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成長痛(3/3)

2019.08.04.Sun.


『今日遊べる?』

 夏休みの宿題もしないでソファでゴロゴロしていた昼過ぎに藤園からメール。遊びの誘いは藤園待ち。俺から誘っても習い事やらなんやらで断られることが多いから。

「今日はピアノじゃないの?」
『先生が用事で急に休みになった』

 ここで猫が笑ってる絵文字を使ってくるのか。くすぐったい気持ちになる。

「どこで遊ぶ?」
『駅集合。カラオケ行こうぜ』

 有り金では不安なので母親に拝み倒して二千円もらった。シャワー……は、なんか違うよなと思って制汗スプレーを体にふりかけて家を出た。

 藤園はすでに駅にいた。散髪したらしく髪が短くなっている。

 コンビニに寄ってジュースを買ってから電車に乗った。

「風呂入ってきた?」

 今日の藤園はなんだかいい匂いがする。

「ちげーよ。香水。軽くだけど」
「香水使ってんの?」
「お前使ってねえの。汗臭いとモテねえぞ」
「スプレーしてきたし」

 フン、と鼻で笑われた。今までそんなに女子の目を気にしたことがなかった。藤園といると、たまに自分が子供っぽく感じることがある。

「藤園は誰かと付き合ったことあるの?」
「ねえよ、俺のレベルに釣り合う女が学校にいないからな」

 呆れて言葉も出ない。ではいったい、誰を意識しての香水なのか。

「正直いまはそれどころじゃねえし。親から入れって言われてる高校があって、そこに受かるまでは遊んでる暇ないっつうか。いまはお前と遊ぶので充分だし」
「へえ、どこの高校? 俺も入れるかな」
「あはは、お前には無理だろ」

 やってみなきゃわからないだろ、とか。この時そんなことを言い返したと思う。藤園に動揺を悟られないように必死だった。

 ──いまはお前と遊ぶので充分だし

 藤園の強がりでも、気まぐれなリップサービスでもいい。そんなことを言われて俺は舞い上がってしまった。顔が熱くなって、心臓がバクバク鳴るほどに。

 勉強しよう。藤園を見返してやるのも面白いよなってノリもあったけど、本音は藤園と同じ学校に通いたかったからだ。

 そんな決心を抱かせた電車の中。窓から差し込む夏の日差しを浴びて、藤園の白い肌はさらに白く輝いた。細い首筋。触れたらどんな感触だろう。藤園はどんな顔をするだろう。考えてはいけないことだとわかっていたから、表に出ないように胸の奥底へ封印した。

 目的の駅で電車を下り、駅ビルをウロついたあと、カラオケへ向かった。一時間ほど歌ったあとは、頼んだポテトをつまみながらおしゃべりした。

 通う塾に気に食わない奴がいるだとか、俺の身長がまた伸びててムカツクだとか、もうピアノは辞めたいだとか。

「藤園のピアノ、聴いてみたいんだけど」

 思いつきで言った。あの細い指がどんなふうに動くのか、見てみたかった。

「今日俺んち父親いるから無理」
「あ、じゃあ、楽器屋行こう」

 さっきウロついた駅ビルに戻った。店頭に電子ピアノが置いてある。藤園はそれを見て顔を顰めた。

「まじかよ」
「頼むって。俺なんかチューリップも弾けないのに」
「こんなとこで弾くとか、罰ゲームだろ」
「一曲だけ。ちょっとでいいから」

 俺を軽く睨んだあと、藤園はため息をついて、本当に嫌そうに鍵盤に指を当てた。そして、びっくりするくらい滑らかに指を動かして、俺でも聴いたことのあるクラシックの名曲を弾いた。鳥肌が立った。通りかかった通行人も思わず足を止める。しかし藤園はすぐ弾くのを止めてしまった。

「す……っげー! めちゃくちゃうまいじゃん!」
「ぜんぜんうまくなんかない。この程度、誰でも弾ける」
「嘘だあ。めっちゃうまいって!」
「お前みたいな素人にはそう見えても、聴く奴が聴いたらド下手だってわかんだよ」

 暗い表情、マジのトーン。藤園がピアノを嫌っていることは度々聞かされた愚痴で知っていた。たまにある発表会やらコンクールで結果を出せていないことも。ピアノ仲間にあからさまに侮辱してくる奴がいて、そいつをぶっ殺したいと思っていることも聞いて知っていた。

 こんなに上手に弾けるのに、一番じゃないなんて。藤園曰く、素人に毛が生えた程度。

「ま、別にいいけどな。三年になる時に辞めていいって言われてるから」
「ピアノ辞めるのか?」
「もともと嫌々習ってたしな。母親の希望でやらされてただけだし。父親には、金と時間の無駄遣いだって言われてきたし。辞めれて清々する」

 吐き捨てるように藤園は言った。短い付き合いでもプライドの塊のような奴だということはわかる。努力と結果が結び付かないことが歯がゆいのだろう。母親の期待に応えられないことも、父親からは期待すらされていないことも、どちらも藤園には耐えられない屈辱なんだ。

「もったいないよ。続ければいいのに」
「やだね。弾けたところでなんの意味もない」
「女子にモテそうじゃん。藤園くんかっこいーって。いまも充分かっこいいと思うけどさ」

 藤園が笑った。いつも冷笑ばかりだけど、たまにこうして無邪気に笑う。ずっとこんな風に笑っていればいいのに。

「藤園が笑ってんの、初めてみたかも。めっずらしー」

 聞き覚えのある大きな声が突然話しかけてきた。瞬時に藤園の顔から笑みが消え、険のある目つきにかわる。

 いつの間にか俺たちの背後に松田と川崎がいた。二人も遠征してここまで遊びに来たようだ。一番会いたくない奴らに出会ってしまった。

 二人はニヤニヤと笑いながら粘つく視線を藤園に送る。このまま通りすぎる気はないらしい。

「さっきピアノ弾いてたの藤園だよな。なにあれ。自慢? もしかしてかっこいいと思ってた? いやいや、見てるこっちが恥ずかしかったんですけど。通行人に笑われてたぞ、お前」
「おい」

 カッとして松田に言い返した。

「俺が藤園に弾いてくれって頼んだんだよ。めちゃくちゃうまかっただろ。なんで素直に認められないんだよ」
「認めるもなにも、こいつのピアノうまいと思わなかったし。調子乗ってる姿は面白かったけど」

 松田と川崎はわざと大きな声で笑った。嫌な注目を浴びる。藤園は俯いて唇を噛んだ。

「お前らだって、一生懸命サッカーやってるんだろ。藤園だって同じだ」
「こいつと俺らをいっしょにすんなよ。俺らは体育休んだりズルしてねえもん」
「ズルじゃない! 指を怪我したらピアノが弾けなくなるから、藤園は仕方なく……!」

 興奮して俺まで声が大きくなっていく。

「もういい、江田島。馬鹿に構ってたって時間の無駄だ」

 俺の腕を藤園が掴んだ。白い肌が斑に赤い。強いストレスを我慢している証拠。

「なー、ほら、ずるい。自分のこと言われてんのに江田島にばっか言わせて自分はなんも言い返さねえんだぜ。これがズルくなくてなんなんだよ。卑怯もん。根性なし。人のこと馬鹿にして優位に立ったつもりかよ。親が金持ってて勉強ができたって、お前そんなすごくねえからな。どこの誰がお前のことを必要としてくれんだよ。江田島以外に友達いんのか? いねえだろ。お前、自分が思ってるほど生きてる価値ねえからな」

 気が付くと藤園の腕を振り払い、松田を殴っていた。顔色を変えた川崎が掴みかかってくる。それを投げ飛ばし、松田に馬乗りになった。

「お前のほうがよっぽど生きてる価値ねえだろ」

 拳を振りあげた。松田の怯えた顔。そこにもう一発叩きこむ。人を殴ったのは初めてだ。

「俺と喧嘩する? したらサッカークラブに迷惑かかんじゃないの?」

 松田は何度も頷いた。

「どっち? 喧嘩すんの?」

 今度は首を横に振る。赤くなった目に涙が滲み始める。あんなに藤園につっかかってきたくせに、すぐに泣く。なんなんだ、こいつ。

「もう藤園に構うなよ。今度なんかしてんの見たら今日より痛い目にあわせる」

 後ろから川崎が何か言いながら俺を引きはがそうとしている。こいつも腕一本でどうにかできそうだ。ただ声がでかいだけで本当はこんなに弱かったのか。

「江田島、まずい、人が見てる。行くぞ」

 藤園の言う通り、足を止めてこちらを見てる人が何人かいた。この場を離れないといけない。でも足に力が入らなかった。人に暴力を振るったショックが今頃きたらしい。

「江田島、行くぞ」

 藤園に腕を掴まれてやっと立てた。藤園は笑っていた。もしかしたら引かれてんじゃないかと思ったから、その顔は意外だった。
 腕を掴まれたまま駅に向かう道を歩いた。途中、トイレに繋がる通路を曲がって藤園は腕をはなした。

「ごめん、藤園」
「なんでお前が謝んの。俺のためにやってくれたんだろ」
「そうだけど…俺、殴るつもりとかなかったのに」
「お前でけえから迫力あったわ」
「松田、大丈夫だったかな」
「あんな奴どうでもいいだろ。鼻の骨でも折れてりゃいいんだ」
「よくないよ。ほんとに折れてたらどうしよう」
「ちょっとは男前になるんじゃね?」

 自分で言って藤園は吹きだした。こっちは気が気じゃないってのに。

「俺が言った通りだっただろ。いまのお前だったら気に食わない奴らボコボコにできるって。なんであいつらがお前には絡んでいかなかったかわかるか? お前には喧嘩で勝てねーってわかってたからだ。で実際あのざまだろ。ちょっと殴られたぐらいで半泣きになりやがって。写メっときゃよかった。一生笑えたのに」

 だから藤園はさっきから機嫌がいいのか。とりあえず藤園に引かれてなくて良かった。

「気分いいし、飯食ってから帰ろうぜ。奢る」

 踵を返し、藤園が歩き出した。その背中を追う。俺はこの先ずっとこの背中を追いかけるだろう。そんな予感がした。

 ~~~

「う、あ」

 射精したら、冴木は先端を吸って最後の一滴まで飲みほした。

 ABCがしているのを何度も見てきた光景とは言えぞっとする。やっぱり冴木は変態野郎だ。

「ほら、A、俺もやったんだから、次はお前の番だろ」

 まだ躊躇いを見せるAを無言で見下ろす。こうすれば俺を怖がって大抵言うことをきく。

 中学から伸び始めた背丈は結局184センチまで到達してやっと勢いを止めた。しかしまだ緩やかに成長途中。服のサイズがなくなるからもういい加減にして欲しい。

 Aは恐る恐るコンドームの箱を掴んだ。

「ま、まじでやんの?」

 一縷の望みをかけて、藤園をチラリと見る。うんざりした顔で藤園は言った。

「嫌ならやんなくていいけど、冴木にお前を犯させるから」

 有言実行。藤園は言ったことは必ずやる。俺もそれを手伝う。それはAも知ってるから、ハッと顔色を変えて箱を開けた。

「おい変態、そこに四つん這いになれ」

 藤園が声をかける。ちゃんと名前を呼ばれなくても冴木は四つん這いになった。さっき、それだけは許してってすがりついてなかったか? やっぱりこいつはおかしい。進んで俺たちにいじめられているとしか思えない。それを見抜けない藤園でもないのに、どういうわけだ。

「ほらA、遠慮なく変態のケツに突っ込んでやれよ。こんなんただのオナホだって思えばいいんだよ。女と本番やるときの練習台。失敗して恥かきたくないだろ? お前ちょっと早漏気味なんだからさ。この変態の汚えケツで鍛えとけって」

 とAの背中を叩く。やっぱり藤園の顔色は悪い。そこまで無理をする理由がわからない。俺に話してくれたら、なんとかしてやれるかもしれないのに。

「だ、だよな。冴木だって思うから気持ち悪いだけで、オナホって思えばいいんだよな」

 自分に言い聞かせるようにAが言う。ちょっとだけ同情する。

 ついに覚悟を決めたのか、Aはコンドームをはめた。呆れたことに勃起している。嫌がってはいても、想像して体が勝手に反応したのだろう。心と体の乖離ってやつ?

 冴木の腰を掴み、Aは勃起をあてがった。嫌だとか許してだとか言うくせに冴木は逃げない。しっかり尻を突きだしている。Aの腰が進んだ。冴木は細切れの悲鳴をあげながらあっけなく射精した。

 あまりの早さにBとCが笑う。むりやり笑う藤園の顔は、血の気が引いて真っ白だった。

 どうしてそうまでして冴木に関わるのか、俺が訊いても藤園は教えてくれないだろう。

 荒い呼吸を繰り返す冴木の横に屈みこんだ。俺を見る冴木の目は完全にイッてる。

「なあ、お前、うちの藤園になんかしたか?」

 冴木にだけ聞こえるように囁く。

「え……? ふじその、くんに……? 俺が、なにかって?」

 呂律が回ってない。意味を噛みしめるように俺の言葉をなぞる。

 蕩けた目の焦点が合い、正気の光が戻った──ように見えた。

「俺なんかが藤園くんに何かできるわけないよ」

 と、口角を持ち上げる。なに笑ってんだ、こいつ。





10DANCE 1巻


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成長痛(2/3)

2019.08.03.Sat.
<前話>

 今日は歩くことも辛いほど痛みが酷かった。朝は車で学校まで送ってもらった。当然体育は見学で、時間をかけて辿りついた保健室ではまた藤園が勉強をしていた。

「先生は?」
「いない。すぐ戻るって出て行った」

 ノートから顔をあげないで返事をする。近寄って覗きこむとまだ習っていない数学の問題を解いていた。

「藤園って頭よくて羨ましい」
「ガリ勉って言いたいんだろ」
「言わないよ。俺勉強も体育も得意じゃないから、なんか一個得意なのがある奴ってすごいと思う」
「確かに何も誇れるものがない奴って悲惨だよな」

 顔をあげたと思ったら蔑むように笑う。やっぱり藤園って嫌な奴だ。

「その顔の傷、どうしたの?」
「……別に」

 笑みを消して藤園はまた顔を伏せた。頬にできたばかりの擦り傷があった。

「もしかして、松田?」

 シャーペンを動かす手が止まった。

 この前の保健室の一件から、松田と川崎の藤園への当たりが強くなっていた。わざとぶつかったり、教室中に聞こえる声で藤園の嫌味を言ったり。

 無視が一番、と藤園は相手にしていなかったが、だんだんエスカレートしている気がしていた。

「お前に関係ない」
「先生に言ってみたら? 俺も小学校のときちょっといじめられたことあってさ。先生に相談したらマシになったから」
「お前が?」

 興味が湧いたのか、藤園は顔をあげた。

「小/学校の頃、俺すげえ太ってたんだ。なにすんのもトロいから、松田みたいな奴にからかわれて、けっこうツラかった」
「いまは全然太ってないな。どうやって痩せた?」
「痩せたってか、成長した? 中学入ってすぐ体調崩してちょっと痩せて、そんでしばらくしたら急に背が伸び始めたんだ。落ち着いたと思ってたけど、また最近伸びてるみたい」
「あー、成長痛がどうとか言ってたな。そんなに痛い?」
「めちゃ痛い。ここ来るのも足引きずって来たし」
「だったらボケっと立ってないで座れよ」
「えっ」
「あ?」
「いや、うん」

 ベッドで寝るために来たんだけど、とか。一緒に座っていいんだ、とか。誘って?くれたのがなんか嬉しい、とか。

 この時俺はちょっと動揺した。

「いま何センチ?」

 藤園はシャーペンを置いて、隣に座った俺を見た。

「175くらい」
「でけえ」
「うち家族全員でかいから」
「ムキムキ?」
「や、そこまでは。ただなんかでかい。骨太? なのかな」
「腕太いよな。脂肪? 硬い。筋肉じゃん」

 藤園の白い手が俺の腕を無遠慮に掴む。細い指にそわそわする。

「ちょ、くすぐったい」
「お前のこといじめてた奴、ぼこってやれよ。いまのお前なら楽勝だろ」
「いいよ。喧嘩したことないし、暴力好きじゃないし」
「そんなだからいじめられるんだろ。一生負け組でいいのかよ」
「負け組とか……、誰か殴らなきゃ勝てないなら、負け組でいいよもう」
「俺だったらぜってえ嫌だけどな」
「藤園は勝ち組だね。親が医者とか」
「まあな。俺も医者になるし。くだらねえ底辺の奴らと、いつまでも同じとこにいる気はないね」

 もう将来のことを決めているのが単純に凄いと思った。しかも医者を目指すなんて、簡単な道のりじゃないはずだ。並大抵の努力では達成しえない高い目標。藤園が大人に見えた。

「お前もしばらく体育見学するなら、勉強教えてやろうか?」
「えっ」
「嫌ならいいけど」
「助かる! 今度から俺も勉強道具持ってくる」

 微笑みながら藤園が頷いた。嬉しいような、恥ずかしいような、不思議な気持ちになった。

 それ以来、教室のなかでも藤園と話すようになった。

 ♢♢♢

 藤園の顔は整っている。でも口から出てくる言葉は、お世辞にもきれいとは言えない。口を開けば誰かの悪口。俺に対しても嫌味。基本、自分以外のクラスメートを下に見てる。

 体調不良じゃなければ、今頃中高一貫校で質のいい教育を受けていたのに、とよく愚痴をこぼす。中学受験をしていたとは知らなかった。実力不足か、本当に体調不良だったのかは、どっちでもいい。藤園と同じ中学になれて良かったと密かに失敗を喜んだ。

 藤園は嫌味だし、性格も悪いけど、その分俺も言い返していたから、付き合い自体は意外と楽だった。

 いつも俺が言い負かされる側だったけど、たまに俺のカウンターが決まることもあって、そんなとき藤園は文字通り絶句して、じんわり顔を赤くさせた。照れ隠しと苛立ち紛れに俺を殴ったり蹴ったりしたけどぜんぜん痛くなくて、逆にかわいいなあ、と妙な気を起こさせた。

 すぐ、放課後も遊ぶようになった。藤園はほとんど毎日なにかしらの習い事にでかけていて、なかなか遊ぶ時間が取れない。塾までの時間のほんの30分とか。ピアノが終わってからの20分とか。

 たまに習い事がない日もあって、そんな時はお互い門限ギリギリまで一緒に遊んだ。藤園の大きい家に遊びにいくこともあった。藤園の部屋にはテレビもゲームも揃っていて、俺が見てないビデオを見たり、ゲームをしたり、テスト前には真面目に勉強したりもした。

 外へ買い物に行く日もあった。俺が選びに選びぬいたTシャツを一枚買っている間に、藤園はTシャツ2枚と靴とベルトを買った上に、昼飯を奢ってくれることもあった。

 生活レベルの違いをまざまざ見せつけられて、ナチュラルに見下す発言もされたが、不思議と嫌な感情はわかなかった。そんなの当たり前だという藤園の態度があまりに自然すぎて、俺も卑屈になる必要がなかった。

 松田たちはあいかわらずだった。藤園を見ながらいやらしくニヤニヤ笑う。小声でなにか話したあと爆笑する。全部藤園をネタにしてるってことが、外野にもわかるやり方で。藤園を揶揄した言動はしょっちゅう見かけた。机の上のものを落としたり、すれ違いざまわざとぶつかったりすることもあった。

 さすがに藤園が言い返したら、ここぞとばかりに松田は喧嘩腰になった。喧嘩になれば藤園はぜったい勝てない。それがわかっていて、わざとふっかけているのだ。藤園もそれは承知しているから決して手は出さない。俺がそばにいるときは俺が間に入って止めた。

 藤園と一緒にいる俺も松田たちに敵視されるかと思ったが、なぜか普通に話しかけられた。たいていが藤園のことを悪く言う内容。

 金持ってるから一緒にいるんだろ、と言われた時はカッとして違うと言い返した。金以外、あいつと一緒にいて得なことある?とも。

 得なことはあった。

 勉強を見てもらったおかげか期末テストの点は思っていたより良かった。それになにより、藤園と一緒にいるのは楽しかった。俺たちは馬が合った。たまに価値観の違いで衝突もしたが遠慮なく言い合えたし、最終的には個人の自由だと、お互いを認め合うことになった。

 性格も、考え方も、生活レベルも、なにもかも違ったが、俺たちはそれを認め合って楽しめる仲だった。

 こんな友達は藤園が初めてだった。だから夏休みがとても楽しみだった。






成長痛(1/3)

2019.08.02.Fri.
前話「お触り禁止」

 机にこしかけ、藤園はずっと窓のそとを見ている。下のグラウンドからは運動部の連中の掛け声。中/学生の頃、サッカークラブの奴らにいじめられた経験から藤園は視界に入れるのも嫌がるほど運動部の奴らを目の仇にしている。なのにじっと見てるのは、それ以上に不愉快なものから目を背けるためか?

 俺たち以外誰もいない教室。冴木がABCにフェラをしている。藤園の命令。最初は面食らったが、慣れてしまえばただ気持ちが悪いだけの光景。藤園も見るのが嫌ならやれと命令しなければいいのに。

「藤くん、こっち終わったよ」

 最後のCが藤園に声をかけた。藤園の頬がピクッ痙攣した。ため息をつきながらやっと教室の中へ視線を戻す。

 床に膝をついたままの冴木も、藤園の目を見つめ返した。口元は唾液と精液まみれ。汚い。

「今日は用事があるから…早く帰らせてほしいんだけど…」

 口元を拭いながら冴木が言った。背中を丸めておどおどとした喋り方。加えて頭も足りない。こんなことを言われて藤園が素直に帰すわけがないのに。

「藤園くんのも舐めたら、帰してくれる?」

 媚びの入り混じった上目遣いが藤園を見る。瞬間的に湧きあがる怒りと嫌悪。これ以上いじめられないよう冴木なりに必死なんだとわかるが、俺は冴木のこの顔が殴りたくなるほど嫌いだ。ABCはそうじゃないみたいで、ただゲラゲラと笑っている。

 前は冴木にフェラをさせることに抵抗があったABCも、今ではただの性処理感覚で危機感もなくちんこを咥えさせている。藤園は俺にもやれと言うが、絶対ごめんだと拒否している。

 当の藤園だって、最初の一回以降、やらせてない。冴木に触られるのが嫌なんだと思う。いまだって顔を強張らせている。

「今日はいいものを持ってきてやったぞ」

 藤園は無理して笑うと、鞄から紙袋を取り出して床に投げすてた。藤園と紙袋を見比べて冴木は袋を開けた。中から出てきたのはコンドーム。ABCがまた笑う。

「これは……?」

 怯えた様子で冴木は藤園を見上げた。

「今度は下の口に突っ込んでやるって言ってんの。嬉しいだろ、変態」

 冴木はコンドームを見つめたまま動かなくなった。ABCも笑い止んだ。やっとそれを使うのが誰か思い至ったらしい。どうせこいつらがいま感じてる躊躇いなんか、一回ヤッてしまえばすぐ消えてなくなる。

「そ、それは嫌だ、許して。他のことなら、なんでも言うこときくから」

 床を這って冴木が藤園の足にしがみついた。藤園が驚く。俺は冴木の腹を蹴った。加減が追い付かなくてかなり強く蹴ってしまった。冴木は腹を抱え呻いている。そんな冴木を見下ろす藤園の顔色は悪い。

 藤園も、俺と同じで冴木が気持ち悪いんだと思う。抵抗らしい抵抗をしないでただいじめられているだけ。しかも勃起させて。酷いことをされて勃起させるなんて、藤園が言う通り冴木は変態なんだろう。

「おい、A」

 藤園に呼ばれたAがぎくりと肩を震わせた。

「お前からこの変態に突っ込んでやれよ」
「え、いやでも男のケツに突っ込むとかさあ、さすがに気色悪いじゃん」
「はあ? こいつの口に何回もちんこ突っ込んで腰振ってるお前がそれ言う?」

 藤園の顔つきと口調が変わった。機嫌を損ねたと気付き、Aは慌てた。

「だって口とケツは違うじゃん。ケツに突っ込むとか汚ねえし、それやったらなんか、マジって感じするじゃん」

 藤園は目の前の机を蹴り倒した。大きな物音にABCが体をびくつかせる。

「マジってなにが? ケツはアウトで口はオッケーってどういう基準? 変態の口でイキまくってるお前がよく汚いとか言えるな。何様だよ」

 あー、これはまずい。藤園は本気で怒ってる。険悪な空気。Aも気まずそうに下を向いて黙ってる。

「ふ、藤くんは俺らにばっかヤレっていうけど、藤くんはやんないじゃん。フェラだって一回しかさせてないし。江田島は一回もやってないのになんも言われないのって不公平じゃん」

 Bがまさかの反論。藤園の目がつりあがる。手を出すかと思ったが、藤園は堪えた。

「いやいや、なんで俺がお前らと公平でなくちゃいけないのか意味わかんないんだけど。でもまあいいや。おい変態、今度は俺のをしゃぶらせてやる」

 藤園が無理をしているのが俺にはわかる。

 声をかけられた冴木は藤園の前まで膝で移動した。藤園が自分のベルトに手をかける。冴木は顎を持ち上げた。

「藤、待って。俺がやる」

 咄嗟に止めた。冴木にしゃぶられるなんて嫌だが、藤園がやられるよりはマシだと思えた。

 俺を振り返った冴木と目があった。本気で嫌がっているようには見えなくてどこか余裕を感じる。冴木は男が好きなのかもしれない。だとしたら俺たちのほうこそ冴木に利用されていることになる。それに気付かない藤園じゃないのに、なぜこいつに関わるのを止めないんだろう。

「俺がフェラさせたら、次はお前らの番だぞ。ケツに突っ込んでやれよ。なんなら同時でもいいぞ」

 ABCに笑いかけたら、三人もぎこちなく笑い返してきた。男のケツになんかゴムをつけても突っ込みたくない。その気持はよくわかる。でも藤園がそれを望んでいるなら、それがこいつらの役目だ。まだ藤園がやってないとかグダグダぬかしたら、その時は俺がこいつらを殴ろう。藤園の華奢な手では、三人も殴ったら痛めてしまう。

 ズボンとパンツをずらしてちんこを出したら冴木のほうから迎えにきた。ぬるっと濡れた温かな口腔内。慣れてしまったのか、冴木に躊躇はない。嫌悪感は意外と一瞬で消えた。

 そっと安堵の溜息をもらした藤園を見て、俺は満足した。

 ~~~

 俺と藤園の出会いは中学二年のとき。同じクラスになったが特に接点はなく一学期も終わりに近づいた頃。

 当時俺は成長痛がひどくて体育を受けられる状態じゃなかった。夜になると特にひどくて連日睡眠不足。親が事情を話して体育は保健室で寝ていいって処置になった。喜んで向かった保健室に藤園がいた。

 藤園の親が医者だって話はわりと早い段階で噂になってて、見た目も男のわりに整っていたから女子に人気があった。でも一部の女子からは性格が悪いって猛烈に嫌われてもいた。平気で他人の欠点を指摘したり見下す言動が目立つ奴だったから仕方がない。男からはあまり好かれていなかった。やっぱり性格のせいだったと思う。

 藤園は保健室で勉強をしていた。入ってきた俺を見てあからさまに顔を顰める。噂通りの嫌な奴だと思った。

「江田島くんね。先生から聞いてるよ。成長痛? そんなに痛むの?」

 保健の先生が俺に声をかけてきた。藤園の視線が手元のノートへ戻る。

「夜寝てらんないくらい痛い」
「あー、いま一気に伸びてるのかもねえ。かわいそうに。今日は暑いからプール入りたかったでしょう?」
「いまバタ足したら死ぬ」

 先生が笑う。俺も笑った。フンって、鼻で笑った音が藤園から聞こえた気がしたけど無視した。

 寝てていいとベッドをあてがわれた。マットも布団も硬くて馴染みが悪い。カーテンに囲まれていても部屋が明るいし、とても眠れそうになかった。

 遠くからプールではしゃぐ同級生の声が聞こえる。気持ちいいだろうなと羨ましくなる。それに消えそうなほど微かに、勉強をする藤園のシャーペンの音。一度書き始めると淀みない。音がやんだ。問題を読んでいるのか、考え中か。またシャーペンがノートの上を走る。心地よい音だった。

 親が金持ちで、顔もよくて、頭もよくて。なんかそういうのずるいなって思ってたけど、ちゃんと努力してるところもあったんだと当たり前のことに気付いた。

 ウトウトし始めた頃、騒がしい足音が保健室にやってきた。

「先生! 鼻血!!」

 聞き覚えのある声。同じクラスの松田だ。あいつはいつも声がでかい。

「どうしたの? ぶつけた?」

 先生が対応する。その声に耳をすます。

「遊びの時間に潜水してたら誰かに顔蹴られた」
「あら。潜水っていまやっちゃいけないんじゃなかった?」
「ちょっとだけ。一瞬潜っただけ」
「どうして潜水しちゃいけないか身をもって学んだわね」

 松田はちょっと苦手だ。声と比例して態度もでかい。藤園が自分のバックグラウンドに自信を培ったタイプなら、松田は自分への絶対的な自信を持って他人に横柄になるタイプだ。勉強はいまいちでもスポーツが得意で体も大きい。授業中であろうが大きな声で冗談を言って笑いを取る。物怖じしないからリーダーシップを取る場面も多いが、気分屋で身勝手な部分もある。

 大勢の男子から一目置かれているし、女子からもモテている。それは藤園の比じゃない。

「このくらい、サッカーやってたら日常茶飯事だよ」

 得意げな松田の声。その顔まで想像できるようだ。

「男の子は強いわねえ。はい、ちょっと鼻触るわよ。折れてはないみたいね」

 またドカドカと足音が入ってきた。

「松田、大丈夫かよ。先生がこっちで着替えろって。制服持って来てやったぞ」
「おー、悪い、サンキュー」

 松田とよくつるんでいる川崎の声だ。松田と同じくサッカーをやっている。二人は似たもの同士で揃うとたちが悪い。

「藤園じゃん」

 松田に負けない大きな声が藤園を見つけた。

「また体育さぼってんの。いーよなー。親が医者だと体育受けなくていいんだもんなあ」
「こら。そんなこと言わないの。家庭によってそれぞれ事情があるんだから」

 先生が川崎を窘める。川崎の言うとおり、藤園は毎回体育を見学していた。そのせいでクラスの奴らから反感を買っている。

「知ってる。ピアノだろ。うちのボクちゃんはピアノをやってるざます。大事な手を怪我したら大変ざますから体育は見学するざます! って親が学校に乗り込んできたって」

 それは俺も聞いたことがあった。まだ中学に入ったばかりの頃、別のクラスだった藤園の存在は知らなかったが、そういう事情を通そうと学校に直談判しにきた親がいる、というのは噂で聞いていた。

 同じクラスになって「あれがあの時の」と合致した。藤園は本当に一度も体育に出なかった。体を動かすような行事も見学か欠席。ジャージ姿すら見たことがない。

「なあ藤園、お前の親ってモンペだよな。恥ずかしくないの?」
「そういうお前は女みたいにおしゃべりだな」

 ずっと無言だった藤園が口を開いた。

「少しは静かにできないのかよ。こっちは勉強してんだよ。見てわかんねえか。馬鹿だからわかんないか」
「ああ? 誰に向かって口きいてんだよ、ガリ勉マザコン野郎が」

 松田の声が威嚇するために低くなった。カーテンの外は一食触発の空気。やばいやばい。ヒョロガリの藤園がサッカーで鍛えてる松田と喧嘩なんかしたらただでは済まない。関係ない俺の心臓がバクバク鳴った。

「はーい、ストップストップ! 松田くんが最初に失礼なこと言ったんでしょ。藤園くんも口が悪い。二人とも言い過ぎ」

 先生が止めに入った。乱れが足音が聞こえる。藤園に掴みかかろうとする松田を先生が止めているのかもしれない。俺も加勢したほうがいい? 怖々布団をもちあげ、体を起こした。「かかってこい」だとか「調子乗るなよ」とか、藤園に威嚇する松田の声が聞こえる。まだ殴ったりするような音は聞こえない。

「ほらほら、もういいから。松田くん、そこでカーテン締めて着替えちゃいなさい。川崎くんは授業戻って」

 先生の口調もさっきまでの軽い調子じゃなくなっていた。小柄な女の先生だ。男子中/学生であっても、もう力では押しとどめるのは難しいだろう。俺も怖かったが、先生も怖かったんじゃないだろうか。

 隣のベッドで着替え終わると松田は保健室を出て行った。この一件以来、松田のグループが藤園に絡む場面を何度か見るようになった。