未成年のネクタイ(10/10)
2020.08.14.Fri.
<1→2→3→4→5→6→7→8→9>
むしゃくしゃする。俺はあいつを好いていた。同じ男として友人として弟として。あいつが俺を好きだと言わなければずっと付き合っていける関係だと思っていた。あいつにとっては残酷なことかもしれないが、時間が経てば目を覚ますはずだ、そう思っていた。実際あいつは女でもいける。俺への気持ちは一時の気の迷い。だが、そう思いこもうとしていたのは俺だけだった。
甘やかしたのがいけなかったのか。それが、あいつに変に期待を持たせてしまったのか。
頭をかきむしった。
「くそっ」
テーブルをドンと叩いた。階段の軋む音に振りかえるとその先に菱沼がいた。
「うるさくって寝てらんねえじゃねえか」
顎をかきながら俺の隣に座る。どこまで聞かれていたのか。いや、全部上に筒抜けだっただろう。居心地が悪い。
「鉄雄のお節介な性格のせいだぜ、あいつを勘違いさせたのは」
「そんなつもりじゃなかった」
「まぁ、これからは誰彼構わず拾ってくんなよ」
俺の背中を叩いて笑う。俺は項垂れた。菱沼の言う通りだ。
テーブルに置いていた携帯が鳴った。ロンからだ。表示された名前を見て俺と菱沼は顔を見合わせた。しばらく鳴って切れた。また着信。
「最後に言いたいことでもあんじゃねえの、出てやれよ」
菱沼に言われ、携帯に出た。
「……誰だ、お前?」
電話から聞こえてきたのはロンとは別人の声だった。
~ ~ ~
店から少し離れた場所の廃校。二階の教室に、椅子に縛られたロンがいた。すでに何発か殴られたらしい、顔が腫れ、口と鼻から血が流れている。俯いて動かない。意識がないのかもしれない。
電話の相手は、以前公園のバスケットコートでやりあった三人組。俺の店から帰る途中のロンを拉致し、ロンの携帯を使って俺をこの廃校へ呼び出した。
怒りで目の前が霞む。こんなに頭に来たのは初めてだ。
「そいつを放せよ」
自分の声を遠くに聞いた。感情とは裏腹に声は冷静だ。
「ほんとに言われた通り一人で来たのか」
教室に現れた俺を見て吊り目の男が言う。
「あぁ、ずっと携帯を通話中にしてただろ。俺がお前らから連絡もらってここまで来る間、誰とも話なんかしてないのはお前らだって知ってんだろ」
ロンの携帯でこいつらから連絡が来て、一人でやって来いと言われた。俺が急いで廃校へ向かうその間、携帯はずっと通話中。こいつらはそれで俺の行動を監視していたのだ。
吊り目が顎をしゃくる。大男と帽子男が俺の脇に立ち、腕を掴んだ。俺の前に吊り目が立つ。
「ガキが舐めた真似したくれたよなぁ?」
と俺の顔を覗きこんできた。
「あんたらわかってんのか、拉致監禁その上暴行、立派な犯罪だぜ」
「うるせえよ」
腹を殴られた。前に殴られた時も昼飯を食ったあとだったな、そんなことを思い出した。足を蹴られた。床に膝をつく。三人がかりで殴られ、蹴られた。
視界の隅で椅子に座っているロンが動いたのが見えた。顔をあげ、袋叩きにされている俺を見つけ、目が見開かれる。
「鉄雄さん!」
叫びながら、椅子の上で暴れる。ロンに気付いた大男がロンの腹を蹴った。ロンは椅子ごと後ろにぶっ倒れた。
「そいつに手ぇ出すな!」
「なにかっこつけてんだ、馬鹿かお前は」
帽子男に髪を捕まれ引っ張り上げられた。
「悪いことしたら謝るんだってこと、ガキでもわかるよな?」
俺がお前たちに謝るだって? 死んだ方がマシだ。
「謝るのはてめえらだ、今ならまだ許してやるよ」
言い終わらないうちに殴られた。
視界の端に、廊下で動く人影を確認した。三人は気付いていない。
背後の帽子男の腹に肘を入れた。呻いて俺の髪を放す。大男の顔面に裏拳を入れ、目の前の吊り目には頭突きした。二人共鼻から血を出し、よろけてニ、三歩さがった。
「お前、ほんとに殺されたいのか」
鼻をおさえてすごんでくる。ロンを人質にとり、数で勝っているからと自分たちが優位だと思いこんでいる。
「前にも言ったろ、お前らにゃ無理だって。俺が一人で来たと本気で思ってんのかよ」
「人質奪還成功」
突然の声に三人が驚いて振りかえった。縛られていたロンを解放した菱沼がピースサインを作って笑っている。
「お前、卑怯だぞっ」
「どっちがだよ」
菱沼が残忍な笑みを浮かべて言った。
「なぁ、てっちゃん、こいつらやっちゃっていいよね。犯罪者だもん。加減なんか必要ないよね」
菱沼は俺より好戦的な性格でこの状況を心底楽しんでいるのがその顔にあらわれていた。
「好きなだけやれよ」
「昨日はパーティで女とやりまくって、今日はこいつらぼこって、いいよなぁ、こういうの。生きてるって感じがするよ」
菱沼は素早い動きで吊り目の腹を殴った。吊り目は腹を押さえてその場に崩れ落ちた。ゴト、と床に頭を打ちつけ動かない。他の二人はそれを見て顔を青くした。
「ま、待て、待ってくれ」
今更言ってももう遅い。菱沼を止めることは出来ない。俺はこの場を菱沼に任せ、ロンをつれて学校を出た。
「大丈夫か、お前」
ロンは黙って頷いた。初めて会った時も、こんなふうにボロボロになった姿だった。近くの公園に立ち寄り、水道で顔を洗った。傷口が少し痛む。顔を顰める俺をロンが心配そうに見ている。
「また俺のせいだ」
ロンが言う。その頭を叩いた。
「違うよ。先に手を出したのは俺だし、あいつらの狙いは俺だったんだ。お前には迷惑かけたな」
俯くロンの顔が歪んだ。 目から溢れた涙が音を立てて地面に落ちる。
「とりあえず店に戻るか。傷の手当しなきゃな」
泣きじゃくるロンを連れて店に戻った。
ロンの傷の手当をしながら初めて会った時のことを思い出した。あの日ロンは一言も口をきかなかった。一切感情らしいものを表に出さなくて変なガキだと思った。今じゃ、俺の前で泣き顔だって見せてくれる。たいした進歩だ。
手当てが終わった。そういえば菱沼の奴、帰りが遅いな。あいつのことだから負ける心配はないが、やりすぎてしまう心配がある。その時俺の携帯が鳴った。菱沼からだ。今からそっちに戻る、とだけ言って通話が切れた。
「菱沼だ、こっちに戻ってくるって」
ロンは安心したようにほっと息を吐き出した。
お互い無言で気詰まりな空間。ほんの数時間前に好きだと言われた奴とどんな顔をして向き合えばいいのかわからない。
「俺ちょっと寝るわ」
ベッドに横になり、目を閉じた。耳鳴りがするような静けさ。眠ろうとしたってなかなか眠れない。長い時間が過ぎた。帰りの遅い菱沼にイライラが募る。
ロンが動く気配に薄目をあけた。鞄を肩にかけ、ロンが立ち上がるのが見えた。帰るつもりらしい。ロンがこちらに向きなおった。目を閉じてたぬき寝入りを続ける俺の耳に、近づいてくるロンの足音。息遣いを感じるほどに、ロンの顔が近くにきた。
「鉄雄さん、ごめんね」
ロンの声。その後、俺の唇に何か触れた。足音が遠ざかっていく。階段をおり、扉の開閉の音を聞いてから、俺は目をあけた。
顔が熱い。ロンにキスされた。別に不快じゃなかった。怒りもない。お別れのキス。最後の一回くらい、許してやる。
しばらくして菱沼が戻ってきた。にやけ顔で俺を見てくる。
「あいつ、出てったな」
「見てたのか」
「離れたとこからな。ちょっとかわってるけど、悪い奴じゃなかったよな」
「まぁな」
「一回くらい、相手してやってもよかったんじゃねえの」
「馬鹿言うな」
あいつに友情以上の感情はもてない。でもまたいつかどこかで、あいつに会えたらいいなと思う。
むしゃくしゃする。俺はあいつを好いていた。同じ男として友人として弟として。あいつが俺を好きだと言わなければずっと付き合っていける関係だと思っていた。あいつにとっては残酷なことかもしれないが、時間が経てば目を覚ますはずだ、そう思っていた。実際あいつは女でもいける。俺への気持ちは一時の気の迷い。だが、そう思いこもうとしていたのは俺だけだった。
甘やかしたのがいけなかったのか。それが、あいつに変に期待を持たせてしまったのか。
頭をかきむしった。
「くそっ」
テーブルをドンと叩いた。階段の軋む音に振りかえるとその先に菱沼がいた。
「うるさくって寝てらんねえじゃねえか」
顎をかきながら俺の隣に座る。どこまで聞かれていたのか。いや、全部上に筒抜けだっただろう。居心地が悪い。
「鉄雄のお節介な性格のせいだぜ、あいつを勘違いさせたのは」
「そんなつもりじゃなかった」
「まぁ、これからは誰彼構わず拾ってくんなよ」
俺の背中を叩いて笑う。俺は項垂れた。菱沼の言う通りだ。
テーブルに置いていた携帯が鳴った。ロンからだ。表示された名前を見て俺と菱沼は顔を見合わせた。しばらく鳴って切れた。また着信。
「最後に言いたいことでもあんじゃねえの、出てやれよ」
菱沼に言われ、携帯に出た。
「……誰だ、お前?」
電話から聞こえてきたのはロンとは別人の声だった。
~ ~ ~
店から少し離れた場所の廃校。二階の教室に、椅子に縛られたロンがいた。すでに何発か殴られたらしい、顔が腫れ、口と鼻から血が流れている。俯いて動かない。意識がないのかもしれない。
電話の相手は、以前公園のバスケットコートでやりあった三人組。俺の店から帰る途中のロンを拉致し、ロンの携帯を使って俺をこの廃校へ呼び出した。
怒りで目の前が霞む。こんなに頭に来たのは初めてだ。
「そいつを放せよ」
自分の声を遠くに聞いた。感情とは裏腹に声は冷静だ。
「ほんとに言われた通り一人で来たのか」
教室に現れた俺を見て吊り目の男が言う。
「あぁ、ずっと携帯を通話中にしてただろ。俺がお前らから連絡もらってここまで来る間、誰とも話なんかしてないのはお前らだって知ってんだろ」
ロンの携帯でこいつらから連絡が来て、一人でやって来いと言われた。俺が急いで廃校へ向かうその間、携帯はずっと通話中。こいつらはそれで俺の行動を監視していたのだ。
吊り目が顎をしゃくる。大男と帽子男が俺の脇に立ち、腕を掴んだ。俺の前に吊り目が立つ。
「ガキが舐めた真似したくれたよなぁ?」
と俺の顔を覗きこんできた。
「あんたらわかってんのか、拉致監禁その上暴行、立派な犯罪だぜ」
「うるせえよ」
腹を殴られた。前に殴られた時も昼飯を食ったあとだったな、そんなことを思い出した。足を蹴られた。床に膝をつく。三人がかりで殴られ、蹴られた。
視界の隅で椅子に座っているロンが動いたのが見えた。顔をあげ、袋叩きにされている俺を見つけ、目が見開かれる。
「鉄雄さん!」
叫びながら、椅子の上で暴れる。ロンに気付いた大男がロンの腹を蹴った。ロンは椅子ごと後ろにぶっ倒れた。
「そいつに手ぇ出すな!」
「なにかっこつけてんだ、馬鹿かお前は」
帽子男に髪を捕まれ引っ張り上げられた。
「悪いことしたら謝るんだってこと、ガキでもわかるよな?」
俺がお前たちに謝るだって? 死んだ方がマシだ。
「謝るのはてめえらだ、今ならまだ許してやるよ」
言い終わらないうちに殴られた。
視界の端に、廊下で動く人影を確認した。三人は気付いていない。
背後の帽子男の腹に肘を入れた。呻いて俺の髪を放す。大男の顔面に裏拳を入れ、目の前の吊り目には頭突きした。二人共鼻から血を出し、よろけてニ、三歩さがった。
「お前、ほんとに殺されたいのか」
鼻をおさえてすごんでくる。ロンを人質にとり、数で勝っているからと自分たちが優位だと思いこんでいる。
「前にも言ったろ、お前らにゃ無理だって。俺が一人で来たと本気で思ってんのかよ」
「人質奪還成功」
突然の声に三人が驚いて振りかえった。縛られていたロンを解放した菱沼がピースサインを作って笑っている。
「お前、卑怯だぞっ」
「どっちがだよ」
菱沼が残忍な笑みを浮かべて言った。
「なぁ、てっちゃん、こいつらやっちゃっていいよね。犯罪者だもん。加減なんか必要ないよね」
菱沼は俺より好戦的な性格でこの状況を心底楽しんでいるのがその顔にあらわれていた。
「好きなだけやれよ」
「昨日はパーティで女とやりまくって、今日はこいつらぼこって、いいよなぁ、こういうの。生きてるって感じがするよ」
菱沼は素早い動きで吊り目の腹を殴った。吊り目は腹を押さえてその場に崩れ落ちた。ゴト、と床に頭を打ちつけ動かない。他の二人はそれを見て顔を青くした。
「ま、待て、待ってくれ」
今更言ってももう遅い。菱沼を止めることは出来ない。俺はこの場を菱沼に任せ、ロンをつれて学校を出た。
「大丈夫か、お前」
ロンは黙って頷いた。初めて会った時も、こんなふうにボロボロになった姿だった。近くの公園に立ち寄り、水道で顔を洗った。傷口が少し痛む。顔を顰める俺をロンが心配そうに見ている。
「また俺のせいだ」
ロンが言う。その頭を叩いた。
「違うよ。先に手を出したのは俺だし、あいつらの狙いは俺だったんだ。お前には迷惑かけたな」
俯くロンの顔が歪んだ。 目から溢れた涙が音を立てて地面に落ちる。
「とりあえず店に戻るか。傷の手当しなきゃな」
泣きじゃくるロンを連れて店に戻った。
ロンの傷の手当をしながら初めて会った時のことを思い出した。あの日ロンは一言も口をきかなかった。一切感情らしいものを表に出さなくて変なガキだと思った。今じゃ、俺の前で泣き顔だって見せてくれる。たいした進歩だ。
手当てが終わった。そういえば菱沼の奴、帰りが遅いな。あいつのことだから負ける心配はないが、やりすぎてしまう心配がある。その時俺の携帯が鳴った。菱沼からだ。今からそっちに戻る、とだけ言って通話が切れた。
「菱沼だ、こっちに戻ってくるって」
ロンは安心したようにほっと息を吐き出した。
お互い無言で気詰まりな空間。ほんの数時間前に好きだと言われた奴とどんな顔をして向き合えばいいのかわからない。
「俺ちょっと寝るわ」
ベッドに横になり、目を閉じた。耳鳴りがするような静けさ。眠ろうとしたってなかなか眠れない。長い時間が過ぎた。帰りの遅い菱沼にイライラが募る。
ロンが動く気配に薄目をあけた。鞄を肩にかけ、ロンが立ち上がるのが見えた。帰るつもりらしい。ロンがこちらに向きなおった。目を閉じてたぬき寝入りを続ける俺の耳に、近づいてくるロンの足音。息遣いを感じるほどに、ロンの顔が近くにきた。
「鉄雄さん、ごめんね」
ロンの声。その後、俺の唇に何か触れた。足音が遠ざかっていく。階段をおり、扉の開閉の音を聞いてから、俺は目をあけた。
顔が熱い。ロンにキスされた。別に不快じゃなかった。怒りもない。お別れのキス。最後の一回くらい、許してやる。
しばらくして菱沼が戻ってきた。にやけ顔で俺を見てくる。
「あいつ、出てったな」
「見てたのか」
「離れたとこからな。ちょっとかわってるけど、悪い奴じゃなかったよな」
「まぁな」
「一回くらい、相手してやってもよかったんじゃねえの」
「馬鹿言うな」
あいつに友情以上の感情はもてない。でもまたいつかどこかで、あいつに会えたらいいなと思う。
(初出2008年)

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未成年のネクタイ(9/10)
2020.08.13.Thu.
<1→2→3→4→5→6→7→8>
さっき俺が立っていたところに女が一人立っていた。俺と目が合い、ぎこちなく笑いかけてくる。
「あなたも一人?」
「まあ、うん」」
「友達と来たんだけど、私だけ取り残されちゃって」
と笑う。二十歳前後。顔つきは幼いが胸が大きい。アンバランスな体。大きな胸を強調するような露出の多い服装。ここがどういう場所かわかってきている。
少し話をした。女の手のグラスが空になっていた。
「おかわり、もらってこようか?」
女は「いい」と首を振って俺の腕を掴んだ。間近に俺の目を覗きこむ。
「下は個室になってるんだって」
「……行く?」
頷く女を連れて下におりた。女の言う通り、壁でいくつかに仕切られている。まだ扉はついていない。廊下を歩いているとあちこちの部屋でシーツにくるまる男女の姿が見えた。とんだ乱交パーティだ。
「ここ、あいてるよ」
女が指差した空き部屋に二人で入った。菱沼は今どうしているだろう。ふと思い出したが、女にキスをせがまれすぐ頭から消えた。
女が上になった。ずっしり重い胸を揉みしだく。女が喘ぎ、腰を振る。果てた。少し横になってまた女を組み敷いた。雰囲気に飲まれている。興奮がなかなか醒めない。
事のあと、疲れて少し眠った。体が痛くて目が覚めた。隣の女はまだ眠っている。服を着て部屋を出た。携帯で時間を確認したら23時過ぎ。五階に戻ってウーロン茶をもらった。
部屋の隅に酔いつぶれて寝転がる女がいた。スカートがまくれて下着が見えている。悲惨な姿だ。
菱沼を探したが見当たらない。陣内さんもどこにいるかわからない。
女に声をかけられた。目がいってる。こいつはクスリをやっている。近寄りたくなかったが、腕を掴まれ引き寄せられた。
「私を一人にしないで」
抱きつかれた。まわりを見たが連れはいないようだ。溜息が出た。
「俺行かなきゃ」
「一人にしないで」
首に抱きついてくる。きつい香水のにおい。女を壁にもたれかけて座らせた。持っていたウーロン茶を飲ませる。
「私じゃ駄目なの?」
潤んだ目が俺を見上げる。だらしなく開いた口から赤い舌が見えた。
「そういうんじゃなくて人を待たせてるから」
「待たせておけばいいじゃない」
女の手がズボンのジッパーをおろし、中から俺のものを引っ張り出す。
「いや、無理だって」
「無理じゃないよ」
言って俺のものを口にくわえる。なかなか反応しなかったものが次第に大きくなっていく。そばを通りすぎた誰かが俺たちを見てニヤニヤ笑った。
女は俺の上に跨って腰を動かした。俺の前に誰かとやっていたんだろう。中は十分すぎるほど潤っていた。最悪だ。
やけくそで俺も腰を動かした。もはや快感はない。空しいだけの虚脱感。隣に女が倒れこむ。俺も疲れて眠った。
~ ~ ~
陣内さんに叩き起こされた。隣ににやけた顔の菱沼も立っている。
「起きろ、いつまで寝てんだ」
菱沼の手を借りて立ち上がった。隣にいた女がいつの間にかいなくなっていた。
「帰るぞ」
まだ頭はぼんやりするが 陣内さんについてビルを出た。いつの間にか太陽がのぼっている。今は何時なんだ? 携帯を見る。午前八時。学校は完璧遅刻だ。隣で欠伸をする菱沼は気にする素振りもない。
陣内さんに車で店まで送ってもらった。菱沼と並んで車を見送り、のろのろと店に入った。二人とも疲れていた。中に入るとすぐ横になって眠った。
次に目を覚ましたのは昼前だった。菱沼が頭が痛いと呻いている。二日酔いとクスリの後遺症だ。
俺一人でコンビニに行って弁当を買って帰った。唸る菱沼に鎮痛剤を飲ませ、俺は下で弁当を食べた。携帯が鳴った。ロンからだ。そういえば、昨夜あれからどうしたんだろう。
『今どこ?』
「今は店で昼飯食ってる」
『良かった、もうすぐ着くから』
「もうすぐって、学校は?」
『今はテスト期間中だよ』
プッと電話が切れた。しばらくしてロンが店にあらわれた。走ってきたのか息が荒い。
「よ、テスト中に遊んでんじゃねえぞ」
「昨日ずっと待ってたんだよ」
「ずっと?」
「朝までずっと」
「馬鹿か、お前」
待ってても無駄だと言ったのに、テスト期間中、いつ帰ってくるかわからない俺をずっと待っていたのか。
「ちゃんと勉強しろよ、こないだ欠点とって追試だったそうじゃねえか、真田が言ってたぞ」
「テストなんかどうだっていい」
口調が荒い。珍しくロンに余裕がない。どうしたんだ、こいつ。昨日俺が帰ってこなかったから怒ってるのか。でも俺はいつ帰るかわからないから待つなと言ったはずだ。
脇に抱えるバスケットボールに気付く。今日も練習するつもりなのか。
「お前、もしかしてテスト中でも練習してんのか」
「そんなことどうだっていいってば」
ロンがテーブルを叩いた。ロンがこんなふうに感情を表現することは今までなかったから面食らった。
「何怒ってんだよ」
「昨日、何してたんだよ」
「だからパーティに呼ばれたんだって言ったろ」
「パーティで何したの、女と寝たのか」
「まぁな」
ロンが唇を噛み締める。顔が赤い。
「お前を呼ばなかったから怒ってるのか?」
「違う」
「じゃ、何だ、いい加減俺も怒るぞ」
「女を抱きたいなら俺にいえよ。また前みたいにイカせてやるから、もっと、気持ち良くさせてやるから」
瞬間的に頭に血がのぼって手が出ていた。殴られたロンの体がよろめく。俺が忘れてやろうとしていたことを掘り返してくるからだ。
「なにふざけたこと言ってんだ、お前」
頬をおさえ、ロンが俺を睨む。恨みがましい目。
「好きなんだ」
擦れた声でロンが言った。
「はぁ?」
「鉄雄さんが好きなんだ、女なんか抱いて欲しくない」
ついに言いやがった。
俺は咄嗟にそう思った。薄々そうじゃないかと気付いていた。俺を見るこいつの目。過度な体へのスキンシップ。この前の晩の出来事。俺に好意を寄せているとしか思えなかった。俺は気付いていて知らない振りをしていた。今までの関係を続けるなら、ずっとそのまま知らないふりをするつもりだった。なのにこいつはそれをぶち壊した。裏切られたような気がして腹が立った。
「てめえとはこれで終わりだ。二度と俺の前にその面出すな、この店にも来るな。わかったな!」
「鉄雄さんっ」
「うるせえっ、二度も言わすな、とっとと出ていけ!」
出口を指差す。青白い顔をしたロンが唇を震わせ俺を見ていたが、やがて目を伏せ、店から出て行った。
さっき俺が立っていたところに女が一人立っていた。俺と目が合い、ぎこちなく笑いかけてくる。
「あなたも一人?」
「まあ、うん」」
「友達と来たんだけど、私だけ取り残されちゃって」
と笑う。二十歳前後。顔つきは幼いが胸が大きい。アンバランスな体。大きな胸を強調するような露出の多い服装。ここがどういう場所かわかってきている。
少し話をした。女の手のグラスが空になっていた。
「おかわり、もらってこようか?」
女は「いい」と首を振って俺の腕を掴んだ。間近に俺の目を覗きこむ。
「下は個室になってるんだって」
「……行く?」
頷く女を連れて下におりた。女の言う通り、壁でいくつかに仕切られている。まだ扉はついていない。廊下を歩いているとあちこちの部屋でシーツにくるまる男女の姿が見えた。とんだ乱交パーティだ。
「ここ、あいてるよ」
女が指差した空き部屋に二人で入った。菱沼は今どうしているだろう。ふと思い出したが、女にキスをせがまれすぐ頭から消えた。
女が上になった。ずっしり重い胸を揉みしだく。女が喘ぎ、腰を振る。果てた。少し横になってまた女を組み敷いた。雰囲気に飲まれている。興奮がなかなか醒めない。
事のあと、疲れて少し眠った。体が痛くて目が覚めた。隣の女はまだ眠っている。服を着て部屋を出た。携帯で時間を確認したら23時過ぎ。五階に戻ってウーロン茶をもらった。
部屋の隅に酔いつぶれて寝転がる女がいた。スカートがまくれて下着が見えている。悲惨な姿だ。
菱沼を探したが見当たらない。陣内さんもどこにいるかわからない。
女に声をかけられた。目がいってる。こいつはクスリをやっている。近寄りたくなかったが、腕を掴まれ引き寄せられた。
「私を一人にしないで」
抱きつかれた。まわりを見たが連れはいないようだ。溜息が出た。
「俺行かなきゃ」
「一人にしないで」
首に抱きついてくる。きつい香水のにおい。女を壁にもたれかけて座らせた。持っていたウーロン茶を飲ませる。
「私じゃ駄目なの?」
潤んだ目が俺を見上げる。だらしなく開いた口から赤い舌が見えた。
「そういうんじゃなくて人を待たせてるから」
「待たせておけばいいじゃない」
女の手がズボンのジッパーをおろし、中から俺のものを引っ張り出す。
「いや、無理だって」
「無理じゃないよ」
言って俺のものを口にくわえる。なかなか反応しなかったものが次第に大きくなっていく。そばを通りすぎた誰かが俺たちを見てニヤニヤ笑った。
女は俺の上に跨って腰を動かした。俺の前に誰かとやっていたんだろう。中は十分すぎるほど潤っていた。最悪だ。
やけくそで俺も腰を動かした。もはや快感はない。空しいだけの虚脱感。隣に女が倒れこむ。俺も疲れて眠った。
~ ~ ~
陣内さんに叩き起こされた。隣ににやけた顔の菱沼も立っている。
「起きろ、いつまで寝てんだ」
菱沼の手を借りて立ち上がった。隣にいた女がいつの間にかいなくなっていた。
「帰るぞ」
まだ頭はぼんやりするが 陣内さんについてビルを出た。いつの間にか太陽がのぼっている。今は何時なんだ? 携帯を見る。午前八時。学校は完璧遅刻だ。隣で欠伸をする菱沼は気にする素振りもない。
陣内さんに車で店まで送ってもらった。菱沼と並んで車を見送り、のろのろと店に入った。二人とも疲れていた。中に入るとすぐ横になって眠った。
次に目を覚ましたのは昼前だった。菱沼が頭が痛いと呻いている。二日酔いとクスリの後遺症だ。
俺一人でコンビニに行って弁当を買って帰った。唸る菱沼に鎮痛剤を飲ませ、俺は下で弁当を食べた。携帯が鳴った。ロンからだ。そういえば、昨夜あれからどうしたんだろう。
『今どこ?』
「今は店で昼飯食ってる」
『良かった、もうすぐ着くから』
「もうすぐって、学校は?」
『今はテスト期間中だよ』
プッと電話が切れた。しばらくしてロンが店にあらわれた。走ってきたのか息が荒い。
「よ、テスト中に遊んでんじゃねえぞ」
「昨日ずっと待ってたんだよ」
「ずっと?」
「朝までずっと」
「馬鹿か、お前」
待ってても無駄だと言ったのに、テスト期間中、いつ帰ってくるかわからない俺をずっと待っていたのか。
「ちゃんと勉強しろよ、こないだ欠点とって追試だったそうじゃねえか、真田が言ってたぞ」
「テストなんかどうだっていい」
口調が荒い。珍しくロンに余裕がない。どうしたんだ、こいつ。昨日俺が帰ってこなかったから怒ってるのか。でも俺はいつ帰るかわからないから待つなと言ったはずだ。
脇に抱えるバスケットボールに気付く。今日も練習するつもりなのか。
「お前、もしかしてテスト中でも練習してんのか」
「そんなことどうだっていいってば」
ロンがテーブルを叩いた。ロンがこんなふうに感情を表現することは今までなかったから面食らった。
「何怒ってんだよ」
「昨日、何してたんだよ」
「だからパーティに呼ばれたんだって言ったろ」
「パーティで何したの、女と寝たのか」
「まぁな」
ロンが唇を噛み締める。顔が赤い。
「お前を呼ばなかったから怒ってるのか?」
「違う」
「じゃ、何だ、いい加減俺も怒るぞ」
「女を抱きたいなら俺にいえよ。また前みたいにイカせてやるから、もっと、気持ち良くさせてやるから」
瞬間的に頭に血がのぼって手が出ていた。殴られたロンの体がよろめく。俺が忘れてやろうとしていたことを掘り返してくるからだ。
「なにふざけたこと言ってんだ、お前」
頬をおさえ、ロンが俺を睨む。恨みがましい目。
「好きなんだ」
擦れた声でロンが言った。
「はぁ?」
「鉄雄さんが好きなんだ、女なんか抱いて欲しくない」
ついに言いやがった。
俺は咄嗟にそう思った。薄々そうじゃないかと気付いていた。俺を見るこいつの目。過度な体へのスキンシップ。この前の晩の出来事。俺に好意を寄せているとしか思えなかった。俺は気付いていて知らない振りをしていた。今までの関係を続けるなら、ずっとそのまま知らないふりをするつもりだった。なのにこいつはそれをぶち壊した。裏切られたような気がして腹が立った。
「てめえとはこれで終わりだ。二度と俺の前にその面出すな、この店にも来るな。わかったな!」
「鉄雄さんっ」
「うるせえっ、二度も言わすな、とっとと出ていけ!」
出口を指差す。青白い顔をしたロンが唇を震わせ俺を見ていたが、やがて目を伏せ、店から出て行った。
未成年のネクタイ(8/10)
2020.08.12.Wed.
<1→2→3→4→5→6→7>
夏休みが終わった。 今日も俺は学校終わりに店に寄った。もう日課になっている。上にあがってテレビを見ていると携帯に着信。時間が早いがもしかしたらロンかもしれない。そう思ったが、電話の相手は菱沼だった。
「どうした」
『パーティに誘われたんだ、行くだろ』
「誰の」
『陣内さんの知り合い。ビルのオーナーの孫なんだって』
陣内さんは去年卒業した俺たちの先輩。やくざと繋がりがあると有名で、学校では一目もニ目も置かれていた。なぜか俺たちは陣内さんに気に入られ、在学中よく可愛がってもらった。
『工事中のビルで今日パーティがあるらしい。陣内さんが誘ってくれたんだ、お前も行くよな?』
パーティか。最近女っ気ゼロだったからな。ロンに手でイカされたことは今思い出しても顔が熱くなる。あれも女を相手にしていなかったせいだ。
「OK、何時からだ」
『陣内さんが車で迎えに来てくれるんだ。店に寄ってもらうから着く前に連絡する』
「わかった」
携帯を切ったあとでロンを思い出した。あいつ、今日もうちに来るつもりだろうか。今連絡してもバスケ部の練習中で電話には出ないだろう。今日は出かけるから店に来るなとメールを打って送信した。制服を着替えて出かける準備をして待った。
夕方の6時過ぎに迎えの車がきた。運転席にサングラスをした陣内さんが咥え煙草で座っている。俺を見て、
「久し振りだな、鉄雄、元気そうじゃないか」
と笑う。
「ええ、陣内さんも、元気そうで」
「いいから乗れ」
後部座席、菱沼の横に座った。
そこから車で30分、五階建てのビルの地下駐車場に車は入って行った。工事中と聞いていたが外から見た限りでは完成しているように見えた。
駐車場はすでに20台近い車が駐車してあった。地下からの入り口で見張りらしい男が二人立っている。陣内さんはポケットから黒いカードを取り出しそれを渡した。それが入場パスのようだ。二人が道をあけ、俺たちは中に入って階段をあがった。内装はまだのようで、あちこちにシートが張られてあったり、ペンキが置きっぱなしになっている。
会場は最上階の5階。非常口の戸を開け中に入る。 途端、むっとした熱気。ワンフロアぶち抜いた広い空間に重低音の音楽が腹に響く。暗い照明で五メートル離れた場所にいる奴の顔もよく見えない。低い囁き声と女の嬌声。今までいた場所とは別世界で一瞬目が眩んだ。
右手に急ごしらえのバーカウンターがあって、そこで黒服が酒を出していた。カウンターの奥にソファ、そこに何人かが座って話をしている。
「俺はちょっと挨拶に行ってくる。お前らは適当に楽しんどけ」
陣内さんは外したサングラスをポケットに入れながらソファのほうへ歩いて行き、真ん中に座る一人に声をかけた。そいつは立ち上がって陣内さんの肩を抱き、親しげに笑いかけた。年は二十代半ばくらいだろうか。このパーティの主催者だろう。一体どこで知り合った人なんだか。陣内さんの人脈には驚かされる。
「とりあえず、なんか飲むか」
隣の菱沼が言った。二人でカウンターへ。黒服の男がじろりと俺たちを見た。
「メニューだ」
ダンボールの切れ端を渡された。そこに手書きで酒の名前がいくつか、その下に見慣れない文字。
「これは?」
「クスリだ」
菱沼の問いに男は無頓着に答える。俺と菱沼は顔を見合わせた。
「合法のものだ」
男が付け加える。嫌な予感がして隣の菱沼を見た。菱沼の目は見開かれ、口には笑み。
「じゃ、俺はビールとこのクスリ一つ」
好奇心旺盛な菱沼は案の定クスリも注文した。やめておけ、と肘を引っ張ったが無視された。
「初めて飲むならこっちにしておけ。 効き目が出るのはだいたい一時間後くらいだ。幻覚作用があるから気を付けろ」
菱沼はニヤニヤ笑ってそれを受け取り、酒と一緒に飲みこんだ。この馬鹿、知らないからな。
「そっちは」
男が俺を見た。
「俺はウーロン茶。金は?」
「今夜は特別な招待客しかいない。全部無料だ」
タダほど怖いものはない。 俺はウーロン茶だけもらって、窓際に立つ菱沼の隣に並んだ。
「陣内さん、すげえよな、こんなとこに招待されるんだから」
興奮した様子の菱沼が言う。俺も頷いた。陣内さんはソファに座って笑顔で何か話している。いつの間にかその横に女が座っていた。
「俺たちも女探そうぜ」
菱沼に尻を叩かれ、そこから移動した。
このフロアにいる連中はみんな酒を飲むか、ドラッグをキメてるか、今夜の相手を探しているようだった。歩いているだけで何人かの女と目が合った。みんな目がぶっ飛んでいる。もっとまともな女はいないのか。菱沼が一人の女に捕まった。
「そのビール、私に頂戴」
クスリをやっているのか舌ったらずな口調。菱沼は手にしたビールを女に飲ませてやった。口の端からビールが零れる。
「やだ、零れちゃった」
「俺が舐めてやる」
女の首筋に菱沼は舌を這わせた。女がキャッキャと笑う。二人を残し、先に進んだ。一周して、非常口のところへ戻ってきた。そこで壁にもたれウーロン茶をちびちび飲む。
ポケットの携帯が震えているのに気付いた。ロンからの着信だ。今日は店にいないとメールをしたのに何か急用だろうか。非常階段で電話に出た。
「どうした」
『今どこにいるの』
「知り合いのパーティに来てる。店には行かない」
『待ってるよ。泊まってもいいだろ』
「いつ戻るかわからないから帰れ」
『嫌だ、鉄雄さんに会いたい』
今日は我儘をきいてやれない。本当にいつ帰れるかわからないのだ。
「駄目だ、帰るのは朝になるかもしれねえんだ」
『構わないよ、待ってる』
一方的に言ってロンは電話を切った。あの馬鹿、人の話を聞いてるのか。今日は帰らないかもしれないと言っているのに。待ってたって時間の無駄だ。
ニ、三時間待てば諦めて帰るだろう。携帯をポケットにねじ込み、部屋に戻った。
夏休みが終わった。 今日も俺は学校終わりに店に寄った。もう日課になっている。上にあがってテレビを見ていると携帯に着信。時間が早いがもしかしたらロンかもしれない。そう思ったが、電話の相手は菱沼だった。
「どうした」
『パーティに誘われたんだ、行くだろ』
「誰の」
『陣内さんの知り合い。ビルのオーナーの孫なんだって』
陣内さんは去年卒業した俺たちの先輩。やくざと繋がりがあると有名で、学校では一目もニ目も置かれていた。なぜか俺たちは陣内さんに気に入られ、在学中よく可愛がってもらった。
『工事中のビルで今日パーティがあるらしい。陣内さんが誘ってくれたんだ、お前も行くよな?』
パーティか。最近女っ気ゼロだったからな。ロンに手でイカされたことは今思い出しても顔が熱くなる。あれも女を相手にしていなかったせいだ。
「OK、何時からだ」
『陣内さんが車で迎えに来てくれるんだ。店に寄ってもらうから着く前に連絡する』
「わかった」
携帯を切ったあとでロンを思い出した。あいつ、今日もうちに来るつもりだろうか。今連絡してもバスケ部の練習中で電話には出ないだろう。今日は出かけるから店に来るなとメールを打って送信した。制服を着替えて出かける準備をして待った。
夕方の6時過ぎに迎えの車がきた。運転席にサングラスをした陣内さんが咥え煙草で座っている。俺を見て、
「久し振りだな、鉄雄、元気そうじゃないか」
と笑う。
「ええ、陣内さんも、元気そうで」
「いいから乗れ」
後部座席、菱沼の横に座った。
そこから車で30分、五階建てのビルの地下駐車場に車は入って行った。工事中と聞いていたが外から見た限りでは完成しているように見えた。
駐車場はすでに20台近い車が駐車してあった。地下からの入り口で見張りらしい男が二人立っている。陣内さんはポケットから黒いカードを取り出しそれを渡した。それが入場パスのようだ。二人が道をあけ、俺たちは中に入って階段をあがった。内装はまだのようで、あちこちにシートが張られてあったり、ペンキが置きっぱなしになっている。
会場は最上階の5階。非常口の戸を開け中に入る。 途端、むっとした熱気。ワンフロアぶち抜いた広い空間に重低音の音楽が腹に響く。暗い照明で五メートル離れた場所にいる奴の顔もよく見えない。低い囁き声と女の嬌声。今までいた場所とは別世界で一瞬目が眩んだ。
右手に急ごしらえのバーカウンターがあって、そこで黒服が酒を出していた。カウンターの奥にソファ、そこに何人かが座って話をしている。
「俺はちょっと挨拶に行ってくる。お前らは適当に楽しんどけ」
陣内さんは外したサングラスをポケットに入れながらソファのほうへ歩いて行き、真ん中に座る一人に声をかけた。そいつは立ち上がって陣内さんの肩を抱き、親しげに笑いかけた。年は二十代半ばくらいだろうか。このパーティの主催者だろう。一体どこで知り合った人なんだか。陣内さんの人脈には驚かされる。
「とりあえず、なんか飲むか」
隣の菱沼が言った。二人でカウンターへ。黒服の男がじろりと俺たちを見た。
「メニューだ」
ダンボールの切れ端を渡された。そこに手書きで酒の名前がいくつか、その下に見慣れない文字。
「これは?」
「クスリだ」
菱沼の問いに男は無頓着に答える。俺と菱沼は顔を見合わせた。
「合法のものだ」
男が付け加える。嫌な予感がして隣の菱沼を見た。菱沼の目は見開かれ、口には笑み。
「じゃ、俺はビールとこのクスリ一つ」
好奇心旺盛な菱沼は案の定クスリも注文した。やめておけ、と肘を引っ張ったが無視された。
「初めて飲むならこっちにしておけ。 効き目が出るのはだいたい一時間後くらいだ。幻覚作用があるから気を付けろ」
菱沼はニヤニヤ笑ってそれを受け取り、酒と一緒に飲みこんだ。この馬鹿、知らないからな。
「そっちは」
男が俺を見た。
「俺はウーロン茶。金は?」
「今夜は特別な招待客しかいない。全部無料だ」
タダほど怖いものはない。 俺はウーロン茶だけもらって、窓際に立つ菱沼の隣に並んだ。
「陣内さん、すげえよな、こんなとこに招待されるんだから」
興奮した様子の菱沼が言う。俺も頷いた。陣内さんはソファに座って笑顔で何か話している。いつの間にかその横に女が座っていた。
「俺たちも女探そうぜ」
菱沼に尻を叩かれ、そこから移動した。
このフロアにいる連中はみんな酒を飲むか、ドラッグをキメてるか、今夜の相手を探しているようだった。歩いているだけで何人かの女と目が合った。みんな目がぶっ飛んでいる。もっとまともな女はいないのか。菱沼が一人の女に捕まった。
「そのビール、私に頂戴」
クスリをやっているのか舌ったらずな口調。菱沼は手にしたビールを女に飲ませてやった。口の端からビールが零れる。
「やだ、零れちゃった」
「俺が舐めてやる」
女の首筋に菱沼は舌を這わせた。女がキャッキャと笑う。二人を残し、先に進んだ。一周して、非常口のところへ戻ってきた。そこで壁にもたれウーロン茶をちびちび飲む。
ポケットの携帯が震えているのに気付いた。ロンからの着信だ。今日は店にいないとメールをしたのに何か急用だろうか。非常階段で電話に出た。
「どうした」
『今どこにいるの』
「知り合いのパーティに来てる。店には行かない」
『待ってるよ。泊まってもいいだろ』
「いつ戻るかわからないから帰れ」
『嫌だ、鉄雄さんに会いたい』
今日は我儘をきいてやれない。本当にいつ帰れるかわからないのだ。
「駄目だ、帰るのは朝になるかもしれねえんだ」
『構わないよ、待ってる』
一方的に言ってロンは電話を切った。あの馬鹿、人の話を聞いてるのか。今日は帰らないかもしれないと言っているのに。待ってたって時間の無駄だ。
ニ、三時間待てば諦めて帰るだろう。携帯をポケットにねじ込み、部屋に戻った。
未成年のネクタイ(7/10)
2020.08.11.Tue.
<1→2→3→4→5→6>
ロンが店に泊まる時は俺はベッドで、ロンは床で寝ていた。それも最初のうちだけで、ロンは体が痛いと文句を言い出し、俺の隣に来て寝るようになった。
エアコンがついているから暑くはなかったが、男二人身を寄せて狭いベッドで寝るのはかなり違和感があった。何度も下で寝ろと言ったが、「大丈夫、大丈夫」とロンはむりやり俺の横に寝転がる。仕方なくそのまま並んで寝ていたら次第に慣れてしまった。
今夜も俺はロンに背を向けて寝転がり、俺の背中に張り付くようににロンが横になった。
ロンは暑がりでエアコンの温度をさげる。俺には寒すぎて布団にくるまった。いつか風邪をひいてしまいそうだ。 ロンはそんな俺を後ろから抱きしめるように眠る。さすがにおかしいだろ、と離れるように言ったが、俺が眠るとまたくっついている。言っても無駄だと諦め、今では何も言わずにさっさと寝ることにしている。
俺はロンにはどうも甘いところがある。それを自覚しているが、憎めない奴でつい我儘を許してしまう。それがますますこいつをつけあがらせるとわかっているのに最終的に俺が折れる。こいつもそれがわかっているのかもしれない。甘え上手な奴だと思う。
「鉄雄さん、寒くない?」
真っ暗な部屋。ロンが俺の耳に囁いた。俺は無言で頷いた。今日はバスケの練習に付き合って疲れた。もう瞼が重い。ロンが後ろから抱きついてきたが、そのままにして目を閉じた。
しばらくして下半身に違和感。夢の中にあった意識が引き戻される。なんだ?
ロンが俺の股間をまさぐっている。トランクスの中に手を突っ込み、俺のものを握る。一気に目が覚めた。
「お前っ、何してるんだ」
「最近鉄雄さん、女とやってないだろ。だから俺がやってやろうと思って」
「いらねえよ、離せ馬鹿」
「遠慮しなくていいよ。いつも世話になってる礼だから」
耳たぶを甘噛みされた。ぞくっとした。眠りから無理矢理目を覚まさせられた気だるい体、それなのに俺のものは勝手に反応して大きくなる。
「鉄雄さんの、けっこう大きいね」
俺の反応を楽しんでいる口調にカッとなる。ロンが耳元で囁く声だけで背筋がぞくぞくする。止めようとロンの腕を掴むが力が入らない。ロンの指の動きは卑猥で声を漏らしてしまいそうになり口を押さえた。
「気持ちいい? いいよね、だってこんなに大きくしてんだから」
部屋が真っ暗で良かった。明かりがついていたら真っ赤になった顔をロンに見られてしまう。
ロンが俺の耳を噛む。ロンの吐息に体が震える。あ、やばいかも。
「出そう? 出していいよ」
俺は首を振った。それだけは嫌だ。
「頑張るんだね。俺も意地悪したくなっちゃうなぁ」
急にロンの手が離れて行った。 絶頂の寸前で放り出され思わずロンを睨んだ。暗闇にロンのニヤついた顔。
「てめぇ」
「ん?」
とぼけた顔をするロンが憎たらしかった。前に向きなおり、気持ちを落ち着かせようとした。俺の腰をなでるロンの手を振り払った。背後でロンの忍び笑い。
気を静めようとするのに俺のものは一向に落ち着く気配がない。ロンが言う通り、ここしばらく女を抱いていなかったせいだ。
「寝るの?」
ロンが聞いてくるのを無視した。
「眠れるの?」
「うるさい」
「続き、してあげようか?」
「いらねえよ」
「してあげるよ、鉄雄さん」
またロンの手が伸びてきて俺のものを握り締めた。それだけでビクンと反応する。死ぬほど恥ずかしい。
「男同士でこうするの、珍しくないんだって。俺のクラスでお互い触り合いしてる奴らがいるよ」
確かに俺も昔学校の奴らと見せあったりしたことはあるが、こんな状況で触られてイカされそうになったことは一度もないぞ。
「鉄雄さんは? 誰か他の男に触らせたことある?」
あるか、そんなもん。首を横に振って否定した。
「俺が初めて? なんだか嬉しいな」
ロンがふっと笑った。その息が首筋にかかり首をすくめた。
「もう、出そう?」
素直に頷いた。もう我慢の限界だった。
「じゃ、出して」
言い終わらないうちにロンの手に吐き出していた。ロンの手で受け止めきれないものが俺のトランクスを汚す。
俺は大きく深呼吸し、だるい虚脱感を味わっていた。出してしまえば男だろうが女だろうが関係ない。ただ、濡れたパンツが気持ち悪い。
「ああ、くそっ」
起き上がってベッドをおり、下着を脱いだ。ティッシュで拭いて新しい下着を身につける。ロンもティッシュで手を拭いていた。
「手、洗って来いよ」
「そうだね」
ロンは手を洗いに下におりた。今更になって事の重大さに気付く。こんなことして良かったんだろうか。ロンの手でイカされた。これも俺があいつを甘やかしていたせいなのか? 前にあいつは俺相手にセックス出来ると言った。あいつはホモなのか? 俺が好きであんなことをしてきたのか? でも前に女を相手にしていたし……
考えれば考えるほど混乱する。上に戻ってきたロンの顔を直視できなかった。
「二度とあんなことすんなよ」
ロンの足元を見ながら言った。
「どうして?」
「どうしても、だ。またやったら追い出す。二度とここには入れねえ、いいな」
「鉄雄さんが言うならしない」
我儘ですぐ図に乗るくせに引く時はすっと引く。本当に甘え上手でズルイ奴だ。
「何で俺にあんなことした」
ベッドに腰をおろすと、ロンも隣に座った。
「しちゃいけないの?」
「普通しねえだろ、男相手に」
「そうなんだ。俺ってちょっと常識欠けてるとこあるからなぁ。鉄雄さんだったらいつでもしてあげるのに」
となんでもないふうに言う。真田が以前言っていた言葉を思い出した。勉強のしすぎでおかしくなった、と。しゃべれなくなるほどにこいつは一度追い詰められたことがある。
「お前、頭良かったんだって?」
ロンは首を傾げた。
「どうだろ? でも勉強はずっとしてたよ。家でも学校でも塾でもずっとね」
「今は?」
「もうしない。きりがないんだもん。一つ問題を解いたらまた次が出てくる。また解いてまた出てきて、その繰り返し。飽きちゃうよね。それなのに親も先生もどんどん問題を出して来る。最初は付き合ってやったけど、そういうの鬱陶しくなってきて、頭に虫がわいてきちゃったよ」
ロンは声をあげて笑ったが俺は笑えなかった。虫がわいたってどういう意味だ?
「だから勉強やめたんだ。そしたら何もすることがなくなって困ったなぁ。急にまわりの大人が慌て出して、今の担任が俺をバスケ部に入れたんだけど……。こんな話つまらないよね」
と俺の顔を覗きこむ。俺は首を振った。
「いや、もっと聞かせてくれよ」
「話すようなことはもうないよ」
「バスケは好きか」
「別に」
「じゃ、どうして毎日練習してるんだ」
「今までずっと頭ばっか使ってたから、今は体を動かすのが気持ちいいんだ。 バスケは練習しなきゃ上達しないだろ。数学みたいに公式に当てはめて解いて終わりってもんじゃないから、まだ飽きがこない」
そんな理由でバスケを熱心に練習しているのか。こいつは何か一つに夢中になるととことん付き詰めるタイプなんだろう。才能はあるが、不器用な奴だ。
「お前って今まで何かを楽しいと思ったことあるか」
俺の問いかけに、ロンは目を瞬かせ少し考えた。咄嗟には何も思い付かないのだろうか。
「そうだなぁ……鉄雄さんと一緒にいると楽しいかな」
ロンが笑う。俺も笑い返したがうまく笑うことができなかった。なんだか俺のほうが寂しい気持ちになった。
「お前が心から楽しんで夢中になれるものが見つかるといいな」
本気でそう思う。でないとこいつの人生はあまりに可哀相だ。大人びた目のわけが少しわかった気がした。
ロンが店に泊まる時は俺はベッドで、ロンは床で寝ていた。それも最初のうちだけで、ロンは体が痛いと文句を言い出し、俺の隣に来て寝るようになった。
エアコンがついているから暑くはなかったが、男二人身を寄せて狭いベッドで寝るのはかなり違和感があった。何度も下で寝ろと言ったが、「大丈夫、大丈夫」とロンはむりやり俺の横に寝転がる。仕方なくそのまま並んで寝ていたら次第に慣れてしまった。
今夜も俺はロンに背を向けて寝転がり、俺の背中に張り付くようににロンが横になった。
ロンは暑がりでエアコンの温度をさげる。俺には寒すぎて布団にくるまった。いつか風邪をひいてしまいそうだ。 ロンはそんな俺を後ろから抱きしめるように眠る。さすがにおかしいだろ、と離れるように言ったが、俺が眠るとまたくっついている。言っても無駄だと諦め、今では何も言わずにさっさと寝ることにしている。
俺はロンにはどうも甘いところがある。それを自覚しているが、憎めない奴でつい我儘を許してしまう。それがますますこいつをつけあがらせるとわかっているのに最終的に俺が折れる。こいつもそれがわかっているのかもしれない。甘え上手な奴だと思う。
「鉄雄さん、寒くない?」
真っ暗な部屋。ロンが俺の耳に囁いた。俺は無言で頷いた。今日はバスケの練習に付き合って疲れた。もう瞼が重い。ロンが後ろから抱きついてきたが、そのままにして目を閉じた。
しばらくして下半身に違和感。夢の中にあった意識が引き戻される。なんだ?
ロンが俺の股間をまさぐっている。トランクスの中に手を突っ込み、俺のものを握る。一気に目が覚めた。
「お前っ、何してるんだ」
「最近鉄雄さん、女とやってないだろ。だから俺がやってやろうと思って」
「いらねえよ、離せ馬鹿」
「遠慮しなくていいよ。いつも世話になってる礼だから」
耳たぶを甘噛みされた。ぞくっとした。眠りから無理矢理目を覚まさせられた気だるい体、それなのに俺のものは勝手に反応して大きくなる。
「鉄雄さんの、けっこう大きいね」
俺の反応を楽しんでいる口調にカッとなる。ロンが耳元で囁く声だけで背筋がぞくぞくする。止めようとロンの腕を掴むが力が入らない。ロンの指の動きは卑猥で声を漏らしてしまいそうになり口を押さえた。
「気持ちいい? いいよね、だってこんなに大きくしてんだから」
部屋が真っ暗で良かった。明かりがついていたら真っ赤になった顔をロンに見られてしまう。
ロンが俺の耳を噛む。ロンの吐息に体が震える。あ、やばいかも。
「出そう? 出していいよ」
俺は首を振った。それだけは嫌だ。
「頑張るんだね。俺も意地悪したくなっちゃうなぁ」
急にロンの手が離れて行った。 絶頂の寸前で放り出され思わずロンを睨んだ。暗闇にロンのニヤついた顔。
「てめぇ」
「ん?」
とぼけた顔をするロンが憎たらしかった。前に向きなおり、気持ちを落ち着かせようとした。俺の腰をなでるロンの手を振り払った。背後でロンの忍び笑い。
気を静めようとするのに俺のものは一向に落ち着く気配がない。ロンが言う通り、ここしばらく女を抱いていなかったせいだ。
「寝るの?」
ロンが聞いてくるのを無視した。
「眠れるの?」
「うるさい」
「続き、してあげようか?」
「いらねえよ」
「してあげるよ、鉄雄さん」
またロンの手が伸びてきて俺のものを握り締めた。それだけでビクンと反応する。死ぬほど恥ずかしい。
「男同士でこうするの、珍しくないんだって。俺のクラスでお互い触り合いしてる奴らがいるよ」
確かに俺も昔学校の奴らと見せあったりしたことはあるが、こんな状況で触られてイカされそうになったことは一度もないぞ。
「鉄雄さんは? 誰か他の男に触らせたことある?」
あるか、そんなもん。首を横に振って否定した。
「俺が初めて? なんだか嬉しいな」
ロンがふっと笑った。その息が首筋にかかり首をすくめた。
「もう、出そう?」
素直に頷いた。もう我慢の限界だった。
「じゃ、出して」
言い終わらないうちにロンの手に吐き出していた。ロンの手で受け止めきれないものが俺のトランクスを汚す。
俺は大きく深呼吸し、だるい虚脱感を味わっていた。出してしまえば男だろうが女だろうが関係ない。ただ、濡れたパンツが気持ち悪い。
「ああ、くそっ」
起き上がってベッドをおり、下着を脱いだ。ティッシュで拭いて新しい下着を身につける。ロンもティッシュで手を拭いていた。
「手、洗って来いよ」
「そうだね」
ロンは手を洗いに下におりた。今更になって事の重大さに気付く。こんなことして良かったんだろうか。ロンの手でイカされた。これも俺があいつを甘やかしていたせいなのか? 前にあいつは俺相手にセックス出来ると言った。あいつはホモなのか? 俺が好きであんなことをしてきたのか? でも前に女を相手にしていたし……
考えれば考えるほど混乱する。上に戻ってきたロンの顔を直視できなかった。
「二度とあんなことすんなよ」
ロンの足元を見ながら言った。
「どうして?」
「どうしても、だ。またやったら追い出す。二度とここには入れねえ、いいな」
「鉄雄さんが言うならしない」
我儘ですぐ図に乗るくせに引く時はすっと引く。本当に甘え上手でズルイ奴だ。
「何で俺にあんなことした」
ベッドに腰をおろすと、ロンも隣に座った。
「しちゃいけないの?」
「普通しねえだろ、男相手に」
「そうなんだ。俺ってちょっと常識欠けてるとこあるからなぁ。鉄雄さんだったらいつでもしてあげるのに」
となんでもないふうに言う。真田が以前言っていた言葉を思い出した。勉強のしすぎでおかしくなった、と。しゃべれなくなるほどにこいつは一度追い詰められたことがある。
「お前、頭良かったんだって?」
ロンは首を傾げた。
「どうだろ? でも勉強はずっとしてたよ。家でも学校でも塾でもずっとね」
「今は?」
「もうしない。きりがないんだもん。一つ問題を解いたらまた次が出てくる。また解いてまた出てきて、その繰り返し。飽きちゃうよね。それなのに親も先生もどんどん問題を出して来る。最初は付き合ってやったけど、そういうの鬱陶しくなってきて、頭に虫がわいてきちゃったよ」
ロンは声をあげて笑ったが俺は笑えなかった。虫がわいたってどういう意味だ?
「だから勉強やめたんだ。そしたら何もすることがなくなって困ったなぁ。急にまわりの大人が慌て出して、今の担任が俺をバスケ部に入れたんだけど……。こんな話つまらないよね」
と俺の顔を覗きこむ。俺は首を振った。
「いや、もっと聞かせてくれよ」
「話すようなことはもうないよ」
「バスケは好きか」
「別に」
「じゃ、どうして毎日練習してるんだ」
「今までずっと頭ばっか使ってたから、今は体を動かすのが気持ちいいんだ。 バスケは練習しなきゃ上達しないだろ。数学みたいに公式に当てはめて解いて終わりってもんじゃないから、まだ飽きがこない」
そんな理由でバスケを熱心に練習しているのか。こいつは何か一つに夢中になるととことん付き詰めるタイプなんだろう。才能はあるが、不器用な奴だ。
「お前って今まで何かを楽しいと思ったことあるか」
俺の問いかけに、ロンは目を瞬かせ少し考えた。咄嗟には何も思い付かないのだろうか。
「そうだなぁ……鉄雄さんと一緒にいると楽しいかな」
ロンが笑う。俺も笑い返したがうまく笑うことができなかった。なんだか俺のほうが寂しい気持ちになった。
「お前が心から楽しんで夢中になれるものが見つかるといいな」
本気でそう思う。でないとこいつの人生はあまりに可哀相だ。大人びた目のわけが少しわかった気がした。
未成年のネクタイ(6/10)
2020.08.10.Mon.
<1→2→3→4→5>
夏休みも後半に入った。相変わらずロンは俺の店にちょくちょく顔を見せている。いつもだいたい決まった時間なのは、部活と個人練習を終わらせてから来るからだった。
前に一度夜遅くに店に寄るとシャッターの前でロンが座って待っていたことがあった。聞くと五時間以上待っていたという。俺の携帯の番号を教え、店に来る時は前もって連絡するように言った。
別にロンのために店にいる義理もないのに、俺は前以上に店で寝泊りすることが増えた。ロンも店に泊まることが増えていた。
俺もロンの年の頃、よく菱沼と夜遊びして外泊したが、ロンが同じことをするのはあまり気がすすまなかった。 帰るように何度も促した。その半分の確立でロンは家に帰り、また半分の確立で店に泊まった。
付き合いが悪くなったと菱沼に文句を言われたが、ちょうどその頃菱沼に女が出来てあまり店に来なくなり、気がつくと俺は中1のロンといつも一緒にいた。こいつは年下なのに、一緒にいるとそんなこと忘れてしまう。こいつの大人びた目のせいだろうか。
たまにロンのバスケの練習にも付き合った。こいつはどんどんうまくなる。 学校のダチにNBAの大ファンがいて、そいつに頼んで試合をダビングしてもらったものをロンに渡した。ロンが喜ぶ顔を見て俺も嬉しくなった。
今日は真田と一緒に三人でバスケをした。二人共バスケ部というだけあって、俺なんかよりフォームがさまになっている。だが素人の俺が見ても真田よりロンのほうが上手い。真田もそれをわかっているようで、1on1を二人でしている時、敵意むき出しでロンに向かって行った。
「誰がお前に負けるかよ」
真田がロンを挑発する。
「鉄雄さんに気に入られてるからっていい気になるなよ」
別にロンを気に入ってるわけではないが。特に訂正はせず、壁にもたれて二人を眺めた。
「サージ、何勘違いしてんだ」
ロンが薄い笑いを浮かべて口を開いた。俺以外の奴にはいつも単語でしか会話をしない。こんな風に話をすることは珍しい。
「鉄雄さんが俺を気に入ってるんじゃない、俺が鉄雄さんを気に入ってるんだ」
「はぁ? 何言ってんだ」
顔を顰める真田の横をロンがすり抜け、シュートした。真田が声をあげて悔しがる。
ボールを拾い上げたロンがこちらを向いた。小さく笑う。俺も笑い返した。
さっきの言葉はどういう意味だったんだ? 気に入られているから俺はロンに一緒にいてもらっている、ということか? いや、まさかな。ロンがそんな意味で言うはずはない。
これは自惚れでもなく、俺はロンに慕われている。俺の一挙手一投足をロンは見逃さずに見ている。俺の心の機微を読み取ることに神経を集中させている。 実に俺に忠実だ。
「もう一回だっ」
真田が叫ぶ。
「帰る」
「勝ち逃げすんのかよ」
「鉄雄さんが飽きてる」
欠伸をする俺に真田の視線が突き刺さった。真田の顔が膨らんで赤くなる。
「鉄雄さんっ、欠伸なんかしてないで一緒にやりましょうよ」
「いや、俺はもう」
ロンの言う通り、俺はもう飽きていた。帰って横になりたい。それにもう日も落ちて暗くなってきたじゃないか。
「俺は帰るわ、じゃな」
二人に手を振ってコートを出た。すぐにロンと真田が隣に並ぶ。
「ロン、今日は泊まってくのか」
俺の言葉にロンが頷き、真田は立ち止まった。
「どうした?」
俯く真田に声をかける。真田は下を向いたまま両手を握り締めている。
「木村ばっかり構ってずるい」
子供のようなことを言って真田は反対方向へ走って行った。それをポカンと見送る。
「どうしたんだ、あいつ」
「放っといて帰ろう、鉄雄さん」
ロンに促されまた歩き出す。そんなふうに俺を取り合われても困る。どっちをより構っていると意識したことはない。ロンは真田より頻繁に店に来るし泊まっていくから一緒にいる時間がロンのほうが長いだけだ。
汗をかいたので銭湯に寄った。その帰り牛丼屋で晩飯を済ませ、店に戻った。
することもなく二人でテレビを見た。不意にロンが立ち上がり、鞄から何かを取り出す。
「ピアスあけたい」
手に市販のピアッサーを持っていた。
「おい、お前まだ中1だろ、学校大丈夫なのか」
「夏休みだから平気だよ」
「俺にあけろってのか」
「うん」
こいつの頭が茶髪になったのは確実に俺と菱沼のせいだ。ピアスまで開けたいなんて言い出したのも俺たちの影響だ。こいつは俺たちと一緒にいない方がいいんじゃないだろうか。
「あまり夏に穴あけるのはおすすめできねえけど」
「大丈夫、ちゃんと手入れするから」
と俺の言うことを聞く様子もない。というか、すでに茶髪でピアスをつけている俺が言っても説得力はないか。
「そこ座れ」
ロンが床に座りこんだ。棚から消毒液を取り出し、ロンの耳たぶを拭いた。
「じゃ、いくぞ」
ロンが頷く。こういうのは思い切り良く行ってやらないとこいつが痛い思いをする。ためらわず一気に握った。バチンと音がして針が耳を貫通する。
「これでよし」
ロンが耳たぶを触る。
「あまり痛くない」
「耳たぶはそんなに痛まねえからな。それよりちゃんと毎日シャワーで流すんだぞ」
「うん、ありがとう、鉄雄さん」
ロンは満足げに笑った。
テレビを見ている間、開けたばかりの耳が気になるらしくロンは何度も指で触っていた。俺も初めて開けた時は気になったものだ。俺を慕い俺の真似をするロンに、特別な感情がないと言えば嘘になる。後輩というには近く、弟と言うには遠い存在。そばにいられること自体は、なんら苦痛を感じなかった。
夏休みも後半に入った。相変わらずロンは俺の店にちょくちょく顔を見せている。いつもだいたい決まった時間なのは、部活と個人練習を終わらせてから来るからだった。
前に一度夜遅くに店に寄るとシャッターの前でロンが座って待っていたことがあった。聞くと五時間以上待っていたという。俺の携帯の番号を教え、店に来る時は前もって連絡するように言った。
別にロンのために店にいる義理もないのに、俺は前以上に店で寝泊りすることが増えた。ロンも店に泊まることが増えていた。
俺もロンの年の頃、よく菱沼と夜遊びして外泊したが、ロンが同じことをするのはあまり気がすすまなかった。 帰るように何度も促した。その半分の確立でロンは家に帰り、また半分の確立で店に泊まった。
付き合いが悪くなったと菱沼に文句を言われたが、ちょうどその頃菱沼に女が出来てあまり店に来なくなり、気がつくと俺は中1のロンといつも一緒にいた。こいつは年下なのに、一緒にいるとそんなこと忘れてしまう。こいつの大人びた目のせいだろうか。
たまにロンのバスケの練習にも付き合った。こいつはどんどんうまくなる。 学校のダチにNBAの大ファンがいて、そいつに頼んで試合をダビングしてもらったものをロンに渡した。ロンが喜ぶ顔を見て俺も嬉しくなった。
今日は真田と一緒に三人でバスケをした。二人共バスケ部というだけあって、俺なんかよりフォームがさまになっている。だが素人の俺が見ても真田よりロンのほうが上手い。真田もそれをわかっているようで、1on1を二人でしている時、敵意むき出しでロンに向かって行った。
「誰がお前に負けるかよ」
真田がロンを挑発する。
「鉄雄さんに気に入られてるからっていい気になるなよ」
別にロンを気に入ってるわけではないが。特に訂正はせず、壁にもたれて二人を眺めた。
「サージ、何勘違いしてんだ」
ロンが薄い笑いを浮かべて口を開いた。俺以外の奴にはいつも単語でしか会話をしない。こんな風に話をすることは珍しい。
「鉄雄さんが俺を気に入ってるんじゃない、俺が鉄雄さんを気に入ってるんだ」
「はぁ? 何言ってんだ」
顔を顰める真田の横をロンがすり抜け、シュートした。真田が声をあげて悔しがる。
ボールを拾い上げたロンがこちらを向いた。小さく笑う。俺も笑い返した。
さっきの言葉はどういう意味だったんだ? 気に入られているから俺はロンに一緒にいてもらっている、ということか? いや、まさかな。ロンがそんな意味で言うはずはない。
これは自惚れでもなく、俺はロンに慕われている。俺の一挙手一投足をロンは見逃さずに見ている。俺の心の機微を読み取ることに神経を集中させている。 実に俺に忠実だ。
「もう一回だっ」
真田が叫ぶ。
「帰る」
「勝ち逃げすんのかよ」
「鉄雄さんが飽きてる」
欠伸をする俺に真田の視線が突き刺さった。真田の顔が膨らんで赤くなる。
「鉄雄さんっ、欠伸なんかしてないで一緒にやりましょうよ」
「いや、俺はもう」
ロンの言う通り、俺はもう飽きていた。帰って横になりたい。それにもう日も落ちて暗くなってきたじゃないか。
「俺は帰るわ、じゃな」
二人に手を振ってコートを出た。すぐにロンと真田が隣に並ぶ。
「ロン、今日は泊まってくのか」
俺の言葉にロンが頷き、真田は立ち止まった。
「どうした?」
俯く真田に声をかける。真田は下を向いたまま両手を握り締めている。
「木村ばっかり構ってずるい」
子供のようなことを言って真田は反対方向へ走って行った。それをポカンと見送る。
「どうしたんだ、あいつ」
「放っといて帰ろう、鉄雄さん」
ロンに促されまた歩き出す。そんなふうに俺を取り合われても困る。どっちをより構っていると意識したことはない。ロンは真田より頻繁に店に来るし泊まっていくから一緒にいる時間がロンのほうが長いだけだ。
汗をかいたので銭湯に寄った。その帰り牛丼屋で晩飯を済ませ、店に戻った。
することもなく二人でテレビを見た。不意にロンが立ち上がり、鞄から何かを取り出す。
「ピアスあけたい」
手に市販のピアッサーを持っていた。
「おい、お前まだ中1だろ、学校大丈夫なのか」
「夏休みだから平気だよ」
「俺にあけろってのか」
「うん」
こいつの頭が茶髪になったのは確実に俺と菱沼のせいだ。ピアスまで開けたいなんて言い出したのも俺たちの影響だ。こいつは俺たちと一緒にいない方がいいんじゃないだろうか。
「あまり夏に穴あけるのはおすすめできねえけど」
「大丈夫、ちゃんと手入れするから」
と俺の言うことを聞く様子もない。というか、すでに茶髪でピアスをつけている俺が言っても説得力はないか。
「そこ座れ」
ロンが床に座りこんだ。棚から消毒液を取り出し、ロンの耳たぶを拭いた。
「じゃ、いくぞ」
ロンが頷く。こういうのは思い切り良く行ってやらないとこいつが痛い思いをする。ためらわず一気に握った。バチンと音がして針が耳を貫通する。
「これでよし」
ロンが耳たぶを触る。
「あまり痛くない」
「耳たぶはそんなに痛まねえからな。それよりちゃんと毎日シャワーで流すんだぞ」
「うん、ありがとう、鉄雄さん」
ロンは満足げに笑った。
テレビを見ている間、開けたばかりの耳が気になるらしくロンは何度も指で触っていた。俺も初めて開けた時は気になったものだ。俺を慕い俺の真似をするロンに、特別な感情がないと言えば嘘になる。後輩というには近く、弟と言うには遠い存在。そばにいられること自体は、なんら苦痛を感じなかった。