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大事だったのに(3/3)

2019.08.25.Sun.


 一番近いトイレに宝生はいた。突如現れた俺を見て、ぎょっとした顔をする。顔を洗ったのか、前髪と首元のシャツが濡れていた。

「大丈夫か?」
「…………なにが」

 低くて、硬い声だった。顔も強張っている。それでも返事をしてくれたことが嬉しかった。

「食べ過ぎたって」
「………ああ、別に」

 と目を伏せる。睫毛がまだ濡れていて、泣いているように見えた。それを見たら何も言えなくなった。言う資格が、俺にはなかった。

「あ、じゃあ──」

 トイレを出ようと身じろぎした時だった。

「………元気、だった……?」

 思いがけず宝生から話しかけて来てくれた。俺は何度も頷いた。

「ああ、元気だった。宝生は?」
「俺も………普通に………」
「そうか。よかった」

 会話が途切れ沈黙が流れる。宝生に話したいことはたくさんあった。どれものどにつかえて出てこない。胸が潰れそうだ。

「宝生」

 顔を伏せたまま、宝生が目を上げる。

「……………なに」
「あの頃は、すまなかった。おまえのことを考えないで、酷いことばかりして。ずっと、それを謝りたかった。本当にすまない」

 頭を下げた。膝が震えていた。

「いまさら…………そんなこと言われても………」

 もっともだ。宝生が傷つけられたのは今じゃない。こんな謝罪は無意味だ。俺の自己満足でしかないんだ。

「それでも、どうしても、おまえに謝りたかった。ごめん」

 さらに深く下げた。頭を上げようとしたら「待って」と声がかかった。なんだと思う間もなく、腕を引っ張られて、個室に押し込められた。

「宝生?」
「しっ」

 扉を睨みながら、宝生は人差し指を口に当てた。こんなに近くで顔を見るのは久し振りだ。

 見とれていたらトイレに誰かが入ってきた。二人分の足音と話し声。会話の内容から、同窓会のメンバーらしい。二人は女の話をしながら用を足すと、俺たちに気付くことなくトイレを出て行った。

 宝生がほっと息を吐きだす。そして俺の腕を掴んだままだったことに気付いて慌ててはなした。

「ご、ごめん」
「いや、でもなんで」
「えっ」
「別にふたりで個室に入らなくても」
「……あっ! な、なんとなくだよ、咄嗟に!」

 とそっぽを向くが、個室を出る気配はない。扉の前に立っているから、俺も出られない。

 しかしいつまでもここにいるわけにはいかない。宝生だって、俺と近くにいるのは嫌だろう。

「久し振りに宝生に会えて嬉しかったよ」
「えっ。あ、そう」

 俺の言葉に宝生はいちいち驚いたように反応する。怯えられているようでいたたまれない。だとしても、俺の自業自得だ。

「おまえに謝れたらと思って来ただけだから、俺はもう帰るよ」
「えっ、もう?」
「うん。他の奴らと話もできたし」

 思いつめたような顔で宝生が黙り込む。

「あ……、じゃあな。そうだ、腹の具合が悪いなら、ホテルの人に言ったら胃薬もらえるかもしれないぞ」

 聞いているのかいないのか、うんともすんとも言わない。

 扉の前からも退いてくれない。宝生に触ることは躊躇われた。だから言葉にして言うしかなかった。

「そこ、退いてくれるか?」

 宝生は顔をあげた。泣きそうな顔で俺を睨みつける。

「……謝ったくらいで許されると思うなよ」

 想像のなかで何度も言われた台詞だが、本物に言われるとかなり堪える。

「人を物みたいに扱っておきながら」
「ああ、最低だった。本当に悪かったと思ってる」
「おまえに同じことさせろよ、そしたら許してやる」
「同じこと?」
「俺のを咥えろよ」

 宝生はズボンのファスナーを下げた。中からペニスを出して俺に向ける。

「本気か?」
「ほんとに悪いと思ってんなら、できるだろ」

 と俺を挑発する。こんなことを言う奴じゃなかった。言わせたのは俺だ。

 膝を折り、宝生の股間に顔を近づけた。付き合っている間、結局一度もイカせられなかった。これも罪滅ぼしになるんだろうか。
 柔らかいペニスを口に含んだ。

 やったところで、宝生は勃つのか? 俺を嫌っているし、なんだったら怯えているようにも見える。

 当時の不安が頭を擡げた。体温が下がるような心地がする。俺にとってもトラウマになっている。

 口のなかで、宝生の体積は増していった。無心で舌と口を動かした。宝生に頭を掴まれた。ぐっと奥まで押し込まれる。吐き気を堪えながら口淫を続けた。

 何分そうしていたのか。射精するどころか、その気配からどんどん遠ざかる。前と同じだ。俺では宝生をイカせられない。心細さと申し訳なさから、胸が苦しくなる。

「もういい……!」

 ずるっと口からペニスが抜けた。肩を押された拍子に尻餅をついた。

 宝生は顔を擦りながら、萎えたペニスをズボンのなかに仕舞う。

「おい、そんなにしたら……」

 あんまり強く顔を擦るので、心配になって腕を掴んだ。顔を背けた宝生の目元は真っ赤になっている。静かに息を飲む俺の目のまえで、宝生の頬を涙が滑り落ちていった。

 なんで、と言いかけて俺のせいだと口を噤んだ。泣かれるほど、嫌われていたのだ。

「ごめん」

 宝生の腕をはなした。泣くのを堪えるためか、宝生は唇を噛んだ。嗚咽を飲みこみ、肩先を揺らす。

「ごめん、もう二度と関わらないから」

 許してもらえると思っていたわけじゃない。でも心のどこかで、「昔のことだろ」と言ってもらえるんじゃないかと、甘い期待があった。俺は本当に馬鹿だった。

 宝生に触れないよう、トイレの鍵に手を伸ばした。

 いきなり胸倉を掴まれ、奥の壁に打ち付けられた。胸が苦しくなるほどの強い衝撃。宝生の怒りそのものだ。次にくる暴力も受け入れるつもりで、宝生を見つめた。

 泣き顔も隠さないで、宝生は俺を見ていた。

「……このくらいで許さないって言っただろ……!」

 真っ赤な目に涙を溜めて宝生が言う。俺はうなだれるように頷いた。

 瞬きをした拍子に、宝生の目から涙が零れた。

 それを見た瞬間、痛ましさと切なさがこみあげて、衝動的に指で拭っていた。

 驚きと怯えの入り混じった顔を見せたが、宝生は逃げなかった。少ししておずおずと俺の手に頬を押し当ててきた。

「……宝生の気の済むようにしてほしい。どうしたら許してもらえる?」
「簡単に許すわけねえだろ。さんざん酷いことして、人のこと不感症呼ばわりしたくせに」

 と言いながら、俺が親指で頬を撫でることを止めない。ゆっくりした動作で瞼を閉じて、されるがままになっている。

「あれはほんとにごめん。俺がへたくそだったのに、宝生のせいにした」
「ほんとだよ、おまえとやっても、ぜんぜん気持ち良くなかったんだからな」

 ずばりと切りつけられて返す言葉もない。以前の俺なら耳を貸す余裕もなく、躍起になって否定していただろう。

 前に付き合った年上の男からさんざんダメ出しをされたおかげでつまらないプライドは跡形もなく砕け散っていた。おかげで宝生の言葉を素直に聞ける。

「今日も無理だったな。嫌な思いだけさせて、ごめん」
「今日は……」

 宝生の目がうっすら開いた。かと思ったら、目を伏せたまま黙っている。

「宝生?」
「……さっき……、倉持となに話してたんだよ」

 消え入りそうな小さな声だった。いきなりの話題に面食らう。

「倉持と? えっと、おまえとはやく仲直りしろって」
「それだけ?」
「あとは……、高校のとき、おまえにした頼み事を忘れてて欲しいって言ってたな」
「高山に好きな子がいるか、聞いてほしいってやつ?」

 覚えてたのか。そうだ、と頷いた。

「あいつ、おまえのこと好きだったんだよ」
「みたいだな。さっき聞いた」
「いまも好きなのかも」
「ないだろ。昔の話だって言ってた」
「そうは見えなかった。おまえも、デレデレしてた」
「してないよ」

 どうだか、と宝生が唇を尖らせる。手の平に当たる頬が熱い。

「もしかして、嫉妬してくれてる?」
「してねえよ、なんで俺が」

 そう言う宝生の顔は赤い。また身の程知らずな期待をしてしまいそうになる。手を離そうとしたら、押し戻された。挑むような強い目が俺を見上げる。

「倉持に頼まれたから、好きな奴がいるのかってしつこく訊いたんだ」

 高校のときの話だろう。しつこく訊かれて、どうとでもなれと自棄になって宝生が好きだと言った。

「俺だって言われて嬉しかった。俺も好きだったから」

 それは初耳だった。俺もあえて訊かなかった。俺と付き合ってくれたのは、単なる好奇心と、友達を辞めるとまで言った俺にしつこく訊いた罪悪感からだと思っていたからだ。まさか好きでいてくれたなんて、思いもしなかった。

「さっきイケなかったのは、倉持のことが気になったから」
「倉持が、なんで?」
「あいつまだおまえのことが好きなのかもって。おまえも、満更じゃないのかもって思ったら、気になって仕方なくて」

 不安げで頼りなさげに話す宝生に激しく動揺した。胸を掻きむしられるような思いだった。あまりのショックで咄嗟に体が動かなかったのは幸いだった。でないと俺は宝生を抱きしめていただろう。

「最低な奴だってわかってるのに、どうしてもおまえのこと、嫌いになれないんだよ」
「宝生、それは……いまも俺のことを好きだって思っていいのか?」
「やだよ、おまえみたいな嫌な奴。ぜんぜん優しくなくて、自分勝手で……嫌な奴!」

 2回も嫌な奴が出てきた。そう言われても仕方がないほど俺は嫌な奴だった。少しはましになったと思いたい。

「俺はずっと宝生を忘れたことはなかった」
「少しは罪悪感で苦しんだかよ」
「今もずっと苦しんでる。償えるなら償いたい。昔と違う俺を見て欲しい」

 捲し立てるように言った。もしこれが俺に与えられた最後のチャンスなら、絶対逃したくない。

「頼む、俺とやり直して欲しい。変わってないと思ったら、すぐ振ってくれていい。もう二度と付き纏わないし、顔も見せないから」

 迷っているように、宝生の目が揺れる。

「どうせ、ヤリたいだけだろ」

 ポツリとか細い声が呟く。

 付き合っている間、隙をみては宝生の体に触った。宝生がその気じゃなくてもセックスした。嫌がっていたのに、映画館のトイレでしたこともあった。宝生が疑心を抱くのはもっともだ。

「宝生の嫌がることはしない。今度こそ大事にしたい。ちゃんとおまえを愛したいんだ」

 心の底からの本心だった。

 長い沈黙のあと、宝生は微かに頷いた。そっと抱きしめたら体を預けてくる。力を込めたら、頬を擦り寄せてきた。

「今度は優しくしろよ」

 宝生が遠慮がちに言う。それだけで、涙が出そうだった。





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大事だったのに(2/3)

2019.08.24.Sat.
<前話>

 その日は宝生の希望で映画を観に行った。集中してスクリーンを見ている宝生の横顔にムラムラした。暗いのをいいことに、宝生の太ももを撫でた。びくっと体が震える。「やめろ」と小声で咎める。

 これまでの経験から、最終的に宝生はなんでも俺の言うことをきくとわかっていたから、手を奥へ進めた。柔らかいそこを揉んだら宝生は膝を閉じた。手を挟まれたまま、指先で亀頭のあたりを引っ掻いた。

 宝生は息を乱した。

 指で悪戯を続けていたら後ろから咳払いが聞こえた。ギクリと肩を揺らした宝生は座席を立つと、逃げるように外へ出た。

 追いかけて宝生を掴まえた。トイレの個室に引きずり込んで宝生にキスした。触ると宝生はまだ勃起させたままだった。しゃがみ込んでペニスを口に咥えた。頭上から、宝生の荒い息遣いが聞こえる。

 舌と唇を使って奉仕したが、ペニスはどんどん萎んでいった。

「こんなとこでイケないって」

 申し訳なさそうな宝生をひっくり返し、尻に自分のペニスを宛がった。

「何する気だよ、本気か?!」
「俺はこんなところでもイケるんだよ、悪かったな」

 ゴムもローションもない。手順をすっ飛ばして宝生に挿入した。いつもより引っかかりが強い。宝生の体は強張っていた。肩に力が入り、壁についた手も白くなるほど握りしめていた。痛いのだろうが、俺がなにをしたって宝生が良くなることはない。だから黙殺した。

 静かなシネコンの男子便所の個室で、宝生のなかに射精した。

「俺の精子、出したほうがいいぞ。腹壊すらしいから」

 個室に宝生を残し、先にトイレを出た。宝生が出てきたのは、10分ほどしてからだった。

 この一件から、宝生の態度がかわった。

 休み時間はいつも俺のところへ来てくだらない話をしていたのに、俺じゃない別の奴と話しをするようになった。下校も、いつも宝生が俺のところへ来てたのに、来なくなった。ただ待っていると、宝生は俺を置いて先に帰った。別の誰かと。

 話しかければ返事をする。笑いもする。でも俺と二人きりにはなろうとしない。俺を避けていた。

 俺も意地になって、知らないふりをした。俺から一緒に帰ろうと誘わなかった。休み時間も一人で過ごした。

 それが一ヶ月くらい続いた。

 ちゃんと宝生と会話していない。体に触れてない。自慰ばかりで欲求不満だった。

 ジャージに着替えた宝生を掴まえ、体育の授業をサボらせた。誰もいなくなった教室で宝生を机にうつ伏せにして突っ込もうとしたら「口でやるから」と止められた。

 俺が机に座り、宝生は床に跪いた。勃起したペニスを見て怯えた目をする。

「改めて見ると、でけえよな」

 むりやり笑って、口を開く。亀頭を含み、たどたどしく舌を動かした。

 もどかしくて宝生の頭を押さえ込んだ。目を見開き、押し返そうとする。腰を揺すったら宝生ののどが痙攣した。

「オエッ」

 宝生が吐きそうになっても構わず頭を押さえ、腰を振った。宝生はまたあの顔をした。眉間にしわを作り、固く目を閉じ、俺が終わるのを待っていた。その顔を見てカッと頭に血が上った。

 ペニスを引き抜き、宝生の髪を掴んで引っ張り立たせ、机に突き飛ばした。亀頭で尻たぶを割ったら、宝生は喚いた。

「いやだっ、やめろ」
「おまえのフェラが下手だからだろ」
「ほんとに俺のこと好きなのか?」
「好きだからヤリたいんだろ」
「ほんとはヤリたいだけじゃねえのかよ」
「好きだからヤリたい、ヤリたいからヤル、なにが悪いんだよ」
「俺はやりたくないって言ってんだろ! 俺の気持ちは無視かよ」
「面倒なこと言うなよ。どうせおまえは俺がなにしたってイカねえくせに」
「誰のせいで……!」
「俺のせいかよ、不感症」

 感情に任せて、言ってはいけないことを言った。宝生は傷ついた顔で絶句した。宝生がイケないのは俺のせいだとわかっていた。認められなかった。俺にはその器がなかったから。だから責任転嫁した。俺はズルくて卑怯だった。

「……もう、むりだ……、もうおまえ無理、別れる」

 服の乱れを直しながら宝生が言う。声が震えて、顔は真っ青だった。

「いやだ。別れない。勝手に決めるなよ」
「おまえこそ勝手に決めるな。俺がむりだって言ってんだ」
「いやだ、絶対別れない。そんなの許さないからな」
「おまえの許しなんかいらねえよ」

 と教室を出て行こうとする。腕を掴んだら強く振り払われた。そんなふうに拒絶されたことは初めてで驚いたし、ショックだった。

「俺に触んな」
「なんで…俺が言い過ぎたから? 俺ばっかイッて、おまえをイカせてやらなかったからか?」
「馬鹿じゃねえの、そういうとこだよ」
「謝るから! 宝生、行くな! 頼む!」
「おまえと付き合ったのは間違いだった」

 そう吐き捨てて宝生は教室を出て行った。

 それ以来、宝生に話しかけても無視され、露骨に避けられるようになった。宝生の笑顔も、軽口も、俺に向けられることは二度とないまま、高校を卒業した。

 大学に入って、ネットで知りあった男と付き合った。男は俺より五歳年上で、遠慮なく物を言う人だった。

 俺の性格だとか、物の言い方だとか、些細なことでよく注意された。セックスへの駄目だしも多かった。最初はそれが嫌で嫌で仕方がなかったが、有益であることに気付いてからは、受け入れる努力をした。

 基本的に俺は、他人を思いやる気持ちに欠けていたらしかった。言うことやること、すべてが一辺倒でマニュアル通り。エゴ丸出しで独りよがり。

 生きた人間を相手にしているのだから、わからないことは聞け。不満があるなら言え。大事な人が目の前にいるのなら、全神経をつかって集中しろ。心の機微を見逃すな。自然と相手の言いたいこともわかってくるはずだ。余計な知識や駆け引きは必要ない。

 そう教えてくれた。俺には目から鱗だった。

 初めてセックスで褒められた直後、「他にかわいい子を見つけたから」とあっさり振られた。

 落ち込んでいる間、宝生のことをよく思い出した。

 あの頃の俺は最低なクズ野郎だった。

 諦めた恋だったのに、思いがけない展開で付き合えることになった。感謝して大事にしなくちゃいけなかったのに、自分の欲望を吐きだすことに夢中になって、大切な宝生を雑に扱ってしまった。振られて当然だった。

 いつか会えたら、謝りたいと思っていた。自己満足と言われても、一度ちゃんとした謝罪を──。

 宝生と再会したのは、成人後、初めての同窓会でだった。

 酒も飲める年齢になり、ホテルで開かれたわりと豪華な同窓会で、スーツ姿の宝生を見つけた。顔つきや物腰が落ち着いて大人になっていたがすぐわかった。

 誰かと楽しそうに話をしている宝生を、離れた場所からこっそり眺めた。宝生の笑った顔が好きだった。宝生がするくだらない話も楽しかった。一緒にいて心地よかった。大事にしたかったし、愛したかった。それと同じだけ、俺も大事にされて、愛されたかった。

「高山! なにぼーっとしてんの」

 誰かの声で我に返った。隣には見覚えのある顔の女がいた。

「誰だっけ」
「ひっど。三年のとき同じクラスだったんだけど」
「倉持だろ、覚えてるよ」
「ほんとかなぁ」

 倉持は唇を尖らせた。最初わからなかっただけで、覚えていたのは本当だ。倉持は宝生と仲が良くて、よく喋っていたから。

「宝生のとこ、行かないの?」

 倉持に言われて宝生を見る。宝生はまた別の誰かと笑って話をしている。

「あとでいくよ」
「宝生とはもう仲直りしたの?」

 宝生が俺を避けていたのは教室でも目立っていた。それくらい露骨だった。

「いや、まだ」
「早く仲直りしたら? 二人、すごく仲良かったのに」
「俺のことはいいよ。倉持こそ、あいつと仲良かっただろ。行かなくていいのか」
「別に仲良くはないよ」
「そうか? 好きだったんじゃないのか?」

 倉持は顎を引いて口を噤んだ。窺うように俺を見て数秒、「あは」と吹きだすように笑った。

「あの時私が好きだったのは、高山だよ」
「俺?」

 びっくりして大きな声が出た。

「うん、そう。今は違うけどね! 私面食いだったから、完全に顔だけ! そういえば、高山に好きな子がいるのか聞いてって、宝生にお願いしたことあったなあ。懐かしっ、ていうか恥ずかしっ。宝生覚えてるかな。忘れてて欲しいぃ」

 本当に恥ずかしいようで、倉持は顔を赤くしながら、俺の服の裾を引っ張った。誰にだって思い出すと落ち込む過去があるように、赤面して地団太踏みたくなる過去もあるんだろう。

「もう覚えてないんじゃない? 覚えてても、あいつは誰にも言わないよ」
「だといいけど」

 と言って倉持は両手で顔を扇いだ。

 ふと顔をあげたら、宝生と目が合った。怖いくらいの真顔だった。すぐ顔を背けられた。まだ俺のことが許せないんだろう。当然だ。宝生には酷いことをたくさんした。

 倉持とは別れ、他のクラスメートとも少し話をした。宝生に謝る機会を常に窺っていたが、なかなかひとりにならない。

 気になるのは、俺と目があってから宝生の顔色が悪いように見えることだ。笑顔も少なく、ぎこちない。俺と同じ空間にいるのも嫌なくらい、嫌悪されているのかもしれない。

 謝りたいと思っていたが、それすら宝生の迷惑になりそうだった。

 せめて一言だけでも。それすら過ぎた願いなのだろうか。

 宝生がいた場所を見たら、いなくなっていた。まさか俺の顔を見るのも嫌で帰ったのか?

 さっきまで宝生と話をしていた奴に、どこへ行ったか訊ねた。

「食べ過ぎたって、トイレ行ったよ」

 礼を言って会場を出た。





大事だったのに(1/3)

2019.08.23.Fri.
※イチャラブはない

 俺が好きなのはお前だよ、と言ったときの宝生の顔ったら。

 しつこく訊いたことを後悔しただろう。俺は何度も嫌だと言ったし、これ以上しつこくしたら友達やめるとまで言った。それでも宝生は止めなかった。

「おまえみたいなイケメンってどんな女好きになるんだよ。すげえ理想高そうだもんな。誰だよ、教えろよ」

 後悔したってしらないぞ。

 もうすべての関係を終わらせる気で告白した。宝生への恋心も、友情も、関係も、全部ここで終わりだと自棄になって。

 宝生は冗談だと思ったのか、笑いかけた。いや冗談にしたかったのかもしれない。自分で聞いておいて、逃げようとしやがった。

 でも俺の真剣な顔を見て笑みをひっこめた。葛藤したのか、良心かは知らないけど、それは友情が終わる瞬間、最良の選択だった。

「そういうことだから」

 宝生を屋上に残して教室に戻った。チャイムが鳴って宝生も戻ってきた。俺のほうをチラチラ見てくる。知らん顔した。

 あいつがどう出てくるか、いくつか候補はあるけど、どれも最悪なものだった。気持ち悪がられて避けられるのは間違いない。誰かに言いふらされたら、もう学校も辞めるつもりだった。

 放課後になって宝生は「高山、帰ろうぜ」と何食わぬ顔で話しかけてきた。

「友達やめるって言っただろ」
「冗談だろ」
「冗談じゃない」

 何か言いかける宝生を無視して先に帰った。

 翌日もいつも通りの学校生活だった。誰も俺をホモだとからかってこない。そのことすら知らない風に声をかけてくる。

 宝生は誰にも言わなかったようだ。自分までホモだと言われるのを恐れただけかもしれない。

「昨日、置いて帰るとかひどいじゃん。俺、おまえと友達やめる気ないし」

 休み時間になると性懲りもなく宝生が話しかけてくる。無神経さに苛々した。いや俺が小心なだけだ。生殺しの状況が耐えられない。嫌われるなら徹底的に嫌われたい。辱められて、1ミリの可能性もないくらい宝生を諦めたいのだ。

「俺の言ったこと理解できてる?」
「……できてる。ちょっと信じらんねえけど」
「じゃあ、もう構うなよ。どういうつもりかしらんけど。同情? 良心の呵責? 興味本位? どれも迷惑。もう放っとけ」
「やだよ。なんで俺の返事聞かねえの?」
「聞く必要がない」
「ちゃんと聞けよ。俺、おまえと付き合ってみたい」
「は?」
「は?とか言うな。俺が好きなんじゃねえのかよ。俺と付き合いたくねえのかよ」
「意味わかって言ってるのか」
「わかってるよ、ばかにすんな」

 宝生の顔が赤い。俄かには信じられない。素早くあたりを見渡した。俺たちをニヤニヤ笑って見ている奴らはいない。誰も俺たちを見ていない。いつもの、ダレた、休み時間だ。

「本気かよ」

 宝生は「うん」と頷いた。どうせ好奇心と罪悪感だろう。そっちがその気なら、利用させてもらう。絶対逃がしてやるもんか。

 放課後、ぐずぐずして最後まで教室に残った。誰もいなくなってから宝生を掴まえキスした。ガチガチに固まった体を抱きしめて、舌を入れた。ぎこちなく応えてくる。

「こういう意味だってわかってるんだよな?」
「まじだったんだな」

 宝生はむりやり笑った。引いた? 俺を怖がっているような作り笑い。いまさら後悔したって遅いって言っただろ。おまえはいつも踏みこみ過ぎてから過ちに気付くんだ。

「週末、俺んち泊まりに来いよ」
「えっ、いいけど」

 まだ覚悟も固まらないうちに、実感がわかないうちに、いただけるものは頂いておこう。

 週末になると宝生はほんとうに泊まりにきた。部屋にこもり、何度も宝生にキスした。体を触った。性的な意味合いに気付かないはずがない。なにをするつもりなのか、宝生もわかっているはずだ。具体的にイメージできているかは別として。

 用意しておいたゴムとローションを、わざと見せつけるようにベッドに放り投げた。宝生は顔色を変えた。

「今日、そこまですんの?」
「付き合ってるなら当然だろ」
「は、早くね?」
「なに。テーマパークで手繋いでデートしてからじゃないと駄目?」
「そういう意味じゃなくて、なんかおまえ、急いでない?」
「好きな奴と一緒にいるのに、したくならない奴なんているのか?」
「そうだけど」

 口ごもる宝生をベッドに押し倒し裸にひん剥いた。恥ずかしいだとかおまえも脱げだとか言われたけど、聞こえないふりして手順通りに進めた。

 足を押しひろげ、尻穴を触ったとき、宝生は少し抵抗した。顔は真っ赤だった。

 指にゴムをはめローションで濡らしてから宝生のなかに入れた。宝生は苦痛に顔を顰めて痛いと言った。

 俺だって初めてだ。知識は全部ネットから。なかに前立腺があるはずで、それを探してやみくもに指を動かす。

「痛い、いやだ、やめてくれよ」

 宝生の涙声にも気づかないほど、余裕がなかった。

 それらしい盛り上がりをみつけてそこを執拗に触った。宝生の口からエロい声は出てこない。ただ「痛い」「嫌だ」と呻くだけ。

「嫌っていうなよ! 俺だって必死にやってんのに! おまえ俺とヤリたくねえの? なんで俺と付き合ってんだよ!」

 思う通りにいかなくて宝生に八つ当たりした。宝生は何も言わなくなった。我慢する息遣いだけが聞こえる。宝生のペニスはピクリとも反応しない。焦りだけが募る。ローションを注ぎ足すことにすら、気が回らなかった。

「も……う、いいんじゃね? 入れろよ」

 ぜんぜん気持ち良くなっていないことはわかっていたが、これ以上どうしていいかわからず、言われた通り入れることにした。

 突っ込んでピストンしていれば状況が変わるかもしれないと期待した。

 ゴムをはめ、ローションで慣らし、まったく解れていない宝生の尻に押しつけた。痛いくらいの締め付けだった。腰を動かしたら気持ちよくて止まらなくなった。

 がむしゃらに腰を振った。射精はすぐだった。ゴムを替え、また挿入した。

 二度目になってやっと宝生の様子を見る余裕が出た。宝生の眉間にはずっとしわが寄っていた。唇を噛みしめ、苦痛に耐えるため固く目を瞑り、目尻から涙を流していた。ペニスは力なく腹に横たわったままだ。

 焦りと、怒りがこみあげて、また乱暴に腰を揺さぶった。宝生は喘ぐこともなければ、苦痛の声もあげない。ひたすら黙って苦行に耐えていた。

 二度目を出し終わってから、宝生のペニスを愛撫した。手で扱いて大きくさせ、舐めてみた。固くはなるが、射精はしない。躍起になって触っていたら「もういいよ」と止められて、敗北感に打ちのめされた。

 家族が寝静まった夜、また宝生に挿入した。俺は二回イッたが、宝生はイカなかった。尻だけだと勃つこともなく、手と口でやっと勃起する。だが射精はない。

「俺、感度悪いのかも」

 と宝生は言い訳したが、俺への慰めに聞こえた。

 それから隙を見ては宝生にキスして、体に触って、できる時間や場所があれば宝生の尻にペニスを突っ込んだ。

 動画通りにピストンしているのに宝生は喘がない。勃起もしない。目を閉じ、眉間にしわをつくって、ただ終わるのを待っている。

 それが二ヶ月も続くと、俺も宝生を勃たせようとか、喘がせようとか、思わなくなってきた。それが当たり前になってしまっていた。何も言ってくれないから、何が良いことなのかもわからない。

 いつからかセックスがただの作業になっていた。ゴムをつけ、ローションで慣らし、ピストンして、射精して終わり。

 好きな男の、生きたダッチワイフ。

 セックスのとき以外、宝生はいつも通りだった。冗談を言って、俺をからかい、よく笑い、よく喋る。二人きりの、そういう雰囲気になったときだけ、無口になる。

 照れているのだと、思いこもうとしていた。無口になるわけを聞いたら、宝生が離れてしまうような気がしたから、怖くて聞けなかった。