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終わらない夜(2/2)

2016.10.22.Sat.
<前話>

 おずおずと隆二の背中に手をまわした。

「好きだよ、隆ちゃん」

 沙紀の言い方を真似た。隆二は沙紀の名前を呼びながら俺に口付けた。腕の力とは逆に優しいキスだった。啄むように唇を重ね、湿り気を帯びた頃にやっと舌を入れて来た。遠慮がちに侵入してきた舌を俺から吸った。

 隆二の頭を抱えて深く口を合わせる。隆二の手が俺の体をまさぐる。俺は隆二の服に手をかけた。シャツのボタンを外して、中のカットソーを脱がせる。上半身裸になった隆二の体にクラクラと眩暈がする。

 隆二はどこかぼんやりとした眼差しで、自分でベルトを外し、ズボンをおろした。ボクサーブリーフの前は大きくテントを張っていて、先端部分には染みが出来ていた。

 震える手を伸ばし、隆二の下着をおろした。ペニスが勢いよく弾き出る。直接口で迎えに行こうとしたら「いいよ」と止められた。

「沙紀はそんなことしなくていい」

 優しい口調で沙紀へ話しかける。俺に沙紀を投影している。双子だと言っても性別も見た目も違う。かなり酔っている証拠だ。

 隆二は俺の服をひとつずつ脱がせていった。露わになる肩に、平たい胸に、色気のない背中に、いちいちキスを落としていく。本当ならば沙紀にしたかったことを俺にしている。

 下着を脱がせた時は、あるはずのないものを見て眉をひそめていた。素面に戻ってしまうんじゃないかと心配したが、隆二は俺の体を裏返すことで想像の世界を守った。

「俺なら沙紀を大事にするから」

 耳元で囁きながら、隆二は奥の窄まりへ指を入れて動かした。

「一生、沙紀を守るから」
「んっ……ぅ、あ……」

 肩甲骨を舐められて上ずった声が出た。尻に隆二の勃起が当たって擦れる。あれを俺の中に入れるつもりだ。想像しただけで胸が一杯になって泣きたい気分になる。初めてなのに、不安も恐れもない。早く隆二を受け入れたい。

「隆二……、隆ちゃん、もういいよ、きて」
「でもまだぜんぜん濡れてない」
「平気だから、隆ちゃん、お願い」

 沙紀の真似をしてねだる。プライドなんか、この期に及んで何の役にも立たない。

「痛くなったら言うんだぞ、沙紀。すぐ止めるから」

 うんと頷いて、隆二へ腰を突きだした。指が抜けた場所へ隆二の先端があてがわれる。隆二は沙紀を気遣って、ゆっくりそれを埋めて来た。ピリッと裂ける痛みは想定内だ。内臓を押し上げるような圧迫感は、想定外だ。

 嘔気に似た感覚がこみあげて来て、俺は手で口を押さえた。

「痛いか? 大丈夫か、沙紀」
「大丈夫だから……、全部入れて、隆ちゃん」
「もうすぐで全部入るからな」

 励ますように、労わるように、俺の背中を大きな手で撫でる。

 隆二の言葉通り、ほどなくして全部が俺のなかに納まったようだった。尻たぶに隆二の腹がぴたりとくっついていた。

「沙紀、俺たち、ひとつに繋がったんだ。沙紀のここ、俺の全部を飲みこんでる。感動だ」

 と結合部を指でなぞる。その感覚に背筋がゾクゾクと震えた。

「気持ちいい? 隆ちゃん」
「ああ。沙紀の中は熱くて気持ちよくて蕩けそうだ」
「動いていいよ」
「沙紀のことも良くしてやるからな」

 俺の腰を掴んで隆二はゆっくり抜き差しを始めた。俺の中を長大な隆二が動く。最初は苦痛でしかなかったのに、何度も中を擦られているとだんだん慣れてくる。隆二の先走りと腸液とでぬめりも出て引っかかりなく動きがスムーズになる。

「……あっ……はぁ……ん」
「辛くないか?」
「だいじょう、ぶっ……気持ち、い……っ」

 腰を動かす速度があがった。快感よりも、隆二のペニスで体を貫かれているという事実に酔いしれた。

「ああっ、あっ、もっと、奥まで来て」
「こうか?」

 隆二が奥深くまで俺を突きあげる。ずり上がりそうになり、俺は畳みに爪を立てた。

「気持ちいいっ、隆ちゃん、気持ちいいっ」
「俺もだ、沙紀」

 肉と肉のぶつかる音が狭いアパートに響く。俺の頭は白熱したままで、痛みと苦痛は麻痺していた。隆二はギンギンにいきり立っていたが、俺のペニスは小さいままだった。

「もう、イキそうだ」
「だめっ、そのまま……中に出して!」

 隆二が腰を引く動作を見せたので、俺は慌てて止めた。

「でも、それじゃ……」
「隆二だったらいい、隆ちゃんの子供だったら産みたいっ」
「俺も、沙紀に俺の子供を産んで欲しい」

 隆二は腰を振り続け、最後は俺の中に射精した。決して妊娠することのない、男の俺の体へ。



 まだ夢見心地に俺のことを沙紀と呼びながら髪の毛を撫でつける隆二に寝間着を着せ、布団に寝かせた。沙紀も一緒に寝ようと腕を広げて待っていた隆二は、俺がトイレから戻る頃には眠りに落ちていた。

 泣きつかれた子供みたいな、無邪気な寝顔だった。

 隆二に抱かれた畳の汚れを拭いて、テーブルの上を片付けた。このまま帰ろうかと思ったが目を覚ますまで残ることにした。

 かなり飲んだ隆二が朝起きられるか心配だったのと、昨夜の出来事を隆二がどう処理するつもりなのか、見届けたい思いがあった。

 実らない片思いを何年も続けてきた。この先何年も続けていくのは辛い。俺だってそろそろ決着をつけたい。駄目なことはわかっているから、未練の残らないほどに、こっぴどく振って欲しい。

 壁にもたれて、たまに寝返りを打つ隆二をずっと眺めていた。明け方頃になって隆二は呻きながら目を覚ました。暗闇で自分を見つめる二つの目に驚いたように体を起こし、頭を押さえて顔をしかめた。

「……何時?」
「まだ4時過ぎ」
「俺、いつ寝たっけ」
「日付が変わる少し前くらい」
「そうか……覚えてないな」
「何も覚えてないの?」

 上目遣いに隆二は俺をチラッと見た。

「沙紀が結婚するかもしれないって話なら、覚えてる」
「それは酔う前に話したからね。酔ったあとのこと、何も覚えてない?」
「何かしたか?」

 本当に覚えていないのだろうか。信じられない思いで隆二を見つめる。隆二も不安そうに俺を見つめ返す。

「ずっと沙紀のことが好きだったって、俺に言った」
「俺、そんなこと……そうか、驚いただろう」
「うん、まあ」
「他に俺は何かしたか? 例えば、その、沙紀に電話したりとか」

 何も覚えていないとしても、こんな時まで沙紀のことを気にかけるのか。苛立ちより、ただひたすら悲しい。

 慌てふためいて、必死に謝罪して、沙紀だと思って抱いたのだと、おまえのことなんか少しも好きじゃないのだと、決定的な言葉で突き放してほしかったのに。

「そんなことはしなかったよ」
「それなら良かった」

 安心したように溜息まじに隆二は言ったが、どことなく、残念そうでもあった。酔った勢いで告白していれば、もしもの可能性もあったと期待があったのかもしれない。

「俺は帰るよ」

 壁から背中を離して立ちあがった。

「こんな時間に?」
「タクシー捕まえるよ」
「泊まっていけばいいじゃないか」
「布団、ひとつしかないじゃん」

 隆二は見送りのため玄関までついてきた。俺が沙紀だったら夜道は危ないと言って決して1人で帰さなかっただろう。俺は男だから、1人でも平気だと思われている。実際、平気だ。

「隆二、俺の名前覚えてる?」
「なんだ急に。当たり前だろう」
「言ってみてよ」
「直紀だろ」

 覚えてたんだ。ずっと沙紀沙紀ばっかりで、一度も俺の名前を呼ばれなかったから忘れられてると思っていた。

「また今度食事にでも行こうよ」
「ああ、そうだな」
「おやすみ、隆ちゃん」
「ああ、おやすみ──え、えっ?」

 ハッとした顔をする隆二ににこりと笑いかけ外へ出た。

 隆二に抱かれた。沙紀の身代わりであってもこの事実はかわらない。来た時とは違う体になったのに、案外なにも変わらないものだ。




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終わらない夜(1/2)

2016.10.21.Fri.
※片思い

 親から電話で、妹の沙紀が彼氏を家に連れて来るつもりだと聞いたとき、真っ先に頭に浮かんだのは隆二の顔だった。

 妹の彼氏はこれまでも何度か家に顔を見せに来てはいたようだ。母から聞く話では、真面目で誠実そうな、いい人らしい。

 その人をつれて、「話があるから」と父親がいる休日を指定してやってくるということはつまり、結婚の挨拶をしに来るということだ。

 就職してすぐ付き合い出して今年で4年目。早すぎるということもない。

 もしかすると家族同士の顔合わせがあるかもしれないからその時がきたらまた連絡する、と母親は電話を切った。声の様子から、結婚には賛成のようだ。俺だって、反対する理由がない。

 ただ一つ、隆二のことが気がかりだ。

 隆二は隣に住んでいた一個上の幼馴染みで、小さい頃から兄弟同然に育ってきた仲だ。男女の区別がつく頃、隆二は泥だらけになって一緒に遊んでいた沙紀が女だということに気付いたようだ。

 思春期に入ると沙紀を意識しまくって挨拶一つまともにできなくなった。いつものように沙紀が話しかけても、隆二のほうは緊張してしどろもどろになってしまう。それを恥じて余計に焦り、顔を赤らめ、最後には沙紀を突き放すようにして逃げだした。

「隆ちゃん、最近冷たいよね」

 と沙紀は自分が原因だとは気付ていないようだった。沙紀にとって隆二はいつまで経っても一個上の兄のような存在だったからだ。

 高校生になった沙紀に初めての彼氏が出来たとき、隆二の動揺と落ち込みは相当だった。

 偶然二人が歩いているのを見かけたらしく、俺を呼び出してあれは誰だと聞かれた。直接沙紀本人に訊く度胸はないらしい。彼氏だと答えたら何度も、本当か、間違いないか、と確認された。

 隆二はかなりショックを受けたようで、しばらく茫然としていたが、本当に付き合っているのかと再度確認した後、おかしなことをされていないか、と心配しだした。

「おかしなことって?」

 と俺が聞きかえせば「男は所詮獣だ。沙紀に乱暴を振るうかもしれない。二人きりにならないよう言っておかないと沙紀が傷つくことになる」と真剣な顔で俺に言った。

 付き合いたての二人にはいらぬお節介だと言っても隆二はきかなかった。

「おまえは心配じゃないのか? 実の妹が変な男に唆されているのに」

 隆二のなかで沙紀の彼氏は女をたぶらかす獣になっていた。

 隆二が沙紀を好きなことは、憧れの女性を前にしてあがってしまう純情青年の態度だけじゃなく、後ろ姿を見送るひたむきな視線や、沙紀の笑顔を見てゆるまる頬や、過剰な心配性にも現れていて、それを目にすれば誰でも気付くほどにダダ漏れだった。

 気付かないのは当人の隆二と沙紀くらい。

 一年ほどして、沙紀は彼氏と別れた。彼氏の浮気が原因だったらしい。それを聞いて隆二は「だから言わんこっちゃない。あの男はロクでもない奴だと思っていたんだ」と憤慨しつつ、沙紀が一人になったことを喜んでいた。

 だからと言って告白する勇気もない。告白して振られるリスクがある以上、一個上の兄貴分の立場を死守したほうが今後長く付き合っていけると踏んでのことだろう。

 それほど俺が隆二の心情に明るいのは、物心つく前から一緒にいるという条件に恋愛感情がプラスされているからだ。

 隆二が沙紀を見つめていたように、俺もずっと隆二を見つめてきた。

 妹のことが好きな男のことをずっとそばで見てきた。落ち込んでいる時は励ましたり、さりげなく二人きりになれるよう気を遣ってやったり。

 就職して三人がバラバラになってからは会うことはほとんどなくなった。たまにメールをやり取りする程度。隆二の話題は沙紀のことがメインだ。当たり障りない会話をしたあと、思い出したように沙紀の近況を俺に聞いて来る。

 気付かれたくない本心をどうでもいい話題に挟むやり方は、コンビニで週刊誌でエロ本を挟んでを買うやり方に似ている。それを言ったら隆二は、沙紀はエロ本じゃないと怒り狂うだろうけど。

 月に一度は必ず連絡してくる。だいたい月頭だから、そろそろだ。

 さっきの電話の内容を伝えるべきだろうか。まだ結婚の挨拶だと決まったわけじゃないのに早計すぎるだろうか。だが親同士も仲がいいから、親から隆二へ話が行く可能性も充分ある。最悪、沙紀本人から聞かされるかもしれない。

 沙紀から聞かされるくらいなら、俺がタイミングを見つつ伝えたほうがいい気がする。きっと死ぬほど落ち込むだろうから、そばにいないとなにをしでかすかわからない。

 できるだけ早い方がいいだろう。いつも連絡を待つばかりだが、今回は俺から隆二に電話をした。隆二も『どうした?』と珍しがる。

「会えないかな? 出来れば早め。今週中に」
『何かあったのか?』
「たまには会って話したいなと思って」
『まぁいいけど。ちょっと待て……、明日なら早めにあがれそうだ。急すぎるか』
「明日、いいね、明日にしよう」

 待ち合わせ場所と時間を決めたら、沙紀の話題を振られる前に電話を切った。

 明日、なんて切りだそうか。できるだけ隆二を傷つけたくない。



 傷つけたくない、と願っていても、結婚の二文字を突きつけたらそりゃこうなるよなって、本当はわかっていたんだ。

 待ち合わせした駅から電車に乗って、おりた駅前のコンビニで買い物してから向かった先は隆二のアパート。初めて入る。舞い上がりかける気持ちを押さえ込んで、最初は近況報告。仕事の愚痴とか言い合って、お互い核心へのきっかけを探りあっていた。

 最初に辿りついたのは隆二だった。

「沙紀は元気か」

 って、缶ビール呷りながら、思い出したからついでに訊いてるって体で。

「元気みたい。俺も会ってないからわかんないけど。なんの連絡もないし」
「この前きたメールで、風邪気味だって言ってたぞ」

 メールのやり取りしてたんだ。ちょっとショック受けつつ「知らなかった」って聞き流した。まさかその時、結婚するって話してないだろうな。

「他になんか言ってた?」
「いや。なにも。……まさか」

 はっと何かに気付いたように隆二が俺を見る。

「まさか、おまえ、結婚するのか?」

 驚きと歓喜に目を大きくしながら隆二の頬が緩んで行く。俺は飲みかけの酎ハイを吹きだした。

「ご、ごめっ……」

 むせながらティッシュでテーブルを拭く。早とちりもいいところだが、なんてタイミングの悪い勘違いだろう。

「結婚しないよ、俺は」

 動揺からつい口が滑った。同じようにテーブルを拭いていた隆二の手が止まった。しまった、と顔をあげたら、隆二が膝で立ったまま固まっていた。

「沙紀が結婚するのか?」
「いやっ、まだ、そうと決まったわけじゃ……!」
「いま付き合ってる男と?」

 蝋人形みたいなのっぺりとした表情で、隆二は唇だけを動かした。瞬きすら忘れている。

「沙紀からはまだ何も……、ただ、家に彼氏を連れて来るって聞いただけで。なんの話かは」
「……そうか」

 呆然と呟いて、隆二はすとんと腰を落とした。焦点の合わない目でテーブルを見つめたまま、酎ハイを吸ったティッシュを握りしめる。

「結婚の話かどうか、まだわからないよ」

 隆二の手から汚れたティッシュを取ってゴミ箱に捨てた。引っ張りだすタイプのウェットティッシュを数枚引きちぎって、濡れた隆二の手を拭いてやった。魂が抜けたようになっている隆二はなすがままだ。

「子供が出来たのか?」

 ぽつりと隆二が呟いた。

「そんな話は聞いてない。たぶん、出来てないと思うけど」

 妊娠していたなら、電話で母親が言っていたはずだ。

「結婚するのか……」
「結婚とは全然関係ないことで家に来るのかもしれないけどね」
「付き合って……4年か」

 沙紀が今の彼と付き合い出して、相手の男はどんな奴だと隆二から散々訊かれた。俺も会ったことはないから、母親から聞かされる情報をそのまま隆二に伝えた。

 年齢や仕事はもちろん、人柄や家族構成や実家で飼っている犬の名前まで、全部。京都で泊りの旅行に出かけたことも、遊園地のおみやげになにをもらったかも、2人の仲が順調なのを隆二には伝えて来た。

 隆二だって心のどこかではこの結末を予想していたはずだ。

 隆二はがくりと項垂れた。長いため息をついたあと、息を吸いこみながら顔をあげた。目が真っ赤に充血していた。

「沙紀が幸せなら、それが一番いい」

 と新しい缶ビールを開けた。咽喉を鳴らして一気に飲みほし、また次の一本を開ける。

「飲み過ぎだよ、隆二」

 そんなに強いほうじゃないのに、隆二は2本目もあっという間に空にした。

「めでたいことなのに、酒を飲んでなにが悪い」

 どう見ても祝うって顔つきじゃない。泣きそうな顔をして、完全に自棄酒じゃないか。

「明日も仕事だろ?」
「仕事なんかどうだっていい」

 吐き捨てるように言って三本目に手を伸ばす。泣くのを我慢しているように口をへの字に曲げながらプルタブを起こし、味わう素振りもなく咽喉へ流し込んだ。

「沙紀は本当にそいつが好きなのか」

 酒で腹が満タンになってようやくペースが落ちた頃、隆二が言った。

「俺に聞かれてもわかんないよ。正月以来会ってないし」
「そいつは本当に沙紀を大事にしてくれる男なのか」
「だから……わかんないって……」
「沙紀は結婚するのか」

 隆二は手で顔を覆い隠してしまった。ズッと鼻をすすりあげる音が聞こえる。

「隆二……」
「おまえには白状するけど、実は俺、沙紀のことが好きだったんだ」
「そっか……知らなかったな」

 知ってたよ。もうずっと前から。気付かないふりをするのが大変なくらい、わかりやすかったよ。

「沙紀は俺のこと男として見てないから、俺もずっと黙っていようって思ってたんだ。でも……ダメ元で告白していれば何か変わったのかな。沙紀の結婚を止められていたのかな」

 もしもの話をする涙声を聞いてられなかった。一歳年上ということで、小さい頃から隆二は年長者として振舞おうとしていた。上級生に公園を奪われた時も、誰かが怪我をした時も、本当は怖くて不安なはずなのに、平気なふりをして俺たちを庇ったり、励ましたりしていた。

 それは大人になった今もかわらなくて、隆二は弱ったところを俺たちに見せない。いつも年上のお兄さんであり続けようとしていた。

 そんな隆二が俺の前で泣いている。沙紀の結婚を聞いて、涙を流している。

 俺はかける言葉もなく、顔を隠す隆二の姿を見守った。

「覚悟していたつもりだったんだけどなあ……駄目だったなあ……。こんなことなら、好きだって言っちまえば良かった」
「そうだね。言ってたら、なにかが変わっていたかもね」
「結婚式で告白しちまおうかな」
「結婚式で?!」
「冗談だよ。沙紀に迷惑がかかる」

 顔を撫でるように涙を拭い、隆二は面を晒した。赤い顔。赤い目。涙で睫毛も濡れている。弱々しい溜息をついたそばから、目に涙が溜まっていく。

 隆二は膝に手をついて立ちあがった。よろめいてそばの棚に体をぶつける。俺も咄嗟に腰をあげた。

「大丈夫?!」
「大丈夫。酒がなくなったから買ってくる」
「もういらないよ。充分飲んだ」
「まだ足りない」

 よろよろと覚束ない足取りで玄関へ向かおうとする。また大きく体が揺らいだのでそれを抱きとめた。こんな風に隆二に抱きつくのは子供の時以来だ。あの時とはぜんぜん違う、がっしりと逞しい大人の体に胸が騒ぐ。

「放せ」
「駄目だよ。こんなに酔ってるのに、危ないよ」
「沙紀の幸せを祝いたいんだ。俺なんか、どうなったっていい」

 涙を零しながら自暴自棄に手足をばたつかせて身をよじる。体格でも力でも勝てない俺はずるずる引きずられてしまう。

「駄目だって、隆二!」
「うるさい!」

 俺を振り払おうとする隆二と、必死にしがみつく俺。バランスを崩して二人とも床に倒れ込んだ。尻もちをつく俺の上に隆二が覆いかぶさる。床に手をつき俺の体を跨いだ隆二の目から、ボロボロと涙が落ちて来た。

「飲み過ぎだよ」
「沙紀」

 と隆二は手を俺の頬に当てた。しっとりとした、大きくて熱い手だった。

「俺は沙紀じゃないよ」
「よく似てる」
「そりゃ双子だもん」
「俺じゃ駄目か」

 いきなり隆二が抱きついてきた。体重をかけられて、床に押し倒される。隆二の腕が俺の体を強く抱きしめた。

「隆二っ……、ちょっと! 俺は沙紀じゃないってば!」
「ずっと、こんなに好きなのに……!」

 首元に熱い息がかかって、抵抗する力が抜けた。このまま身をゆだねてみればいい。欲望という名の悪魔が頭のなかで俺に囁く。




鬼は笑うか