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君が笑った、明日は晴れ(52/89)

2020.05.24.Sun.
1話前話

「これ、置きにきただけだから」

  ビールのケースを置いて、俺はいそいそその場を離れた。森下さん、あのストーカー男と付き合ってたのか。森下さんの浮気が原因で修羅場になり、一度は別れたがストーカー男が未練を持ってる、そういうことらしい。

「待って、山口君」

 あとを追って森下さんがやってきた。

「さっきのことだけど」
「誰にも言いませんよ」
「驚いた?」
「まぁ、それなりに。俺、男子校通ってるから、そういう話題にはもう慣れてるし」

 現に俺も経験者だし。

「男子校ってやっぱりそういうの多いんだ?」
「多いすよ。ある意味入れ食れかも」
「あはは、乱れてるなぁ」
「さっきの奴、もういいの」
「あぁ、彼ね。別れたのにしつこくてね。それより、このあとのことだけど……」
「もうこんな時間か」

 俺は時計を見て言った。17時前。仕事が終わる時間だった。

「買い物どこでします? 飯は何を奢ってもらおうかな」

 森下さんの顔がパッと明るくなった。ストーカー男とのやりとりを俺に見られて遠慮していたようだ。

「何でも好きなの奢るよ。焼肉にする?」

「いいねぇ、肉」

 というわけで今日の晩飯は焼肉に決定した。

※ ※ ※

 海から少し離れたワンルームマンションが森下さんの住まい。焼肉を食べたあと、コンビニで酒とつまみを買いこんで部屋にあがった。カーテンをあけると、窓から小さく海が見えた。本当に海が好きなんだな。

 エアコンをつけた森下さんが、俺の横に並んで立つ。

「波の音がないと逆に眠れなくてさ」
「聞こえる?」

 耳をすましたが俺には聞こえない。

「夜になると遠くからかすかに聞こえるよ。それより何飲む?」

 テーブルに置いたコンビニの袋からチューハイ、カクテル、ビール、ツマミを取り出す。俺は缶チューハイをもらった。

「とりあえず乾杯」

 と、森下さんはビールをクイっと呷った。

「俺を軽蔑しないでくれてありがとう」
「何の話?」
「俺がゲイだって知っても君は態度をかえなかった。たいていは理解ある振りを見せて、俺から離れていくんだ」

 以前の俺ならそうしたかもしれない。でも河中やカンサイたちと色々経験した今、それを否定したら自分をも否定しなくちゃならないことになる。

 それにそんなに驚くほどのことでもない気がするのだ。阪神ファンか巨人ファンかで騒ぐところを、俺はメジャーリーグが好きだと言われたくらいのスカシ感はあるが、その程度の嗜好の違いにしか思えないというか。それは俺がどっちの「良さ」も、身をもって経験したからかもしれない。

 森下さんのようにそっち一本で来た人にはそれなりに辛い経験もあるようだから軽々しく「気にするな」とは言えないけれど、少なくとも今の俺に偏見はない、と思う。

「あいつとは長かったの?」
「半年くらいだったかな」
「森下さん、浮気するタイプに見えないのに」
「そう? ゲイのカップルの破局の原因はどっちかの浮気って相場が決まってる位、浮気は珍しくないんだ。男同士だからね。君も男だからわかるだろう」
「あぁ、わかる」

 俺も律子と付き合っていたって、他の女に目がいくし、うまくいけば相手をして欲しいと思う。

「下半身は別の生き物だからなぁ」

 でなきゃ、河中やカンサイ相手に勃たないし、イカないって。

「山口君、男子校なんだろ。男同士で経験あるの?」

 触れられたくない話題。

「俺はないよ、まぁ、ふざけて触りあった程度かな」

 気恥ずかしさから嘘をついた。やっぱり俺はノーマルな男だし、男に掘られて感じました、なんてゲイの人相手でも言いたくない。

「ふざけてねぇ、君は間違いなくノンケだろうけど、相手はどうだかわからないよ。案外君のことを好きだったりしてね」
「あはは、まさかぁ」

 誤魔化すようにチューハイを一気に飲み干した。河中もカンサイも浦野も俺のことを好きだと言ったよ、確かに。

「まぁ、襲われないように気をつけることだ」
「はは……」

 もう襲われてバッチリ経験済みなんですけど。




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君が笑った、明日は晴れ(51/89)

2020.05.23.Sat.
1話前話

 今日は曇りで客の入りはいまいちだった。

 だから従業員みんな手持ち無沙汰になることが多く、暇な時間を持て余し気味だった。

「一昨日、彼女が来たんだって?」

 俺が休みの昨日、律子がきた事をバイトの誰かから聞いたらしい森下さんが、俺の隣に来て言った。

「すごい可愛いらしいじゃないか」
「まぁ、ふつうですよ」

 彼女を褒められて悪い気はしない。

 律子は今まで付き合った女の中で一番外見がいい。歩いているだけですれ違う男が振り返ってまで律子を見てくるくらいだ。

「彼女がいるのに女目当てでここでバイトしてるのか? 呆れた奴だな」
「それとこれとは別でしょ」

 実際、別問題だ。律子と付き合っていたって他の女に目がいくし、あわよくば親しい関係になりたいと思う。俺は永遠に狩人でいたいんだ。

 そういえば河中の奴、俺が終わるまで待っていると言っていたのに姿を現さなかった。俺の様子を見に来たという律子に気付いて、気を利かして帰ったのかもしれない。あいつにそんな気遣いができるとは意外だが。

「浮気するのもいいけど気をつけろよ。バレたら面倒だからな」
「あれ、その口ぶり、森下さん、もしかして経験者?」

 おそなしそうな顔して、この人もそれなりに場数踏んでるんだな。

「うん、まぁ、ひどい目にあったよ」
「へぇ、どんな?」
「どんなって……修羅場だった」

 修羅場……。律子は一度や二度の浮気で騒ぐような女じゃないが、俺も少し気をつけよう。

 もし、俺が男と寝たことがあると知ったら律子はどんな顔をするだろう? やっぱり驚くか。軽蔑されるか。案外面白がって話を聞きたがるかもしれないな。あれはなかなか肝の据わった女だから。

 男の客が一人入ってきた。顔を見て「あ」と気付く。森下さんの大学の知り合いという男だ。

 男はチラチラを店内に視線を飛ばし、俺の隣に立つ森下さんを見つけると睨むように見てきた。やっぱり今日も険悪な雰囲気。なんだ?

 森下さんも男に気付いていて、目を合わせないように俯いていた。迷惑しているのは一目瞭然。

「なんかわけあり?」
「……うん、まぁ」

 いいにくそうに口ごもる。

「今日は暇だし、ここは俺らに任せて、森下さんは裏で発注済ませちゃえば?」
「いいの? 悪いね」

 いたたまれないように、森下さんはそそくさ裏手へひっこんだ。森下さんに付き纏うストーカー男がチラと俺を睨んで来た。おいおい、俺は無関係だろう。

 男は昼前までいたが、森下さんが戻ってくる気配がないので諦めて帰った。

 ほっとした顔で森下さんが戻ってくる。

「ありがとう、助かったよ」
「にしてもしつこい男だね。なに恨まれるようなことしたの? 女取ったとか?」
「まぁそんなとこ」

 曖昧に頷いた。あまり言いたくないみたいだから、俺も深追いせずにおいた。

 昼休憩は森下さんと一緒だった。くだらない馬鹿話ついでに、今日のお礼をしたいからと食事に誘われた。

「おごり?」
「もちろん」
「それなら今日はとことん飲んでいやなことパーッと忘れましょ」
「山口君は未成年だろ」
「かたいこと言わない」
「だったら俺の家に来る? ここから近いんだけど。君さえ良かったら」
「じゃ、飯のあとは森下さんちで飲み明かしますか」
「明日もバイトだろ。ほどほどにしてくれよ」

 と森下さんは苦笑した。

 午後は晴れて日差しが強まり、急に忙しくなった。気温が上昇してビールが飛ぶように売れる。空になったビール瓶を裏に運んでほ欲しいと店長に言われ、積み重ねた3ケースを持って裏に行った。結構重い。

 一歩一歩踏み締めるように進む俺の耳に押し殺した声が聞こえてきた。

「だから、ひどいことを言ったのは俺が悪かったって、何度も謝っただろ!」

 聞き覚えのない声。誰だ? ケースが邪魔で前が見えない。体勢をずらして声の主を確認すると、帰ったと思っていたストーカー男だった。あいつまだいたのか。俺に背を向けて立っているのは森下さんだ。掴まってしまったらしい。

「そのことを言ってるんじゃないよ。浮気したのは俺が悪いんだし、どんな言葉で罵られても仕方ないと思ってる。俺が言ってるのはお前にもう気持ちがないってことを言ってるんだ。もう好きじゃないんだよ。俺も何度もそう言っただろ?」 

 ……なんの話だ?

「俺はおまえが浮気したっていい。またやりなおしたんだよ。頼むからもう一度ちゃんと話をしてくれよ。電話をかけても無視するからこんなとこまで会いに来たんだぞ」
「バイトの男の子がね、お前のこと変な客だと思ってるよ」

 そのバイトの男の子って俺のことだよな?

「そういえばなんか仲のよさそうな男がいたなぁ。あいつとなんかあるのか?」
「まさか、あるわけないよ。ノンケだよ、彼」

 えー……っと、なんとなく状況がつかめてきたぞ。とりあえず俺、ここにいちゃマズイよな。じりっと一歩下がった。

「もう俺仕事に戻らなきゃ」
「待ってくれって、頼むから」
「ごめん、もうお前とは付き合えない」

 森下さんが振り返った。ケースを持ってじりじり下がる俺を見つけ、その目が見開かれる。

「山口くん……」
「どうも」

 間抜けに笑い返した。




君が笑った、明日は晴れ(50/89)

2020.05.22.Fri.
1話前話

「こいつ、1年の河中」
「よろしくね、あたし太田麻衣っていうの。高2」

 先輩に紹介された太田さんはうそう言って僕に笑いかけてきた。日焼けして小麦色の肌をおしげもなくさらす露出の高い服装。服、とは言えないな。水着のビキニにショートパンツ、下はサンダルという格好だ。金髪に近い色まで脱色した髪を後ろで無造作にまとめ、取りこぼした遊び毛を手でいじりながら僕をじっと見てくる。

 顔は整って可愛いけど、僕の苦手なタイプ。

 先輩はきっと僕の反応を見て楽しむつもりだ。現に今もニヤニヤ笑っている。

 宮本さんとの一件があるから僕も免疫ができて驚かないけど、暇つぶしで人を弄ぶ先輩の癖、なおして欲しいと本気で思う。

「太田さんがお前のこと気に入ったんだって」
「ちょっとー、山口君、あたしそんなこと言ってないよ」
「へぇ、じゃ、なんで俺に紹介してなんて言ったの。気に入ったからでしょ」
「そうだけどぉ」

 太田さんが先輩の腕を掴んで左右に振った。ちょっと、僕の目の前でいちゃつかないでくれませんか。いい加減、腹立つんで。

「河中、お前はどうなんだ、太田さんみたいなタイプ」

 先輩に聞かれ、僕は『ぜんぜんタイプじゃない』と言いたいのを我慢して、

「可愛いと思いますよ」

 と答えた。

「だって。良かったね、太田さん」
「なんか照れる」

 太田さんは先輩の腕にしがみついて肩に顔を埋めた。ちょっと、恋人同士みたいに先輩にくっつくな!

「太田さん、先輩みたいなタイプはどうなんですか?」

 僕の言葉に太田さんは顔をあげ、先輩を見た。

「かっこいいし、優しいけど、ちょっと男らしすぎるっていうかぁ。あたし、かわいい系の子が好きなのよね」
「プッ」

 先輩、フラれた。僕が吹き出したのを見て先輩が睨んで来る。僕だって反撃しますからね。

「でも、こないだあたしの友達が来たんだけど、その子が山口君のことかっこいいって言ってたよ」
「ほんと? 今度紹介してよ」
「いいよ」
「先輩、彼女いるでしょ!」
「えっ、彼女いないって言ってなかったっけ?」

 聞いていた話と違ったらしく、大田さんが意外そうに聞き返した。余計なことを言った僕を先輩は鋭く睨む。僕は目を逸らし、ウーロン茶を飲んだ。

「彼女とは最近うまくいってなくて」

 苦しい言いわけをして先輩は太田さんの肩を叩いた。

「じゃ、俺仕事戻るから」

 と、去っていく。まったくもう。女のことばっかり考えてないで、ちゃんと仕事してください。

 太田さんは先輩を見送ったあと僕の前に座り、顔を近づけてきた。

「今日、遊びに行かない?」
「すみません、今日は人と待ち合わせてるんです」
「彼女?」
「いえ、あ、まぁ、似たようなもんです」

 嘘はついてない、はず。

「そっかぁ。彼女いるのかぁ。あたし、こういう外見だけど二股とか遊びの付き合いとかはNGなんだぁ。残念」

 思っていたより、いい子かもしれない。そう見なおした次の瞬間、

「山口君ってほんとに彼女とうまくいってないのかな? 実は初日に見た時からけっこう気に入ってるんだよね。別れたらあたしにもチャンスあるかなぁ?」

 なんて言い出した。前言撤回。先輩より僕がタイプだと言ったばかりじゃないか。

「彼女とは順調みたいですよ。なんか、結婚の約束してるとかしてないとか」

 言いながら自分で傷ついた僕は正真正銘のバカだ。

 結婚。日本の法律では僕は先輩とは結婚できない。先輩はいつか僕以外の誰かと結婚してしまうんだろうか。白のタキシードを着て、隣の誰かに向かって優しく微笑みかけたりする日が来るんだろうか。

 想像したら泣きそうになった。

 注文したウーロン茶を飲みながら先輩の働きぶりを眺めて過ごした。仕事と割り切っているのか、お客さん相手には愛想がいい。僕の時とは大違い。

 同い年くらいの女の子たちへの愛想は特にいい。楽しそうに喋っている先輩を見ているだけで辛くなってくる。もし僕が女として生まれていれば、先輩はあんなふうに優しい言葉使いと、軽い冗談を交えながら僕に笑いかけてくれたのだろうか。

 好きだと告白した時だって、「男は無理」なんていきなりフラれることもなく、少しは可能性を考えてくれた?

 どうして僕、男に生まれちゃったんだろう。

 だんだん気持ちが落ち込んでいく。ウーロン茶で体が冷えたせいかもしれない。あんまり長居も悪いし、そろそろ出た方がよさそうだ。

 最後に先輩に挨拶したかったけど、先輩は大田さんと談笑中で席を立った僕に気付いてもいない。がっかりしながら海の家を出た。

 どこを見ても男女のペアばかりが目に付く。自分が世界で一人きりになったような気がしてくる。自分がゲイだって自覚した日から覚悟していたつもりだったけど、好きな人が自分以外の誰かと幸せになるのを見るのは想像以上にツラそうだ。

 僕は誰もいない岩場の日陰に座り、落ち込んだ気持ちのまま時間を過ごした。

 ※ ※ ※

 17時過ぎ。僕はまた海の家に向かった。太田さんには見つかりたくないな。そう思いながら歩いていた僕の足が途中で止まった。

 海の家の前で、先輩が知らない女の人と腕を組んで話をしていた。髪の長い綺麗な人。先輩はポケットに手を入れたまま、その人と親しげに話をして笑っている。昨日今日知り合ったんじゃない雰囲気。

 直感で先輩の彼女なんだとわかった。 初めて見た。少し、意外だった。太田さんのように派手なタイプの人だと勝手に想像していたが、実際は黒髪で肌も白く、意外にも女のいやらしさがまったくない人だった。

  この人とは遊びで付き合ってるんじゃない、別格なんだ。そう知るに充分な特別な雰囲気。純白のウェディングドレスがとても良く似合いそうだ。

 今日は最悪の日だったみたいだ。来るんじゃなかった。僕は身を翻し、一人で帰った。




morning lover

アルーンの続編ー!

君が笑った、明日は晴れ(49/89)

2020.05.21.Thu.
1話前話

 追試は夏休みの初日。終業式を終えた翌日にまた学校へ行き、俺と戸田は追試をうけた。

 河中に勉強をみてもらった甲斐あって、俺は一発合格。戸田は憐れにも追追試だった。

「じゃ、俺先にバイトしてるから」

 情けなく縋ってくる戸田を放って俺は今日から海の家でバイトだった。

 電車を一回乗り換えて20分の海。暑い日差しに海がキラキラ照り輝いている。夏休みだ! 海だ! 戸田には悪いが、俺は目一杯楽しむつもりだ。

 人のよさそうな店長とその奥さん、 あとはバイトが5人。なかなかきれいな海の家だった。高校生は俺を入れて3人。あとは大学生だ。大学生の2人は海開きからすでにバイトを始めていて、仕事のことはこの2人から教わってくれと店長に言われた。

「よろしく、俺は森下」

 黒髪でおとなしそうな雰囲気の人が俺に向かって自己紹介した。俺も「山口です」と会釈した。年齢は俺と4歳違いの21歳。たった4歳しか違わないのに、やけに大人びて見える。

 森下さんに仕事内容を教わりながら、接客と簡単なオーダーをこなして初日は終わった。今日は残念ながら女っ気ゼロ。

 二日目。接客にも慣れ、ドリンクオーダーや備品の貸し出し程度なら一人で出来るようになった。

「疲れてない?」

 森下さんが声をかけてきた。

「大丈夫っすよ」
「物覚えがいいね」
「そうかな」
「うん、安心して任せられる」
「森下さん、彼女いるんですか」
「いないけど、どうして?」
「海の家でバイトするとモテるって聞いたから」
「はは、それが目当てでバイトしにきたのか?」
「森下さんもでしょ?」
「俺は海が好きだから」
「またまた」
「ほんとだってば」

 森下さんは静かに微笑み、目の前の海を眩しそうに見つめた。

「実家が湘南でね、小さい頃からずっと海を見て育ったから、家を出て部屋を探した時も、海の見える場所っていうのが第一条件だったんだ」
「へぇ」
「こう見えて、休日には清掃のボランティア活動もしてるんだよ、俺」

 こう見えて、というか、見たまんま、というか。確かにこの人、真面目そうで、オンナ目的でバイトしているようには見えないな。俺とはあきらかに違う人種。

 客が一人入ってきて俺は接客についた。

「ビール」

 注文を聞いてふと気付く。この客、昨日も来ていたな。20歳前後の男で、短髪。俺を見ず、チラチラと店を窺うように見ていたから覚えていた。今日も、何か探すように目を動かしている。

 男の前にビールを置いてから、俺は森下さんのところへ行き、「変な客がいる」と耳打ちした。

「変な客?」

 洗い物をしていた森下さんは顔をあげ、俺の視線の先を辿り、顔色をかえた。

「あいつ……」
「知り合い?」
「うん。あいつは俺と同じ大学の奴なんだ。大丈夫、何かする奴じゃないから」

 手をぬぐった森下さんは、その客のところへ行って何か言い、険しい顔つきで戻ってきた。

 知り合いにしては、険悪な雰囲気だ。

 男は店にいる間ずっと森下さんのことを睨むように見ていたがしばらくして出ていった。

※ ※ ※

 一週間が経ち俺もだいぶ仕事に慣れた。休憩には海に入って泳ぐ余裕もできた。「海の家で働いている人ですよね」と女の子2人組みに声をかけられたが、タイプじゃないから適当に話をしてお別れした。ちょっともったいなかったかな。

 今日は河中がやってきた。白い肌が日に反射してさらに白く浮き上がり、浜辺に不自然なほどだった。

「何しに来やがった」

 テーブルについた河中の前に座って言った。

「先輩の働き振りを見に。また焼けましたね、先輩」
「お前は海に似合わねえな。一人で来たのか」
「はい。終わるまで待っててもいいですか。一緒に帰りましょうよ」
「終わんの17時過ぎだぞ」
「待ってます」

 あと2時間はある。まぁ、海で泳いでいればあっという間にすぎる時間ではある。

「好きにしろ」
「はい。じゃ、とりあえずウーロン茶下さい」

 河中のオーダーを聞いて戻ると、バイトの女子高生、太田に「あの子、知り合い?」と声をかけられた。ビキニに下はショートパンツという格好で、スタイルも良くて顔も可愛い。バイトの中でこの子が一番俺のお気に入りだったのだが、よりによって河中に興味を持つなんて。

「高校の後輩」
「女の子……じゃ、ないよね?」
「あんなツラしてるけどね」
「かわいくない? ちょっと紹介して欲しいんだけど」
「いいよ。じゃ、今から行こうか」

 ウーロン茶を持って、俺は太田と河中のところへ向かった。俺の後ろを歩く太田を見て、河中が問うような目を俺に向ける。河中って女とはどう接するんだろう。これはみものかもしれない。

 ニヤつく俺を見て、河中の顔が険しくなっていった。



君が笑った、明日は晴れ(48/89)

2020.05.20.Wed.
1話前話

 河中と一緒に映画を見に行った時も思ったけれど、こいつってどうしてこういい匂いがするんだろう。

 河中は俺の胸に頭を乗せ、ずっと黙っている。

「もういいだろ、どけ」

 声をかけたが無反応。寝てるんじゃないだろうな。河中の頭に手を置いて前髪をかきあげた。長い睫毛が上下したのが見えた。起きている。

「聞いてんのか、人の話」
「聞いてます。もう少しだけ。ね、いいでしょ」

 と顔をこちらへ向けた。改めて見るとやっぱり女にしか見えない河中の顔。栗色のサラサラの髪が指に絡んで心地よい。肌も透き通るように白くて、唇だけが濡れて赤い。こいつの性格を知らなかったら、今のこの状況でいつまでも理性を保っていられる自信がない。こいつが性悪で良かったと思う。本性を知っているから以前のようにドキドキとうろたえることもない。

「河中、お前、何してる?」

 下半身でゴソゴソと河中の手が動いている。俺のベルトを外し、ズボンの中に手を入れてきた。

「おい!」

 起き上がろうとしたが上から押さえつけられた。

「勉強の前に、一回出してスッキリしましょうか」
「いい加減にしないと怒るぞ」
「最後までしませんから。先輩の出して終わりにしますから」
「そういう問題か!」
「最近、先輩に触ってなかったから我慢出来なくて。手と口でやるの、どっちがいいですか」
「どっちもいらねえよ、早くどけ」

 言い合う間、河中の手が俺のものを優しく揉みしだき、それが反応を見せはじめる。確かにこれは久し振りの感触だった。あれ、でも俺、つい最近誰かに触られたような気が……。思い出した。浦野だ。そういえば最近あいつ顔を見せない。メールもしてこない。どうしたんだろう。元気でやってるんだろうか。

 浦野としたことは、男同士の悪ふざけの範疇だ。だが河中は愛情を滲ませ俺に絡んでくるのでその行為にはセックスの意味合いが付いてまわる。あやうい駆け引き。普段ならはぐらかしてかわせるのに、部屋に2人きり、ベッドの上、こんな状況で俺は圧倒的に不利だった。

 河中の手が俺の先走りでヌルヌルになったそこを追い立てている。なのに俺はたいした抵抗もせず、ベッドの上で横になったままだ。 俺の顔を見ていた河中にキスされたが、それに応えて俺も舌を絡ませた。浦野のせいで、かなり抵抗がなくなっている。

 2人の唾液を咽喉を鳴らして飲み込んだ。口を離した河中がぞっとするほど妖艶に微笑んで俺を見下ろす。

「先輩、手より口でやるほうが好きでしたよね」

 河中の頭が下がっていった。俺のものが温かな粘膜に包まれる。

「はぁ」

 思わず溜息のような声が漏れた。浦野の拙い手なんか比べ物にならないくらい気持ちいい。理性が吹っ飛びそうだ。

 慈しむような河中の舌の動きは俺を焦らす以外のなにものでもなかった。イく寸前まで引っ張り上げられたと思ったらその直後突きはなされる、ということを何度か繰り返し、頭がおかしくなりそうだった。

「河中、も、ムリだって」

 チラと視線をこちらに飛ばし、目だけで河中が笑った。こいつ、わざとこんなことして俺の反応を楽しんでいたんだ。ふざけやがって。

 満足したのか、河中が俺を追い詰めはじめた。

「はぁっ、くっ、口、離せ、出る」

 言うことを聞かず、河中は俺のぶちまけたものを口で受け飲み込んだ。飲むなと何回言えばわかるんだこいつは。

 睨み付ける俺の視線を悠然と受け止めながら、河中はティッシュで後始末し、ズボンのファスナーをあげ、ベルトを締めた。ほんとに今日はそれだけでいいのか。少し拍子抜けしたような、ほっとしたような。

「母さん帰ってきたみたいですね。勉強しましょうか」

 扉の方を見ながら河中が立ち上がった。差し出された手を握って俺もベッドからおりた。確かに階下で物音が聞こえる。

 勉強机に向かって歩き出すと、河中が背中に抱きついてきた。

「ほんとは最後までしたかったんですけどね」

 俺の尻に河中の熱く猛ったものが押し付けられ、背筋がぞくっとした。

「馬鹿なこと言うな。俺はご免だぜ」
「冗談、ですよ」

 音を立てて頬にキスし、河中は離れた。悪戯っぽく笑う河中を睨みながら椅子に腰掛けた。なんで俺、ドキドキしてんだろ。河中の雄を押し付けられて、焦りと戸惑いの他に期待する気持ちが混ざっていなかったか? 服を元に戻された時も、少しガッカリしてなかったか?!

 俺、相当ヤバイとこまで来ちゃってるのかもしれない。

 机に向かう俺に覆いかぶさるように河中が手許を覗きこんでくる。ふわりと漂う河中の匂い。妙に居心地が悪い。

「お前、近いよ」

 左手で振り払った。河中が少し悲しそうに笑った。なんでそんな顔すんだよ。俺はお前を受け入れることはムリだって。そら見ろ、へんに気まずくなったじゃねえか。

 気詰まりな沈黙。その時ノックの音。

「あ、やっぱり山口君だったのね、いらっしゃい」

 河中のおふくろさんが顔を出し、にっこり笑った。重苦しい雰囲気が消えてほっとする。

「勉強してたの? スイカあるんだけど、少し休憩にしたらどう?」
「頂きます」

 立ち上がって部屋を出た。その時には河中も普段の表情に戻っていた。