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夏の夜の夢(2/2)

2020.07.07.Tue.
<前話>

 しかしそこからの彼は本領発揮と言おうか、雄の本能剥き出しと言おうか、慣れた手順と荒々しい手付きで僕の着ているものを次々脱がしていき、僕は僕で、抵抗しているはずが結果脱ぐのを手伝ってしまっているような始末で、気がつくと一糸纏わぬ姿になっていた。

「これは夢です。夢です」

 彼は何度もそう言った。言いながら、まるで何かを刻みこむような熱心さで、僕の体のあちこちに唇を落としてくる。

 さすがの僕も事の重大さに気付いて必死の抵抗を試みるが、手と足、時に体を使った彼にすべて封じ込められた。この状況にありながら、彼の力強さには驚いた。抗うときに触れた体の硬さで、彼が実は着痩せするのだと知った。

「ワッ」

 急に性器を握られ、間抜けな声が出た。彼が「シーッ」と言う。

「夢です、森口君、今夜限りの夢の出来事です」
「うぅ……、そんな事……」

 クニュクニュと揉まれ、恥ずかしさと情けなさとで泣きたくなってくる。腕で顔を隠し、歯を食いしばった。こんな時に立つはずもなく、それがまた僕を複雑な気分にさせたが、これではどうか、と彼が僕の乳首を噛んできたときは思わず起き上がってしまった。僕の体に跨るようにしている彼と、すぐ近くで顔を合わせる体勢になり固まった。視界に、僕のものを握る彼の手が見えた。

 驚いた顔をした彼だったが、すぐ可笑しそうに唇の両端を吊り上げた。顔が近づいてきて、僕の頬にチュッと音を立てて唇が離れていく。僕の顔からは火が出た。

「原村さん、どうしてこんなこと」
「僕は君のそばにいると楽しいけれどとても苦しくもあった。鈍感で正統派な君は僕の下心にまったく気がつきませんでしたからね。僕が君にこんなことをする理由? たったひとつしかないじゃありませんか、君が好きだからですよ」

 驚きは、なかったと思う。僕はどこかでそれに気付いていたような気がする。そうであればいいと、願っていたような気がする。僕も彼のそばにいると楽しかったが同時に苦しくもあった。僕には彼の友人たる肩書きが何一つない。雑誌に何度か小説を書いていると言っても無名の僕は履いて捨ているほどいる駈け出しの一小説家に過ぎない。僕には彼のような魅力がない。その負い目引け目の前に卑屈になりながらも、どうしようもなく彼に惹かれていた。彼に見合う人間になりたいと切に願ったのは、いつまでも彼を留めておきたいという願望のせいではなかったか。もしかするとこれを、人は恋と言うのではないか。

「いなくなるからこんなことをするというのは、ずるいんじゃないですか」

 彼はかすかに首を傾げ、困ったように微笑んだ。

「だから夢だと言っているんです」

 反論しようとした口を塞がれた。中に入りこんでくる彼の舌は慣れた様子で僕を翻弄する。擦られていた僕の性器が立ち上がっていく。首におりた彼の舌が、僕の鎖骨を舐めあげたあと、また乳首に吸いついた。

「ああ」

 恥ずかしくなるような甘い声が漏れた。彼の目が僕を睨むように見あげ「静かに。窓が開いている。壁も薄い。隣に聞こえてしまいますよ」低い声で囁いた。僕は片手で体を支えながら、もう片方の手で口を塞いだ。それを見届けた彼の頭はさらに下へおりていき、半立ちの僕の性器を前置きなしに咥えた。

 全身の毛穴が開くほど驚いた。彼の舌使いに全開の毛穴からじっとり汗が滲む。暑さのせいではない妙な汗をかきながら、僕はとても焦っていた。気持ち良すぎて声を出してしまいそうだったからだ。

 ギュッと口を押さえ、荒い鼻息といっしょに呻き声を漏らした。僕の股間で上下する彼の口から屹立したものが見え隠れする。時折聞こえる濡れた音がさらに羞恥心を煽る。たまらなくなって目を閉じ、布団に寝そべった。

 途端、彼の動きが早くなった。達してしまいそうで慌てた。彼を留めようと伸ばした手は宙で止まった。彼に触れることを躊躇ったのは照れからだった。落ち着く場所を見つけられずにピクピク動く手を彼が握りしめてきた。薄目を開けると彼と目が合った。

「高望みしてもいいなら、今夜君を抱いてしまいたいが、いくら夢でもそれは無理ですよねえ?」

 懇願するような様子で言われ、返事に窮してしまった。僕に判断をゆだねる彼のずるい一面を見、少し腹が立つと同時に僕が知らない彼のいろんな顔を想像してゾクリともなった。今ここで向き合っている彼は、今までの陽気で気さくな彼とは別人だった。友人同士のつもりでいたのが、急に僕は初心な少女となり、彼はそんな少女を余裕と駆け引きとで自分のペースに取り込もうとしているずるい大人だ。それをわかっていながら、今の僕はそれに抵抗する術を持たない。

「夢ならいいんじゃないでしょうか」

 咽喉から押し出したような低い声が出た。それを聞いた彼は静かに息を飲んだ。

「夢なら覚めないで欲しい」

 悲痛な声で言って彼はまた僕の股間へ顔を埋めた。さっきより荒々しい動作で僕のものを愛撫する。

「ウ……ンッ」

 塞ぐのを忘れていた口から声が出た。手で口を覆った。彼に腰を抱きあげられた。意図するところを察し、僕の顔はまた火照った。覚悟を決めたはずだが、この辱めに耐えられるほど僕の神経は図太くない。彼の舌が勃起からはなれ、唾液のあとを残しながら自分でさえ満足に触れたこともない場所を目指していく。

「原村さんっ」

 思わず名前を呼んだ。

「この体勢は苦しいですか」
「そうじゃなくてっ」
「静かにしないと隣が目を覚ましますよ」

 彼の唾液がすぼまった場所に垂らされた。それを舌で伸ばしながら、細めた先を中に入れてきた。生きた心地もしないほど恥ずかしい。固く目を閉じた。

 この行為は、僕の体を気遣ってのことだ。女のような穴がない以上、使う場所はそこしかない。女のように濡れないなら、濡らすしかない。わかってはいるが、ピチャピチャと聞こえてくる音はどんどん僕を正気に戻させる。とんでもない状況に罪悪感を芽生えさせる。

「原村さん、もういいです」

 僕の声を無視して彼は続ける。仕方なくもう一度言った。

「原村さん、もう、先に……」

 彼の舌が抜けホッとなる。

「この程度じゃ、君がつらいですよ」
「構いません、平気です、我慢します」
「我慢……」

 彼の声に笑いが滲んでいた。顔は見えないが、きっと困ったような顔で笑っているのだろう。

「だって早くしないと僕の決心が鈍ってしまいそうで」
「僕としてはもっとゆっくり時間をかけたいところなんですが」

 彼の声は優しかった。ゆっくり布団の上に腰が戻された。そして舌のかわりに彼の指が入ってきた。上から覗きこまれたまま、中の指がクニクニと動く。

「ほら、僕の指でさえこんなにきつくて動かしにくい」
「平気ですったら!」

 つい声を荒げてしまったのは、怒ったからじゃなく恥ずかしかったからだ。だが彼の指は動きを止めた。

「すみませんでした」

 と小さく頭をさげた。違う。言葉にならず、彼の首に手をかけ、引き寄せた。驚く彼の目を見つめながら自分から唇を合わせた。積極的に舌を絡めていたら羞恥心もいくらか和らぎ僕に興奮をもたらした。口をはなし、まだ呆気に取られている彼と近くで見つめ合う。

「僕だって興奮してるんですよ。待てないと言っているんです」

 子供を叱るような口調でとんでもないことを口走った。驚いた彼の気配。指が引き抜かれ、両手で足を開かれた。

「きっと痛い。君は途中でやめてくれと言う。でも僕に、それを聞き届ける余裕はないだろう。やめるなら今しかない。どうしますか」

 僕の肛門に彼の亀頭がピタリと押し当てられた。銃でも突きつけられたように、僕の体は緊張で硬くなる。

「やめてくれなんて言いません。これは僕が望んだことでもあるんですから」

 彼は小さく感嘆を漏らした。左手で僕の膝を押し広げながら、性急な動作で太い屹立を押し込んでくる。想像以上のきつさに顔を歪めながら耐えた。全部入った時には二人とも全身にびっしょり汗をかいていた。

 大きな溜息をついた彼が僕に覆いかぶさってきた。熱い体。その背中に足をまわして抱きついた。耳元で彼の笑い声が聞こえた。

「だから言ったんだ、指でさえきついって。これじゃ動かせやしねえ」

 愉快そうな彼の声。砕けた言葉使い。笑いは僕にも伝染した。

「しばらくこのままでいいんじゃないでしょうか」

 笑いながら言った。顔をあげた彼と正面から向き合う。愛しそうに僕を見る彼の目が面映い。

「笑う振動だけでイッちまいそうです」

 と言って彼は破顔した。衝動に任せ、彼の頭を掻き抱いてキスをした。彼の腰がゆっくり動く。痛みが愛しいと感じたのは、生まれて初めてだ。

※ ※ ※

 翌週の半ば、彼の部屋から荷物が運び出された。身ひとつの彼は珍しいスーツ姿で見送りに集まった下宿人たちに別れの挨拶をしていた。それを遠巻きに見守る僕に気付いて彼がはにかむ。僕も笑い返した。

 あの夜が終わった僕たちは、以前と同じ友人に戻ってこの数日を過ごした。別れを惜しんでたくさんの話をした。また遊びに来てくださいと言う僕に、彼は悲しそうに目を伏せただけだった。じゃあ僕が会いに行きましょうと言うと、今度ははっきり首を振って拒否した。彼が言った通り、あの日の夜のことはすべて夢で、そしてそれはもう終わったことなのだった。僕の胸は痛んだが、何も言えなかった。

 人をかきわけ、彼がやってきた。

「今までありがとう。ここでの生活は僕には忘れられないものになりました」

 と右手を差し出してくる。それを強く握り返した。

「いつか出会える偶然を待っています」

 彼は寂しげに笑っただけだった。

「見送りはここまでで結構。それじゃあ皆さん、お元気で」

 溌剌と言って彼は大きく手を振った。階段を降りていく彼にみんながついていく。玄関で靴を履いて振り返った彼は微苦笑を浮かべた。集まったみんなへ一礼し、戸を開け出ていく。外には黒塗りの車が止まっていた。一見しただけで堅気でないとわかる強面の男が彼を認めて恭しく頭を下げる。

「若、お待ちしておりました」

 と後部座席のドアをあけた。彼は小さく頷いてそこへ乗りこんだ。驚嘆する下宿仲間たちを残して車は静かに走り去った。

「極道だったのか」

 誰かが呟いた。

 彼の言動のすべてに納得し、その上で僕は、もう一度彼に会いたいと願った。


(初出2009年)

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夏の夜の夢(1/2)

2020.07.06.Mon.
 僕の下宿先に、原村という男がいる。ひょろっと細長い体に、瓜実顔がのっかっていて、薄い唇にはいつも物静かな微笑が浮かんでいる。後ろへなでつけた髪が額に落ちると、長く細い指でかきあげる。その時だけ、彼の微笑は消えた。

 大学生の僕に敬語を使うが、おそらく僕より五つほど年上なのではないだろうか。大学の授業を終わらせ下宿に戻ってきても机に向かって小説を書いてばかりいる世事に疎い僕に、あれやこれやと外から仕入れてきた土産話を聞かせてくれる。遊びの話、女の話、食い物の話、そこの角で見た喧嘩の話、政治の話、彼は話題を選ばない。

 僕も筆を置き、彼の話を楽しく聞く。話をしながら彼は僕の様子をちゃんと観察していて、僕がもっと詳しく聞きたそうにしていると、その話をうまく広げてくれるし、締め切りが近く時間に余裕のないときなどは、さっさと話を切り上げて部屋から出ていく。そんな気遣いが出来る男なのだ。

 普段、なにをしているのか下宿の誰も知らない。働いているのか、学生なのか、それすら彼はうかがわせない。謎の人物として下宿では一目置かれる存在だった。

 その彼から好かれているらしいのは、小説を書くしか能のない僕には誇らしいことだった。まず最初に彼が僕の部屋にやって来たのだって、僕が小説を書いていると知ったからだ。

「森口君、作家先生なんですって?」

 朝、共同の水道で顔を洗っていると彼がいつの間にか僕の隣に立っていた。僕は「そんな大層なものじゃありませんが、数ヶ月に一度、雑誌に載せてもらっています」と返した。

「こう見えて僕も昔、小説家を目指したことがありましてねえ。今度お部屋に行って、原稿を見せてもらってもいいですか?」
「もちろん」

 それ以降、彼は僕の部屋を訪ねてやってくるようになった。

 最初の頃は部屋に来るのは一ヶ月に2、3度程度だったのが、半年経った今では一週間に1、2度の割合に増えていた。同じ下宿先に住まう人間同士の繋がりというよりは、新しく出来た友人のような感覚だった。

 花火大会の今日、「僕の部屋の窓から花火が見えるから来ませんか」と誘われ、僕は酒を持ってお邪魔した。隣の部屋も友人を連れこんだらしく、騒がしい声が漏れ聞こえてくる。彼は口元に笑みを浮かべ、小さく肩をすくめた。

 窓の縁に向き合って腰掛け、酒をチビチビやりながら打ちあがる花火を見ていた。彼も、うちわを扇ぎながら、首を傾げるように空を見上げている。白い咽喉が、白い蛍光灯によく映える。

「学校はどうですか」

 空を見たまま彼が言った。一瞬遅れて返事をした。

「こことあまりかわりませんね。授業中も小説を書いていることが多いので」
「お仕事との両立は大変ですか」
「そういうわけでは。単に、書くのがどうしようもなく好きなだけなんです。僕に紙とペンを与えると、どこでも同じ結果です」
「そうでなくてはお仕事に出来ませんよ」

 彼の視線が移動し、僕の顔で止まった。優しげな笑い顔で僕をじっと見つめてくる。その目を見つめ返すことが出来たのは短い間だけだった。急に気恥ずかしくなり、外に視線を逃がした。

「僕は昔から空想癖があるんです。それを文章にしていたらいつの間にか小説家として書かせてもらえるようになっていただけなんです」

 言い訳するように口走っていた。なにをこんなに焦る気持ちになるのか自分でもよくわからない。ふわりと風が来た。彼がうちわで僕を扇いでいた。

「何かを空想して、それに集中している時の森口君を僕は何度か見かけたことがありますよ」
「恥ずかしいな。だらしのない顔をしていたんじゃありませんか」
「とんでもない。思いつめたような表情で、じっと一点を睨んでいる君は素敵でしたよ」

 また彼の視線が僕に纏わりついてきた。絡め取られるような危うさを感じて、咳払いして酒を飲んだ。酔いがまわってきたようだ。顔がひどく熱い。

 隣の窓から大きな歓声があがった。二人揃って窓の外を見た。花火大会も終わり近く、最後の見せ場として大小色とりどりの花火が連続して打ち上がる。少しずれてやってくる音が鼓膜に心地よい。

「夏も終わっちまいますねぇ」

 俯いて彼が言った声が、急に老けて聞こえて驚いた。壁に背を預け、柵に乗せた腕をだらんと垂らし、下に落とさないか見てるこちらが不安になるような力のない持ち方でコップを持つ。体中の力を抜いてしまったように弛緩している。俯く彼の頭髪が、一筋、前にはらりと落ちた。ちょっとの間のあと、彼の長い指がそれをすくいあげた。それと同時に顔をあげた彼に笑みはない。恐ろしいほどの無表情で髪を撫で付けた。僕の視線に気付いてやっとチラリと笑った。

「単位を落とさないように気を付けないといけませんよ」

 そう言って腰をあげ、部屋の小卓の前に座りこむ。彼のいなくなった窓辺は急に魅力を失った。夜空には火花の大輪が咲いているが、僕も窓を離れ、畳の上に座った。

「秋になる前に、この下宿を離れることになったんですよ」

 唐突に彼が切り出した。僕は驚いて声をあげた。

「いったいどうして」
「家業を継ぐ時がいよいよきましてねぇ。学生の時は嫌だとさんざんゴネてみましたが、頭では逃げられないとわかっちゃいたんですよ。それで荒れた時期もありました。だからしばらく僕一人で好き勝手にやらせてもらってたんですが、それも年貢の納め時がきたようで。親父ももう年だからなぁ」
「お父さんはおいくつで」
「もうすぐ八十です」

 いったいいくつの時の子供なのか。驚きと疑問が顔に出てしまった。彼は僕の表情を読んで照れたように笑った。

「母親は五十三です。いわゆる後妻というやつで」

 彼は普段冗談を言うときのような顔で言った。僕は曖昧に笑い返した。

「これから色々大変なんですがね、最後の夏に、森口君とこうして過ごせてよかった。君と話をするのはとても楽しかったから」
「それは僕の台詞です」
「そう言ってもらえると嬉しいな。来週荷物をまとめて出ていく予定です。良かったら今夜はここに泊まっていきませんか」
「是非」

 笑みを濃くし、目だけで頷いて、彼は窓へ顔を向けた。一際大きな花火が上がって、その火花がバラバラと音を立てて落ちていく。彼は首筋を掻いて一言「飲みすぎたかもしれないな」失敗したような口調で呟いた。

 花火大会も終わった。つまみを食べながら酒を飲んで腹を満たし、少し休憩と言って敷いた布団に寝そべったらそのまま寝てしまった。

 夜半をとうに過ぎた頃、人の気配で目が覚めた。薄暗い部屋に中にぼんやりと浮かび上がる黒い人影が僕の隣で微動だにしない。驚いて一気に目が覚めた。

「原村さん?」

 声をかけたらピクと動いた。振り返る動作で、彼が僕に背を向けていたと知った。

「起こしましたか」
「どうしたんです」
「いやなに、寝苦しくて眠れなかったんですよ」
「今夜は風がありませんね」

 半身を持ち上げ窓を仰ぎ見た。濃い群青空に星がいくつか光って見える。今夜は月夜らしい。

「森口君」

 間近に声を聞いてギョッとした。いつの間にか息のかかるほど近くに彼がやって来ていた。窓から入るわずかな光りで彼の表情がかろうじて読み取れる。苦しいような切ないような、そんな彼の顔は初めて見る。

「どうしました、気分でも?」
「こんな僕を許してください」

 言うなり彼が僕に抱きついてきた。その勢いで布団の上に押し付けられた。

「原村さん、どうしたんですか」
「僕は来週にはいなくなる人間です。今日のことは夢だと思ってあすの朝にはすっかり忘れてしまえばいい。だから今夜は、僕の言う通りに……、君は何もしなくていい、何も考えずに、そのまま寝ていてください」

 意味がわからない。問い返そうと開いた口が、彼の口で塞がれた。一瞬、思考能力を奪われたが、すぐ正気に戻り、顔をずらして逃れた。彼を突きはなさなかったのは、遊び慣れしていると思っていた彼の口付けがたどたどしいものだったからだ。それは同時に、酒に酔ったせいだという可能性を否定するものでもあったが、僕はなぜかそのことに妙な感動を覚えた。