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毒入り林檎(8/8)

2020.08.04.Tue.


  一ノ瀬は持ってきた資料を机に置いて、棚から取り出したのファイルにそれを閉じ始めた。帰るタイミングを逃してしまい居心地が悪い。

「あ、あの」
「なんだ」

 顔をあげずに一ノ瀬が言う。前に失礼なことを言ったから、まだ怒っているのかもしれない。

「このあいだは、すみませんでした」
「気にしてない」
「一ノ瀬さんは、木村さんが好きじゃないんですよね」
「好きだよ」
「えっ」
「友人として」
「あ、あぁ、そう、ですよね」

 びっくりした。木村が一方的に好意を寄せているだけだと思っていたから予想外の返事に驚いた。そうか、なんだ、友人として、か。 倒置法使って言うなよ、紛らわしい。

 一ノ瀬が資料をファイリングするのを黙って見つめた。何も言わずもくもくと作業をする。丁寧な手付き。真面目で神経質な性格なんだろうな。おまけに手が早くて頑固っぽい。木村がモテるのはなんとなく理解はできた。でも一ノ瀬が木村に好かれる理由は今でもわからない。

「木村が帰って来るまで待つつもりならあいてる席に座ればいい」

 いつまでも突っ立っている俺に一ノ瀬が言う。俺はそれを断った。何度頼んでも木村は俺にバスケを教える気はないだろう。あまりしつこく言うのも怒られそうで気がひける。

「バスケを教えてもらえないかと頼みに来ただけですから」
「断られたのか」
「まぁ、はい」
「あいつをやる気にさせるのは一苦労だからな」
「でも、一ノ瀬さんのためなら木村さんはやる気を出します」
「俺のためじゃない」
「いや、あんたのためだ」

 一ノ瀬が鋭い目つきで俺を見た。

「何が言いたい」
「わかりません、ただ、俺はあんたに嫉妬してます」
「嫉妬?」
「あの人を独占するあんたに腹が立っています」
「独占してるつもりはない」
「じゃ、俺があの人もらっても構いませんか」

 自分で言って驚いた。一ノ瀬も驚いたように目を見開いて俺を見る。自分でも顔が赤くなっていくのがわかった。

「何を言い出すんだ。あいつは別に俺のものでもない」
「わかってます。だから木村さんを振って下さい。もう何の関わりも持たないで下さい」

 一ノ瀬は静かに俺を見つめた。どこか哀れむような目をしている。俺が手に入れる事は出来ないと見下しているのか。

「君には悪いけど、それは無理かな」
「どうしてですか」
「あいつと関わりを断つのは無理だ。そんなことをしようとしたら後ろにいる男になにをされるかわかったもんじゃない」

 驚いて振りかえった。戸口に手をかけて俺を睨む木村がいた。いつの間に戻って来たんだ。

「岡崎、てめぇ、まだいやがったのか」

 低い声で言う。笑っているが目が据わっている。

「木村、さん」
「俺から一ノ瀬取り上げようってのか?  殺されたいのか、てめえは」

 ポケットに手を入れゆっくり中に入ってくる。背は俺とそんなに変わらないのにすごい威圧感だ。思わず一歩後ずさった。

「あんまりふざけた真似しやがると、いくら温厚な俺だってキレるぞ」
「誰が温厚だ」

 後ろで一ノ瀬の呟く声。

「俺、死ぬほど一ノ瀬のこと愛してんだよね。だから邪魔する奴がいたら何するかわかんないよ?」

 と、俺の胸倉を掴んで睨み上げる。迫力のある目に睨まれて背中に汗が流れる。生唾を飲みこんだ。

「そのへんにしてやれ。下級生をからかって趣味が悪いぞ」

 一ノ瀬が言い、木村は吹き出した。腹をおさえて可笑しそうに笑っている。俺はぽかんとそれを見た。 からかわれていただけだとわかって安堵しつつも、一瞬本気の冷やかさを感じたのは気のせいとは思えず心臓がどきどきしていた。

「君がこいつに見たものは幻想だ。 君の手にあまる馬鹿だ、さっさと忘れることだ」

 一ノ瀬が言う。木村を馬鹿呼ばわり。木村は気にする風もなくまだ笑っている。

「で、でも俺はっ」

 食い下がろうとする俺を一ノ瀬の視線が射抜く。一瞬で人の心を凍らせるような冷たい目。

「まだわからないか。こいつの相手は俺にしか出来ないと言ってるんだ」

 熱湯でもかけられたように体中が熱くなった。木村が一ノ瀬の肩に腕をまわし、並んで立つ。ニヤリと笑い、

「そういう事なんだよ。こいつを怒らせるな、また殴られたくはないだろ?」

 俺は無意識に腹を押さえた。

「し、失礼しました」

 もつれる舌でなんとか言い、生徒会室を出た。激しい動悸。胸をおさえる。

 木村の片思い? とんでもない、 あいつら相思相愛じゃないか。入る隙間もない。 横槍を入れた自分が恥ずかしい。

 木村の独占欲もそうとうなものだと思ったが、一ノ瀬もそれに負けていない。俺を見るあいつの目、邪魔する奴は許さない、そう言っていた。どうして今まで気付かなかったんだろう。しつこい木村に一ノ瀬が迷惑している、そのポーズを崩さないからすっかり騙された。馬鹿みたいだ。俺、馬鹿みたいだ。

 俺は消えたと思ったらしい、中から二人の話し声が聞こえてきた。

「俺は人を殴ったりしないぞ」

 一ノ瀬の声。 二週間ほど前に俺は殴られたぞ。

「何言ってんだ。あいつも俺もお前に殴られてる」
「あいつは失礼な態度だったからな。 お前の場合も自業自得だろう」

 クラスの女子が言っていた話、 去年の生徒会選挙の公約。 一ノ瀬を物にしようとして本当に殴られたんだろうか。

「自業自得って、俺だって男だぜ。好きな奴と一緒にいたら我慢できなくなるでしょ」

 やっぱり本当だったのか。

「だからって こんなところで迫ってくる馬鹿がどこにいる」
「ここにいる」

 笑いを含んだ木村の声。こんなところって、ここで? この生徒会室で一ノ瀬を襲おうとしたのか? 木村ってやっぱり馬鹿だ。

「もうすぐ冬休みで、一ノ瀬のその制服姿しばらくおあずけだと思ったら脱がせたくなったんだよね」
「矛盾してないか」
「馬鹿だなぁ、制服を脱がせるのは男のロマンでしょ」

 一ノ瀬は何も言わない。呆れて何も言えないのかもしれない。

「いつになったら俺のものになってくれんの?」

 木村の声が今まで聞いた事もないような優しいものにかわっているのに気付いて、まずい、と思った。話がこれ以上進まないうちにここから立ち去らなければ。そう思うのに、足が動かない。

「恋愛は手に入れるまでが一番楽しいらしい」
「いつまでも追いかけ続けてると息があがっちまう。たまには立ち止まって俺の手を取ってくれてもいいんじゃないか」
「お前を甘やかして俺になんのメリットがある」
「今以上に一ノ瀬のことを好きになる」
「……仕方ないな」

 ガタンと中で音がした。俺の動悸がまた激しくなる。ダメだとわかっているのに、 そっと扉の隙間から中を覗いた。重なる二つの人影。

 俺は慌てて顔を引っ込めた。キスしている。もし二人に見つかったら殺される。

 そろりと足を出した。少し離れてから小走りにその場を去った。

 俺は失恋したんだろうか。そもそも、木村を好きだったんだろうか。最初はちゃらついて不真面目で最低な奴だと思っていたから嫌いだった。でも一緒に試合をして見る目がかわった。これからも一緒にプレイしたかった。 ただの憧れだったのか、恋愛感情だったのか。

 どっちだったとしても、木村が俺にこれっぽちも興味を持っていないことはよくわかった。二人の間に他人が入りこむ余地はない。あそこまで密な関係を見せつけられていっそ清々した。すっぱり諦められる。

 正反対に見える二人だが、あれ以上お似合いの二人もいない。

(初出2008年)
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毒入り林檎(7/8)

2020.08.03.Mon.


  帰りのバスの中、木村は一番後ろの席で不機嫌に窓の外を見ていた。誰も話しかけられない雰囲気。

 というのも、表彰式のあと、サンジャイさんと一ノ瀬と合流したのだが、木村は一ノ瀬がサンジャイさんと一緒にいることにまず文句を言い、2人で一緒に帰ると知ると自分も電車で帰ると言い出した。疲れてるんだからバスで帰れ、と一ノ瀬は島田さんに木村を託すとサンジャイさんと体育館をあとにした。

  サンジャイさんと一ノ瀬は小学校からの先輩後輩の仲で、一ノ瀬がサンジャイさんを慕っているのが木村は気に入らないのだと、島田さんがこっそり俺に教えてくれた。ただの焼もちじゃないか、馬鹿馬鹿しい。第一、サンジャイさんは男好きではないはずだ。心配することもないと思うのだが。

 二人が一緒に帰って自分はバス。それで不機嫌になってずっと黙りこんでいる。せっかく優勝したのに雰囲気をぶち壊す人だ。

 差し入れのジュースを紙コップに注ぎ、誰も座っていない木村の横に座った。木村の顔は窓を向いたまま俺の方を見もしない。

「お疲れす」

 紙コップを差し出した。

「気持ち悪ぃ」

 外を見たまま木村が言った。

「何がすか、酔ったんですか?」
「その喋り方だよ、タメ口はどうしたよ」

 木村の実力を見た今、タメ口なんて無理だ。

「あれは……今まですみませんでした」
「つまんねえ奴」
「すみません」

 完全に八つ当たりモードだ。それでも俺は頭をさげた。

「そんなにあの二人が気になるんすか」

 一瞬の間。

「別に」

 嘘だ。わかりやすすぎる。バスケのフェイクはあんなにうまいのに。

「あの人のどこがいいんですか」

 俺の問いにようやく木村がこっちを向いた。怒られるのかと思ったが、木村は感情の読めない目で俺をじっと見てきた。俺は緊張しながらその目を見返した。あんまり長く見つめられ、顔が熱くなっていく。

「ひとことで言えば全部かな」

 長く考えたあと、 木村は恥ずかしげもなく言ってのけた。

「女も好きになれるんですよね」
「あぁ」
「女よりあの人がいいんですか」
「あいつよりいい女がいないんだよ」
「はぁ」

 気の抜けた返事が出た。俺には理解できない。

「お前はわからないままでいいんだよ。あいつに手を出す奴がいたら俺がぶっ殺すからな」

 ニヤリと笑いながらずいぶん物騒なことを言う。でも冗談とも思えなくて俺は笑うことが出来なかった。

「バスケ、なんでやらないんですか」

 この質問に木村は思いきり面倒臭そうに顔を歪めた。

「その話すんならあっち行け、俺の仕事は今日で終わったんだ。まったくどいつもこいつも。俺はもう飽きたんだ、やらねえよ」

 予想外の強い拒絶にうろたえた。前髪を乱暴にかきあげる木村に急いで頭をさげる。

「すみません、バスケを教えて欲しいと思ったから、つい」
「お前が毛嫌いしてたホモに何教わろうってんだ」
「いや、今はそんな」
「男同士でどうやんのかだったら教えてやってもいいぜ」

 間近に目を覗きこまれた。黒い瞳に思わず見とれた。慌てて目を逸らす。

「照れんな馬鹿、俺は今、一ノ瀬一筋だからな」

 頬杖をついて窓の外に目をやる木村の横顔をこっそり見た。なんだろうこれは。どうしてこんなに心臓がどきどきするんだ。居心地が悪い。なのに、木村のそばから離れたくないと思う自分がいる。なんか変だ、俺。

「サンジャイの野郎、卒業しても邪魔な奴だぜ」

 木村の呟きが聞こえた。木村はサンジャイさんに嫉妬している。 俺は一ノ瀬に嫉妬している。そんな自分に気付く。なんでだ?

~ ~ ~

  大会が終わって一週間が経った。大会優勝の興奮もさめ、木村の武勇伝の熱もようやくさめた。

 俺は諦め切れずにいた。一週間に一度、いや一ヶ月に一度でもいい、1on1で木村に指導してもらいたい。一時間でもあの人と付きっ切りでバスケをすれば、自分は色んなテクニックを盗むことが出来る。そう思って、部活が休みの今日、意を決して生徒会室に向かった。

 きっと断られるだろう。そう思ったが、ダメ元でも一度頼んでみなければ気がすまない。

 生徒会室の前にやってきた。中は静かだ。もしかしたら誰もいないのかもしれない。来る日を間違えたか。

 一応戸に手をかけ、引いた。鍵はかかっていなかった。そっと中を覗く。机につっぷす茶髪が見えた。木村は一人だった。丁度いい。

 物音で気がついた木村が顔をあげた。

「一ノ瀬?」

 俺だと気付くとあからさまにガッカリした顔をする。

「なんだ、岡崎か」

 名前を覚えていてくれたことが妙に嬉しかった。薄情な木村は試合が終わるとぱったり部に来なくなった。俺たちはすっかり忘れられたような寂しい気分だったのだ。

「お疲れさまです」

 中に入って斜め前に立つ。

「何か用か」
「はい、まぁ」
「なんだ? 早く言えよ、もうすぐ一ノ瀬が帰ってくるんだ」
「一ヶ月に一時間でもいいんで、俺にバスケ教えてくれませんか」
「いやだ」

 あっさり断られた。予想はしていたが、やっぱり落ち込む。

「用はそれだけか? だったら帰れ、お前がいたら一ノ瀬と二人きりになれないだろ」
「ゆっくりして構わないぞ」

 背後の声に振りかえった。一ノ瀬が中に入ってきたところだった。手に資料らしいたくさんの書類を抱えている。

「木村、先生が職員室に来て欲しいそうだ」
「えぇ、なんで俺が」
「生徒会長だろう、 次の生徒総会のことで話があるらしい」

 面倒臭い、と文句を言いながら木村が立ち上がる。なんだかんだ一ノ瀬の言うことは素直に聞いている。横を通り過ぎる時に肩を叩かれた。

「じゃな、お疲れ」

 俺が戻ってくるまでにお前は帰っていろ、そう目が言っていた。俺は完全に邪魔者扱いだ。




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毒入り林檎(6/8)

2020.08.01.Sat.


 最後の4Q。11点差でもみんながうちの勝利を確信していた。その希望を作ったのは木村だ。本当に底の知れない奴だ。先輩たちがこいつの臨時入部を無条件に喜んでいたわけがわかった気がした。

「最後だ、気合入れていけよ」

 島田さんの言葉に皆が大声をあげて応えた。

 連携の崩れた相手チームからボールをカットし、島田さんにパス。「こっちだ!」フロントコートへ走りこんだ木村が叫ぶ。 島田さんはバックボード目指してボールを投げた。高すぎる、そう思ったが、木村が空中でキャッチしアリウープダンク。このプレイに会場が沸いた。

 木村がまた観客席に向かってアピールした。今度は不機嫌な顔で親指を下に向けている。おかしいと思って視線の先を辿ると一ノ瀬の横に日本人離れした顔の男が立っていた。見覚えのある顔。サンジャイさんだ。他の部員も気がついたようだ。ベンチでは手を振っている奴もいる。

「お前の相手はこの俺だろうが」

 真田が木村に叫んでいるのが聞こえた。

「だから俺の相手はお前じゃねえんだよ。俺はあいつのために今ここに立ってんだ。この試合、俺がもらうぜ」

 真田に向かってきたボールを木村がカットした。うまいフェイクで味方にパスし、ドライブ、シュート。リングに当たって跳ね返る。

「岡崎、スクリーンアウト!」

 木村の声に思わず反応した。俺がマークしている向こうの4番を背中で牽制する。走りこんできた島田さんが飛び上がってボールをリングに押しこめた。7点差。

 その直後、気を抜いた一瞬の隙をつかれて真田に3Pを奪われ10点差に後退。それでもまだ勝てる、俺たちはそう信じていた。

 コート中央のあたりで、木村はドリブルしながら真田と向き合っていた。左右にボールを振って真田を惑わせ、素早く身を翻し、左に走り出た味方にパスした。それと同時に走って「パス!」と叫ぶ。木村にボールが行く。真田が手を伸ばすより一瞬早く、木村は綺麗なフォームで3Pを決めた。

 また7点差に戻った。残り3分。勝てる。

 相手チームのチャージドタイムアウトでベンチに戻った。

「皆には悪いんだけど、ボール俺に集めてくんねえかな」

 木村が汗を拭きながら言う。みんなの視線が木村に集まる。

「この試合に負けたら俺、一ノ瀬にあわす顔ねえんだよ、だから負けられねえんだわ」

 今度は監督に視線が集まった。監督は難しい顔でしばらく黙っていたが、「よし、いいだろう」と頷いた。オールラウンダーの活躍ができる木村を信頼しているんだろう。俺もこいつに賭けてみたくなった。

 円陣を組み、気合を入れる。ラスト3分。ここで負けるわけにはいかない。

 コートに戻り、言葉通り木村にボールを集めた。向こうの真田も気合が入っていてなかなか抜けられず、木村もパスしてボールを繋ぐ。カットされ、相手チームにボールが渡った。皆が追いかける。誰よりも早くリング下についたのは木村。焦った相手がシュートをミスした。リングに弾かれたボールを木村が掴み、着地と同時にロングパス。受け取ったのは島田さん、ドライブでリング下までやって来たが、ディフェンスされ、シュートが打てない。

「島田!」

 戻ってきた木村が叫び、ボールを受け取る。打つ、みんな木村とほぼ同時にジャンプした。 たくさんの手が伸びる。 木村は空中でボールを持ちかえシュートした。入った。

「よし、もう一本!」

 木村が叫びながら戻る。 誰がキャプテンだかわからない。こいつは助っ人で来ただけ。この試合が終わったらもう一緒にプレイ出来なくなる、そう思うと悔しいような寂しいような気持ちになった。

 相手のチームはすっかり士気が下がっていた。木村の登場以降、ほとんど点を取れていない。木村の実力に度肝を抜かれている。気持ちで勝っているぶん、5点差でもこちらが優位だった。

 焦る気持ちで精彩を欠いた真田は木村の敵ではなかった。木村は冷静に真田からボールを奪い、一気にフロントコートへ。相手のセンターがシュートを阻む。木村は少し体勢を崩しながらも、フェイダウェイジャンプショットを決めた。着地して後ろにぶっ倒れた木村は島田さんの手を借りて起き上がりながら、

「追いついて来たぞ」

 みんなに笑ってみせた。

 思い出してちらと一ノ瀬を見た。真剣な目で試合を、木村を見ていた。胸がモヤモヤする。

 冷静さを失った相手チームのファウルでフリースロー。しっかり決めてついに1点差。時間は1分を切っていた。次、ポイントを取ったほうが勝つ、みんながそう確信していた。真田のチームからも気迫が感じられる。

 まさに命を削るような攻防。ボールの主導権が行き来してなかなか点が取れない。木村に張り付く真田も必死で、木村も手を焼いているようだった。

 島田さんにパスしたボールがカットされた。足の早い真田が一気にゴールへ向かう。 真田の目がリングを見上げた。打たせるか! ジャンプした俺の目に、右手から突っ込んできた味方に真田がパスしたのが見えた。

「しまった!」

 そいつがシュートしたボールがリングに跳ね返る。真田がジャンプしてボールに手を伸ばす。取られる。そう思った時、素早い手がボールをかっさらって行った。木村だった。

「速攻!」

 着地した木村はあっという間にフロントコートまでドライブイン。ボールを持ってない俺たちが追いつくのもやっと。なんて早さだ。

 もう時間がない、リング下でもみくちゃになる。木村の目がチラと電光掲示板を確認した。5秒を切った。木村は高速ドリブルしながら体を反転させ、 左から飛びあがった。センターがブロックにジャンプする。リングの前には手が伸びて隙がない。右へ流れて行きながら木村は後ろ向きのままボールを放った。綺麗な弧を描き、ボールがリングを通過する。と同時に試合終了のブザー。逆転!

 ベンチからも観客席からも大歓声があがった。

 全員が木村に抱きついた。俺も思わず走ってその塊に抱きついた。こいつはすごい奴だ。高校生のレベルを超えている。

 汗だくの木村はまたいつもの気の抜けた顔に戻って、

「これで一ノ瀬に堂々と会えるわ、助かった」

 島田さんの肩を叩いた。礼を言うのはこっちのほうだ、と島田さんが木村の髪をくしゃくしゃにして抱きついた。

 俺は木村と目を合わせたくて木村の顔をじっとみた。何か言いたい。俺も木村と喜びを分かち合いたい。だが、木村の目は俺を見ずに、観客席の一ノ瀬を探していた。探し出し、今まで見たこともない笑顔で手をあげた。その先にいる一ノ瀬も小さく手を振り返している。

 その時はっきり感じた。木村と一ノ瀬の視線が合わさった時、確かに二人にしか通じないものが交わされた。誰も間に入る事が出来ない、深い結びつきがこの二人にはある。

 木村を独占している一ノ瀬に無性に腹が立った。中島さんのかわりに試合が終わるまでの約束で木村はバスケ部にいる。そう木村がはっきり断言した。あれほどの才能があるのにバスケをしないのは一ノ瀬のせいなんじゃないのか? そうとしか思えない。

 嫌がる木村を連れてきたのは一ノ瀬だと島田さんは言っていたが、そもそも一ノ瀬なんて男にうつつを抜かしているからバスケをしていないんじゃないのか。

 あの才能の邪魔をする一ノ瀬が許せなくなった。木村に微笑みかける一ノ瀬を睨み続けた。



毒入り林檎(5/8)

2020.07.31.Fri.


試合当日。1位から4位の順位決定戦予備戦。対戦相手は去年のインハイでベスト8。戦力はお互い五分五分、もしくはうちが少し上と見ていた。

 試合開始。相手チームは動きが鈍く、イージーシュートも外して最悪の雰囲気。島田さんが今が攻め時と檄を飛ばし、うちのフォワードが確実に点を取り、俺もリバウンドでチームに貢献して前半戦を終えた。後半戦になってようやく向こうは立て直して果敢に攻めてきたが、うちは冷静にパスをまわし結局点差は縮まることなく試合終了。辻さんが雄たけびをあげた。

 着替えをすませ、明日の対戦相手の下見のために観客席へ。試合はすでに始まっていた。そこで一際目を引く奴が一人。身長は175cmあるかないかの小柄なほうなのに、やたら動きが素早く、ボール捌きが抜群にうまい。目にも止まらぬ早業、とはこういうことを言うのだろう。ボールを前後左右、自在に操って相手プレイヤーを惑わせる。その隙にするりとかわしてシュートを決める。会場にいる観客の視線をほとんど独占するようなプレイだ。

「サージか」

 俺の斜め前に座る木村が呟くのが聞こえた。

「知り合いか」

 隣の島田さんが聞く。

「中学で一緒だった。真田新二。あいつは要注意だぞ、厄介な野郎だ。あいつとは当たりたくねえけど、多分明日はあそことやりあうことになんだろうな」

 点数が6対12。真田という男がいるチームがリードしている。たった今も真田のシュートが決まった。木村が真面目な表情で試合を見ていた。初めてみる顔だった。

 結果、真田のいるチームと明日、 対戦することになった。

 ~ ~ ~ 

 翌日の決勝戦。 チーム全体にピリピリした緊張感が走る。その中で木村だけはいつもの眠そうな顔をしていた。気合を入れてコートへ。ジャンパーは俺。

 試合開始。ボールが投げられる。ジャンプした俺の手にボールが当たった。弾かれたボールを辻さんが取り、パスがまわされる。一斉に走った。島田さんがシュートを決めてポイント先取。悪くない出だし。

 その直後、 真田にボールがまわって空気がかわった。昨日の試合を見た俺たちは皆身構えた。真田が突進してくる。スピードで誰も敵わず、ディフェンスに立ち向かった島田さんがあっさり抜かれ、俺の目の前へ。打たせるか! 真田がシュートしようとボールを構えた、と見えたのは俺の錯覚で、ボールは床をついて俺の後ろへ。相手プレイヤーが受け取ってシュートを決めていた。早い。

 鳥肌が立った。真田を中心としたチーム。他のプレイヤーは真田の手足となって動いている。実際に対戦してそう感じた。そしてそれがうまく機能している。 これが高校三年生の実力。いや、高校生でもこいつはトップクラスだろう。

 負けてたまるか。俺の闘志に火がついた。リング下で好き勝手にはさせない。 そう簡単にシュートさせてたまるか。

 インターバルで、木村が島田さんに声をかけるのが聞こえた。

「15点以上あけられるなよ」

 ベンチに座ってるだけのくせに、何をえらそうに言ってやがる。島田さんはただ、黙って頷いた。

「木村は後半投入だ。お前には起爆剤として働いてもらうぞ」

 監督が木村の背中を叩いた。木村は返事をせずに肩をすくめた。

 コートに戻って島田さんが皆に声をかける。落ち着け。取り返すぞ。その後、うちも点を取り返すが、じわじわ点差が開いていく。辻さんがてんぱってきている。チームプレイがだんだんくずれていく。嫌な空気のまま前半戦が終わった。

 ハーフタイム。無言でベンチに戻る俺たちに監督が檄を飛ばす。気持ちを奮い立たせようとするが、真田の高校生離れした動きに手も足も出ない。

「辻、木村と交代だ」

 監督の言葉に、辻さんはむしろほっとした表情を浮かべて頷いた。いつの間にかウォームアップしていた木村が加わる。その目が相手ベンチを鋭く射抜く。そして観客席を仰ぎ見た。俺もつられてみた。誰か知った顔があるんだろうか。木村は人を探して目を動かしていたが、諦めて視線を戻した。

 そうか、一ノ瀬か。こいつは一ノ瀬が来るのを待っているんだ。こんな大事な局面にまで男のことを考えているのか。ぶん殴ってやりたいがいまは試合中だ。なんとか堪える。試合で足手まといになりやがったら、その時ぶん殴ってやる。

 後半戦、開始。点差は15点。早速ボールが真田に渡った。木村が真田に迫る。真田の顔つきがかわったのが見えた。

「誰かと思ったけど、やっぱお前かよ。ベンチウォーマーがここで何してんだよ」

 真田が木村に話しかけた。中学が一緒だったというから不思議はないが、真田の口調には敵意のようなものが感じられた。

「よぉ、サージ。今日は助っ人だ」
「バスケ、辞めるんじゃなかったっけ?」
「辞めたよ、だから今日は助っ人だって言ってんだろ」

 木村の手が伸びる。真田はその動きを予想していたようにレッグスルーでボールを持ちかえた。

「とろいぜ、お前。なまってんな」
「これから調子あげてくんだよ」
「その前に試合終わらせてやるよ」

 木村の横をすり抜けて真田が出た。 俺の真下に真田の顔。打つか、パスか。考える一瞬の間に俺の手の下を潜り抜け、真田がダンクを決めた。

「嘘だろ」

 ぶらさがったリングから下りる真田を呆然と見た。不敵に笑う真田はまっすぐ木村を見ていた。

「お前には負けねえよ、へたれが」

 と走りながら木村を指差し、戻って行く。木村が片頬をあげて笑った。目つきが鋭くなる。まさかこんな安っぽい挑発に乗ってブチ切れたか? まさか辻さんよりてんぱるんじゃないだろうな。大丈夫か、本当に。

 ボールが木村に渡った。木村に張り付く真田が虎視眈々とボールを狙っている。

「勝負しろよ、補欠」

 真田の挑発。そんなもんに乗るなよ。

「誰がてめえと。俺にはもっと大事な用があるんだよ」

 低い位置でドリブルし、真田に負けないスピードでボールを捌いて後方の味方にパス。真田を背中で牽制しながらまたボールを受け取り、体を反転させ真田を抜いた。無駄のない動きでセンターをかわし、シュート。決まった。味方のベンチから歓声があがる。俺もほっとしたが、たかが一度シュートを決めたくらいでみんな大袈裟に喜びすぎだ。

 木村は真田の動きをよんでパスをカットし、奪いにきた真田の足の間を潜らせボールを味方へパス。もらった本人が予想外のパスだったらしく一瞬出遅れたがシュートを放ち、バスケットに当たったボールを俺がリバウンドして得点した。相手チームの加点が止まった。

 真田に余裕がなくなったのがその顔つきでわかった。ワンマンなチームはその中心人物が調子を崩すと全体が崩れる。チーム全体に動揺が伝わっているのがわかった。

「こっちだ!」

 木村が声をあげた。島田さんがパスを出す。

「調子乗んなてめえ」

 真田が追い縋る。木村は後ろ手で味方にパス。ボールを見失った真田を横目にすり抜け、パスをもらってドライブで切りこみジャンプ。 空中で体を捻りながらダンクを決めた。会場から歓声があがる。

 あいつ、何してやがんだ! 大事な試合で格好つけてんじゃねえ! 

 木村は走りながら観客席に向かって指をさし、アピールしている。その方向を見ると、出入り口から階段を下りる一ノ瀬の姿があった。今来たところらしい。一ノ瀬も驚いた顔をしている。こいつは一ノ瀬が来たから急に張り切って格好つけたのか? まさか、嘘だろ。一ノ瀬にいいとこ見せるために、あんなプレイしたっていうのか?

 第3クォーターが終わったインターバル、荒い息をしながらドリンクを飲む木村に、みんなの信頼が集まっているのを感じた。前半戦の重い空気がなくなっている。みんなが、こいつなら何とかしてくれると期待している。

 どうしてこいつはバスケ部に入らなかったんだ? どうしてポイントガードなんだ? こいつは謎だらけだ。




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毒入り林檎(4/8)

2020.07.30.Thu.


  放課後の体育館、部員が集まったところへ木村が遅刻してやって来た。どこまでも不真面目な奴だ。せめて時間に遅れずに来い。俺が睨んでいると、視線に気付いた木村がニヤっと笑ってきた。

「何か言いたそうだなぁ」

 バッシュの紐を硬く結びながら言う。

「中島さんのかわりを引き受けたんなら遅刻せずに来いよ」

 思わず言った。島田さんが離れたところから心配そうに見ていた。別に喧嘩をするつもりはない。一言いっておきたくなっただけだ。

「お前さぁ、何か勘違いしてるよ。俺は中島のかわりで来たんじゃねえよ。一ノ瀬に頼まれたから来ただけだ」
「けっ、ホモが」
「ホモは嫌いか? 狭い世界で生きていやがんなぁ、お前。何も知らねぇガキが、俺に一丁前の口きくなよ」
「あの一ノ瀬って人も迷惑してんだろ」
「お前があいつの何を知ってる。二度とあいつのことで俺に知ったかぶんじゃねえよ」

 木村が立ち上がった。口元に笑みこそ浮かべていたが、目は笑っていなかった。妙な気迫に俺の足が一歩退いた。

「おーい、お前ら、喧嘩はダメだぞ。もう練習始まってるんだぞ」

 島田さんに声をかけられ、木村の視線が俺から逸れた。思わず息を吐き出した。

「行くぞ、一年」
「一年じゃない、岡崎だ」

 木村はいつものやる気のない目に戻っていた。なんだ、急に凄みやがって。

 中島さんの代わりじゃないと言っていたが、木村をポイントガードのポジションで練習が始まった。ちんたら動いているわりに的確な指示をする木村に妙に苛々した。主将の島田さんも、飛び入りの木村の指示を待つ場面が何度かあって、それがまた俺を余計にイラつかせた。

 どうしてうちの先輩はみんな無条件にこいつを信頼しているのだろう。どうして誰も何も文句を言わないんだろう。

 その日の練習はずっと苛々したまま終わった。

 俺は中学ではそれなりに活躍したほうだった。恵まれた体格のおかげでほとんどの連中を上から見ることが出来た。ゴール下をまかされ続けて三年。リバウンドには自信がある。絶対にボールを取りこぼさない。 点に繋げてきた。それを認められて次の試合にだって出してもらえる。高校生になってレベルがあがった中で、自分の実力を試したい、これからの成長に繋げたい。その大事な試合に木村が絡んでくる。 そのことにチームの誰も文句を言わない。むしろ歓迎ムードだ。それがどうしても納得できない。

 ~ ~ ~

  部活が休みの放課後、教室の掃除をし、ゴミをゴミ置き場へ持って行く途中、そこに木村と一ノ瀬の姿を見つけて足が止まった。

 部活のない日にまであいつに会いたくない。あいつらがいなくなってから捨てに行くことにしよう。少し離れたところで見つからないようにして待った。

「部活が休みだからってこんなところで油を売ってていいのか」

 一ノ瀬がゴミを捨てながら木村に向かって言うのが聞こえてきた。

「生徒会の仕事、お前たちに押し付けんのも悪いしねぇ」
「そっちは俺たちに任せろと言っただろう。お前は次の試合まではバスケに専念していろ」

 そうだ、もっと言ってくれ。一ノ瀬は案外話のわかる奴のようだ。

「試合で体力はもつのか」
「俺、ベンチの補欠だから」
「島田はそうは思ってないみたいだぞ」
「はは、そんなに期待されてもねぇ」

 嫌味ったらしい口調。一ノ瀬の顔が曇るのが見えた。

「期待してるんじゃない、お前を信じているんだ」
「同じじゃねえの」
「違う、俺もお前を信じたから頼んだんだ」
「お前に言われなきゃ、もうバスケなんかしないつもりだったんだぜ。それ相応の見返り、 期待していいんだよな?」

 一ノ瀬の肩に腕をまわし顔を寄せる。キスするのかと思ったがその寸前で止めた。 一ノ瀬は顔色一つかえない。

 これは脅しというんじゃないのか? 中島さんのかわりに バスケ部にやって来た見返りを一ノ瀬に要求するなんてせこい男だ。

 一ノ瀬に対して同情する気持ちがわいてきた。一ノ瀬は疫病神に魅入られてしまったんだ。このあいだは失礼なことを言ってしまった。一ノ瀬が怒るのも無理はない。

「お前の口説き文句はワンパターンだな。そんなもので俺を口説き落とせると思ってるなら作戦をかえたほうがいい、そのままじゃ一生無理だ」

 一ノ瀬は大人だ。怒りもせず木村をかわしている。対して木村は子供みたいに口を尖らせている。

「言ってくれるね。 試合で俺の活躍見てろ、惚れ死にさせてやる」
「俺を殺せるほど活躍なんてできるのか?」
「今日はずいぶん挑発するねぇ。練習で相手してやれないから怒ってるのか」
「試合で負けるようなことがあったらな」
「それって俺一人の力じゃどうにもならないことだろ」
「俺を手に入れたいなら、それぐらいやってのけろ」

 なんて際どい会話だろう。ゴミ捨て場から去って行く二人の背中を見送りながら知らずに止めていた息を吐いた。まともに木村の相手を出来るのは一ノ瀬しかいないのではないか、そんな考えが浮かんだ。

~ ~ ~

 試合を明日に控えた放課後の練習、今日は5対5の練習をした。俺のチームのポイントガードに辻さん、相手チームには木村。

 中学の時、ポイントガードだったらしい木村は、パス第一でプレイヤーにボールをまわし点に繋げていった。辻さんは自分で突っ走ってしまう時があってまわりが気後れする場面がある。相手にリバウンドされ、木村が速攻をかけたときには必ず失点した。

 木村は抜け目がない。ゲーム自体は木村のチームに勝ったが、俺には木村が手を抜いているように見えて嫌な気分だった。

 練習が終わり、皆が更衣室へ向かう中、俺は島田さんにその事を話した。

「あいつ、わざと負けたんじゃないすかね」

 俺の言葉に島田さんは驚いた顔をした。

「あいつって木村のことか?」
「はい」
「俺はよく動いてたと思うよ。うちの部員のこともこの短時間で理解してうまく使っていたし、ゲームの流れもよく読んでる。明日は試合を控えて辻に自信をつけてやるこも忘れていないしね」

 はっとした。中島さんの代役に選ばれたプレッシャーはかなりのものだろう。 それも一週間前に急遽決まった変更。辻さんはてんぱるとすぐ舞い上がってしまう。メンタルが弱いようだから、今日の練習で負けてしまったら簡単に自信喪失してしまうだろう。木村はそんなことまで考えて行動していたんだろうか。

「急には無理だと思うけど、お前も少しはあいつを信用しろよ。明日は同じチームになるんだからな」
「……はい」

 島田さんに尻を叩かれ、更衣室へ向かった。皆に囲まれ笑っている木村がいた。こいつのまわりにはいつの間にか人の輪が出来ている。女子だけじゃなく男子にも人気がある。辻さんに見せたような気遣いを他の連中にもしているからなんだろうか。木村論という男がますますわからなくなった。