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ドッペルゲンガーくん おかわり(5/5)

2020.03.10.Tue.


 尾崎くんの指が俺の中で動く。指を抜いた尾崎くんは、その手でコンドームを取った。俺はそれを横取りしてゴミ箱に捨てた。

「今日はいらない、そのままがいい。生で尾崎くんを感じたいんだ」

 尾崎くんを抱き寄せながらベッドに倒れ込む。俺の耳元で「いいの?」と尾崎くんが囁く。俺の返事は「早く」。

 俺の中に尾崎くんが入ってくる。自分で足を抱え持ち、その進入を手伝った。押し広げられたソコ。弾力はあるが、芯を持って硬いものがズブズブ中に埋もれていく。入れられただけでイッちゃいそうになる。

「平気? 動くよ」

 少し擦れ気味の尾崎くんの声。すぐ目の前に切なげに目を伏せた尾崎くんがいる。セックスしてるときの尾崎くんは超かっこいい。俺のために汗をかいて一生懸命体を動かす。その姿を見るたび、俺は尾崎くんに惚れなおしてる。

 尾崎くんがゆっくり腰を動かした。中を擦られ、そこから快感の熱が全身に広がる。

「ふ…っ…あ……あぁ……もっと、尾崎く……」
「もっと? 気持ち良くしてほしいの?」
「うん、ほし……い、もっと、動いて……」

 まだ尾崎くんの大きさに慣れたわけじゃないけど、今日はめちゃくちゃにして欲しい気分でせがんだ。ローションでたっぷり中を濡らしてもらったし、多少きつくても大丈夫なはず。

 いくよ、と前置きして尾崎くんは腰を動かした。最初は徐行みたいなスピードだったけど、だんだん勢いに乗って速くなる。抜き差しされる肉の摩擦につられ、ローションもグチャグチャと音を立てる。なんかすっげーやらしい音。

「んあぁっ、んっ……そこ、きた……」
「ここだね」

 含み笑いで尾崎くんが言う。本腰入れて突きあげてくるものが、やたらめったら俺の前立腺を押して擦って刺激する。ビリビリと火花が散るような快感の稲妻が俺の体を走りぬける。こうなったらもう尾崎くんのペースだ。

「あぁっ…はぁっ…あんっ…や…そこ、いいっ……尾崎く…んっ…そこ、もっ…してっ……もっと…あぁんっ…んっ……ぁあっ」

 俺はただ、快楽を貪るだけの淫乱な生き物になりはてる。意識がぶっ飛ぶほどの快感に怯えながら、もっと欲しいとおねだりして尾崎くんを締め付ける。

 尾崎くんもそれに応えるように腰を振る。パンパンと肉のぶつかる音がする。ローションと精液と汗とで、音が少し湿ってる。

「もぅ…あ…っ…はぁ、あん…い、い……あぁん…んんっ…おざき…く、ん…気持ち、いいっ…やっ…あっ…あぁっ…」
「ここ、自分で触って」

 尾崎くんに手をつかまれ、導かれた先は俺の胸の上、指先に当たる小さい突起。

「そこ、触られるの好きだろ? 自分でいじってごらんよ」

 俺の腕から手をはなすと、尾崎くんはさらに激しく腰を動かした。息もつまるほどの深い挿入。ぎりぎり先っぽだけ残して外に出る、その直後ズドンと俺の直腸をえぐるように突きあげる。冷静でいられるわけないんだ。

 言われた通り俺は自分の乳首を弄った。ぷくりと立ち上がったそれを指の先で弾いたり摘んだりする。それを尾崎くんに見られてると思うと余計に興奮する。

「すごくやらしい顔してるよ……自分でわかってる?」
「わかん…な…っい…んあぁっ…あんっ、あっ、あ、んんっ」

 もうなにがなんだかわからない。俺の顔? そんなの知らないよ。尾崎くんのほうこそ、イクの我慢してるみたいな、すっごいエロい表情してる。それ見たら切ない感じになって、俺の尻に力がこもる。股間のものが痛いくらい張れ上がって、先っぽがジンジン熱く熟れる。

「君がそんなだから、僕も理性を失ってしまうんだ」

 言葉のリズムに合わせて尾崎くんが俺を責め立てる。頭の中は霧がかかったみたいに、真っ白になっていく。

「あふっ…っ…んんっ…もうやっ…だめ、イッちゃう…俺、イク…おざきく…いっしょに…イッて…あはっ…あ、んっ、イッて…いっしょにイッ…っ…!」

 俺がイクのとほぼ同時に、俺の中の尾崎くんがぐっと力を入れたのがわかった。俺の中に尾崎くんの精液がドクドクと注ぎ込まれる。生でないと味わえないこの感覚。あとが面倒だとか関係ない。尾崎くんのものを体で受け止める、それがたまらなく嬉しい。

 最高……俺たち、相性ばっちりじゃん。

 今度は俺が腕枕をして、ベッドの上に寝転がっていた。尾崎くんは満たされたような、少し眠たそうな顔をしている。可愛くて抱きしめる。すっぽり俺の腕に収まる体。二度と離したくない。誰にも渡したくない。

「そういえば、優菜となにをあんなに楽しそうに話してたんだよ。二人で笑ってたじゃん、俺ちょっと嫉妬しちゃったんだけど」

 いま思い出しても、相手が優菜だってわかってても嫉妬する。

「ああ、あれ? 君の癖について話してたんだ」
「俺の癖?」
「君は嘘をつくとき声が裏返るんだ。覚えてないか? 初めて君が僕に声をかけてきたとき、あのときも声が裏返ってた。わかりやすい癖なのに本人は気付いてない。だから簡単に嘘を見抜けるって話してたんだ」

 そんな癖、あったなんて知らなかった。どうりで優菜が俺の嘘を見破るのうまいわけだよ。

「僕たちが仲直りできたのは優菜のおかげだ。お礼言っておいて。ついでに僕も少し言いすぎたと謝っておいてくれ」

 ん? いま、優菜って呼んだ?

「ちょっと待てよおい。どうして尾崎くんが優菜って呼ぶんだよ。こないだ会ったばっかなのに、しかも喧嘩してたくせにおかしいじゃん」
「やきもちか? だったら僕は来栖さんって呼ぶよ」
「違うよ! 俺のことも壮也って下の名前で呼べっつってんの!」

 いまだに俺のことは「あんた」とか「今田」って呼ぶくせに! 喧嘩したことで優菜と友情深めたのか? だからって俺より親しく呼び合うなよな!

「わかったわかった、だったら君も僕を悟って呼べよ」
「当たり前だっつーの! 言われなくても悟って呼ぶっつーの!」

 膨れっ面をする俺に、尾崎くんが苦笑する。

 喧嘩して俺たちはさらに仲良くなった、気がする。雨降って地固まるってやつだな。ついでに綺麗な虹も出てたらいいな。




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ドッペルゲンガーくん おかわり(4/5)

2020.03.09.Mon.


 俺が到着したとき、塾から、授業を終えた生徒がまばらに出てくるところだった。尾崎くんはいつも早めに出てくるから、もう駅に向かって歩いているだろう。走って追いかければ間に合う! 俺は急いで尾崎くんを探した。

 いつかの雨の夜、俺が雨宿りをしたビルの前で、尾崎くんを見つけた。

 尾崎くん!

 叫ぼうとした開いた口から声は出なかった。大口開けたまま、俺の目は、尾崎くんの横を並んで歩く女の子に釘付けになった。ショートカット、ミニスカート、黒のブーツ、顔はみえないけど可愛い感じ。

 誰だあれ。いままで女の子と並んでる尾崎くんなんか見たことない。しかも話が弾んでいる様子で、女の子がなにかいえば尾崎くんもなにかいい返す。女の子が笑えば尾崎くんも笑う。

 モテないなんていってたくせに、ずいぶんその子とは打ちとけてるじゃないか。自分で優しくないなんて言っておきながら、実は女の子には優しいんじゃないか。どうして俺以外のやつに笑いかけるんだよ。尾崎くんの笑顔は俺だけのものだろ!

 なんだろ、すっげーむかつく。尾崎くんが女の子と話してるだけなのに、いっしょに帰ってるだけなのに、すっげーむかつく。尾崎くんの横は俺の場所なんだ。他の誰にも譲ってやるかよ!

 いまなら尾崎くんが優菜に嫉妬した気持ちがよくわかる。俺も自分の知らないところで女の子と会ってほしくない。俺たちのことを、他の誰かに話してほしくない。言いたいことがあるなら直接俺に言ってほしい。

 やっぱり俺って馬鹿だ。自分がその立場にならないとわかんないなんて。尾崎くんが愛想つかすのも無理ないよな。

 二人は俺に気付かないほど会話に夢中で、駅前に来ても立ち止まって話しこんでいた。俺は少し離れたところの電柱に隠れてそれを盗み見る。

 女の子がなにか言って尾崎くんの腕を触った。あの女……! 馴れ馴れしいにもほどがあるぞ! 尾崎くんも頭掻いて笑ってんじゃないよ、デレデレすんなよ。女の子が異性の体を触るのは相手に気があるからだと雑誌で読んだ。あのアマ、尾崎くん狙いか。俺の尾崎くんを口説くつもりか! もう許せん、これ以上黙って見てられるか!

 電柱の影から出ると、俺はツカツカ二人に歩み寄った。

「尾崎くん!」

 がしっと肩を掴んだ。驚いて振り返った尾崎くんは、俺を見てさらに驚いていた。大きく見開いた目で俺を見あげている。

「話、あるんだけど」

 トゲトゲしい口調。つい喧嘩腰になってしまった。知らない人が見たら、俺が尾崎くんに絡んでいるように見えるんだろうけど、いまはそんなこと気にしてる時じゃない。

「悪いけど、君は一人で帰ってくれるかな」

 と、尾崎くんの隣の女を一瞥する。視線を尾崎くんに戻して――俺はもう一度隣の女を見た。

「え?」

 二度見三度見してやっと「優菜……?」それが誰か気付いた。

「なんて恐い顔してんの、それが仲直りにしきた奴の顔か?」

 優菜はショートの髪を揺らしながら笑った。

「髪……髪が……」

 今日学校で会ったときはいつも通り長かったはずだ。どうして毎日手入れを怠らない自慢の髪を……!

「けじめなんだってさ」

 尾崎くんが答えた。

「けじめ?」
「君の信頼を裏切って、言ってはいけないことを言った。頭に血がのぼっていて、あることないこと口走った。そのせいで僕たちが喧嘩してしまったから、その責任をとって、髪を切ったんだそうだ」
「優菜、そんなこと」

 優菜は短くなった髪をかきあげて、小さく肩をすくめた。

「もとはといえば、あたしが尾崎に会わせろって無理言ったのがいけないんだし。相談されたことを本人に言っちゃいけないのに、壮也はあたしを信用して相談してくれたのに、あたしはそれを裏切ってあんな真似しちゃったからさ。どうしても二人には仲直りしてもらいたかったんだ。別に髪くらい……また伸ばせばいいだけの話だって」

 と俺の肩を叩く。俺は驚きと戸惑いと感動とで、わけがわからなくなっていた。

「彼女から全部聞いた。僕たちは一度、きちんと話し合ったほうが良さそうだね」

 尾崎くんが言うと優菜が「そうそう、それがいい」と頷く。

「じゃ、自分のけじめはつけたし、あたしは帰るね。あとは壮也、自力でキバんな」

 片目をつぶって優菜が来た道を引き返す。俺のためにわざわざ来てくれた。しかも大事な髪まで切って。髪は女の命なんだろ、俺のためにそこまでしてくれなくていいのに。優菜は俺より格好よくて男らしい。

「優菜、ありがとう!」

 背中に叫ぶ。前を向いたまま優菜が手を振る。感動している俺の肩に、尾崎くんが手を乗せた。

「僕たちも行こう」

 どこに? 問うだけ野暮というものだ。

 ~ ~ ~

 いつものホテルにチェックイン。服を着たまま俺たちはベッドに寝転がってお互いを抱きしめ合った。

 俺は尾崎くんの腕枕の上で、心を込めて「ごめんなさい」と謝った。

「俺はエッチしたくないんじゃなくて、久し振りに会ったときは話もしたいんだ。いつも会話は後回しで、時間がないからってのもわかるんだけど、もう少し、お互いのこと話し合える時間が欲しい。それに尾崎くんが塾休むのもいやだ。俺のせいで成績下げてほしくないし、お金も無駄使いして欲しくない。これが、俺が尾崎くんに言いたかったこと」
「わかった」

 よく話せた、という風に尾崎くんが俺の頭を撫でる。

「次からちゃんと僕に話してくれ、他の誰かから聞きたくないよ」

 いつもの優しい声で言う。

 許してもらえた嬉しさと、改めて尾崎くんに悪いことをしてすまないという気持ちとで、俺は鼻をグズグズ鳴らしながら頷いた。

「うん、ごめん。俺、無神経で馬鹿で鈍感で情けなくて最低の彼氏でごめん。俺も気をつけるから、尾崎くんも俺の悪いとこみつけたらすぐ言って、なおすから俺」
「わかった、君も僕の悪いとこ見つけたら教えてくれ、できるだけなおす努力はするから」

 言い回しが尾崎くんらしい。

 耳にぴたりとつけた尾崎くんの胸から、トクントクンと心臓の音が聞こえてくる。そのかすかな音すら愛おしい。

 俺は少し頭を持ち上げて尾崎くんを見た。穏やかな微笑を浮かべ、目を閉じている。とても幸せそうな顔。それを見て俺も幸福に包まれる。だけどそれだけじゃ物足りない。

「尾崎くん……今日は、しないの?」

 こんな場面なのに、浅ましく訊ねる俺。尾崎くんの目がゆっくり開く。

「今日はしない。しなくても満たされてるし、僕も反省した。初めて出来た恋人だから、つい夢中になって、君の体のことも気持ちのことも、なにも考えずにひとりよがりだった。君の元カノに言われて目がさめたよ。お互い思いやってこそ恋人同士なのに、ごめん」

 俺の頭を抱き寄せて額にキスしてくれる。それだけで俺の体は爪先まで痺れたようになる。

 俺は飛び起きると尾崎くんの上に跨った。

「したい。しよう。俺が我慢できない」

 戸惑う笑みを浮かべる尾崎くんの口に、俺は自分の唇を押し付けた。

 

ドッペルゲンガーくん おかわり(3/5)

2020.03.08.Sun.


「使って」

 優菜の掌にハンカチが乗っかっていた。俺にそれをどうしろってんだろ。ぼうっとした頭で考え、あ、俺鼻血出したんだったと思い出し、受け取った。

 優菜と初めて会った日のことを思い出した。高校入ってすぐ、ガラの悪い同級生に絡まれた俺を優菜が救ってくれた。すごく恐くて強い優菜にビビッたけれど、俺が怪我してるの見て絆創膏を差し出してくれた優菜の女らしさが意外でそのギャップに惹かれた。

 俺ってギャップ萌えなのかも。別におかしくないのに、俺の口からハハ、と乾いた笑い声が出た。

「ごめん、あたし、頭に血がのぼって……。ヤケになるなよ」

 優菜が髪をかきあげかきむしる。苛々してるときの癖。

「優菜が謝ることじゃねーよ、全部俺が悪いんだ。俺と尾崎くんの問題なのに、優菜に相談した俺が馬鹿なんだよ。こういうことは尾崎くんと話し合わなきゃ意味ないのにさぁ。そりゃ尾崎くん怒るよね。俺のこと信用できないよね。なんか今日は自分の馬鹿さ加減が心底嫌んなった。もう死にてーもん」
「死ぬなって。ヤケになんなって。あたしが悪かったって言ってんじゃん」

 駐車場の縁石から腰をあげて優菜が俺の前に立つ。優菜にも迷惑かけちゃったな。尾崎くん、けっこうひどいこと言ってたし。

「ごめんな、優菜。尾崎くんにかわって俺が謝る。ほんとは尾崎くん、優しくていい奴なんだ、だから怒んないでよ。俺はほんとに、二人が仲良くなれると思ったから紹介したんだけどなぁ」
「どうすんの、これから。あいつ、真っ青な顔で走ってっちゃったけど」

 その時の尾崎くんの顔を思い出したらまた胸が苦しくなった。泣きそうだ。

「とりあえずメールして、電話して、会いにいって謝る」
「許してくれるかなぁ。あいつ、相当頭固そうだったよ? 会ってくれるかどうかもわかんないんじゃない?」
「仕方ないよ、許してもらえるまで謝るしかない」

 よっ、と俺も立ち上がった。鼻血も止まったみたいだ。出口に向かって歩き出す。

「帰んの? 単車で送ろうか?」
「いーよ、歩いて帰る。尾崎くんに電話したいしさ」
「なんかほんとごめん」
「気にすんな、俺のせいだ」

 優菜は責任感じてか、暗い表情で俯いた。

 優菜と別れてすぐ尾崎くんに電話した。留守電に繋がる。謝罪のメールを送り、また電話したが結果は同じ。

 尾崎くんを怒らせただけじゃなく、傷つけてしまった。やっぱり会わせるんじゃなかったと果てしなく後悔する。

 家に戻ってからまた電話。無視。一時間ごとに電話したけど全部無視。たくさん出したメールの返信も一通もない。

 直接会いに行きたいけど、俺は尾崎くんの家を知らない。中学がいっしょだった太田に訊いてみたけど家に行ったことはないから知らないって返事。喧嘩したのかって、逆に聞かれて、相談したくなるのを堪えて何でもないって電話を切った。これは俺と尾崎くんの問題、だから自力で解決するんだ。

 明日の月曜、塾の日だから、また駅前で待ち伏せしよう。尾崎くん、来てくれればいいけど。明日の夜まで、長くなりそうだ。

 ~ ~ ~

 なんの連絡もないまま朝がきて、俺は学校に行った。優菜がまたごめんって謝ってきた。駅前で待ち伏せして話し合う計画を話したら、うまくいくといいな、頑張れよと励ましてもらった。俺頑張る。

 放課後になり、俺は急いで駅に向かった。尾崎くんの塾は六時から。家で時間潰してもきっと落ち着かないから駅で待つ。待ってると、付き合う前のことを思い出す。

 太田から伝授された「ドッペルゲンガー作戦」、それを実行する初日、尾崎くんに初めて話しかける第一声、あれはほんとに緊張した。俺の芝居が見破られたらどうしようかと、すごく不安だった。

 何回か人違いの振りをして尾崎くんに話しかけていたら俺はますます尾崎くんを好きになっていった。太田から言われるまま、文ちゃんという架空の人と付き合えることになったと話したら、もうこれで顔を見なくて済むから清々すると言われて傷付いたけど、それも作戦のうちだという太田の言葉を信じて、一週間後、また会いにいった。

 結果として太田の言う通り、俺たちは付き合えることになったけど、あれでうまくいかなかったら俺、どうしてただろう。

 俺ってばあの時も他人に頼ってたんだよなぁ。自分のことなのに、太田の言いなりになって、これって責任転嫁ってやつだよなぁ。情けないなぁ俺。だからこんなことになったんだ。俺のせい、バチが当たったんだな、きっと。

 今日会えたら尾崎くんに謝って、ちゃんと話し合おう。優菜の言ったこと、なにがほんとでなにが嘘か、ちゃんと説明しよう。

 待ち遠しかった午後六時。近づいてくるにつれ俺の心臓がバクバク鳴り出す。恐い。会いたかったのに、尾崎くんに会うのが恐くなってきた。許してくれるかな。このまま別れることになったらどうしよう。不安でたまらない。

 駅から人がおりてくる。その中に、下を向いて歩く尾崎くんがいた。俯いてるせいか、顔に影がおちて表情が暗く見える。

 尾崎くんがまっすぐこっちに歩いてくる。塾のときいつも持ってる鞄を肩からさげて、ダルそうな歩き方でやってくる。機嫌が悪いのはすぐわかった。

「尾崎くん」

 びくびくしながら声をかける。それで初めて俺に気付いたみたいで、ハッと弾かれたように顔をあげた。俺を見たとたん眉間に縦皺を刻み、口を真一文字に結んで睨んでくる。そんなふうに見られたことないから、俺はビビりまくる。

「あのさ、ごめんね、俺……メール送ったんだけど、読んでくれた?」
「なにしにきた」

 低い声、冷ややかな眼差し、ものすごい威圧感。ますます萎縮する俺。

「あ、謝りたくて、ちゃんと話し合いたくて」
「馬鹿の一つ覚えか」

 尾崎くんが冷笑する。様になってるから恐い。

「あんたはなんでもかんでもすぐ謝るよな。謝っておけばいいと思ってるんだろう。場を収めるために謝るだけで、反省も後悔も学習もしなんだ。あんたの言葉は軽すぎる。実感がこもってない。本当は悪いと思ってないんだろ? 自分が悪者のまま終わるのが嫌だから自分のために僕に謝りに来たんだろ? ふざけるなよ、ぜったい許してやるもんか。あんたから受けたこの仕打ちはぜったい忘れない、ぜったい許さない」

 言うと尾崎くんは俺の前を通り過ぎて行った。俺はなにも言い返せなかった。尾崎くんの言うとおりだと思ったからだ。

 俺はなにかあるとすぐ謝ってきた。怒られるのがいやだから、嫌われるのがいやだから、相手に悪く思われるのがいやだから。謝ればすべて収まると思っていた。俺ってなんてズルくて卑怯なんだろう。

 遠ざかる尾崎くんの背中。それを見ていたら目の表面が乾いたみたいにジンと熱くなって、涙が出てきた。

 俺をおいてかないでくれよ。尾崎くんに捨てられたらどうしていいかわかんないよ。

「尾崎くん、俺」
「もう二度と僕の前に現れるな」

 ピシャリと言い放ち、尾崎くんは塾の中に入っていった。まるで俺との関係を断ち切るみたいに、乱暴に扉を閉める。

 俺は心臓の上のあたりをわし掴んだ。胸が痛くて苦しくて涙が零れる。こんなとこで泣いたら恥ずかしいぞ俺。だけどもう止まらない。拭いても拭いても涙が出てくる。

 ビルとビルの狭い隙間に入って俺は泣いた。こんなにツラいなら死ぬしかない。嫌われたまま生きていくなんて俺にはできない。

 どうやって死ぬ? ビルから飛び降りる? 後片付けする人が大変そうだし、電車に飛び込むのもたくさんの人に迷惑をかけるし、首吊りは死に様が恐ろしいらしいし、薬はすごく苦しいらしいし、水死と焼死なんてありえないし、簡単に、苦しまず、人に迷惑かけない方法ってなんだ?

 その時、俺の携帯電話が鳴った。もしかして尾崎くん? 涙も止まって電話に出る。

『あたしだけど』

 優菜だった。体中の力が抜けるほどの落胆。

「なんだ、優菜か」
『その声の調子じゃ、うまくいかなかったっぽいね』
「もーいいんだ、俺、死ぬから」
『だからヤケになるなって。とりあえず今日は帰って寝な。昨日ろくに寝てないんでしょ? だから悪い方向に考えちゃうんだよ。一晩寝てすっきりすれば元気も出るって。そしたらまた尾崎に会いに行けばいいじゃん。その頃にはあいつも冷静になってるよ。そうだよ、二人ともまだ冷静じゃないから駄目なんだよ、こういうのはちょっと時間置いたほうがいいんだって。あたしを信じなって』

 優菜の明るい声を聞いてると、そうなのかなーて気がしてくる。俺って単純だ。そりゃ死ぬより尾崎くんと仲直りできるほうがいいに決まってるし。

「じゃあ、そうしてみる。今日は帰って寝る。んでまた会いに行く」
『そうそう、それでこそ男の子だ』

 うん、俺、男の子だからめげない。

 家に帰った俺は速攻でベッドにダイブ。なにも考えないで、頭を空っぽにして目を閉じる。寝られるかなーと心配だったけど、意外に早く意識がなくなった。

 ~ ~ ~

 次に目が覚めたとき、部屋のなかは真っ暗だった。何時だと腕時計を見る。午後九時過ぎ。あ、尾崎くんの塾が終わる時間だ、と思ったら一気に目が覚めた。

 優菜の言う通り、少しでも眠ったおかげか、さっきまでの死にたいほどの悲壮感は薄れていた。ちょっと寝ただけでいい気分転換になったみたいだ。かわりに勇気がわいてくる。なんだか全てうまくいきそうな予感さえしている。

 いまから急げば尾崎くんの帰りに間に合うかもしれない。次こそちゃんと話し合おう。このまま別れるなんてぜったいいやだと伝えよう。我侭になってもいいから、やりなおしてもらえるように頼んでみよう!

 胸に希望が灯る。俄然わいてくるやる気と勇気。俺ははりきって家を飛び出た。




ドッペルゲンガーくん おかわり(2/5)

2020.03.07.Sat.
<前話>

「なんか、いろいろ、むかつくんだけど」

 優菜の話をしたら、尾崎くんは笑った顔のまま青筋を立てた。これは初めて見る表情だな。ちょっと恐いよ尾崎くん。

「まず第一に、いまだに元カノと連絡とりあって尚且つ会ってるってのが気にいらない。第二に、僕の許可なく、僕とのことを他人にペラペラ話してほしくない。君はどうか知らないけど、僕はプライベートなことを誰彼構わず話したりしないんだ。そして第三、僕の意思を無視して勝手に紹介する約束なんかしないで欲しい。君の元カノなんかに会ったって時間の無駄だ、そんな時間があるなら二人きりでいたいよ僕は、君はどうか知らないけど!」

 最後は感情を爆発させて大きな声を出した。普段取り乱さない尾崎くんが珍しい。

「俺だって二人きりのほうがいいけど、たまには誰かいたっていいんじゃないかなぁ」
「それが君の元カノ?」

 尾崎くんはフンと鼻を鳴らした。そして肩をすくめて「意味がわからない」と首を振る。

 確かに俺も無神経なところがあったけど、優菜と会うことまで気に入らないなんて言われるとは思わなかった。あいつとは別れたあとも気の合う友達として付き合いを続けてきたし、これからも続けていきたいと思っているのに。

「優菜はいい奴だよ。尾崎くんも会えばわかるって。きっと気が合って楽しくなるよ」
「僕はごめんだ。どうして会わなきゃいけない。どうしてそんな話になった?」
「え、えと……」

 最近エッチばかりで疲れ気味だと優菜に相談したとは言えない。ついさっき、そこのベッドで尾崎くんとセックスしてあられもない痴態をさらした俺がそんなこと言えるわけない。説得力ねーし。

「新しい恋人が出来たら紹介しようって、前から約束してて」

 緊張したら声が裏返ってしまった。尾崎くんに嘘をつくのは心苦しいけれど、正直に言えばきっと激怒する。だからぜったい言えねー。

「ふん、それで、馬鹿正直に男の恋人が出来たってその女に話したのか。なんでも話すんだな君は。口止めしないとあちこちで言いふらされそうで恐いよ。元カノ以外で、あと誰に話したんだ? 親? 兄弟? 学校の友達? さっき外ですれ違ったおじさん? 少しは常識的にものを考えてくれ。僕の気持ちはまったく無視か? ひどいじゃないか」

 尾崎くんはソファから立ち上がると、ハンガーにかけていたコートを羽織った。尾崎くんがこんなに怒るなんて初めてだ。俺が悪いんだけど、なにもそこまで言わなくてもいいじゃないか。

「優菜以外、誰にも言ってないよ」

 小さな声で尾崎くんに伝える。顔だけこちらに向けた尾崎くんは「当然」と吐き捨てる。

「帰んの?」
「もう時間だ。あんたも早く帰る仕度しろよ」

 久し振りにあんたなんて呼ばれた。付き合う前は何度も呼ばれたけれど、親しくなってから聞くと、すごく距離を感じる言葉だな。それだけ尾崎くんが怒ってるってことだ。

 のろのろ帰り仕度をする俺を、尾崎くんはちゃんと待っててくれた。顔は恐くて目つきは冷たいけど、俺を放っていかないんだ、やっぱり優しい。

 ホテルを出て駅に向かって歩く。尾崎くんが黙ってるから俺も静かに隣を歩く。しばらくして尾崎くんが大きな溜息をついた。

「どうして僕がいままで誰とも付き合わなかったと思う? モテないからだよ」

 自虐的な口調だった。見ると口元をゆがめて笑っている。

「そんなことないよ、尾崎くん、かっこいいし」
「君の元カノに会って、品定めされるんだろう? 背の高さとか、顔の良しあしとか、性格は明るいか暗いか、ノリはいいか悪いか。僕は無駄にプライドが高いんだ。他人に否定されるのは耐えられない。見定める視線にさらされるとわかっていて、親しくもない人に会いにいきたくない」

 尾崎くんはツラそうに目を伏せた。俺は尾崎くんの全部が好きだけど、尾崎くんは自分の容姿に自信がないみたいだ。確かに身長は俺のほうが高いけど、尾崎くんだって平均はあるし、気にしてないと思ってた。そんなコンプレックスを持ってたなんて驚きだ。

 嫌な思いをさせてまで優菜に紹介しなきゃいけないわけじゃない。会わせるってことになったのも優菜の思いつき、話の流れでそうなっただけだ。あとで優菜に文句言われても謝ればいいんだし、俺は尾崎くんが一番大事だし。

「ごめん、俺、なんも考えてなかったからさ。優菜には断るよ」
「もういいよ」

 目をあげた尾崎くんは、ふて腐れたように言った。

「約束してきたんだろ、会ってやる。ただし今回限りにしてくれよ、こんなくだらないことで君と喧嘩したくない」
「うん……ごめん」

 申し訳ない気持ちで一杯だった。軽々しく会わせると約束してきたことをとても後悔した。

 ~ ~ ~

 駅の近くにあるファミレス、そこで優菜が待っている。せっかくの休みなのに、と尾崎くんは機嫌が悪い。早く終わらせてデートしようとなだめすかしてファミレスまで連れてきた。

 店に入って右手、窓際の奥で優菜が手を振っていた。店員の案内を断り、優菜が待つテーブルへと行く。優菜はにやついた顔で、俺の尾崎くんを上から下まで舐めるように見た。そんなに無遠慮に見るなよ、失礼なことするなって言っておいたのに、もう。

 尾崎くんは優菜から顔を背けて窓の外を見てる。店に入る前より眉間の皺が深くなってる。

「へぇ……、これがオザキくん」

 優菜がぽつりと言った。尾崎くんの目元が神経質にぴくと動く。

「あ、えーと、こいつ、優菜。俺の前の彼女。で、こっちが尾崎くん、俺の恋人」
「どうも」

 ずっと窓の外を見たまま、地の底から響くような低い声で尾崎くんは言った。優菜の目が挑発的な輝きを増す。

「さーさー、座って座って尾崎くん」

 先に座席について尾崎くんの腕を引っ張った。頑なに優菜から顔を背けたまま尾崎くんも隣に座る。

 やってきた店員に、とりあえずドリンクバーを注文し、飲み物確保。尾崎くんはつまらなそうな顔でウーロン茶をすする。テーブルに腕を載せた優菜は、少し前傾姿勢になってそんな尾崎くんを見ている。さっきより目つきが好戦的だ。

「なんかさぁ」

 沈黙を破って優菜が口を開く。

「思ってたより地味だよねぇ、尾崎くんって。壮也と付き合ってるなんて信じらんないんだけど」

 あきらかに挑発するような言い方だった。俺が優菜を注意する前に、尾崎くんが言い返した。

「そういう君はずいぶん派手だね。厚化粧でケバいし、つけてる香水も匂いがきつくて下品だし。年上に見られたいのか? ニ十代後半に見えるよ。今田と付き合ってるころは姉と弟に見られたんじゃないか? まさか親子ってことはないだろうけど」

 口元に手を当て、尾崎くんはクックと笑った。意地の悪い笑い方。優菜の目が吊りあがっていく。

「ちょ、ちょっとふたりとも、そういうのは」
「はぁ? なに言ってんだよ、おまえみたいなダセェ奴に言われたくないんだけど? おまえなんか、壮也と並んで歩いてたって恋人に見られもしねえくせに」

 俺の声は優菜の声にかき消されてしまった。やめろよ、尾崎くんにそんなこと言うなよ。尾崎くんも尾崎くんだ、いつも冷静なのに、優菜の挑発に簡単に乗るなよ。優菜を怒らせちゃ駄目なんだってば。

「女のくせになんて口が汚いんだ。本当に今田の彼女だったのか? 付き合ってるつもりでいただけの迷惑女だったんじゃないか?」
「はぁ? 女のくせにとかってなに? いつの時代の人? ばっかじゃないの、男のくせに性格こまけー、器ちっせー。こんなのと付き合ってたら苦労するよ壮也」

 優菜がちらとこっちを見たので、やっと俺も喋れると思ったが、尾崎くんのほうが早かった。

「おまえには関係ないことだ。俺とこいつのことに口出しするな。出歯亀根性か? 見た目だけじゃなく性格も下品だな。卑しさが全身から滲み出ている。それを隠すための厚化粧か? あぁ、なるほどね! だったらもっと塗りたくったほうがいい、もういっそのこと真っ黒に塗りつぶしてしま――ッ」

 尾崎くんは最後まで言いきることが出来なかった。優菜がコップをひっつかみ、中に入っていた氷ごと、尾崎くんにぶっかけたからだ。目を瞑った尾崎くんの頭から、ぼたぼたとメロンソーダと氷が零れ落ちる。

 優菜の突然の暴挙に、俺は大口あけて絶句していた。なんてことするんだよ……!

「ギャハハハハハハッ! 一回やってみたかったんだよねぇ、これ! おもしれぇ!」

 コップをテーブルに叩きつけて優菜が大声で笑う。うっすら目を開けた尾崎くんは、目にも止まらぬ早業で、自分のウーロン茶を優菜にぶっかけた。尾崎くんと同じように、優菜の頭からウーロン茶が滴り落ちる。

 あぁ、尾崎くんまでなんてことするんだ!

「てめぇ、上等じゃねえか……表出ろ!」

 キレた優菜が叫ぶ。駄目だ、止めないと駄目だ。

「や、やめろよ二人とも」

 隣の尾崎くんの腕を掴んだけれど、それを振り払って二人は店の外に行ってしまった。まわりの客が冷たい目で俺を見ている。思いきり目立ってるし。恥ずかしいし。

 俺も二人のあとを追いかけた。レジで千円払って「すみません、おつりいいです」とそそくさ店を出た。

 二人は駐車場で向き合っていた。優菜はやる気マンマンの戦闘モード、尾崎くんも完全にキレてるのか、目が据わってる。

「喧嘩なんかするなよぉ、優菜も冷静になれって、尾崎くんも女の子相手に本気じゃないだろ? 頼むよふたりともぉ」

 俺の情けない声はふたりの耳には届いてないみたいだ。こっちを見もしない。

「おまえ、あたしが誰かわかって喧嘩売ってんのか? 命知らずの暴走天使、極悪蝶の特攻隊長、来栖優菜とはあたしのことだ馬鹿野郎!」

 優菜が啖呵を切ると、尾崎くんはプッと吹き出した。だめだめ、そういう態度、優菜が一番むかつくんだから! 優菜はレディースである自分に誇りを持ってる。それを馬鹿にされたら一番頭にくるんだ。尾崎くんに前もって言っとくんだった。

「極悪蝶? 暴走族か?」

 尾崎くんは口の端を持ち上げた。

「どうりで無神経なわけだ。おまえらは人の迷惑なんかかえりみないで、法律無視して暴走行為をする迷惑集団だろ。そんなおまえが人並みの神経なんか持ってるはずないものな。だからそんな恥ずかしい化粧で堂々と表歩けるんだろ」
「てめぇ、女だからって舐めてんのか!」

 優菜が尾崎くんに殴りかかる。平手なんかじゃない、グーだ、グー。尾崎くんの顔に狙いを定めて拳を振りかざす。俺は咄嗟にふたりの間に入り、次の瞬間、優菜の鉄拳を顔面で受けていた。脳が揺さぶられ、視界も揺れる。久し振りの優菜のパンチ。前より威力、増してんじゃん。もう喧嘩やめろよ。

 崩れ落ちる俺を尾崎くんが抱きとめた。

「大丈夫か」

 驚いた顔で俺を見ている。鼻が痛い、鼻……手で触ったら血がついた。鼻血出してるよ俺。かっこ悪ぃ。尾崎くんに見られちゃったよ、もう、最悪。

「おい、てめぇ、尾崎! 壮也盾にしてんじゃねえよ卑怯者! おまえは壮也にふさわしくねえ、壮也も迷惑がってんだ、いますぐ別れろくそ野郎!」
「ちょ、優菜、なに言ってんだよ」

 慌てて体を起こす。俺は迷惑がってなんかない。別れろなんて縁起でもないこと言うな。ほんとに別れちゃったらどうしてくれんだよ。

「迷惑って、どういうことだ?」

 真後ろで響く尾崎くんの低い声。ものすごい恐い顔で優菜を睨みつけている。俺は優菜に向きなおって首を振った。言うな、なにも言うな。

「壮也はなぁ、おまえと寝たら疲れるからもうしたくねえって言ってんだよ。おまえ、しつこがられてんだよ。嫌われてんだよ。気付けよばぁか!」

 唾を飛ばしながら吐き捨てる。頭が煮えたぎる優菜に俺の願いは届かなかった。それに事実じゃないことも言ってるし!

「ち、違うよ、違う、尾崎くん、あの」

 振り返って見た尾崎くんの顔は、すっかり色を失って真っ白になっていた。人間って、本当にショックなことがあると本当に顔面蒼白になるんだな。優菜の言葉を信じた尾崎くんは俺の声も聞こえてない様子で茫然自失。

「会えばすぐホテル連れ込んでんだろ。おまえの頭ん中それしかねえのかよ。壮也を都合よく扱いやがって、おまえのほうこそ最低のゲス野郎だ!」

 優菜が追い討ちをかける。やめろ、もう黙ってくれ。

 俺の声は聞こえないのに、優菜の声はちゃんと聞こえてるみたいだった。尾崎くんの黒目が動いて俺を見た。

「そんなことまで話したのか……」

 絶望感漂う弱々しい声。もう死ぬ寸前みたいな。このときになって初めて、俺は尾崎くんがいっていた言葉の、本当の意味を理解した。二人の問題なのに、しかも性生活って一番プライベートなことを他人に話しちゃいけなかったんだ。尾崎くんが怒るのも当然だ。なのにどうして俺、むりやり優菜に会わせちゃったんだろう。尾崎くんはあんなに嫌がっていたのに。

「ご、ごめん、尾崎くん」

 尾崎くんの顔が泣きそうに歪んだ。俯いて手を握りしめる。

「おまえがなにか隠してるなってのは気付いてたけど……まさかまた騙されてたなんて思わなかった。陰で僕のこと笑ってたんだな。付き合ってみたらやっぱり僕なんか好きじゃないって気付いて、別れたいからまたこんな芝居打ったんだろ? しかもこんな辱めを僕に与えて……」

 顔をあげた尾崎くんの目は真っ赤だった。ズキッと俺の心臓が痛む。

「それは違う、俺、そんなつもりじゃない」
「じゃあどんなつもりだったんだ? あの女を僕に紹介した真意はなんだ? 僕と別れてあの女とヨリを戻したいんだろおまえは!」

 俺に言葉を叩きつけると尾崎くんはすくっと立ち上がった。俺は手を伸ばしたが、それが届く前に、尾崎くんは駐車場から走り去ってしまった。



蜜果(3)

ドッペルゲンガーくん おかわり(1/5)

2020.03.06.Fri.
<前話「ドッペルゲンガーくん」>

※今田視点、元カノ登場

 尾崎くんは俺と違って勉強がよくできる。なのに最近、塾を休んでまで俺とのデートの時間を作ってくれるから、俺は尾崎くんの成績が下がるんじゃないかと気が気じゃない。

 それに週に一度はホテルに通ってる。全部尾崎くんが払ってくれる。お金のほうは大丈夫なのかと訊ねても、

「僕がいままで孤独で惨めな人生を歩んできたのは、君と出会うまで無駄使いさせないための神の計らいだったんだ。僕は無神論者だけれど、今回ばかりはその存在を信じてもいいという気になったね。友達がいなかったし、趣味もないから、お年玉もお小遣いもたくさん残ってるんだ。だから君はそんな心配しなくていい」

 俺に気を使ってこんな嘘をつく。ぱっと見は恐そうで近寄りがたい雰囲気なんだけど、尾崎くんは本当はとても優しい。俺みたいなのが尾崎くんの恋人でいいのかと心配になる。

 電車が到着したみたいで、駅からたくさん人が出てきた。その中に尾崎くんもいた。俺を見つけると笑顔で手を振る。だから俺も手を振り返す。

 何度もメールのやり取りをしたし、電話で声も聞いていたけれど、やっぱり直接会えるのが一番嬉しい。一週間ぶりの再会だから、その喜びはひとしおだ。この一週間、期末考査で会えなかったのだ。

「ごめん、待たせたね」

 白い息を吐きながら尾崎くんが笑みを浮かべる。近くでその笑顔を見られるだけで俺は幸せな気持ちになる。

「行こう、はやく二人きりになりたいんだ」

 尾崎くんが俺の手を取ってずんずん歩き出す。行き先はホテル。今日、たしか塾の日だったはずなのに、また休むつもりなのかな。俺のせいで成績が下がっちゃうのはいやだな。

 常連となったホテルの部屋に入るなり、尾崎くんがキスしてきた。俺のほうが背が高いから、尾崎くんは上を向いて背伸びしている。可愛くって愛しさが込み上げる。抱きしめたら強い力で抱きしめ返された。

 二人で浴室に移動した。そこでもシャワーを浴びながらイチャイチャする。尾崎くんはいままで誰とも付き合ったことがない。当然セックスもしたことないはずなのに、俺の感じる場所を探し当てるのがうまい。そこを刺激して俺を乱れさせる。

 俺はいままで女の子相手に焦らしたことなんかないけど、尾崎くんはたまに意地悪く俺を焦らしておねだりさせる。恥ずかしいけど俺もそれを口にしちゃう。だって好きだから。やらしい尾崎くんも大好きだから。

 浴室で一回抜いて、ベッドに移動。お互い逆向きに寝て、目の前にある股間のものをしゃぶりあう。付き合いだして一ヶ月くらいだけれど、いったい何回セックスしただろう。

 尾崎くんは性欲が強いみたいで、付き合い始めの頃は毎日セックスした。俺の尻の穴、もうガパガパになるんじゃないかと心配した。

 最近ようやく落ち着いてきたけれど、一週間ぶりの今日はどうなるかわかんない。尾崎くんの舌使い、すごく荒々しい。フェラしながら俺の尻をいじる指も、急いた感じで余裕がない。俺もうイッちゃいそう。

 先に俺が果てた。尾崎くんにもイッてもらおうと思ったけど、口はもういいって四つん這いにさせられて、後ろから挿入。

 一週間ぶりだからかな、少しきつい。だけど、身震いするほど尾崎くんの形に感じる。俺の中に入ってる、そう思うだけで、気持ちが昂ぶる。

 尾崎くんが腰を動かす。俺も気持ちよくなって声を出す。自分から腰を振る。締め付ける。また勃起する。

 尾崎くんに会うまでホモなんてありえねーって思ってたけど、自分が男に掘られるなんて死んでもありえねーって思ってたけど、もう俺いま尾崎くんにゾッコンだから、中に入れるより、入れられて幸せ感じる体になっちゃったから、もう女の子は愛せない。好きにはなれるかもしれないけど、前みたいに女の子見ただけでヤリたいとは思わない。

 逆に心まで女に近づいたのか、会えばすぐエッチしようと迫られたときの女の本音、みたいなもんまで理解できるようになってしまった。俺だって尾崎くんとセックスしたいけど、一週間ぶりに会ったときくらい、少しは会話も楽しみたいわけで。

「ふっ、んあぁ…ッ…あっ……やっ、そこ……尾崎く……そこ、いいっ……もっと、し…て…っ…」

 なんて喘いでたら真実味もないわけだけども。

 俺は早々に三度目の射精をする。断っておくけど、俺は早漏じゃない。尾崎くんが長いんだ。強すぎるんだ。本当にいままで誰とも経験ないのかな。

 そんなこと考えるいとまも与えず、尾崎くんがズンズン突きあげてくる。どこが感じるか尾崎くんは知り尽くしてる。敏感なとこを尾崎くんが擦ってく。頭のなかで火花が散る。精液は出てないのに俺はイッてしまう。人生初のドライオーガズム。これか。これがそうか。もう何も考えられない。頭真っ白。悲鳴みたいな俺の喘ぎ声。おかしくなる。俺、気持ち良すぎて狂っちゃうよ。

 ~ ~ ~

「っつーか、あたしにどうしろってのよ」

 前カノの優菜はストローでグラスの中の氷をかきまわした。興味のなさそうな顔で自慢の長い髪をかき上げる。俺が男と付き合ってるって聞いたのに、それについて驚きも質問もなにもないわけか? 別れた男には関心ゼロか?

「いや、だからさ……俺、付き合ってるとき、おまえにエッチばっかせがんで悪かったなーって反省して……」
「もうそれはいいよ、終わったことだもん、しつこくて鬱陶しかったけどさ。いま、自分がその立場だからってあたしに相談されても困るよ。それ聞いてあたしにどうしろってのよ、そんなの相手の男に言えっつーの」

 もっともなことを言って優菜はグラスのなかのジュースを飲み干した。

「おかわり入れてこようか?」
「じゃお願い」

 ドリンクバーだから何杯でも飲んでくれい。優菜のメロンソーダといしょに自分のコーラもおかわりして、テーブルに戻った。

「壮也は優しい子だもんね、好きになったらイヤって言えないんだよね」

 優菜は同情するように俺を見た。

「イヤじゃないよ、俺も尾崎くんのこと好きだもん、俺だってしたいもん。だけどさぁ、こないだのテスト終わってから三日とあけずヤッてんだよね。さすがに疲れるっつーか、お金も心配だし、成績さがったら俺のせいだし」
「てかなんでそんな頭いいのと付き合ってんの。話合うの? いっしょにいて楽しいの? 実はそいつ、ヤリたいだけで壮也と付き合ってんじゃないの」
「それはないよ」

 ムッと言い返す。それは……ないはずだ。そりゃ他の人から見たら俺たちつり合ってないのかもしれないけど、尾崎くんはすごく優しいし、愛されてるって実感してるし、心も通じ合ってるって思ってるし。あれがヤリたいための演技だなんてありえない。

 でももし優菜の言う通りだったら? いやいや、俺が尾崎くんを信じないでどうする。でも恋は盲目というし、俺、尾崎くんに夢中で冷静な状態じゃないし、傍目には俺って利用されてるだけに見えるのかもしれない。

 うわ、心臓痛ぇ、誰かに掴まれたみたいに、ぎゅうって苦しくなった。やだな俺。利用されてるうちはいいけど、飽きて捨てられちゃったらどうしていいかわかんないよ。

「ごめんごめん、泣くなよ、ちょっと言ってみただけじゃん」

 涙ぐんだ俺を見て優菜が苦笑する。手を伸ばして俺の頭をなでなでする。以前なら優菜の胸に顔を埋めて泣きたいって思ったんだろうけど、いまは尾崎くんに慰めてもらいたかった。なのに尾崎くんはいない。今日は俺が説得したから塾に行ってる。会えないと思うとよけい、悲しくなる。

「じゃあさ、今度そいつに会わせてよ、本気か遊びか、あたしが見抜いてあげる」

 少し考える。優菜は嘘を見抜くのがうまい。付き合ってるとき、俺がついた些細な嘘もあっというまに見破られてしまった。そういう才能の持ち主なのだ。だから今回、尾崎くんの相談をするときも、包み隠さず全て話した。

「尾崎くんに聞いてみないと。嫌だっていったら、連れてこれねーよ」
「友達に紹介されんの嫌がるなんて器ちっさいね」
「……連れてくる、連れてくるよ」

 尾崎くんの器が小さいと思われるのは嫌だ。なんとしても優菜に紹介せねば。