君が笑った、明日は晴れ(89/89)
2020.06.30.Tue.
<1話、前話>
ふ、とまどろみの中から目が覚めた。すぐそばに先輩の寝顔。僕がずっと片思いをしてきた人。手を伸ばして髪に触れる。以前より短くなったけど、今の髪型もとても似合ってて格好いい。だから少し心配になってしまう。こうして躊躇わずに触れていいのは僕だけでいてほしい。
まだ寝ている額にキスする。これって夢じゃないよね? 幸せすぎて怖いって言葉があるけど、まさに今そんな感じ。
今日は高校の卒業式だった。中には泣いてる奴もいたけど、僕はやっとこの日を向かることができて嬉しくて仕方なかった。
このあとみんなでカラオケに行こうと誘われたのを断り、待ち合わせのファーストフード店に急いだ。
先輩はまだ来ていない。とりあえずドリンクを注文してそれを飲みながら先輩を待つ。しばらくしてバイクのエンジン音。見覚えのあるバイクが店の前で止まり、ヘルメットを外した先輩が中に入ってきた。
そうやってかっこよさを振りまいて来ないで欲しい。今だって窓際に座る女の子二人が顔を見合わせ何か囁き合っている。
「待ったか?」
店の中を一直線に僕のところへやって来て先輩が言う。眉間には皺。最近、先輩はずっと不機嫌だ。
「今来たところです」
「そ」
「僕、今日卒業しました」
「ん」
と目を逸らす。
「僕の気持ちはかわりません。約束です、僕と付き合ってください」
ジロ、と先輩が僕を睨む。しばらくして、
「行くぞ」
店を出て行く。僕もそのあとを追いかけた。外に来てヘルメットを渡される。
「掴まってろ」
バイクに跨り、先輩の背中にしがみつく。やっとこの日がやってきた、と僕は喜びを噛み締めた。
健兄ちゃんの電話のあと、僕は先輩をつかまえ、なだめすかして、なんとかようやく「好きかもしれない」という言葉を先輩の口から聞き出すことが出来た。その時の先輩ったら顔を真っ赤にさせてすごく可愛くて……。
当然の流れで僕は「付き合いましょう!」と言ったのだけど、先輩は健兄ちゃんが言っていた通り「いつか終わるならこのままの方がよくねえか?」なんて言い出した。
必死に説得して脅すようなことも言って、最後は泣き落としでやっと「じゃ、おまえが高校卒業するまで気持ちがかわらなかったら付き合う」となった。
また3年も片思い……。絶望的な気分になったけれど、その間、僕たちは何度もセックスした。それでも先輩は付き合ってるつもりはないみたいで、先輩の「付き合う」って定義が僕にはよくわからない。あまり突っ込んで聞くとそれもお預けになるから黙っておいたけれど。
そして向かえた卒業式。僕の顔はにやけっぱなし。前半3年間は完璧な片思い、後半は両思いなのにお預けの3年間。合計6年間。僕の気持ちがかわることはなかった。先輩はどうなんだろう、とそっちのほうが心配だったけど、今日迎えに来てくれたってことは、先輩も同じ気持ちなんだと信じていいはず。
僕を乗せたバイクはホテルに直行した。いきなりヤルんですか。まぁ、僕はいいけど。
先輩と一緒にシャワーを浴びて、そこで一回。ベッドに連れて行ってそこでも一回。先輩は相変わらず抜群の感度と締まり具合で僕を喜ばせてくれる。
「先輩、約束、守ってくれますよね」
終わったあと、隣で寝そべる先輩に聞いた。先輩はまた眉間に皺を作って横を向いた。
「知らねえぞ」
とぼそっと言う。
「おまえに飽きたり、他に好きな奴が出来たらすぐに捨てるからな」
「はい、構いません」
「でも、おまえは誰も好きになるなよ。俺だけのものでいろよ。それでもいいんだな」
「はい、構いません」
「じゃあ、付き合ってやる」
横柄に言い放ち、僕の上に覆いかぶさってきた。またやるの?
「先輩、僕もう無理かも」
「今度は俺がやる」
と僕にキスしてきた。
先輩は律子って彼女と別れている。セックスの最中ちょっと乱暴にしてしまい、彼女が気絶したのが原因らしい。
「あの時のことよく覚えてねえんだよ。もう一回、気絶させてみたい」
って理由で僕を抱くんだけど、今のとこまだ気絶にまでは至っていない。僕の弱点が背中だってこと、先輩は知らない。エッチの時くらい僕が主導権を握りたいから、それはまだ当分の間秘密にしておくつもりだ。
でもそんな弱点教えなくても、僕は先輩が相手だと理性を失うほど感じてしまう。先輩の手が触れた場所が僕の性感帯になってしまうし、先輩の肌が触れた場所からどんどん熱を持っていく。先輩の感じ入った顔や吐息だけで気持ちが昂っていく。僕たち、体の相性抜群ですよ。
先輩の頭が下にさがって僕のをパクッと咥えた。もう無理だろうと思っていたのにだんだん大きくなっていく。
「あっ、あ、先輩……」
手を伸ばしたら握り返してくれた。指の間に指を入れる恋人つなぎ。
「はなして、先輩、出ちゃいます」
「出していいよ」
先輩に飲まれたことは今まで一度もない。飲むつもりなのかな。それって僕を恋人として扱ってくれる証拠なのかな。
「先輩、だめ、ほんとに出ちゃう」
先輩の唇が先を揉みしだいて吸い上げる。ビリビリッと全身に電気が走ったような衝撃。
「あっ! イクっ……!!」
先輩はすべて口で受け止め、のどを鳴らしてそれを飲みこんだ。舌を出して唇をなめる。濡れた口元が卑猥だ。
「無理しなくていいのに」
「おまえだっていつも俺の飲むじゃん」
いいながらコンドームを掴んだ。
「あっ、嫌だ!」
それを取り上げる。
「返せよ」
「今日は無しがいいです」
やっと先輩の恋人になれた日だ。よけいな物をつけずに、直接先輩を感じたかった。
しょうがない奴、と言いながら先輩が苦笑する。
「だったら下から俺の、飲ませてやる」
ニヤッと笑って言う。その顔に僕はときめく。何年経っても先輩より僕の方が好きなんだろうな。
ぐっと先輩のが入ってきて体を揺さぶられる。断続的に口から飛び出る僕の嬌声。先輩は腰をグラインドさせて僕の反応を楽しんでる。
先輩はウケ体質なんだと思ってたけど、タチの素質も充分で、存分に僕の中を蹂躙したあとでも平気な顔をするタフさを見せる。
角度をかえて僕をギリギリまで追い詰めたくせに、もう少しってところですっと身を引く。早く、とねだってもなかなか叶えてくれない。
もともとSっ気のある先輩は言葉責めなんて朝飯前で、僕から赤面ものの台詞を言わせて楽しんでいる。
僕は完全に先輩の手のひらの上。
先輩が終わるまで散々焦らされ嬲られて、僕はもう全身汗だく。先輩がタチのセックスをする時は僕は体力のほとんどを失ってしまう。
ようやく終わってぐったりする僕の横に先輩が寝転がった。息も絶え絶えの僕を見て先輩が微笑む。見とれるくらい男の色気が漂う笑み。
「大丈夫か?」
「なんとか……」
先輩は優しく僕にキスしてくれた。その幸福感の中、抱き合って眠ったのだった。
いま、僕の目の前には先輩の寝顔。やっとここまできたんだと思うと自然と顔が綻ぶ。先輩の目が開いた。僕と目が合うと、少し恥ずかしそうに笑った。初めて見る可愛い顔。僕の知らない先輩がまだいるんだ。
「起きてたのか」
この声を聞いて僕はびっくりした。なんて優しい声のトーン。こんな声ははじめて聞く。
「咽喉渇いたな」
「取ってきます」
「おまえは寝てていいよ。俺が取ってくるから」
と僕の頭をくしゃっと撫でてベッドから抜け出す。その背中を信じられない思いで見つめる。
戸田さんや浦野、僕の母さんに向けてきたそれとはぜんぜん違う笑みと声。本当に優しく接する時、先輩の声は低くなるみたいだ。少し擦れた響く低音。ゾクゾクする。
「おまえも飲む?」
振り返って僕にペットボトルを差し出してくる。
その声やばい。僕が特別な存在になったんだと実感出来る。今まで付き合った彼女はみんなこの声を聞いていたのかな。過去のことでも嫉妬してしまう。
「先輩、僕、先輩が好きです」
独占欲丸出しで愛の告白。
「知ってるよ」
と先輩が笑う。
「先輩は?」
「好きに決まってんだろ」
当たり前の事を聞くな、と先輩が僕にキスする。
先輩の目に僕が映っている。僕の目には先輩が。この先も、きっとずっと。
【続きを読む】
ふ、とまどろみの中から目が覚めた。すぐそばに先輩の寝顔。僕がずっと片思いをしてきた人。手を伸ばして髪に触れる。以前より短くなったけど、今の髪型もとても似合ってて格好いい。だから少し心配になってしまう。こうして躊躇わずに触れていいのは僕だけでいてほしい。
まだ寝ている額にキスする。これって夢じゃないよね? 幸せすぎて怖いって言葉があるけど、まさに今そんな感じ。
今日は高校の卒業式だった。中には泣いてる奴もいたけど、僕はやっとこの日を向かることができて嬉しくて仕方なかった。
このあとみんなでカラオケに行こうと誘われたのを断り、待ち合わせのファーストフード店に急いだ。
先輩はまだ来ていない。とりあえずドリンクを注文してそれを飲みながら先輩を待つ。しばらくしてバイクのエンジン音。見覚えのあるバイクが店の前で止まり、ヘルメットを外した先輩が中に入ってきた。
そうやってかっこよさを振りまいて来ないで欲しい。今だって窓際に座る女の子二人が顔を見合わせ何か囁き合っている。
「待ったか?」
店の中を一直線に僕のところへやって来て先輩が言う。眉間には皺。最近、先輩はずっと不機嫌だ。
「今来たところです」
「そ」
「僕、今日卒業しました」
「ん」
と目を逸らす。
「僕の気持ちはかわりません。約束です、僕と付き合ってください」
ジロ、と先輩が僕を睨む。しばらくして、
「行くぞ」
店を出て行く。僕もそのあとを追いかけた。外に来てヘルメットを渡される。
「掴まってろ」
バイクに跨り、先輩の背中にしがみつく。やっとこの日がやってきた、と僕は喜びを噛み締めた。
健兄ちゃんの電話のあと、僕は先輩をつかまえ、なだめすかして、なんとかようやく「好きかもしれない」という言葉を先輩の口から聞き出すことが出来た。その時の先輩ったら顔を真っ赤にさせてすごく可愛くて……。
当然の流れで僕は「付き合いましょう!」と言ったのだけど、先輩は健兄ちゃんが言っていた通り「いつか終わるならこのままの方がよくねえか?」なんて言い出した。
必死に説得して脅すようなことも言って、最後は泣き落としでやっと「じゃ、おまえが高校卒業するまで気持ちがかわらなかったら付き合う」となった。
また3年も片思い……。絶望的な気分になったけれど、その間、僕たちは何度もセックスした。それでも先輩は付き合ってるつもりはないみたいで、先輩の「付き合う」って定義が僕にはよくわからない。あまり突っ込んで聞くとそれもお預けになるから黙っておいたけれど。
そして向かえた卒業式。僕の顔はにやけっぱなし。前半3年間は完璧な片思い、後半は両思いなのにお預けの3年間。合計6年間。僕の気持ちがかわることはなかった。先輩はどうなんだろう、とそっちのほうが心配だったけど、今日迎えに来てくれたってことは、先輩も同じ気持ちなんだと信じていいはず。
僕を乗せたバイクはホテルに直行した。いきなりヤルんですか。まぁ、僕はいいけど。
先輩と一緒にシャワーを浴びて、そこで一回。ベッドに連れて行ってそこでも一回。先輩は相変わらず抜群の感度と締まり具合で僕を喜ばせてくれる。
「先輩、約束、守ってくれますよね」
終わったあと、隣で寝そべる先輩に聞いた。先輩はまた眉間に皺を作って横を向いた。
「知らねえぞ」
とぼそっと言う。
「おまえに飽きたり、他に好きな奴が出来たらすぐに捨てるからな」
「はい、構いません」
「でも、おまえは誰も好きになるなよ。俺だけのものでいろよ。それでもいいんだな」
「はい、構いません」
「じゃあ、付き合ってやる」
横柄に言い放ち、僕の上に覆いかぶさってきた。またやるの?
「先輩、僕もう無理かも」
「今度は俺がやる」
と僕にキスしてきた。
先輩は律子って彼女と別れている。セックスの最中ちょっと乱暴にしてしまい、彼女が気絶したのが原因らしい。
「あの時のことよく覚えてねえんだよ。もう一回、気絶させてみたい」
って理由で僕を抱くんだけど、今のとこまだ気絶にまでは至っていない。僕の弱点が背中だってこと、先輩は知らない。エッチの時くらい僕が主導権を握りたいから、それはまだ当分の間秘密にしておくつもりだ。
でもそんな弱点教えなくても、僕は先輩が相手だと理性を失うほど感じてしまう。先輩の手が触れた場所が僕の性感帯になってしまうし、先輩の肌が触れた場所からどんどん熱を持っていく。先輩の感じ入った顔や吐息だけで気持ちが昂っていく。僕たち、体の相性抜群ですよ。
先輩の頭が下にさがって僕のをパクッと咥えた。もう無理だろうと思っていたのにだんだん大きくなっていく。
「あっ、あ、先輩……」
手を伸ばしたら握り返してくれた。指の間に指を入れる恋人つなぎ。
「はなして、先輩、出ちゃいます」
「出していいよ」
先輩に飲まれたことは今まで一度もない。飲むつもりなのかな。それって僕を恋人として扱ってくれる証拠なのかな。
「先輩、だめ、ほんとに出ちゃう」
先輩の唇が先を揉みしだいて吸い上げる。ビリビリッと全身に電気が走ったような衝撃。
「あっ! イクっ……!!」
先輩はすべて口で受け止め、のどを鳴らしてそれを飲みこんだ。舌を出して唇をなめる。濡れた口元が卑猥だ。
「無理しなくていいのに」
「おまえだっていつも俺の飲むじゃん」
いいながらコンドームを掴んだ。
「あっ、嫌だ!」
それを取り上げる。
「返せよ」
「今日は無しがいいです」
やっと先輩の恋人になれた日だ。よけいな物をつけずに、直接先輩を感じたかった。
しょうがない奴、と言いながら先輩が苦笑する。
「だったら下から俺の、飲ませてやる」
ニヤッと笑って言う。その顔に僕はときめく。何年経っても先輩より僕の方が好きなんだろうな。
ぐっと先輩のが入ってきて体を揺さぶられる。断続的に口から飛び出る僕の嬌声。先輩は腰をグラインドさせて僕の反応を楽しんでる。
先輩はウケ体質なんだと思ってたけど、タチの素質も充分で、存分に僕の中を蹂躙したあとでも平気な顔をするタフさを見せる。
角度をかえて僕をギリギリまで追い詰めたくせに、もう少しってところですっと身を引く。早く、とねだってもなかなか叶えてくれない。
もともとSっ気のある先輩は言葉責めなんて朝飯前で、僕から赤面ものの台詞を言わせて楽しんでいる。
僕は完全に先輩の手のひらの上。
先輩が終わるまで散々焦らされ嬲られて、僕はもう全身汗だく。先輩がタチのセックスをする時は僕は体力のほとんどを失ってしまう。
ようやく終わってぐったりする僕の横に先輩が寝転がった。息も絶え絶えの僕を見て先輩が微笑む。見とれるくらい男の色気が漂う笑み。
「大丈夫か?」
「なんとか……」
先輩は優しく僕にキスしてくれた。その幸福感の中、抱き合って眠ったのだった。
いま、僕の目の前には先輩の寝顔。やっとここまできたんだと思うと自然と顔が綻ぶ。先輩の目が開いた。僕と目が合うと、少し恥ずかしそうに笑った。初めて見る可愛い顔。僕の知らない先輩がまだいるんだ。
「起きてたのか」
この声を聞いて僕はびっくりした。なんて優しい声のトーン。こんな声ははじめて聞く。
「咽喉渇いたな」
「取ってきます」
「おまえは寝てていいよ。俺が取ってくるから」
と僕の頭をくしゃっと撫でてベッドから抜け出す。その背中を信じられない思いで見つめる。
戸田さんや浦野、僕の母さんに向けてきたそれとはぜんぜん違う笑みと声。本当に優しく接する時、先輩の声は低くなるみたいだ。少し擦れた響く低音。ゾクゾクする。
「おまえも飲む?」
振り返って僕にペットボトルを差し出してくる。
その声やばい。僕が特別な存在になったんだと実感出来る。今まで付き合った彼女はみんなこの声を聞いていたのかな。過去のことでも嫉妬してしまう。
「先輩、僕、先輩が好きです」
独占欲丸出しで愛の告白。
「知ってるよ」
と先輩が笑う。
「先輩は?」
「好きに決まってんだろ」
当たり前の事を聞くな、と先輩が僕にキスする。
先輩の目に僕が映っている。僕の目には先輩が。この先も、きっとずっと。
(初出2009年)
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君が笑った、明日は晴れ(88/89)
2020.06.29.Mon.
<1話、前話>
先輩が僕から離れていくのを見送る。動けなかった。誰とでもキスできるなんて言われて、カンサイともした、なんて言われて、今朝も森下さんて人とやってきた、なんて言われたら、さすがの僕もショックで動けなかった。
先輩が僕に照れていたように見えたのはやっぱり僕の錯覚だったんだ。先輩が僕に照れるはずなんてないんだから……。
「今朝もやって来ただなんて……そんな報告いらないよ……」
森下さんてどんな人なんだろう。大学生って言ってたっけ。そんなに大人なのかな……。海の家で知り合った人。
ん。海。大学生。森下??
携帯電話を取り出し、電話をかけた。僕の初めての人、親戚の森下健一さん。この人も確か海好きだった。まさかとは思うが一応念のため。
数コールのあと、健兄ちゃんが電話に出た。
「健にい? 山口先輩と会ってる?」
『久し振りに電話してきたと思ったら、やっぱり用件はそれか』
のんびりと健兄ちゃんは言った。やっぱり! 先輩の相手って健兄ちゃんだったのか! なんて偶然! っていうか、
「健にい、ひどいよ! 僕が先輩を好きだって事知ってるだろ! それなのにどうして先輩と?!」
ゲイの知り合いなんて健兄ちゃんしかいないから、僕は中学の頃から先輩への片思いの相談をずっとしてきた。先輩の名前も何度となく健兄ちゃんに言ったはずだ。同じ高校に進学したのだって報告してるのに。
『あははっ、初めは気付かなかったんだよ。学校の名前聞いて思い出したんだ。それがわかったのもつい最近……おまえ、いつか、重夫の体中にキスマークつけただろ? その日だよ、おまえと重夫が繋がったのって』
キスマーク。カラオケボックスの時の……! どうしてそんなこと健兄ちゃんが知ってるんだ? 先輩が健兄ちゃんの前で裸になるようなことがあったってことだ!
「もう……最悪」
僕は項垂れた。健兄ちゃんの性格はよく知ってるつもりだ。おとなしそうな外見に似合わず、いけそうな男を見つけたら誰とでも寝る人なんだ。もう溜息しか出ない。
『謝るよ、おまえの好きな奴だって気付いた時には寝たあとだったんだ』
「健にいのおかげで先輩、ずいぶん慣らされてたよ。いったいどれだけやったの」
『さぁ、もう覚えてない』
電話の向こうでカラカラと明るく笑う。人の気も知らないで……。
「今朝もしたんでしょ」
投げやりな気持ちで確認すると、健兄ちゃんは『あっ、重夫から聞いたの?』とあっさり認めた。僕の傷口に塩を塗りこむ気軽さ。ほんっとに無神経!
『で、うまくいった?』
「はっ?! なんの話?!」
つい苛々と答えた。
『あれ? 重夫から好きだって言われなかったの?』
「言われるわけないでしょ、そんなこと」
『あれ? おかしいなぁ。あの子、おまえのこと好きなんだって気付いて動揺しまくってたよ。本人は最後まで認めたがらなかったけど、あの子って意外に純情なところあるよね』
ククッと健兄ちゃんは笑う。つい最近知り合っただけのくせに、僕の先輩を知った風に言わないで欲しい。
「先輩が僕を好きなわけないよ」
嫌われることならたくさんしてきたけど、好かれるようなことは何もしてない。
『ほんとに何も言われてないの? 可愛い従兄だから教えてやるけど……彼ね、怖いんだって。おまえと付き合ったとしても、終わりが来るのが怖いから好きだって認めたくないんだってさ。だから今までの関係を選ぼうとしてた。そんな馬鹿なことやめて告白してこいって俺が背中押してやったのに。意気地なしだなぁ、重夫も』
「……それってほんとなの?」
『ほんとだよ。ずばり聞いてみれば?』
嘘だ、嘘、嘘。ぜったいそんな都合のいい話、あるわけないんだ。健兄ちゃんの勘違いに決まってる。
……ほんとに?
今日、先輩が照れているように見えたのも勘違い? 保健室で先輩がキスしてきたのも、あの時見せた優しい目も、僕の勘違い?
体がブルッと震えた。
「僕、行かなきゃ……先輩のとこ、行かなきゃ……」
『行っといで。おまえのために俺は泣く泣く身を引いたんだ。うまくやれよ』
ありがと、健兄ちゃん。
先輩が消えた廊下の先を見据える。携帯を握り締めたまま僕は走り出した。階段を駆け上がる。教室に入っていく先輩の後姿を見つけた。
「先輩!」
僕の叫び声で先輩が振り返る。恐いくらいに難しい顔をして僕を睨む。その顔がほんのり赤いのは僕の勘違いなんかじゃない。
僕の手が、先輩の腕を掴む。
先輩が僕から離れていくのを見送る。動けなかった。誰とでもキスできるなんて言われて、カンサイともした、なんて言われて、今朝も森下さんて人とやってきた、なんて言われたら、さすがの僕もショックで動けなかった。
先輩が僕に照れていたように見えたのはやっぱり僕の錯覚だったんだ。先輩が僕に照れるはずなんてないんだから……。
「今朝もやって来ただなんて……そんな報告いらないよ……」
森下さんてどんな人なんだろう。大学生って言ってたっけ。そんなに大人なのかな……。海の家で知り合った人。
ん。海。大学生。森下??
携帯電話を取り出し、電話をかけた。僕の初めての人、親戚の森下健一さん。この人も確か海好きだった。まさかとは思うが一応念のため。
数コールのあと、健兄ちゃんが電話に出た。
「健にい? 山口先輩と会ってる?」
『久し振りに電話してきたと思ったら、やっぱり用件はそれか』
のんびりと健兄ちゃんは言った。やっぱり! 先輩の相手って健兄ちゃんだったのか! なんて偶然! っていうか、
「健にい、ひどいよ! 僕が先輩を好きだって事知ってるだろ! それなのにどうして先輩と?!」
ゲイの知り合いなんて健兄ちゃんしかいないから、僕は中学の頃から先輩への片思いの相談をずっとしてきた。先輩の名前も何度となく健兄ちゃんに言ったはずだ。同じ高校に進学したのだって報告してるのに。
『あははっ、初めは気付かなかったんだよ。学校の名前聞いて思い出したんだ。それがわかったのもつい最近……おまえ、いつか、重夫の体中にキスマークつけただろ? その日だよ、おまえと重夫が繋がったのって』
キスマーク。カラオケボックスの時の……! どうしてそんなこと健兄ちゃんが知ってるんだ? 先輩が健兄ちゃんの前で裸になるようなことがあったってことだ!
「もう……最悪」
僕は項垂れた。健兄ちゃんの性格はよく知ってるつもりだ。おとなしそうな外見に似合わず、いけそうな男を見つけたら誰とでも寝る人なんだ。もう溜息しか出ない。
『謝るよ、おまえの好きな奴だって気付いた時には寝たあとだったんだ』
「健にいのおかげで先輩、ずいぶん慣らされてたよ。いったいどれだけやったの」
『さぁ、もう覚えてない』
電話の向こうでカラカラと明るく笑う。人の気も知らないで……。
「今朝もしたんでしょ」
投げやりな気持ちで確認すると、健兄ちゃんは『あっ、重夫から聞いたの?』とあっさり認めた。僕の傷口に塩を塗りこむ気軽さ。ほんっとに無神経!
『で、うまくいった?』
「はっ?! なんの話?!」
つい苛々と答えた。
『あれ? 重夫から好きだって言われなかったの?』
「言われるわけないでしょ、そんなこと」
『あれ? おかしいなぁ。あの子、おまえのこと好きなんだって気付いて動揺しまくってたよ。本人は最後まで認めたがらなかったけど、あの子って意外に純情なところあるよね』
ククッと健兄ちゃんは笑う。つい最近知り合っただけのくせに、僕の先輩を知った風に言わないで欲しい。
「先輩が僕を好きなわけないよ」
嫌われることならたくさんしてきたけど、好かれるようなことは何もしてない。
『ほんとに何も言われてないの? 可愛い従兄だから教えてやるけど……彼ね、怖いんだって。おまえと付き合ったとしても、終わりが来るのが怖いから好きだって認めたくないんだってさ。だから今までの関係を選ぼうとしてた。そんな馬鹿なことやめて告白してこいって俺が背中押してやったのに。意気地なしだなぁ、重夫も』
「……それってほんとなの?」
『ほんとだよ。ずばり聞いてみれば?』
嘘だ、嘘、嘘。ぜったいそんな都合のいい話、あるわけないんだ。健兄ちゃんの勘違いに決まってる。
……ほんとに?
今日、先輩が照れているように見えたのも勘違い? 保健室で先輩がキスしてきたのも、あの時見せた優しい目も、僕の勘違い?
体がブルッと震えた。
「僕、行かなきゃ……先輩のとこ、行かなきゃ……」
『行っといで。おまえのために俺は泣く泣く身を引いたんだ。うまくやれよ』
ありがと、健兄ちゃん。
先輩が消えた廊下の先を見据える。携帯を握り締めたまま僕は走り出した。階段を駆け上がる。教室に入っていく先輩の後姿を見つけた。
「先輩!」
僕の叫び声で先輩が振り返る。恐いくらいに難しい顔をして僕を睨む。その顔がほんのり赤いのは僕の勘違いなんかじゃない。
僕の手が、先輩の腕を掴む。
君が笑った、明日は晴れ(87/89)
2020.06.28.Sun.
<1話、前話>
「先輩、待って!」
渡り廊下を歩いていたら追いかけて来た河中に腕を掴まれた。思わず振り払った。心臓がまた早鐘を打つ。ほんとに俺、どうしちゃったんだろ。
昼休みに、廊下を走ってくる河中を見た瞬間、心臓が大きく飛び跳ねた。食堂で斜め前にすわる河中を意識しまくって馬鹿みたいに緊張してた。こんな上ずった感情、今まで誰にも感じたことがない。その相手が河中だってことが死にたくなってくる。
「戻れよ、おまえ、飯まだ途中だろ」
河中の顔を直視できなくて顔を背けたまま言った。
「先輩だってまだ全部食べてないじゃないですか」
「俺はもういいんだよ」
あんな状況で飯なんか食ってられるか。さっきだってむりやり飲み込んでたんだ。
「僕ももういいです。先輩、あの、昨日の……」
保健室でのことなら、頼むから言わないでくれ。
「浦野のことなんですけど」
なんだ、浦野のことか。そういえば騙したとか言ってたな。それもひどく取り乱して。
「あいつが先輩のこと好きだなんて言い出したから、先輩に近づけさせないためにあいつと付き合うことにしたんです」
「あいつの好きは性欲に直結してるからな。本気で俺を好きなわけねえだろ」
「ですね」
河中が笑う。
「僕に夢中にさせて先輩のことを忘れさせて……そこまでは良かったんですけど、だんだん僕も疲れてきちゃって。先輩は僕の知らないバイト先の人と遊んで慣らされちゃってるし、僕にも余裕がなくなって。だから浦野の単純な性格を利用して、あいつを宮本さんに引き受けてもらうことにしたんです」
それで宮本と浦野が一緒にいると教えた時「良かった」と言っていたのか。なるほどね。しかしまぁ、回りくどいことをする。
「それで……宮本さんがどんな人なのか、どんなやり方をするのか確かめるために宮本さんと寝ました。浦野がどういうことが好きなのか教えるために、仕方なく」
胸がチリチリと焼ける。嫉妬? そんな馬鹿な。
「次の日、浦野を宮本さんに引渡しました。その時に、少し強引なやり方をして……浦野には悪いことをしました。ほんとに最低です、僕」
いったいどんなことをしたのか、河中は暗い顔で目を伏せた。それもこれも、全部俺のためだと言うのか。どうしてこいつはこんなに一途に俺を思うことができるんだろう。どうしてそんなに自信を持って、好きだなんて言ってこれるんだろう。どうして3年間も俺を好きでいられたんだろう。本当に俺のことだけ好きだったのか?
「なぁ、河中」
「はい」
河中が顔をあげる。
「なんで俺が好きなの」
「えっ……と、先輩がかっこよかったから」
「中学ん時からって言ってたっけ?」
「はい、バスケ部に入りたてで緊張してる僕たちに先輩は優しくしてくれました。あの時先輩が決めた3ポイント、すごくかっこよくて今でもはっきり覚えてます」
俺はぜんぜん覚えてない。
「3年間、ずっと好きだったのか」
「はい、今も好きです」
どさくさにまぎれて変なことを言う。
「3年の間、他の誰かを好きになったり、俺を忘れたりしなかったのか」
「一度もありません。それができてたら僕だってもっと楽でした。それが出来ないから先輩にあんなことしたんです。本当にあの時はすみませんでした」
とまた下を向いた。あんなこと……あぁ、縛って俺を犯したことか。そういや、そんなこともあったっけ。あれがきっかけで俺もずいぶんかわってしまった。今日だって自分から森下さんを誘ったし。
「なんでそんなに俺を好きでいられんの」
「好きって気持ちが枯れないんです。次から次に湧き出てくるんです。その気持ちに溺れそうになるんです」
「あぁ、そ」
口を押さえ横を向く。自分から聞いておいてなんだが、面と向かっていわれると恥ずかしいもんだ。
「先輩、僕にはもう隠し事も嘘もありません。だから先輩も正直に答えて下さい。昨日、どうして僕にキスしてくれたんですか」
ついに核心に触れてきたか。森下さんは告白してこい、みたいなことを言っていたけど、そんなこと俺が出来るはずがない。というか、こいつとどうこうなりたいなんて思ってないんだ。確かに行き詰ってんのかもしれないけど、俺は今のままのほうがいい。このままなら、お互いどちらかが飽きたって、まだ傷は浅いだろ。
「キスくらい誰にだって出来るよ俺は」
「昨日のはいつもと違った気がするんです」
「熱のせいだろ。おまえの前にカンサイともしたし、今日だって、朝から森下さんとやってきたし」
河中の顔に動揺が走る。
「森下さん……って?」
「夏休みのバイト先の人。俺の遊び相手。大学生でお前よりぜんぜん大人だし、セックスもうまい。おまえが言う通り、俺はこの人と慣れるまで何度もやったよ。おまえにしたキスくらい、誰とでも出来る」
河中の顔から血の気が引いていく。青白い顔。目が宙を泳ぐ。
「遊びでいいってんならたまには相手してやるよ。でも何も期待すんなよ。俺がお前を好きになる可能性なんて万に一つもないんだから」
傷ついた顔で言葉をなくす河中に背を向け歩き出す。河中は追いかけてこない。これでいいんだと自分に言い聞かせる。臆病者だと言われてもいい。だって俺、たぶん本気だから。
「先輩、待って!」
渡り廊下を歩いていたら追いかけて来た河中に腕を掴まれた。思わず振り払った。心臓がまた早鐘を打つ。ほんとに俺、どうしちゃったんだろ。
昼休みに、廊下を走ってくる河中を見た瞬間、心臓が大きく飛び跳ねた。食堂で斜め前にすわる河中を意識しまくって馬鹿みたいに緊張してた。こんな上ずった感情、今まで誰にも感じたことがない。その相手が河中だってことが死にたくなってくる。
「戻れよ、おまえ、飯まだ途中だろ」
河中の顔を直視できなくて顔を背けたまま言った。
「先輩だってまだ全部食べてないじゃないですか」
「俺はもういいんだよ」
あんな状況で飯なんか食ってられるか。さっきだってむりやり飲み込んでたんだ。
「僕ももういいです。先輩、あの、昨日の……」
保健室でのことなら、頼むから言わないでくれ。
「浦野のことなんですけど」
なんだ、浦野のことか。そういえば騙したとか言ってたな。それもひどく取り乱して。
「あいつが先輩のこと好きだなんて言い出したから、先輩に近づけさせないためにあいつと付き合うことにしたんです」
「あいつの好きは性欲に直結してるからな。本気で俺を好きなわけねえだろ」
「ですね」
河中が笑う。
「僕に夢中にさせて先輩のことを忘れさせて……そこまでは良かったんですけど、だんだん僕も疲れてきちゃって。先輩は僕の知らないバイト先の人と遊んで慣らされちゃってるし、僕にも余裕がなくなって。だから浦野の単純な性格を利用して、あいつを宮本さんに引き受けてもらうことにしたんです」
それで宮本と浦野が一緒にいると教えた時「良かった」と言っていたのか。なるほどね。しかしまぁ、回りくどいことをする。
「それで……宮本さんがどんな人なのか、どんなやり方をするのか確かめるために宮本さんと寝ました。浦野がどういうことが好きなのか教えるために、仕方なく」
胸がチリチリと焼ける。嫉妬? そんな馬鹿な。
「次の日、浦野を宮本さんに引渡しました。その時に、少し強引なやり方をして……浦野には悪いことをしました。ほんとに最低です、僕」
いったいどんなことをしたのか、河中は暗い顔で目を伏せた。それもこれも、全部俺のためだと言うのか。どうしてこいつはこんなに一途に俺を思うことができるんだろう。どうしてそんなに自信を持って、好きだなんて言ってこれるんだろう。どうして3年間も俺を好きでいられたんだろう。本当に俺のことだけ好きだったのか?
「なぁ、河中」
「はい」
河中が顔をあげる。
「なんで俺が好きなの」
「えっ……と、先輩がかっこよかったから」
「中学ん時からって言ってたっけ?」
「はい、バスケ部に入りたてで緊張してる僕たちに先輩は優しくしてくれました。あの時先輩が決めた3ポイント、すごくかっこよくて今でもはっきり覚えてます」
俺はぜんぜん覚えてない。
「3年間、ずっと好きだったのか」
「はい、今も好きです」
どさくさにまぎれて変なことを言う。
「3年の間、他の誰かを好きになったり、俺を忘れたりしなかったのか」
「一度もありません。それができてたら僕だってもっと楽でした。それが出来ないから先輩にあんなことしたんです。本当にあの時はすみませんでした」
とまた下を向いた。あんなこと……あぁ、縛って俺を犯したことか。そういや、そんなこともあったっけ。あれがきっかけで俺もずいぶんかわってしまった。今日だって自分から森下さんを誘ったし。
「なんでそんなに俺を好きでいられんの」
「好きって気持ちが枯れないんです。次から次に湧き出てくるんです。その気持ちに溺れそうになるんです」
「あぁ、そ」
口を押さえ横を向く。自分から聞いておいてなんだが、面と向かっていわれると恥ずかしいもんだ。
「先輩、僕にはもう隠し事も嘘もありません。だから先輩も正直に答えて下さい。昨日、どうして僕にキスしてくれたんですか」
ついに核心に触れてきたか。森下さんは告白してこい、みたいなことを言っていたけど、そんなこと俺が出来るはずがない。というか、こいつとどうこうなりたいなんて思ってないんだ。確かに行き詰ってんのかもしれないけど、俺は今のままのほうがいい。このままなら、お互いどちらかが飽きたって、まだ傷は浅いだろ。
「キスくらい誰にだって出来るよ俺は」
「昨日のはいつもと違った気がするんです」
「熱のせいだろ。おまえの前にカンサイともしたし、今日だって、朝から森下さんとやってきたし」
河中の顔に動揺が走る。
「森下さん……って?」
「夏休みのバイト先の人。俺の遊び相手。大学生でお前よりぜんぜん大人だし、セックスもうまい。おまえが言う通り、俺はこの人と慣れるまで何度もやったよ。おまえにしたキスくらい、誰とでも出来る」
河中の顔から血の気が引いていく。青白い顔。目が宙を泳ぐ。
「遊びでいいってんならたまには相手してやるよ。でも何も期待すんなよ。俺がお前を好きになる可能性なんて万に一つもないんだから」
傷ついた顔で言葉をなくす河中に背を向け歩き出す。河中は追いかけてこない。これでいいんだと自分に言い聞かせる。臆病者だと言われてもいい。だって俺、たぶん本気だから。
君が笑った、明日は晴れ(86/89)
2020.06.27.Sat.
<1話、前話>
先輩が気になって2時間目が終わった休み時間、教室に行ってみた。僕を見つけた戸田さんが「重夫ならまだだよ」と首を振る。
先輩、どうしたんだろう。まだ僕のこと怒ってるのかな。それとも昨日保健室でしたキスのことで照れてるのかな。
昨日のキスは今までしてきたどのキスとも違った気がする。熱に浮かされていたから僕も記憶が曖昧だけど、先輩の優しい目つきとか、熱い舌の動きとか、それだけはハッキリ覚えている。
先輩からあんなふうにキスされたのは初めてだ。それだけ浦野やカンサイ、僕の知らないバイト先の人に慣らされたってことなのかな。
もし、僕の都合のいいように考えていいなら、先輩が僕にキスしたいと思ったからしてくれたのかな。
そのことも聞いてみたいし、浦野の事もちゃんと告白するつもりだったのに先輩はまだ来ていない。今日は休むつもりなんだろうか。
3時間目が終わり、僕はまた先輩に会いに教室を出た。廊下で浦野と鉢合わせてしまった。
浦野は僕を見つけて飛び上がるほど驚いていた。心が痛む。浦野は僕に軽蔑の眼差しを向けてきた。強い不快感と敵意。それでいい。
目を逸らし、先に進む。
「待てよ」
浦野が僕を呼びとめた。
「話がある」
立ち止まる僕の横を追い抜いて、浦野が先を歩く。仕方なくついて行った。水道の前で立ち止まり、壁によりかかって腕を組んで僕を見ている。
話なら早く済ませて欲しい。先輩の教室に行く時間がなくなってしまう。
「まだ僕に何か用なの? また縛られてぶたれたい?」
口に笑みの形を作った。浦野は顔を少し赤くして、そんな僕を睨むだけ。なんだよ、早くしてくれ。
「相手をして欲しいならまた体育倉庫で……」
「殴らせろ」
鋭く遮られた。殴って終わるなら早く殴ってくれ。
「いいよ、それで気が済むなら」
歩を進め、浦野の前で立ち止まって目を閉じる。なのにいくら待っても何も起こらない。目を開けたら、浦野が涙をためた目で僕を睨んでいた。
「そんなに……そんなに山口さんが好きなら、最初からそう言えばいいだろ」
そう言って伏せた目から大粒の涙が零れる。
「宮本さんが教えてくれた。おまえの頭の中には山口さんのことしかないって。山口さんに近づけないために俺の相手してたってことも、一昨日の体育倉庫でのことは、俺がおまえを嫌いになるようにしたってことも、全部聞いた」
あの人……余計なことを。奥歯を噛み締める僕に向かって浦野は言葉を続ける。
「俺だって気付いてたよ、おまえが山口さんのことしか好きじゃないってことは。おまえが俺に優しくしてくれるからもしかしたらって思うこともあったけど、でもいつだってお前の目は山口さんを探してたもん。誰でもわかるよ。おまえ、バレバレなんだよ、馬鹿」
と下を向いたまま鼻をすすった。
「あんなことしなくても、もう山口さんには近づかない。メールもしない。だから、俺に謝って」
浦野が視線をあげた。真っ赤な目。こいつの泣いた顔、いったい何度見たっけ。
「宮本さんは……優しくしてくれてる?」
「うん。あの人、河中からみっちり仕込まれたって、すごい優しくしてくれる。たまに乱暴な言葉使うけど、俺が嫌がったらゴメンって言てくれる」
「そう、良かった」
本当に良かった。
「ごめんね、今まで」
「うん」
「ごめんね、嫌なこと言って」
「うん」
「ごめんね、いっぱい殴って」
赤い頬に手を伸ばして優しく包む。びくっと浦野の体がすくんだ。
「あ、ごめん」
「違っ……」
耳まで顔を赤くして浦野が首を振る。
「やっぱ、もういい。謝ってくれなくていい。優しくされたら俺、また勘違いしちゃうから」
そう言うと、浦野は廊下を走って戻って行った。その背中を見ていたら後悔と安堵、その両方が胸を満たした。あんなやり方をしなくても正直に話をすれば良かったのかもしれない。今更そんなことを思っても栓ないことではあるが。
チャイムが鳴った。休み時間が終わってしまった。仕方なく教室に戻った。
四時間目が終わった。さすがに先輩は来ているだろう。昼休み、人の流れに逆らって先輩の教室へ急ぐ。ちょうど先輩と戸田さんが教室から出てきたところだった。
「先輩!」
声に気付いた先輩の視線が戸田さんから僕に移動して、そして素通りした。
「やぁ、河ちゃん、今日は一緒に飯食おうね。昨日は重夫と二人だったからつまんなかったんだよ」
戸田さんに肩を抱かれ食堂へ向かう。戸田さんの横を歩く先輩は向こうをむいている。やっぱりまだ怒ってるんだ……。変に優しい態度を取られないだけマシか。
食堂についた。僕の正面に戸田さん、戸田さんの横には先輩が座る。先輩はさっきから黙りこくってずっと横を向いている。僕と目を合わせないどころか、顔すら合わせてくれない。
「河ちゃん、昨日はどうして来なかったの?」
正面でカレーうどんをすする戸田さんが言った。
「昨日はちょっと体調が悪くて保健室にいたんです」
「もう大丈夫なの?」
「はい」
ちら、と先輩を見る。俯いて黙々と食事をしている。
「あぁ、こいつね、遅刻して来たと思ったらずっとこんな調子なのよ。なんか知んないけど、難しい年頃みたいだから気にしないでいいよ」
「うるせえな、黙って食え」
不機嫌に言い放つ先輩の顔が赤く見えるのは僕の気のせいかな。
「はいはい、我儘な奴を友達に持つと苦労するよ」
戸田さんは僕に苦笑して肩をすくめて見せた。それに笑い返し、俯いたままの先輩を見る。なんだろう。やっぱり様子が変な気がする。なんか……照れてるみたい、な。
そんなことを考えていたら先輩に上目遣いに睨まれた。
「何見てんだよ、見んじゃねえよ」
「あ、はい、すみません」
「重夫、おまえ、何照れてんの?」
半笑いでからかうように戸田さんが言った。先輩が立ち上がり、戸田さんを睨む。その顔が……真っ赤だった。
やっぱり! 戸田さんが言うんだから間違いない!
先輩は何か言い返そうと口を動かしていたが言葉にならないみたいで、そんな自分に苛立ったように舌打ちした。持ってた箸をテーブルに叩きつけ、出口に向かって歩き出す。
「先輩、待って下さい!」
「来るな」
冷たく言われた。でも、今はなんて言われようが追いかけなきゃいけないタイミングだってことは僕でもわかった。
先輩が気になって2時間目が終わった休み時間、教室に行ってみた。僕を見つけた戸田さんが「重夫ならまだだよ」と首を振る。
先輩、どうしたんだろう。まだ僕のこと怒ってるのかな。それとも昨日保健室でしたキスのことで照れてるのかな。
昨日のキスは今までしてきたどのキスとも違った気がする。熱に浮かされていたから僕も記憶が曖昧だけど、先輩の優しい目つきとか、熱い舌の動きとか、それだけはハッキリ覚えている。
先輩からあんなふうにキスされたのは初めてだ。それだけ浦野やカンサイ、僕の知らないバイト先の人に慣らされたってことなのかな。
もし、僕の都合のいいように考えていいなら、先輩が僕にキスしたいと思ったからしてくれたのかな。
そのことも聞いてみたいし、浦野の事もちゃんと告白するつもりだったのに先輩はまだ来ていない。今日は休むつもりなんだろうか。
3時間目が終わり、僕はまた先輩に会いに教室を出た。廊下で浦野と鉢合わせてしまった。
浦野は僕を見つけて飛び上がるほど驚いていた。心が痛む。浦野は僕に軽蔑の眼差しを向けてきた。強い不快感と敵意。それでいい。
目を逸らし、先に進む。
「待てよ」
浦野が僕を呼びとめた。
「話がある」
立ち止まる僕の横を追い抜いて、浦野が先を歩く。仕方なくついて行った。水道の前で立ち止まり、壁によりかかって腕を組んで僕を見ている。
話なら早く済ませて欲しい。先輩の教室に行く時間がなくなってしまう。
「まだ僕に何か用なの? また縛られてぶたれたい?」
口に笑みの形を作った。浦野は顔を少し赤くして、そんな僕を睨むだけ。なんだよ、早くしてくれ。
「相手をして欲しいならまた体育倉庫で……」
「殴らせろ」
鋭く遮られた。殴って終わるなら早く殴ってくれ。
「いいよ、それで気が済むなら」
歩を進め、浦野の前で立ち止まって目を閉じる。なのにいくら待っても何も起こらない。目を開けたら、浦野が涙をためた目で僕を睨んでいた。
「そんなに……そんなに山口さんが好きなら、最初からそう言えばいいだろ」
そう言って伏せた目から大粒の涙が零れる。
「宮本さんが教えてくれた。おまえの頭の中には山口さんのことしかないって。山口さんに近づけないために俺の相手してたってことも、一昨日の体育倉庫でのことは、俺がおまえを嫌いになるようにしたってことも、全部聞いた」
あの人……余計なことを。奥歯を噛み締める僕に向かって浦野は言葉を続ける。
「俺だって気付いてたよ、おまえが山口さんのことしか好きじゃないってことは。おまえが俺に優しくしてくれるからもしかしたらって思うこともあったけど、でもいつだってお前の目は山口さんを探してたもん。誰でもわかるよ。おまえ、バレバレなんだよ、馬鹿」
と下を向いたまま鼻をすすった。
「あんなことしなくても、もう山口さんには近づかない。メールもしない。だから、俺に謝って」
浦野が視線をあげた。真っ赤な目。こいつの泣いた顔、いったい何度見たっけ。
「宮本さんは……優しくしてくれてる?」
「うん。あの人、河中からみっちり仕込まれたって、すごい優しくしてくれる。たまに乱暴な言葉使うけど、俺が嫌がったらゴメンって言てくれる」
「そう、良かった」
本当に良かった。
「ごめんね、今まで」
「うん」
「ごめんね、嫌なこと言って」
「うん」
「ごめんね、いっぱい殴って」
赤い頬に手を伸ばして優しく包む。びくっと浦野の体がすくんだ。
「あ、ごめん」
「違っ……」
耳まで顔を赤くして浦野が首を振る。
「やっぱ、もういい。謝ってくれなくていい。優しくされたら俺、また勘違いしちゃうから」
そう言うと、浦野は廊下を走って戻って行った。その背中を見ていたら後悔と安堵、その両方が胸を満たした。あんなやり方をしなくても正直に話をすれば良かったのかもしれない。今更そんなことを思っても栓ないことではあるが。
チャイムが鳴った。休み時間が終わってしまった。仕方なく教室に戻った。
四時間目が終わった。さすがに先輩は来ているだろう。昼休み、人の流れに逆らって先輩の教室へ急ぐ。ちょうど先輩と戸田さんが教室から出てきたところだった。
「先輩!」
声に気付いた先輩の視線が戸田さんから僕に移動して、そして素通りした。
「やぁ、河ちゃん、今日は一緒に飯食おうね。昨日は重夫と二人だったからつまんなかったんだよ」
戸田さんに肩を抱かれ食堂へ向かう。戸田さんの横を歩く先輩は向こうをむいている。やっぱりまだ怒ってるんだ……。変に優しい態度を取られないだけマシか。
食堂についた。僕の正面に戸田さん、戸田さんの横には先輩が座る。先輩はさっきから黙りこくってずっと横を向いている。僕と目を合わせないどころか、顔すら合わせてくれない。
「河ちゃん、昨日はどうして来なかったの?」
正面でカレーうどんをすする戸田さんが言った。
「昨日はちょっと体調が悪くて保健室にいたんです」
「もう大丈夫なの?」
「はい」
ちら、と先輩を見る。俯いて黙々と食事をしている。
「あぁ、こいつね、遅刻して来たと思ったらずっとこんな調子なのよ。なんか知んないけど、難しい年頃みたいだから気にしないでいいよ」
「うるせえな、黙って食え」
不機嫌に言い放つ先輩の顔が赤く見えるのは僕の気のせいかな。
「はいはい、我儘な奴を友達に持つと苦労するよ」
戸田さんは僕に苦笑して肩をすくめて見せた。それに笑い返し、俯いたままの先輩を見る。なんだろう。やっぱり様子が変な気がする。なんか……照れてるみたい、な。
そんなことを考えていたら先輩に上目遣いに睨まれた。
「何見てんだよ、見んじゃねえよ」
「あ、はい、すみません」
「重夫、おまえ、何照れてんの?」
半笑いでからかうように戸田さんが言った。先輩が立ち上がり、戸田さんを睨む。その顔が……真っ赤だった。
やっぱり! 戸田さんが言うんだから間違いない!
先輩は何か言い返そうと口を動かしていたが言葉にならないみたいで、そんな自分に苛立ったように舌打ちした。持ってた箸をテーブルに叩きつけ、出口に向かって歩き出す。
「先輩、待って下さい!」
「来るな」
冷たく言われた。でも、今はなんて言われようが追いかけなきゃいけないタイミングだってことは僕でもわかった。
君が笑った、明日は晴れ(85/89)
2020.06.26.Fri.
<1話、前話>
「馬鹿馬鹿しい」
森下さんは俺を振りほどいて立ち上がり、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。
「付き合う前から終わる時のことを心配するなんてどこまで臆病なんだ? 君がそんなことを心配するなんて意外だな」
「誰とも本気で付き合えないあんたに言われたくねえよ」
「へぇ! その子は本気なんだ?」
しまった、と口を噤む。押し黙る俺の横に森下さんは座り、顔を寄せてきた。
「認めちゃうんだ? その子が……好きだって」
最後は俺の耳に唇を押し当て囁いた。だからその言葉を言うなって言っただろ。森下さんを睨んだらキスされた。口移しで水が入ってくる。
「もうこんなこと出来るのも最後かな」
言いながら俺を押したおし、服を脱がせていく。
「どうして最後になんの」
「行き詰るほどその子が好きなんだろ。終わるのが怖いから認めたくないほど好きなんだろ。その子にはそれだけ本気なんだろ」
「わかんねえ」
「いまさらとぼけるなよ」
「たぶん、そうなのかなって気はするけど、あいつが男だからはっきり確信持てねえんだよ。あいつが女みたいな顔してるから間違ってそう思ってんのかもしんねえし」
「どっちにしろ気になるんだろ。好きなんだろ。物にしろよ……あぁ、もう物にされてたんだっけ」
「うるせえ」
ふっと笑って森下さんは俺の股間に顔を埋めた。膝を立てられ、後ろを弄られる。
「シャワー……」
「いいよ、このまま」
口が離れ、手で俺の先をクチュクチュと揉む。快感が走りぬけ体がブルブル震えた。
「こんなおいしい体、これが最後だなんて」
「最後にしなくてもいいだろ」
「誰かに夢中の男なんていらないよ」
「もう会わねえの?」
「そんな目で見るなよ。未練残っちゃうじゃないか。君が会いに来るのは拒まない。でも俺からはもう連絡しない」
誰とでも浮気する森下さんらしくない台詞だと思った。
「入れるよ」
森下さんの膝で腰を少し持ち上げられる。その中心に熱い塊。ぐっと押し広げられ、下腹部が圧迫される。
「今日もすごい締め付けだな。食いちぎられそう。ココ、鍛えてるの?」
「馬鹿なこと言うな。そんなわけねえだろ」
「あぁ、ほんとに嫉妬する。君を渡したくないよ。どうしてこんな生意気な子……、あぁ、もう!」
何かを振り払うように首を振り、森下さんは俺の腰を引き寄せた。深く繋がり、痛みのような感覚が背骨を引っかいた。
「俺は年上だからね、ここは潔く引き下がるよ。君は俺じゃなくあの子を好きになったんだしね」
いつになく激しくせわしない動作で腰を打ちつけてくる。俺の体がその度にずり上がり、また強い力で引き戻された。
「好きなら好きだと言えばいい。終わることを心配して何もしないと始まりもしないんだから。あのキスマーク、あれは本気の証だろ。君もそれにこたえればいい。それだけのことだよ」
「あっ! ん! ゆっくり! 森下さん……!」
「ゆっくりしてたら君を手放せなくなる。だから早く終わらせる。そのあと君を学校に送り届けてやる。そしてその1年の子に君は気持ちを伝えるんだよ、いいね!」
言葉に合わせて最も深い場所を突かれた。目に火花が散る。なんでそんなに乱暴なんだ。どうしてこれを最後にしようとするんだ。およそ森下さんらしくない。
「ん、あ、ああっ……!」
触られてもいないのに俺はイッてしまった。森下さんの腰の動きも小刻みになる。荒い息遣いが一瞬止まり、俺の中に勢い良く射精した。怒ったような表情で俺の中から出て行き、ティッシュで後始末をする。
「なに怒ってんだよ、あんた」
「ごめん」
森下さんは俯いた。大きな溜息。
「俺ね、自分でも意外なほど重夫のこと好きだったみたい。遊びじゃなくさ」
いや、だからそんな事言われても……。
「迷惑だって言いたいんだろ、わかってるよ。もう言わない。シャワー浴びといで。学校まで送ってあげる」
腕を持って引っ張り立たされ、浴室に押し込まれた。
学校行って、どうすんの、俺。
あいつに言うの? 好きだって? まさか!
「馬鹿馬鹿しい」
森下さんは俺を振りほどいて立ち上がり、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。
「付き合う前から終わる時のことを心配するなんてどこまで臆病なんだ? 君がそんなことを心配するなんて意外だな」
「誰とも本気で付き合えないあんたに言われたくねえよ」
「へぇ! その子は本気なんだ?」
しまった、と口を噤む。押し黙る俺の横に森下さんは座り、顔を寄せてきた。
「認めちゃうんだ? その子が……好きだって」
最後は俺の耳に唇を押し当て囁いた。だからその言葉を言うなって言っただろ。森下さんを睨んだらキスされた。口移しで水が入ってくる。
「もうこんなこと出来るのも最後かな」
言いながら俺を押したおし、服を脱がせていく。
「どうして最後になんの」
「行き詰るほどその子が好きなんだろ。終わるのが怖いから認めたくないほど好きなんだろ。その子にはそれだけ本気なんだろ」
「わかんねえ」
「いまさらとぼけるなよ」
「たぶん、そうなのかなって気はするけど、あいつが男だからはっきり確信持てねえんだよ。あいつが女みたいな顔してるから間違ってそう思ってんのかもしんねえし」
「どっちにしろ気になるんだろ。好きなんだろ。物にしろよ……あぁ、もう物にされてたんだっけ」
「うるせえ」
ふっと笑って森下さんは俺の股間に顔を埋めた。膝を立てられ、後ろを弄られる。
「シャワー……」
「いいよ、このまま」
口が離れ、手で俺の先をクチュクチュと揉む。快感が走りぬけ体がブルブル震えた。
「こんなおいしい体、これが最後だなんて」
「最後にしなくてもいいだろ」
「誰かに夢中の男なんていらないよ」
「もう会わねえの?」
「そんな目で見るなよ。未練残っちゃうじゃないか。君が会いに来るのは拒まない。でも俺からはもう連絡しない」
誰とでも浮気する森下さんらしくない台詞だと思った。
「入れるよ」
森下さんの膝で腰を少し持ち上げられる。その中心に熱い塊。ぐっと押し広げられ、下腹部が圧迫される。
「今日もすごい締め付けだな。食いちぎられそう。ココ、鍛えてるの?」
「馬鹿なこと言うな。そんなわけねえだろ」
「あぁ、ほんとに嫉妬する。君を渡したくないよ。どうしてこんな生意気な子……、あぁ、もう!」
何かを振り払うように首を振り、森下さんは俺の腰を引き寄せた。深く繋がり、痛みのような感覚が背骨を引っかいた。
「俺は年上だからね、ここは潔く引き下がるよ。君は俺じゃなくあの子を好きになったんだしね」
いつになく激しくせわしない動作で腰を打ちつけてくる。俺の体がその度にずり上がり、また強い力で引き戻された。
「好きなら好きだと言えばいい。終わることを心配して何もしないと始まりもしないんだから。あのキスマーク、あれは本気の証だろ。君もそれにこたえればいい。それだけのことだよ」
「あっ! ん! ゆっくり! 森下さん……!」
「ゆっくりしてたら君を手放せなくなる。だから早く終わらせる。そのあと君を学校に送り届けてやる。そしてその1年の子に君は気持ちを伝えるんだよ、いいね!」
言葉に合わせて最も深い場所を突かれた。目に火花が散る。なんでそんなに乱暴なんだ。どうしてこれを最後にしようとするんだ。およそ森下さんらしくない。
「ん、あ、ああっ……!」
触られてもいないのに俺はイッてしまった。森下さんの腰の動きも小刻みになる。荒い息遣いが一瞬止まり、俺の中に勢い良く射精した。怒ったような表情で俺の中から出て行き、ティッシュで後始末をする。
「なに怒ってんだよ、あんた」
「ごめん」
森下さんは俯いた。大きな溜息。
「俺ね、自分でも意外なほど重夫のこと好きだったみたい。遊びじゃなくさ」
いや、だからそんな事言われても……。
「迷惑だって言いたいんだろ、わかってるよ。もう言わない。シャワー浴びといで。学校まで送ってあげる」
腕を持って引っ張り立たされ、浴室に押し込まれた。
学校行って、どうすんの、俺。
あいつに言うの? 好きだって? まさか!