距離(2/2)
2019.12.25.Wed.
<前話>
今度は俺の提案で、公園でキャッチボールをした。二人とも少年野球経験者。
始めは肩ならしのキャッチボールが、次第に本気に。暑くなって上着を脱いで我に返る。
「疲れた。休もう」
「そこの自販で飲み物買ってくる」
山中がスポーツドリンクを買って戻ってきた。
「近くの池で貸しボートがあるって。行こう」
と、山中は、斜め前を指差した。ドリンクを飲みながら、公園の中を移動する。山中が受付をすまし、ボートに乗り込んだ。
「うわ、揺れる」
「気を付けて」
傾く山中の腕を持ってやった。
山中がオールを漕いで池の真ん中へ。
「意外に疲れる」
「かわる?」
「頼む」
今度は俺が漕いだ。
「気持ちいいなぁ」
山中がボートのへりにもたれかかり、目を閉じた。俺は漕ぐのをやめ、山中の顔を見つめた。何時間でも見ていられる気がした。
雨の日は山中の家でDVD鑑賞会。俺の苦手なスプラッター系のホラー映画を見させられた。痛々しくて画面から目を逸らした先に、欠伸をする山中。
「寝る?」
最近仕事で疲れているようで心配になる。
「悪い、先、寝る」
俺の肩を持って立ち上がり、ベッドの上に寝転がった。
「俺、帰るよ」
「なんで?泊まってけば」
布団をひっぱりあげ、俺に背を向けた。テレビを消し、俺も布団の中に潜り込んだ。
「布団、冷たい。寒い」
理由をつけながら、山中の背中に抱きつく。前に手をまわし、肩口に顎を乗せ、密着する。
「お前の手、冷たい」
山中が文句を言った。
「お前の体、あったかい」
山中を湯たんぽかわりにして眠った。
今日は直帰。接待終わり、山中にメールした。
『いまどこ?』
しばらくして『家にいる』と返事。山中の家に向かった。
「今夜泊めて」
山中の顔を見るなり言った。
「お前、酔ってるね」
苦笑しながら中に入れてくれた。先を歩く山中の背中に抱きついた。
「山中、彼女いる?」
「いたらお前を泊めたりしない」
それもそうか。洗面所には、俺の歯ブラシが置いてある。半同棲みたいだと浮かれる俺。
寝支度をして、二人でベッドへ。横向きに山中と向き合い、あれこれ話をした。
酒のせいで気が緩んでいる。山中の口や首筋に目がいく。触れたい、という欲求がわきあがる。
脳の薄皮一枚下に押しこめた自分のマイノリティを意識せずにいられない。
まずよな。山中と親しくなるのは嬉しいが、これ以上のめり込むのは危険だ。傷つく結果が待っているだけ。少し距離を取ったほうがいいだろう。
数日後、喫煙ルームで山中に会った。
「おす」
片手をあげて挨拶したが、山中は暗い顔でかすかに笑っただけだった。
「どうした?」
「今晩、時間ある?家に来てくれないか」
その時に話す、と山中は喫煙ルームを出て行った。不穏な前置き。
仕事が終わり、山中の家へ行った。
「本社に異動になった」
暗い顔で山中が言った。本社に異動。頭のなかでその意味を理解するまで少し時間がかかった。
「あ……、おめでとう、良かったな」
かろうじて繋いだ言葉。
所詮、俺の運命なんてこんなもんだ。俺が心配するまでもなかったんだ。俺が距離を取る前に、山中は俺から離れて行く。
いつだってそうだ。大事な物はこの手に掴む事は出来なくて、俺の脇をすり抜け、手も届かない場所へ行ってしまうんだ。
むしろ、本気になる前で良かった。
「どうしてそんな暗い顔なんだ。栄転じゃないか」
「自信がないよ」
弱々しく山中が言った。
「今までの頑張りが評価されたんだ。お前ならやっていける」
「俺はそんなに強くない」
頼りなく呟き、山中は目を伏せた。その姿に理性が切れて、俺は山中を抱きしめた。
こういうとき、なんと声をかければいいかわらかない。不器用な人間はいざという時、まったくの無能になる。
「ごめん、俺、何言っていいかわからん」
山中は俺の肩に頭を乗せてきた。胸のドキドキが聞こえているかも。
「せっかくいい友達が出来たと思ったのに。お前と離れるのも嫌だよ。離れたくない」
普段とは違う声でそんな言葉を吐く。山中の肩を持ち、顔を近付けた。山中の唇に、俺の唇が触れる。
人生で初めてキスするみたいに緊張した。なのにこれ以上ないほど興奮した。止められなくて舌を入れた。
山中の目を覗きこむ。二人とも荒い呼吸、切羽詰った顔つき。余裕なんてない。
「どうしよう」
助けを求めるように聞いていた。
「どうしたらいいんだろう」
山中も困っているようだった。
キスしながら服を脱いだ。素肌に触れた時、眩暈がした。俺に組み敷かれ、山中が赤面した。
引かれるかも、と思ったが、これが最後なら躊躇は後悔のもとだ、と山中の股間に顔を埋めた。もう、先走りを滲ませている。
「ハァ……ァ……んっ」
声から山中が感じているとわかる。
「おまえ……男としたことあんの。なんか、慣れてるっぽい」
愛のあるセックスはないよ。
「山中は?」
「俺もない、お前が初めて」
それが特別な言葉に聞こえる。そして実際特別なことだ。俺にとっては。
山中が俺の口に出した。それを飲み込む。体を起こした山中が「飲んだのか」と驚いていた。
「次は俺が」
屈みこんで俺のものを口に咥えた。拙いフェラなのに、すごく感じる。愛しくて頭を撫でた。
「顔にかけてもいい?」
断られると思ったが、山中は意外にあっさり「いいよ」と言った。
間際に山中の口から引き抜き、手で扱いて顔に出した。白い液体が山中の口元を汚し、下に垂れて落ちる。
「なんかごめん」
手で自分の精液を拭う。たまらなくなってキスした。舌を絡ませていると、垂れてきた俺の精液が唾液に混じった。
また勃ってきて、股間を押し付けた。「あっ」と山中が声をあげる。お互い扱きあって、射精した。壊れたみたいに、何度もエレクトしては精を出した。
二週間後、山中は本社へ行った。
『俺もそっちに行けるように頑張るから、お前も頑張れよ』
メールを送った。
『了解。ドリフ、全部見てないよな。また見に来いよ』
と山中。すぐに返信。
『次の休みに会いに行く』
今度は俺の提案で、公園でキャッチボールをした。二人とも少年野球経験者。
始めは肩ならしのキャッチボールが、次第に本気に。暑くなって上着を脱いで我に返る。
「疲れた。休もう」
「そこの自販で飲み物買ってくる」
山中がスポーツドリンクを買って戻ってきた。
「近くの池で貸しボートがあるって。行こう」
と、山中は、斜め前を指差した。ドリンクを飲みながら、公園の中を移動する。山中が受付をすまし、ボートに乗り込んだ。
「うわ、揺れる」
「気を付けて」
傾く山中の腕を持ってやった。
山中がオールを漕いで池の真ん中へ。
「意外に疲れる」
「かわる?」
「頼む」
今度は俺が漕いだ。
「気持ちいいなぁ」
山中がボートのへりにもたれかかり、目を閉じた。俺は漕ぐのをやめ、山中の顔を見つめた。何時間でも見ていられる気がした。
雨の日は山中の家でDVD鑑賞会。俺の苦手なスプラッター系のホラー映画を見させられた。痛々しくて画面から目を逸らした先に、欠伸をする山中。
「寝る?」
最近仕事で疲れているようで心配になる。
「悪い、先、寝る」
俺の肩を持って立ち上がり、ベッドの上に寝転がった。
「俺、帰るよ」
「なんで?泊まってけば」
布団をひっぱりあげ、俺に背を向けた。テレビを消し、俺も布団の中に潜り込んだ。
「布団、冷たい。寒い」
理由をつけながら、山中の背中に抱きつく。前に手をまわし、肩口に顎を乗せ、密着する。
「お前の手、冷たい」
山中が文句を言った。
「お前の体、あったかい」
山中を湯たんぽかわりにして眠った。
今日は直帰。接待終わり、山中にメールした。
『いまどこ?』
しばらくして『家にいる』と返事。山中の家に向かった。
「今夜泊めて」
山中の顔を見るなり言った。
「お前、酔ってるね」
苦笑しながら中に入れてくれた。先を歩く山中の背中に抱きついた。
「山中、彼女いる?」
「いたらお前を泊めたりしない」
それもそうか。洗面所には、俺の歯ブラシが置いてある。半同棲みたいだと浮かれる俺。
寝支度をして、二人でベッドへ。横向きに山中と向き合い、あれこれ話をした。
酒のせいで気が緩んでいる。山中の口や首筋に目がいく。触れたい、という欲求がわきあがる。
脳の薄皮一枚下に押しこめた自分のマイノリティを意識せずにいられない。
まずよな。山中と親しくなるのは嬉しいが、これ以上のめり込むのは危険だ。傷つく結果が待っているだけ。少し距離を取ったほうがいいだろう。
数日後、喫煙ルームで山中に会った。
「おす」
片手をあげて挨拶したが、山中は暗い顔でかすかに笑っただけだった。
「どうした?」
「今晩、時間ある?家に来てくれないか」
その時に話す、と山中は喫煙ルームを出て行った。不穏な前置き。
仕事が終わり、山中の家へ行った。
「本社に異動になった」
暗い顔で山中が言った。本社に異動。頭のなかでその意味を理解するまで少し時間がかかった。
「あ……、おめでとう、良かったな」
かろうじて繋いだ言葉。
所詮、俺の運命なんてこんなもんだ。俺が心配するまでもなかったんだ。俺が距離を取る前に、山中は俺から離れて行く。
いつだってそうだ。大事な物はこの手に掴む事は出来なくて、俺の脇をすり抜け、手も届かない場所へ行ってしまうんだ。
むしろ、本気になる前で良かった。
「どうしてそんな暗い顔なんだ。栄転じゃないか」
「自信がないよ」
弱々しく山中が言った。
「今までの頑張りが評価されたんだ。お前ならやっていける」
「俺はそんなに強くない」
頼りなく呟き、山中は目を伏せた。その姿に理性が切れて、俺は山中を抱きしめた。
こういうとき、なんと声をかければいいかわらかない。不器用な人間はいざという時、まったくの無能になる。
「ごめん、俺、何言っていいかわからん」
山中は俺の肩に頭を乗せてきた。胸のドキドキが聞こえているかも。
「せっかくいい友達が出来たと思ったのに。お前と離れるのも嫌だよ。離れたくない」
普段とは違う声でそんな言葉を吐く。山中の肩を持ち、顔を近付けた。山中の唇に、俺の唇が触れる。
人生で初めてキスするみたいに緊張した。なのにこれ以上ないほど興奮した。止められなくて舌を入れた。
山中の目を覗きこむ。二人とも荒い呼吸、切羽詰った顔つき。余裕なんてない。
「どうしよう」
助けを求めるように聞いていた。
「どうしたらいいんだろう」
山中も困っているようだった。
キスしながら服を脱いだ。素肌に触れた時、眩暈がした。俺に組み敷かれ、山中が赤面した。
引かれるかも、と思ったが、これが最後なら躊躇は後悔のもとだ、と山中の股間に顔を埋めた。もう、先走りを滲ませている。
「ハァ……ァ……んっ」
声から山中が感じているとわかる。
「おまえ……男としたことあんの。なんか、慣れてるっぽい」
愛のあるセックスはないよ。
「山中は?」
「俺もない、お前が初めて」
それが特別な言葉に聞こえる。そして実際特別なことだ。俺にとっては。
山中が俺の口に出した。それを飲み込む。体を起こした山中が「飲んだのか」と驚いていた。
「次は俺が」
屈みこんで俺のものを口に咥えた。拙いフェラなのに、すごく感じる。愛しくて頭を撫でた。
「顔にかけてもいい?」
断られると思ったが、山中は意外にあっさり「いいよ」と言った。
間際に山中の口から引き抜き、手で扱いて顔に出した。白い液体が山中の口元を汚し、下に垂れて落ちる。
「なんかごめん」
手で自分の精液を拭う。たまらなくなってキスした。舌を絡ませていると、垂れてきた俺の精液が唾液に混じった。
また勃ってきて、股間を押し付けた。「あっ」と山中が声をあげる。お互い扱きあって、射精した。壊れたみたいに、何度もエレクトしては精を出した。
二週間後、山中は本社へ行った。
『俺もそっちに行けるように頑張るから、お前も頑張れよ』
メールを送った。
『了解。ドリフ、全部見てないよな。また見に来いよ』
と山中。すぐに返信。
『次の休みに会いに行く』
(初出2009年)

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距離(1/2)
2019.12.24.Tue.
ちょっと一服、と喫煙ルームにこもり、携帯電話のワンセグでナイター中継なんぞを見る。応援している球団がサヨナラホームラン。
「よっし!」
思わず声に出してガッツポーズ。自販機の横に座っている男も、同じタイミングで同じようなことをしていた。
同時に顔をあげ、同時に笑った。きっとあいつも携帯電話でナイター中継を見ていたのだろう。
きっと隣の課の奴だ。俺と同じくらいの二十代後半。ストライプのワイシャツを着た爽やか系のそいつは、咥えていた煙草を灰皿でもみ消し、喫煙ルームから出て行った。
さて、俺も仕事に戻るとするか。さっさと仕事を片付けて、今日は一杯やって帰ることにしよう。きっとうまい酒が飲めるぞ。ありがとう、サヨナラホームラン!
数日後の帰り、エレベーターホールでエレベーターを待っていると、この前喫煙ルームで一緒になった男がいた。向こうも俺に気付いて、曖昧な笑みを浮かべた。
顔は知っているが、名前を知らない関係というのは、こういう時、どういう態度を取ればいいのかといつも悩む。
軽く会釈し、頬を持ち上げるだけの微笑を返した。
やってきたエレベーターに乗り込む。移動する箱の中で沈黙を守る俺たち。途中の階で、六十代のおっさんと四十代のおっさんが入ってきた。六十が四十に向かって、口から泡を飛ばしながら説教をしている。こんな場所でそんなことしなくてもいいじゃないか。だいたいアンタ、やかましいよ。はた迷惑だ。場所をわきまえてくれ。
二人は俺たちより先におりた。閉じた扉へ向かって「ばっかじゃなかろか」俺が呟くと、すぐ後ろで「ルンバ」と男が言った。
はっと振り返り、目が合うと、男はニヤと笑った。
「さくらと」
「一郎」
二人とも同時に吹き出した。
「どーして知ってんの、それ。おたくまだ二十代でしょ」
「そっちこそ。さくらと一郎、知ってんじゃん」
男は砕けた調子で言う。悪い奴じゃなさそうだ。好感を持った。
「俺、岸野です」
「どうも、山中です」
エレベーターが1階についた。
「これから帰り?」
「まぁ。そっちは」
「同じく。よかったらメシどう」
「いいねぇ」
ノリもいい奴そうだ。俺は山中を行き付けの店に連れて行った。そこで山中がお笑い好きだと知った。今のお笑いも好きだが、昔のお笑いの方が好きだという。
「カックラキンとかね、ドリフとかね、俺、好きで、DVD持ってるしね」
酒を飲んでほろ酔いで山中が言う。
「えっ、DVD持ってんの? 見たいなぁ」
「見に来ればいい。今度誘う」
酒の席の約束だと、期待しないで頷いた。
数日後の昼休み、俺の課に顔を出した山中が手招きしていた。
「今夜は?」
俺がやってくるなり、いきなりそう言った。
「何の話?」
「ドリフ。見に来るって」
「あぁ、それ」
ずいぶん酔っていたように見えたが、覚えていたのか。驚きつつ、「今日、何時終わり?」俺の問いに、「今日は八時にはあがれる」と即答する。
「俺もそれに合わせる。どこに待ち合わせる?」
山中は顎に手をあて、しばらく考えてから「じゃあ、喫煙ルームで」と言った。
OKと返事をし、別れた。
ついこの前知り合ったばかりなのに、もう家に行く事になっている。早すぎる展開がいっそ愉快だった。
スーパーで酒とつまみを買いこんでから山中の家へ行った。ワンルームに一人暮らし。物は多いが、綺麗好きなのか部屋は整頓されていた。本棚にはお笑いのDVDと映画のDVD、タイトルが有名な小説と、ビジネス書が並んでいた。
「あっ、これ見たかったんだよね」
洋画を一本抜き取った。
「見る?」
グラスをテーブルに置いた山中が俺の手からDVDを取り上げ、セットして戻ってくる。リモコンで再生ボタンを押して、俺の隣に座りこんだ。
「ドリフは」
「また今度見ればいい。字幕でいいな。吹き替えがいい?」
「字幕で」
リモコンを操作する山中を横目に見る。また見に来てもいいのか。当たり前のように言われるのが嬉しかった。
その映画は3時間越えの長編で、見終わったら日付がかわっていた。
「終電ないなぁ」
「タクシーで帰るよ」
「泊まってけよ」
山中はなんでもない風に言う。俺だけがドキドキしていた。
「俺、寝相いいほうだから安心して」
同じ布団で寝るのか。
知り合って日も浅い山中の家に、初めて遊びに来た日に、いきなり泊めてもらうことになった。
休日、また山中と会った。外で食事をしてから山中の部屋に行き、そこでお笑いのDVDを見た。二人とも笑うポイントが同じだった。
知り合ったばかりなのに、昔からの友人のような気安さがあった。大変居心地が良い。
「ちょっとごめん」
俺に断りをいれ、ノートパソコンを開く。持ち帰った仕事を片付ける山中の顔は真剣。こういうところに女は惚れるのか、とキーボードを叩く凛々しい顔を見ながら思った。ギャップにときめくのは、女だけじゃない。
山中はゴルフをしたことがないと言う。なので山中を打ちっぱなしに連れて行った。
接待でたまにやるだけの俺の腕前は、素人に毛がはえた程度。二人とも、練習というより、遊びの感覚だった。
「俺が見本見せるから。いい? チャーシューメン!」
山中が「へたくそ」と笑う。
「じゃ、つぎ俺ね。見てて。巨人大鵬卵焼きっと!」
リズムの悪い掛け声でスイングする。意外にボールが飛んだ。
「俺って才能あるんじゃない?」
調子に乗ってそんなことを言った。
そのあと、今度は山中に連れられてパチンコ屋へ行った。山中はスロットにハマッていた。経験のない俺は、ビギナーズラックにも見放され、2万をすった。
「俺が3万勝ったから、差し引き一万の勝ちか」
というわけで、その夜は山中のおごりで焼肉を食べた。
番号とアドレス交換をした。さっそく山中からメール。
『釣り行ったことあるか?』
ない、と返信。
『次の休みに行かないか?』
いいよ、と返信。
そして休日、二人で釣りに出かけたが、一時間たってもあたりがなく、飽きた俺たちは貸道具屋に釣具を返し、早々にひきあげた。
「経験あるんじゃないの?」
「ないよ。だから誘った」
山中の運転で、ドライブを楽しんだあと、食事をして帰宅。その夜、山中からメール。
『次の休みはどこに行こうか?』
頬がじんわり熱くなった。
【続きを読む】
「よっし!」
思わず声に出してガッツポーズ。自販機の横に座っている男も、同じタイミングで同じようなことをしていた。
同時に顔をあげ、同時に笑った。きっとあいつも携帯電話でナイター中継を見ていたのだろう。
きっと隣の課の奴だ。俺と同じくらいの二十代後半。ストライプのワイシャツを着た爽やか系のそいつは、咥えていた煙草を灰皿でもみ消し、喫煙ルームから出て行った。
さて、俺も仕事に戻るとするか。さっさと仕事を片付けて、今日は一杯やって帰ることにしよう。きっとうまい酒が飲めるぞ。ありがとう、サヨナラホームラン!
数日後の帰り、エレベーターホールでエレベーターを待っていると、この前喫煙ルームで一緒になった男がいた。向こうも俺に気付いて、曖昧な笑みを浮かべた。
顔は知っているが、名前を知らない関係というのは、こういう時、どういう態度を取ればいいのかといつも悩む。
軽く会釈し、頬を持ち上げるだけの微笑を返した。
やってきたエレベーターに乗り込む。移動する箱の中で沈黙を守る俺たち。途中の階で、六十代のおっさんと四十代のおっさんが入ってきた。六十が四十に向かって、口から泡を飛ばしながら説教をしている。こんな場所でそんなことしなくてもいいじゃないか。だいたいアンタ、やかましいよ。はた迷惑だ。場所をわきまえてくれ。
二人は俺たちより先におりた。閉じた扉へ向かって「ばっかじゃなかろか」俺が呟くと、すぐ後ろで「ルンバ」と男が言った。
はっと振り返り、目が合うと、男はニヤと笑った。
「さくらと」
「一郎」
二人とも同時に吹き出した。
「どーして知ってんの、それ。おたくまだ二十代でしょ」
「そっちこそ。さくらと一郎、知ってんじゃん」
男は砕けた調子で言う。悪い奴じゃなさそうだ。好感を持った。
「俺、岸野です」
「どうも、山中です」
エレベーターが1階についた。
「これから帰り?」
「まぁ。そっちは」
「同じく。よかったらメシどう」
「いいねぇ」
ノリもいい奴そうだ。俺は山中を行き付けの店に連れて行った。そこで山中がお笑い好きだと知った。今のお笑いも好きだが、昔のお笑いの方が好きだという。
「カックラキンとかね、ドリフとかね、俺、好きで、DVD持ってるしね」
酒を飲んでほろ酔いで山中が言う。
「えっ、DVD持ってんの? 見たいなぁ」
「見に来ればいい。今度誘う」
酒の席の約束だと、期待しないで頷いた。
数日後の昼休み、俺の課に顔を出した山中が手招きしていた。
「今夜は?」
俺がやってくるなり、いきなりそう言った。
「何の話?」
「ドリフ。見に来るって」
「あぁ、それ」
ずいぶん酔っていたように見えたが、覚えていたのか。驚きつつ、「今日、何時終わり?」俺の問いに、「今日は八時にはあがれる」と即答する。
「俺もそれに合わせる。どこに待ち合わせる?」
山中は顎に手をあて、しばらく考えてから「じゃあ、喫煙ルームで」と言った。
OKと返事をし、別れた。
ついこの前知り合ったばかりなのに、もう家に行く事になっている。早すぎる展開がいっそ愉快だった。
スーパーで酒とつまみを買いこんでから山中の家へ行った。ワンルームに一人暮らし。物は多いが、綺麗好きなのか部屋は整頓されていた。本棚にはお笑いのDVDと映画のDVD、タイトルが有名な小説と、ビジネス書が並んでいた。
「あっ、これ見たかったんだよね」
洋画を一本抜き取った。
「見る?」
グラスをテーブルに置いた山中が俺の手からDVDを取り上げ、セットして戻ってくる。リモコンで再生ボタンを押して、俺の隣に座りこんだ。
「ドリフは」
「また今度見ればいい。字幕でいいな。吹き替えがいい?」
「字幕で」
リモコンを操作する山中を横目に見る。また見に来てもいいのか。当たり前のように言われるのが嬉しかった。
その映画は3時間越えの長編で、見終わったら日付がかわっていた。
「終電ないなぁ」
「タクシーで帰るよ」
「泊まってけよ」
山中はなんでもない風に言う。俺だけがドキドキしていた。
「俺、寝相いいほうだから安心して」
同じ布団で寝るのか。
知り合って日も浅い山中の家に、初めて遊びに来た日に、いきなり泊めてもらうことになった。
休日、また山中と会った。外で食事をしてから山中の部屋に行き、そこでお笑いのDVDを見た。二人とも笑うポイントが同じだった。
知り合ったばかりなのに、昔からの友人のような気安さがあった。大変居心地が良い。
「ちょっとごめん」
俺に断りをいれ、ノートパソコンを開く。持ち帰った仕事を片付ける山中の顔は真剣。こういうところに女は惚れるのか、とキーボードを叩く凛々しい顔を見ながら思った。ギャップにときめくのは、女だけじゃない。
山中はゴルフをしたことがないと言う。なので山中を打ちっぱなしに連れて行った。
接待でたまにやるだけの俺の腕前は、素人に毛がはえた程度。二人とも、練習というより、遊びの感覚だった。
「俺が見本見せるから。いい? チャーシューメン!」
山中が「へたくそ」と笑う。
「じゃ、つぎ俺ね。見てて。巨人大鵬卵焼きっと!」
リズムの悪い掛け声でスイングする。意外にボールが飛んだ。
「俺って才能あるんじゃない?」
調子に乗ってそんなことを言った。
そのあと、今度は山中に連れられてパチンコ屋へ行った。山中はスロットにハマッていた。経験のない俺は、ビギナーズラックにも見放され、2万をすった。
「俺が3万勝ったから、差し引き一万の勝ちか」
というわけで、その夜は山中のおごりで焼肉を食べた。
番号とアドレス交換をした。さっそく山中からメール。
『釣り行ったことあるか?』
ない、と返信。
『次の休みに行かないか?』
いいよ、と返信。
そして休日、二人で釣りに出かけたが、一時間たってもあたりがなく、飽きた俺たちは貸道具屋に釣具を返し、早々にひきあげた。
「経験あるんじゃないの?」
「ないよ。だから誘った」
山中の運転で、ドライブを楽しんだあと、食事をして帰宅。その夜、山中からメール。
『次の休みはどこに行こうか?』
頬がじんわり熱くなった。
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