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棚ボタ(2/2)

2021.02.23.Tue.
<1>

 じゃ、と意味のない前置きのあと、三島が俺のズボンに手をかけた。咄嗟にそれを押しとどめた。

「なにすんだ」
「脱がすに決まってるだろ」
「おまも脱げよ」
「うるせえな」

 三島はぱっと服を脱ぎ捨てて全裸になった。その動作には羞恥心とか躊躇いってものがまったくない。俺も三島にならってさっさと服を脱いだ。

 むんず、と三島の手が俺の股間のものを掴む。いきなり握るのかよ。うわ、ばか、そんなに擦んなよ。

 同じことを三島にしてやろうと手を伸ばしたら、俺はいい、と払われた。かわりに寝転がらされ、上から三島にじっくり見られながら性器を扱かれた。

「気持ちいい?」

 興奮をおさえた擦れ声で三島が訊ねる。なんて答えればいいんだよ馬鹿やろう。気持ちいいに決まってるだろ。

「こっちも、いじったほうがいい?」

 空いた手で俺の乳首を摘む、くにゅくにゅ揉みしだいたり、押しつぶしたりする。触られてないほうの乳首まで立ち上がるのが自分でもわかった。股間からもクチュ、と濡れた音がする。

「敏感だな、おまえ」
「…っ、うる、せ……んっ」

 切れ長な目が、快感にもだえる俺を見おろしている。喘ぎを必死に噛み殺すために、かえって小さな反応を際立たせてしまっている。

 舌なめずりをしたあと、三島が頭を落として俺の胸に吸いついた。音を立てて舐めあげ、歯の先で優しく小刻みに噛みつく。

「ふっ、ん、あっ…や、み、しま…っ」
「ここ、気持ちいいんだ? すっげえ反応しまくってんじゃん」

 俺を睨むように見つめながら、性器を扱く手つきを早くする。途中握りなおし、更に手の動きを加速させた。ここがいいんだろ、と言うような、意地悪くも無邪気な笑みを口の端に滲ませている。そんな表情、初めて見る。

「ん、あ…やめ、三島…出る…、から…」

 腕を掴んだ。

「出していいぞ」

 耳に囁かれた。

「──はっ、あ、あぁっ……!」

 頭が真っ白になったと同時に、俺は射精していた。放った熱い塊は、三島が動じることなく手の中に受けとめた。男前だ。そしてそれを後孔になすりつける。

「な、なに」
「彼女の同人誌で、ザーメン使って中潤してたから、その真似」

 三島は躊躇せず、指を俺のなかに出し入れする。たまに押し広げるような圧迫を内部に感じた。三島なりに解そうとしているらしい。

「どれくらいやればいいのかな」

 加減がわからずぼやくように呟く。

「も、いいんじゃないか」

 俺が許可をおろすと、三島はすぐさま指を抜き、自分のペニスを扱き出した。早くしないと俺の気がかわるといわんばかりの急ぎようだ。そんなに慌てなくても俺はいつまでも待ってるよ。いったい何年、この瞬間を待ち焦がれていたと思ってるんだ。なんならそれ、俺がしゃぶって大きくしてやってもいいんだぜ。

 満足いく大きさになったのか、三島が俺に向きなおった。

「四つん這いになって」
「え」
「女と穴の位置違うから、四つん這いのほうが入れやすそうじゃん」

 俺は正面からの挿入を期待していたが、ここは三島の言う通りにした。俺は渋々付き合ってやってるんだってスタンスを貫くためだ。

 四つん這いになった俺の尻を左右に押し開き、三島の勃起した肉が入ってきた。亀頭はすんなり入ったのに、竿の途中、一際膨れ上がった部分を入れられる時はケツが裂けそうだった。無意識に力が入ってしまい、痛い? と三島が訊いてくる。

「平気」

 四つん這いで良かった。苦痛に歪んだ顔を見られずに済む。

 全部収まってようやくほっと息をつけた。俺を串刺しにする硬くて太いその存在感、圧迫感。三島とひとつになれた歓びが体を貫く。

「動くぞ、大丈夫、ゆっくりするから」

 安心しろ、と俺の背を撫でる手が語る。それに安心をもらって、俺は頷いた。

 言葉通り、三島は様子を見るようにゆっくり腰を動かしていた。次第に、一番太い竿の部分が通過するときも、痛みを感じなくなってきた。かわりに、摩擦によって中が熱く潤んでくる。俺の腸液と奴の先走りで、ときたま濡れた音が結合部から聞こえた。その頃にはもう、遅い腰使いじゃ物足りなくて、気がつくと、自分でも体を揺らしていた。

「柏木、おまえ、気持ちよくなってんの?」

 笑いの滲んだ声が背後から浴びせられる。三島も俺が淫らに腰を振っていることに気付いたようだ。俺は答えるかわりに三島を締め付けた。

「あぁ……やば…、すっげえ気持ちいい」

 快感で上ずった三島の声。早く動けよ、と俺の心を読んだようなタイミングで、三島がいきなり深く挿入してきた。

「ひっ」

 ズドンと奥まで刺しこまれ、一瞬だが目の奥がチカチカ光った。そのショックから立ち直る間もなく、腰を引いた三島が再びえぐるように突きあげる。

「ん、あっ!」

 俺の腰を押さえつけ、三島の激しい抽送が始まった。どこを擦ればいいのか探り当てるために、角度や速度をかえ、俺の反応を見ている気配があった。こいつ意外と冷静だ。

 ある部分を擦られたとき、脳髄を直撃するような鋭い感覚が走った。その時、自分でも恥ずかしいくらい感じ入った声が飛び出し、後ろで三島が「ここか」と言うのが聞こえた。

 俺を腰砕けにするそこを、三島が重点的に狙ってくる。俺は腕を折り、シーツに顔を押し付けた。喘ぎ声が止まらない。一突きごとにイカされそうになる。さっきイッたばかりなのに、俺はまた勃起させていた。

「柏木」

 荒い呼吸の合間、三島が俺の名を呼ぶ。

「やっぱ、こっち向け。おまえの顔見たい」

 ズボッと陽根を引き抜き、俺の体をひっくり返したその手で両膝を押し広げて、再び中に入り込む。それからまた、リズミカルな掘削動作を始める。

 気持ち良くてぶっ飛びそうになる。自ら足を抱えあげて、恥部を三島に押し付ける。理性も外聞もなく、三島に刺し殺されたいと思った。

 三島に、いいか、と聞かれると気持ちいいと答えた。俺が痴態を晒すと、それを見た三島の目つきが、顔つきが、欲にまみれてひきつるのがたまらなかった。普段俺には見せない三島の雄の部分。征服されているという被虐心をくすぐられる。

「はぁっ、んっ…い、いい……あっ…気持ち、い……」
「俺も……おまえのケツ、最高」

 ふたりとも獣みたいな咆哮をあげて、俺は自分の腹に、三島は俺のなかに、たっぷり精液を吐き出した。

 ※ ※ ※

 幸せな夢を見ていた。

 学生時代に戻った俺たちは、誰もいない教室で向かい合っている。教室はおろか学校の敷地内にさえ誰もいないような静けさだ。

 俺は当時、三島に言えなかった言葉を言った。

「好きだ」

 優しい微笑を浮かべる三島が、顔を近づけてくる。俺も三島の口元を見つめながら顔を寄せ、目を閉じた──

 現実に引き戻されたとき、それが夢だったと知ってひどく落胆した。願望が見せた残酷な夢。どうせなら、キスしてから目が覚めればいいものを。ゆうべ、三島が俺にキスしてくれることなど、一度もなかったのだから。

 体を反転し、隣で寝ているはずの三島をみたらもぬけの殻で、少し離れたところに、きっちり衣類を身につけた三島が立っていた。

「俺、帰るよ」

 挙動不審なまでに目を動かしながら言う。俺を見ない。俺が見ている視線すら辛そうに、落ち着きなく首を動かす。

「三島」
「じゃ、悪かった」

 俺の制止を無視して、三島は逃げるように部屋を飛び出した。

 悪かったってなんだよ。

 遠ざかる足音を聞きながら、あいつはもう二度と、俺に会いに来ないだろうと思った。

 ※ ※ ※

 彼女に相手にされず、欲求不満だった三島は興味と憂さ晴らしのために俺を抱いたに過ぎない。いざ、身も心も落ち着いてみると、男の俺を相手にとんでもないことをしてしまったと我に返った。だから脱兎のごとく逃げ帰った。そして俺は好きな男と親友を同時に失った、事の顛末はこんなもんか。確かに、俺の人生においては歴史的瞬間だったな。

 平気なふりして日常生活を送っているが、実はけっこう堪えていた。あれから一週間近くが経つが、三島から連絡はないし、もちろん会いにも来ない。

 家が近いから、彼女と休みの合わない休日、三島はよく俺の家にやってきた。もうそんな気軽な関係じゃなくなったことが、あの一夜を後悔させるほど寂しい。

 目先の欲求を優先させず、あのとき断れば良かったのかと、何度も自問自答するが答えはでない。ある意味では、最高の形であいつを吹っ切ることが出来たとも言える。でないと俺は、この先何年でも、ぐずぐずとあいつを想い続けていただろう。

 これで良かったんだ、これで──。

 玄関のチャイムが鳴った。ドンドンと扉を叩き、連続してチャイムを鳴らすそいつは「開けろ」と大きな声を出す。

 ドアスコープを覗くと──驚くなかれ!──玄関に、枕を抱えた三島が立っていた。

「夜中に近所迷惑だ」

 扉を開けて三島を中に引っ張りこんだ。

「すまん」

 三島は項垂れ、俺に日に焼けた項を見せた。俺の心臓が壊れるほど早く胸を打つ。

「何しにきた、また彼女に追い出されたのか」
「原稿はもう終わった」
「じゃあ、何しに」
「あれからずっとおまえのことばっか考えてるんだよ、頭から離れねえんだ、気がおかしくなりそうだ」

 悲痛な声で訴える三島は、短い頭髪を乱暴に掻き毟った。そして泣きそうに歪んだ顔をあげ、俺の目を見据えて言った。

「おまえのこと、好きになったかもしれん」

 心臓が止まりそうだった。

「あの時のおまえの顔、すっげえ可愛くて、声もエロくて、彼女といる時でもずっと頭の中でチラつくんだよ」

 驚く俺の表情をどう読み違えたのか、

「気持ち悪いこと言ってごめん、でも、おまえのこと考えたら苦しくって、会いたくて仕方なくなるんだ、自分でもどうしたらいいか、わかんねえんだよ」

 と、自分の胸元をわしづかんだ。俺まで胸が苦しくなって呼吸が乱れた。

「それで、枕持って来たのか?」
「あれから毎日おまえをネタにしてマスかいてた、もう我慢も限界っぽい。振るなら今ここできっぱり振ってくれ」

 実に三島らしい正直な告白だった。

「もう、彼女のところには帰さない」

 三島の首に抱きついた。俺はやっと、幸福な夢の続きを見ることが出来た。



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棚ボタ(1/2)

2021.02.22.Mon.
※初出2010年、旧題「腐女子を彼女に持つ男が直面した悩み」

 玄関に、枕を抱えた三島が立っていた。

「なんだ」
「彼女に追い出された」

 友人の三島は枕がかわると眠れないたちで、出張に行く時も荷造り用の鞄のなかに枕を詰めるほど精神が細やかなところがある。夜中いきなりやって来て泊めろと迫る図太い性格をしているくせに意外だ。

「またあれか」

 三島はそうだと頷いた。去年知り合い、付き合うと同時に同棲になだれ込んだ三島の彼女は、いわゆる『腐女子』と呼ばれるやつで、ある時期がくると「原稿が」「締め切りが」と仕事以外の時間を全て同人誌を制作する作業にあてるようになる。そのあいだ、彼氏の三島はほったらかし。構って欲しくてちょっかいを出すと本気で怒られ、邪魔だから、と部屋から追い出されしまう。そしてうちにやって来るのだからいい迷惑だ。

 学生時代、頼まれる度、講義の内容を写させてやっていたのが間違いのもとだ。こいつは甘やかすとその分つけあがる。今頃後悔しても遅いのだが。

 こたつに入った三島はそのまま寝転んだ。体が大きいために、入りきらない足が反対側から飛び出している。

「飯は?」
「食べてきた」

 天井を見ながらぼんやりと答える。もう眠いのかもしれない。寝るか、と訊ねると、うーん、と上の空な返事があった。

「なんかさぁ、俺と原稿と、どっちが大切なんだって気がするよな」

 視線は真上に向けられたまま三島がしみじみとした口調で言った。

「知るか。追い出されたんだから、答えは出てるだろ」
「冷てえな、慰めるのが親友だろ」
「犬も食わないまずい残飯を俺に食わそうとするな」
「俺たち夫婦じゃねえし」
「一緒に住んでるんだから同じようなものだろ」
「そういえばおまえ、いつ彼女作んの?」

 興味深々といった顔つきで三島が体を起こした。また余計なことを……。

「作ろうと思って作るもんじゃないだろ」
「おまえ、モテんのにさ」

 俺は三島を睨んだ。人の気も知らないで残酷なやつだ。

 俺が黙っていると、三島がハッと思いついたように顔を輝かせた。身を乗り出し、

「もしかして、ホモとか」

 小/学生みたいなテンションで訊いてくる。俺はわざとらしい溜息をついた。

「ほんとにそうだったらどうするだよ。彼女の影響か?」
「そうなんだよなぁ、最近、仲良さげな男見ると、もしかしてって疑ったりしちゃうんだよな、やばい傾向だよ」

 頬杖をつき、演技ぶったしかめっ面でうんうん頷く。

 三島の彼女が書いているのは漫画だ。以前三島が持ってきたので見たことがある。少女漫画に出てきそうなキラキラした男が、同じくキラキラした美少年と恋に落ち、セックスで締めくくられるハッピーエンド。これは全然ぬるいほうで、彼女が描くその多くは、強/姦、複数、調教、触手など、エグイ内容がほとんどらしい。とんでもないものを描いている。それでも最後はハッピーエンドになるというのだから、もはやファンタジーの世界だ。

「でもさぁ、実際のところ、男同士ってどうなのかな? いいのか?」

 おまえなら知ってるだろ、なんて口振りで俺に聞くな。どきっとするだろ。

「それこそ彼女に聞けよ、俺は知らんよ」
「なぁ、一回ヤッてみねえ?」

 さっきまでの気の抜けた表情をわずかに強張らせて三島は言った。冗談じゃない雰囲気。一瞬俺までマジになって三島を見つめてしまい妙な間があく。──いかんいかん。

「追い出されたいのか」

 いつもの調子を意識して切り返す。三島は表情を崩し、なんてな、と目を細めた。そのとき出来る目尻の笑い皺が俺は好きだった。もっと言えばその浅黒い肌も、硬くて太い髪の毛も、がっしりした体も、学生の頃から好きだった。

 こいつは彼女と同棲までしてるのに、俺はいまだに片思いを続けている。バカだと思うが、諦められない。だからこんな話題は危険だ。俺の気持ちを勘付かれてしまうかもしれない。

 しかし一方で、いまのはチャンスだったのに、と悔やむ気持ちもないではない。思い出作りというやつだろうか。最後に願いが叶うなら、俺は三島をきっぱり諦められる気がする。その代償は計り知れないが。

「最近ヤラせてくんないから、欲求不満なんだよ」

 言い訳するように三島は頭を掻いた。俺に、おまえと彼女の生々しい濡れ場を想像させないでくれ。それこそファンタジーの世界にとどめておいてくれ。

 テレビを見ながらしばらく雑談したあと、どちらともなく寝るか、となり、俺はベッドに、三島はこたつに寝転がった。

 ※ ※ ※

 どれくらい時間が経っただろうか。

「起きてる?」

 てっきり寝ているとばかり思っていた三島から声があった。壁のほうを向いたまま、起きてるよ、と返すと、背後で三島がごそごそ動く物音が聞こえた。

「なぁ」

 いきなり肩を掴まれた。驚いて振り返ると、すぐそばで三島が俺を見下ろしていた。

「やっぱりしてみないか?」

 ギシリ、とベッドを軋ませて、三島が俺の上に乗りかかってくる。

「な、なにを」
「頭から離れねえんだよ、一回、試してみたい」

 俺の胸に顔を押しつけ、駄目か? と上目遣いに訊いてくる。そんな目で俺を見るな。甘やかしたくなるだろう。

「本気で言ってるのか?」

 コクコク頷く。畜生、可愛いじゃないか。むさい三島のぶりっこにときめいてしまうなんて、俺も末期だな。

「どうなっても知らないぞ」

 体を起こすと、三島に抱きしめられた。男らしい力強さ。夢にまで見た愛しい男の腕の中。もう、どうなってもいいや。

 ※ ※ ※

 ベッドの上で胡坐を組んで向き合い、

「どうする? おまえ、どっちがいい?」

 挿入する側、される側を決めるために話し合っていた。

 興奮しきっている三島からは、普段より濃厚にオスのにおいが発散されている。いまからこいつとセックスするんだ、なんて強く自覚させられて、俺までのぼせそうになる。それを隠すために、俺は三島とは逆に興味がなさそうな、白けた態度を装った。

「俺はどっちでもいいよ。明日も仕事だし、やることやって早く寝たい」
「おい、この歴史的瞬間に淡白すぎるぞ。それとも経験者かよ」
「バカらし。じゃ聞くが、おまえは男のケツに突っ込めるのか? 男に突っ込まれて平気か? どっちなんだ?」

 腕を組んで三島は考え込んだ。どんな想像を巡らせているのか、時折顔をしかめたり、締りのないニヤけ面になったりする。ほんと、見ていて飽きないよ。

 決意したのか、三島がやけに凛々しい顔つきで言った。

「よし、俺が入れる」

 というわけで、歴史的瞬間における俺たちの役割が決定した。




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結成秘話(4/4)

2020.12.03.Thu.


 今日は東西対抗戦。前半戦の場所は大阪。

 選抜された数組が貸し切りバスで大阪へ出発する。席は自由だが直前でネタをいじった場所があるので三宅を呼んで隣に座った。出発してすぐ、仕切り屋の瀬戸がマイクを握って「大喜利大会するぞ!」と勝手に始めたが、こっちはそれどころじゃないので当然無視。

 外野がうるさいので自然と顔を寄せ合ってネタ合わせ。三宅は警戒心なく体を擦り寄せてくる。すぐに抱きしめて、キスもできる距離だ。匂いも体温も届く。もっと近くに来ればいいのに。

 大喜利やゲームに参加しないでいると「イチャイチャしてないでお前らもやれ」と絡まれたり「仲良すぎて気持ち悪い」と言われたりしたが、勝つネタを作るために聞き流した。

 修正したところがあれば持ち時間をオーバーしないように時間を測りながら微調整をかけた。俺がネタを書き直しているのを待つ間、三宅は律儀にゲームに参加したり、面白いボケには笑っていた。そういうところがみんなから好かれるんだろう。

 休憩を挟んでやっと会場に到着。養成所の大阪メンバーはすでに会場入りしていた。簡単に挨拶したあと各々ネタ合わせ。そしてすぐ本番。

 俺たちの出番は後半。それまで壁に向かってひたすらネタ合わせ。出番を終えた同期たちの結果を聞いてどんどんプレッシャーがのしかかってくる。

 最後にトイレに行って戻ってくると、舞台袖で三宅がぼんやり立っていた。

「どうした?」
「武井と組んだままだったら俺、ここに来てなかったなーって思って」

 と俺の顔を見る。

「俺も豊田と組んでたらここにいない」
「これからもよろしく、夜明」

 三宅が手を差し出す。その手を握り返した。相方は三宅以外考えられない。この先何があっても、ずっとコンビを続けるだろう。

 俺たちの番がきた。2人で舞台に出た。

 w w w

 打ち上げのあと、ホテルに向かうバスの車中、みんな行きのテンションを忘れたみたいにおとなしかった。東西戦の結果は大阪の勝ち。結果に不満を漏らす奴もいたが、俺からしたら妥当な結果に思えた。

 俺と三宅は、3対0でコンビとしては大阪組に勝てたのでまだ気分は楽だ。

「ホテル泊まるの久しぶり。楽しみ」

 と三宅は遠足気分。

 ホテルの部屋も組み合わせ自由だったが、何も言わなくても三宅は俺についてきて同じ部屋に荷物をおろした。大浴場に誘われ一瞬腰を浮かしかけたが、三宅の裸を想像したらやばかったので断った。今夜は同じ部屋で寝るのだ。迂闊な行動は避けるべきだ。

 部屋の風呂に入り、念のため一発抜いておいた。しばらくして三宅が戻ってきた。浴衣姿の三宅に理性がぐらつく。一回抜いたくらいでは駄目かもしれない。

「ここってデリヘル呼んでいいのかな」
「大阪まで来て何言ってんだよ」

 ベッドに腰かけた三宅の浴衣がはだけて生足が晒される。そんなはしたない格好をするんじゃない。

「瀬戸の部屋で飲み会するって言ってたけど、夜明はどうする?」
「疲れたから寝る」
「わかった。俺はちょっと顔出してくる」

 立ちあがった三宅の腕を咄嗟に掴んだ。無意識の行動だ。

「どした? やっぱ行く?」

 行くな。言いかけた言葉を飲みこむ。そんな無防備な格好で他の男の部屋に行くな。酒を飲んだらみんなの気が緩む。狼の群れに羊が迷いこむようなものだ。酒の勢い、一夜の過ちがないとは限らないんだぞ。

「──飲み過ぎんなよ、お前弱いんだから」
「わかってるって。ちょっと顔出したらすぐ戻ってくる。俺も今日は疲れたし。夜明は先寝てていいよ」

 俺の心配なんか知らずに三宅は部屋を出て行った。あんなかわいい奴が浴衣姿で酒に酔ったらぜったい間違い起きるだろ。

 先に寝てろと言われたが心配で眠るどころじゃない。スマホをいじりながらベッドに寝転がって帰りを待つ。案外早く20分ほどで帰ってきた。

 歯磨きをしてトイレに行くと、三宅は横のベッドに飛び乗った。

「明日帰るの昼だったよな。それまでどうする? 大阪観光する?」

 うつ伏せで俺のほうへ目線を寄越す。誘ってるのか。

「どこか行きたいところがあるのか?」
「本場のお好み焼き食べたい。あと劇場見に行ってみたい。水族館も行きたいな。ジンベエザメ見たい。串カツも食べたいし、USJも行きたい」

 ずいぶん欲張りな要求に苦笑する。

「一度に全部は無理だろ。今度連れてってやる」

 うっかり口をすべらせてしまったが、三宅は「約束だぞ」とゆっくり瞬きした。瞼が重たそうだ。

「布団入ってもう寝ろ」
「うん」
「こら、そのまま寝るな。布団に入れって」

 寝てしまいそうな三宅の体を転がして掛布団を引き抜き、上からかけてやった。もう開けてるのも辛そうな目で「ありがと」と言うと落ちるように眠りについた。

 衝動的に三宅にキスしていた。我に返ってすぐ飛びのいた。心臓が壊れそうなほどバクバク高鳴っている。三宅は無邪気な寝顔を晒して眠っている。頼む、どうか俺がキスしたことは気付かないでいてくれ。

 これは単なる性欲なのか? 三宅をかわいいと思ったり、触りたくなったり、言動に一喜一憂して心配したり喜んだり、あれを食べたいあそこに行きたいと言えば全部叶えてやりたくなったり、寝顔にキスしたくなったり。

 どうして俺の指先は震えているんだ? どうしてこんなに胸が高鳴って顔が熱くなるんだ?

 ここにきてやっと俺は1つの可能性に気が付いた。

 目から鱗が落ちたような心境。今までの自分のおかしな行動も納得の理由。

 もしかして俺は、三宅のことが好きなのか?

 ただ俺の性の対象に三宅が入りこんだわけじゃなく、好きになったからその対象になったのではないか。

「まじかよ」

 口を押さえて呟く。同じ性別の野郎を好きになったことなんか今まで一度もない。かわいい奴だなとちらっと思うことはあっても、性欲はわかないし恋愛対象にもならない。女の子とは比べようもなかった。これは本当に恋愛感情なのか?

 頭のなかで俺を誘惑するムチムチボディのエロいお姉ちゃんを三宅の横に並べてみる。性欲を突き動かされるが、触りたいと思うのは馬鹿面晒して寝ている三宅のほうだ。これもう重症だろ。

 体から力が抜けていく。自分のベッドにどさっと腰を落とし、最大の溜息をついた。

 三宅は完全に女の子が好きだ。俺みたいに興味や機会があればアブノーマルプレイも積極的に試そうとしたり、相手が男だったとしてもヤリたいと思ったら本能に従うままだという冒険心はない。少女漫画のような恋愛を夢見てる三宅が、男から好意を寄せられて受け入れる確率は限りなくゼロだ。最悪、見た目が中性的な美少年だったなら可能性はわずかにあったかもしれないが、ゴリゴリ男の見た目をしてる俺では無理だ。

 俺が三宅を好きになっても、同じ気持ちが返ってくることはない。好きだと知られたら、三宅のことだから罪悪感とか未知への恐怖で絶対態度がぎこちなくなる。コンビ解消だってあるかもしれない。

 それは困る。嫌だ。

 別に好きになってもらえなくてもいい。コンビでそばにいてくれるだけでいい。俺だって三宅に会うまでは男なんか恋愛対象外だったんだ、諦めることくらい簡単だ。エロいお姉ちゃんと付き合ってこんな感情とっとと忘れてしまえばいい。

 それがいつになるかわからないが、それまで絶対、バレないようにしないといけない。

 実ることのない片思いがこんなに切ないとは。

 ため息をつきながら三宅の寝顔を眺める。やっぱりかわいいし、ちんこがムズムズしてくる。やばいな。

 もう一度抜くか?と考えていたら誰かが部屋をノックした。三宅に起きる気配はない。そっと移動し扉を開けたら瀬戸が立っていた。酒臭い。

「夜明も飲みに来いよ」

 浴衣がはだけで乳首まで見えているがぜんぜんムラムラしない。

「俺はもう寝る。三宅も寝ちゃったしな」
「お前らほんと仲良いよな。うち喧嘩ばっかだから羨ましいわ。さっきも対抗戦の話になったんだけど、三宅はずっと、勝てたのは夜明のネタのおかげだってお前のこと褒めてたもん」

 俺のいないところでもそんなことを言ってくれているのか。いますぐキスしてやりたい。

「ま、気が向いたら来いや」

 おお、と返事をし、扉を閉めた。部屋へ引き返し、寝ている三宅を見下ろす。暑いのか額に汗が滲んでいる。前髪をかきあげ、首までかぶった布団を少しずらしてやった。隙だらけの首筋にしばし目を奪われる。むりやり目線を引きはがし、自分のベッドに寝転がった。

 好きだと自覚した途端、三宅をかわいいと思う度さらに好きになってる気がする。

 三宅を諦められる日なんて、本当にくるんだろうか?



結成秘話(3/4)

2020.12.02.Wed.


 月がかわり、クラスの移動があった。俺たちはAクラスへ昇格し、選抜クラスにも呼ばれた。三宅は「これもう売れるやつじゃん!」と大興奮だ。俺はネタへのプレッシャーが半端ないんだが。

 かつては自分もネタを書いていたから俺の苦労をわかっている三宅は、差し入れを持って部屋にやってくることが増えた。邪魔しないよう差し入れを渡すとすぐに帰ろうとするのを引き止め、書き上がったネタから読んでもらう。

 三宅はなんでも笑ってくれる。でもネタ見せの授業でたくさんダメ出しをくらって成長したのか、最近は控えめに意見を言うようになった。的を射ている場合もあって意外と役に立つ。しかし基本は「夜明のネタなら大丈夫。だって面白いもん」と無責任にもありがたい信頼を寄せてくれている。

 三宅のお笑いセンスにはそれほど期待はしていないが、お笑いへの姿勢は評価している。以前選抜クラスの講師と雑談する機会があり、なぜ俺たちを選んでくれたのか訊くことができた。

「君たち、入学して最初のネタ見せから毎回エントリーしてたでしょ。夜明は一回解散して1人になったけど、その時もちゃんと出てたしね。2人とも前のコンビのときはうまく噛み合ってない感じだったけど、君たち2人になってからしっくりきてる。夜明のちょっと尖ったネタを三宅がいい緩衝材になって受け止めてる。いいコンビだと思うよ。なにより2人とも真面目。だから選抜に呼んだ」

 言われてみれば、武井と組んでめちゃくちゃな漫才やコントをしていた頃から、三宅はネタ見せは欠かさず出ていた。

「だってせっかく授業料払ってるのに、他のやつらのネタ見てるだけって勿体ないじゃん」

 三宅のこの言葉を聞いて少し見る目がかわった。入学のきっかけはノリだったかもしれないが、いまは真剣に芸人になって売れようとしている。その努力をしている。恥より度胸とやる気がある。いまや姿も見せなくなった豊田と大違いだ。三宅を選んで正解だった。

 今日も養成所の授業が終わると俺にくっついて三宅がやってきた。俺がネタを書いているあいだ、いつもならベッドに寝そべってゲームをしているか大学の課題をやっているのに、今日は横に座ってじっと俺を見ている。しかもにやにや笑って。気が散って仕方ない。

「なんだ、気持ち悪い」
「今日、堀口に言われたんだけど」

 と同じ選抜クラスの奴の名前をあげる。

「お前は得してるよなって。夜明は面白いネタ書くし、顔もカッコいいし、お前は何もしてないのに売れる要素しかないって。いい相方掴まえたなって言われて、確かに夜明ってカッコいいなーって思って見てた」

 こいつはまた。こっちが反応に困ることを平然と言ってのけるんだ。

「なに言ってんだ、おまえだって──」
「おまえだって?」

 三宅が首を傾げる。俺はいま何を言いかけた。おまえだってかわいいじゃないか。そう言おうとしてなかったか。危ない危ない。

「いつも差し入れくれるし、ネタ見せのエントリー用紙に名前書きに行ってくれてるだろ」
「パシリじゃねえか」

 三宅が笑う。咄嗟にごまかしたが、笑う三宅を見て「かわいい顔で笑うな」とむかついてしまう。

 最近俺はおかしい。男なんかまったく興味がないのに、たまに三宅を変な目で見てしまう時がある。俺のネタを見て笑う顔がかわいいとか、失敗した姿がかわいいとか、クラスの連中と馬鹿話で盛り上がってるときに俺の姿を探して笑いかけてくるのがかわいいとか、講師から駄目だしされたのを自分のせいだと感じて謝ってくるのがかわいいとか、ぼけっとテレビ見てるだけでかわいいとか、スマホを操作するときたまに唇尖らせてるのがかわいいとか。

 俺の目が悪いのか? 同じコンビだから贔屓目で見てしまっているのか?

 まあ、三宅は男にしたらかわいい方かな?と思わないでもない。女らしいかわいさではなく、人として? 生き物としてかわいい。庇護欲をそそられるというか。目の届くところに置いておきたいというか。他の誰かのところへ行っても最後は必ず俺のところに戻ってきて欲しいと言うか。

 この感情をどう説明すればいいのかわからない。相方への独占欲なのか、それとは種類の違うものなのか。三宅で抜ける時点でもう答えが出てる気がしないでもないが、俺の好きなタイプはムチムチのエロいお姉ちゃんのまま変わりがない。三宅にその要素はゼロだ。

 なのになんで、触りたくなるんだろうな。

 欲望の塊から目を逸らし、「集中できないから、お前はゲームでもしてろ」と三宅を追い払った。なにも疑わない三宅はベッドへ移動し、ミュートにしてゲームを始めた。俺も煩悩を振り払い、ネタ作りに集中した。

 20分ほどして振り返ると、胸の上にスマホを乗せたまま三宅は眠っていた。子供みたいな寝顔にまた腹が立つ。まったく危機感がなく無防備だ。俺みたいに下心のある奴だったら今頃襲われてるぞ。

 待て待て──「俺みたいに」?

 俺は三宅に下心があるのか? 襲いたいと思ってるのか?

 まじまじと三宅を眺める。見慣れた善良な顔。胸はぺたんこ。股間には俺と同じかわいげのないちんこがついている。それでも俺はこいつをかわいいと思っている。

 胸の奥が重苦しい。心臓をきゅっと掴まれたよう。

「ミヤ」

 呼びかけても返事はない。スウスウと穏やかな寝息だけ。静かに身を乗り出し顔を近づけた。頬にかかる息遣い。鼻の先をこすりあわせてみる。まだ起きない。そっと唇を重ねた。男同士でキスしているのに気持ち悪いとかネガディブな感情は一切浮かんでこなかった。むしろ逆、もっと深くて濃いやつがしたい。三宅のちんこだったら舐められるかも。いや舐めてみたい。

 三宅はセックスのときどんな顔をするだろう。どんな声を出すんだろう。

 痛いくらい勃起した。もう限界だ。トイレに行って三宅をオカズにして抜いた。

 w w w

 三宅へのありえない下心を自覚した俺は、今後の接し方について一時真剣に悩んでみたが、案外平気でいままでと変わりなく接することができた。気の迷いだったのかと思うくらい、三宅のそばにいても意識することがない。

 だがふとした瞬間、三宅をかわいいと思う謎の現象はおさまっていない。この前も右手にパン、左手にお茶を持った三宅が、よほど急いでいたのかなんなのか、同時に口に入れようとしてまごついている現場を見てしまい、「くそかわいいな」と胸が震えた。しかも最悪なことにそれを見た時、俺の顔はだらしなく緩んでいた。こんなキモい顔、誰にも見せられない。

 相方を性の対象として見てしまうのは、俺に彼女がいないせいかもしれない。風俗では埋められない心の隙間を埋めるために合コンに参加して彼女を作った。俺のタイプど真ん中のムチムチした体つきのエロい子だ。

 すぐに体の関係を持った。セックスしてる間は目の前の彼女に夢中になれるが、終わったあと、体をまさぐりながら「あいつにこんな胸はねえな」とか「横にいるのがあいつだったらな」とかぼんやり考えてしまう。

 どうしても俺は三宅とヤリたいらしい。それを認めたからと言ってできるわけじゃない。それにヤリたいだけなら三宅でなくてもいい。大学の友達を誘ってゲイバーへ行ってみた。マッチョな友達はゲイバーではモテモテだった。気をよくして帰り道には「男もありかも」なんて言っていたが、俺はその逆で「やっぱ男は無理」だった。どうしてあえて、自分と同じ性別の体を抱かなくてはならないのか。俺が抱かれる側であったとしても無理だ。女の体のほうがムラムラする。

 じゃあ俺が三宅に抱く性欲はなんだ。やはり気の迷いだったのだろうか。2人きりの密な時間を過ごしてきたせいで、頭が誤作動を起こしたのかもしれない。

 一度リセットするために、ちょっと集中したいから、と三宅の訪問を断った。会うのは養成所の授業がある日とネタ合わせのときだけ。部屋で2人きりにはならず、外で会い、かわいいと思わなくていいように三宅の顔をあまり見ないようにした。

「夜明、なんか俺のこと避けてない?」

 意図的に距離を取って数日後、あまり視界に入れないように公園のベンチで横並びに座ってネタの打ち合わせをしていたら不意に三宅が言った。思わずはっと顔を見てしまった。久し振りに間近で見た三宅は不安そうな顔で、かわいいと思うと同時に罪悪感が湧きあがった。

「避けてねえよ」
「でもなんか……最近距離感じる」

 と言って目を伏せる。うざったい。なんだこのやり取り。完全に恋人がやるやつじゃないか。むかつくからキスしてやろうか。

「そろそろ東西対抗戦だろ、それ用のネタに集中してただけだ。悪い」
「ならいいけど」

 まだ納得しきれてない顔で呟く。やっぱりかわいいな。うっかりすると言葉に出してしまいそうになる。三宅のどこがかわいいんだ。こんな平凡な顔、大学にもゴロゴロいる。言動のかわいさなら正真正銘女の子のほうがかわいい。男受けを狙ったあざとい子も俺は好きだ。もしかして三宅ってあざといのか? たまに天然ぽいボケをするのも実は養殖?

「……なに? さっきから人の顔じっと見て」

 三宅に言われて凝視していたことに気付いた。

「俺に避けられてると思って寂しかったのか?」

 ごまかすためにからかった。否定してくると思っていたのに「ちょっとだけ」と三宅はほんのり顔を赤くして頷いた。肋骨破って心臓が飛び出そうになった。外じゃなければ押し倒してた。なんでこいつ、こんなにかわいいんだ。天然でも養殖でも、このあざとさは周りに迷惑だ。三宅はいつもこんな風に誰彼構わず人をたらしこんでいるのか? とんだ尻軽だ。

「コンビだからって四六時中一緒にいるわけじゃないんだ。ガキみたいなこと言うな」

 クシャクシャと三宅の髪の毛を搔き乱す。柔らかい毛してんじゃねえよ。

「よく下積み時代に貧乏だからコンビで一緒に暮らしてる芸人いるじゃん。俺、ちょっとああいうの憧れる」
「俺と一緒に住みたいってことか?」
「うん、楽しそう」

 人の気も知らないで屈託なく笑う。鼻の奥でかすかに血の匂い。鼻血なんか出したらカッコ悪すぎる。

「俺はやだよ。ミヤと一緒に暮らしたら部屋が汚れる」
「お前が神経質すぎんだよ」

 って笑いながら俺にもたれかかってくるな。三宅と一緒に生活したら、あんな姿やこんな姿を目の当たりにして俺の理性がもたない。俺を犯罪者にしたいのかこいつは。

「いまのは? もしほんとに俺たちが同居したらってコント。俺のだらしなさに夜明がキレんの」
「だらしないって認めてんじゃねえか。まあ一応考えてみる」
「やったね。ネタ作りって難しいけど楽しいよな。いつもありがとな、夜明」
「今度飯奢ってくれりゃいいよ」

 三宅がえへへ、と気持ち悪く笑う。

「なんだ」
「こうやって夜明と喋るの、なんか久し振りな気がして」

 またそうやってくそかわいいことを、くそかわいい顔で言うんだこいつは。俺はこみあげてくるものを飲みこむことに必死だっていうのに。もし、飲みこめなくなった日がきたら、俺は三宅に何を言ってしまうんだろうか。



結成秘話(2/4)

2020.12.01.Tue.
<1>

 後期のクラス替えで俺と三宅はBクラスになった。成績の良い奴からAクラス、Bクラス、Cクラスと割り振られていくので、正直Bクラスになったことに不満があった。

「ウケて絶対Aクラス行こうぜ」

 前向きな三宅の言葉に気持ちを切り替えてネタを作る毎日。三宅も武井と組んでいたときの名残りでネタを作ってくれるがどれもつまらない。なのでもう作らなくていいと止めた。俺は慎重に言葉を選んで勇気を出して伝えたのだが、三宅は「ほんとに作んなくていいの?」と俺一人に書かせることに罪悪感があるようで、自分のネタを否定されたことはまったく気にしていないようだった。むしろ肩の荷が下りたような顔をしていた。

 俺が作ったネタを見ながら三宅はよく笑った。否定から入る豊田とは大違いだ。相方が自分のネタを受け入れてくれることが、こんなに心強いことだとは知らなかった。

 ネタ合わせも三宅は積極的に時間を作った。俺の言うことを素直に聞き入れた。俺の意図を読み取ることも早かった。サボり癖があり、構成を変えようとする豊田だとこうはいかない。

 三宅とは馬が合った。話しだすと何時間でも喋っていられたし、お互いどちらかがそんな気分でないときは数時間黙って同じ空間にいてもぜんぜん苦にならなかった。空気と同等に扱いながら、そこにある存在に妙に安心した。コンビを組み出して三ヶ月ほどだが、昔からの知り合いのような気安さがある。

 それは三宅も同じ感覚でいてくれていると思いたい。三宅の図々しい一歩手前の遠慮のなさとか人懐っこい性格のせいで誰に対しても同じに見えるが、俺にだけは違うと自惚れでもなく思う。俺と対するときは身内に向けるのと同じ気楽さで気負いがないように感じる。俺もそうだからだ。

 今日もネタ合わせのために俺の部屋に来た三宅は、手洗いうがいをしたあとコンビニで買ってきた商品を断りなく冷蔵庫にしまい、勝手にテレビをつけて床に寝転がった。自宅のように寛いでいる。

「ミヤ、これ」

 プリントアウトした漫才台本を三宅に渡した。寝転がったまま目を通し、時折声を出して笑う。三宅の笑い声が好きだ。いつも自信をもらえる。

「やっぱ夜明のネタって面白いな」

 と起き上がってテレビを消した。俺の書いたネタはテレビに勝てたらしい。三宅は無意識のうちに褒めて伸ばすを実践する奴だ。こんなにいい奴なのに、俺の口車に乗ってピン芸人になると解散した武井は本当に馬鹿だと思う。

「夜明と解散して、豊田ってほんともったいないことしたよな」

 悪戯っぽく三宅が笑った。俺と似たようなことを考えていたらしい。

「俺にとってはありがたいけど。売れる未来しか見えねえもん」
「んなわけねえだろ。ほらネタ合わせするぞ」

 台本を見ながらネタ合わせ。この三ヶ月で修正してきたのもあるが、三宅は俺が指示しなくても俺の欲しい間でツッコミを入れる。豊田みたいに自分が目立とうともせず、「ツッコミ」の役割に徹したツッコミだ。力まずに、自然体で驚いてみせたり怒ってみせることがうまい。武井と組んでいるときの三宅の評価はぶっちゃけ悪かったはずだが、俺と組みだしてから「三宅、おまえうまいじゃないか」と講師も同期たちも驚いて見る目を変えた。

 武井は俺の言葉を信じたままピンで頑張っている。ネタにもなっていないめちゃくちゃなネタが一周まわってウケ始めてきたから、三宅を横取りしたと恨まれることもない。すべて順調に進んでいると思っていた。

 ネタ合わせも終わり、腹が減ったので食事のため外へ出た。昼間はまだ暑いときもあるが、夜になると急に冷え込んで寒い季節。ポケットに手を入れて夜の道を歩く。

「あのさ」

 ぽつりと三宅が言った。

「ん?」
「芽衣子ってどう思う?」

 芽衣子は養成所で同じクラスの女の子。大阪から友達と上京してきた子で関西弁のテンポのいい漫才をやるコンビのボケ担当。

「面白いと思うけど」
「じゃなくて、女として」
「は?」

 内心うんざりした。養成所は圧倒的に男が多い。男女比は9対1ほど。芸人根性で女を捨ててる奴もいれば、男漁りに来てるのかと思いたくなるような奴もいる。見た目のいい芽衣子は割りととっかえひっかえ男を変える印象の女だ。

 くっついたり離れたり好きにしてくれて構わないが、同期とは言えライバル関係になる奴らと恋愛しようなんて俺は思わない。

 まさか三宅の口からその手の話を聞かされるとは思わなかった。三宅も顔は悪いほうじゃない。童顔で性格も優しいから女の子たちからいじられることもある。警戒心を抱かせない。恋愛対象として見られていない。

「まさか芽衣子が好きなのか?」
「わかんない」
「なんだそれ」
「日曜に遊びに行こうって誘われた」

 瞬間的にイラッとした。何にイラついたのか。恋愛にうつつを抜かす三宅に? 三宅をそそのかす芽衣子に? 他人のことなんかほっときゃいい。俺がイラついたって仕方ない。

「良かったな。彼女欲しいって言ってたもんな」
「そういえば夜明、最近彼女とどうなんだよ」
「別れたよ、とっくの昔に」

 大学の子と少し前まで付き合っていた。養成所の授業や三宅とのネタ合わせを優先していたら振られた。前からあまり長続きしないほうだったが、養成所に通い出してから二ヶ月以上続いたことがない。マメに連絡できないし、喧嘩して泣かれても面倒だし、いまは風俗で事足りている。

「養成所のなかで同期と付き合うのってどう思う? 別れたときとか、気まずいよな」
「告白もされてねえのに、もう付き合う気かよ」
「いや、もし、万が一のときの話」

 顔を赤くする三宅を横目に見る。三宅が芽衣子と付き合うのは嫌だな、と思う。学校のなかで芽衣子とイチャついて俺との時間が疎かになるのは困るし、ネタ合わせしたくても芽衣子とのデートを優先されたらめちゃくちゃ腹が立ちそうだ。

「芽衣子とコンビ組みたいなら、いつでも解散するぞ」
「えっ、なんでそういう話になるんだよ」

 不安な顔をする三宅に溜飲をさげる。

「冗談だよ」
「冗談に聞こえねえよ」

 ほっとして前に向き直った三宅を盗み見る。今のは完全に八つ当たりだったな。

 ラーメンを食べて部屋に戻った。1人でやってても集中できないから、という理由で三宅は家に帰らず俺の部屋で大学の課題を始めた。俺は漫才台本の見直し。テレビもついていないから静かだ。

 三宅はさっきから何度もあくびをしている。満腹で眠たいのだろう。

「そろそろ帰れよ」
「うん」

 頷きはするが腰をあげない。

「ちょっと寝ていい?」

 言うと俺の返事を待たずにベッドに潜り込んだ。外出着のまま布団に入られたくなかったが、さっさと掛布団に包まって目を閉じたので言うタイミングを逃した。

「起きたらちゃんと帰れよ」

 呻き声のような返事がかえってくる。三分も待たずに、三宅は寝息を立て始めた。起こさないようそっと立ちあがりコーヒーを入れた。ネタ帳を見返しながら台本に修正を入れていく。

 一時間ほど作業して三宅を振り返った。顔をこちらに向けて熟睡中だ。終電のことを考えたらそろそろ起こしてやったほうがいいだろう。

「ミヤ、起きろ」

 肩を揺さぶる。「んん」と呻くだけで起きる気配がない。

「電車なくなるぞ」
「うん……」

 顔を顰めて目をこする。うっすら目を開けたと思ったら「今日泊まっていい?」と寝起きの声で言う。一瞬言葉に詰まった。

「布団がねえよ」
「一緒に寝ようぜ」

 寝惚けているのか、三宅はふにゃりと柔らかく笑うと掛け布団を持ち上げた。端に寄って、空いたスペースをポンポンと叩く。

 こんな狭いベッドで男二人で寝るなんて、普段の俺なら絶対断ってる。しかも風呂にも入らず寝るだなんて、横でいるのがかわいい女の子だとしてもありえないことだ。だが今日はなぜか、体が動いた。三宅の横に体を滑り込ませながら、疲れたから仮眠を取るだけだ、少し寝てから風呂に入って歯を磨けばいい、と誰に対してだか言い訳をしている。

「おやすみ」

 またふにゃっと笑って三宅は目を閉じた。無防備だ、と咄嗟に思った。三宅が無防備なのは今に始まったことじゃないし、相方の俺に無防備であってもなんら問題ない。なのに妙に危機感を持った。なんだかソワソワする。手の置き場に困る。息のかかる距離に三宅の顔がある。見慣れた三宅の顔。寝顔なんて何度も見てきたのになぜかまじまじ見てしまう。

 寝返りを打って三宅が腕と足を乗せてきた。さらに体が密着する。三宅の匂いがすぐそこにある。体温があがる感覚。

 横を向いて三宅の体を抱きかかえた。意外にも腕のなかにすっぽり収まった。甘えるように三宅が抱きついてくる。俺の胸に顔を擦りつけてスウスウと寝息を立てている。ぎゅっと抱きしめてみた。子供みたいに温かい体が心地よくて、いつしか俺も眠っていた。

w w w

 朝になってアラームの音で目が覚めた。三宅は俺にくっついたまま眠っている。その頬を指でつつく。鼻をなぞり、柔らかな唇に触れた。この口でいままでなにをしてきた? 何人の女とキスしてそれ以上のことをしてきたんだ?

 そっと布団を抜け出して風呂に入った。そこで一回抜いた。風呂から出ても三宅はまだのんきに寝ている。その寝顔を見ながら「こいつで余裕で抜けるな」と思った。相当溜まっている。そろそろ風俗に行って発散しないと、三宅相手に変な気を起こしてしまいそうだ。

「おい、ミヤ、いい加減起きろ」
「うえ?」

 寝惚け眼が俺を見上げる。「おっはー」と気の抜けた顔で笑う。三宅がかわいく見えるだと? 頭でも打ったか俺。怒りに似た熱いものがこみあげてきたがむりやり腹の底へ仕舞う。

 俺に叩き起こされた三宅は朝の支度を済ませると、昨日冷蔵庫に入れていたサンドイッチを食べて「またな」と帰って行った。なにあいつ。最初から泊まる気だったのか? これ案外イケるのか? おい待て。イケるってなんだ。

 今夜すぐにでも風俗へ行ったほうがよさそうだ。

 w w w

 週末に芽衣子と遊びに行った三宅から帰宅した夜に愚痴の電話がかかってきた。2人きりだと思っていたのに他に男女数人がいて、男たちは単なる財布要員だったらしい。

『楽しかったからいいけど!』

 と強がって言う。俺はその結果に安堵した。養成所に通えるのも残り数か月、時間を無駄にしたくない。

「風俗行って慰めてもらえ」
『やだよ! おまえと一緒にすんな。俺風俗ってなんか無理なんだよな。いきなり知らない人とそういうことできるもんなの?』
「知らない人だから即しゃぶってもらえるんだろ」
『見ず知らずの女の子にちんこ出せねえわ』

 三宅がそんなことを言うからうっかり想像してしまった。腹の奥がズクンと重くなる。「じゃあ俺にだったらちんこ出せるのか?」危うく訊いてしまいそうだった。絶対妙な空気になるやつだ。

 適当に心にもない慰めの言葉をかけて電話を切った。