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恋人宣言(2/2)

2019.12.14.Sat.
<前話>

 真夜中に電話が鳴った。相手は木原。何時だと思ってるんだ。寝たふりをしてやろうと思ったけど、木原の性格上俺が出るまで鳴らすと思い直して通話ボタンを押した。

『なに先に帰ってんだよ』

 ご機嫌な大声。酔ってるのか?

「邪魔したら悪いと思って」
『なんの邪魔だよ。お前の付き添いで行ったのに置いて行くとか酷いだろ』

 電話から聞こえる音や気配から、木原は屋外にいるらしい。早足で歩いているのか、少し息遣いが乱れている。

『電車止まってるし、財布に金入ってねえし、行けるとこまでタクシー乗ったからすっからかんになったわ』

 そんな時間まで誰とどこでなにをしてたんだか。冴島の顔が浮かんで消える。

『革靴履いたから足痛えしさ』

 常識的に考えたら多くの人はもうとっくに寝ている時間にわざわざ電話かけてまで、そんなどうでもいい話をしなきゃいけないのかお前は?

「俺、寝てたんだけど」
『悪い悪い、もうすぐ着くから』
「はっ?! 着く?!」

 玄関へ顔を向ける。耳から聞こえる足音と、外から聞こえる足音が重なった。

『開けて』

 声と同時にノックの音。どの面下げて来たんだ、あいつ。

 文句を言ってやらなきゃ気が済まない。ついでに恋人ごっこも終わりだ。

 鍵を開けるなり、木原が中に入ってきた。案の定酒臭い。「一時間くらい歩いたから疲れた」と俺に抱きついてくる。

「いま何時だと思ってるんだよ。俺寝てたのに」
「俺が電話する前から部屋の電気ついてたけど」
「そ、それは、消すの忘れてただけで!」
「俺が帰ってくるの待っててくれたんだ?」
「待つわけないよね! 俺が! なんで?! 意味わかんないんですけど!」

 焦る俺を見て木原はアハハと笑った。ご機嫌かよ。そりゃずっと好きだった冴島と抱き合って顔擦り合わせてイチャイチャしたら笑いが止まらないよな。

「待っててくれたのに悪いんだけど、今日は疲れたから寝かせて」

 なにその俺が何かを期待して待ってたみたいな言い方!!! さっさと寝ろよ! いや、寝るな。帰れ!

 両手を広げて通せんぼしたら、木原は靴を脱ぐ手を止めた。

「ん、なに?」
「泊めない! 帰れ!」
「なに拗ねてんだよ」
「拗ねてない、ずっと思ってた。なんでいつも俺んち泊まりに来るんだよ」
「付き合ってんだから別に普通だろ」
「付き合ってない! もうやだ! ほんとは木原くんのこと、ずっと嫌いだったし!」

 笑い飛ばそうとしたけど、俺の真剣な顔を見て木原は笑みを消した。

「なに怒ってるんだよ」
「逆になんでわかんないのか聞かせて欲しいんだけど! とりあえず時間見れば?!」
「起こしたなら悪かったけど、ひとりの部屋に帰んのがやだったんだよ。騒がしかった場所からいきなり一人きりの部屋に帰ったら落差すごくて寂しいだろ」

 だからいつも飲み会のあとは俺の部屋に来ていたわけか。俺に会いたいわけではなく。ただひとりになりたくないという身勝手な理由で!

「話は明日にしようぜ。もう今日は疲れた」

 とまた中に入ろうとするから体を押し戻した。

「泊めないって言った! 帰れよ! そういう人の話を聞かないところ、高校の時から大嫌いだった!」
「俺のこと好きって言ったくせに」
「あんなの嘘だよ! 木原くんが喜ぶから言ってただけで、内心では好きになるわけないだろバーカって思ってた!」
「なんで」

 一丁前に傷ついた顔をする。

「俺になにをしたか忘れたわけじゃないよね! 俺は一生忘れない! 一生許さない!」

 一応罪悪感はあるらしく、木原は険しい顔で目を伏せた。

「だったらなんであんとき警察につきださなかったんだよ。わざわざ証拠の動画も撮っておいてやっただろ」
「あんなもの人に見せられるわけないだろ! 卑怯者!! ばか! 強/姦魔!」

 俺に罵声を浴びせられても木原は反論もしないで俯いた。

「付き合ってるふりしたのも、木原くんを振るためだし! 俺のこと好きにさせてから、振ってやろうと思って、ずっとタイミング見てただけ! 木原くんのことなんか、俺が好きになるわけないだろ!」

 言いたいこと全部言ってすっきりする。反撃に暴力でも振るわれたら敵わないと内心少しビビリながら木原の反応を窺う。木原は腰に手をあて、面倒臭そうなため息をついた。

「俺のしたことが許せない?」
「そうだよ!」
「俺のことが嫌い?」
「そう言ってるだろ!」
「じゃあ別れる?」
「わっ……別れるって俺が先に言ったんですけど!」

 木原から言い出したみたいな空気を出されて慌てて反論する。それじゃ俺のほうが振られたみたいになるじゃないか。

「お前がそう望んでるなら俺はどうしようもないけど、なんで今日? いきなりすぎない?」
「俺のことほったらかして冴島とイチャイチャしてたよね! ほんとは俺なんかじゃなくて冴島のことが好きなんだろ? そりゃそうだよね! 俺と冴島じゃ月とスッポンだし! 俺のこと好きだなんだって言ってたのも嘘だろ! 俺のことちょろいと思ってたかもしんないけど俺だって木原くんのことちょろいって思ってましたから! 近くにいた俺なんかで手を打って冴島くんのこと忘れようとしたんだろうけど、そういうのお見通しだから! 同窓会で久しぶりに会って仲直りもできたみたいだし? もう肉便器の俺なんか用済みだろ! だから俺から別れてやるって言ってんの!」  

 興奮して支離滅裂に叫びながら、俺が自ら振られにいってる流れになっていることに気付いたがもう口から出したあとだった。

 木原はポカンと馬鹿面晒していたけど、しばらくしてニヤーッと満面の笑みになった。

「なんで笑うんだよ!」
「だっておまそれ……嫉妬だろ」
「嫉妬お?! なんで俺が! もともと二人は親友同士だし相思相愛おめでとうございますって俺別になんの感情もわかないですけど!」
「顔真っ赤にしてなに言ってんだよ。近所迷惑だからとりあえず声抑えて、中に入れろ」

 俺を押しのけ木原があがり込む。行かすまいと俺は木原の腕を掴む。楽しげな顔で振り返った木原は俺にヘッドロックをかけた。そのまま奥の部屋へと引きずられた。

 出てけ帰れとわめく俺を無視して木原はちゃっかりシャワーを浴び、いつか自分が冷蔵庫に入れたビールまで飲んだ。

 濡れた髪をタオルで拭きながら「で? なんだっけ?」とまたニヤニヤ笑う。

「帰れってずっと言ってるよね、なにお風呂入ってビール飲んでるの?! 頭おかしいんじゃない?」
「俺と別れるんだっけ?」
「そうだよ!」
「恩田のこと好きにさせてから振るんじゃなかったの?」
「俺のことなんか好きじゃないだろ! 冴島くんの身代わりだったくせに! 時間の無駄だからもうやめるんだよ!」

 叫びながら自分で自分の言葉にショックを受ける。俺は冴島の身代わり。充分知っていたつもりだったのに、この半年の間、木原が俺を恋人みたいに扱うから、それ全部嘘だったんだと思ったら意外にショックだった。なんでこんなにショックなんだ。

「俺のほうこそ、冴島の身代わりだと思ってたけど」
「木原くんが冴島くんの身代わりなんて務まるわけないだろ」
「ふはっ、わかってんじゃん。あんなスーパースターのかわりになんて俺ら凡人がなれるわけないんだよ。お前のこと、誰かの代わりだなんて思ったことねえよ。誰もお前の身代わりになれないのと一緒でな」
「……クサイ台詞」
「だな。俺もそう思うけど、俺らは付き合ってんだからいいんじゃね?」

 伸びてきた木原の手が俺の項にかかる。

「恩田のこと好きにさせてから振るんだろ。俺まだお前のことぜんぜん好きじゃねえぞ」

 あんなに何度も俺に好きだと言って俺にも言わせたくせに……! やっぱり言葉だけで本心じゃなかった。俺にぜんぜん本気じゃなかったんだ。馬鹿みたいだ。少し絆されかけてた自分が惨めすぎる。鼻の奥がツンと痛くなった。視界が滲む。こいつの前で泣いたらなにを言われるかわかったもんじゃない。絶対泣くもんかと目に力を込める。

「お前のどこがいいのか自分でも説明できないんだけど、ぜんぜん飽きないんだよな。毎日見てられるっていうか、ずっと見てたいっていうか。可愛いんだよ、お前のこと、全部。好きだって何回言っても足んねえのよ。お前が初めて俺のこと好きだって言ってくれた時、本当に嬉しかったんだぜ。好きな相手に受け入れてもらえるってそれもう奇跡みたいなもんだろ。その瞬間からぜんぜん歯止め効かねえの。これからまだまだお前のこと好きになってくと思う。自分でも笑っちまうくらい、お前のこと好きだし、可愛いし、夢中なんだよ」

 最後ちょっと照れくさそうに、でもどこか嬉しそうに木原は笑った。思いがけない長い告白。本音か嘘か、もうそんなの考える余裕はなかった。

 俺の涙腺は崩壊した。

「嘘だっ、うぞっ、う゛う゛ぁ゛……ッ」
「嘘でこんなこっぱずかしいこと言えるか」

 木原は俺の頬を両手で包みこみ、親指で涙を拭った。漫画とか映画でしか見たことないやつだ。

「だって゛……冴島くんと……うぐっ……抱き合ってっ、泣いてた……! 恋人みたい゛に……イチャイチャしてた……ッ!」
「そりゃさ、俺と冴島には野球部でずっと一緒にやってきた三年間があんだから、久し振りに会ったら胸も熱くなんだろ。お前が言う通り俺はあいつのこと好きだったけど、久し振りに目の前で見た冴島に恋愛感情はぜんぜん湧かなかった。一緒にきつい練習乗り切ったこととか、勝てた試合のこととか、帰り道のくだらねえ話とか思い出して懐かしかった。人一倍努力してたのもよく知ってるから、いまあいつがプロで頑張ってんのすげえ誇らしいなって、そういうのが一気にこみあげてきただけで、好きとかいう意味の涙じゃねえから」

 喋っているあいだ木原はずっと優しい目で俺を見ていた。俺の勘違いでなければそれは、「好きだ可愛いどうしてやろう」と饒舌に語っているように見えた。

「恩田のは、どういう意味の涙なわけ?」
「さっ……冴島くんの身代わりは嫌゛だ……ッ!!」

 自分でも驚くような言葉が口から出てきた。クソックソッ、こんなはずじゃなかったのに! 半年間も恋人ごっこをしていたせいで情が湧いた。木原と離れることを想像したら怖くて寂しくてたまらなくなった。木原はすぐかわりを見つけられるだろうけど、俺のことを好きだの可愛いだのと色ボケした目で見てくれる奴はこの先二度と現れない。あとにも先にも、きっと木原しかいない。

「号泣するくらい俺のこと好きなんだから、別れる必要ないよな」

 涙と鼻水で汚い俺の唇に、木原はためらうことなくキスをした。頭のなかでなにかが弾けた。木原に抱きついて押し倒した。

「おい?」

 なにかわかった顔で木原がニヤニヤ笑っている。ズボンとパンツをずりおろし、木原のペニスを頬張った。木原は木原で、ベッド下へ手を伸ばして、ゴムやらローションやらの用意をしている。今日は疲れてるとか言っていたくせに。ちんこのほうもすぐやる気になった。

「お前から誘われんのって初めてだよな、感動なんだけど」
「お、俺から誘ったっていいだろっ、こ、こ、こいびとどうしなんだから!」

 高らかに宣言する。恋人ごっこはもう終わりだ。俺のストーカー気質を知っている木原ですら、俺の執念深さには気付ていないだろう。泊まりに来た日は必ずスマホのチェックをされているだとか、脱いだ服に誰かの名残りがないか匂いを嗅がれているとか、たまに尾行されているとか。恋人同士なんだから、これからも遠慮なくやらせてもらう。

 タコみたいに絡みついて一生離れてやるもんか。



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恋人宣言(1/2)

2019.12.13.Fri.
<視線の先><ターゲット><奇跡>

 思い付きで「好き」と言った日から、木原は調子に乗りまくりだ。俺の嘘だとも知らずに。彼氏面にも拍車がかかる。今日も部屋へやってくるなり「ただいま」って俺にキスしてきた。

 そもそもここはお前の家じゃないし俺の家だし。ただいまおかえりと言い合う意味がわからない。でもまだ木原のことを好きだと演技中だから、ありがたくもないキスを受けるし「おかえり」とも言ってやる。

「そういえば恩田はどうすんの?」

 コンビニで買ってきた飲み物を勝手に人んちの冷蔵庫へ入れながら木原が振り返る。

「どうするとは?」

 主語を抜かして会話を始める奴は総じて自分勝手な馬鹿野郎だと思っている。

「同窓会。案内のハガキきただろ」
「え、知らない」
「実家に届いてんじゃない」

 木原は鞄からハガキを取り出して俺に見せた。○○高校××年度卒業生の皆さん!という見出しの案内状。木原の言う通り実家に届いているのかもしれないが、友達と呼べる人間がいなかった俺がこんなもの行くわけない。

「木原くんは行くの?」
「行かねえ。だるい」

 木原はずっと野球に青春を捧げて来てのに高校最後の年、後輩にポジションを奪われた。勉強を口実に早々に引退して、かつての仲間からは腫物扱いされていた木原が、過去の自分と向き合う場所へは行きたくないだろう。野球からも仲間からも冴島からも逃げるような弱虫野郎に、そんな勇気があると思えない。

 そういえば冴島は来るんだろうか。卒業後、プロへと進んだ冴島は一年目からテレビをにぎわす大活躍だった。夜のスポーツニュースで、爽やかなまま変わらない冴島をよく目にする。

 もう俺なんかが手の届かない遠い存在になってしまった。おかげで、わざわざストーキングしなくても、冴島の姿はテレビで見ることができる。

 木原はどういう気持ちで画面に映る冴島を見ているんだろう。好きだという気持ちを伝えず、手近なところにたまたまいた俺なんかで手を打って、早まったと後悔したことはないんだろうか。

 俺のことを好きだと言ったけど、本当はまだ冴島のことが好きなんじゃないだろうか。これは純粋な好奇心と、俺の復讐に必要な情報だ。俺のことを本気で好きにさせてから最高のタイミングで木原を振ってやるという、計画のため。

「俺、行こうかな。木原くんも行こうよ」

 俺が誘うと木原は顔を顰めた。

「お前、同窓会とか行くタイプじゃないだろ。友達一人もいなかったくせに」

 一言余計なんだよ。

「死ぬまでに一回行っておくのもいいかと思って」

 少し考えたあと、木原は「同窓会でボッチとか悲惨だろ。お前の付き添いで行ってやるよ」と恩着せがましく言った。

 その後、自分ちみたいに完全にくつろいだ木原はうちでご飯を食べ、セックスして、当然のように泊まって行った。

 朝一の講義のため俺より先に出る支度を終えた木原が「行ってくる」と布団にくるまる俺のデコにキスした。

「い、行ってらっしゃい」

 ぎこちなく言う俺に、木原は朝から蕩けたような笑みを残して部屋を出て行った。俺が木原と偽りの恋人になって半年が経っていた。

 ~ ~ ~

 同窓会には普段着で行くつもりだと言うと、呆れ顔の木原に店に連れて行かれた。せめてジャケットは着ろと、木原に言われるまま試着したら「七五三かよ」と笑われた。ないよりましと購入したジャケットを着て、木原と一緒に会場のホテルへ向かった。

 受付を済ませる前から、木原は誰かに呼び止められた。俺にも見覚えのある面々。おそらく元野球部だ。冴島の盗撮をしていた頃、トリミングしたなかにこんな顔の奴らがいた気がする。

 卒業して二年も経つと、赤の他人が抱える悩みや問題なんか忘れてしまうものなんだろう。元野球部の奴らは「久し振りだな!」とクスリでもキメてんのかと疑いたくなるテンションで木原に絡んでいった。適当に受け流す木原のことが大人に見えたくらいだ。

 元野球部のジャンキー共はチラと俺を見たが、誰だか思い出せないようで見て見ぬふりをした。俺だってお前らなんか知らない。

 受付をし、会場へ入ったあとも、木原は5分と経たず、誰かから声をかけられた。元野球部の奴ら、元クラスメートの奴ら。どいつもこいつも、卒業後木原の口から名前を聞いたこともないような奴らなのに、旧知の仲のように馴れ馴れしい。

「冴島が来てるぞ」

 野球部の誰かが隅の人だかりを見ながら言った。何事だと思っていたが、あの人垣の向こうに冴島がいるらしい。まさか来るとは思わなかった。プロの野球選手になった冴島が、騒ぎを承知でたかが高校の同窓会なんかに顔を出すとは。

 冴島の名前を聞いて、木原は一瞬顔を強張らせた。

「あとで行ってみるわ」

 とその場は躱したが、まだ飲んでるドリンクの存在を忘れて新しいドリンクを手に取った行動に動揺が見られた。名前を聞いただけでこのうろたえよう。俺を好きだと言っておいて本当はまだ冴島を意識しまくっている。

 冴島を取り囲む人だかりはなかなか減ることがなかった。それを恨みがましく睨む女が数人。懐かしい、冴島の親衛隊の奴らだ。さすがに卒業後の同窓会でまで大きな顔はできなかったと見える。

 せっかく安くない会費を払ったのだから腹いっぱいにして帰ろうと、俺は木原から離れて皿に料理を盛った。木原はいまクラスメートだったらしい女3人に囲まれている。

 180センチ以上身長があって、顔も不味いわけじゃない、かつては野球部レギュラー、しかも冴島の親友ポジションだった木原のことを一方的に知っている女も多い。奴らの手元にはスマホ。フルフルして連絡先を交換している。

 木原のスマホにはずらっと知らない名前が並んでいる。LINEのやりとりも複数人と頻繁。つまんない話をしてる暇があったら勉強しろよと言いたい。

 一画がざわっと騒がしくなった。見ると冴島のいる場所で、元野球部たちがガードするように取り囲んでいる。誰かが「野球部集まれ!」って声をかけた。

 数人が声のかかった方へ向かう中、木原は動かず、スマホを見ていた。絶対聞こえてるだろ。この期に及んで聞こえないふりをするとか子供か。

「木原、お前もこっちこい」

 見逃してもらえるはずもなく、名指しで呼ばれ、木原は仕方ないって諦めの顔でスマホをポケットに戻して野球部の輪へ向かった。かつて苦楽を共にした仲間同士、肩を叩いたり熱く抱擁しあったり。

 適当に周りに合わせていた木原の前に、冴島が立った。木原もガタイは良い方だが、やはりプロ野球選手と比べると平凡な体つきだった。親友同士の再会を無関係な奴らも感動の眼差しで見守る。

「木原」

 久しぶりに聞いた冴島の生の声。ずっと追い続けてきた日々を思い出して鳥肌が立った。

「冴島」

 木原の声は、らしくなく弱々しい。

 冴島はくしゃっと笑うと木原を抱きしめた。木原も冴島を抱き返す。冴島の肩に顔を埋める木原の体が小刻みに震えているように見えた。もしかしたら木原は泣いているのかもしれない。冴島は高校生に戻ったような笑顔で木原の頭をガシガシと撫でた。

 ただ、見つめ合い、名前を呼び合っただけで。2人はそれだけで疎遠になっていた溝を飛び越え、分かり合い、一瞬で親友だった昔に戻ったのだ。

 木原は俯いたまま目許を拭った。やはり泣いていたらしい。他の奴らも嬉しそうに木原と冴島の体を叩く。その間ずっと二人は肩を組んだままだった。

 野球部の奴らは最後に円陣を組んだ。野球部伝統の掛け声を会場に響かせたあと、また二人は抱き合った。他の参加者たちから拍手が湧きあがる。なんだこの茶番は。

 今までのわだかまりなんか忘れたみたいに、いやその分を埋めるみたいに、木原と冴島の距離は近い。顔を突き合わせ、額を擦りつけあって、ベタベタしている。冴島がドストレートだって? 案外、その気があるんじゃないのかと疑いたくなるイチャつきぶりだ。

 泣いたことを冴島に慰めrられ、からかわれ、木原も満更じゃない顔だ。デレデレしやがって。

 食欲が失せた。料理で山盛りになった皿をテーブルの端に置いた。

 これではっきりした。木原はまだ冴島が好き。俺を好きだと言ったのは気の迷い。いや、ホモセックスできる無料の肉便器を手に入れるための嘘。ただのでまかせ。

 恋人ごっこの期間が思いがけず長引いたから、本気かも、なんて一瞬でも真に受けてしまった。危ない危ない。木原が俺に優しかったりしたのは、都合のいい肉便器を逃がさないため。恋人同士みたいな言動も、肉便器に情が湧いただけ。

 写真撮影するぞ、って幹事が叫んでたけど、無視して会場を出た。そのまま電車に乗って家に帰った。その間、俺のスマホはうんともすんとも言わなかった。俺がいなくなっていることに、木原は気付いてもいないだろう。気付いた時にはもう遅い。