続続・ひとでなし(2/2)
2017.10.21.Sat.
(前話はこちら)
完全に斉藤を怒らせたと思ったし、二度と俺に話しかけて来ることもないだろうと思っていたのに、意外にもその日の仕事終わり、斉藤から飲みに誘われた。
なぜ島さんに斉藤と寝たことを喋ったのか、それらしいストーリーは就業中に考えていたがこちらから言うのは藪蛇になる気がして、先を歩く斉藤のあとに黙って続いた。
斉藤は馴染みの店を通りすぎ、コンビニに入った。カゴを取ってその中に酒を次々入れていく。
「そんなにどうするんだよ」
今夜飲むの付き合え、と言ってからずっと押し黙っている斉藤へ声をかけた。
「つまみはなにがいい」
手に取ったスルメを見たまま斉藤が応えた。無視されなかったことにほっとする。
「どこで飲む気だよ」
「お前んち。嫁にも今夜は遅くなるって連絡しておいた」
それって、もしかして。
「いいのか?」
「会社に残るにはそれしかないんだろ」
「あれはあの人が勝手に言いだしたことで……、もうそんな必要ないんだぜ。あの人には適当に言っておくから」
「島さんがお前と寝たらリストラはないってはっきり言ったんだ。確実な方を選ぶ。お前は信用ならないしな」
島さんにはなんのメリットもないこんな条件、当然疑われるのは俺だ。
一度も二度も一緒、か。斉藤を騙したことに変わりはない。どうせもう嫌われている。軽蔑されて、汚いとまで言われた。だったら便乗してしまえばいい。
「つまみなら俺が適当に作るよ」
斉藤の手からスルメを取って棚に戻した。
「お前の気が変わる前に行こう」
レジへ進むと斉藤もついてきた。こいつ、本気だ。
俺の部屋へ入るなり、斉藤は「風呂借りていいか」とシャワーを浴びた。その間に俺は酒のアテになりそうなものを作った。
斉藤のために料理を作ってやれることが嬉しいと思う半面、きっとこれが最後になると思うと寂しくて胸が痛くなった。
友達のままでいた方が良かったんじゃないかと後悔が襲ってくる。
料理の皿と酒を並べていたらバスタオルを腰に巻いた斉藤が戻って来た。テーブルの上を見て「うまそう」と呟く。俺は簡単に嬉しくなる。
島さんと出会うまでは自他ともに認める地味で目立たないタイプだった。人との会話が苦手で一人でいるほうが気楽だった。
島さんに処世術を含め色々な手解きを受けてからは考えがかわり人を苦手に思うこともなくなった。自分が他人からどう見られているか、どう見せたいか、それを教えてもらってから自信がついて人との付き合いも楽しいものに変わった。
斉藤の目に俺は自信家で鼻持ちならない奴に見えているだろうが、根っこの部分は昔と変わらない。女々しいところがあるし、小さなことに一喜一憂するし、優柔不断だ。
斉藤にフェラをさせた日の夜は眠れなかった。手料理を振る舞うことが楽しい。それを褒められると嬉しい。このあとすることを思うとドキドキするし、それが終わったあとのことを思うと悲しい。
このままなにもせず、ただ酒を飲んだだけで別れたら、また前の様に戻れるだろうか。
淡い期待を抱いていたら「お前も風呂に入ってこいよ」と斉藤に言われた。斉藤の目的はただ一つ。家族を守ること。いつもそうだ。
きつい仕事でくたくたになった日でも、嫁の料理を食べたら元気が出ると俺にのろけてくる。仕事のミスで厳しく叱られても子供の顔を見ると頑張ろうと思えるんだ、と写真を見せて来る。
斉藤は俺の気持ちを知らない。責めるのはお門違い。でものろけられる度に、斉藤が守る家族に嫉妬していた。
何も知らず騙されているだけとは言え、家族を守るために家族を裏切ることを選択したのは斉藤本人だ。その共犯になれたことに仄暗い喜びを感じている。
「先に飲んでろ」
あんなに酒を買いこんだのはどうせ素面じゃできないからだろう。斉藤を残して俺もシャワーを浴びることにした。
入念に体を洗い、斉藤を受け入れる準備を整えた。今度こそこれが最後になる。できるだけ長引かせてやろう。
部屋に戻ると斉藤はビール片手にぼうっとテレビを見ていた。バラエティ番組なのにクスリとも笑っていない。こんな状況じゃ仕方がない。
斉藤の後ろを通ってベッドの上へ移動した。一糸まとわぬ姿で寝転がる。斉藤はビールを一口飲むとリモコンでテレビを消した。ゆっくり腰をあげるとこちらへやってくる。
「これで会社に残れるんだな」
上から俺を見下ろして言う。
「約束する」
疑うように俺をじっと見たあと、斉藤は小さく頷いた。
いきなり足を持ち上げられた。奥の窄まりを見た斉藤が「入れて大丈夫か?」と訊いて来る。
大丈夫だと答えればそこにぴたりと温かいものが触れた。今日は舐めてやらなくても勃っているらしい。斉藤も少しは興奮しているようだ。
「待て。タンマ。今日はジェルを使う」
ベッドの下からボトルを取り出してそれを自分の股間と斉藤のペニスにかけた。なじませるように斉藤の勃起を扱いた。斉藤はぼんやりと見ている。
「ジェルなんてもの、いつも用意してるのか」
呟くように言った。
「いつ何時必要になるかわからないだろ。男のたしなみだよ」
「CAの彼女に悪いと思わないのか」
「別れた」
CAの彼女がいたことは事実だ。でも好きにはなれなかった。それでも構わないという彼女と肉体関係を続けていたがいつの間にか連絡がこなくなった。新しい男が出来たのだろう。
「お前みたいな奴、誰かと付き合っちゃ駄目だろ。絶対相手を不幸にする」
「だな」
「女だけじゃなく、男とも遊びまくってるんだろ。俺には考えられない」
誘われた相手と食事に行き、そんな雰囲気になったら断れずに寝る。好きになれるかもしれないと期待して付き合ってはみるが、結局無理で別れるを繰り返す。斉藤だけじゃなく、周りには俺は相当な遊び人に見えているのだろう。
本当に好きになった人とは結ばれない。独身で恋人もいないのだから、誘惑に乗って少し遊ぶくらいいいじゃないか。
「既婚者の嫉妬か?」
「可哀想な奴だと思ってんだよ。幸せが何かわからないまま死んでくんだろ、どうせ」
「ひでえな。わかんないだろ」
と笑いはしたが、実際その通りかもしれない。
「もういいだろ」
斉藤は俺の手を止めた。ジェルは全体に行き渡り、俺の体温ですっかり温められている。
俺が寝転がると斉藤は俺の穴にペニスをあてがった。簡単に亀頭が入った。ジェルのおかげで痛みがかなり軽減されている。
ゆっくり奥が広げられていく。根本まで入ると斉藤は動きを止めた。
「やっぱり前は痛かったんだろ」
「いや。ちょー気持ちよかった」
「ふぅん。慣れてるから?」
「まぁ、それなりに」
男との経験は島さんと斉藤の二人だけだ。その意味を悟られたくないからごまかした。
「島さんとも寝てるのか?」
俺が斉藤とセックスしたと島さんが知っている理由。斉藤でも勘付くだろうと思っていた。下手な嘘はさらなる疑惑を生む。それは自分の首を絞めかねない。
「昔の話だ。学生の頃に。遊びでな」
「お前が入れられる方?」
「当たり前だろ。あの人を抱くなんて想像つかねえよ」
「あの人って言い方やめろよ」
「なんで」
「仮にも先輩だろ。それに部署は違っても上司だ」
まぁ確かに、と思っていたら突然斉藤が動きだした。ぐっと腰を引いたかと思ったらまたずぶっと奥まで入ってくる。ジェルがあるから摩擦も小さい。
「はっ……あ、あっ……」
「苦しいのか?」
もちろん苦しさはある。でも好きな奴と望んでセックスしているのだから喜びが勝る。
「も、ちょい、上擦って」
「上って……」
俺に言われた通り斉藤は動いた。島さんに気持ちいい場所を教えられた。そこを擦られるとイケる体になってしまった。
「ここ?」
「そこ……ッ……あ……、あっ……!」
「ここをすれば気持ちいいのか?」
頷くと斉藤はそこを重点的に責めた。前回はただ早く終わらせるために腰を振ってるだけだったのに、今日は俺のことを気にかけてくれる。お人よしすぎる。
もっと自分本位に動いてくれていいのに。斉藤を諦めようとしている俺にその優しさは辛い。
「はあっ……ああァ……」
長引かせるつもりがもうイッてしまいそうだ。先端を両手で包みこんでその中へ吐きだした。
「もうイッたのか?」
斉藤が目ざとく気付いた。
「イッた。でもまだ足んねえ」
「どうせ俺がイクまで終わりじゃないんだろ」
「わかってんなら、お前の濃いセーシ、俺のなかにドバドバ出せよ」
「お前、他に何人の男とやってんだよ」
俺を蔑む目。無言で笑い返すことしか出来ない。真実なんか絶対伝えられない。
完全に斉藤を怒らせたと思ったし、二度と俺に話しかけて来ることもないだろうと思っていたのに、意外にもその日の仕事終わり、斉藤から飲みに誘われた。
なぜ島さんに斉藤と寝たことを喋ったのか、それらしいストーリーは就業中に考えていたがこちらから言うのは藪蛇になる気がして、先を歩く斉藤のあとに黙って続いた。
斉藤は馴染みの店を通りすぎ、コンビニに入った。カゴを取ってその中に酒を次々入れていく。
「そんなにどうするんだよ」
今夜飲むの付き合え、と言ってからずっと押し黙っている斉藤へ声をかけた。
「つまみはなにがいい」
手に取ったスルメを見たまま斉藤が応えた。無視されなかったことにほっとする。
「どこで飲む気だよ」
「お前んち。嫁にも今夜は遅くなるって連絡しておいた」
それって、もしかして。
「いいのか?」
「会社に残るにはそれしかないんだろ」
「あれはあの人が勝手に言いだしたことで……、もうそんな必要ないんだぜ。あの人には適当に言っておくから」
「島さんがお前と寝たらリストラはないってはっきり言ったんだ。確実な方を選ぶ。お前は信用ならないしな」
島さんにはなんのメリットもないこんな条件、当然疑われるのは俺だ。
一度も二度も一緒、か。斉藤を騙したことに変わりはない。どうせもう嫌われている。軽蔑されて、汚いとまで言われた。だったら便乗してしまえばいい。
「つまみなら俺が適当に作るよ」
斉藤の手からスルメを取って棚に戻した。
「お前の気が変わる前に行こう」
レジへ進むと斉藤もついてきた。こいつ、本気だ。
俺の部屋へ入るなり、斉藤は「風呂借りていいか」とシャワーを浴びた。その間に俺は酒のアテになりそうなものを作った。
斉藤のために料理を作ってやれることが嬉しいと思う半面、きっとこれが最後になると思うと寂しくて胸が痛くなった。
友達のままでいた方が良かったんじゃないかと後悔が襲ってくる。
料理の皿と酒を並べていたらバスタオルを腰に巻いた斉藤が戻って来た。テーブルの上を見て「うまそう」と呟く。俺は簡単に嬉しくなる。
島さんと出会うまでは自他ともに認める地味で目立たないタイプだった。人との会話が苦手で一人でいるほうが気楽だった。
島さんに処世術を含め色々な手解きを受けてからは考えがかわり人を苦手に思うこともなくなった。自分が他人からどう見られているか、どう見せたいか、それを教えてもらってから自信がついて人との付き合いも楽しいものに変わった。
斉藤の目に俺は自信家で鼻持ちならない奴に見えているだろうが、根っこの部分は昔と変わらない。女々しいところがあるし、小さなことに一喜一憂するし、優柔不断だ。
斉藤にフェラをさせた日の夜は眠れなかった。手料理を振る舞うことが楽しい。それを褒められると嬉しい。このあとすることを思うとドキドキするし、それが終わったあとのことを思うと悲しい。
このままなにもせず、ただ酒を飲んだだけで別れたら、また前の様に戻れるだろうか。
淡い期待を抱いていたら「お前も風呂に入ってこいよ」と斉藤に言われた。斉藤の目的はただ一つ。家族を守ること。いつもそうだ。
きつい仕事でくたくたになった日でも、嫁の料理を食べたら元気が出ると俺にのろけてくる。仕事のミスで厳しく叱られても子供の顔を見ると頑張ろうと思えるんだ、と写真を見せて来る。
斉藤は俺の気持ちを知らない。責めるのはお門違い。でものろけられる度に、斉藤が守る家族に嫉妬していた。
何も知らず騙されているだけとは言え、家族を守るために家族を裏切ることを選択したのは斉藤本人だ。その共犯になれたことに仄暗い喜びを感じている。
「先に飲んでろ」
あんなに酒を買いこんだのはどうせ素面じゃできないからだろう。斉藤を残して俺もシャワーを浴びることにした。
入念に体を洗い、斉藤を受け入れる準備を整えた。今度こそこれが最後になる。できるだけ長引かせてやろう。
部屋に戻ると斉藤はビール片手にぼうっとテレビを見ていた。バラエティ番組なのにクスリとも笑っていない。こんな状況じゃ仕方がない。
斉藤の後ろを通ってベッドの上へ移動した。一糸まとわぬ姿で寝転がる。斉藤はビールを一口飲むとリモコンでテレビを消した。ゆっくり腰をあげるとこちらへやってくる。
「これで会社に残れるんだな」
上から俺を見下ろして言う。
「約束する」
疑うように俺をじっと見たあと、斉藤は小さく頷いた。
いきなり足を持ち上げられた。奥の窄まりを見た斉藤が「入れて大丈夫か?」と訊いて来る。
大丈夫だと答えればそこにぴたりと温かいものが触れた。今日は舐めてやらなくても勃っているらしい。斉藤も少しは興奮しているようだ。
「待て。タンマ。今日はジェルを使う」
ベッドの下からボトルを取り出してそれを自分の股間と斉藤のペニスにかけた。なじませるように斉藤の勃起を扱いた。斉藤はぼんやりと見ている。
「ジェルなんてもの、いつも用意してるのか」
呟くように言った。
「いつ何時必要になるかわからないだろ。男のたしなみだよ」
「CAの彼女に悪いと思わないのか」
「別れた」
CAの彼女がいたことは事実だ。でも好きにはなれなかった。それでも構わないという彼女と肉体関係を続けていたがいつの間にか連絡がこなくなった。新しい男が出来たのだろう。
「お前みたいな奴、誰かと付き合っちゃ駄目だろ。絶対相手を不幸にする」
「だな」
「女だけじゃなく、男とも遊びまくってるんだろ。俺には考えられない」
誘われた相手と食事に行き、そんな雰囲気になったら断れずに寝る。好きになれるかもしれないと期待して付き合ってはみるが、結局無理で別れるを繰り返す。斉藤だけじゃなく、周りには俺は相当な遊び人に見えているのだろう。
本当に好きになった人とは結ばれない。独身で恋人もいないのだから、誘惑に乗って少し遊ぶくらいいいじゃないか。
「既婚者の嫉妬か?」
「可哀想な奴だと思ってんだよ。幸せが何かわからないまま死んでくんだろ、どうせ」
「ひでえな。わかんないだろ」
と笑いはしたが、実際その通りかもしれない。
「もういいだろ」
斉藤は俺の手を止めた。ジェルは全体に行き渡り、俺の体温ですっかり温められている。
俺が寝転がると斉藤は俺の穴にペニスをあてがった。簡単に亀頭が入った。ジェルのおかげで痛みがかなり軽減されている。
ゆっくり奥が広げられていく。根本まで入ると斉藤は動きを止めた。
「やっぱり前は痛かったんだろ」
「いや。ちょー気持ちよかった」
「ふぅん。慣れてるから?」
「まぁ、それなりに」
男との経験は島さんと斉藤の二人だけだ。その意味を悟られたくないからごまかした。
「島さんとも寝てるのか?」
俺が斉藤とセックスしたと島さんが知っている理由。斉藤でも勘付くだろうと思っていた。下手な嘘はさらなる疑惑を生む。それは自分の首を絞めかねない。
「昔の話だ。学生の頃に。遊びでな」
「お前が入れられる方?」
「当たり前だろ。あの人を抱くなんて想像つかねえよ」
「あの人って言い方やめろよ」
「なんで」
「仮にも先輩だろ。それに部署は違っても上司だ」
まぁ確かに、と思っていたら突然斉藤が動きだした。ぐっと腰を引いたかと思ったらまたずぶっと奥まで入ってくる。ジェルがあるから摩擦も小さい。
「はっ……あ、あっ……」
「苦しいのか?」
もちろん苦しさはある。でも好きな奴と望んでセックスしているのだから喜びが勝る。
「も、ちょい、上擦って」
「上って……」
俺に言われた通り斉藤は動いた。島さんに気持ちいい場所を教えられた。そこを擦られるとイケる体になってしまった。
「ここ?」
「そこ……ッ……あ……、あっ……!」
「ここをすれば気持ちいいのか?」
頷くと斉藤はそこを重点的に責めた。前回はただ早く終わらせるために腰を振ってるだけだったのに、今日は俺のことを気にかけてくれる。お人よしすぎる。
もっと自分本位に動いてくれていいのに。斉藤を諦めようとしている俺にその優しさは辛い。
「はあっ……ああァ……」
長引かせるつもりがもうイッてしまいそうだ。先端を両手で包みこんでその中へ吐きだした。
「もうイッたのか?」
斉藤が目ざとく気付いた。
「イッた。でもまだ足んねえ」
「どうせ俺がイクまで終わりじゃないんだろ」
「わかってんなら、お前の濃いセーシ、俺のなかにドバドバ出せよ」
「お前、他に何人の男とやってんだよ」
俺を蔑む目。無言で笑い返すことしか出来ない。真実なんか絶対伝えられない。

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続続・ひとでなし(1/2)
2017.10.20.Fri.
(「ひとでなし」→「続・ひとでなし」)
ガチャンと大きな音がして、斉藤が部屋を出て行ったことがわかった。天井を見つめながら大きく息を吐きだす。前戯も愛撫も睦言もキスもないセックスだったが、体の方はトロトロに蕩けてまだその余韻に浸ることができた。
心の方は複雑ではあったが、体と心は別物のようで、挿入されただけでイキそうだった。
ベッドから体を起こすとテーブルに五千円札が見えた。斉藤が律儀に置いていったようだ。
嫌々俺とセックスしたのは会社に残るため。大事な家族を守るため。普通そこまでするだろうか。斉藤の嫁と小さなこどもに嫉妬せずにいられない。
さっきまでは本当にここで一晩過ごすつもりだったがやはり帰ることにした。斉藤に置き去りにされたホテルの一室で一人でいたら悪いことばかり考えて寝られなくなりそうだ。
服を着て、斉藤が残した五千円札を使って部屋を出た。
※ ※ ※
「どうだった?」
島さん行きつけの店で一人先に飲んでいたら、あとからやってきた島さんが開口一番そう言った。
「先に注文しませんか」
そうだな、とやって来た店員へ注文すると「で、どうだったんだよ」とまた訊いてきた。その顔は愉しげだ。
「うまく……いきました。はい。島さんのおかげです」
「そのわりに浮かない顔だな」
「そりゃそうですよ。あいつを騙してるんですから」
「実際営業成績が悪いんだろう? これで発奮して仕事に精を出してくれれば会社にも彼にも良い結果になる。つまり一石三鳥」
「罪悪感が半端ないです」
「でも止めなかった。最後までやったんだろ」
「ハア……そうです。最後までしました」
斉藤がリストラ対象だというのは俺と島さんがでっちあげた根も葉もない噂だ。飲みの席での、他愛ない会話から始まった。
島さんに飲みに行こうと誘われたその日は、斉藤から娘自慢を聞かされた後だったのでついいつもより多く飲んでしまった。完全に酔っぱらった状態の時に「最近どうだ?」とお馴染みの質問をされ、適当にはぐらかすのを忘れて好きな男がいるとぶちまけてしまった。
どんな男だと質問攻めにされて、斉藤の人となりも含めて全部、数年がかりの片思いを白状した。
結婚して子供もいるノンケ相手に手も足も出せないでいる。そんな俺に島さんは悪魔の囁きをした。
「そんなにそいつが好きか?」
「好きです。一緒にいると凄く楽なんです」
「だったらそいつの弱みを握って脅してやればいい」
「そんなこと……嫌われるじゃないですか」
「じゃあずっと片思いを続けるつもりか」
沈黙する俺に、島さんは身を乗り出して言った。
「俺の経験上、本当にドノーマルな人間ってのは少ないもんだ。初めは嫌がっていてもやってみて嵌る奴も多い。お前がそうだったようにな。斉藤って奴もそうかもしれん。試しに一度寝てみろ。駄目ならそれを最後に諦めろ」
「僕の恋愛に口出ししないでください」
「……まったく、お前の優柔不断は完全には治らないようだな」
「僕は島さんにはなれません」
「そいつにお前はリストラ候補だと伝えろ。そして人事部の知り合いならなんとかしてくれるかもと匂わせるんだ。それに食いついて来たらチャンスはある」
「そんな弱みに付け込むようなやりかた」
島さんは俯く俺の顎を掴んで上を向かせた。
「その男が好きじゃないのか? セックスしたくないのか?」
酔った頭でぼんやりと島さんを見つめた。大学のサークルで出会って十年近く経つ。飲み会で泥酔した俺を介抱すると言って送り狼に化け人だ。男も女も知らなかった俺に、いろんなことを教えた人からセックスなんて言葉を聞かされると、翻弄され続けた日々を思い出してたまらない気持ちになる。
「親身になってくれるのは斉藤に僕を押しつけたら安心するからですか?」
島さんは軽く目を見開いた。
「そんなことしなくたって、もう島さんのことはなんとも思ってないですよ」
「特別可愛い後輩にお節介を焼いてるだけだ」
まったくこの人は……。内心溜息が零れる。
酔った俺を抱いたあと、好きだのかわいいだのと言って俺をなだめたこの人は本当に口達者だ。
老若男女問わず好かれる島さんはいつも人の輪の中心にいた。気取らず下級生にも気さくに声をかけてくれて、厳しさと優しさが絶妙なバランスだからつい心を許してしまう人だった。
憧れの、雲の上のような存在だった島さんから好きだのなんだのと口説かれてついほだされた。
それから俺は島さんのセフレのようなポジションについた。付き合う彼女はコロコロかえていたが、俺だけはそのポジションを外されることがなかったので自分は特別なんだとうぬぼれた時期もあった。そう思わせるのがうまい人だった。
島さんの就職が決まった時は、俺を追いかけて来いと言われてその通りにした。いきなり島さんから別れを切りだされた時には、この俺と付き合えたんだ、幸せだっただろ? とまで言われて一瞬納得しかけた。
実際、この人のおかげで今の俺があると言っても過言じゃない。好感の持てる見た目の作り方や人にウケる立ち居振る舞いを教えてもらった。色んな人から声をかけられるようになり、友達も増えた。女の子からもモテるようになった。それは自信に繋がった。自信がつくと余裕も生まれ、視野も広がった。物事を俯瞰的に見られるようになり、最善の道を選べるようになった。良い営業成績を出せるのも、島さんの手ほどきあってこそだ。
自分では気付いていなかったが俺は島さんに依存していた。だからいきなり結婚前提の女性がいるからお前とはもう寝ない、と一方的に言われた時はかなり落ち込んだ。
新しい恋人は、俺との関係を維持しながら付き合ってきた過去の女とは扱いがまるで違った。自惚れが勘違いだったと気付かされてショックだった。立ち直り、吹っ切るまでにそれなりに時間がかかった。その時間を無駄にするようなことを、この人は平気で言うんだからたちが悪い。
「うまくいくとは思えません。あいつは奥さんと子供を大事にしてますから」
「大事だからこそ、自分を犠牲にしてでも守りたいと思うものだ」
島さんとそんなやり取りをした数日後、斉藤と飲んでいたらいつもののろけ話が始まった。人の気も知らないで、と思ったら、口が勝手に動いていた。斉藤はリストラ話を信じた。そして島さんの言う通り、家族を守るために自分を犠牲にするほうを選んだ。
怖気づいてフェラで妥協した。そのことを島さんに報告したらせっかくのチャンスを不意にするなんて大馬鹿だと呆れられた。しかしフェラが出来たならセックスも出来るはずだと次の手を考えだした。
島さんは斉藤を冷たく突き放した。斉藤はまた俺に縋りついてきた。強気でいけと島さんに指示された通り、俺は嫌な奴になりきって斎藤を誘ってみた。ここまでしてもまだ家族を優先するのか、確かめてみたかったのもあった。
さすがに断るだろうと思っていたのに、斉藤は承諾した。嫁と子供には敵わないのだと敗北感に打ちのめされた。
俺が欲しかったのは斉藤の体でも思い出でもない。斉藤の心が欲しかったんだ。心を通わせあって、理解しあって、愛しあいたかった。島さんには望めなかったものが欲しかったのだ。
「それでどうだった? 斉藤のほうはお前に興味を持ったか?」
好物のオリーブを口に放り込んで島さんは言った。
「もつわけじゃないじゃないですか。家族を人質にされて嫌々してるのに」
「あと一回寝てみろ。お前も受け身じゃ駄目だ」
「斉藤は既婚者なんですよ。島さんと同じ」
自分は結婚前提の付き合いを開始したら早々に俺との関係を清算したくせに。それ以降、誰かと遊んでいる素振りもない。
島さんはワインを一口飲んだ。
「久し振りにするか」
「え?」
「話しを聞いてたら俺もお前としたくなった。どうだ?」
この後店をかえて飲むか? みたいな口調で言われても。
「無理です。俺がもう。……好きな奴とじゃないと」
「初めてだな。お前に断られたのは」
特に気を悪くした様子もなく笑って、島さんは残りのワインを飲みほした。
けじめをつけた島さんが正しい。嫁と子がいる斉藤をいつまでも想い続ける俺が駄目なんだ。心は一生手に入らない。好きな奴と一度寝れただけでも俺は感謝しなきゃいけないんだ。
今度は自分からけじめをつける番だ。
※ ※ ※
翌日の昼、エレベーターホールでぼうっと窓の外を見ていたらいきなり腕を掴まれた。振り返ると斉藤が俺を睨みつけていた。
「話が違うぞ」
低く押し殺した声で言う。
「なんの話だ」
驚いて聞き返した。
「さっき外で島さんに会った。リストラされたくなかったらもう一度お前と寝ろと言ってきた。どういうわけだよ!」
あと一回寝てみろという昨夜の島さんの言葉を思い出した。まったくあの人は余計なことをしてくれる。
「それは俺が言いだしたことじゃないぞ」
「お前、あの人に俺とやったこと喋ったのか?!」
ハッとして言葉に詰まった。
「なんでそんなこと喋るんだよ? 頭おかしいんじゃないか?!」
迂闊に喋れば斉藤を騙したことがバレてしまう。辻褄の合う適当なストーリーを組み立てようと必死に頭を働かせた。
「お前、あの人とも寝てるのか?!」
思考が止まった。たぶん、それは俺の弱点。斉藤にだけは知られたくなかった過去。
沈黙を肯定と取ったか、斉藤は顔を歪めて言った。
「そんな汚い体を抱くのは二度とご免だ。それなら会社辞めた方がマシだ!」
投げ捨てるように俺の腕を放すと、斉藤はくるりと背を向け立ち去った。ホールに響く足音が怒り狂っていた。
ポケットからスマホを出して島さんへ電話した。待ち構えていたかのようにすぐに繋がった。
「どういうつもりですか」
『さっそく来たか』
「俺と寝るくらいなら会社辞めるって息巻いてますよ。本当に辞めたらどうするんです?」
『慌てるな。目の前に安定した生活がぶら下がってるんだ。必ずまた来る』
「これ以上、あいつを騙せませんよ」
『一度も二度も同じことだ。お前だって二度目はかなり渋っただろう』
流されて半ば無理矢理抱かれた初めの夜。二度目は素面だった。何度もキスされて、たくさん愛の言葉を耳に吹きこまれながら嫌らしい目と指先で体中をまさぐられた。こちらが折れる頃には心身ともに準備万端の状態だった。俺を説得する数時間はほとんど前戯を施されていたも同然だったのだ。
「仕事場で変なこと思い出させないで下さい」
電話の向こうで島さんは笑った。
『あと二、三日様子を見ろ。俺はただ、お前を幸せにしてやりたいんだ』
自分が出来なかったからですか。そんな嫌味が頭に浮かんだが飲みこんだ。
「とにかく島さんはもうこの件には関わらないでください」
『報告はしろ』
有無を言わせぬ口調で告げると、島さんは電話を切った。溜息しかでない。
ガチャンと大きな音がして、斉藤が部屋を出て行ったことがわかった。天井を見つめながら大きく息を吐きだす。前戯も愛撫も睦言もキスもないセックスだったが、体の方はトロトロに蕩けてまだその余韻に浸ることができた。
心の方は複雑ではあったが、体と心は別物のようで、挿入されただけでイキそうだった。
ベッドから体を起こすとテーブルに五千円札が見えた。斉藤が律儀に置いていったようだ。
嫌々俺とセックスしたのは会社に残るため。大事な家族を守るため。普通そこまでするだろうか。斉藤の嫁と小さなこどもに嫉妬せずにいられない。
さっきまでは本当にここで一晩過ごすつもりだったがやはり帰ることにした。斉藤に置き去りにされたホテルの一室で一人でいたら悪いことばかり考えて寝られなくなりそうだ。
服を着て、斉藤が残した五千円札を使って部屋を出た。
※ ※ ※
「どうだった?」
島さん行きつけの店で一人先に飲んでいたら、あとからやってきた島さんが開口一番そう言った。
「先に注文しませんか」
そうだな、とやって来た店員へ注文すると「で、どうだったんだよ」とまた訊いてきた。その顔は愉しげだ。
「うまく……いきました。はい。島さんのおかげです」
「そのわりに浮かない顔だな」
「そりゃそうですよ。あいつを騙してるんですから」
「実際営業成績が悪いんだろう? これで発奮して仕事に精を出してくれれば会社にも彼にも良い結果になる。つまり一石三鳥」
「罪悪感が半端ないです」
「でも止めなかった。最後までやったんだろ」
「ハア……そうです。最後までしました」
斉藤がリストラ対象だというのは俺と島さんがでっちあげた根も葉もない噂だ。飲みの席での、他愛ない会話から始まった。
島さんに飲みに行こうと誘われたその日は、斉藤から娘自慢を聞かされた後だったのでついいつもより多く飲んでしまった。完全に酔っぱらった状態の時に「最近どうだ?」とお馴染みの質問をされ、適当にはぐらかすのを忘れて好きな男がいるとぶちまけてしまった。
どんな男だと質問攻めにされて、斉藤の人となりも含めて全部、数年がかりの片思いを白状した。
結婚して子供もいるノンケ相手に手も足も出せないでいる。そんな俺に島さんは悪魔の囁きをした。
「そんなにそいつが好きか?」
「好きです。一緒にいると凄く楽なんです」
「だったらそいつの弱みを握って脅してやればいい」
「そんなこと……嫌われるじゃないですか」
「じゃあずっと片思いを続けるつもりか」
沈黙する俺に、島さんは身を乗り出して言った。
「俺の経験上、本当にドノーマルな人間ってのは少ないもんだ。初めは嫌がっていてもやってみて嵌る奴も多い。お前がそうだったようにな。斉藤って奴もそうかもしれん。試しに一度寝てみろ。駄目ならそれを最後に諦めろ」
「僕の恋愛に口出ししないでください」
「……まったく、お前の優柔不断は完全には治らないようだな」
「僕は島さんにはなれません」
「そいつにお前はリストラ候補だと伝えろ。そして人事部の知り合いならなんとかしてくれるかもと匂わせるんだ。それに食いついて来たらチャンスはある」
「そんな弱みに付け込むようなやりかた」
島さんは俯く俺の顎を掴んで上を向かせた。
「その男が好きじゃないのか? セックスしたくないのか?」
酔った頭でぼんやりと島さんを見つめた。大学のサークルで出会って十年近く経つ。飲み会で泥酔した俺を介抱すると言って送り狼に化け人だ。男も女も知らなかった俺に、いろんなことを教えた人からセックスなんて言葉を聞かされると、翻弄され続けた日々を思い出してたまらない気持ちになる。
「親身になってくれるのは斉藤に僕を押しつけたら安心するからですか?」
島さんは軽く目を見開いた。
「そんなことしなくたって、もう島さんのことはなんとも思ってないですよ」
「特別可愛い後輩にお節介を焼いてるだけだ」
まったくこの人は……。内心溜息が零れる。
酔った俺を抱いたあと、好きだのかわいいだのと言って俺をなだめたこの人は本当に口達者だ。
老若男女問わず好かれる島さんはいつも人の輪の中心にいた。気取らず下級生にも気さくに声をかけてくれて、厳しさと優しさが絶妙なバランスだからつい心を許してしまう人だった。
憧れの、雲の上のような存在だった島さんから好きだのなんだのと口説かれてついほだされた。
それから俺は島さんのセフレのようなポジションについた。付き合う彼女はコロコロかえていたが、俺だけはそのポジションを外されることがなかったので自分は特別なんだとうぬぼれた時期もあった。そう思わせるのがうまい人だった。
島さんの就職が決まった時は、俺を追いかけて来いと言われてその通りにした。いきなり島さんから別れを切りだされた時には、この俺と付き合えたんだ、幸せだっただろ? とまで言われて一瞬納得しかけた。
実際、この人のおかげで今の俺があると言っても過言じゃない。好感の持てる見た目の作り方や人にウケる立ち居振る舞いを教えてもらった。色んな人から声をかけられるようになり、友達も増えた。女の子からもモテるようになった。それは自信に繋がった。自信がつくと余裕も生まれ、視野も広がった。物事を俯瞰的に見られるようになり、最善の道を選べるようになった。良い営業成績を出せるのも、島さんの手ほどきあってこそだ。
自分では気付いていなかったが俺は島さんに依存していた。だからいきなり結婚前提の女性がいるからお前とはもう寝ない、と一方的に言われた時はかなり落ち込んだ。
新しい恋人は、俺との関係を維持しながら付き合ってきた過去の女とは扱いがまるで違った。自惚れが勘違いだったと気付かされてショックだった。立ち直り、吹っ切るまでにそれなりに時間がかかった。その時間を無駄にするようなことを、この人は平気で言うんだからたちが悪い。
「うまくいくとは思えません。あいつは奥さんと子供を大事にしてますから」
「大事だからこそ、自分を犠牲にしてでも守りたいと思うものだ」
島さんとそんなやり取りをした数日後、斉藤と飲んでいたらいつもののろけ話が始まった。人の気も知らないで、と思ったら、口が勝手に動いていた。斉藤はリストラ話を信じた。そして島さんの言う通り、家族を守るために自分を犠牲にするほうを選んだ。
怖気づいてフェラで妥協した。そのことを島さんに報告したらせっかくのチャンスを不意にするなんて大馬鹿だと呆れられた。しかしフェラが出来たならセックスも出来るはずだと次の手を考えだした。
島さんは斉藤を冷たく突き放した。斉藤はまた俺に縋りついてきた。強気でいけと島さんに指示された通り、俺は嫌な奴になりきって斎藤を誘ってみた。ここまでしてもまだ家族を優先するのか、確かめてみたかったのもあった。
さすがに断るだろうと思っていたのに、斉藤は承諾した。嫁と子供には敵わないのだと敗北感に打ちのめされた。
俺が欲しかったのは斉藤の体でも思い出でもない。斉藤の心が欲しかったんだ。心を通わせあって、理解しあって、愛しあいたかった。島さんには望めなかったものが欲しかったのだ。
「それでどうだった? 斉藤のほうはお前に興味を持ったか?」
好物のオリーブを口に放り込んで島さんは言った。
「もつわけじゃないじゃないですか。家族を人質にされて嫌々してるのに」
「あと一回寝てみろ。お前も受け身じゃ駄目だ」
「斉藤は既婚者なんですよ。島さんと同じ」
自分は結婚前提の付き合いを開始したら早々に俺との関係を清算したくせに。それ以降、誰かと遊んでいる素振りもない。
島さんはワインを一口飲んだ。
「久し振りにするか」
「え?」
「話しを聞いてたら俺もお前としたくなった。どうだ?」
この後店をかえて飲むか? みたいな口調で言われても。
「無理です。俺がもう。……好きな奴とじゃないと」
「初めてだな。お前に断られたのは」
特に気を悪くした様子もなく笑って、島さんは残りのワインを飲みほした。
けじめをつけた島さんが正しい。嫁と子がいる斉藤をいつまでも想い続ける俺が駄目なんだ。心は一生手に入らない。好きな奴と一度寝れただけでも俺は感謝しなきゃいけないんだ。
今度は自分からけじめをつける番だ。
※ ※ ※
翌日の昼、エレベーターホールでぼうっと窓の外を見ていたらいきなり腕を掴まれた。振り返ると斉藤が俺を睨みつけていた。
「話が違うぞ」
低く押し殺した声で言う。
「なんの話だ」
驚いて聞き返した。
「さっき外で島さんに会った。リストラされたくなかったらもう一度お前と寝ろと言ってきた。どういうわけだよ!」
あと一回寝てみろという昨夜の島さんの言葉を思い出した。まったくあの人は余計なことをしてくれる。
「それは俺が言いだしたことじゃないぞ」
「お前、あの人に俺とやったこと喋ったのか?!」
ハッとして言葉に詰まった。
「なんでそんなこと喋るんだよ? 頭おかしいんじゃないか?!」
迂闊に喋れば斉藤を騙したことがバレてしまう。辻褄の合う適当なストーリーを組み立てようと必死に頭を働かせた。
「お前、あの人とも寝てるのか?!」
思考が止まった。たぶん、それは俺の弱点。斉藤にだけは知られたくなかった過去。
沈黙を肯定と取ったか、斉藤は顔を歪めて言った。
「そんな汚い体を抱くのは二度とご免だ。それなら会社辞めた方がマシだ!」
投げ捨てるように俺の腕を放すと、斉藤はくるりと背を向け立ち去った。ホールに響く足音が怒り狂っていた。
ポケットからスマホを出して島さんへ電話した。待ち構えていたかのようにすぐに繋がった。
「どういうつもりですか」
『さっそく来たか』
「俺と寝るくらいなら会社辞めるって息巻いてますよ。本当に辞めたらどうするんです?」
『慌てるな。目の前に安定した生活がぶら下がってるんだ。必ずまた来る』
「これ以上、あいつを騙せませんよ」
『一度も二度も同じことだ。お前だって二度目はかなり渋っただろう』
流されて半ば無理矢理抱かれた初めの夜。二度目は素面だった。何度もキスされて、たくさん愛の言葉を耳に吹きこまれながら嫌らしい目と指先で体中をまさぐられた。こちらが折れる頃には心身ともに準備万端の状態だった。俺を説得する数時間はほとんど前戯を施されていたも同然だったのだ。
「仕事場で変なこと思い出させないで下さい」
電話の向こうで島さんは笑った。
『あと二、三日様子を見ろ。俺はただ、お前を幸せにしてやりたいんだ』
自分が出来なかったからですか。そんな嫌味が頭に浮かんだが飲みこんだ。
「とにかく島さんはもうこの件には関わらないでください」
『報告はしろ』
有無を言わせぬ口調で告げると、島さんは電話を切った。溜息しかでない。