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行きつく先は(5/5)

2016.07.13.Wed.
<前話はこちら>

 数日後の夜、俺は実家に帰った。この時間なら父がいる。

 菱川くんから別れを告げられたあの日から、ある考えが頭から離れなくなっていた。このまま花井さんの言う通り結婚するのは嫌だ。俺だって愛情の持てない相手と一緒にいたくない。好きな人と一緒にいたい。菱川くんの言う通り、決断するしかないのだ。

 母が夕飯を作っている間、父はいつも通り一人で晩酌をしていた。いつもある小言がないほど上機嫌なのは、俺と花井さんがうまくいっていると思っているからだろう。

「お前も呑むか」

 勧められた酒を断り、膝を父のほうへ向けた。

「話があります」
「なんだ。日取りが決まったのか?」

 結納か結婚式の話をしているのだろう。黙って首を振り、俺は切りだした。

「花井さんと結婚はしません。今後誰とも、結婚はないです」

 緩んでいた顔を引き締めて、父はグラスをテーブルに置いた。

「彼女のなにが不満だというんだ」
「そういう問題ではないんです。僕は……ゲイなんです。男しか好きになれません。だから女性とは結婚できません。今まで黙っていてすみませんでした」

 頭を下げた。父がテーブルを叩き、上に乗っていたグラスや皿が音を立てた。

「ふざけたことを言うな! 冗談でもそんなことを言うんじゃない!!」
「冗談なら良かったんですが。僕は父さん達に孫の顔を見せてやることは出来ません」
「彰博、お前……ッ!!」

 父の拳が飛んできた。



 信号待ちで、腕に白い粒を見つけた。実家を追い出された時に撒かれた塩だ。

「二度と戻って来るな! 親子の縁を切る!! お前みたいな奴は俺の息子ではない!!」

 そう言われて。予想通り父は激怒し、母は泣いた。

「先方さんにはなんて言えばいいの」

 と。父も母も常識にとらわれ、世間体を気にする人だった。そこから抜け出た俺は世間体の庇護を受けないかわりに自由を手に入れた。

 菱川くんのバイト先へ向かい、いないとわかると家に車を走らせた。明かりのついた部屋のチャイムを連打し、急かすようにノックをする。驚いた顔で出て来た菱川くんに抱きついた。

「君が好きだ。だから俺は君を選ぶ」
「えっ、ちょっと、早瀬さん?!」

 靴を脱ぎ棄て彼に抱きついたまま奥のベッドに倒れ込む。彼の上に馬乗りになって服を脱いだ。

「早瀬さん、その顔……っ」

 殴られた跡を見て菱川くんは眉を顰めた。

「ハハ、ゲイだって言ったら殴られた」
「婚約者に?!」
「父に。母は泣いたよ」
「僕のせいですね」

 さっと顔を曇らせる。

「違うよ。俺が自分で決めた。花井さんなんかと結婚したくない。これでもう彼女に脅される材料はない」
「脅されてたんですか?」

 驚いて目を見開く彼にキスした。キスをしながら、菱川くんの服も脱がせていく。顔を見せた胸の突起を口に含み舌で転がした。

「早瀬さん……ッ、脅されたって、ちゃんと説明して……!」
「ゲイだってバラされたくなければ、結婚しろって花井さんに脅されてただけだよ」
「そんな……! 僕、知らなくて……どうして教えてくれなかったんですか」
「言わなかったのは俺の判断だ。それに、君が俺に決断させてくれたんだ」

 ズボンと下着をずりおろし、出て来たペニスにしゃぶりつく。今後のことはわからない。でも今はこれだけが欲しいと思う。人から遊ぶお許しをもらった男では満足できない。

 口の周りを唾液まみれにして彼を勃たせると、俺はそこへ跨った。

「あっ、待って、まだゴム……!」
「いらない。必要ない」

 菱川くんの肩につかまりながらゆっくり腰を下ろしていった。今までは病気の心配や後々の腹痛を理由にコンドームを使用していた。でも今日は生で欲しい。

「ふぅ……うっ……あ、はああぁっ……」

 奥深くまでこじ開けられていく感覚。ペタンと尻がくっついて腹の中にある熱い存在に震えが走った。腰を浮かせ、また下ろす。上げ下げを繰り返していたら少し潤いが出て来てスムーズになった。

「早瀬さん、辛くないですか」
「い……からっ……俺の、ちんこ触って……!」

 少しの痛みと腸を刺激する異物感から俺のペニスは萎れていた。それを菱川くんが握って優しい手つきで扱く。

「すご……奥まで……っ! 菱川く……ちんぽ、気持ちいい……?」
「俺は気持ちいいですけど……早瀬さんは苦しそう」
「菱川くんの精子……中に欲し……ッ……いっぱい、俺のなかに……注いで……!」
「だったらこっちの方が早いです」

 俺の背中と腰を支えながら菱川くんは体を起こし、俺の上になった。

「ほんとに中に出していいんですか?」
「君の精液まみれになりたい」
「……ほんと、早瀬さんて綺麗な顔してエロいですよね」

 苦笑した菱川くんが中で動く。慣れた正常位。俺の敏感な部分を熟知した動き。あっという間にペニスが立ちあがってしまう。

「奥まできていいから……菱川くんも、気持ちよくなって……」
「充分気持ちいいです」

 菱川くんの手が俺のペニスを扱く。ぬかるむ尿道に指の先を突っ込んでくる。

「はぁっ……あっ、あ……や、だ……ちんぽっ、そんな……したら……出るっ」
「僕も早瀬さんにいっぱい出して欲しいです」

 手つきが激しくなって、濡れた音が経つ。

「あぁぁ……あぁあんっ……だめっ……て、ばぁあっ……あ、ひぁ……し、かわくぅ……んっ! んあぁ……ほんと……出……ちゃ……っ!! ちんぽ、も…ぉ…いくっ、いくっ!!」

 熱い精液が駆け抜けていく。頭が真っ白になる解放感。無様なほどだらけきった顔をしているだろうに、菱川くんは愛しいものを見るように目を細めている。

「いっぱい、出ましたよ」

 菱川くんの手は俺の吐きだした精液まみれた。それを菱川くんはペロリと舐めた。

「……菱川くん、正直に答えて欲しいんだけど……ほんとに男と寝たことないの?」
「ないですよ」

 きょとんと菱川くんが答える。

「じゃ、どうしてそんな……慣れてる、気がする」
「笑わないでくださいね。早瀬さんに喜んでもらうために勉強しました」
「勉強?」

 俺の足を大きく広げると、菱川くんは体を前に倒してきた。

「ネットで調べたり、動画を見たり。ここ、前立腺ってとこですよね?」
「ひんっ」

 ぐりゅっと擦られて素っ頓狂な声が出た。菱川くんの笑みが濃くなる。

「そういう反応見せてくれるから、僕も止まらなくなるんです」

 言うと菱川くんはピストン運動を始めた。正確に俺の前立腺を責め立てる。

「やっぱり生だと違う……直で早瀬さんを感じられて、すごくいい」
「……俺、もっ!! ああぁっ……いつもよりおっき……いいっ! ああぁっ……はあぁ……ん……菱川くんのっ、ちんぽ……気持ちいいっ……!!」

 もっとして、とねだればその通りに動いてくれる。菱川くんに気持ちよくなってもらいたかったのに、それも忘れて俺は再び勃起したペニスから先走りを撒き散らした。

「ああぁん、あっ! あぁ!! また……キタッ……菱川くんっ、俺また、イク……!! 菱川くんのおちんぽで、射精する!!」
「待って……僕も、いきそう……っ」
「なかに出して……! 菱川くんの…ッ…ナマ中出し、欲しいぃ……!!」

 口を突きだすと菱川くんはキスをくれた。必死にそれに舌を絡める。俺たちはほとんど同時に射精した。



 二人一緒にシャワーを浴びた。浴室から出るとスマホの着信に気付いた。

「花井さんだ」

 俺の呟きに頭を拭いていた菱川くんがそばにやってきた。

「僕がかわりに出ましょうか?」
「俺が自分で言う」

 通話ボタンを押すなり『どういうこと!!』と怒鳴り声が聞こえた。スピーカーにする必要もなさそうな音量だ。菱川くんと顔を見合わせ、苦笑した。

『さっきお父様からお断りの電話が来たんですけど! 何かの間違いですよね?!』
「間違いではないです。あなたの夫にはなりたくありません」
『そんなこと言っていいんですか? どうなるかわかってるんですか? ご両親や職場の方たちにバレても……』
「両親には自分でバラしました。職場のほうは好きにしてください。もう、クビになってもいいです。高望みしなけば、食い扶持には困らない業界なので」
『……ッ!! でも、お相手の菱川さんはどうでしょうね?! 学校や親に知られたら……』
「僕なら平気です。もうカミングアウト済みだから」

 横から菱川くんが言った。ちゃんと聞こえたようで、電話の向こうで花井さんは絶句していた。

「そういうわけです。もう脅しの材料はなくなりました。あなたともこれきりということで。しつこいようだと、脅迫と名誉棄損で訴えることも考えます」

 ガサガサッと慌てたような音のあと、通話が切れた。

 結局あの人はなにがしたかったのだろう。男を自分の意のままに操るのが好きなタイプの人間だったのだろうか。ゲイである俺に執着したって、生産性などないのに。

「これですっきりした」
「でもまだ気を付けてください。早瀬さんが嫌な思いをするのは嫌ですから」

 心配そうに言って菱川くんは俺を抱きしめた。

 俺だって不安がないわけじゃない。職場や近所にゲイだと言いふらされるのは困るし迷惑だし、二次被害、三次被害がないとも言いきれないからやめてもらいたいのが本音だ。

 でもそらすら、どうだっていいと思えたのだ。菱川くんに振られた夜に感じた孤独と絶望に比べれば、数十人、数百人が俺を非難したって構わないと。大げさに言えば、世界中が敵にまわったって、菱川くん一人がいてくれればいい。

 こんな感情は一時的なものかもしれない。俺が冷めるより先に菱川くんに飽きられて捨てられるかもしれない。それでもいい。どんな結果になっても後悔しないと今なら言えるから。





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行きつく先は(4/5)

2016.07.12.Tue.
<前話はこちら>

 毎日電話してその日一日の行動を報告することを強制された。休みの日にはデート。たまに泊まることも強要された。「やっぱり女には興味がないの?」と一緒に入ったベッドの中で体を触られたこともある。ピクリとも反応しない俺を揶揄するように弄ぶのだ。

 監視のためなのか、花井さんは抜き打ちで病院や自宅へやってくることもあった。だからいつも気が落ち着かない。似たような背格好の女を見るだけでギクリと心臓が縮み上がり動悸が激しくなった。

 あの女から逃れたい。でも逃れられる場所がない。毎日が地獄のようだ。

 眠れなくなり、思考力も低下し、食欲も落ち、体重も減った。病院のナースから心配されるほどに変わってしまったらしい。

 今日も日課の花井さんへの報告を済ませると、職場の同僚に出してもらった睡眠薬を酒で飲みこんだ。眠れても花井さんが出て来る恐ろしい夢ばかり見る。寝ても覚めても、地獄のような毎日だ。

 缶ビールを2本空けた頃に電話が鳴った。見ると菱川くんからだ。これで何度目だろう。

 街中で偶然会ったあの日から、菱川くんから何度か電話をもらっていたが無視を続けていた。会った時に携帯電話のチェックも当然のようにされるから、彼との通話の記録は残せない。

 メールは毎日来ている。

 連絡がないことを心配する内容。電話に出てください。声を聞かせて。怒ってるんですか? 説明してください。無視は辛いです。
 そんな文面に「いまは仕事で忙しい」とだけ返し、花井さんに読まれる前に削除していた。

 今日も呼び出し音が止まったあと、菱川くんはメールを送って来た。

『マンションの前にいます。会えるまで、待ってます』

 ぎょっとしてベランダへ走った。下の往来は遠い上に暗くてよく見えない。どこかに菱川くんがいるのかと目を凝らしてみると、外灯の下で手を振る人影があった。

『帰ってくれ』

 とメールを送った。

『会えるまで帰りません』

 頑固な返事が来た。

 花井さんへの報告は済ませた。こんな時間だし、いきなりやってくることはないだろう。少しくらいなら、菱川くんと会ってもバレないはず。そんなことを思いながら、『じゃあ少しだけ。入ってきて』と焦る指先で打った。

 少ししてインターフォンが鳴る。モニターに映る菱川くんを見つめながらオートロックを解除した。菱川くんが来る前に部屋を片付けた。もう寝るつもりだったから寝間着も着替えた。鏡の前で髪の毛をチェックしていたら、玄関チャイムが鳴った。

 菱川くんを出迎えるために玄関へ向かう。開いたドアから菱川くんが現れた。偶然会ったあの日から3週間ほどしか経っていないのに、3ヶ月離れていたような感覚で緊張する。

 中に足を踏み入れた菱川くんが正面から見つめて来る。

「少し、痩せましたか?」
「最近、忙しくて」
「僕の電話に出られないほど?」

 優しい口調で責められる。口元に笑みは浮かんではいるが、凄く寂しげで悲しげな目をしていた。

「やっと会ってくれましたね」

 俺の手を取って呟いた。

「すまない。時間がなくて」
「花井さんって人と会ってるからですか?」

 菱川くんは誤解をしている。でも間違ってもいない。現に休みの日は花井さんと会っている。

「これには事情があるんだ」
「結婚するんですか?」
「したくない」
「でも、話、進んでるんですよね?」
「勝手に進められてるんだ。俺の希望じゃない」
「前に早瀬さん、言ってましたよね。やむにやまれぬ状況になったら結婚するかもしれないって。いまがそうなんですか?」

 言葉に詰まった。確かにそういう状況なのかもしれない。弱みを握られ、逃げられない状況で結婚を迫られている。逃げれば身の破滅、他に選択肢は残されていない。

 俺が黙り込んだのを肯定と取ったようで、菱川くんは横を向いてため息をついた。

「結婚して欲しくないけど、そこまで僕がわがままを言っていいのかわからないです。だって早瀬さんの人生だから。僕はまだ差別だの世間体だの実感がないけど、早瀬さんの言うこともわからなくもないし」

 力の抜けていく菱川くんの手が不安になって強く握り返した。

「あの人とは付き合ってると思っていいんですか?」

 俺のほうを向いて、菱川くんは言った。痛いくらいまっすぐな目だ。首を横に振った。

「じゃあ、結婚はしないんですか?」

 返答に困り俯いた。そこへまた長い溜息が降りて来る。

「やっぱりそういうの、僕には理解できないです。相手の人にも失礼だと思うし。好きでもない人と結婚するなんて正しいことだと思えません」

 今回はその相手から脅迫という手段で結婚を迫られているんだ。拒めば人生をめちゃくちゃにされる。だから言う通りにするほかない。

「空気読めなくてすみませんでした。早瀬さんはこのままフェードアウトするつもりだったんでしょ? それなのに何度も電話したり、会いに来たりしてすみません。もう電話もメールもしません。これで終わりにします」
「えっ」

 手を離されて顔をあげた。

「これで、終わり……?」
「はい。早瀬さんが結婚するのに、付き纏うわけにはいきませんから」
「結婚なんか……したくない……」
「決断するのは僕じゃなく、早瀬さんだと思います。どっちも手に入れるなんて、無理なことだと思うから。できればちゃんと早瀬さんの口から聞きたかったです。あんな形で知らされるんじゃなく」

 つらそうな顔で言うと、菱川くんは踵を返し、部屋を出て行ってしまった。




行きつく先は(3/5)

2016.07.11.Mon.
<前話はこちら>

 言われた通り一週間以内に嫌々花井さんに電話をし、指定された場所へ車で迎えに行って、彼女のショッピングに付き合わされたあと、ドライブに行きたいとねだられ、海のほうまで足を伸ばした。

 その帰り道に、丘の上の隠れ家的レストランで食事をした。なにを見ても何も思わないし、なにを食べてもおいしいとも感じない。

 先日のやり取りなんかなかった顔で恋人のように振る舞う花井さんがひたすら不気味で悪態をつく気分にもならなかった。

 家まで送ってくださいと言われるまでもなく、そう来るだろうと覚悟はしていたので「わかりました」と運転手にでもなったつもりで事務的に答え、彼女の自宅マンションまで車を走らせた。

「お茶でも飲んで行きません?」

 シートベルトを外した花井さんが俺の顔を覗きこむ。

「いえ。今日は疲れたので」
「だったら尚更、少しお休みになったほうがいいと思うわ。事故でも起こしたら大変」

 と俺の太ももに手を乗せた。叩き落としそうになるのをなんとか堪えた。

「何が目的なのか、そろそろ教えてくれませんか」

 いろんな感情を押し殺した低い声が出た。

「目的? そんなもの、ありませんけど」
「とぼけるのもいい加減にしてください。何が望みですか? 金ですか、僕の謝罪ですか」
「そんなこと言われるなんて……ショックです」

 胸に手をあて、悲しそうな顔をする。すべてが芝居がかってわざとらしい。怒鳴りたくなるのを奥歯を噛みしめて我慢した。

 その時、俺のスマホが鳴った。花井さんはすばやく音源を探し当て、冷たいまでの無表情で「出て」と言った。

「切れてしまいますよ、早く」

 高圧的な言い方で反発したくなるが、それも大人げないのでポケットからスマホを出した。画面を覗きこんだ花井さんにも、相手が菱川くんだとバレてしまった。

「出てください」

 言葉遣いこそ丁寧だが命令のような口調だ。思わず睨みつけたら睨み返された。花井さんが素早く動き、通話ボタンを押した。

『早瀬さん』

 菱川くんの声が聞こえて来る。仕方なく耳に当てた。花井さんも耳を寄せて来た。

「どうしたんだ?」
『声が聞きたくなって。いま、電話しても大丈夫ですか?』
「……少しなら」
『いまバイトが終わったところなんです。今日って会えませんか?』
「今日は無理だ」
『じゃあ明日は? 明日はバイト休みなんです』
「悪い、明日も無理だ」
『……いつなら会ってもらえますか?』
「最近忙しくて、いつになるかわからない。時間が出来たら俺から連絡する」
『わかりました。お疲れのところ電話してすみません』

 電話越しに伝わってくる菱川くんのがっかりした声。見なくても、落胆した彼の表情が目に浮かぶ。

「悪かったね」
『いえ。声を聞けただけで良かったです』
「おやすみ」
『おやすみなさい。早瀬さん、大好きです』

 焦って隣の花井さんに視線を走らせる。会話を盗み聞きすることに集中しすぎているのか、俺の視線に気付かず、花井さんは眉間に皺を寄せていた。

 おやすみ、と通話を切ってポケットに戻した。

「あれから会っていないみたいですね。私との約束を守ってくれているようで嬉しいです」

 体勢を戻して、花井さんは教師のような口ぶりで言った。ふと、以前彼女が言っていた言葉を思い出した。

 ――どういうわけか、私と付き合った男性って、みんなMっぽくなっていくんです。どうしてかしら?

 過去に付き合った男にもこういう態度だったのだとしたら納得だ。この女は付き合った男を自分の支配下に置きたがるタイプなのかもしれない。

「彼は関係ないでしょう」
「関係なくないです。だって彰博さんの浮気相手なんですから」
「浮気もなにも、あなたと僕は付き合ってもいない」
「酷いことをおっしゃるのね。私たち、夫婦になるのに」

 目玉が飛び出しそうになった。なにを言い出すんだ、この女は。ゲイが何なのか、実はよく知らないんじゃないのか?!

「そんなに驚いた顔をしないでください。私、彰博さんの不機嫌で傲慢なところが好きなんです。そんな彰博さんを傅かせて、従順でかわいい夫に仕立てるのが妻である私の役目なんですから」
「なっ……、なにを言っているんですか……?」

 眩暈がするようなことを言われて、無意識に花井さんから離れ、距離を取っていた。俺には彼女の言っていることが理解できない。あまりにおぞましいことを言われた気がする。

「菱川さんって方のおうちの前で聞いてて確信したんです。彰博さんは見た目はSっぽいけど、中見はMだって。きっと私たちの夫婦生活はうまくいくわ。彰博さんは私にとって理想の旦那さまですから」

 今までのものが作りものだったとわかる彼女の欲望丸出しの笑顔を見て全身総毛だった。目の前にいる女が人間ではない別の生き物に見えた。怖くてたまらない。悪寒が走ったのを認めたら体の震えが止まらなくなった。

「その怯えた顔、本当に可愛い」
「ひっ」

 爪の赤い指で頬を撫でられ、悲鳴のような声が漏れた。

「次のお休みは私の部屋でデートしましょう。手料理をごちそうさせてください。こう見えて料理は得意なんです。それじゃあ、また。おやすみなさい」

 悪魔か妖怪のような笑みを残して、花井さんは車をおりた。サイドガラス越しに手を振っている。恐ろしくて逃げるように車を出した。事故らず帰れたのが奇跡に思えるほど動揺していた。



 今まで相手をしてきた男のなかにも、俺のことをMだと思いこんだ奴はいた。菱川くんと出会った夜に引っかかった男もそうだった。

 容姿なのか言動なのか、俺はある種の連中の嗜虐心を刺激し煽ってしまうところがあるようだった。自覚がないから直しようがない。

 俺は奉仕することより、奉仕されることのほうが好きだ。それは偽りのない本心だ。あいつらに言わせれば、自分で気付いていないだけ、もしくは自分を偽っているだけ、ということになるのだろう。馬鹿馬鹿しい話だ。

 これまではそんな相手に出くわしても逃げればよかった。だが今回はそうはいかない。名前や連絡先も知らない一夜限りの相手じゃない。父の知り合い。名前はおろか、実家の場所も親の名前も知られている。逃げても追ってこられる。しかも俺がゲイだと知っている。職場までおしかけてくるような女だ。不興を買えばなにをされるかわからない。

 あの女の言いなりになるしかない。まさか本気で結婚しようなどと考えているとは思えない。思いたくない。これも俺への嫌がらせ。しばらく付き合えば気が済むだろう。

 そう考えて、次の休みにまた花井さんと会った。料理を作る前に買い物をしたいというので彼女指定のカフェへまず向かった。そこでコーヒーを飲みながら、一方的に話しかけて来る彼女の話を聞いた。それがやっと終わると食後のデザートにとケーキを買い、カフェを出た。 

 すぐそこにスーパーがあると言うので徒歩で向かった。その道中、思わぬ人物に出会った。

 リュックを担いで、友人らしい二人の男と談笑しながら前から歩いてきたのは、学校帰りらしい菱川くんだった。

 最初に気付いたのは俺だった。3メートルの距離になって菱川くんも俺に気付いた。彼は俺を二度見して、ぱっと顔を明るくさせた。

「早瀬さん」

 俺の名を呼びながら駆け寄ってくる。会うのは酷く久し振りな気がする。

「今日は仕事休みなんですか」

 隣の花井さんが目に入らないのか、彼はひたむきに俺にだけ視線を送ってくる。こんな場所で顔を合わせた偶然に素直に喜んでいる様子だ。

「ああ。君は学校の帰り?」
「そうなんです。このあとどっか行こうかって話してたんですけど……」

 菱川くんは俺にすり寄る花井さんへ視線を移した。

「彰博さん、こちらは?」

 名前もバイト先も知っているくせにと花井さんぬけぬけとそんなことを言う。菱川くんの笑顔が陰る。説明を求める目が俺へ向けられた。いまここですべてを打ち明けることは無理だ。

「友人の菱川くんです」

 俺の紹介に、菱川くんは少し不満そうな顔をしたが、すぐ笑顔になって「こんにちは」と花井さんへ会釈した。

「ずいぶんお若いお友達なんですね。私、花井といいます。彰博さんの婚約者です」
「ちょっと、花井さん!」

 掴まれていた腕を振り払った。なんてことを菱川くんに言ってくれるんだ!

「本当でしょ? 結婚を前提にお見合いをしたんですから」
「それはっ……だから、俺はいま結婚する気はないと……!」
「私とは理想の夫婦になれそうだと言ってくれたじゃないですか」
「言ってません! それを言ったのはあなたでしょう」
「彰博さん、訂正しなかったじゃないですか」

 思わず言葉に詰まった。確かに訂正をした覚えはない。しかしそれは同意見だったかじゃなく、花井さんがひたすら不気味で怖くてそれどころじゃなかったからだ。

 なにを言っても裏目に出る。慎重に言葉を選んでいたら、

「じゃあ、僕はこれで」

 と菱川くんが声を発した。

 咄嗟に菱川くんの手を掴んだ。まだなんの弁明も出来ていない。誤解されたまま別れるなんて嫌だ。

「菱川くん、待っ……!」
「お邪魔して、すみませんでした」

 俺の腕を引き剥がして、菱川くんは少し離れたところで待つ友人たちのもとへ走って合流した。そのまま振り返ることなく離れていく。

 花井さんに向き直り「どういうつもりですか」と声を抑えて詰め寄った。

「婚約なんてした覚えはありません、どうして嘘なんか」
「したも同然ですよ」

 菱川くんの後ろ姿を冷然と見送りながら花井さんは言い放った。

「少しの男遊びは許してあげます。でも、私がいいと言った相手だけ。あの子は駄目。もう二度と会わないで。連絡も禁止。約束を破ったら……どうなるかおわかりよね?」

 言い終わると、花井さんはわざとらしく肩を持ち上げて「ふふっ」と笑った。

 この女は俺の理解が及ばないはるか彼方の世界の住人だ。正気じゃない。気が狂ってる。

「どうして菱川くんは駄目なんだ」
「あの子が好きなんでしょう? 本気はダメ。浮気じゃなくなっちゃうもの」

 行きましょう、と花井さんが腕を組んできた。咄嗟にそれを振り払うと、彼女の顔は般若のように変わった。

「彰博さんのお父様に言いつけましょうか? あなたが同性の男とどんなことをして、どんなことを口走っているのか、詳しく、聞いていただいたほうがいいかしら?」

 脅しやはったりじゃなく、この女ならやるだろう。俺の知らないことも調べ上げていそうな空恐ろしさもある。

 しばらく睨みあいが続いたが、弱みを握られている俺が先に目を逸らした。

「さっ、買い物に行きましょう。彰博さんも少しはお手伝いしてくださいね。一緒に料理をする夫婦っていいと思いません?」

 尻尾を丸めて項垂れる俺に満足し、花井さんはにこりといつもの笑顔で言った。飼い主がペットに首輪をつけるように俺の腕に腕を絡めて来る。もうそれを振り払うことは出来なかった。




行きつく先は(2/5)

2016.07.10.Sun.
<前話はこちら>

 こちらから連絡しないでいたら、花井さんが病院まで会いに来た。しかも患者としてやってきたから追い返すこともできず、看護師たちのいる前で「先日はごちそうさまでした」なんて言われてしまい、何時間で噂が広まるのだろうと思うと頭が痛くなった。

「ここ最近、食欲がなくて、あまり充分な睡眠も取れてないんです。気が付くとボーッとしていたりして。なにかの病気でしょうか?」

 顎に人差し指を当て、花井さんは小首を傾けた。確かに可愛い女の部類には入るが、二十代後半の女がやる仕草じゃない。

「もしかすると、恋煩いかもしれないですね」

 ベテラン看護師が俺を指さしながら茶化すように言う。花井さんは口の前で手を広げて「やだぁ! でも、言われてみるとそうかもしれない」とアイメイクでさらに大きくなった目を俺に向けた。

「お疲れなんじゃないですか。とりあえず血液検査と心電図取りましょう」
「そんな、大げさです、彰博さん」

 彰博さん?! なぜ急に下の名前で呼ぶんだこの人は。

「ビタミン剤飲めばそのうち治ると思いますから。ほんと、彰博さんって心配性なんだから」

 ウフフ、と花井さんは笑う。まるで俺たちが恋人同士で、しかも俺が過剰に心配をするほど彼女に惚れこんでいるかのような口ぶりだ。こうやって周りから固めていく気かこの女。

「花井さん、もうすぐ午前の診療が終わるので、申し訳ありませんが会計が終わったあと、待ち合いで待っていてもらえませんか。お話があります」
「ちょうど良かった。私も彰博さんにお話があるんです」

 花井さんは赤い唇を左右に釣りあげた。



 昼休みに会計窓口のほうへ行ってみると、花井さんは椅子に座って待っていた。会計も終わっているというので病院を出て、中庭のほうへ連れて行った。ひと気のない隅のベンチに彼女を座らせた。

「仕事場に来られるのは困ります」
「白衣は脱いでしまったんですね。白衣姿の彰博さん、格好よかったのに」

 とニコニコしていてまるで話が通じない。世間知らずのお嬢さんと言ったって幼過ぎる。

「この際だからはっきり申し上げると、今回の見合いは断るつもりでした。僕はまだ結婚する気はないので」
「いつになったら結婚する気になるって言うんですか?」
「結婚したいと思う時期に結婚したいと思える相手に出会えた時でしょうね」
「その方と彰博さんは結婚できるんでしょうか?」

 なんだか含みのある言い方だった。にこりと微笑んだ花井さんは、鞄をゴソゴソやると、中からスマートフォンを取り出した。幼い印象の彼女らしい、キャラクターのデコレーションがされたスマホだ。それを操作して、俺のほうへ掲げた。

 画面に映し出されたのは、ブレブレの映像。なんだかわからず眉を顰める。一瞬手ぶれの止まった映像に、見覚えのある風景が映っていて凍り付いた。

 菱川くんのハイツ。少し離れた場所から撮影したものらしい。階段を上っていく人影は俺だ。菱川くんの部屋の前で立ち止まり、ドアが開くと同時に彼に抱きつき、キスしている姿が、遠くから、しかりばっちり映されていた。

 全身から血の気が引いた。膝から崩れ落ちそうになった。これは世界の終わりを意味していた。俺の人生の終焉。

 映像が一旦途切れ、次に映し出されたのは菱川くんの部屋の薄茶色のドア。音を拾おうと近づけているのがわかる。ガサゴソという音しか聞こえないが、花井さんは中でなにが行われていたか知っているのだろう。

「彰博さんがお急ぎの様子だったから、ちょっと気になってあとをつけてみたんです」

 スマホを鞄に戻して花井さんは顔をあげた。俺と目が合うといつものように首を傾げてにこりと笑う。二度目に会った夜、彼女をタクシーに乗せて送りだした直後、俺もタクシーを止めて菱川くんの家へ向かった。そのあとを着けてきたのだろう。まったく気付かなかった。

「日本の法律がかわらない限り、結婚するのはちょっと難しいんじゃないでしょうか」
「……どういう、つもりですか」

 動揺が声に出て震えた。

「お見合いなさるぐらいだから、きっと誰にも秘密なんですよね? お父様にも、病院のみなさんにも、誰にも言わないでいてさしあげます」

 そのかわり、と花井さんは幼い印象の笑顔を一変させ、邪悪な笑みで言った。

「またデートに誘ってくださいね? 今度はちゃんと彰博さんが私に電話してきてくれなきゃ駄目ですよ。今までみたいな態度も改めてもらわなくちゃ。女性に対して失礼でしょ?」

 俺がゲイだとわかった上でまたデートに誘えだと?! なにを考えてるんだこの女は。全く理解できない。

 俺が言葉を失って立ち尽くしていると、花井さんは余裕の表情でベンチから腰をあげた。

「それでは、ご連絡お待ちしております。照れ屋の彰博さんのために、一週間以内と期限を決めておきますね。それを過ぎてしまったら、またこちらにお伺いして、みなさんの前でお話させて頂きましょう」

 言い終わると持っていた日傘を広げた。

「あ、しばらく菱川さんとは会わないでくださいね。コンビニに会いに行くのも禁止です」

 名前とバイト先まで知っているのか! 愕然とする俺ににこりと笑いかけ、花井さんは背を向けて去って行った。

 その姿が見えなくなってから、俺は力が抜けたようにベンチに腰を落とした。背中に張り付くワイシャツで、びっしょりと汗をかいていたことに気付いた。

 なんなんだあの女。底の知れない恐ろしさを感じる。俺の性癖に気付いた上でまだ執着する意図は何だ? なぜ菱川くんのバイト先まで調べ上げる必要がある? そんな話をするために仕事場にまでやってきて、行動すべてが尋常じゃない。

 俺を脅すつもりか? いくらかの金で解決するなら払ってやる。だがあの女は金に不自由はしていないだろう。では一体何が目的だ。見会い相手がゲイで、しかも振られたからその腹いせに嫌がらせがしたいのか? だったら頭の一つでも下げれば気が済むのか?

 色々考えていたら気分が悪くなってきた。食事をしても吐いてしまいそうだ。

 あ、そうだ、菱川くん。彼にも花井さんのことを話しておくべきだろうか。見合い相手に俺たちの関係がバレて、また今度デートする羽目になったと?

 カミングアウトしていないからだとまた口論になったり、心配されるのも厄介だ。それに嫉妬した菱川くんが俺には会わないと言い出すかもしれない。それは避けたい。

 しばらく菱川くんに会うなと花井さんは言った。言う通りにしなければゲイであることをバラすと言外にほのめかす言い方だ。あの女がなにを考えてるのか、その目的がわかるまでは菱川くんに会うのは控えた方が無難だ。それだと、嘘をつく必要もなく、黙っていられる。




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行きつく先は(1/5)

2016.07.09.Sat.
「今日の相手は」「今日の相手も」

※出番:当て馬女子>攻め

 海の見える洒落たレストラン。見渡す限り男女の二人組ばかり。そのうちの一組が、俺たち。

「早瀬さんから、是非もう一度会いたいって連絡をもらった時、正直に言うと驚いてしまったんです」

 ワイングラスの縁を指でなぞりながら、見会い相手の花井さんは赤い唇を左右に持ち上げた。

「勝手に連絡をしてしまったのは父ですが」

 引きつる笑みで返したが、花井さんは気にも留めずクスクスと笑う。

 見合いのあと、俺の父親が先方へ連絡を取り、勝手に話を進めてしまった。断ってくれればいいのになにを思ったかこの人は承知して、約束の日時を決めてしまった。

 勝手な真似をした父には当然抗議したが、おまえがいつまでも愚図愚図しているからだと逆に怒られ、約束してしまったものは仕方がないのでこうして会うことになった。

「息子は恥ずかしがり屋でどうしようもないっておっしゃっておいででしたわ。でもそれを聞いて納得しました。お見合いの時、照れていたからあんなに不機嫌そうだったんですね」
「照れる年でもありません。あれが僕の地ですよ」

 デザートに出されたアイスを、スプーンでぐちゃぐちゃとかき混ぜる。俺を嫌いになれ。俺に幻滅しろ。

「女性とのデートはいつもあんな感じなんですか?」

 花井さんは首を傾げ、目をくりっとさせて俺を見る。そんな小賢しいテクを駆使されたって俺には通じないというのに。

「だいたいそうですね。時間の無駄だと感じてしまう」
「私とこうしておしゃべりしている時間も無駄ですか?」
「そうですね。花井さんも、僕なんかといても、楽しくないでしょう?」
「そんなことありません。実はここだけの話なんですけど」

 花井さんは体を前に倒すと、口の横に手を当てた。

「私、どちらかというとMッ毛のあるほうなんです。だから早瀬さんみたいな男の人、嫌いじゃないんです」

 ひそめた声でとんでもないことを告白してきた。会って二度目だぞ。知り会って数時間の相手とベッドインする俺が言えたことじゃないが、この人には羞恥心や良識というものはないのだろうか。

「僕もMなんですよ」

 とにかく彼女の好みの真逆をいけばいい。

「どういうわけか、私と付き合った男性って、みんなMっぽくなっていくんです。どうしてかしら?」

 と、肩を持ち上げて首を傾げる。なにを言っても無駄だと悟り、ナフキンで口元を拭って立ちあがった。

「出ましょうか」
「はい」

 にこりと微笑む花井さんと店を出た。大通りでタクシーを拾い、彼女を押し込むつもりが逆に背中を押された。

「早瀬さんもご一緒に」
「帰る方向が逆ですから」
「良かったらお茶でも飲んで行ってください」
「仕事を残しているので」
「一時間くらい平気でしょう」

 イラッとして、彼女の腕を引き、肩を押してタクシーに放り込んだ。強引なやり方だが、もともと嫌われるのが目的だから構わない。出てこようとする花井さんを遮るためにドアを乱暴に閉めた。

 さよならも言わずに歩き出すと、「連絡お待ちしてます」と窓をあけた花井さんの声が聞こえたが、無視した。

 こんな日はまっすぐ帰る気にならないから、菱川くんに電話した。今日はバイトではないのか、すぐに電話に出た。

『はい』
「今からそっちに行ってもいいかな?」
『僕は大丈夫です』
「じゃあ今から行く」

 ちょうど見えたタクシーを止めて、菱川くんの家へと向かった。

 出迎えてくれた菱川くんに抱きついてキスする。性急に服を脱がせようとしたら「どうしたんですか」と手を止められた。

「しないなら帰る」
「帰る必要はないです」

 掴まれた手を引かれ、奥にある安物のベッドへ連れて行かれた。俺の上に跨った菱川くんが、俺にキスをしながら服を脱がせていく。俺も腰を浮かせながら彼の服を脱がせた。お互い全裸になると、菱川くんは俺の両足を左右に開き、その中心へ指を入れて来た。

「よかった。ここ、使ってないみたい。僕以外の誰かとしてきたのかと思った」

 ローションを継ぎ足しながら菱川くんがほっとした顔で言う。彼と「恋人」のような関係になってから俺は他の誰とも寝ていない。彼の嫉妬を引きだすために、他の男を匂わすような発言を度々してきたから、それを真に受けた菱川くんが心配するのも無理はない。

「しようと思ったけど、出来なかったんだ。やっぱり好みじゃないって気付いて……だから疼いて仕方ない……、早く入れて……君のが欲しい」
「僕だけじゃ駄目ですか?」

 指を増やして菱川くんは不安そうな顔をする。そんな顔を見ると俺は安心する。

「束縛は嫌だって言ったろ」
「束縛じゃないです、嫉妬です。早瀬さんが僕以外の男と寝るのは嫌です。それに早瀬さんが心配だから言ってるんです」
「説教は聞きたくない。萎える前に、早く入れろよ」

 菱川くんは諦めたのか口を閉ざし、抜いた指のかわりに硬いペニスを入れて来た。律儀に毎回コンドームを着けている。

「ふうぁ……あ、ああっ……!!」

 刺し貫かれる充足感に勝手に背がしなる。咽喉を晒して声をあげた。

「狭い……、前に僕としてから、誰ともしてないんですか?」

 嬉しそうな菱川くんの声。誰ともしてない。でもそれを正直に言うつもりはない。

「たまたま仕事で忙しかったんだ」
「他の誰ともしないで下さい」

 俺の腰を抱えもって菱川くんが動きだす。俺のなかを硬くて太く熱いものが出し入れされる。それに熱中している間、俺は性器を受け入れるだけの入れ物に成り果てることが出来る。女に興味のある振りをしなくていいし、結婚しろとうるさい親の相手もしなくていい。

「あっ……そ、こ……菱川くんの…あたって……あっ、ああっ! もっとして……っ!!」
「僕のこれ、好きでしょ?」

 心得たとばかりに彼は俺の前立腺を擦りあげた。

「ぅああっ……んっ、あぁぁんっ……すき…っ…好き! はあぁっ……あぁ……菱川くん、すっ……ご……いい……!!」

 彼の当て勘は素晴らしいものがある。本当に俺としか経験がないのだろうか。疑いたくなるほど、見えもしない前立腺を探し当てるのがうまいし、具合よくカリで擦ってくれる。

 彼くらいの年齢だと生中出しに幻想を抱いてそうなのに、毎回ちゃんとコンドームをつけるし、もしかしたら、嘘をつかれているのは俺のほうなのかもしれない。

「浮気したら……殺す、から……ッ!!」
「しませんよ。こんなに好きなのに」

 さんざん浮気を匂わす言動をしている俺には文句も言わず、菱川くんはにこりと笑って言った。

 菱川くんの顔が近づいて来る。口を開いたら唇がくっつくより先に舌が入って来た。それに舌を絡め、濃厚なディープキスをする。キスしながら菱川くんは俺の足を持ち上げ、折りたたむように頭のほうへ持ってきた。

「自分で持ってて」

 言われた通り自分の足を持った。菱川くんが腰を振る。ペニス付け根の裏側がゴリゴリ擦られる。ほら、見事な当て勘。ペニスの先にセンサーでもあるのか?

「ああぁ! あっ、あ! きもち、いいっ……!! 前立せっ……菱川く、の……ちんぽ、あたっ……て…ッ…ヒッ、い、あはぁあっ……あぁんっ! もっと、してぁああっ!!」
「も……、トロトロになってきましたよ、早瀬さんの、ここ」

 ここ、という言葉に合わせて、菱川くんのペニスが中からグイと押してくる。自分でもわかるほど中がじんじん熱くなっている。膀胱も押されてるもんだから、あやうく漏らしてしまいそうなほど、下半身が緩んでしまっている。

「グチャグチャにしてっ……君のおちんぽで、俺を馬鹿なメスマンコにして……っ!!」

 俺がどんな下品な言葉を口走ろうと、菱川くんは受け止めてくれる。40手前のおじさんの乱れっぷりが、ただ哀れなだけなのかもしれないが。

 慈愛溢れる優しい微笑を浮かべながら、菱川くんは俺の望み通り、精液まみれでグチャグチャのドロドロになるまで犯してくれた。




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