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生温い(2/2)

2018.08.16.Thu.
<前話>

 2、3時間って言ったくせに、実際五木から電話がかかってきたのは4時間も経ってからだった。わかってたけどむかつく。しかも五木は一旦家に帰ったのか、スーツに着替えていた。俺、パーカーにジャケットって学生みたいな格好なんだけど。

 五木の車でホテルに乗りつけて、いつの間に予約取ってたのか五木の名前で席に案内された。ディナータイムなので静かで上品な雰囲気、ドレスアップした客も多い。ますます俺が浮くじゃん。

「好きな物頼めよ」

 メニューを広げる俺に五木がニヤニヤ笑う。メニューが難解すぎてどんな料理か想像できねえよ。

「あんたに任せる」

 五木はこなれた感じで注文するとメニューをウエイターに返した。荒稼ぎした金でこういう店に女連れて来てたんだろうってのがわかる。

「そういえば何歳になったんだ?」
「えっ」
「誕生日だったんだろ」
「25」
「初めて会ったのが18の時だから、もう7年になるのか」
「なかなか濃い7年だったよな。騙されて犯されるわ、AV出演させられるわ、あんたはやくざの奴隷になって、刑務所入れられるしさ」
「そう言われると、お前と出会ってからろくなことがないな。疫病神か」
「こっちの台詞だし」

 ワインが運ばれてきたので会話を一旦中止する。白ワイン。口当たりがよくておいしい。

「そういえばさっき電話でえらく不機嫌だったな。何があった?」
「別に。あんたに関係ないことだよ」
「ならいい」

 またさっきのウエイターが料理を運んできた。大きな皿に少しの料理。小洒落た盛り付けでそれっぽく見えるだけじゃん、こんなの。一皿食べ終わるとまた次の皿がくる。これがコース料理か。25歳にして初めて食うわ。メインの肉も少なっ。こんなことならやっぱ焼肉にしときゃよかったかも。

「カードキー。忘れる前に渡しとく」

 デザートを待つ間、五木が思い出したようにポケットからカードを出した。

「ほんとに部屋取ってくれたんだ?」
「誕生日プレゼントだ。もう俺に集るなよ」

 テーブルのカードキーと五木の顔を交互に見る。

「なんだ」
「あんたは帰んの?」
「俺はお呼びじゃねえんだろ」

 確かにそう言ったけど。あんな本心隠したやり取りなんていつものことだろ。わかれよそんくらい。口をモゴモゴさせる俺を見て、五木は「クッ」と笑った。

「そんな顔で誘われちゃ仕方ねえな」

 って言うとテーブルのカードをまた自分のポケットに戻した。

「誘ってねえし」

 誘ってはいないが、縋る顔をしていた自覚はあったので抗議の声も自然と控えめ。五木はずっとニヤついている。恥ずかしくって顔あげられない。



 デザートを食べてすぐ部屋に向かった。五木をベッドに押し倒し、その上に馬乗りになる。ベルトを外して前を緩め、もどかしく引っ張りだしたちんこにしゃぶりついた。

「そんなにこれが欲しかったのか」

 口の中で五木のちんこがピクピク動く。俺は無言でしゃぶり続けた。完全に勃ちあがるとそこへ跨り、尻を落としていった。久し振りでけっこうきつい。歯を食い縛って五木を咥えこむ。

「お前、最後に女とセックスしたの、いつだ?」
「なんで? 覚えてないけど」
「覚えてないくらい前か?」
「出会いがないんだから仕方ないだろ。あんたみたいに、3Pしてる暇もないし」
「女抱けるのか?」
「どういう意味だよ」
「前に言ってたよな、お前、男とヤルとき俺がいなきゃ勃たないって。もしかして、女とヤルときも勃たないんじゃねえのか?」
「勃つよ! 今日だって勃ってたじゃん」
「なかなかイカなかっただろ。最後は俺の顔を見ながら扱いてた。あれ、俺を見ながらじゃなきゃイケなかったんじゃねえのか?」

 内心ぎくりとしてたら五木がにっと笑った。

「図星だな。中が締まった」
「あんたの顔なんか見なくてもイケるし」
「じゃあまた仕事頼もうかな」

 俺の腰を掴んで五木が下から突きあげてきた。

「ハッ、あっ」
「あいかわらずキツいな。男ともしてねえのか? ああ、俺がいなきゃ勃たねえんだっけ」

 楽しそうな声。リズムをつけて突きあげてくる。いいところに当てるために俺も腰を動かし、振り落とされない態勢を取る。

「ちゃん、と、勃つ、しっ!」

 家で一人でするときは勃起もするし射精もする。でもなぜか生身相手になると気分が乗らなくなって射精にまで至らなくなる。

 今日、女優さんにぶっかけるって時にその感覚に陥って焦った。五木を探したのはほとんど無意識だ。若い女の裸を見ても興奮はしなかった。射精のプレッシャーのほうが大きかった。そんな時に五木を見るとその気になれる。刷り込まれた反射。いつまで俺を縛りつけるんだ。

「一回抜くぞ、腰が痛い」

 五木は体を起こすと俺を押し倒し、また挿入した。

「3Pなんかするから痛いんじゃないの」

 俺の嫌味をフンと鼻で笑う。

「まだ根に持ってんのか」
「ケーキとられたんだぞ。あんたと食べようと思って買ってったのに」
「悪かったって。撮影のいろはを教える名目なだけで、あいつらも仕事欲しさに枕営業必死なんだよ」
「役得だね」
「馬鹿言え。興味ない女相手に勃起させ続けるのも大変なんだぞ」
「年だからじゃないの? あんたこそ、何歳だっけ」
「舐めんな、まだ32だ」

 足を押し広げられた。叩きこむように五木が腰を振る。

「ふあっ、あっ」
「今度好きなだけケーキ食わせてやるよ」
「あっ、あんっ、一緒に……食ってくれんの?」
「ああ、歌も歌ってやるぜ」
「はあっ、あ、もっと奥、来て……!」

 五木が俺の膝を押しあげた。体が曲げられて、自分のちんこはおろか、五木との結合部も見える。ほとんど真上から五木のちんこが中を抉るように突き刺さる。深い挿入に息がつまりそうになる。

「ああっ、やっ……! もっと、来てよっ」

 目の前に垂れるネクタイを引っ張った。五木の顔が近づいてくる。俺も首を伸ばして口を合わせた。無理な体勢。ぴったりくっつかない唇。必死に舌を絡め合う俺たち。獣じみている。

「はあっ、はっ、ん、んんっ」
「キス好きだな、お前」
「あの女優ともした?」
「しねえよ」
「他の誰かとしたら、許さねえかんな」
「そんな相手、お前しかいねえよ」

 五木の顔から余裕が消えた。腰の動きも早くなる。ちんこを扱きたい衝動を我慢する。擦ったらすぐ出ちゃいそうだから。五木の顔を見ただけで。匂いを嗅いだだけで。それだけで俺は反応する。

 結局長くはもたなくて、五木がイクまえに俺が先にイッてしまった。



 朝の六時半に叩き起こされた。五木はすでにワイシャツにネクタイを締めている。

「出るぞ。お前も仕事だろ」
「あー、うん」

 寝惚けながらベッドを出て洗顔と歯磨きを済ませる。部屋を出て五木の車に乗った。

「そうだ、俺、またあんたのとこで働こうかな」
「ホモビデオか? どうした急に」
「店畳むかもしんないんだって。オーナーから連絡あってさ。俺無職になるかも」
「今まで潰れなかったのが不思議なくらいだ」
「とりあえず食ってかなきゃなんないから、何かしないと」
「せっかく足洗えたのにか?」
「俺馬鹿だし学歴ないから、他に稼ぎ方知らねえもん」
「もっと慎重に考えろよ」
「あんただってまた仕事手伝えって言ったじゃん」
「本職にするのとはわけが違うだろうが」
「この道に引きずり込んだのはあんたのくせによく言うよ」

 いつもの軽口のつもりだったのに、五木は口を閉ざして黙り込んだ。なんだよ、マジな空気出されたら俺が気まずいだろ。

「まあ、ずるずる続けたのは俺だけどさ」

 なに五木をフォローするようなこと言ってんだ俺。

「……ほんとにやる気ならちゃんとした事務所紹介してやるよ」

 妙に低い五木の声。

「あんたんとこは?」
「うちはメーカー会社のほうだからな。プロダクションじゃねえんだ。専属がいることはいるが女ばっかだ」

 五木がいない他の事務所じゃ入る気がしないな。

「現場に俺がいなきゃ勃たねえのに、どうすんだよ」

 いつもの口調に戻って五木が俺を茶化す。確かにその通り、かもしれないので、ぶすっと口を尖らせていたら五木に頭を撫でくり回された。

「まあ、ちょっと待て。お前の働き口くらい、俺がなんとかしてやる」

 五木にそう言われると。なんかものすごく安心する。



 ネパールにいたオーナーが帰国した。ネパール人の彼女を連れて。実家にはもう挨拶に行って、結婚の話もしたそうだ。両親は最初驚いていたが祝福してくれたらしい。

 という話をネパール土産を持って店にやってきたオーナーから聞いた。その時、この店の話もした。俺がここを買い取ることは無理で断った。ローンを組む甲斐性も将来性もない。

 オーナーはしきりに残念だと惜しんでくれた。それなりにこの店と俺に愛着を持っていてくれたのだろう。

 店は他の誰かに売るらしい。すでに実家の両親に話を持ちかけてきた人物がいたそうだ。そのことがあったから、オーナーは急に俺に店を買わないかと言いだしたのだそうだ。

 レンタルビデオ店は他の誰かの手に渡る。今月一杯で営業も終了。俺は無職確定。

 働き口をなんとかしてやると言っていた五木からは連絡がない。俺、どうなっちゃうの。

 不安になって五木に電話してみた。いま忙しいとなかなか時間を作ってくれない。そうこうしているうちに店は閉店、俺は無職になった。

 一人暮らしの金もなくなり実家に戻った。はやく次の仕事を見つけて来いと毎日親から言われて肩身が狭い。家に居づらく高校時代の友達と遊びに行ったりして貯金を使い果たした頃、やっと五木から連絡してきた。

「おっせーよ、ハゲ」
『ハゲてねえよ。迎えに行ってやる。いまどこだ?』

 毎度毎度、俺に用事があるとか考えないのかこの自己中は。あいにく予定もなかったので、実家近くの駅を指定した。待つこと十分、五木の車がやってきて助手席に乗り込んだ。

「とうとう俺、無職なんだけど。いつ俺に仕事紹介してくれんの」
「今日」

 見覚えのある道を車が走る。雨の日も風の日も、働くのが面倒だった日も、毎日通ったレンタルビデオ店への道。ほらもう見えてきた。

 店の窓からポスターの類は全部剥がされ、ベニヤ板のようなものが全面に貼られていた。出入り口だった扉には、俺が手書きした閉店のお知らせの紙がまだ残っている。

 店のまえを車が通りすぎた。少し行った先のマンションの駐車場に入って車は止まった。

「なんの仕事紹介してくれんの?」
「デリヘルの店長」
「はあ?!」

 目を剥く俺の背中を押して五木はエレベーターに乗り込み、5階のボタンを押した。

「とりあえず、AV女優志望の女何人かこっちに引っ張って来てるから。将来的にはAV女優とヤれる店って売りにしようと思ってる。超VIP向けのメニュー作ってな。オーナーが俺でお前がフロント。仕事内容は女の子の管理と送迎、電話番。いまのとこ男の従業員はお前ひとり。仕事が増えて来たらドライバーを雇う」
「ちょちょ、ちょっと待てよ、俺そんなのできねえよ」

 勝手に喋り続ける五木を慌てて止めた。

「お前ならできる。むしろ適任だろ。お前のその当たり障りない人付き合いしかできねえところとか、勃たねえから商品の女に手を出しようもないところとか」
「褒めてねえじゃん、悪口じゃん。あんたは? あんたは何すんだよ」
「俺はまだ今のところを辞められねえんだよ」
「なんで?」
「最初のうちは向こうから嬢をレンタルさせてもらうから、いい女の引き抜き防止と、こっちが失敗したとき俺が飛ばねえように監視目的だな」
「ああ、あんた、やくざの奴隷だもんな」
「そういうこと。当面、お前ひとりで頑張れ」

 止まったエレベーターを出て通路を進む。505と書かれた部屋の前で止まり、五木は鍵を差し込んだ。部屋の間取りは1K。手前のキッチンにパソコンと電話が乗ったデスク。奥の部屋にはテーブルとソファ、テレビが置いてある。ここが女の子たちの待機場所。

「まじで? 俺、自信ない」
「売上次第だが、うまくいけば同年代の平均年収は軽く稼げるぞ」
「金の問題じゃなくって」
「なにが問題だ?」
「一人じゃ不安だって」
「俺がいるだろ。何かあれば連絡してこい。営業は明日からだ。しばらく暇だろうが、客から電話があったらオーダー聞いて俺に電話しろ。女はこっちで見繕う。お前はここで待機して俺の指示で車を出せ」
「車は?! 持ってない!」
「下に用意してある」

 用意周到だ。ここ最近忙しいと言っていたのは、これの準備のためだったのかもしれない。

 いきなりの展開すぎて頭がついていかない。戸惑う俺を五木はソファに座らせた。

「やりたくないならしなくていい。ゲイビでも男優でも、好きなことをやればいい」

 少し前まで本気でAV業界に戻ろうかと考えていた。でも五木が言う通り、俺は五木がいないと男相手に勃たないし、女相手でも射精できなくなってしまった。こんなんじゃどこも使ってくれない。

 かと言って何かやりたい仕事もないし、選べるほど優秀な人間でもない。

 もうずっと流されるだけの人生だった。いまさら流れに逆らったりなにか考えるなんて性に合わない。これまでなるようになってきたんだ、なんとかなるだろう。ならなけりゃ、その時また考えればいい。

「あんたもたまにはここに顔出してくれる?」
「当たり前だろ、俺の店だ」
「じゃあ、やってみようかな。できるかわかんないけど」
「よし、決まりだ」

 ソファから立ちあがると、五木は小さな冷蔵庫を開け、ケーキとシャンパンを持ってきた。

「これって」
「一緒にケーキ食うって約束しただろ」

 プレートに「誕生日おめでとう ミワ」って書いてある。こういうとこ、ずるいと思う。女嫌いのくせに女をこますことがうまいのも、こういう天性のたらし気質のせいだ。

「ローソクつけるか?」

 ライターを探す五木に抱きついた。

「なんだ、ケーキだけじゃ足りねえのか」
「足りない」
「なにが欲しい」
「あんたが欲しい」

 言い終わるや、五木にキスした。五木が俺を抱き返し、ソファに押し倒す。勃起に触られただけでイキそうになる。

 もしかしたら俺、一生五木から離れられないかもしんない。





会いたくなかった1

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生温い(1/2)

2018.08.15.Wed.
<「ちょろい」→「やっぱちょろい」→「ちょろくない」>

※男女性描写あり

 仕事終わりにスマホ見たら誕生日オメってメールが何通が来てた。すっかり忘れてたけど、今日って俺の誕生日じゃね? 気付いたらケーキが食べたくなった。1人で食べるのも寂しいし、コンビニ寄ったあと五木のマンションに向かった。

 刑務所から出所後に借りたマンションも相変らずオートロック。あいつは人を信用してないから。っていうか、被害者から呪いかけられるほど悪いことしてきたから、ビビッてんだな、情けない奴。

 刑務所に入ったからって禊が済んだわけじゃない。言っておくが俺だって被害者の一人で五木にされたことを許したわけじゃない。俺にも落ち度があったし、そのあと特殊性癖に目覚めたりして、まあ今のところ不問にしてやってもいいという気分なだけ。

 それに、こうして夜いきなり押しかけたりできるのって五木くらいだし。高校の友達にはやっぱ前もって連絡しとかなきゃ悪いなーって思うけど、五木だったら怒らせたって別にいいやって思える。だってあいつ、俺にさんざん嫌なことしたんだから、このくらいで目くじら立てんなって感じ。

 23時21分。五木ならまだ起きてるだろう。刑務所出てまともな職につけるわけもなく、五木はまた元鞘に戻ってやくざのフロント企業で働いている。女をこますことが相当うまと思われているみたいで、またAV撮影の仕事。もちろん男優じゃなく、制作側の人間。

 前に会った時、「もうまんこもちんこも見たくない」って疲れた顔してぼやいてたっけ。男遊びが激しい母親を呪い、女を嫌い、その女を道具のように扱ってきた罰だと思う。そう言ったら心底嫌そうな顔してたけど。

 五木の部屋のチャイム鳴らそうとしてたら、ちょうどマンションの住人が外へ出かけていくところだった。なのでそのまま中に入って、エレベーターに乗り込んだ。五木の部屋は最上階。バカとなんとかは高いところが好きってやつ? 言ったらぶん殴られそうだから言わないけど。

 廊下の一番奥。五木の家のチャイムを鳴らした。しばらく待つと『お前、何しに来た』って不機嫌そうな声が聞こえてきた。

「ハッピーバースデー!」
『誕生日じゃねえよ』
「俺俺!」
『帰れ』
「ケーキも買ってきたのに。あんたの分もあるよ」
『いらねぇ……あっ、こら、待て!』

 お? なんか他に人の気配? 誰かと一緒? あの用心深い五木が自宅に誰か呼ぶなんて珍しい。

 ガチャッと解錠の音。そのあと勢いよく扉が開いたと思ったら、俺を出迎えたのは五木ではなく、裸の女。それもすっごくかわいくて、スタイルのいい、俺より若そうな女の子。

「ケーキ? これケーキ? あたしがもらってあげるー!」

 俺から許可なくコンビニ袋を奪うと裸の女は部屋の奥へ走って行った。なにあの股だけじゃなく頭も緩そうな女。

 ケーキ奪われたけど、せっかくここまで来たんだから、お茶の一杯くらい出してもらわないと。ついでに五木がいまどんな顔してんのかも見てやらないと。

 靴をぬいで勝手に家にあがる。リビングへ行くと、腰にタオル巻いただけの五木が超絶不機嫌な顔で俺を睨んでた。

「あっ、お取込み中? お邪魔しちゃった?」
「ふざけるな。来る前連絡しろっていつも言ってるだろ」
「優しいあんたのことだから、俺のサプライズパーティー準備してくれてると思ったのに」
「するわけないだろ。お前の誕生日すら知らねえよ」
「ひどーい。自分だけ楽しんじゃって」

 さっき俺のケーキを強奪していった女の姿が見えない。たぶん、寝室? チラッと寝室のほうへ視線をやると、偶然扉が開いて、女が顔を出した。

「五木さーん、まだ?」

 さっきと違う女が、甘えた声で五木を呼ぶ。

「すぐ行くから、そっちで待ってて」

 俺と話す時とはぜんぜん違う優しい声と言葉遣い。なにそれ。すっげえむかつくんだけど。

 女は「はぁい」と返事して顔を引っこめた。

 視線を五木に戻す。五木はうんざりした顔つきで小さく息を吐いた。

「3P?」 
「うるさい」

 もうまんこなんか見たくないんじゃなかったのかよ。

「あんたって、ああいう女がタイプなんだ? へー、ふーん」
「仕事だ、馬鹿」
「撮影? もしかしてまた素人強/姦もの? 懲りたんじゃないの?」
「あの二人は新人女優なんだよ。撮影はまだ緊張するって言うから」
「で、なんであんたと3Pの流れになんの? 意味わかんない」
「カメラが回ってないところで、撮影のあれこれを教えてやるんだ」
「社長自ら手取足取り?」
「俺はもう社長じゃねえよ」
「あっ、今はプロデューサーだっけ?」

 厭味ったらしく笑ってやると五木は鬱陶しそうに顔を顰めた。

「お前いつからそんなに性格歪んだんだ」
「あんたに騙されて輪姦された時じゃない?」

 五木はなにか言い返しかけたけど、途中で面倒になったのか口を閉じて溜息をついた。

「俺は戻る」

 俺を押しのけて寝室へ向かう。

「邪魔して悪かったな! 俺の誕生日に! さっきの女にケーキとられたけど!」

 五木は振り返らない。何も言わない。むかつく。腹の虫が収まらない。なに女連れこんでんだよ。まんこは見飽きたんじゃないのかよ。女嫌いのくせに二人も相手にしてんじゃねえよ。

「インポ野郎! お前なんかちんぽ腐って死ね!!」

 大声で捨て台詞を吐いて五木の家を出た。まだムカツクので扉を思いっきり蹴ってやった。最悪な誕生日じゃん。

 

 俺が働いているレンタルビデオ店の唯一のアルバイト君が、知り合いのツテで就職が決まったから今月いっぱいで辞めたいと言ってきた。聞けば俺も知ってる会社名、条件もいい。代わってくれという言葉をなんとか飲みこんで、店長らしく「良かったな」とバイト君を送りだした。

 店は俺一人になった。小さな個人経営のレンタルビデオ店。微々たる売り上げ。バイト君がいなくなった分人件費が浮いて赤字は解消されたけど、朝から晩まで俺一人でまわさなきゃならない。いくら暇な店でもきつい。

 俺も他に就職先を探そうか。考えてみるけど、こんな気楽な職場に慣れてしまったら、他でやっていける自信がない。

 こうやって何度も同じことをグルグル考えて結局行動しないまま今まできた。この先もきっと同じことを繰り返すんだろう。俺の人生ってそんなもんだ。

 今日もあくびしながら一人店番をする。正午過ぎが一番暇な時間帯。映画館で見たいと思いながら結局行かなかった洋画を見ながら昼飯を食べる。

 食後のコーヒーを飲んでいたらスマホが鳴った。「五木のアホ」って表示。今度「五木の腐れちんこ」って登録変えてやろう。

「なんだよ、俺いま仕事中で忙しいんだけど」

 洋画を一時停止して五木からの電話に出た。

『潰れかけのレンタル屋がなにほざいてやがる』
「あんたこそ、新人女優の相手が忙しいんじゃないの?」
『仕事でするセックスはもう飽きたって言ってんだろ。お前暇だろ。いまから出て来いよ。晩飯奢ってやる』

 もしかして、この前の誕生日のことちょっとは悪かったと思ってその埋め合わせしようとしてる? 可愛いとこあるじゃん。

「なに奢ってくれんの?」
『ただし条件がある』
「無理!」

 こいつから出てくる条件なんて嫌な予感しかしない。

『話聞いてないだろ。これから午後の撮影なんだが汁男優が一人使い物にならなくなった。お前、代わりに出ろ。そんな店、営業してるだけで赤字なんだから』
「やだって。俺、あんたがパクられた時足洗ったのに」
『今回だけだ。お前ならAV撮影の勝手もわかってるだろ』

 そりゃまあ何本も撮影してるからわかってはいるけど。迷う俺の耳に『好きな飯奢ってやる』って五木の声。俺の目が店の出入り口を確認してる。客は来ない。

「わかったよ。肉、奢れよ。鉄板焼き」
『場所はあとでメールする。すぐ来い』

 返事を聞いたらもう用はないとばかりに無遠慮に通話が切られた。そういう奴だとわかちゃいるがむかつく。結局あいつの頼み事をきいてしまう自分が馬鹿みたいに思えるから。



 わざと遅く行ってやろうかと子供じみた復讐心がないではなかったが、撮影にはたくさんの大人とそれなりのお金がかかっていることは知っているので、店を臨時休業させると急いでメールに書かれた住所へ向かった。前に俺も使ったことがある撮影スタジオだった。

 中に入ったら、撮影スタッフの面子のなかに知った顔もあった。向こうも覚えてたみたいで「ミワちゃんじゃん」と声をかけてきた。

「お久しぶりです」
「ミワちゃん復活?」
「まさか! 今日はただのピンチヒッター」
「男優さんが一人、勃たなくなっちゃったんだよね」

 と、部屋の隅へ視線を向ける。つられてそっちを見ると、バスローブ姿の男が椅子に座ってベソかいてた。

「もともと経験浅い子で、急に緊張して勃たなくなったみたい」
「あちゃー。かわいそう。俺もインポになりかけたことあるから気持ちわかるわー」
「ミワちゃんがインポ? 初耳だなあ」
「もう治りましたけどね。でなきゃ来ないよ」
「だよね」

 ワハハって笑ってたら「おい!」って五木が遠くから指で「来い」ってしてる。俺は犬かよ。

「急に呼び付けておいてその態度」
「監督、男優揃いました。午後の撮影始めましょうか」

 俺の肩をグイッと掴んだと思ったら、いかにも監督ぽい男のほうへ体を向かせられた。

「へえ、この子が前に男の娘やってた子?」
「そうです。勝手はわかってるんで、そこらの素人よりは使えます。ほら、さっさとシャワー浴びて来い」

 挨拶もそこそこにシャワーを浴びてこいと命令され、しぶしぶ従った。そのあと、女優待ちのスタンバイ。その間に今回の撮影の設定と自分の役回りを確認し、空いた時間は一緒に出演する他の男優と軽く世間話をした。

 控室から女優さんが出てきた。ラッキーなことに若くて可愛い。なんかどっかで見たことある。最近みたAVだっけ?

「五木さん、私頑張るね」

 とガッツポーズを作る女優の声を聞いて思い出した。俺の誕生日に五木の部屋にいた女。俺のケーキを強奪してった女だ。

 五木を見た。五木はスタッフと真面目な顔で話し中。あいつが寝た女かよ。なんか急に萎えたわ。

 監督の声があがり、撮影スタート。主演女優と男優のわざとらしい演技が始まる。騙されて男の部屋に連れて来られた女の子が、待ち受けていた男たちから輪姦されるという、見たことのあるストーリー。まぁ、ありがちっちゃありがちなんだけど。

 俺は待ち受けていた男Dの役。カメラの位置を確認しながら女優さんの手足を動かして視聴者を煽るポーズを取らせる。だいたい俺が取らされたことのあるポーズだったりする。

 髪の毛で顔が隠れないよう、乱れた前髪を撫でつけてやったり。気分高めてもらうためにも乳首触ったり吸ったり。女優さん相手のAVは奉仕精神がないとやっていけないから大変だ。

 ふと思い出して五木を見た。腕組しながら壁にもたれて白けた顔をこっちに向けている。店で一番高い肉奢らせてやるからな。

 撮影もクライマックス。ちんこ扱いて女優にぶっかけるのが俺の仕事。勃起はするけどなかなか出ない。他の汁男優は次々出していく。焦ってつい、五木の顔を探した。まっすぐ俺を見ていた五木と目が合った。感情が死んだような目だ。毎日こんな現場じゃ、まんこもちんこも見たくなくなるのも無理ないだろうな。

 急に五木がフッと笑った。俺の目を見つめたまま。ブワッと全身の毛穴が開いたような感じになって、俺も無事、女優さんに精液をぶっかけて仕事は終了した。



「さすがミワちゃん、撮影慣れしてるから助かったよ」

 と、かつての顔見知りスタッフに褒められながらスタジオをあとにした。五木は当然このあと仕事が残っている。終わったら連絡をくれることになっているが、いったい何時になるやら。

 待ってる間近くの漫画喫茶で時間を潰すことにした。漫画読んでたら、いまネパールにいるレンタルビデオ店のオーナーから電話がかかってきた。

 簡単な近況報告のあと、オーナーは申し訳なさそうに『急な話で悪いんだけど』と切りだした。

「なんですか?」
『うち、売り上げ悪いじゃない? バイトも雇えないくらいに。だからいっそ店畳もうかなって思ってんのよ。実はこっちで彼女が出来てさ。このまま結婚もありかなーって。うちの親ももう年だからまた店やる気もないし、売るとしても建物が古いから買い叩かれるだろうし、それならうちでずっと働いてくれた北野くんに買って欲しいなって思ってんのよ。もちろん北野くんに買う気があればの話だけどね。北野くんが買ってくれるなら、知り合い価格で20坪で2200万。どうかな? 買う気がなければいいのよ。他に売る前に北野くんに話持ってきただけだから』

 いきなり店を畳むというのも寝耳に水の話で驚くのに、さらに2200万で買わないかだって? そんな大金、俺に用意できるはずがない。ローンだって、店を畳まれたら無職になる俺が組めるわけないし、経営を続ける条件であっても店の売り上げを考えたら銀行が貸してくれると思えない。

「ちょ、ちょっと、オーナー、急すぎだって!」
『ま、考えてみてよ。すぐ店閉めるってわけじゃないし。僕もそっち帰ってからの話だから』
「いつぐらいですか?」
『んー、早ければ今月中? 遅くても来月中かな。帰る前にまた連絡するから、考えてみて』

 その時お土産渡すねーとのんびり言ってオーナーからの電話は切れた。まじかよ。俺無職かよ。2200万なんて金ない。貯金残高16万しかないんだぞ。今日の稼ぎは実質汁男優の1000円のみ。満喫入ったから完全赤字だ。こんなことなら店番しときゃよかった。全部五木のせいだ。

 腹いせに五木に鬼電かけたら『仕事だっつってんだろうが』と怒られた。うるせえ。こっちはむかついてんだ。

「晩飯、ホテルのレストランに変更な。あんたのせいで赤字になったんだから、このくらいいいだろ」
『なに怒ってるんだ?』
「ついでに一泊したいなー」
『誘ってんのか?』
「お呼びじゃねえよ」
『出したばっかでもう欲求不満かよ』
「違うって言ってんだろ。それに3Pしてたあんたに欲求不満とか言われたくないし! 今日の女優、あん時あんたがヤッた女優じゃん! なんであんたが仕込んだ女優に俺がぶっかけなきゃなんないんだよ」

 電話の向こうから『面倒臭え』って小さな声と舌打ちが聞こえた。

『あと2、3時間で終わらせるから、それまで待ってろ』
「あんたの2、3時間は4、5時間じゃん!」

 って俺の喚き声が五木に届く前に通話は切られていた。






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