われることを嫌う。期待されることも嫌う。

 関東大会の時、みんな無意識にロンに期待して、苦しい局面にはロンにボールを集めた。ロンが捻挫してベンチに戻った時、負けるかもしれない、そう思った。その時点でもう負けていた。ロンはみんなのそんな期待を肌で感じていたに違いない。ロンは期待されることを嫌う。バスケを続けることは、かつてロンを失語症になるまで追い詰めた状況を再び作るようなものなのかもしれない。そう思うと俺は何も言えなくなった。

 大きな家に到着した。今日は誰もいない、ロンがそう言っていた通り、家の中は静まり返っていた。

 汗かいたからとロンがシャワーを浴びている間、俺は一人、ロンの部屋で待った。時間を持て余し、本棚を物色する。高校生向けの問題集を見つけた。まさか、と思って開いてみる。途中まで回答が書かれてあった。意外に綺麗なロンの文字。小学/生の時から高校の問題を解いていたのか。そりゃ壊れもするだろう。なんだかやるせない気持ちになった。

 することもなくベッドに寝転がった。ロンの部屋にはテレビがない。退屈だ。

 しばらくしてロンが戻ってきた。ボクサーパンツ一枚。手にお茶の入ったコップが二つ。そのひとつを机において、もうひとつは自分で一気に飲んだ。

「これからどうする? 外にバスケットゴールがあるけど少しする?」

 さっき俺が練習したいと言ったからそんなことを言い出したのだろう。俺は首を横に振った。ベッドからおりてロンの前に立つ。肩に手を置き、顔を近づけキスをした。石鹸の匂いがする。キスしたままベッドに倒れこんだ。ロンが俺の服を脱がせる。

「今日はちょっと先に進むよ」

 今までお互い触りあってイクだけだった。先に進むということはそれ以上のことをする、という意味。不安や恐怖に勝る欲。

 ロンが俺のものを手に握り、上下に動かす。俺の顔を見る目が優しい。ロンの背中に手をまわした。

「も、ムリ」

 いきそうなところで手をはなされた。 え、とロンを見る。ロンはいつの間にか手に小さなボトルを持っていて、その中身を手のひらに出していた。透明な粘り気のあるそれ。実物を見たのはこれが初めて。

「ローション?」

 ロンが頷く。手のひらをこすり合わせ、その手で俺のものを握った。 少し冷たい。

「力抜いて」

 息を吐き出す。ロンの手が俺のうしろへ伸びる。自分でさえ触った事のない場所をロンの指がなぞった。鳥肌が立った。

「ロン、何する気だよ」
「指入れるだけ、力抜いてて」

 俺はロンの言いなりだ。言われた通り力を抜こうとしたが、触られるとどうしても力が入ってしまう。

「ムリだよ」
「ちょっと入れるよ」

 異物感。俺の顔を見ながらロンが指を入れる。俺は目を閉じ、我慢した。人差し指が一本、根元まで入った。中で動かされ、眉間にしわが寄る。また冷たい感触。ローションがそこに垂らされた。 二本目が入る。中を広げられ、ローションが中に入るのがわかった。

「平気?」
「う、うん、まだ大丈夫」

 中で指が動く。

「このへんに性感帯があるはずなんだけどなぁ」

 ロンの呟きが聞こえた。俺は自分のものを握り、上下に扱いた。

「入れてもいい?」

 ロンが俺を見て言う。上気して顔が少し赤い。口で息をしながら、俺は小さく頷いた。 もうなんとでもしてくれ、そんな気分だった。

 ゴムをつけた自分のものにもたっぷりローションを垂らし、ロンが俺の中に入ってくる。指とは違ってやっぱりきつい。それでも指である程度ほぐしたせいか、ローションのせいか、案外すんなり入った。

「すごいな、きついよ、長野さん」

 ロンの声が擦れていた。ロンが腰を動かすたび、異物感に顔が歪んだ。だがそれに慣れると自分でも腰を振っていた。あたると気持ちいいところがある。そこがさっきロンが言っていた性感帯なのかもしれない。ロンにしがみついてみっともなく声をあげた。

 今回はロンのほうが先にいった。俺の上に覆いかぶさって荒い息を整え、それが終わると俺のものを握って扱き上げる。俺も簡単に果てた。

「どうだった?」

 後片付けをし、身繕いを終えてロンが俺に聞く。そんなふうに聞かれて俺はどう答えればいいんだ。

「ロンはどうだったんだ」
「俺は気持ち良かった」

 恥ずかしげもなく言う。あっけらかんとした性格がたまに羨ましい。

「長野さんは?」
「俺も、まぁ」
「気持ち良かった?」
「まあな」

 恥ずかしくて顔を背けた。そんな俺の頬にロンがキスする。顔が熱い。

「これから色々楽しめるな、長野さん」
「無理だよ、俺は受験生だからな」
「つまんないこと言うなよ」

 立ち上がったロンは机から煙草を取り出し火をつけた。

「お前っ、煙草なんか吸ってんのか」
「うん」

 振りかえって無頓着に頷く。

「吸う?」

 と俺に差し出してきた。少し悩んで俺もそれに口をつけた。吸い込み、吐き出す。まずい。

「うまくないだろ」

 頷いて煙草を返した。ロンは返された煙草の火を見ながら、遠くを見るように目を細めて笑う。なぜか嬉しそうだ。

「そろそろ帰るよ、もう遅いし」
「送る?」
「いいよ」

 玄関先でロンと別れ、家に帰った。

 それから何度かロンの家を訪ね、 そのたびに体を重ねた。

 ロンの好奇心は俺の想像を超えていた。俺の後ろに指を入れ、「一度肘まで入れてもいい?」そんな恐ろしいことを言い出した。さすがにそれは断った。

 たまにバスケで1on1をした。少し動かない間にずいぶん体がなまっていて、ロンの動きについて行くことができなかった。

 夏休みはあっという間に終わった。



言えない言葉(8/11)

2020.08.22.Sat.


 放課後、俺はそわそわしていた。昨日、木村の家に行くと約束したが、いつどこで木村と落ち合えばいいのか決めていなかったのだ。木村が三年の俺のクラスまで迎えに来るのか? 俺が行くのか? 部室で待つほうがいいのだろうか。

 考えながらノロノロ教室を出てとりあえず靴を履きかえた。校舎裏の体育館へ向かう途中、後ろから声をかけられた。

「今日、練習休みだぜ」

 木村が立っていた。

「お前を待ってたんだよ」
「あぁ、そうなんだ。じゃ行こっか」

 木村と並んで歩く。いつもとかわらない木村の表情。こいつは今何を考えているんだろう。俺だけが落ち着かない気分なんだろうか。どうしてこいつはいつもこんなに落ち着いていられるんだろう。

 いつも別れる三叉路を木村と一緒に曲がる。しばらく歩いて「ここ」と木村が顎をしゃくった。

 次の曲がり角までぐるりと廻る白い壁。駐車場らしいシャッター、その横に勝手口のような小さな戸。そこの鍵をあけて木村が中に入った。ここが木村の家。その大きさに驚いた。

 木村に続いて勝手口から中に入る。右手に屋根だけの倉庫のような広い駐車場。シャッターの前に車が二台並んでとめてある。その奥の空きスペースには大きなバイクが一台、更に奥の壁にはバスケットのゴールが設置してあった。こいつはここで毎日練習しているのかもしれない。

 左手には洋風な建物に似合わない小さいが立派な日本庭園。俺はそこで初めて鹿威しを見た。

 大きな玄関の戸を開け中に入る。俺の部屋ほどある広い玄関。白く光る床。

「あがって」

 言って木村は俺の前にスリッパを置き、さっさと歩き出す。気後れしながらあとに続いた。

 廊下の先の階段を上っている時、女の人の声がした。立ち止まって振りかえる。綺麗な女の人が立っていた。

「お帰りなさい、論」
「ただいま、昨日言った部活の先輩」

 と、木村が俺を指差す。俺は頭をさげた。木村のお母さんのようだ。にしても綺麗な人だ。木村は母親似なんだろう。

「いらっしゃい、ゆっくりしていってね。あとでケーキを持って行くね」

 木村が階段をのぼって先に進む。もう一度木村の母親に会釈し、俺も二階へあがった。

 木村が開けた部屋の中に入った。 六帖の俺の部屋の倍はありそうな広い部屋。左手、壁一面の棚、そこに本がびっしり埋まっている。漫画の類はなく、すべて勉強に関するものだ。

 正面に勉強机、手前にベッド、右手はベランダ。中に入ってから、本棚の奥は三帖ほどのウォークインクローゼットになっていることに気付いた。

「お前、すごいな。金持ちだったんだ」
「金持ちは爺さんだよ、俺はただの学生」

 爺さんの財産はいつかはお前が相続するんだろうとは言わないでおいた。つまらんやっかみだ。

 本棚の奥のクローゼットで着替えを済ませ、木村が戻ってきた。左耳にピアス。

「お前、ピアスなんてしてるのか」
「うん、そうだよ」

 なんでもない顔で言ってベッドに座る。

「いつまでもつっ立ってないで長野さんも座ったら?」

 木村の隣には座れず、勉強机の椅子に座った。その直後ノックの音。扉が開いて、木村のお母さんが中に入ってきた。勉強机にケーキと紅茶を置いた。

「本当にゆっくりして行ってちょうだいね、論がお友達を連れてきたのは初めてなの」

 嬉しそうにニコニコ笑う。

「母さん、もういいから」

 木村に言われ、おばさんは名残惜しそうに部屋を出て行った。

「優しそうなお母さんだな」
「普通だよ」
「甘やかされて育ったんだろ、お前」
「昔はああ見えてスパルタだったんだぜ」

 論は立ち上がり、机のケーキに手を伸ばした。上に乗っかるフルーツを指でつまんで口に入れる。

「すごい勉強してたって本当か?」

 ちらりと壁一面の本を見た。すごい量だ。 参考書と辞書、事典に並んで、小中/学生には縁のない難しい専門書まである。

「昔の話だよ。母さんは俺に期待しまくってたから、今はさぞがっかりしてるだろうな」

 ニヤっと皮肉に笑った。

「人からやれって言われたり期待されたり、そういうの、もううんざりなんだ」

 言ってフォークをケーキに突き立て、かぶりついた。

 勉強のしすぎで壊れた。そう聞いた話も、満更デタラメではないようで、これ以上聞くのは躊躇われた。

「今キスしたら甘い味がするよ、長野さん」

 口のまわりのクリームを拭った木村が俺に向きなおって言う。俺の肩に手をおいて顔を近づけてくる。甘ったるいにおい。俺は目を閉じ、少し口をあけた。唇が触れたと同時に舌が入ってくる。木村の言う通り、クリームの甘い味がした。

「ベッド行こう」

 腕を引っ張られ、ベッドに連れて行かれた。下には木村のお母さんがいる。もし急に部屋に入って来られたら……。俺の不安を見透かして、

「母さんは滅多に俺の部屋には来ないから」

 木村が俺にキスしながら言った。少し安心。しかし緊張する。ベッドに押し倒された。木村の手がベルトを外し、中に入ってくる。じかに触られるのは前に更衣室でイカされた時以来。

「今日は反応早いね」

 笑いを含んだ木村の声。俺のものはもうすでに大きくなっていた。ずっと焦らされ続けたせいで俺の体と心はおかしくなっている。

「早く」

 喘ぐようにねだった。

「俺のも触って」

 耳元に囁かれた。抗えず手を伸ばす。木村のベルトをもどかしく外し、それを引っ張り出す。初めて触る他人のもの。

 二人でそれを扱きあった。何度もキスした。興奮して我を忘れた。相手が木村じゃなかったらこうはならなかった。これが『好き』という感情なのかわからない。でもいつだって俺は木村のことばかり考え、その姿を探していた。

「木村、俺、もう」

 空いてる左手で口を押さえた。ただイカせるだけの愛撫にあっけなく果てた。木村が俺の顔の横に突っ伏す。耳元に荒い呼吸。木村ももう出そうなんだろう。びくっと脈打ち、木村も果てた。大きな溜息をついて、木村が顔をあげる。

「やべ、汚しちゃった」

 手から零れたものが俺の下着を濡らしていた。木村がティッシュで拭いてくれたがそんなもので乾くはずもない。俺の履く? という木村の申し出は断り、じっとり湿る下着を我慢することにした。

「手、洗いに行こっか」

 木村に言われ、下におりて手を洗う。先に木村が上に戻った。少し遅れて上に戻ろうとしたら木村の母親に引きとめられた。

「今日は来てくれてありがとう。私のせいであの子、友達が一人もいなかったから。これからも論と仲良くしてやってね」

 昔はスパルタだった母親。期待され部屋に閉じ込められて勉強漬けの毎日。そして木村は壊れ、声を失った。

「安心してください。木村は学校で人気がありますから」
「ほんとに? 良かったわ」

 安堵して母親は微笑んだ。息子への負い目、罪悪感が見え隠れする笑みだった。

 母親と別れ、部屋に戻った。木村はベッドの上で目を閉じて寝転がっている。

「ロン」

 初めて下の名前で呼んだ。パチっと目が開く。

「なに?」
「俺、お前のこと好きだよ」

 一瞬だけ木村が驚いたような表情を見せた。

「別に好きになんなくていいって言ったのに」

 少し困ったような笑顔だった。この日初めて、俺は自分から木村にキスした。



言えない言葉(7/11)

2020.08.21.Fri.


 悔しいほどに俺は木村を意識しまくっていた。それなのに木村はいつもとかわらず淡々としている。部にきてもひたすら練習に打ちこんで俺を気にもしない。無意識に木村を目で追っている自分に気付いて自己嫌悪する。

  何より最悪なのは、木村をオカズにしてしまったことだ。それも一度や二度じゃない。汚れた手を見て死にたくなる。

 あれ以来、木村はことあるごとに口実を作っては俺と二人になる時間を作り、隙を見つけてはキスしてくる。俺の股間を触る。でも直に触ってくることはあの日以来ない。それが俺を焦らしている。いけない行為だとわかっているのに、初めて他人から与えられた快感はそう簡単に忘れられるものじゃない。それが例え俺と同じ男だとしてもだ。

 六月の学力テスト、いつもの三十位ほど順位を落とした。年があければ高校受験だというのに気が引き締まらない。木村のせいにするのは嫌だが、四六時中あいつのことが頭から離れないのは事実だった。

 かつてダントツの成績をほこっていたという木村は、期末考査で赤点を取ったらしい。

 こいつは一年の時からテストの結果はあまり良くないようだ。真田がそのことで木村をからかっているのを何度か目にしたことがある。木村の方はそんな真田を相手にしない。それが真田をイラつかせているとわからないのだろうか。わかっていて、逆にからかっているのかもしれない。

 今も真田に1on1を挑まれ、相手をしている木村は実力を出しきっていない。どこか緩慢な動きで、それでも真田からボールを奪い取り、足の下をくぐらせるレッグスルーで真田を挑発している。真田の顔は真剣そのもの。対して木村は薄ら笑い。対照的な二人。

 真田は得をしていると思う。こうして木村と1on1をする機会が一番多いのは真田だ。木村もまだ発展途上ではあるが、部での実力はすでに上位。ボールの扱いに関して言えば部でも一、二を争うほど上手くなっている。その木村の相手をしていれば得るものも多い。事実、真田は二年の中で木村に次いで実力を伸ばしている。

 木村がフェイクで真田をかわし、レイアップシュート。リングを通過して落ちてきたボールを真田にパスするとベンチにやってきた。ドリンクを飲んでふぅと息をつく。

「お前、欠点とったんだって?」

 話しかけると木村はこちらを向いた。

「期末?」
「あぁ」
「取ったよ」
「取ったよって……お前、進路とかどうする気だ? 何か考えてるのか」
「あぁ、進路かぁ、住大にしようかなぁ。家から一番近いし」

 住大? 住永大学付属高校のことか?

「お前、あそこ偏差値高いんだぞ、わかってんのか?」
「そうなの?」

 知らないでそんなことを言ったのか。道理で。赤点をとるような奴が住大にいけるわけがない。

「お前の成績じゃ到底無理だな」
「そんなのやってみなきゃわかんないって。そっか、偏差値高いのか。ちょっと勉強したほうがいいかな」

 ちょっと勉強したくらいで入れるなら俺だって入りたい。そんなに甘くないってことがこいつはわかっていないらしい。練習に戻る木村の背中を見ながら呆れて溜息が出た。あれくらい楽観主義だと羨ましくなる。悩んでいる自分が馬鹿みたいだ。

 練習後、監督から次の試合のメンバーが発表された。俺はセンターで先発、木村はポイントガード。

  本来木村のプレイは徹底して点を取りに行くスタイルだ。いつか「バスケは点を取らなきゃ面白くない」と言っていた通り、木村のシュート決定率は高い。これも部活がない日にやっている個人練習のたまものだろう。

 そんな木村はシューティング・ガードやスモール・フォワードのほうが向いている。実際、過去の試合ではそのポジションで出場し、充分すぎる活躍をみせた。みんなが木村にパスをまわすようになり、期待も集まった。途端、木村がポジションをかえてほしいと言い出した。スモール・フォワードとして木村を育てようとしていた監督はそれを断り、試合に出した。木村の動きがあきらかに鈍った。試合にはかろうじて勝ったが、その後監督と木村で話し合い、木村はポイント・ガードに変更になった。

 ポジションがかわっても木村は活躍した。試合の流れを読む能力に長けていて、個人の能力を引き出すことも上手かった。ここぞと言う時には自ら点を取り、みんなの士気をあげた。

「天才的才能」

 監督がいつかそう呟いたのを聞いた。俺もそう思った。もちろん人一倍努力しているが、木村にはみんながどれほど努力しても持ちえない才能がある。それが日に日に開花していくのを見るのは楽しみでもあり、 恐ろしくもあった。こいつは底が知れない。

 スターティングメンバーに選ばれたのに木村は顔色一つかえず、それどころか退屈そうに欠伸をしている。試合にも、自分がスターターだということにも、まったく興味がないのだ。

 解散になって、俺は木村の背中を叩いた。

「勝って全国大会行くぞ」
「はは、行けたらね」

 興味のない顔で言う。木村の活躍なくしてこの関東大会勝ち進めない、俺はそう思っていた。ここで負ければ俺たち三年は即引退だ。こんなところで終わりたくない。

 着替えをすませ、俺は木村と体育館を出た。最近木村と一緒に帰ることが増えている。

 途中、工場と家の塀に挟まれた細い路地を通る。そこでいつも木村にキスされた。今日も木村にキスされながら、俺は熱におかされたように喘いだ。木村の手が俺の下半身に伸びる。今日も布越しに触れてくるだけ。中途半端に大きくされて、 いつも突き放される。 それが悔しい。

 今日は仕返しのつもりで木村のものを触った。触ったのはこれが初めてだ。

 驚いた木村がピクンと反応した。手でその形をなぞるように撫でる。大きくなっていくそれに悦びを感じる。

 キスをやめた木村が俺の目を見つめてきた。笑みを浮かべ、

「明日練習休みだろ、うち来ない?」

 返事は決まっているのに俺は少し考えるふりをしてから頷いた。

「じゃあ、続きは明日」

 言って木村は先の角を右に曲がった。いつもここで木村と別れる。明日は俺も右に曲がるのか。

 明日、今日の続きをすると言う。木村は何をするつもりなんだろう。期待と不安。ただの好奇心や欲求だけでない何かを俺は木村に感じていた。