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続続続・ひとでなし(2/2)

2017.10.23.Mon.
(前話はこちら)

 マンション前に車を止めた。一人で大丈夫だと言ったそばから伊能がふらついたので肩をかついで部屋まで連れて行ってやった。

「鍵は?」
「ポケットん中」

 ポケットに手を突っ込んで鍵を開けた。必要以上にポケットのなかで指を動かした自覚があった。玄関に放りだして帰ればいいのに、靴を脱いで中まで入った。ベッドに伊能を投げ捨て「何かして欲しいことあるか?」と言いながらワイシャツのボタンを外してやっている。

「水飲みたい」
「待ってろ」

 コップに水を入れて戻る。体を起こした伊能が俺の手に手を重ね、コップの水を飲んだ。口の端から水が零れる。

「なにやってんだよ、酔っ払い」

 ティッシュを取って拭いてやる。どうしてこんなこと俺がしなきゃいけないんだと思いつつ、世話を焼く手が止まらない。

「斉藤、お前、風呂入った?」

 伊能がスンスンと鼻を動かす。

「島さんから呼び出される前にな。飯も食って風呂も入った」
「そっか。大事な夫婦の時間なのに邪魔して悪かったな」
「別に。嫁はもう寝てるし」
「早いな」
「子供が寝る時間だし。それに、妊娠してるんだ」
「えっ、2人目か?」
「まだ三ヶ月らしいけど」

 ティッシュを捨てた。ゴミ箱にある丸められたティッシュはどう見ても自慰のあとにしか見えない。女でも男でも、誰か連れこんだ時にこれを見られたくないだろうな。

「そろそろ帰る。あとは一人で大丈夫だな?」
「待てよ」

 伊能が俺の腕を掴んだ。

「なに」
「……まだ、さっきの質問に答えてなかった」

 さっきの車の中でのやりとりのことか。そう言えば全部はぐらかされた気がする。

「じゃあ、聞いたら帰る」
「お前のことが好きなのかって」
「ああ、訊いたな。で?」
「好きだ。ずっと好きだった。他の誰よりも。ずっとお前と寝たいと思ってた」

 伊能は真顔で俺を見つめたまま言った。いつもの冗談めかした口調でもない。絶句しつつ伊能の目を見つめ返した。

「一度寝たら諦めるつもりだった。お前には守るべき家族がいるから。でも諦められなかった。前より酷くなって、一日中お前のことしか考えられなくなった。好きなんだ。お前に奥さんや子供がいても、俺のこと好きになってもらえなくても、俺にはお前しかいない。俺のことなんか嫌いだろうし、気持ち悪いと思ってるんだろうけど、たまにでいいからお前に触らせて欲しい。寝てくれなんて言わないから。お前の嫌がることはしない、望むことだけをするから。お前の家族や幸せを壊すつもりは全くない。二番目でいい。だから、俺をそばに置いてて欲しい」

 余裕のない切羽詰まった言い方だった。プライドも何もかもかなぐり捨てた切実な懇願。一回も瞬きしない赤く充血した目から目を逸らせなかった。なんでも俺より器用にこなす伊能がそんなふうに思っていたなんて意外だし驚きだ。

「……島さんより、か?」
「えっ?」
「島さんより俺の事が好きか?」

 自分でもなにを聞いているんだろうと思う。でも確かめずいにいられなかった。

「人として先輩として尊敬はするけど島さんのことはもう好きじゃない。でも、島さんを好きだった頃と比べても、斉藤のほうが好きだ。島さんのことは諦められた。でもお前のことは諦められなかった」
「……そこまで言うなら、二番目で考えてやる」

 俺の言葉を聞いて伊能は目を見開いた。そして泣き笑いの表情で安心したように溜息を漏らした。これがいつも俺が引け目を感じていた男と同一人物だろうか。とても信じられない。

 ベッドに手をついて身を乗り出す。顔を近づけて行ったら直前になって伊能はぎゅっと目を瞑った。三十になる男のキス待ちの顔が可愛いと思う日がくるなんて想像もしなかった。

 待たせるのも可哀そうなのでキスしてやった。

 フェラはした。セックスもした。でもキスはしなかった。付き合ってもない、好きでもなかったのだから当然だ。

 じゃあ今は? 付き合ってるというのか? 俺は伊能が好きなのか?

 好きじゃない。でも何か特別な感情が芽生えてしまっているのは確かだ。付き合ってるわけじゃないが、こいつをそばに置いててやろうとは思う。嫁と子供が最優先。伊能自身、二番でいいと言ってるんだし。

 口元からクチュクチュと音が聞こえる。嫁より積極的な舌の動き。次を促す手が俺のベルをを外しにかかっている。そこまで俺は許可してないぞ。

「ストップ。何する気だよ」
「奥さん妊娠してるなら、最近やってないだろ?」
「だからって今日さっそくお前とヤんねえよ」
「やらなくていい。手と口でしてやる」

 知ってる快感に想像が手伝って一気に股間が熱くなった。伊能の手がそれに添えられ、育つように動いた。

「やめろよ。染みになる」

 心得たと言わんばかりに伊能がパンツをずらす。ぶるんと半立ちのものが外へ飛び出した。そこへ伊能は顔を近づけ上から咥えこんだ。舌と唇を使って吸い上げながら顔を上下に動かす。あっという間に完全に勃起した。

 ジュルジュル音を立てながら伊能の頭が動く。気を抜いたら出てしまいそうなほど気持ちがいい。

「待って、伊能」

 咥えたまま伊能が目をあげる。夢で見ていたような情欲にまみれた表情だった。この顔も声も体も、全部俺のものだ。

「お前の中に入れたい」

※ ※ ※

 病院についた、と伊能からのメールをもらい、外へ迎えに行った。

「出産、おめでとう」

 休日のラフな格好の伊能が俺の背中を叩く。

「男の子だって」
「キャッチボールできるじゃん」
「俺、野球経験ないんだけど」

 なんて雑談をしながら嫁が待つ病室へ戻った。

「奥さん、出産おめでとうございます」

 仕事の時に見せる人たらしな笑顔で伊能が嫁に微笑む。

「ありがとうございます。いつも主人がお世話になっております。お名前だけいつも主人から聞いていたんで、こうしてお会いしても初めてって気がしなくて」
「僕もです。斉藤からいつも奥さん自慢聞かされてたから。幸せそうな家庭で羨ましいです」
「そんな。伊能さん、ご結婚はまだなんですか? おモテになりそうなのに」
「まだ結婚したいと思えなくて。斉藤の奥さんと赤ちゃんを見たら少しはそんな気になるかなと思って今日はお邪魔させてもらいました」

 と、伊能は嫁の横で寝ている生まれたばかりの赤ん坊を覗きこんで「かわいいですね」なんて言う。

「僕も早く自分の子供が欲しくなってきたな」
「まずはお相手を見つけないと。恋人はいらっしゃるんですか?」
「一応は。奥さんほどかわいい人ではないですけどね」

 まあ、と嫁が顔を赤くする。伊能は俺に目配せしてニヤりと笑う。こいつ、調子に乗りやがって。

「そろそろいいだろ」

 肘で伊能をつついた。

「そうだな。出産したばかりの大変なときにお伺いしてすみませんでした。このあと斉藤お借りします」
「ええ、どうぞ。せっかくのお休みですから、二人で楽しく食事に行ってきてください。今度落ち着いたらまた家のほうにも来て下さいね。今日は何もお構いできなくて」

 嫁に見送られながら病院をあとにした。嫁にはこのあと伊能と飲みに行くと言ってある。だが向かった先は自宅だ。伊能が嫁が入院中に家を見てみたいと言いだしたからだ。

 玄関に入るなり、伊能が俺に抱きついて来た。

「キスしたい」

 とかぶりつくようにキスしてくる。もうしてんじゃねえか。

 急いた動作で俺の服を脱がせていく。

「お前、最初からこれが目的だろ」
「わかってて俺を家に入れたくせに」
「ベッドは使わせねえぞ」
「奥さん、子供部屋で寝てんだろ?」

 膝をついて俺の股間に顔を埋める。約半年前「たまにでいいからお前に触らせて欲しい。寝てくれなんて言わないから。お前の嫌がることはしない、望むことだけをするから」なんて健気なことを言ってた奴がこのがっつきよう。

「お前、子供欲しいのか?」
「いらない。俺の全部、お前のもんだから。子供にかける時間がもったいない」
「よそで作ってそうだけどな」
「できてる可能性はあるかもな。妬ける?」
「うん。お前の一番はずっと俺でないと駄目だろ」
「ずっとお前が一番だよ」

 なんて嬉しそうに言うのだ。ほだされないほうがおかしい。

「一緒に風呂入る?」
「俺が洗ってやるよ」
「俺もお前の穴、解してやるな」

 シャワーでイチャイチャしながら体を洗い合い、その場で一度繋がったあと、寝室へ移動してそこでもセックスした。

 嫁と子供が大事だ。生まれて来た赤ん坊のためにも一生懸命働こうと思う。家庭を壊す気なんてぜんぜんない。でも伊能との関係を切ることも出来ない。セックスの最中、たまに一瞬、嫁のことより伊能のことを愛おしく感じる時がある。でも終わってしまえば嫁の次。二番目の位置に戻る。

 伊能も二番より上になりたいなんて言わない。今のままでも充分満足だと言う。だから伊能から別れを切りだされない限り、俺はこの状態を続けるだろう。

 嫁と子供を裏切りながら。二番目の男とセックスをする。俺もたいがいクズな男だ。





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続続続・ひとでなし(1/2)

2017.10.22.Sun.
(「ひとでなし」→「続・ひとでなし」→「続続・ひとでなし」)


「う、うぅ……あっ……!」

 のけぞる背中に手を伸ばした。汗でしっとり湿っている。表面を撫でたら伊能が振り返った。

「もう、イッていいか……?」
「駄目だ」
「……意地悪すんなよ」

 潤んだ目が俺を睨む。

「俺と島さん、どっちがいい?」
「どっちなんて、決めらんねえよ」

 俺だと答えてくれないことに腹を立て、伊能の腰を掴んで力任せに最奥まで叩きこんだ。伊能が呻く。その顔、その声、この体、全部島さんにも見せたんだろ? 俺が知らないことも、あの人は知ってるんだろ?

「男同士でやるなんて、気持ち悪い」

 伊能の声が止んだ。伊能は俯いてシーツを硬く握りしめた。

「お前ら、気持ち悪いよ」

 ぎゅうっと強く締まった。あ、出る。

 そう思った瞬間、目が覚めた。

 見慣れた天井。家のベッドの上。夢を自覚したあと、すぐパンツに手を伸ばした。良かった、今日は夢精していない。溜息ついて寝返りを打つ。

 嫁は妊娠がわかってから娘と一緒に子供部屋で寝ている。子供が生まれたら娘に寂しい思いをさせるかもしれないから、今は思いきり甘やかしてやるのだそうだ。そんなわけで今は夫婦の営みはない。だからあんなくだらない夢を見てしまうのだろう。

 欲求不満は体にも精神にも毒だ。

 伊能とセックスをした日から、何度かあんな夢を見ている。最初は強烈な体験をリピートしているだけだった。だけど二度目のセックスをしてから内容が少しかわってきた。

 俺から伊能をセックスに誘ったり。さっきみたいに島さんを引き合いに出して責めたり。あの伊能が欲情しきった顔で俺を誘って来たり。経験してないことまで夢に見るようになってきた。

 夢のなかで俺は島さんに嫉妬し、伊能への独占欲を持てあましていた。

 たちの悪い夢だ。冗談じゃない。現実はそんなこと全然ない。伊能は俺の弱みにつけこんでフェラとセックスを強要したくず野郎だし、伊能と仲間の島さんも職権乱用の最低カス野郎だ。

 伊能は島さんと寝たのは昔のことだと言っていたがそれも怪しい。

 伊能ともう一度寝たらリストラはなしにしてやると言われた時、島さんは俺を挑発するような物言いをした。

「あいつと寝てどうだった?」

 昼休みから戻る途中、いきなり呼び止められてそんなことを言われた俺はパニックになった。伊能と寝たことなんて誰にも知られたくないのに。恥ずかしさと怒りで何も言えないでいると、「ああ見ててなかなか可愛い奴だろう」と島さんは笑った。

 伊能のことは何でも知っているという自信に満ち溢れた顔と言い方だった。

「どこがですか」

 吐き捨てるように言えば島さんは笑みをさらに濃くした。

「お前に見抜く力はないか。あいつもお前の前で素を見せていないようだしな」

 二人がまだ深い仲だからこそ出てくる言葉だ。あの二人はデキてる。学生の頃からずっと続いているのかもしれない。

 伊能が俺とセックスしたがり、島さんが伊能とセックスを勧めてくる理由は、二人の変態趣味に俺が付き合わされたのだろう。寝取られることで興奮するなんて俺には理解できない。

 しかしこんな嫌な目にあったからリストラは回避できたはずだ。

 あれから数週間。リストラの噂自体、いつの間にかなくなっていた。約束だけはきちんと守ってくれたらしい。

 あれ以来、たまに島さんと出くわすと二、三言葉を交わすようになった。その大半は天気や仕事の話だが、たまに伊能の話題を挟んでくる。よっぽどあいつのことが気になるらしい。もしかすると同じ部署で働く俺に嫉妬して釘を刺す目的もあるのかもしれない。

 そんな心配は不要だと言ってやりたい。俺が好きなのは女だし、男を相手しなきゃいけない場面に出くわしても伊能だけは断る。今回のことで伊能の正体がわかった。仕事以外、今後一切関わりを持ちたくない。

 このまま二度寝する時間でもなかったので起きてシャワーを浴びた。浴室から出ると物音で気付いたのか嫁も起きていてコーヒーを入れてくれていた。

 一口飲むと、伊能の家で飲んだコーヒーを思い出した。ああやって朝にコーヒーを飲ませた男は俺と島さんの他に何人いるんだろう。

 食事のあと出勤し、いつものように仕事をこなした。得意先をまわり、一旦社に戻って配送の手続きをし、いきつけの店で昼を食べ、また得意先をまわる。納品ミスが発覚して急遽その対応におわれたがだいたいいつもと同じ時間に仕事が終わった。

 デスク仕事をしている時、伊能も戻って来た。取引先でもらったという饅頭を女子社員に渡してお礼を言われていた。お土産の饅頭が俺にも一個まわって来た。礼だけ言って食わずに机に置いた。

 退社間際、近くを通った伊能が机に置きっぱなしの饅頭に気付いた。一瞬それに目をとめてから俺の顔を見た。俺は気付かないふりをして仕事を続けた。

「斉藤はこしあん派? つぶあん派?」

 無視するのも大人げないので「こしあん」と答えた。

「それ、こしあんだぞ」

 とだけ言って通りすぎて行った。

 二回セックスした。そんなことおくびにも出さない態度だ。少しは気まずくなって顔を合わせづらくなったりするのが普通だろうに。その慣れた態度にも腹が立った。

 他の同僚を飲みに誘ったがデートを理由に断られて仕方なくまっすぐ家に帰った。嫁の作った夕飯を食べながら産婦人科へ行った話を聞いた。すくすく順調に育っているらしく安心した。

 風呂のあとリビングでテレビを見た。嫁は娘の寝かしつけで子供部屋だ。酒でも飲もうかと腰をあげたとき、スマホが鳴った。

 伊能からだ。当然無視した。一度切れてまた鳴った。出るまで鳴り続ける気がして、仕方なく電話に出た。

「なんだよ」
『夜分にすまん。島だ』
「島っ……さん?! てっきり伊能だと」
『伊能が酔いつぶれた。迎えに来てやってくれないか』
「えっ、俺もう家なんですけど」

 あんたが送ってやればいいじゃないかという言葉がのど元まで出かかる。

『伊能と俺には恩義があるはずだろ? それにこいつの家は反対方向なんだ』

 だからってすでに帰宅して風呂まで入った俺がわざわざ出向いて送る必要があるだろうか?

「タクシーに乗せちゃえばいいですよ」
『嫌ならいい。別の奴に頼む』
「……わかりました、行きますよ。場所教えて下さい」

 島さんから聞いた住所をメモし、嫁には会社でトラブルがあったと言って家を出た。飲む前だったので車で向かった。

 指定の場所に車を入れたら酔っ払いを担ぐ島さんがここだと手をあげて合図した。

「急に悪かったな」

 伊能を助手席に押し込んで島さんが言う。車内が一気に酒臭くなった。ずいぶん飲んだらしい。

「これで貸し借りチャラになったら嬉しいんですが」
「今後の成り行き次第だな」
「どういう意味ですか」
「伊能を頼む。家は知ってるな?」
「知ってますけど」
「じゃ、あとは任せた。俺は帰る」

 島さんは扉を閉めると踵を返し駅のほうへ歩いて行った。勝手な人だ。茫然としばらく見送ってから隣の伊能へ視線を移した。赤い顔で俯いている。気持ち悪いのか眉間にしわが寄っている。こんなに酔っぱらうなんて珍しい。

「吐くなよ」

 アクセルを踏んだ。

「俺のこと嫌いだろ。そのへん置いてっていいぞ」

 俯いたまま伊能が言った。

「そうしたいのは山々だけど、引き受けた以上は家まで送る」
「……悪いな」
「なんでこんなになるまで飲んだ?」
「あの人が飲ますから」

 あの人。その言い方は先輩後輩というものを越えた親しみが籠っているように聞こえる。実際二人は肉体関係があったわけだし。

「島さんも意外に冷たいな。こんなにした張本人のくせに、俺に任せて自分は帰るんだから」
「あの人はそういう人だよ。仕事の次に家庭が大事な人だから酔っ払いの面倒なんかみない」

 伊能もずいぶん島さんのことを理解しているようだ。

「今もまだ島さんと付き合ってんだろ?」
「付き合ってないって」

 ふっと伊能はため息みたいに笑った。

「じゃ、都合のいい男ってやつ?」
「よく喋るな。会社じゃ俺のこと避けて無視するくせに」
「無視はしてねえだろ」
「饅頭食わなかったじゃん」
「食う暇なかったんだよ」
「人の顔見もしねえし」
「逆にお前はなんでそんなに平気でいられんだよ」
「俺、ヤな奴だから」
「それな。ほんと。今回のことでよーくわかったわ」

 口喧嘩みたいな言い合いになって空気が悪くなった。伊能も横向いている。

「そこで止めろ。降りる」

 伊能が言う。

「ほんとにおろすぞ」
「おろせっつってんだよ」
「こんなとこでおろせるわけないだろ」
「俺のこと心底嫌いになったんだろ。だったらもう放っておけよ。島さんに言われたからってノコノコ来てんじゃねえよ。期待すんだろ」
「期待ってなんだよ」

 伊能がハッと息を飲む音が聞こえた。慌てた様子に思わず横を見る。伊能が真っ赤な顔で俺を見ていた。

「なんでそんな顔してんだよ」

 視線を前に戻したがなぜか俺まで顔が熱くなってきた。

「まさか、変なこと期待してんじゃないだろうな。絶対ない! 二度とないからな!」
「わかってるよ、バーカ」

 体も熱くなってきてじっとり手に汗が滲んだ。

 嫌悪感しかない行為。嫌々だった。でも体は気持ちよかった。快感を味わった。欲求不満が変な夢を見せた。夢の中でもたまらなく気持ちよかった。

「俺のこと、前から狙ってたって言ってたけど、あれ、ほんとか?」

 トイレでフェラを強要された時だ。伊能は確かにそう言った。

「そんなこと訊いてどうすんだよ」
「どうって……どういう意味かと思って」
「そのまんま。意味なんかない」
「俺のこと好きなのか?」
「ばっ……、だ……だったらどーする?」

 バカジャネーノと言おうとしたくせに、途中で思い直したのか俺の反応を窺ってくる。だったら? 赤信号で車を止めて考える。伊能が俺のことを好きだったら?

「島さんより?」
「はあ?」
「そんなに俺が好き?」
「ちょ待て。好きとは言ってないだろ」
「嫌いか?」
「嫌いだったら寝たいと思わないだろ」
「俺と寝たかったのか?」
「ちょ……質問攻めやめろ。前、青!」

 青信号に変わっていた。再び車を動かす。珍しく伊能が慌てている。この会話の主導権は俺が握っている。

『ああ見ててなかなか可愛い奴だろう』

 思い出される島さんの言葉。悔しいけど、あんたの言うことちょっとわかっちゃいましたよ。